オーバーロード・ワン   作:黒猫鈎尻尾

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三十一話。拠点と教育

 翌日にはエンシェントとルプーは、古めかしい大きな屋敷の中にあった。

 屋敷の中は一般メイド達の手に依って、完璧に近い掃除が成されている。

 近いというのはあくまでも掃除であって、建て替えではない為に経年劣化の汚れは致し方ない。

 だが、一般メイド達はそれですらも許さず、落ちない汚れは壁紙等で隠したり、家具や絵を掛けて、蒼の薔薇が泊まっていた宿並みの見た目となっている。

 一般メイドは凝り性のヘロヘロとホワイトプリムの性質を受け継いでいるせいか、外観まで弄ろうとしたが、流石にそれはエンシェントが止めさせた。

 内観はこれからの生活を考えて綺麗にしたが、外観にまで手を加えると悪目立ちし過ぎる。

 

 宿から屋敷の借り上げに変更した理由は、単純に警備上の問題だ。

 

 昨日泊まっていた宿は警備も禄に置くことが出来ないし、警報関係もザルにならざるを得ない。

 かと言って、既に一足飛びでエンシェントはミスリルになり、モモンに至ってはオリハルコンになってしまっている。

 目立たず行動する事が無理ならば、出来る事はなるべく身辺を固める事だ。

 その為に少し支出は多くなるが、屋敷を一軒借り上げて防備を固める他にない。

 

 ナザリックの外に出ている構成は、王都にエンシェントとルプー。ナザリックに近いエ・ランテルにモモンとナーベ。帝国ではセバスとソリュシャンに雑貨店をやらせる事にした。

 ユグドラシルと言う名前で商店を開店させるつもりだ。こちらはあくまでも囮として、プレイヤーかそれに類する者を引きずり出す目的となっている。

 現在はナザリックで何を商品にするか、何を扱う店にするか等を決めている頃合いだろう。

 

 そしていま、王都の屋敷にはセバスとユリの二人が来ていた。

 リビングというには豪華なソファーが置かれ、王族でもこれほどの物は持ってはいないであろうテーブルには紅茶が置かれている。

 奥のソファーにエンシェントが座り、向い合うようにして二人が立つ。

 エンシェントはソファーを勧めたのだが、二人は頑なに座ろうとはしなかった。

 紅茶を口にしてから、エンシェントは口を開いて突然呼び出した事を詫びる。

 

「すまんな。二人共。特にセバスは開店前で忙しいだろうに……」

「いえ、私は執事として当然の事をしているまでに御座います。エンシェント様が気に病まれる事など何一つとしてございません」

「そうです。我ら皆、至高の御方のお役に立つ事が存在意義で御座いますれば、どうかエンシェント様が謝罪などなさらないで下さい」

「そうか。ならば礼を言おう。二人共今日はよく来てくれた。二人には少しばかり姿を借りようと思ってな」

「勿体無きお言葉に御座います。それで姿を借りる……でございますか?」

 

 セバスは胸に当てて、綺麗な礼を見せた後で聞き返してきた。

 その言葉に、エンシェントが一つ手を打つと、別の扉から二人の人物が入ってきた。

 人の姿をしてはいるが、人と言うには少し異形であった。

 ツルッとした頭には毛の一本どころか目や鼻といった感覚器官が全く無く。口などという穴というものがない。

 

「ああ、流石に屋敷を持つことになるとは思わなくてな。メイドだけでは手が足りん。それに一般メイドでは、戦闘力が不安だからな。ナインズさんにドッペルゲンガーを用意してもらったんだ。勿論、既にナザリックで一般メイドを模倣したドッペルを配備するつもりだが……流石に取り次ぎとかは執事が必要だろう? 執事とメイドと言えば筆頭はお前達だからな」

 

 エンシェントがそういうと、セバスばかりかユリまでも目を潤ませる。

 

「それ程までにご評価を頂けておりましたとは……。わかりました。このセバス、矮小な身の内なれど、最善を尽くさせていただきます」

「ぼ……私もなんなりとお命じ下さい!」

 

 意気込みはよくわかるが、そんなに意気込まれても困る。セバスに今まで通りに帝国で開店準備をしてもらわなければならないし、カルネ村ではようやく酪農などの畜産も出来るようになってきたところなのだ。

 ユリもこれから人口が増えてゆく村を見てもらわなければ行けないのだから、姿を写させてくれるだけでいいのだ。

 

「お……おう。ただ、姿を写させて貰うだけでいいんだぞ? お前達……」

 

 エンシェントの声にセバスとユリ、其々の前にドッペルゲンガーが向かい合う。

 すると、ドッペルゲンガーはグニャリと形を崩すと、粘土が捏ねられるように暫くの間、姿を変えてから見た目は完璧にセバスとユリの姿になった。

 エンシェントはその姿を見て、満足気にうなずいて見せた。

 

「見た目はそっくりで御座いますな?」

「見た目ハそっくリで御座いマスな?」

 

 ドッペルゲンガーの口から、セバスが話した内容と全く同じセリフが少し遅れて出てきた。

 しかし、その口調は少し辿々しく言葉が覚束ない。

 

「少し辿々しい感じが致しますね」

「す、少し辿々しイか……感じが致しまシュね」

 

 ユリの姿を真似たドッペルは個体差からか、更に辿々しく舌っ足らずな感じまでする。

 それを見て、エンシェントは興味深く感じた。

 同じ傭兵NPCならば、性能も何もかもが同じはずだが、ユリの方だけ少しだけ劣っている。

 これは個体差か。若しくは変身した相手の違いゆえかわからない。

 

(面白いな! これでまた一つ検証する事が増えたぞ)

 

 エンシェントはその事実が面白く感じたが、面白く感じない者もいる。

 

「なんですか……? その言葉遣いは? 私の声で……貴女、そこでメイドとして礼をしてみなさい!」

 

「え……ハ、はイ!」

 

 ユリがいつもしている様な礼を、ユリドッペルがしてみせる。

 エンシェントからしてみれば見慣れたいつものユリの洗練された礼に感じたが、当の本人は至ってご不満のようだ。

 

「なんですか! その礼はっ! 角度が浅い! 顔は微笑みなさい。ただし、その笑みは決して主人に見てもらうものではありませんっ! 気持ちから出る笑みから生まれる優雅さと、柔らかさが足りない!」

 

 そこにはエンシェントの知らない教師としてのユリ・アルファがいた。

 手にはいつの間にか指示棒が握られている。

 

「手の角度はもう少し上っ! ああ、足の引き方が浅いっ! もう二センチ下げなさい! 速度が早いっ! もう少しゆっくり! 頭を下げる速度も重要なのですよ!」

 

 

 セバスも気になって、一度礼をさせてみる。

 

「これは……っ。いけませんねぇ。エンシェント様」

「は……はいっ!? 何でしょう?」

 

 初めて見るユリの迫力に気圧されていたエンシェントは、急にセバスから話しかけられて思わず敬語になってしまう。

 

「急にお声掛け致しまして申し訳御座いません。しかし、これはあまりにも酷い……。少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか? 見た目や大凡のスキルは似せられても所作までは真似できぬようですな。これでは名誉あるナザリックの執事として到底表に出すことは出来ないと愚考いたします」

「あ……うん」

「少しお預かりして執事としての心得と所作を学習させたいと存じ上げますが……?」

 

 所作と言われてもエンシェントにはよくわからない。指摘された違いですら解らないのに、本当に必要なのかと思う。

 むしろ、セバスもユリも多忙の身でここに来てもらって申し訳ない気持ちがあるのだ。

 

「うーん」

「私からも是非にとも再教育させて頂きたいです。私の姿をしていて至高の御方のすぐお傍で仕えるというのに、この所作では私が赦せませんっ! 何卒!」

 

 ユリの言い分もよくわかる。自分の姿をした人物が情けない姿を見せているのかと思うと腹が立つだろう。

 

「わかった。二人共、その二人はこの屋敷でも特に来客と接する機会のある者だ。無理のない範囲で教育してやってくれ」

「はっ! 畏まりましてございます!」

「はい。有難うございますっ! さぁ、行きますよドッペルゲンガー。さっさと動くっ! 時間は有限で覚えることは無限にあるんですよっ!」

 

 ユリが握る指揮棒が振るわれる度に、ピシィピシィっという鋭い音が部屋に走る。

 

「それでは俺は少し……外に出掛けるからな。その間に頼む……ルプー行くぞ」

「は……はいっ! お供しますっ!」

 

 リビングを出る時に後ろを少しだけ振り返ると、とてもレアなユリの姿で捨てられた子犬のような目をしたユリドッペルの姿と、少し恨めしげに見送るセバスドッペルの姿がとても印象的だった。

 隣の部屋で待機していたルプーは、慌てて部屋から飛び出すとエンシェントの後へと続く。

 途中でユリのスパルタな指導の声が轟く度に、いつもどこか飄々としているルプーは、体を飛び跳ねさせる。その表情は強張っていた。

 

 

 

 

 

 屋敷を借り上げて大掃除やらドッペルの手配などで、ほぼ一日が潰されてしまった。

 とはいえ、警備体制の構築などはデミウルゴスが計画した為に、警備自体は一国の軍隊ですら落とせない難攻不落と化したのだが。

 

「これからどーするっすか?」

 

 昼もだいぶ過ぎて陽はかなり傾いている。

 何をするにしても中途半端な時間だ。居心地悪く思わず出てきてしまったが、今更、冒険者組合に行くのも遅いし、店を回ろうにも、買う物もなく既にちらりと見るだけでも閉まり始めているのは遠目にもわかる。

 

「ふむ。どうしたもんかね。何をするにしても中途半端が過ぎる感じがする。かと言って、今戻るのもあれだしな?」

 

 ルプーに解るだろう? と視線を向けると帽子の中の耳は萎れて勢いよく頭が縦に振られる。

 今あの中では教育という名の圧力が渦巻いていることだろう。

 そして、ふと教育という言葉で、行きたいと思っていた所に行けなかった事を思い出した。丁度ユリも来ている事だし、今のうちに書物等を扱う店に行っておこうと考えた。

 

「よし、幸いにもここは高級街に近いからな。昨日行けなかった、書籍を買いに行くぞ」

「了解っす!」

 

 昨日の内に聞いておいた本屋の場所へと向かう。

 その店は高級住宅街に入ってすぐの場所にあった。

 店構えは中々に立派なもので、イメージにあった本屋といった感じはしない。

 恐らくは客層の大半が店の立地から考えて、貴族や富裕層を相手にするためだろう。

 紙自体も高価なのかもしれない。

 

「いらっしゃいませ。……冒険者のお客様でございますか?」

 

 店舗には感じのいい老執事といった雰囲気の店主が一人でいた。

 セバスが洗練された執事というなら、こちらの執事風の店主は子供の養育等に欲しいと思わせる人物である。

 

「失礼、ミスリル冒険者のエンシェントという。一つお聞きしたいのだが、ここが書籍を扱っている店で間違いないかな?」

「はい。当店では上級紙から低級紙の扱い、書籍の取扱いをしております……」

 

 周囲を見回すと日光による紙の劣化を防ぐ為か窓はなく、永続光(コンティニュアル・ライト)が掛かった魔道具が光源としていくつか吊るされている。

 

「どういった物をお探しでございましょうか?」

「知り合いの子らに文字を習熟させたい。一般的に幼児教育で用いる文字習熟の手習い書か若しくはそれに近しい物を、いくつか見繕って頂きたい。それとそうだな。難しい……そう、高等教育で学べるもの。記した辞典なども欲しいな」

 

 なるべく伝わるように言ったつもりだが、この世界で教科書等と言っても伝わるか解らないし、そもそも高等教育なんて概念があるのかすら疑わしい。

 

「左様でしたら……」

 

 暫く考え込んだかと思うと、中々に優雅な足取りで店内を迷いなく歩きながら、色んな書物を手に戻ってきた。

 

「こちらなどはいかがでございましょう? こちらは貴族様から商人の方まで広く使われている教育書にございます。それと高等という物が何を指すのかがわかりませんでしたので、こちらの歴史書、植物を記した図鑑、動物を記した図鑑、魔物の生態を記した図鑑で御座います。それとお子様ということで、当店ではこちらの吟遊詩人が記した物語等がおすすめに御座います」

 

 エンシェントは少しだけ驚いた。

 高級街にあり、エンシェントの身分が冒険者と言う事で侮るかと思ったのだが、決してそのような色は見せずに要望通りの書籍と、ついでに意図まで察して薦めてくるとは思ってもみなかった。

 

「これらの本はお幾らかな?」

「教育書と物語が一冊一金貨となっております。そしてこちらの歴史書と植物図鑑が一冊に付き三金貨。だだ、こちらの動物図鑑は五金貨となっておりまして……さらにこの魔物の生態は白金貨一枚と金貨五枚となっておりますので……こちらは冒険者組合で閲覧された方がお得かと……」

「うむ」

 上目遣いでこちらを気遣うように伺い立ててくる姿も好感を抱かせる。

 貴族でもない冒険者が本一冊にそんな金額が出せるとは思えないし、勿体無いのではと思われたのだろう。

 

「いや、全て頂こう。本に……知識にはそれ以上の価値がある。そうだろう?」

「はい。仰っしゃられるとおりに御座います。知は剣、知は盾、知は千の兵と言われておりますれば、ご慧眼におみそれいたしました。それでは……」

 

 店主が金額を口にする前に、懐から白金貨二枚と金貨を八枚渡す。

 少し驚いた様子を見せると、手の中にある確かな重みと数えるまでもない感触に恭しく静かに頷いた。

 

「確かに……。おお、そうだ。こちらをお持ちください」

 

 店主は近くの引き出しから何かの革で装丁された手帳を差し出してきた。

 

「こちらもお使いください」

「よろしいのか?」

「はい。腕が立ち理知的な冒険者様とは(よしみ)を通じる方が、私の将来の財産となりましょう。どうかお納めください」

「そうか。有り難く頂戴しておく。何かあればまた寄らせて頂こう」

「はい。その時をお待ち申し上げております」

 

 そう言いながらくしゃりと皺の浮いた顔を微笑ませて見送ってくれた。

 店を出ると空は茜色に染まり、夕陽に伸びる影が長く引き伸ばされている。

 

「中々、いい爺さんだったっすね!」

「礼節を知る人間と出会うと気持ちのいいものだ。さて、これらの本はナザリックで模写させて村で使えるか見てみよう」

「金貨一枚で大量生産できるんっすからボロい商売っすね! ニシシッ!」

 

 悪そうな笑みを浮かべて笑い声を上げるルプーを、エンシェントは軽く小突いて止めさせる。

 

「いずれはそうするべき時は来るが、今はそんな事はしない。さっきの店主も言っていたが知識は武器であり防具でもある。ある程度は独占する事で旨味が多くなる。それに今のこの国の状態で、そんな事をしても無駄だろう。何せこの国の支配階級は知識は合っても活かす知能がないからな」

 

 ふむと呟いて、エンシェントは買った本を無限背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)へと収納して、手の中に残った革装丁の手帳を見つめる。

 

「この世界ではそこそこな値打ちがあるんだろうが、俺達には使い道がないな……」

 

 ふと手の中で手帳を弄びながら、使い道を考える。

 紙の質は精々が中程度で、ナザリックで作れる紙の質よりはかなり劣る。

 

(そうだなぁ。昨日は蒼の薔薇に少しばかり悪い事をしたかもしれん)

 

 折角のツテが、エンシェントの感傷によって壊れるのも些かどうかとも思える。

 あれは向こうに非はなく。完全にエンシェントの我儘だ。癇癪(かんしゃく)と言い換えてもいい。

 

「これを詫代わりに贈るか。ついでに改めてリーダーも紹介してもらおう。昨日の今日だが行ってみてから、居なければ素直に帰ればいい、か?」

「ん? どうしたっすか?」

「いや何でもない。ルプー。黄金の蜂蜜亭に行くぞ。昨日の蒼の薔薇にきちんと挨拶を出来ていなかったからな」

「了解っす!」

 

 二人の主従は奇しくも昨日と、ほぼ同じ時間に

高級街から少し外れた昨日の店に向かうことになった。

 地平線に沈みかけた太陽と反対側に浮かぶ薄く現れた今日の月は、赤く嘲笑うかのように弧を描いていた。

 




誤字脱字訂正有難うございます!
読み返しても読み返してもなくならない誤字脱字……。読み上げソフトで読み返してみてもなくならにゃいな?(うひー。全然でしたぁー)

烏瑠様。so~tak様。本当に有難うございます!

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