ダンゲロス/IF 作:餅男
希望崎学園・体育館。
常人を超越した魔人の運動能力にも対応しうる頑強さと不必要なまでの収容量を誇る建造物であり、入学式や始業式等の学内での大型式典の使われる場所である。実際、この日は希望崎学園二学期の始業式が行われ、体育館の壇上前には600余のパイプ椅子が整然と並べられている。
しかし、その椅子の大半は空席となっており、場内に残っているのは数十名ばかりであった。
「ちょっと、もっと声をあげなさいよ!」
「もういいから縦に斬れよ縦に!」
眼を血走らせた男女生徒からの奇妙なブーイングが壇上に浴びせかけられる。
「畜生、勝手な事を言いやがって……!」
返り血塗れの学生服で壇上の一ノ瀬蒼也はブーイングに対して悪態をつくと、やはり血と脂に塗れた鋸を握り直した。“次の5㎝”を斬らねばならない。出来るだけリズムよく。
最初は眩暈を覚える程に強烈に感じていた血の臭いを、あまり感じなくなってきた。麻痺してきているのかもしれない。
当分、肉料理とカレーは食えなくなるな。そんな事を現実逃避めいて考えながら一ノ瀬は処刑台の架神に言った。
「……先輩、次、いきます」
「へ……えへ……ひひっ……」
既に膝から下を失っている架神は虚ろな瞳で涎を垂らし、だらしなく笑った。
ダンゲロス/IF 第四話 処刑日
──架神がこの状態になったのは、処刑が始まってからではない。
一夜を経て、一ノ瀬が牢獄から架神を連れ出した時には既に彼はだらしなく石畳に座り込み、へらへらと意味の無い笑いを繰り返すだけになっていたのだ。
「(……まずいな)」
壇上の立会人席に座るド正義は、そんな架神の姿を見つめつつ思った。
昨晩の彼への尋問が無意味だったとは思わない。結果、黒川メイが明らかな意思で架神を焚き付け、口説院言葉を殺害させたのが明らかになったのは大きな収穫ではあった。しかし──そこで架神が処刑を待たず“壊れて”しまったのはド正義にとっても予想外であった。
自分がメイに利用されていた事に気付いた絶望と、赤蝮の「メギド」による凌辱。それに加え今日の処刑で自分が本当に死ぬという事を理解した架神の精神はそれに耐えきれず、肉体より先に死ぬことを選んだのだ。おそらく今の架神は自分が死にかけている事はおろか、痛みすらまともに感じていないだろう。斬られようとも絶叫すらせず、時折笑いが甲高くなる程度の反応しか見せていない。
一般席から壇上に向けられるブーイングは、その架神の反応に不満な観客からのものである。
始業式後に行われているこの特一級極刑は自由鑑賞であり、もちろん一般的な倫理観を持つ生徒や教師たちはすぐに離席してしまう。残っているのは執行役の生徒会と、架神の処刑を見届けにきた白金翔一郎を代表とした番長グループ。残りはこういった残虐な処刑を見る事で性的興奮を得る、スナッフムービー(殺人動画)をオカズにオナニーを行っているような変態的な男女生徒たちである。彼ら彼女らにとって、生で人が死ぬ瞬間を見られる生徒会の処刑は最高のオカズなのだ。
「ああっ、もう、物足りない!」
「もっとみっともなく叫べよオラー!」
スカートに手を突っ込んだまま股を擦り合わせる女子がもどかしそうに言うと、横で自身の男根を扱いていた男子が罵声を壇上の架神に浴びせる。これが魔人でない一般人生徒なのだから、ド正義にしてみれば頭の痛い話である。彼ら彼女らは、壇上の架神が期待していたような必死の叫びや苦悶や命乞いもせず、ただ淡々と処刑を受けているのが不満なのだ。
受刑者の身体を足元から切れ味の悪い鋸で5㎝単位で切り刻む特一級極刑は、既に中盤へと差し掛かっていた。観客に見やすいように斜めに立てられた処刑台の周囲は切り落とされた架神の肉と骨片と血で大きな水溜まりとなっており、涙を流しつつも鋸を引く一ノ瀬のスニーカーを赤く染めあげている。普通の人間ならばとっくに出血死しているところだが、魔人の体力ゆえに架神はまだ死ぬことができないでいる。なお、仮に処刑の途中で死んでも頭蓋を5㎝刻みで切り、完全な肉片となって肉体が消滅するまで処刑は続く。
「ヒッ、ひひっ……」
「……次、いきます!」
「ひひゃあっ!」
男性器を切り落とされ、流石に堪えたのか架神が少し大きな声をあげた。観客が少し沸き、何人かの男子生徒は射精したのかぐったりと脱力している。
それらの惨状を壇上から見つつ、ド正義は視線をその変態たちから別の一角へと移した。口説院言葉を殺した架神の処刑を見届けに来た番長グループの面々である。
「………」
ド正義の視線に気づいたのか、その一団の中央に座る黒髪長髪の美青年がド正義を逆に睨みつけてきた。スラックスに白シャツ姿の一見普通の学生のようだが、腰に差した日本刀が剣呑な空気を青年に帯びさせている。“生徒会”が潰した希望崎学園剣道部の元主将にして“剣の悪魔”の異名を持つ番長グループNo.2、白金翔一郎である。
その視線にどんな意味が込められているのか、ド正義は容易に理解できた。
「架神に何をした、ド正義?」
そんな白金の声が聞こえてくるようだ。
そう思われるのも無理はあるまい。壇上の架神の様子を見ていれば「自分たちが口封じの為に彼の精神を壊した」と解釈されて当然だ。実際、赤蝮の「メギド」を使い“何かした”のは事実である。
「(……彼が犯人だ)」
白金からの視線をド正義は正面から受けた。ここで視線を逸らすなどすれば、逆に彼の疑いを強めさせる事になる。
「(それにしても……)」
再び視線を壇上の処刑へと戻しつつ、ド正義はもう一つの懸念へと思考を巡らせた。架神をけしかけた校長の真意についてである。
彼女はこの場には既にいない。校長を始めとする教師たちは始業式が終わると早々に姿を消した。学園自治法によって生徒の私刑が認められている状況下における“良識ある大人”の行動としてはそれが当然だろう。
ひと晩で集めた程度の情報ではあったが、xxの調査と架神の証言で「黒川メイが自分の身分を偽り校長に赴任し、架神をハニートラップでけしかけて口説院言葉を殺し、生徒会と番長グループの関係の一層の悪化を進めようとした」という所まではほぼ確定と言えた。しかしながら、これで彼女を弾劾できるのかと言えば──困難である。
少なくとも公的な書類は「黒川メイ」の存在を認めており、それを否定する材料は「彼女の写真が無い」「両親の存在が確認できない」程度である。「親が迷信深く、子供の頃から写真を滅多に撮らせなかった」「両親は既に他界している」とでも言われてしまえばそれまでだ。写真を媒介とする魔人能力もあるので、そう荒唐無稽な理由でもないのが厄介極まる。
また、彼女がド正義にも知られないようにしつつ両グループの関係悪化を進めているのも不可解であった。互いの均衡が保たれ大きな諍いが無かったとはいえ、別に生徒会と番長グループは慣れ合っている訳ではない。校長として学園の治安維持に努めたいというのであればド正義らに直接「もっと番長グループへの抑制を」と言ってくれれば良いだけの話であるはずだ。
口説院や他の番長グループの構成員に恨みがあり、個人的に復讐しようとしている? (魔人が関わる凶悪事件が当然のように連日起きる現代社会において、その手の仇討ちめいた話は珍しくもない)
いや、仮にそういった個人を狙う意図があるだけにしては偽装が大掛かり過ぎる。少なくと彼女は希望崎学園の理事会や文科省を謀って校長を務めているのだ。
「(………?)」
そこまで考え、ド正義は自分の思考に疑問を覚えた。
──そんなに容易く、文科省や理事会を騙せるものだろうか?
魔人の能力の中には変装系能力や偽装系能力、コピー能力や果ては別の生き物に姿を変える変態系(性的な意味でない)能力まで存在している。そういったスパイ系能力者の存在を各省庁や大企業などは当然ながら警戒しており、十重二十重のチェック機構に加え調査系の能力を持つ魔人公務員や魔人サラリーマンを抱えていると聞く。一般人が偽造した書類程度では、例えどれだけ精巧でも穴が見つかるはずだ。
ならば彼女は何故、校長として赴任できているのか? 残る可能性はひとつだ。
「(彼女は……それらの機関から認められた上で行動している?)」
ぞくり、とド正義の背筋に悪寒が走った。
庭を荒らす小動物を追いかけていたら、それが巨獣の尻尾だったかのような感覚。
「あ……あの、会長……」
その時、鋸を下ろした一ノ瀬がこちらを向いている事にド正義は気付いた。悪寒を振り払うように頭を振りつつ、彼に向き直る。
「どうした、一ノ瀬くん」
「か……架神さん……死にました」
そう言う一ノ瀬の顔には深い焦燥が表れている。見れば、既に臍の上あたりまで切り落とされていた架神はぐったりと頭を垂れていた。口元には笑みが浮かんだままだ。
ド正義は眼鏡の蔓に指を添えつつ一ノ瀬に言った。
「……続けてくれたまえ、一ノ瀬くん。最後まで」
「あ、は、はい……分かり……ました……」
弱々しく頷き、一ノ瀬は再度鋸を握り締めると“次の5㎝”を切り始めた。
受刑者が死んだ事が分かったのだろう。変態的嗜好で観に来た生徒たちはある者は満足そうに息をつき、より強い刺激を期待していた者は「もっと頑張れよなー」などと悪態をつきつつ椅子を立ってゆく。
──「架神恭介」の肉体が完全に消滅したのは、それから30分ほど後の事だった。
「……以上が、今回の口説院言葉殺害犯・架神恭介の特一級極刑に関する報告となります」
希望崎学園・校長室。
肉片となった“架神恭介”の袋詰めと壇上の洗浄を終え、ド正義は木製の上質なデスクを挟んで校長への報告を行っていた。男性向けのチェアにちょこんと座るメイの姿は実に可愛らしいものであったが、今のド正義にはそれも何かの演出なのではないかと思え、内心で警戒してしまう。
発端であるお楽しみ会から今朝の処刑に至るまでの流れが書かれた報告書を、メイは青い顔で受け取った。
「分かりました。書類を受理します……ご苦労様、ド正義くん。ごめんなさいね、本来なら校長である私も立ち会うべきだと思うんだけど……先生、どうしても血がダメなの」
「いいえ、これも生徒会の職務の一環ですので」
背筋を伸ばし、ド正義は答えた。
「……本当に死んじゃったのね、架神くん。彼が歓迎会で作ってくれたカレー、とても美味しかった」
そう言うとメイは少し瞳を潤ませ、鼻を鳴らした。
これはどこまで本心からの言葉なのか? 身体を重ねた相手である以上、多少の情なりはあったのだろうか? 男女の仲に疎いド正義にはそこまでは測りかねた。
「お言葉ですが校長、彼が殺人を犯したのは事実です。我々生徒会がそれを校則に則って量刑し、処分した。それだけの事です」
「強いのね、ド正義くんは……お父様も、そんな方だったのかしら?」
「!?」
急に父親の事を話題に出され、ド正義は言葉に詰まった。
「父をご存知なのですか?」
「教育に携わる者で貴男のお父様を知らない者は居ないわ。『学園自治法』制定の中心人物にして1960年代末期の魔人解放セクト『プロテスト魔人連盟』の代表。相手がどんな人物だろうと『相手も人間、話せば分かる』を信条に対話での事態解決に努めようとした高潔な人物……そう教わりました。できるなら、お元気な内に一度はお会いしてみたかったわね」
「……父を憎む者は魔人を含め多く居ました。遅かれ早かれ、起こった事ではあったと思います」
一年前の6月、ド正義卓也の父であるド正義克也は研究者として勤務していた大学の研究室で殺害された。他殺である。
彼が提唱した国内全ての高校・大学の敷地内を治外法権とし、学内での諸問題は学生の自治によって管理運営されるべきという「学園自治法」は、そもそもは1960年代に顕在化した魔人差別や魔人否定の偏向的教育に対し「学内を学生の自治によって運営する事で、学生を偏った思想教育から守り魔人差別を無くす」というのがコンセプトであり、壮絶な学生運動の果てに超法規的措置により可決された際には全国の魔人学生たちは喝采を上げたという。
しかし彼の崇高な思想までは魔人学生たちには伝わらなかった。「学内は治外法権」という点だけがクローズアップされた同法案実施後、各地の高校・大学では魔人がグループを作り学内を実質的に支配、レイプや殺人が横行する事態が続発したのだ。結果、魔人差別を無くす事を目的としたはずの学園自治法は魔人の横暴を認めるだけの悪法と化し、半世紀に渡り「世紀の悪法」という烙印を押される事となった。
学園自治法制定後の世論の変化により就職困難に陥った者、老後の保証を失った者、あるいは学内で魔人に息子や娘の命や純潔を奪われた親など、克也を直接的、間接的に恨む者は多い。彼はそれを生涯正面から受け止める事を覚悟し、大学の研究者として魔人差別撤廃への働きかけを粘り強く行っていた。ド正義卓也にとって尊敬すべき父であり、同時に反面教師とすべき面を持つ人物でもある。その感情は一口には言い切れない。
「……ごめんなさい。言っちゃいけない事だったわね」
「既に一年以上前の事です、気持ちの整理はできています。ご心配なく……では、失礼致します」
謝るメイにド正義は淡々と答え、頭を下げた。処刑は済んだが二学期は始まったばかりだ。11月の学園祭へ向けての準備などもあるし、生徒会としてやるべき仕事は山積みである。
一礼して退出しようとするド正義に、最後にメイが尋ねた。
「ねえ、ド正義くん……架神くんが処刑された事で、番長グループは納得してくれるかしら?」
「……断言はできません。しかし、そうあって欲しいと思います」
無難な、しかし本心からの返答を残しド正義は校長室を出た。生徒会室に向かいつつ今後の事を考える。
大丈夫だ。白金はまだ思うところはあるようだが、とりあえずの落としどころとしては決着がついた。これで当面、何かしら問題が起こらなければこれ以上の事態の悪化は防げる筈だ。何も、起きなければ──
「何も……起きなければ、か」
足を止め、ド正義は振り向くと校長室のドアを見た。
急がねばならないだろう。彼女の「正体」に辿り着かなければ、確実にメイは何かをしてくる筈だ。おそらくは、彼女の目的はまだ達成されていない。
今度こそド正義は校長室に背を向け、生徒会室への歩みを速めた。
「ハッキング……ですか?」
『そうだ。君が在籍していた事になっていた大学や高校、小学校などのデータベースに不正アクセスの痕跡があったのが発見された。とはいえその痕跡もごく僅かなもので、アクセス元の特定などはできていない』
「ハッカーの気まぐれ……では無さそうですね」
『かなりの手練れによる犯行だ。あるいは電脳系の魔人かもしれないとサイバー課では言っている』
「………」
『盗聴を心配しなくとも大丈夫だ。この回線は私と君との間だけのローカル……まあ、糸電話みたいなものだ』
「……はい」
『そちらの進捗はどうかね?』
「あと一息といった所です。今日の処刑であの馬鹿が生徒会長に裏切られたと誤解するよう仕向けたのですが、そちらは不発でした」
『まあ、全部が全部上手く行くわけでも無いからな……』
「ですが、両陣営の関係は春に比べ格段に険悪になっています。ここで生徒会の適当な役員を殺して番長グループに罪を被せれば、十分に場を温められるかと」
『そうか……ならば、それを予定より前倒ししてくれ給え。君の偽の経歴が探られた以上、学内に疑っている者がいると考えるべきだろう』
「了解しました。対象の選別を含め、三日以内に実行に移します」
『二日だ。“ハルマゲドン”の申請から認可までの日数も必要になる。ハンコが必要な仕事は短縮できない。素晴らしきお役所仕事だな』
「……分かりました。二日で」
『──頼むぞ、