ダンゲロス/IF 作:餅男
放課後の希望崎学園グラウンド東部、急ごしらえのプレハブ倉庫を前にド正義と絶子が立っていた。
「……いやー、困った! 教員棟周辺に設置できる場所が無かったからという理由で、こんなに番長小屋に近い位置にハルマゲドン用の貯蔵庫を作ってしまったなあ!」
「棒読み」という表現すら言い憚れるようなわざとらしい言い方で、顔に包帯を巻いたままのド正義は大声で言った。
「そ、そうですねえ」
ひきつった笑いを作りつつ、横の絶子が同意する。
「これでは番長グループの連中に狙われてしまう! どうしたものかなあ!」
「だ、大丈夫ですよ、会長。その為に頑丈なカギを付けたじゃないですか」
手元のカンペを見つつ言う絶子の言葉に、ド正義はやはりわざとらしい大声で答えた。
「おお、そうだった! 頑丈なダイヤル式の鍵を付けたのだったなあ! 何番だったかなあ、歪み崎くん!?」
「ええっと……さ、37564です!」
「3、7、5、6、4か! 不思議だなあ! まるで『皆殺し』と読めてしまうではないか! これが番長グループの誰かに聞かれでもしたら、簡単に覚えられてしまうなあ! 気をつけなければなあ!」
「そ、そうですねえ……」
段々とド正義に付き合うのが疲れてきたのだろう。絶子は微妙な反応を返す。
そんな二人の姿を、事前に連絡を受けて来た番長グループの
「アレで演技してるつもりなのかよ……」
「生徒会長、苦手な事もあったんだなぁ」
「3、7、5、6、4か! ちゃんと覚えなければ、貯蔵庫を開けられず困ってしまうから、忘れないようにしなければなあ!」
周囲に響く張りのある大声で、ド正義は大真面目に言った。
ダンゲロス/IF 第九話 決戦前夜
ド正義がグラウンドで叫んでいたのと同日、同時刻の校長室。
「……はい、既に書類は揃いました。あとは開始を待つだけです」
『順調だな。こちらも準備は進めている』
校長、黒川メイ──この先、彼女がこの名で呼ばれる事は無い──防衛省陸上自衛部隊“魔人中隊”二尉、
『周辺警戒を行う魔人警察とは連携を取ってある。月読二尉、ハルマゲドン開始後に部隊を投入するので君はそれと合流してくれ。その後の部隊の指揮運用は君に一任する』
ハルマゲドン中、希望崎学園に直結している大橋周辺は魔人警察によって封鎖される。これは公的な範囲内での抗争であるハルマゲドンの戦闘を外部に拡大させないための措置で、期間中に学外に出てきた魔人や、逆に増援として外部から加わろうとした魔人が指定された境界線を越えてしまった場合、魔人警察には射殺が許可されている。
「部隊メンバーの選考は?」
『君の要望通りに女性のみで選抜してある。「災玉」だったか? 男性限定で瞬間的にあらゆる性病を発症させ、金玉を爆発させて死に至るウィルスを散布する……おっかない能力もあったものだ』
「生徒会側の能力で最警戒すべきがその『災玉』、次いでド正義卓也の即死能力です。ただ……ド正義卓也についてですが、数日前に眼を負傷しました」
『ほう?』
「番長グループの奇襲を受けたようです。指揮力の低下は避けられないでしょう」
正直なところ、あのド正義がよりによってこのタイミングで負傷した事に零華は若干の違和感を覚えてはいた。しかし、これは仮に故意の自傷だとしても今の生徒会にとってデメリットしかない行為である。曖昧な憶測でしかない事を上官に言うのは憚られた。
『番長グループの方はどうかね?』
「そちらは接点を持つのが難しく、把握できているとは言い難い状況ですが……リーダーである邪賢王ヒロシマは少なくとも遠隔系や特殊系、精神系の能力ではありません。肉体強化系か、自己再生系の能力と推測されます。あと警戒すべき対象としては一年生の“あげは”という少女。彼女は自身が負傷した場合、周囲の人間に同じダメージを与える能力を持っています」
『いわゆる無理心中系か……厄介だが、銃火器による遠距離射撃ならば対応できるか』
「はい。それで問題ないかと」
『……ああ、それと』
ふと、神代が何かを思い出したように言った。
「はい、何でしょう?」
『本件と直接関係あるかは不明だが……数日前、防衛庁のデータバンクに大規模なサイバー攻撃があったそうだ。電算室の連中が最初は内々で片づけようとして露見が遅れた』
「サイバー攻撃? 何かデータが狙われたのですか?」
『調査中だ。何でも、爆弾をばら撒きながら泥棒をしようとしたような乱暴な手口で、データを盗むのが目的だったのか、破壊が目的だったのかすら分からんらしい』
「それは……確かに乱暴ですね」
『攻撃の規模からして第三国からのサイバーテロの線が濃いそうだが……君と本作戦に関するデータが漏れた可能性もある。迅速に進めてくれ』
「了解しました。万が一、ハルマゲドンが長期戦になる気配を見せた場合は双方が早期に激突するよう仕向けます」
『頼むぞ』
通信を終え、受話器を置くと零華は校長室からの景色を見た。
希望崎学園、通称ダンゲロス──危険な魔人を集め、
この学園は平和であってはならないのだ。ましてや『魔人の国』などと言い出し、協力して巨大なコミュニティを築き上げるなど論外である。
“魔人”は“魔人”とだけでは生きてゆけない。
社会と交わり、公益に供して初めて生きる事が許される存在なのだ。
「国家の犬」として生きる道を選んだ零華にとって、それが唯一の哲学だった。
本作戦は危険思想の中心的存在であるド正義卓也と、そのシンパ団体である生徒会の魔人を全滅させる事で完遂となる。とはいえ、今後のダンゲロスをかつての無秩序に戻すには番長グループの壊滅も必要であろう。
“魔人小隊”は対魔人戦闘のエキスパートだが、それでも両勢力60人の魔人を相手取るのは簡単ではない。双方の潰し合いで半分程度まで減ってくれた上で、残りの手負いを掃討するのがベストと零華は考えていた。
既に両勢力はポイント・オブ・ノーリターンを超えている。あとは終盤まで、どちらかが一方的に勝つ展開にならないよう眺めているだけだ。
「……ん?」
窓から見える中庭で、女生徒たちがこちらに向けて手を振っている。零華は防弾ガラス製の窓を開け、『黒川メイ』の顔で見下ろした。
『校長先生ー! やっほー!』
「はーい、やっほー! 気をつけて帰るのよー!」
『はーい!』
元気そうに手を振り返すと、女生徒達はわっと賑わいを見せる。
高校生活を謳歌する少女たち、彼女らには将来の不安も挫折の予感もなく、根拠の無い未来への希望に溢れているのだろう。その姿は眩しく、若々しく、瑞々しく──
窓を閉じ、身を翻すと零華は吐き捨てるように言った。
「……反吐が出るわ」
「さて……これで番長グループの方には伝わってくれただろうか?」
「だ、大丈夫なんじゃないでしょうか……」
ド正義考案の伝達方法『うっかり番長小屋寄りに作ってしまった貯蔵庫の鍵のナンバーを“偶然”聞かれてしまう』を何セットか繰り返したのち、ド正義がひと息つくと絶子はぐったりとした声で答えた。
「では次の準備に向かうと……」
ド正義は杖をつく手を止め、耳を澄ました。日頃のこの時間ならばグラウンドには幾つものかけ声が飛び交い、魔人野球部のバットの澄んだ打撃音や魔人ラグビー部のホイッスルの音が時折聞こえるはずである。しかしそれが全く聞こえない。
「……もう体育会系の部活は休止しているんだな」
「ハルマゲドンが明日ですから、昨日今日で活動を休止しているところが多いですね。範馬先輩とかは『魔人インターハイも終わったから丁度いい』とか言って、次期部長への早めの引継ぎまでやってたみたいです」
魔人となった学生は、基本的に一般的な高校生のスポーツ大会には一切参加を許されなくなる。魔人化に伴う身体強化により、同じ土俵に立てなくなるからだ(自身が魔人である事を隠し、能力をセーブする事で「ちょっと優秀な普通の学生」を演じている者もいるため皆無ではない)。
とはいえ情熱を持て余す少年少女にその力を発揮する場所を与えなければ、有り余るエネルギーは逆にフラストレーションとなり魔人少年犯罪の勃発へと繋がりかねない。そのため、魔人学生には狭い世界ではあるが魔人用の大会が用意されている。魔人インターハイ、魔人甲子園、魔人玉竜旗、魔人竜王戦などだ。故に魔人の多い希望崎では、その評判とは裏腹に部活動も盛んであった。
「確か女子剣道部は一刀両くんが主将だったか。彼女もそうなのだろうか?」
「彼女はまだ二年ですから、流石に引継ぎはしないみたいですけど……確か今日がハルマゲドン前の最後の稽古ですね」
「そうか……何とか早く、学校を再開できるようにしなければな」
ハルマゲドン期間中、授業、部活動を含めた通常の学校運営は一切が停止する。ド正義の予測では最低でも一週間、長ければ一ヵ月という長期になる見込みであったが、それでも一日も早く終わらせたいという気持ちに嘘は無かった。
次いで、ド正義は一刀両断の事を考えた。女子剣道部と男子剣道部はかつては同じ道場を使っており、番長グループ副番である白金翔一郎とも彼女は交流があったという。どうにか協力関係を築く事ができたが、場合によっては一刀両と翔一郎が殺し合う事にもなっていたのだろう。
「……残酷な事をするところだったな、僕は」
それは彼女にとってとても辛い事であったろう。ド正義はそう思い、呟いた。
──実際は、その真逆なのであったが。
「一同、礼!」
「ありがとうございました!」
希望崎学園・剣道場。凛とした一刀両の声と共に、防具を着けた女子剣道部員たちが頭を下げる。
「……みんな、お疲れ様。明日からしばらく活動は休止するけど、それぞれ自宅で自己鍛錬は怠らないようにして下さい。特に竹刀は一日に最低一度は触れて、百は素振りをするように。一日触れないだけで三日分は腕が鈍ると思っておいてね」
「はーい!」
元気よく返事を返す部員たち。その中の一人が、一刀両に心配そうに言った。
「先輩、先輩もハルマゲドンに参加するんですよね?」
「ええ、私も生徒会役員だから……」
「ええっ!? そうなんですか、先輩!?」
「確か番長グループって、あの剣道部の白金先輩もいるんですよね!?」
事情を詳しく知らなかった別の後輩たちが驚く。
白金の名前を出され、一刀両は少し顔をうつむかせた。
「……うん、白金先輩とも、戦う事になると思う」
「えーっ!?」
「そんな! 白金先輩のこと、一刀両先輩も尊敬してたのに……!」
「ド正義会長、酷い事するわねー……先輩! 先輩って凄く強いから前に出されるかもしれないけど、相手が白金先輩だったら無理せず逃げてくださいね!」
「そ、それは難しいかな……?」
口々に言ってくる後輩の気遣いに、一刀両は戸惑いつつも答えた。
水面下では協力関係を結んだとはいえ、それはあくまで秘密裏にであり一般生徒たちには「生徒会と番長グループとの殺し合い」という名目のまま告知を進めている。後輩たちの心配は当然だろう。
しかしながら一刀両の内心には、彼女らの心配とは真逆の“欲求不満”が燻っていた。
「大丈夫。ハルマゲドンが終わったら、また会いましょう」
「約束ですよ、先輩!」
「その時は私の知ってるとっておきの和菓子屋、教えますからねー!」
心配そうな後輩たちを帰し、道場に一人残った一刀両は防具を脱ぐと道着だけの姿になり神棚を前に正座した。
ハルマゲドンを前にして心が乱れている。それは一刀両にも理解できた。しかし理解しつつも、その感情が押さえ切れない。熱い吐息と共に言葉が漏れる。
「白金先輩……私を……」
思い切り!
全力で!
斬り殺してほしい!
──それが一刀両の抱える欲求不満であった。
一刀両断。剣を持つために生まれてきたような名前の彼女は、女子魔人剣道界において最強と呼ばれる天才剣士である。その実力は一年生の頃に魔人玉竜旗で優勝し、二年生にして現役の三年生魔人剣士すら上回る実力で主将を務めている事からも明らかであった。
しかし、その才覚ゆえの不満を一刀両は強く感じていた。彼女が本気を出した場合、竹刀を使った上で、更に相手が魔人であっても良くて大怪我、悪ければ即死級の怪我を負わせてしまうのだ。剣道用の防具など、彼女の剣技からすれば紙も同じである。
それ故に彼女は、平時の試合や稽古では常に5割以下に手を抜いた上で戦う事を要求されてきた。これは尋常なストレスではない。例え相手の隙が見えたとしてもそこが致命傷になりかねない箇所であれば打ち込むのを我慢せねばならず、実際に打ち込む時もあえて息を吐き、気を抜き、ある程度脱力させないと相手を殺してしまうのだ。もはやこれでは試合すらもただの「接待」である。
そんな彼女が初めて「自分の全力を出して斬り合える」と感じたのが男子剣道部主将の翔一郎であった。“剣の悪魔”の異名を持ち、一刀両と同じく天才剣士と呼ばれる美青年。
彼の剣技を見た時、一刀両は全身が痺れるような衝撃と共に予感めいたシンパシーを感じた。
白金先輩も、自分と同じような欲求不満を抱えているのではないか?
剣道場は男女の剣道部が共用で使っていた。部活動中、一刀両は手が空いた時は横で稽古を行う翔一郎の姿によく目を向けた。
翔一郎が全力を出していない事は明らかだった。翔一郎に次いで剣技に優れた副部長の服部と打ち合っている時でさえ、全力の8割程度と一刀両は見ていた。
もし、彼が自分と同じ気持ちで全力を出せずに不満を抱いているなら──
そして、そんな翔一郎を相手に自分が全力を出し、また彼も同じように全力を出して打ち合えたら──
それは──互いにとって、人生で最も気持ちいい瞬間になるはずだ。
無論、天才と呼ばれる魔人剣士が互いに全力で打ち合うのだ。おそらくはどちらかが死ぬだろう。
それも悪くない。否、むしろ殺してほしいとまで一刀両は思っていた。翔一郎の豪剣が自分を打ち据え、貫く姿を想像するだけで一刀両の身体は疼き、股間からは尿とは異なる何かが──
「……一刀両?」
「きゃあっ!」
背後からの意外そうな声に、一刀両は悲鳴めいた声をあげて我に返った。
「すまない、瞑想中だったか?」
「白金……先輩」
道場の入り口に立つ翔一郎の姿に、一刀両は呟くように言った。
「剣道部は潰されても、個人利用までは禁止されていなかったからな。ハルマゲドン前に少し使わせてもらおうと思ったんだが……邪魔なようなら、退散するとしよう」
「いっ、いえっ! 大丈夫です、先輩っ!」
今にも出てゆきそうな気配に、慌てて一刀両は翔一郎を引き留めた。
「……まだ俺を“先輩”と呼んでくれるんだな、お前は」
一刀両の必死さが伝わったのだろう。翔一郎は足を止め、道場に上がった。
「隅の方を借りる。気にせず一刀両も続けてくれ」
「は……はい」
そう言うと翔一郎は道場の竹刀のひとつを手に取り、素振りを始めた。幾十万回も繰り返されたであろう素振りの姿ひとつ取っても翔一郎の姿は一片の乱れもなく、美しい。一刀両は素直にそう思った。
改めて神棚の前に姿勢を正し、心落ち着かせようとする。
「(……うぅん)」
「気にせず(瞑想を)続けてくれ」と言われたが、その心を乱される要因が後ろに居ては落ち着ける筈もない。しばらく何とか集中しようと試みた一刀両は早々にこれを諦め、再び翔一郎の方に向き直った。
視線を感じたのか、素振りの手を止めて翔一郎が彼女の方を向いた。
「どうした、一刀両?」
「そ、その……こ、今回のハルマゲドンでは、よ、よろしくお願いします!」
「……本当に、奇妙なことになったものだ。まさか生徒会と足並みを揃える事になるとはな」
たどたどしく挨拶する一刀両に、翔一郎は苦笑いを浮かべた。
口説院の死の事もあり、最近では番長グループの中でも翔一郎が一際生徒会への敵意を露わにしていた事は一刀両も知っていた。内心ではまだ複雑なものがあるのだろう。
「だが……一刀両、お前と殺し合う事を回避できたのは、まあ良かった事と言えるのかもしれないな」
「(そんな事はありません! 遠慮なく殺しに来てください!)」
内心でそう思いつつも、一刀両は言えずにいた。女性から懇願するのは“はしたない”からだ。
「“アレ”からどうだ? 強くなったか?」
「っ! た……鍛錬は、続けています」
翔一郎の言葉に、一刀両は動揺しつつも答えた。
実を言えば、この年の春ごろに翔一郎と一刀両は非公式の試合を行っている。結果は何合か打ち合った後に、胴に打ち込まれて気絶した一刀両の負け。
本気の翔一郎であれば、そこで一刀両は死んでいた筈である。翔一郎の全力を引き出せなかった事への悔しさと、自分だけ全力を出して“気持ちよくなってしまった”事への申し訳なさに、当時の一刀両は涙したものだ。
そしてその日から、常(魔)人であれば発狂しかねない程の鍛錬を一刀両は積み重ねてきた。今ならば、あるいは──
「あ、あのっ、先輩っ!」
「何だ、一刀両?」
“はしたない”と思われるかもしれない。
しかし、ハルマゲドンが始まればこうやって顔を合わせる機会は無いかもしれない。道場内には自分と翔一郎だけ。一刀両は「告白」するのは今しかないと決断した。
「ここっ、このハルマゲドンが終わったら……わ、私と“突き合って”くださいっ!」
「え?」
翔一郎の動きが止まる。
予想外の反応に、既に完全に頭に血が上っていた──いわゆる「テンパっていた」状態の──一刀両は慌てて次の言葉を探した。
言い方が悪かった? ならばもっと直接的に、自分の思った事、感じた事をそのまま言えば──
「すっ、すみません、先輩! 間違えました!」
「そ、そうか、一刀両。驚いた……」
「私っ! 先輩と“したい”です! 先輩と、思いっきり、全力で、“したい”です!」
翔一郎の身体が完全に硬直する。
もはや自分の気持ちを押さえ切れなくなった一刀両は、衝動のままに言葉を続けた。
「お願いします! 先輩、私に“やらせて”下さいっ! 口説院先輩に比べれば満足させてあげられないかもしれないけど、私、先輩のために一生懸命腕を磨きました! 先輩の“豪剣”で、思いっきり私を貫いてください! 私も全力で受け止めて、先輩のを一滴残らず絞り出しますからっ!」
「え、あ、あ……?」
「お願いします、先輩っ!」
「………」
彼女の名誉のために補足するならば、一刀両は本来はこう言いたかったのである。
『私っ! 先輩と(命を懸けた斬り合いが)したいです! 思いっきり、全力で、(斬り合いが)したいです!』
『お願いします! 先輩、私に(死合を)やらせて下さいっ! 口説院先輩に比べれば(強さでは)満足させてあげられないかもしれないけど、私、先輩のために一生懸命(剣の)腕を磨きました! 先輩の豪剣(比喩的表現ではなく字面通りの意味)で、思いっきり私を貫いてください! 私も全力で受け止めて、先輩の(普段抑えていたであろう全力の剣技)を一滴残らず搾り出しますからっ!』
──だが、それをどう受け止められたかは別問題である。ようやく硬直が解けた翔一郎は、まだ動揺を残しつつも一刀両に言った。
「わ……分かった、一刀両。そこまで言わせて断っては、俺も男として失格だ」
「じゃあ……」
「ああ、ハルマゲドンが終わったら、相手になってやる」
「……ありがとうございます、先輩!」
大きな誤解と、翔一郎の持つ一刀両のイメージが大きく変わるという弊害はあったものの、こうして二人の剣士は約束を交わした。
一刀両断、恋愛感情と闘争心と被虐欲と性欲の区別が出来ない微妙な年ごろの夏であった。
──ハルマゲドンまで、あと一日。