多少の流血描写が終盤にございます。ご注意ください。
あの真っ黒な城に、私の友達が住んでいる。自分の”色”を気にする娘だったから、きっと白い部屋にいるのだろう。黒い長い髪を持つ女の子なのだ。
ぼうっと、黒い城の方を見ていた。一面雲掛かっているように真っ白な空に、とてもよく映えている。
今度は自分が今座っている草原を見下ろした。草も地面も、コールタールで塗り固めたように真っ黒い。
この一帯には、色がない。
空は、昼は白く、夜は黒い。朝と夕方は、間の、灰色。地面は黒い。道路は白いところもある。人の肌は白い。建物も基本的に白い。あの城以外は。
あの城の主である私の友達が、色を嫌ったせいらしい。この一帯にも、以前は色があった。友達が色を嫌ってから、どういう方法を使ったかは知らないけれど、色が無くなった。
人々は、特段気にした様子はない。気にする、という発想も、白と黒で塗り分けられたように。
ただ、私は、面白くない。
私は、真っ黒い草原から、ショートパンツを履いた尻を上げた。土を払った。真っ黒い、土を。
向かった先は、祖父の使っていた倉庫だった。
この辺で唯一の画家だった祖父の倉庫だが、絵の具のように、誰にでも色を塗る道具だとわかるものは、黒い城の、黒いスーツを着た兵士が、のきなみ没収し、処分してしまった。
その後、私の友達は、世界を白と黒に染め上げた。
原理はわからないけれど、白と黒に染めるのは、物の”外側だけ”にしか有効でなかったことを、私は知っている。
そして、このあたりでただ一人の画家である祖父の持つ画材のうち、黒い城の兵士が画材だと判断できなかったものがあるのを把握していた。
私は、ラベルが白黒になったスプレー缶を手に取った。
残されていたスプレー缶の個数は六つ。七色(なないろ)と言うためには一つ足りないが、この際しかたない。
スプレー缶そのものはラベルを含めて白黒になっているが、中身のインクは色を保っているはずだ。
私は、六本の缶を目の前に並べた。
もはやどの缶に何色が入っているのか、わからない。でも、おそらく、黒や白ではないはずだ。これを。
私の友達に、見せる。色は、嫌うものではない、と、わからせるんだ。
嵩張ってしまったが、いつも使っているショルダーバッグに、スプレー缶を詰め込んだ。拳銃のマガジンに、弾を込めるように。
黒い城の門の前に来た。門もやはり、黒い。
門の両側に、サングラスに黒いスーツの、身に着けたもの全部が黒い門番がいる。私の姿をみとめ、二人は私に近寄ってきた。
何か御用か。右の門番が、私に問うた。私は答える。
「友達に会いに来たの。通してくれない?」
門番の返答は、聞こえなかった。返答を待たずに私が、事前にカバンから二本出して、両手に持って背中で隠しておいたスプレーで、二人の門番の顔に、インクを吹きかけたから。スプレー缶二本を、地面に投げ捨てる。
うわ、という、二人の男性の声が、私の後方から聞こえてきた。私が、もう、二人の門番の間をすり抜け、走り出していたからだ。
失明しないだろうか。サングラスをかけていたから、多分大丈夫だろうけど、と、少し門番の心配をする。それから、顔が、にやけそうになる。
門番の顔に付いた、色。藍色と、紫色。
久々の、色だ。私は、心が浮足立つのを感じた。
門を、渾身の力で開ける。
真っ黒い廊下だ。私は、全速力で駆け抜ける。
急がなければ、門番に追い付かれる。という考えより、こんな黒い壁にスプレーを吹きかけても、あまり目立たないだろうし、友達も、見てはくれないだろう。という考えの方が、私の思考の大部分だった。
そのどちらにせよ、行くべき場所はただ一つだ。
階段を駆け上がる。私の後ろから、三人以上の足音が聞こえる。門番が、城の中の兵士に連絡でもしたんだろう。急がなければ。
なんとか最上階まで来れた。そこだけは床も壁も天井も白い。なぜなら、この部屋の主で、この城の主でもある私の友達が、黒髪だからだ。
騒々しい足音を聞いて、窓の方を向いていた私の友達は、こちらに振り返った。その拍子に、黒い長い髪が、柔らかく、かつ重そうに、揺らめく。
振り返った友達と、顔が向かい合って、気付く。
自分で自分の色を染めることはできなかったのだろうか。いつ見ても綺麗だと思っていた瞳だけ、赤いままだ。
私は叫ぶ。
「見なさい!」
バッグの中に、手を突っ込みながら。
「これが色よ!」
一本を手に取り、壁に向かって、噴出する。
壁の一部が、色で塗られる。今度は、青色だった。
でもそれは、数秒しか実行できなかった。すぐに、階段を駆け上がってきた兵士に、取り囲まれたからだ。
兵士は全員、剣を構えている。その切っ先を、私に向けて。
「色なんていらない」
手元の缶を見つめていた私は、言葉を発した友達の方を見た。赤い目は、哀しみと、憐れみに満ちている。
「色なんてない方がいい。色があるから、誰かと私は違うのだと、わからされてしまう」
続けられた友達の言葉を聞いて、私は、すべきことを理解した。
私は、人差し指を缶のてっぺんから離し、スプレー缶そのものを掴む形で持つと、掴んだ形で持った缶を、近くにいた兵士の持つ剣の刃にぶつけた。
刃によって切れ込みが入った缶から、ガスと一緒に圧縮されていた中身が、つまりインクが、飛び散り、缶に切れ込みを入れることになった剣を持っていた兵士の服を、そして私の服を、まだらに、青く染める。
右にいた兵士に目をやり、どうしたらいいかわからずうろたえている、その兵士が持つ剣の刃に、今度は新しく取り出した缶をぶつける。緑色が破裂した。
止めなさい。私の友達が叫ぶのが聞こえた気がする。
三人目。黄色い爆発が、兵士をのけぞらせる。
四人目。オレンジ色が、兵士の剣を濡らす。
最後の兵士に相対して、私は、もうスプレー缶を使い切ってしまったことに気付く。
とらえろ。友達が、兵士に命じる声が、どこか安心して聞こえる。
四人の兵士が、後ろから迫ろうとしているのがわかる。私が最後に向かい合った兵士は、まだ剣の切っ先を私に向けている。
そこで気付く。
スプレー缶なら、あった。
私に向けられていた剣の刃を、私は、両手で掴む。
剣を掴まれた兵士の顔が、驚愕に歪む。手が少し切れたのだろう。痛みが走る。構わない。
手で掴んだその剣を、その剣の切っ先を、私は自分の方へ引き寄せた。
私の胸に、突き立てるように。
音が、世界中から消えてしまったのかと思った。私は足元に目を落とす。
スプレーになかった色が、赤色が、広がっているのがわかる。
目を見開く友達が見える。私は、その方向に顔を向けた。
「その目で見たら、世界は、こんな風に見えるのかな?」
私はそう言って、微笑んだ。
「私も、そんな、赤く染まった景色を見たかったから。染めてみたよ、ねぇ」
私はそこまで言うと、床に、仰向けに倒れた。
床に倒れて、天井を見ているのに、なぜだろう。まだ、友達の顔が見える。
友達が、今、私の顔の近くに来たからだ、と、やっと理解する。
「私は、あなたになりたかったのに!」
友達が、叫んだ。心なしか、その声には、涙が混ざっている。
「あなたの、黒い目が!うらやましかったのに!」
そんなことを思っていたのか。この娘は。
「だから色なんて、いらないから、消したのに!」
「あなたの赤い目は、綺麗だよ」
私は、言った。できるだけ、優しい口調で。
「色があるから、あなたと私は違うし、違うってことはいいことだよ。ねぇ、色がないと、やっぱり面白くないよ」
「色なんて、なければ、私は!」
私は、まだ笑えているだろうか。いろんな色のスプレーの飛沫でまだらに染まった手で、友達の、涙にぬれた顔を撫でる。
「あなたは、あなたの色でいいじゃない。私は、私だから、あなたは私になんてならなくていい」
手に、もう力が入らない。友達の顔が、遠ざかる。
目が覚めて、自分が白いベッドに横たわっていることが分かった私は、やはり色は戻らなかったかと、上半身だけ持ち上げ、首を巡らせて、枕元の小机に、赤い花が活けてある花瓶を見つけ、にやっと笑った。
「あんな馬鹿なことをして失血死しかけたのにもう笑えてるなんて、死んでも馬鹿は治らないって本当みたいね」
私の友達の赤い目が、私を睨みつけているのに気付く。
「色を戻してくれたんだ?」
小机の近くにいた友達に、問いかける。
「こんなことであなた以外の重傷者を出したくないからね。色を取り戻すために、死にかける人が出るなんて思わなかったわ」
「でも、死にかけてよかった」
私は、友達の目と同じ色をしている花を撫でる。
「色がなきゃ、面白くないよ」
「色が違うと、悲しむ人もいるのに?」
「色が違うのは、当たり前なんだよ。偶然、誰かと誰かの色が似ていて、誰かと誰かが違う、それだけの話なんだ」
私がそこまで言うと、友達は、少し口をつぐんだ。
「あなたの血が染めた床は、あの後、掃除が大変だった」
友達が再び口を開いたとき、出てきた言葉が私への恨み言で、少し安心した。
「それは申し訳ない。乾いたら、黒くなってしまったんじゃない?」
友達は、そこで、そっぽを向いた。
「そうなったから、赤い色で塗り直しておいた」
友達のその言葉を聞いて、私は、またにやっと笑った。
色を消そうとしても、結局、人の体に流れているんだよ。あなたの目と、同じ色が。心のなかで、語り掛けた。
窓の外を見た。青空が、広がっている。
稚拙でわかりにくい内容で申し訳ありませんが、感想などいただけるとありがたいです。辛口の批評でも、今後の参考にさせていただきます。