LOG.1 やりました。
けたたましいエンジン音が聞こえる。足柄はその音から、後ろの上空を旋回しているのは千歳の戦闘機だという事を理解した。だいぶ長い間、敵の軽空母と制空権争いを続けている。かすかにパラパラと機銃の音が聞こえてくる。
数分前、艦隊は作戦海域内の敵首魁と交戦状態に入った。
同航戦でひとしきり牽制しあった後、互いに単縦陣で敵の艦隊と向き合い、乱戦に近い反航戦を繰り広げた。その結果、敵の僚艦を長良と夕立が引き剥がし、足柄は敵の旗艦と一対一の状況になっていた。
しかし、条件は互角ではなかった。
足柄の装備では敵に近づかなければ有効打は与えられず、敵の砲は射程も長い上、一発当てるだけで容易く彼女を粉砕できる。彼女にとって白昼の砲雷撃戦はとてつもなく不利なものだった。
二隻は一定の距離を保ったまま、円を描くように旋回する。なんとかして砲の有効射程まで近づかなければ足柄の勝機はない。遠い位置からの砲撃は敵の装甲に阻まれて牽制にすらならないどころか、砲撃直後は衝撃に合わせた姿勢制御のために動作が制限される。そこを狙い撃ちされる可能性があった。
敵の第一主砲が容赦無く足柄に照準を合わせる。長く、口径の大きい砲身は、憎悪を具現化したようなドス黒い色と兵器らしい直線的な
足柄は自らは砲を構えず、敵の姿を油断なくじっと見つめていた。彼女の得意とする戦法は敵に一発撃たせてから懐に潜り込み、相手の隙をついて攻撃を加えるといういたってシンプルなものだった。今回もそれに頼るつもりだった。機動力は足柄の方が優れており、上手くいく自信があった。
敵の砲が火を噴く。その瞬間、足柄は直角に進行方向を変えた。山なりの砲弾を潜って最短距離で敵に向かおうとしたのだ。しかし、敵の老獪な偏差撃ちは足柄の回避運動を容易く捉え、彼女は自分の考えの甘さを思い知らされた。
咄嗟に20.3センチ連装砲を盾にして弾を防ぐ。その一撃で砲はたちまち使い物にならなくなり、右腕の関節部が変な方向に曲がって、動力機構がズタズタに破壊された。
足柄はめげずに左足の魚雷を全て放った。4本の線が敵に向かって放射状に伸びていくが、足柄と敵の間の距離を半分も進まないうちに、投下された爆雷と機銃の掃射によって全て爆破され、派手な水柱を吹き上げた。それが狙いだった。4本の水柱は足柄の姿を完全に隠した。
水の
敵の1つ目の主砲が弾の装填を終えて、再び足柄を狙った。足柄は弾が装填される時のガチンという音を漏らさず聞き取っていた。彼女はこの時、敵主砲の装填にかかる時間をきっちり計測していた。
砲撃の瞬間、足柄は機関部を奮わせ、速度を一気に最大船速まで上げると、立ち幅跳びの要領で離水して敵に飛びかかった。
弾は直撃こそしなかったものの、至近距離で撃たれたため衝撃が足柄を襲い、彼女の電探やカタパルトをダメにした。それでも足柄は怯まず敵の腕にかじりついた。
敵に密着した足柄は無事な方の20.3センチ連装砲を敵の首元に突き立てて、砲撃を2発みまう。無理な体勢からの射撃の影響で20.3センチ連装砲の砲塔はひしゃげて、2度と撃てなくなった。
敵は健在だった。力の限り身体を回転させ、足柄を振りほどいた。敵の強大な馬力によって足柄は30メートルばかり飛ばされ、海面を水切り石のように転がった。
体勢を立て直した足柄に向けて敵の機銃が掃射される。足柄は左半身を前に出し、更に左手を突き出して火線に晒した。彼女に唯一残された攻撃手段である右足の魚雷発射管を守るためだった。
その代償に足柄は左手の指を全て失ったが、敵の機銃はそればかりでは飽き足らず彼女の船体を削り取っていく。外付けではない装甲が剥がされて、赤い燃料が流れ出ていた。足柄はできる限り身を屈めて防御姿勢をとり、前面投影面積を小さくしていた。
目眩がするような曳光弾の乱舞の中、足柄は反撃の糸口を掴むため、じっと耐え忍んだ。
主砲の再装填まであと8秒。
足柄は意を決して懐に隠し持っていた照明弾を撃った。閃光が放たれ、機銃の弾幕が揺らいで僅かな隙間が作られた。足柄は真っ直ぐ敵に向かって進んだ。彼女の舵は壊れており、直進しか出来なかったのだ。いや、たとえ壊れていなかったとしても彼女の行動は変わらなかっただろう。
敵は完全に目をやられたらしく、やたらめったらに弾を放つ。一方の足柄も敵に確実に照明弾を当てようとぎりぎりまで目を見開き、狙いをつけていたため、照明弾の光は彼女の視界さえ奪っていた。
それでも足柄には関係なかった。元々敵に確実に攻撃を与えるためにゼロ距離で魚雷を撃つつもりだったのだ。敵は強大であったが、その分旋回能力が低く、彼女の体当たりを避けられないだろうと踏んでの行動だった。
足柄は主砲を
足柄は魚雷発射管のスイッチを入れて、しかしその機構が壊れており、魚雷が発射されないと分かるや否や、迷わず右足で発射管ごと敵に蹴りをくれてやった。
信管が反応し、凄まじい爆発が起った。敵が苦痛の叫び声を上げた。足柄は左手に続いて右足も失った。両者は吹き飛び、再び30メートル程の距離が離れた。
敵がかぶりを振って視界を取り戻し、自分に致命打を与えた者の姿を見た。視界には左足の
敵は怒り狂った。こんなちっぽけな奴に自分がここまで追い詰められるなどとは、痛恨の極みだった。足柄はもはやなんの兵装も持たず、それどころか波にさらわれるだけで沈んでしまいそうだった。
敵は残っている全ての火器の照準を足柄に合わせた。次の瞬間にはその破壊の前では何者も存在していられよう筈もなかった。
それでも足柄の目には闘志が失われていなかった。そして口元には不敵な笑みを浮かべ、犬歯を獰猛に覗かせていた。その足柄の異様な態度に敵はたじろいだ。理解しがたい存在におぞましさを感じるような、えもいわれぬ気分だった。
敵は恐れを感じた自分に気が付いて、ますます逆上した。足柄の存在が許せなかった。敵は標的を完膚なきまでに粉砕するべく、持てる演算機能の全てを火器管制に回した。口元には足柄に対抗するように加虐的な笑みを浮かべて、勝利を確信した表情をしていた。自分と獲物との世界に没入していたのだ。
そのせいで背後から接近する
一瞬の十字砲火が敵を飲み込む。敵は8発の砲撃と5発の酸素魚雷を喰らって、断末魔の声を上げる暇もなく粉々に砕け散った。その爆発によって、水と鉄と油が混ざった雨が辺りに降り注いで、艦隊を祝福するように景色に虹をかけた。
艦隊は制海権を取り戻し、束の間の平穏を得た。足柄は長良に肩を支えられ、空に架かる虹を満足そうに眺めた。
この戦いのMVPは敵旗艦そっちのけで敵の駆逐艦に対し累計670ダメージを叩き出した艦攻ガン積みの加賀だった。
LOG.1 FIN.
加賀「良い作戦指揮でした。こんな艦隊なら、また一緒に出撃したいものです」
一同(納得いかねぇ…)
足柄さんはバケツかけたら5秒で復活しました。