支配者として君臨する事になった闇妖精『マーレ・ベロ・フィオーレ』は従者を呼びつけ、行動を開始する。
 サイコロを転がして行動方針を決めていく遊戯のよう――というよりはそのもの――
 小さな男の娘が取る行動によって刻々と変わる地獄絵図の出来上がりの果てに待つのは――

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Все под богом ходим.

 

 玉座に座すのは小さな存在――

 闇妖精(ダークエルフ)の支配者『マーレ・ベロ・フィオーレ』である。

 見た目は少女のように可憐な容姿だが性格は冷酷で残忍で見事なまでに苛烈であった。

 

「……そこまで酷い設定なんですか? ……ま、まあいいですけど……」

 

 手に持つ黒い杖は生物の返り血で真っ黒く変色し――

 

「……こ、これは最初からこういう色です」

 

 金色の髪の毛はさっきお風呂で洗ったばかりの如く輝いていた。

 

「……はい。身だしなみはちゃんとするように、と言われていますから」

 

 見た目は少年。中身はポンコツ森祭司(ドルイド)。迷探偵――

 

「……それは……違う作品じゃないかな? あと、ポンコツってなんですか? ぶ、ぶっ殺しますよ」

 

 女声で凄むも誰も怯えない。

 しかし、繰り出される魔法は高い位階魔法ばかり。

 左右色違いの瞳を潤ませて男性女性を虜にする男女殺し。

 

 支配者マーレ様である。

 

 掌に乗る程度の大きさのサイコロを(おもむろ)に転がすマーレ様。

 出た目に従い今日殺す分の命を選定していく。

 

「……え~と、三人、です」

 

 世界に存在する死ぬ予定の三人の命は即座に奪われる。

 ――そんな遊戯を始めたのが三日前。

 

「マーレ様。我々は何をすればいいのですか?」

 

 玉座の下には戦闘メイドが二人待機していた。

 一人は艶やかな黒髪の『ナーベラル・ガンマ』で、もう一人は褐色肌が目立つ赤毛の『ルプスレギナ・ベータ』だ。

 色白のナーベラルはアンデッドモンスターに引けを取らない肌を持ち、冷たい印象を与える表情が今は焦りを見せていた。

 対照的にルプスレギナは口元をほころばせ、これから何が起きるのか楽しみにしている様子だった。

 

「……えっと、行動の順番待ち、です。次はナーベラルがサイコロを振る番です」

「はい。……あ、えっと、目的は……」

GM(ゲームマスター)宣言が出ていない以上はサイコロを振り続けるだけのようです。……ここはまあ、適当に……」

 

 真面目な性格のナーベラルはわけも分からずサイコロを振る。

 出た目は『π』であった。――これはどう判断すればいいのやら、と苦渋の表情を形作る。

 

「……一歩下がって味方を力いっぱい殴る、です」

「……先ほどからπしか出ないのですが……」

「でも、あと二回は振り続けないと……。支配者命令で……」

 

 そもそもこの遊戯は何なんだ、とナーベラルは疑問を抱く。

 村人に出会ったら皆殺しにしろ。

 宝箱の中に生々しい心臓が入っている。

 小粋なギャグでマーレを三回笑わせたら死ぬ。

 ――そんな下らなくも理解不能な項目が目の前に浮いているのだから邪魔で仕方が無い。しかし、この項目は触れようとしても通り抜けてしまう。

 とりあえず、命令に従ってみれば色々と何かが分かるのでは、と思ったのが間違いの元だった。

 

「殴ったところで変な音が鳴るだけですし……。……こ、転がすたびに形が変わるサイコロというのも不思議なものですよね」

 

 三角錐かと思っていたら凧型八面体になったり、液状化したかのように溶け出す始末。――掬い上げると立方体になる。

 

  

 

 マーレ個人としては少しずつ進む事態に安堵していた。

 世界が狭まったり、出入り口が消滅する事は――今のところ――起きていないので。

 それと戦闘メイド二人しか居ないけれど、見知った存在が側に居るのは理由無く安心できる材料だと思った。

 それとは別に自分は今『支配者』であるというのが不可解であった。

 本来ならば上に立つ存在ではなく、支配者に頭を垂れるのが当たり前だった。それが現状では覆っている。

 幸運なのは今まで天上人であった存在の姿は無く、無礼を働くような真似をしなくて済んでいる点だ。

 

「村人が居ないのに殺して来い、というのはどうすればいいのでしょうか?」

「ど、どうすればいいんでしょうか」

 

 ナーベラルの疑問に答えられるわけもなく。

 目の前に浮かぶ謎の項目に従うしか今は突破口は無いとしても理解不能の事態は早く解決したかった。

 

「村人の代わりを用意しろってことかも……。す、少なくとも項目はどんどん変更されているし……」

 

 支配者にそぐわない口調で進む事にルプスレギナは口を挟もうか悩んでいた。

 どう考えても支配者っぽくないマーレの態度。けれども、能力は高いので逆らう事は出来ない。

 戦闘メイドとしても階層守護者であるマーレは至高の存在の次に敬うべき対象となっている。

 

「……蒟蒻(こんにゃく)……。もはや数字でも記号でもないものが……」

「私が振るとちゃんと数字になるっすけど……。ナーちゃんは日頃の(おこな)いが悪いとかあるっすかね?」

「……それは何だか納得できないわね」

 

 規定の回数分を終えてマーレは大きく息をつく。

 出た目がなんであれ、項目に新たな文章が書き加えられていく。

 当初はちゃんとした数字と文章だったものが、どんどんと変容していき、理解不能の状態になっていく。

 このままだと遊戯そのものが破綻し、自分達はこの閉鎖された世界で詰みになるかもしれない。――マーレとしてもそれだけは避けたいところだった。

 魔法は通常通り機能しているけれど、世界からの脱却だけが今は出来なかった。

 

  

 

 無為に過ごしていたら一日が過ぎた。項目は一旦消滅し、新たな命令が現われる。

 ――これをもう五日も続けている。このままだと永遠に終わらない可能性すらある。

 意を決して壁を殴りつけたり、項目を無視するような行動も色々と試した。

 

「……もうぼ、僕は面白くない、です。もう……やめたいです」

 

 大切な存在の居ない世界から早く脱却したい。ただそれだけの望みも今は叶わない。

 世界を覆す魔法もアイテムも手元には無い。――いや、あるにはある。だが、機能としては意味の無いものだ。

 部下である戦闘メイドの能力も心許ない。

 

「駄目っすよ、マーレ様。ここで慌てもどうしようもないっす」

 

 普段は目上の存在に対して口調を崩さないルプスレギナが自分の言いやすい言葉で話しかけてくる。それを咎めることをマーレはしなかった。――正確にはする元気を失っていた。

 当初こそは気になったが――今は話し相手が居るだけで満足している。そうでなければ自分は時を忘れて彷徨うはめになっていると感じたからこそだ。

 だが、辺りは和やかさとは裏腹に廃墟同然の有様――

 それは偏にマーレが暴れたからに他ならない。

 温厚な性格で物静かな印象を持つ彼が激高する様を止められるわけもなく。

 一頻り暴れた後は普段どおりに振舞う。しかし、その心中は決して穏やかなものではないとナーベラル達は感じていた。

 

  

 

 折角の支配者なのにやめたいとはどういうことか、とルプスレギナは思うのだが口には出さなかった。

 もし自分ならば――五日も閉鎖的な空間に閉じ込められたら支配者役を満喫するどころではないと知って暴れるかもしれない。

 行動範囲は意外と狭い。

 何らかの条件を満たせば新たな通路が開く仕組みらしいので。その条件に今まで四苦八苦していたわけだ。

 

「サイコロを無視していっそ……、支配者らしく振舞ってみてはいかがっすか? 折角、支配者マーレ様になっているんすから」

「……支配者らしく? そ、そんなことをして……」

「マーレ様は部下との触れ合いが少ないお方……。折角の機会ですから……、少しはめを外すのも気持ち的にもよろしいのではないでしょうか?」

 

 ルプスレギナとナーベラルの言葉を受けて、マーレは困惑する。

 当初から無理だと思っていた支配者役だ。それなりの行動はとってみたものの自分には向かないと感じていた。

 普段は姉が居て、他の階層守護者達が居て、尊敬する支配者が居た。

 今は自分と戦闘メイドの三人だけ。

 召喚によりモンスターを呼び出す事は出来るけれど。

 床に転がるサイコロに顔を向ける。

 

(こ、こんなものがあるから、ぼ、僕は前に進めないのでは?)

 

 だが、現状を打破するにはどうしても必要なアイテムである――と思っている。

 もうこんな降らない遊びに付き合う必要は無いのかもしれない、と思った事は何度もある。けれども世界は全然変わってくれない。

 

(ぼ、僕は支配者。今、ここでは自分こそが最上位の存在……。そう、言い聞かせてみても、やっぱり実感が湧かないや)

 

 性格的に向いていない、というよりは役柄が合致していない。

 自分は誰かのサポート役が似合う。いや、そういう風に()()()()()()()だ。

 だからこそ、その設定から逸脱するような振る舞いには抵抗を感じる。

 

  

 

 遊戯を中断し、メイドと取り留めのない話しをしてから一週間、一ヶ月と時は無情に過ぎていった。その間の飲食はアイテムの恩恵でクリアしている。

 トイレ事情もついでに――

 玉座に座すマーレは日に日に言葉が少なくなり、そんな彼を励まそうと熱心にサイコロを振り続ける戦闘メイド達。

 ただずっと黙って座っていたわけではなく、何日かは支配者としての振る舞いを相談したりはした。ただ、マーレ自身は気乗りせず、話し半分聞き流す状況が続いていた。

 変形するサイコロはマーレの側に――

 ナーベラル達は瓦礫から自分達専用の変形しないサイコロを振るようになった。

 

「基本職の設定は一通り完成っと……」

「……そういえば……」

 

 壁は破壊できるんすよね、とルプスレギナが呟いた。

 ダメージ設定によれば基本的に出来ない事はない、()だった。

 

「破壊に必要な数字が数千ポイント。数日かけても一メートルに届かないと思うわ」

「そうじゃなくて……。普通に破壊する方法っすよ」

 

 当初、マーレが手に持つ武器『シャドウ・オブ・ユグドラシル』という黒檀に似た杖で辺りを破壊していた。

 それを利用すればこの世界を物理的に突破できるのでは、という話しだ。

 だが、それは結局のところ徒労に終わる事になる。

 

「……ここは、天地数万キロメートルもの分厚い壁に覆われた世界……。い、いくら僕でも突破は何年もかかると思うよ」

 

 玉座に座したまま暗い表情で呟く支配者マーレ。生気を失いかけたような物言いにナーベラル達は心配になった。

 閉鎖空間だと分かってはいるが、であれば何年もかけてみる事も手段の一つだ。

 

「そ、それに……。壁の強度は数十メートルごとに強くなっているよう、だし……。たぶん、きっと一メートル壊すのに一年とか、かかる可能性も……」

 

 コンコンと杖で壁を叩くマーレ。

 破壊による突破は既に試されている。それでも自分の感覚では不可能――または現実的ではない現状に諦めを覚えていた。

 二百メートル――

 最初に掘り進んだものだが、全体崩壊によって生き埋めになる可能性があったので中断した経緯がある。

 

(……僕一人なら……。で、でも、戦闘メイドたちを気に、かけるのは支配者らしくないかな、やっぱり……)

 

 かといって黙って玉座に座っていても現状が進展するわけではない。それは頭では分かっている。

 何年もかけましょう、と無責任に言えない事情がある。

 現状、壁を破壊しうるだけの能力を持っているのはマーレただ一人。

 支配者が孤独に(さいな)んでいる今、ルプスレギナ達は彼に無理な要望も希望的観測も伝えられない。いや、押し付けられない。

 自分達戦闘メイドは目下、マーレを勇気付け、精神的に癒す事を目的としていた。その為に新たなルールや設定を作り上げ、退屈な世界からの脱却に繋げようと努力している最中だった。

 

  

 

 油断すれば何年も時が過ぎるような不思議な感覚に陥ってから覚醒したマーレは辺りを見回した。

 思い出したように壁を破壊した瓦礫の山があちこちに出来上がり、物理的にではあるが行動範囲はわずかばかり広がっていた。――それを成したのは自分のはずなのに実感が無い。

 側に居る筈の戦闘メイドの姿は無かった。

 一時期取り乱して殺してしまったのか、と思ったが――すぐにそうではないと思い出す。

 拡張された空間に部屋を作り、それぞれ眠っているのだと――

 目の前に浮かぶ項目も気が付けば何も表示しなくなっていた。それはつまりクリアしたのか、それとも遊戯が中断したのか。

 

「………」

 

 食料は何年も口にしていない。

 言葉も何年も発していない。

 そんな気分に今は覆われていた。

 

(……いつ、眠り……。いつ、起きたのか……。それも、分からなくなってきた)

 

 部下が居るから自分は思考をやめていない。であればルプスレギナ達が居なければ自分は今頃どうなっていたのか。

 居ない方がいいのか、と最近は思うようになってきた。

 足元に転がっていたサイコロは既に無く、壊したのか、何所かに埋っているのか――

 探すのも面倒に思えるほどに。

 当初は出てくる項目の文字に返答していたマーレも今は思考する事もままならない。

 とても億劫に感じるほどに生きている事に疲れを覚えていた。

 息をするのも面倒くさい――と思わせるくらい身体が重く感じる。

 

(……ただ呼吸して、生きているだけ……。閉鎖空間の支配者……。……僕はここの支配者)

 

 玉座に腰を下ろし、辺りを見回す。

 整った空間内だった頃の面影は無く、今はあちこちに瓦礫が散乱している。

 高い位階魔法により、大規模な破壊にも耐え切った閉鎖空間。

 実質、第十位階でも百メートルを超える事は出来なかった。

 

(……静寂……。とても静かだ。……こんなに静かだったんだ。……そうして僕は……)

 

 いつまでも時が止まったかのように過し続けていく、のかもしれない。

 無限に近い時が流れても変わらない。それが終着地点だとすれば静寂は幸せな事なのか、と疑問に思う。

 仲間達と楽しく過ごした日々はもう思い出せないほどだが、何となくは感じ取れる。

 かつてあった楽しい日々――

 しかし、今はそれらも夢幻のように薄れていく。

 

(……支配者……としての頂点を極めた……のかな……)

 

 その疑問に答えてくれる者は居ない。

 ただただ時だけが過ぎる。

 

  

 

 最初に浮かぶのは選択ミスがあったのか、無かったのか。

 もし、行動方針に従っていれば無事に閉鎖世界から脱出できたのか、というもの――

 しかし、いくら考えようとも真っ当な答えが出る気配は感じられない。

 これは最初から閉じた遊戯だ。そうとしか思えない。

 薄れ行く意識の中でマーレは思索に耽る。

 起きている事も寝ていることも億劫に感じられるほどに――

 もはや動く事すら煩わしい。

 

(……今寝たら……もう起きられない。……そんな感じがするし……考えることも疲れてきた)

 

 そう思って思考をやめてみるものの気が付けば目蓋を開いている時がある。

 何かに気が付いたから、それとも――

 けれども、何度も襲ってくるのは言い知れない倦怠感。

 満たされた世界において新たな願望は果たして何なのか。その答えは分からない。

 

(……世界級(ワールド)アイテム……『強欲と無欲』……)

 

 敵から身を守るようにと()()から貸与された超絶アイテムを異空間のインベントリ(アイテム貯蔵庫)から取り出す。

 白と黒の篭手。

 そういえば、とマーレは思いつつ装備する。

 白い篭手は美しき女性的な意匠。

 黒い篭手は禍々しい悪魔的な意匠。

 この空間が世界級(ワールド)アイテムによって造られたものならば同じ世界級(ワールド)アイテムの効果によって無効化する事が出来る――かもしれないが確認した事は無かった。

 伝え聞いた範囲では世界級(ワールド)アイテムの効果は主に世界級(ワールド)アイテムでしか防げない。

 

(……でも、このアイテムでも、この空間からの脱出は出来なかった……。天然のダンジョンだとしても……、僕の能力が効きにくいことなんて……)

 

 茫洋とした頭で思考するも明確な解答は浮かばない。というよりは既に何度も同じ疑問にぶち当たっているような気さえする。

 今日が初めてのように感じられるのは以前の事を忘れているから――または考える事も覚える事もやめているから、とも言える。

 

  

 

 孤独の支配者として君臨してからどれくらいの時が過ぎただろうか、とマーレは時々思い出す。

 敵は居ない。完全なる平和と静寂。

 ルプスレギナとナーベラルは自分が既に殺していたようで、砕け散った肉片のみが散乱していた。

 自害は考えられない。

 二人共徹底的に殴打武器によって肉体を損壊させられていたので。――必然的に犯人は自分しか居ない。

 話し相手を自ら手放したマーレは声を発する事をやめた。

 

(……蘇生の意志があれば……僕の責任で済むけれど……。彼女達を失う事になったのは痛い、かもしれない)

 

 支配者の都合で部下が死んだところで心は基本的に痛まない。――けれども、けれども、けれども――

 選択肢を狭めている事態に対して自分はいつから――

 

 空虚な気持ちに捉われてしまったのか。

 

 支配者として君臨するからには他人の生死などに拘ってはいけない。より正確には自分が大切だと思わない者達にかける情けは一欠けらもあってはならない。

 だから、彼女達の死を悼んではいけない。

 

(……所詮……使い捨ての部下だ……。僕には大事なものが他にたくさん……。……たくさん、ある筈だ。ある筈なんだ)

 

 声の次に無くしたのは表情――

 感情ともいえる。

 朽ちない肉体。成長しない肉体。

 そんな事に気付かない自分。

 決して飢えもしないし、何も生み出さない。

 

  

 

 乱雑に薄汚れた空間を掃除している時に遥か昔に失った筈のサイコロを見つけた。

 転がせば変形する謎のアイテム。

 しかし、マーレはそのサイコロに興味を無くしていたのですぐさま踏み潰してしまった。

 所詮は瓦礫の一部。

 それがサイコロだとは認識できなかった。

 そして、それが最適解だ。支配者として――

 何ものにも影響を受けてはいけない。

 彼が向かう方向こそが常に正しいのだから。

 

(……地面があるならば天井……、果ては空……がある……はず……。……その方向に光明があるなら……。それともこのまま……)

 

 永遠に変わらない箱庭を作り上げ、自分だけの墳墓として使うのも支配者の特権――

 行動を咎める存在は誰も居ない。

 マーレは何ものにも支配されない究極の支配者なのだから。

 

(……無限ではないことは……当初から分かっていたけど……。有限である保証もまた証明されていない……)

 

 時を忘れてマーレが(おこな)っているのは拡張による新たな思索だった。

 制限時間があるように思われていた日常を捨て去り、寝たい時に寝て、起きたい時に起き、興味が生まれればそれを飽きるまで続ける。

 それを一定の生活サイクルとして続ける。

 問題があるとすれば資材だ。

 調達出来ないものは諦める。出来る事は無限に行使できる魔法から。

 有限なものには頼らない。

 

(……僕の手持ちの魔法で出来ること。手持ちのアイテムで出来る事が意外と多くて良かったのかな……。それとも……、これらも徒労に過ぎなくて……、無駄な行為、なのかな……)

 

 悲しみを覚えても涙は僅かしか出ない。

 希望も絶望も関係なく、自分は支配者として君臨している。それ以上の事柄があるならば――

 教えてほしいと願わずにはいられない。

 閉鎖された空間から脱出する方法とは別に。

 ここ以外に世界が存在するのか。

 孤独の支配者にとって一番知りたい事が何なのか、思考が続く内に――

 

  

 

 幾世紀にも渡る時が過ぎたように閉鎖空間内も随分と様相が変化していた。

 狭い壁は巨大な樹木によって徹底的に破壊され、幾分と広くなっていた。――いや、もはや壁など見当たらないほど――

 天地の概念がある事は当初から分かってはいたが、果てまでは想定されていなかった。

 ただあるのは樹木に支配された世界があるという事だけ。

 この世界の支配者であるマーレ・ベロ・フィオーレは何度目かの眠りにつき、世界を見守ってきた。

 気が付けば空があった。

 海もあれば膨大な大気に満たされた世界すらも。

 しかし、たどり着いた先に望みの答えがあったわけではない。

 神代の世界を作り上げた闇妖精(ダークエルフ)は既に思考を放棄していた。

 

 結論から言えば『外』はあった。

 

 その解答を得た事で満足し、自分の仕事はもはや――存在しているだけだと自覚する。

 外に出たのはいいが、あまりにも時間がかかり過ぎた。

 一通り外の世界とやらを探索してみたものの生物の気配が希薄――

 人間、亜人、異形などの存在が作り上げた街や国などの痕跡が見つからない。

 もとよりここには何も無かったのかもしれない、と思うようになった。

 世界の支配者が解答に辿りついた以上に幸せな事など――

 かつてマーレという名前を持っていた存在は何もかもを捨て去り――否、小さな家だけを作り上げ、全てをそこに納めた。

 

(……この世全ての支配は成った。……僕は終わりに辿りついた……)

 

 もし、サイコロの目があれば何と出たことか。

 

 『大変良く出来ました』かな、と――

 

 もはや笑う事もできない最悪の出目だとマーレは思い、長い眠りにつく。

 次に目覚める時があるならば――

 国でも作ってみようかなと頭の片隅で思いつつ――

 

『おしまい』

 

 


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