淡-Awai- あっちが変   作:おこそとのほもよろを

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淡 -Awai- あっちが変
流れ一本場:淡、なぜか宇宙に行く?


 その日、大星淡が通う南日ヶ窪中学では、一学期の期末試験最終日を迎えていた。

 南日ヶ窪中学は、三学期制で、このテストが終われば夏休みが待っている。

 しかし、この日の試験科目は理科と数学。理数科目が大の苦手だった淡にとっては、地獄でしかなかった。

 一時限目は理科のテスト。

 三択や四択等、鉛筆を転がす問題すら無い。名前を書いたところまでは良かったが、そこから先は、枠の中の白い空間が殆ど埋まらないのだ。

 0点にはならないと思うが、今は、ただ苦痛でしかない。

 いたずらに時間だけが過ぎて行く。そして、とうとう終了のチャイムが全校舎に鳴り響いた。

「キーンコーンカーンコーン…。」

 この音は、苦しみの時から開放される合図である。

 しかし、それと同時に空欄だらけの答案用紙を、そのままの状態でフィックスする強制信号でもあるのだ。ホッとするかたわら、とてつもない恐怖を感じる。

 後ろの席から順次自分の答案用紙を重ねて前の席に回して行く。回答用紙の回収だ。

 勿論、淡の列も例外ではない。

 そして、後から回ってきた解答用紙の上に淡が自分の答案用紙を乗せようとしたその瞬間、一番上に置かれた答案用紙の全ての解答欄が、見事に数字や記号で埋め尽くされているのが、彼女の目に飛び込んできた。

「(ど…どうして、こんなのが分かんのよ?)」

 淡は、他の答案用紙が気になり二枚目をめくってみた。すると、そこにも隅から隅までぎっしりと解答欄が埋め尽くされた紙が存在していた。

 信じられない顔で三枚目、四枚目をめくった。しかし、そこにある紙は、どれもこれも全ての解答欄が見事に埋め尽くされていた。

 しかも、そこにある紙に書かれている内容は、どれもこれも殆ど同じであった。

 これが何を意味するか、淡には痛いほど分かっていた。

「結構簡単だったね。」

 何処からとも無く恐ろしい台詞が聞こえてきた。これには、淡も焦りの表情が隠し切れなかった。

 別に皆が出来なければ焦りはしない。赤信号も皆で渡れば怖くないからだ。

 勿論、淡は、そうなることを期待していた。

 しかし、目の前にあるものも周りの反応も、それを完全に裏切るものであった。

「(もしかして、赤信号を渡るのって、私一人?)」

 とさえ思えてきた。多分、それが現実だろう。

 淡は顔面蒼白、頭の中は、すっかり真っ白になってしまった。

 次第に気が遠退いて行った。しかし、そんな彼女の心境など構わずに、前の席に座っている女生徒が、淡のほうを振り返って言葉を投げ付けた。

「どうかしたの? 早く回して!」

 この言葉に、淡は気を取り戻した。そして、何気に自分の答案を一番下にして前の席に回した。

 そして、十分間の休み時間。

 もはや何も考えられない。

 次の科目は数学だ。

 教科書やノートを見ておさらいするが、何も頭に入らない。ショックで頭が回らないのだ。加えて、もともと頭が拒否する科目なのだから尚更だ。

 

 チャイムが鳴った。

 問題と答案用紙が配られる。

 やっぱり名前以外は、ろくに何も書けない。

 周りからはカリカリと答案用紙を埋めてゆく音が聞こえてくる。皆にとっては、間違いなくテストの時間だ。

 しかし、淡にとっては、ただ、いたずらに時間が過ぎてゆくだけ…。

 0点だけは免れると思うが…、やはり祈るのは、皆で赤信号を渡ること。

 そして、チャイムの音。

 みんなの答案用紙は埋め尽くされ、ほぼ白紙に近いのは自分一人。

「こっちも結構簡単だったね。」

「楽勝楽勝!」

 あちこちから嫌な言葉が聞こえてきた。

 何気に自分の答案を一番下にして前の席にまわす。さっきと同じ。まるで、デジャブーを見ているようだ。

 皆が試験を終えて教室を飛び出してゆく。

 一方、淡は、

「…。」

 何も言葉が出ない。

 

 そう言えば、今日から部活が再開される。

 中学では、淡は、卓球部に入っていた。麻雀部員ではなかった。

 しかし、別に淡は、レギュラーになったわけでもないし、ここの卓球部は弱小だし、サボる人も多いし…。

 強い愛着のある部ではなかった。

 結局、この日は部活に出ないで家に帰ることにした。正直なところ、今は、誰とも顔を合わせたくないのだ。

 肝心の麻雀のほうだが、昨年の卓球部の夏合宿で先輩達に教えられ、それから興味を持つようになった。

 しかし、この時点での淡の麻雀の実力は、これと言って大したことはなかった。麻雀部に鞍替えしても、麻雀部員達には到底勝てないだろう。

 

 帰る途中、

「淡ちゃん、元気ないけど、どうしたの?」

 近所の子供に声をかけられた。ドイツ人と日本人のハーフで、名前がニーナ・ヴェントハイム。年は淡の二つ下。

「なんでもない。」

「今度、また、麻雀やろうね。」

「うん。」

 ニーナとは、たまに麻雀をやる。去年の夏に、淡が先輩に教えられてすぐに、淡がニーナに教えていた。

 ただ、どっちも激弱でイイ勝負だ。

 

 淡が、無言のまま家に入った。

「(気を取り直そう。)」

 そして、淡は、制服を部屋に脱ぎ捨て、着替えを持って下着姿のまま風呂に向かった。

 風呂は沸いていない。しかし、別に湯船につかるわけではない。思い切りシャワーを浴びた。これで、少しは落ち着くような気がする。

 気持ちイイ。

 風呂場を出ると、身体をタオルで拭き、持ってきた部屋着を着た。そして、気持ちが切り替わったのか、鼻歌を歌いながら淡は部屋に戻ろうとした。

 片手には、少しだけ砂糖で甘くした麦茶を入れたステンレス製のマイボトル。

 しかし、自分の部屋のドアを開けて入ったつもりが、何故か、そこには見知らぬ空間が広がっていた。

「あれ? ここ、どこ?」

 長い通路。片面は壁。もう片面は窓。

 まるで、学校か何かの建物の中のようだった。

 ただ、窓の外には、真っ黒な闇の中に、キラキラ光る宝石を沢山ぶちまけたような神秘的な空間が延々と広がっていた。

 上も横も…そして下も、真っ暗な空間と輝く星々しか見えない。つまり、地上がない。

 理数系科目が苦手な淡にも、ここが地球ではなく、宇宙空間の真只中に位置していることが容易に想像ついた。

 ただ、何故自分がここにいるのかは分からない。あるのは、いつの間にか自分がここにいると言う事実だけであった。

「なに、これ?」

 少なくとも、自分の部屋ではない。

 近くに、地球に似た惑星の姿が見える。ただ、地球ではない。大陸の形が違う。

「コツコツ…。」

 誰かの足音が聞こえてきた。このままでは見つかってしまう。

 淡は、少し離れたところに小部屋があるのを見つけた。そして、慌てて、その小部屋に飛び込んだ。

 足音がどんどん大きくなっていった。

「(そのまま、どこかにいって~。)」

 淡は、必死にそう願った。

 勝手に入って見つかったら怒られる。その程度の認識だったが…。しかし、その足音は無常にも部屋の中に入ってきた。

「お前は誰だ。」

 女性っぽい声。

 ただ、その声には感情がなかった。無機的な合成音のように思えた。

 淡が見上げると、そこには二脚歩行の人型ロボットの姿があった。銃を構え、その銃口は淡のほうに向けられていた。

 ただ、不思議なことに、そのロボットの言葉は、何故か直接頭の中に響いてきた。

「星によって言語が違うため、直接脳に語りかけている。繰り返す。お前は誰だ。」

 まさか、ロボットがテレパシーを使うとは…。しかし、下手をすれば淡は銃で撃たれ、一瞬でお空のお星様になることだけは間違いない。

 泣きそうな顔で淡は答えた。

「大星…淡…。」

「大星淡。お前の所属は何処だ?」

「所属って言っても…。」

「お前が所属している団体だ。」

「団体って言っても…、南日ヶ窪中学2年1組…。」

「南日ヶ窪? 聞かない名称だな。それで、何処の星だ?」

「星って…地球だけど…。」

「それも聞かない名称だな。メンドーク星と関係はあるのか?」

「なに、それ?」

 淡は、そんな星は知らない。それより、淡には、

「ふざけた名前の星!」

 くらいにしか思えなかった。

 テレパシーなので、嘘をつくとバレる。淡が、メンドーク星を本当に知らないことは、そのロボットもすぐに理解したようだ。

「それと、何故、この宇宙船にいる? 我々シャラク星の輸送船と知ってのことか?」

 やはり、宇宙船の中だった。

 地球上ではないことが、これで確定した。もしやと思っていても、確定するのとしないのではショックが違う。

「宇宙船って?」

「無人宇宙船だ。全てがメインコンピューターの指示によって動いている。もう一度聞く。何故、この宇宙船にいる?」

「何故って、私が聞きたいもん! 家の部屋のドアを開けたら、突然ここにいて。こっちだって早く家に帰りたいもん。」

 これも、嘘をついていない。

 そのロボットは、これが淡の本心であることを理解していた。

「ワームホールを抜けて来たようだな。我々に害をなさないものであることが立証されれば、このまま生かしておくが…。」

 丁度この時だった。

「ドカン!」

 と激しい音が鳴り響くと共に、突然、直下型地震のように宇宙船の機体が上下に激しく揺れた。

 鳴り響く警告音。

「これは、敵の攻撃か?」

 そのロボットが、この宇宙船のメインコンピューターにアクセスを開始した。

 数秒後、そのロボットは状況を全て把握した。

「どうやら、ミサイル攻撃を受けた。」

「ちょっと、どういうこと?」

「メンドーク星宇宙戦闘機の攻撃のようだ。さらにミサイルを打ち放っている。」

 後方斜め上方から淡達の方に向けて撃ち放たれてくる何発ものミサイルの姿を、この宇宙船のレーダーが捕らえていた。

 勿論、そんなことは淡には分からないことだが…。

 そのミサイル群は、猛スピードで淡の乗る宇宙船に接近してきた。

 宇宙でのトラブル。SFでありがちな宇宙での戦闘。21世紀初頭に地球で生きていたら、まず実体験できないであろう。

 何故か、淡は、その最中に身を置いているらしい。

 しかし、この宇宙船は戦闘用ではない。せいぜい自己防衛程度にしか働かないレーザー砲が幾つか装備されているだけであった。

 メインコンピューターの指示で、宇宙船はミサイル群に向けてレーザーを放ち、応戦したが、敵の撃ち込んでくるミサイルの数は半端ではなかった。

 結局、撃ち落とせなかったミサイル数発の直撃を受け、宇宙船は操縦不能になった。

 今日は厄日だ。

 いや、大殺界だ、天中殺だ。

「(きっと、神隠しって、こうやって起こるんだね。きっと、みんなは私がテストの点数が悪くて、ショックで家出したとか思うんだろうな。)」

 今、淡にできること。それは、死を覚悟することだけだった。

 さらに一発、追い討ちをかけるように敵のミサイルが命中した。

 激しく揺れる宇宙船。

 この衝撃で淡は気を失った。

 

 淡を乗せた宇宙船は、煙を上げて回転しながら近くの惑星に向かって猛スピードで突っ込んで行った。

 普通なら、この宇宙船は、このまま爆発するであろう。しかし、

「ハ…ニャ……。」

 どこからか声が聞こえてきた。すると、どう言うわけか、その宇宙船から吹き上げる炎が納まった。良く分からないが、これで爆発は回避された。

 この声は、淡の乗る宇宙船を攻撃した宇宙戦闘機の女性操縦者にも聞こえていた。

「なんか言った?」

「いえ、別に?」

 後部座席にいた女性が答えた。

 その女性操縦者が、後を追いかけようと操縦桿を握る手に力を入れた。すると、後部座席の女性が身を乗り出してきた。

「追うのはよして。」

「なんで?」

「あの星、なんて星だか知ってる?」

「いいえ…。でも、水と緑があって、私達の領土にするには丁度良い条件が揃ってそうじゃない?」

「あの星は、ブラックリストの星よ。」

「ブラックリスト?」

「そう。聞いたことがあるでしょ。私達メンドーク星調査隊が幾度と無く調査に向かったものの、誰も帰還できなかった恐怖の惑星のことを。」

「まさか…、あれがシンキク星?」

 操縦者の額から頬にかけて、一筋の冷や汗が流れた。彼女等にとって、シンキク星は、ブラックホール並みに近づいてはならない星とされていた。

「そう。たかだか2ページしかないブラックリストだけど、そのトップに記載されている謎の惑星…。」

「…。」

「たった一度だけ、調査隊から着陸直後に連絡が入ったけど、その内容が、訳の分からない生物に殺される。それだけだったそうね。」

「聞いたことある。大気圏突入と同時に連絡が途絶えた者もいるとか…。」

「そうね。それで、そんな恐ろしい生物が居るのならと、核ミサイルを数千発撃ち込んだこともあったんだけど、何故か撃ち込んだはずのミサイル全部が、発射した宇宙船団の後方に突然瞬間移動して現れてきて…。」

「マ…マジですか?」

「信じられないけど本当らしい。結局、その宇宙船団は、自ら撃ち込んだはずの核ミサイルにやられて全滅したんだって。今では、私達の女王も、シンキク星侵攻を禁忌事項とさえされているって。」

 彼女達の故郷メンドーク星は、この世における森羅万象の全てを掌握すると自負する程に優れた科学力を誇る超先進惑星であった。

 しかし、そんな彼女達でさえ忌み嫌う正体の掴めない『いわく付き』の星があった。

 その星に向かって、淡達の宇宙船は惰性のままに突き進んで行った。

 炎が消えたとは言え、機体そのものは手負いになったまま。このままでは危険だ。

 そして、大気圏に突入して、機体が空気摩擦で一気に燃え上がろうとした、まさにその瞬間であった。

「ハンニャー!」

 どこからとも無く、とてつもなく大きな声が辺り一面に響き渡った。

 すると、何故か淡達を乗せた宇宙船が、突然煌々と輝き出し、破損した機体がビデオの逆再生を見ているかのように見る見るうちに修復されて行った。

 そして、まるで何かに引っ張られているかのように、超高速で大陸に向けて突き進んで行った。

 この時、この宇宙船のメインコンピューターは、何故かダウンしていた。

 コンピューターで全てがコントロールされていたこの宇宙船は、現在、誰にも操縦されていない。

 これは、もはや宇宙船ではない。ただの金属の塊が惰性で飛んでいるだけだ。

 コンピューターでコントロールされているロボット兵士も、もう動かない。動かす側が機能していないのだから当然だろう。

 高度五百メートル程に差し掛かった時、徐々に減速が掛かり、そのまま、ゆっくりと地上に着陸した。まさに神憑りとしか言いようがない。

 この宇宙船は何者かの意思に従って誘導されている。そんな感じであった。

 

 

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