淡が奥の部屋に通された。
そこには、ハンニャやサンムーンと同じような背格好をした者がいた。
彼は、頭の上に直径1センチ長さ5センチ程度の棒の先に直径2センチ程度のスーパーボールを一つ付けたような角を二本、即頭部にはセントバーナードのような大きな耳を付けていた。
そう。彼が予言者プルプルだ。
「はじめまして。プルプルです。」
プルプルは、目と口が線で書かれたような感じで無表情だった。
「お…大星淡です。」
「今日、私が貴女をお呼びしたのは、これからチーム虎姫で戦うにあたり、ある誤解を解かなければならないと思ったからです。」
「誤解?」
「はい。折角の仲間を誤解していてはマズイでしょう。それでです。」
「それで、誤解って?」
「あるメンバー二人の関係についてです。」
プルプルが長い杖を手にし、その杖の先を淡の頭の上に置いた。すると、淡の辺り一面が、突然、白糸台高校の寮の一室と思われる風景に変わった。
「では、あの時、二人に何があったかを特別にお教えしましょう。」
そこは、誠子の部屋だった。
部屋には、エキスパンダーや腹筋台など色々なトレーニング機材が散在していた。
この時、誠子の部屋には、尭深が遊びに来ていた。
トレーニング機材を目にして、ふと尭深が、
「あれ? 誠子ちゃん、こう言うのって持ってたっけ?」
と誠子に聞いた。
「この間、通販で買ったんだ。山に釣りに行くと結構体力を使うし、身体を鍛えたいって思っね。」
「ふーん。ねえ、ちょっとこれ、やっても良い?」
「いいけど。」
「有難う。一度、テレビで見たことがあって、やってみたかったんだ、これ。」
尭深は、腹筋台の上に乗ると大きく息を吸い込み、
「ふん!」
腹筋にチャレンジし始めた。
「ギー…、ギー…。」
丁度この時であった。壁が透けて、ドアに耳を当てている自分達三人の姿が、淡の目に留まった。
「ギー…、ギー…。」
尭深の腹筋が二回、三回と続いた。そして、壁の向こうでは、その音を聞いて妙に慌てている自分達の姿があった。
尭深が急にお腹を押さえ出した。腹筋がつったのだ。
「い…痛い!」
「そんなに無理しなくても…。痛いなら止めても…。」
「でも、もうちょっと頑張ってみる。うう…。ああぁ…。」
ドアの向こうでは、
「「「(ヤバイもの聞いちゃった!)」」」
と思って互いに顔を見合わせている三人がいた。誠子と尭深が一線を越えてしまったと誤解した、まさにその瞬間であった。
この光景を目の当たりにして、淡は、
「(なにこれ?)」
想像していた内容とのギャップが大き過ぎて、目が点になっていた。
まるで、何かのギャグだ。
ふと気が付くと、周りの風景が元に戻っていた。
「ねえ、プルプル。今のって…。」
「これが真実です。だから、二人を誤解したり、変な目で見たりしないであげてください。折角チームメートになった人達です。チームの輪を崩さないためにも…。」
「そうだね。事実が分かってスッキリした。プルプル、ありがとう。」
「礼には及びません。それと、もう一つだけ伝えることがあります。西東京大会が始まりましたら、インターハイ準決勝戦まではダブルリーチを控えてください。」
「どうして?」
「一回でも使うと、対策を講じられる可能性があるからです。」
「分かった。でも、ヤバくなった時は使うかも。」
「そうなった時は仕方ありませんけどね…。では、今日もよろしく御願いします。それでは、私はこの辺で。」
プルプルは、淡に会釈すると、淡が入ってきたドアとは別のドアから退室した。
淡は、とんでもない予言をされなくてホッとしていた。
この頃、タイショ星の宇宙艦隊は、タイカン星の位置する惑星系に入っていた。
宇宙戦艦30隻程度と余り大きくない軍隊だったが、一方のタイカン星は、地球で言えば十七世紀初頭くらいの科学レベルでしかなかった。
日本ならば江戸時代が始まった頃だ。
当然、タイカン星の人々は、タイショ星の宇宙艦隊に気付いていないし、自分達が空から攻撃されるなどとは夢にも思っていない。
今、タイショ星宇宙艦隊の位置は、タイカン星までおよそ一天文単位のところ。ここから一気にタイカン星に向けて突き進んでゆく。
丁度、タイショ星宇宙艦隊がタイカン星衛星軌道付近に到達した時、彼らの前を遮るように一隻の宇宙船が何処かから瞬間移動して現れた。淡達の乗る宇宙船だ。
突然、タイショ星宇宙戦艦の操縦室モニターが切り替わった。毎度の如く、コンピューターウイルスでも仕込んだかのように、強制的に通信チャンネルが開かされたのだ。
モニターに淡の姿が映し出された。
これも毎度の如く、いつものように淡は真っ白なドレスに身を包み、うっすら化粧をして装飾品で全身を飾っていた。淡お姫様バージョンだ。
そして、これも毎度の如く、サンムーンが淡にテレパシーを送り、話す内容を指示している。
「私は、白の星の第一皇女アワイ。あなた達の不当なタイカン星への侵攻を止めにきました。」
すると、淡の乗る宇宙船のモニターに、タイショ星宇宙艦隊の代表者と思われる女性の姿が映し出された。
通信に対応してくれるケースは割と少ない。今までの淡の経験からは、返答も無しに攻撃してくる輩の方が多い。
ただ、彼女は、小学生くらいに見えたが、話し方は極めて横柄だった。
「私は司令官ロコモ。侵攻と止めるとは片腹大激痛!」
彼女と似たような雰囲気の人物と、淡は来年の春季大会団体戦決勝で対戦するが、それは、また別の話。
淡は、ロコモに問いかけた。
「何故、タイカン星に攻め入ろうとしているのですか?」
「タイショ星で使う資源と奴隷の確保のためだ!」
「タイカン星人達を奴隷にする気ですか?」
「そうだ。これは、タイショ星女王ヤエ様の決定だ。覆すことはできない。」
「タイカン星人の人権は無視ですか?」
「たいした科学力も持たない奴らに人権など無い! これが答えだ!」
先頭の宇宙戦艦から淡達に向けて核ミサイルが撃ち放たれた。
「このミサイルを避ければ、ミサイルはそのままタイショ星に到達する。さて、アワイとやら、どうする?」
ウルウルが、通信音声を一度オフにした。
その直後、ハンニャの毛先の球体が煌々と輝き、
「ハンニャー!」
ハンニャの声が操縦室にこだました。超能力を使ったのだ。
すると、核ミサイルは惑星軌道の垂直方向に進路を変えた。
淡達の宇宙船から、二つのパラボラアンテナのようなものが出てきた。そして、それらからミサイルに向けて白色光が放たれた。アワイ砲だ。
ただ、カンブリア星で使った時とは違って、光は広がらずに細い光線のままミサイルに到達した。そして、その二本の光線を受けると、ミサイルは一気に小さく縮んで行き、最後に激しい光を放つとともに消滅した。
ミニブラックホールの蒸発と言うやつだ。
重さ1000トンのミニブラックホールは、一秒で蒸発するとされる。このミサイルがミニブラックホールと化したところで一秒も持たない。
詳しく知りたい人は、自力で検索することをお勧めする。
ロコモは、一体何が起こったのか解らなかった。
ウルウルが通信音声のスイッチを入れた。そして、淡がサンムーンの指示に従って再び話を始めた。
「ミサイルの軌道を変えた後、ミサイルを強制的にミニブラックホールに変えました。もし、タイカン星への侵攻を止めないのであれば、これからタイショ星に飛び、タイショ星をブラックホールに変え、消滅させることも考慮します。勿論、今、貴女の宇宙艦隊全てを蒸発させてからになりますが…。」
「ちょっと待て!」
「いいえ、待てません。たいした科学力も持たない奴らに人権など無いと言ったのは、ロコモ司令官。貴女です。もし、それが正義だとするならば、私達からすれば貴女達にも人権はありません。」
「その言葉は訂正する。」
「ならば、今すぐ全艦、タイショ星に引き返しなさい。私達も同行し、女王ヤエを説得します。」
「分かった。しかし、ヤエ様を説得するのは難しいと思うぞ。彼女は超能力者だ。」
「そうですか。ならば、私の超能力とどちらが上か勝負します(えっ、嘘? 私、超能力なんてないけど…。)」
淡は、口に出した直後、全身から冷や汗が流れ出た。
多分、ハンニャがなんとかしてくれるのだろうけど…。
「全艦、タイショ星に引き返す。」
タイショ星宇宙艦隊は、ロコモの指令に従い、次々とタイショ星衛星軌道圏内に瞬間移動していった。
淡達も、ロコモの艦隊が全て今の空間から消え去ったことを確認すると、タイショ星付近に瞬間移動した。
タイショ星では、ロコモの艦隊が戻ってきたことを女王ヤエが超能力で察知した。
さっき出撃したばかりだ。こんなに早く帰ってくることは有り得ない。
ヤエがロコモの戦艦に向け通信呼び出しを入れた。
「はい。こちらロコモ。」
「何故、引き返してきた?」
「ヤエ様。それが、とんでもない邪魔が入りまして。」
「邪魔だと?」
「はい。白の星の第一皇女アワイと言うものです。ヤエ様とお話がしたいと申されまして、すぐに、付近の空間に現れるものと…。」
丁度この時、淡達の宇宙船がロコモの戦艦の前に姿を現した。
早速、ウルウルが通信チャンネルを開いた。
「私は、白の星の第一皇女アワイ。タイカン星の件で、タイショ星女王ヤエと話をさせていただきたい。」
「私がヤエだ。タイカン星をどうしろと言うのだ?」
「不当な侵略行為を中止していただきたい。」
「うるさい。王者に逆らう気か!」
ヤエの全身から強烈なオーラが放たれた。
すると、次の瞬間、淡は激しい頭痛に襲われた。こんな痛みは初めて経験する。足の小指をタンスの角にぶつけた時よりも痛い。
淡は、右手で頭を抑えた。
一体何が起こったのか、ハンニャが、いち早く超能力で状況を察知した。
「(これは、超能力での攻撃です。このままでは、淡さんの脳細胞が破壊されてしまいます。ウルウル、一旦、音声を切ってください。)」
「(了解。)」
ウルウルが通信音声を切ると、
「ハンニャー!」
ハンニャが毛先の球体を煌々と輝かせた。超能力でヤエに反撃したのだ。
頭が破裂するような強烈な頭痛がヤエを襲った。倍返した。
それと同時に、淡が左手を前に突き出し、手のひらをかざすようにしてモニターカメラのほうに向けた。ハンニャが超能力で淡の身体を操り、そうさせたのだ。
ヤエの周りにいた側近達には、まるでモニターに映る淡が左手でヤエの超能力を抑え込んでいるように見える。
そしてさらに、
「ハンニャー!」
ハンニャが超能力のパワーを上げた。最大値だ。
淡が、今度は両手のひらを前にモニターカメラに向かって突き出した。ハンニャに操られて、淡は、このようなポーズを取っているだけなのだが、ヤエの側近達には、淡が超能力でヤエを攻撃しているように見える。
その直後、ヤエは、その場から後方に激しく吹き飛ばされて壁に後頭部を打ち付けた。
「くっ…。」
ヤエは、フラフラになりながら何とか起き上がった。そして、超能力で淡に反撃しようとした。
しかし、何故か超能力が湧き出てこない。
「どうして?」
すると、映像モニターに映る淡が、再び話し始めた。
「女王ヤエ。こちらの超能力で、貴女の超能力を封印しました。」
「そんな馬鹿な!」
ハンニャの超能力は、ヤエよりも圧倒的に強い。
その彼が、
「女王ヤエの超能力は消え去る!」
と念じたのだ。
そして、それが現実となっただけだ。
ヤエは超能力を失い、ただの人間になったのだ。
淡は、そのことをハンニャからテレパシーで教えられていた。
「もう、貴女は超能力を使えません。」
「そんなことは…。」
「ならば、スプーン曲げでもしてみてください。」
その場にスプーンは無かったが、ヤエが身に着けている金属製の装飾品はある。
ヤエは、その装飾品を外すと、超能力で曲げてみようとした。しかし、ウンともスンとも言わない。
これで、彼女の超能力が消え去ったことを、彼女も彼女の側近達も理解した。
チャンスとばかりに、側近の一人、ハツセがヤエの頭に銃口を突き付けた。
「超能力がなければ怖くない。ヤエ、今すぐ貴女を処刑します。」
「処刑だと? ふざけるな!」
「ふざけてなんかいません。どれだけ多くの人が、これを望んでいたか…。この星は、今から貴女の独裁政治から民主主義へと変わるのです。」
ハツセが引き金を引いた。
ヤエは、恐ろしくて目を強く瞑った。
しかし、弾丸は出なかった。
「なんで?」
すると、淡が、
「弾丸は、ここにあります。瞬間移動させました。」
と言いながら、淡は両手のひらの上に乗せた弾丸を見せた。
「殺してはなりません。罪を償わせるべきです。」
「…。」
「宇宙への進出は否定しません。しかし、理由あっての移住ならともかく、侵略行為は謹んでください。もし、侵略行為が今後も続くようであれば、白の星は貴女方の星を消滅させなくてはなりません。」
「わ…わかりました。」
ハツセは、淡に深々と頭を下げた。彼女からすれば、アワイはヤエの超能力を打ち負かし、ヤエの超能力を奪い、しかもこの場にある銃から超能力で弾丸を引き抜いたとしか思えない。非常に恐ろしい相手だ。
ただ、そのアワイを第一皇女とする白の星は、侵略ではなく宇宙の平和を願っているらしく、平和を乱そうとする者に対してのみ鉄槌を下す姿勢でいるようだ。
恐ろしいが、非常に有難い存在だ。
この日から、白の星の第一皇女アワイは、ハツセ達に、とんでもない超能力者であると認識されるようになった。
「では、私達は白の星に戻ります。それでは失礼します。」
通信を切ると、淡達の宇宙船は、忽然とその場から消え去った。
瞬間移動したのだ。