暫らくして、
「あれ?」
淡が目を覚ました。
何故か宇宙船の外……陸の上にいた。
「ここ、どこ?」
知らない場所に来た不安はあった。とは言え、ここは春のように暖かく、淡は心地よさを感じていた。
周りには背の低い草が一面に生えており、花が咲いている。その光景…草原が、延々と何処までも続いている感じだ。
近くには綺麗な川が、遠くのほうには山が見える。
こんな自然いっぱいの風景を見るのは初めてだ。
「結構、ここ、イイかも!」
空気が美味しい。
それに、ここにいれば理数系のテストを受ける必要もない。現実逃避するには都合が良さそうだ。
マイボトルは…手に持っている。
頬をつねると痛みがある。一応、生きている。
50メートルほど離れたところに宇宙船があった。多分、淡は、さっきまでこれに乗っていたのだろう。
宇宙船のすぐ近くに、淡が宇宙船内で遭遇したロボットが、まるで不法投棄された粗大ゴミのように横たわっていた。いまだに起動していないのだろう。まるで、死体のように動かない。
宇宙船も、コンピューターが停止したままなのだろう。飛び立つ気配は無い。
良く分からないけど、宇宙で攻撃を受けながらも無事にこの星に着陸していたようだ。ただ、どうやって淡が宇宙船から降りていたのかは分からないが…。
ここは、恐らく宇宙船の中から見えた惑星だ。ならば、ここは地球ではない。
もう地球には戻れないのか?
だとすると、神隠しは確定か…。
「まあイイか…」
と言うより、
「もうイイか…」
と淡は思った。地球に戻るのは諦めざるを得ない。
ふと、淡の視界に、訳の分からない生物が入りこんできた。
「えっ?」
その生物は、体長三十センチくらいで太い胴体に短い手足。大きな卵に顔を描き、それに手足をくっつけたような姿をしていた。
手はゴム手袋の親指の部分だけを切って取り付けた感じで指は無い。
足は、4~5センチ程度と短く、太い円錐の先端を丸く削ったようなものを二つ、卵の下にくっつけたような感じだった。
しかも二脚歩行。
その生物の頭の上には、針金のように太い毛が一本生えていた。その毛は、クルッと一巻きしており、その先には、直径5センチくらいの球体がついていた。
まるで、チョウチンアンコウを元にデザインしたマスコットキャラクターのぬいぐるみでも見ているようにも思えた。
また、その生物の顔は、波打ってにやけた目に締りの無い口と、ギャグっぽさがにじみ出ていた。
二脚歩行をしているので知的生命体である可能性が高いのだが、その顔からは少なくとも知性の欠片も感じられなかった。
普通の生物は、別種の生物を警戒して身を隠しながら様子を窺うものである。しかし、その生物は、堂々と淡のほうに近付いてきた。
そして、あと一メートルと言うところで立ち止まり、じっと彼女を見詰めた。
淡が、警戒しながら中腰になって、その生物の顔を覗き込んだ。
「なんなの? この生物?」
すると、その生物が口を開いた。
「ハンニャー!」
「ハンニャって言うの?」
「ハンニャー!」
そう言いながら、その生物は大きく頷いていた。
ハンニャ(?)は、後ろを振り向くと、遠くの方を指差した。
「ハンニャー!」
「ど…どうかしたのかしら?」
ハンニャが、淡のほうを振り返り、そのまま彼(?)の後方を力強く指差した。
「ハンニャー。ハンニャー!」
「こっちに来いって言ってるの?」
すると、ハンニャが大きく頷いた。
「ハンニャー!」
「行ってみるとしますか。ここに居ても何も分からないしね。それじゃあ、案内して、ハンニャ。」
「ハンニャー!」
ハンニャは、再び大きく頷くと、指差していた方に向かって走り出した。
「ちょっと待って!」
淡が、慌てて後を付けて走り出した。しかし、ハンニャは見た目の割に足が速く、なかなか追い付けなかった。
そして、移動すること数十分、淡は、もはや完全に息があがっていた。
「ゼエ…ゼエ……。ジョッドバッテ(ちょっと待って)…。もう、うごげだーい(動けなーい)。」
彼女は、既にフラフラと蛇行していた。本当に、もう、これ以上は走れない。
急にハンニャが立ち止まった。それも、感性の法則を完全に無視して全速力から減速無しに一気にピタッと止まったのである。
淡は、余りに突然のことに反応できず、そのままハンニャの方へと突き進んで行った。そして、ハンニャの後頭部につまずいて、その場に顔から倒れ込んだ。
この時、ハンニャの毛先の玉がうっすらと輝いた。
「いったー…くない?」
何故か、淡は怪我をしていなかったし、痛みもなかった。あれだけ豪快に倒れたら、普通は、どこかしら怪我をしている。
気を失う前と比べて随分運がイイ。淡は、そう思っていた。
淡の前には、太さ二十センチ、長さ一メートルくらいの丸太が二本倒れていた。
ハンニャが、淡とは全く別の方を向いて、両手を大きく振りまわしながら何かを呼んでいるかのように大きな声を出した。
「ハンニャー! ハンニャー!」
すると、木や岩や草の影から、ハンニャと同じような生物が四匹飛び出してきた。
そのうち二匹は、両手に二十センチくらいの棒を一本ずつ持っていた。
その二匹は、丸太の前に座り込むと一定のリズムを刻みながら、その丸太を棒で叩き始めた。原始的とは言え、明らかに音楽を楽しむ文化を持っているようだ。
また、別の一匹が丸太を叩く二匹からちょっと離れたところで、太めの枝切れに、細い枝切れを当てて、キリで穴をあけるように強くこすり付けた。すると、瞬く間に火がつき、そこに枯れた小枝をくべていった。
方法は原始的だが、間違い無く、この生物達は火を使うことを知っている。
残りの一匹が大きなトレーを両手で持ちながら淡のほうに近づいてきた。
「ウルウル…。」
その生物は、異様に大きくて潤んだ目をしていた。頭には二本の触手が生えており、その触手でトレーに乗せた木彫りのカップを取ると、それを淡に差し出してきた。
「ウルウル…。」
「く…くれるの?」
「ウルウル。」
その生物が、軽く頷いた。
淡がカップを受け取った。
カップの中に入った液体からは、微かにアルコールの匂いがした。彼らは、発酵技術も持っていた。
「ゴメン。私、未成年だから…。」
すると、その生物は、淡の意図することを理解したのか、そのカップを別のカップを交換してくれた。
今度は、アルコール臭はしない。ただのジュースだ。
とは言え、この星で取れる果実のジュースだろう。ちょっと怖い。
淡は、恐る恐る、それを口にした。
「美味しい!」
そのまま、淡は一気にそのジュースを飲み干した。
その一方では、ハンニャがY字の枝を二本地面に刺し、大きな魚を長い枝で串刺しにしてY字の枝の上に置き、その下に火のついた枝をくべていった。魚を焼こうと言うのだ。
「凄い。この子達、立派な文明社会を持っているんだ。完全に知的生命体じゃん!」
地球では、地球外生命体探しに躍起になっているところ、淡は、良く分からないが未知との遭遇を達成していた。
それも、一応知的生命体だ。
それから数時間が過ぎた。
何時の間にか日が沈み、ハンニャ達の灯した火が煌々と辺りを照らしていた。
スモッグで汚れた東京とは違い、空には今にも落ちてきそうなくらい大きな星がいくつも光っていた。
淡は、初めて見るその大自然の美に感動していた。
「なんか、ハンニャ達に会えて気が紛れたみたい。感謝しなくちゃだね。でも、私があげられるものって…。」
ふと、淡はマイボトルに視線を向けた。
「これくらいしかないよね。」
淡がハンニャのカップにマイボトルに入った砂糖入り麦茶を、
「ハンニャ。ありがとう。」
ハンニャのカップに注いだ。
どうやら、ハンニャは、その麦茶が気に入ったようだ。カップに注いだ分を一瞬で飲み干してしまった。そして、
「ハンニャー。ハンニャー!」
おかわりをねだっているみたいだ。
淡は、マイボトルをハンニャに渡した。
すると、ハンニャは、その中に入った麦茶を全部カップの中に注ぎいれた。
空になったはずのマイボトル。
しかし、ハンニャが蓋を閉めて再び開けると、何故か空のはずのボトルから再び麦茶が出てきた。
これをハンニャは、仲間達に分け与えた。
「(えっ? どう言うこと?)」
そして、再び空になったはずのボトルの蓋をハンニャが閉めて、再び開けると、何故か空のはずのボトルから再び麦茶が出てきた。
それが、数回繰り返された。
「ハンニャ、すっごーい!」
まるで、手品を見ているようだ。淡は、本気で感動していた。
突然、淡の頭の中に男性の声が聞こえてきた。
宇宙船の中でロボットが脳内に話しかけてきた時と似ている。テレパシーだ。
「大星淡さん。美味しい飲み物をありがとうございます。」
「えっ? 誰?」
「テレパシーで通信しています。私は、貴方の目の前にいる者です。」
「目の前って…。まさか?」
「そのまさかです。私は、ハンニャ。この『緑の星』の首相をしています。」
「緑の星?」
「メンドーク星人はシンキク星と呼んでいるようですが、我々は、この星を『緑の星』と名付けています。丁度、地球とは銀河系の中心を挟んで反対側に位置しています。我々の母星は、アンドロメダ銀河にある『白の星』。そこから、一部の者達が、ここに移住してきました。」
淡は、その声質とハンニャのしまりの無い顔のギャップが大き過ぎて、思考回路が一瞬凍結してしまった。
しかも、よりによって首相である。いくらなんでも冗談にしか思えなかった。
「淡さん。どうかしましたか?」
「い…いえ…。でも、アンドロメダから来たって、すっごい遠いんでしょ?」
「地球の単位ですと、200万光年ちょっとですかね。」
「それを移住って…。」
「我々は、瞬間移動の技術を持っていますので、10分もかからずに行けますよ。」
「へっ?」
さすがに、淡には信じがたいことだった。
ただ、その前に、淡は幾つか聞きたいことがあった。
メンドーク星の攻撃を受けて炎上したはずの宇宙船の機体から火が消えたり、無事にこの星に着陸できていたり、宇宙船からいつの間にか出ていたり、これらは、ハンニャ達の仕業なのだろうか?
「ねえ、ハンニャ。ちょっと聞いてもイイかな?」
「何でしょう?」
「まず…ええと、どうして私の名前を知ってるの?」
「地球に飛んだ調査員から聞きました。」
ちょっと待て。こんな姿をした奴らが地球にいる?
目立って直ぐに発見されそうだが…。
「あと、私は、どうしてここにいるの? 宇宙船が爆発してもおかしくなかったのに。」
「それは、私の超能力で何とかしました。」
「超能力?」
「さっき、貴女のボトルが空になったのに、蓋を閉めて再び開けたら飲料が出てきたのを見たでしょう。」
「うん。」
「あれも超能力によるものです。あの飲料が、まだボトルの中にあると念じたら、実際にそうなったのです。」
「へー。便利。」
「それでですね。大変申し訳ないのですが、貴女が自分の部屋に入ろうとしたら宇宙船内にいたのも、私達の仕業です。」
「えっ? 何でそんなことを?」
「貴女をこの星に連れてくるためと、もう一つは、宇宙戦争が実在することを知っていただくためです。実は、貴女に手伝ってもらいたいことがあるんです。勿論、代償は支払います。我々の科学力か、もしくは私の超能力で達成可能なことでしたら、何でも願いを叶えます。」
「うーん…。」
淡の願いは、一つではない。幾つかある。一つには絞りきれない。しかし、それを全て叶えてもらうことは忍びない。
そうは思いながらも、淡は、
「叶えてほしいことは幾つかあるんだけど…。」
と、ついつい口に出してしまった。別に意地汚いわけではない。単に根が正直なだけだ。
しかし、ハンニャは、
「幾つでもイイですよ。」
と快く答えた。
「ただ、先に私達が御願いしたいことを言っておきます。宇宙の平和のために、共に働いて欲しいのです。」
条件付きだが…。
このぬいぐるみのような見てくれで宇宙平和を唱えても、他の星の知的生命体からはナメられるだけ。
やはり、見た目は大事である。そのことをハンニャ達は良く分かっていた。
それで、どこかの星の人間に、白の星の代表者(女王とか姫)役として立ってもらい、自分達は、それを後から操る立場になろうとした。
宇宙戦争は怖い。しかし、ハンニャ達と一緒にいて、別に淡は嫌な気分にはならない。むしろ、面白そう。
それに、いくつでも願い事が叶えられるならラッキーと短絡的に考えていた部分もある。
「じゃあ、先ずは高校にちゃんと合格できること!」
「それなら簡単です。」
「本当!」
「朝飯前です。」
「じゃあ、御願い。それと、麻雀が強くなりたい。」
「麻雀ですか。地球のゲームですね。例えば、どんな風に強くなりたいですか?」
「自分だけ手牌が良くて、他家は全員、五から六向聴。意図的にダブリーがかけられるとイイな。それで、終盤…最後の角の前あたりで暗槓すると、それが槓裏に乗って…。その角を越えたら和了れるの。終盤まで待つのは、そのほうが、他の人達が悩みながら打ち回す姿を見て楽しめるし…。」
結構、性格の悪い願い事だ。
「それと、私、胸が小さいから、能力のエネルギーが補給されると胸が大きくなっちゃう…、なんちゃって。」
これは、淡としては冗談だった。胸は大きくしてもらいたいのは本音だが、エネルギー補給に比例するのは普通無い。
しかし、冗談は相手を見て言わないと、いけない。後々大変な目に遭う。本気にされて、取り返しのつかなくなることもあるのだ。
そもそも、大きさが変わると言うことは、その日その時に合う各サイズの衣類を予め揃えておく必要がある。
それに、
「昨日と今日で、大きさが違うじゃん! なんで?」
と他人から突っ込まれた時に、いちいち説明するのも面倒だ。
だが、もう遅かった。
「分かりました。これらは、我々の科学力を使うまでもありません。」
ハンニャの毛先に着いた玉が煌々と輝き出した。そして、大きな声で、
「ハンニャー!」
と叫んだ。
この直後、すぐに玉の輝きがおさまった。どうやら、超能力を使う時に、この玉が輝くようだ。
だとすると、淡が転んだ時にも玉がうっすら輝いていたが、ハンニャが超能力を使って淡に怪我をさせなかったのだろう。
「これで、麻雀に対する能力と胸の件は叶えました。」
ハンニャのテレパシーが、淡にそう伝えてきた。
しかし、淡自身は、この時、身体に何らかの変化が起きているようには思えなかった。別に胸が大きくなったわけでもないし。
麻雀の能力についても、実際に麻雀を打たないことには、変化の有無は分からないだろう。
その変化を、淡は地球に戻ってから知ることになる。