翌朝、
「(息苦しい。)」
淡は、呼吸がし難くて目を覚ました。それに何故か胸の辺りが重苦しい。
「(なんだろう?)」
ただ、別に何かが乗っかっているわけではない。
淡が上体を起こした。
「あれ?」
胸の辺りが窮屈だ。
それでボタンを外そうとしたが、いつもと感覚が違う。
淡は自分の胸に手を当てた。
「なに、これ?」
急にサイズアップしていた。
そう言えば、昨日、
『それと、私、胸が小さいから、能力が補給されると胸が大きくなっちゃう…、なんちゃって。』
たしかに、淡はハンニャにこんなことを言った。
胸を大きくして欲しいとは思ったが、半分冗談だった。それが、寝て起きたら鉄板が見事な双丘に変わっている。これは、周りの人達に説明するのがメンドクサイ。
それに、能力補給で大きくなるのなら、大きさは可変式だ。日によって色々とサイズが違う可能性がある。
すると、淡の頭の中にハンニャの声が聞こえてきた。
「心配要りません。周りの人には、淡さんが、そう言う体質だと認識するよう、既に記憶を操作させていただいておりますから。衣類のほうも、クロゼットの中に幾つか揃えてあります。」
記憶操作もできるのか…。恐ろしい。
淡がクロゼットを開けると、確かに服が増えていた。ぬかりがないと言うか、至れり尽くせりだ。助かると同時に申し訳ない。
今日は、学校は休みだ。しかし、朝九時から一応部活がある。
淡は、朝食をとり、身支度をすると学校へと向かった。
とは言え、淡の所属する南日ヶ窪中学卓球部は、弱小だし、そんなに力を入れて練習しているわけでもなかった。
そもそも、顧問が来ていない。
淡は、急に変わった自分の身体を見て、誰かが何か言ってくるのではないかとヒヤヒヤしていた。しかし、みんな、淡を見ても普通の顔をしていた。
ハンニャの言うとおり、一部大きさが変わっても、それが淡の体質と言うことで受け入れられていた。
特に不思議がられてもいない。普通は有り得ない体質だと思うが…。
「大星。面子が一人足りないんだけど、いいか?」
卓球部なのに、練習時間なのに、何故かレギュラー落ちが確定した先輩達から麻雀の誘いがくる。
「いいですよ!」
淡は、早速ハンニャにもらった力を試してみたく、その誘いに乗った。
何故か部室には麻雀卓があった。それも、麻雀部から御下がりでもらった自動卓だ。積み込みはできない。
場決めがされた。淡は北家でスタートだった。
東一局。
「(能力発動。絶対安全圏。)」
先輩達の嫌そうな顔。
配牌が悪いのが顔に出ていた。
一方、淡の配牌は一向聴。3巡目で対面が捨てた{發}を、
「ポン!」
鳴いて、次巡、
「ツモ! 發チャンタ三色ドラ2。2000、4000です。」
「お前、手がイイな。こっちは配牌五向聴だぞ。」
「私は六向聴だった。ツモは悪くなかったけど。」
「私も…。」
非常に素直でイイ先輩達だ。淡の能力発動をきちんと確認させてくれる。
東二局。
ここでも淡は、
「(能力発動。絶対安全圏。)」
またもや先輩達の嫌そうな顔。今回も配牌が悪いのだ。
一方、今回、淡は二向聴。良好な配牌だ。
「ポン!」
下家が捨てた{東}を鳴き、
「チー!」
上家が捨てた{8}を鳴き、
「ロン! 2000点です。」
対面が捨てた牌で和了った。
東三局も、
「(絶対安全圏!)」
淡の能力が発動した。淡のみ二向聴、他は全員五向聴。
ここでも淡は序盤から鳴き、
「ロン。2000点です。」
上家から和了った。
そして、東四局、淡の親番。
「(ここで試させてもらいますよ、先輩方。)」
絶対安全圏プラスダブルリーチ。
とうとう、淡が本気になった。
「リーチ!」
先輩3人が全員五~六向聴のところにダブルリーチ。これは強烈だ。しかも、サイの目は5。最後の角の後が比較的長いパターン。
角の直前で、
「カン!」
淡が暗槓した。
嶺上牌はツモ切り。そして、角を過ぎた後、下家の先輩が切った牌で、
「ロン!」
出和了りした。
ただ、何故か牌を普通に倒さずに、逆回転で淡は牌を倒した。勝手に手がそう動いたのだ。何故そうしたのかは、淡にも分からなかった。
ハンニャの声が淡の頭の中に聞こえてきた。
「特に意味はありません。なんとなくです。そのほうが、能力発動条件みたいに見えて格好良さそうと思っただけですよ。」
淡の手を見て、振り込んだ先輩はホッとしていた。ダブルリーチのみだ。
しかし、淡が裏ドラをめくると、その先輩の顔は、唖然とした表情に変わった。
「スミマセン、先輩。カン裏4です。18000点です。」
これで下家の先輩は、残り3000点となった。
東四局一本場、淡の連荘。
ここでも淡は、
「スミマセン。今日はツイてます、私。また、ダブリーです!」
建前上、ツイていることにした。それでいて、先輩方は五~六向聴。
絶対安全圏とか意図的にダブルリーチとか、こんな能力があるなんて普通は考えられない。単なる偶然で片付けられる。
「ゲッ! 大星。お前、本当に今日はツイてるな。こっちは、またもや配牌最悪だって言うのに。」
一応、先輩方の手は、普通に育ってゆく。それが、見た目には救いのように見えた。
しかし、これは淡のダブルリーチに対して、後半に危険牌を勝負させるための罠だとも知らずに…。
今回のサイの目は7。角の後が最も長いパターン。淡が、前局と同様に角の直前で、
「カン!」
暗槓した。嶺上牌はツモ切り。
そして、角を過ぎた後、今度は自力で和了り牌をツモってきた。
「ツモ! ダブルリーチ…。」
淡の開いた手牌を見て。ダブルリーチツモのみと知って、一瞬先輩達はホッとした。
しかし、淡が裏ドラをめくると、先輩達の顔色が変わった。
「スミマセン、先輩。また、カン裏4です。6100オールです。」
これで下家の先輩のトビで終了になった。
証明終了。淡がハンニャにお願いした能力は、たしかに淡に備わっていた。これなら無敵だ。淡は、そう確信した。
先輩達は、こんな負け方をして納得するはずがない。
「「「大星。もう一回だ、もう一回!」」」
淡は、先輩達に言われるがまま、二半荘目に突入した。
ただ、余り勝ち過ぎても先輩達の機嫌を損ねる。
今日の目的は勝つことではない。能力の証明だ。それが済んだのだから、あとはトータルで負けない程度に流せばいい。
一先ず淡は、絶対安全圏を自分の親の時のみの使用に限定した。また、ここから先は、ダブルリーチをかけずに済ませた。
四半荘目が終わった時、
「なんだ、お前達。部活サボって麻雀か?」
レギュラーの先輩達が部室に入ってきた。しかし、もともとダレ切っている部だ。別に怒られるわけではない。
それに、レギュラーの先輩達も、他の中学に行けば補欠にもなれない。正直、威張れる立場でもないだろう。
明日からの地区予選。多分、一回戦負けだ。
この日は、麻雀だけ打って淡は家に帰った。
1年が経った。
今、淡は中学3年生。
これまでの間、淡はハンニャ達に連れられて何度も宇宙に飛び出していた。先週も遠い銀河に出かけたばかりだった。
そう言えば、一昨日、淡はニーナと麻雀を打った。ニーナには、去年、能力を得て一週間くらいしたところで能力を披露した。
ニーナからは、
『淡ちゃん羨ましい。ダブルリーチの槓裏4って、何も考えなくて済むじゃん!』
と、言われた。
もっとも、その後も麻雀を打つ度に、淡はニーナに毎回同じことを言われるのだが…。
淡は、駅に向かう途中で人だかりが出来ているのを見つけた。その中央には、二人の女性がいた。
一人は、ミディアムのヘアスタイルで、側頭部の髪がハネていた。一見、明るい雰囲気をまとっているように見えるが、何となく営業スマイルのように見える。
もう一人は、長身でストレートロングヘア。クールな雰囲気だった。
多くの人達が、営業スマイルっぽく見える女性…営業子ちゃんにサインをねだったり握手を求めたりしていた。
淡が、その横を通り過ぎようとしたその時だった。
「ちょっと、そこの長い髪の子。待って。」
営業子ちゃんが淡に話かけてきた。
「私ですか?」
「そう。ちょっとスミマセン。通してください。」
そして、人だかりを抜け出してきた。
「私になんの用でしょう?」
「麻雀の力を見たい。ちょっと、私達の高校まで付き合ってくれないかな。」
営業子ちゃんも、もう一人のクールな雰囲気の女性…クール子ちゃんも、そんなアホそうな感じには見えない。
淡は、
「(まあ、どんな高校か覗いてみようか。)」
そんな軽い感じで、
「いいですよ。」
と答えた。
「私は宮永照。それと、この連れの女性が弘世菫。二人とも、白糸台高校麻雀部に所属している。高校2年生。」
「(営業子ちゃんが宮永照に、クール子ちゃんが弘世菫ね。)」
この時、淡は、照も菫も、麻雀の力量は自分よりも当然格下だろうと勝手に高をくくっていた。その片方が、この夏にインターハイチャンピオンになる女子高生で、自分が敵わない化物一号であるとも知らずに…。
「私は大星淡と言います。南日ヶ窪中学の3年生です。でも、スカウトですか~?」
そう言いながら、淡は不敵の笑みを浮かべていた。しかし、
「まあ、スカウトと言えば、そうなるかな。結構強いと思うし。」
照にこう言われて、淡は、内心少々ムカついた。
「(結構強いではなくて、かなり強いの間違いなんだけどね。)」
こうなったら、本気を出して思い切り負かしてやる。
淡はそう思っていた。
白糸台高校は、さっきの場所から結構近いところにあった。家から通い易い範囲だ。
淡は、そこの麻雀部の部室に通された。
「じゃあ、大星さん。卓について。」
「はい。」
「それと、入るのは、私と菫と…、あと、スミマセン。宇野沢先輩。入っていただけますか?」
宇野沢栞は、照の一年先輩で、鳴きの麻雀を得意とする。
「イイけど、その子は?」
「有望そうな中学生です。」
「照魔鏡で見たのね。じゃあ、お手並み拝見と行こうかしら。」
この会話を聞きながら、当然、淡は、
「(有望なのは間違いないけど、お手並み拝見するのは、むしろこっちだって。高校生相手だって負けないんだから。)」
と思っていた。
あれだけの能力を持っていたら、誰だってそうなるだろう。
場決めがされた。
起家は淡、南家は菫、西家は栞、北家は照になった。
東一局、淡の親。
毎度の如く、配牌は淡が二向聴、他家が軒並み五~六向聴だった。
淡は、鳴いてさっさと手を進めようと思っていた。しかし、肝心の上家である照が、甘い牌を切らない。
他の二人も、欲しい字牌を切ってくれない。これでは、絶対安全圏が終わるまでに和了れない。
そうこうしているうちに6巡目に入った。
「(どう言うこと?)」
そして、淡が切った{北}を、
「ポン。」
照が鳴いた。そして、打{8}。
これを待ってましたとばかりに淡が鳴いた。
「チー!」
そして、捨てた{1}で、
「ロン。1000点。」
照に和了られた。
普段なら、照は東一局を捨てて様子を見る。しかし、既に照は、淡が通り過ぎた時に、照魔鏡で淡のことを見ていた。
菫のことも栞のことも、今更照魔鏡で見る必要はない。よって、今回は、東一局を捨てる必要がなかった。
東二局、菫の親。
ここでも、淡は絶対安全圏を発動した。
配牌は、今回も淡が二向聴、他家が軒並み五~六向聴。しかし、今回も淡は、5巡目までに手を進めさせてもらえなかった。
6巡目のツモで、淡は一向聴。そして、次の絶好のツモで聴牌した。
しかし、ここで捨てた{三}で、
「ロン。2600。」
またもや、照に振り込んだ。
東三局、栞の親。
当然、淡は絶対安全圏を発動。
配牌は、淡が一向聴、他家が軒並み五~六向聴。
しかし、この局も、
「ロン。3900。」
淡が照に振り込んだ。三連続だ。
そして、東四局、照の親番。
淡は、今回も絶対安全圏を発動し、照は五向聴だったが、最短の5巡目ツモで手を仕上げている。そして、6巡目、
「ツモ。3900オール。」
出和了りで7700点の手だった。これをツモ和了りし、3900オールになったのだ。
淡は、いよいよ本気を出すことにした。
「(もう、やっちゃっても、イイよね。)」
東四局一本場、照の連荘。サイの目は6。
ここで、とうとう淡は、
「リーチ!」
ダブルリーチをかけた。サイの目が7の時の次に、最後の角の後のツモ牌が多い。
淡は、角の直前で、
「カン!」
暗槓した。そして、次巡のツモ番で、
「ツモ。ダブリーツモ、カン裏4。3100、6100。」
これには、菫も栞も驚きの表情を隠せないでいた。しかし、照だけは平然とした顔をしていた。まるで、最初から分かっていたような、そんな雰囲気を淡は感じ取った。
「(なんだか、舐められている感じがする。)」
淡は、徹底的にダブルリーチ槓裏4で攻めることにした。
南入した。
南一局は淡の親番。
当然、淡は、
「(絶対安全圏発動プラス…。)」
能力を最大放出した。
淡は配牌聴牌。他家が五~六向聴。
「リーチ!」
この状態から、淡がダブルリーチをかけた。
しかし、照は表情を変えずに手を進め、6巡目で、
「ツモ。500、1000。」
軽く淡の親を流した。
南二局、菫の親。
ここでも淡は、
「(絶対安全圏発動プラス…。)」
本気で行った。
当然、淡は配牌聴牌で、他家が五~六向聴。絶対的なアドバンテージのはず。
「リーチ!」
もう決めたことだ。淡は、三連続のダブルリーチ。菫も栞も、これが偶然ではなく能力であることを受け入れた。
もうすぐ角が来る。暗槓する場所だ。
しかし、暗槓する前の巡で、
「ツモ。1000、2000。」
照がツモ和了りした。
南三局、栞の親。
勿論、淡は、
「リーチ!」
絶対安全圏プラスダブルリーチで攻めた。しかし、この局も、
「ツモ。2000、3900。」
暗槓する前に照にツモ和了りされた。
この段階での点数と順位は、
暫定1位:照 55000
暫定2位:淡 18900
暫定3位:菫 13500
暫定4位:栞 12600
照の圧倒的リード。
そして、オーラス。照の親。
淡は、ここで五度目のダブルリーチをかけた。
この局のサイの目は9。暗槓する位置が、非常に深い場所になっている。
結局、この局では、暗槓する前に淡が捨てた牌で、
「ロン。12000。」
照が和了った。
これで点数と順位は、
1位:照 68000
2位:菫 13500
3位:栞 12600
4位:淡 5900
照の圧勝で終わる…はずだった。
しかし、
「一本場!」
照が和了りやめではなく、連荘を宣言した。
「(うそでしょう? もしかして、私の攻撃力じゃ、この点差をひっくり返せないって分かっていての連荘?)」
もし、淡が役満を照から直取りすれば逆転できる。しかし、淡には絶対安全圏とダブルリーチ槓裏4しかない。能力で役満を和了れない。
それでも淡は、この局、ダブルリーチをかけずに、四暗刻狙いで手を回した。しかし、6巡目で、
「ツモ。6100オール。」
照がツモ和了りした。これで、淡のトビ終了。
淡は、この敗北が納得できなかった。当然、
「もう一回御願いします。」
二半荘目を要求した。
しかし、淡に照を倒すことはできなかった。そして、気が付くと、淡は既に六半荘を打ち終えていた。あの凶悪な能力を持っているのに一回も勝てず…。
ショックではあったが、同時に目標が出来た。
「ええと、テルー…でイイんだよね。」
「えっ、あっ、うん。」
「私、この高校を受ける!」
「ありがとう。貴女が入ってくれると、私達も嬉しい。」
「そう言われても、全然、私じゃ勝てなかったし…。」
すると、栞が、
「宮永さんは、特別よ。去年のインターハイは、宮永さんのお陰で団体戦優勝。今年も団体戦の優勝候補になっているし、宮永さん自身は、個人戦の優勝候補ナンバーワンよ。」
と淡に説明した。つまり、とんでもない化物だと言うことを…。
『でも、いつか絶対、照に勝つ!』
淡は、そう思いながら白糸台高校を受験することを決めた。