それから数日が過ぎた。
今日、淡達のクラスでは、体力測定が行われた。
淡と麻里香は、まあギャグにならない程度には身体を動かせたが…。正直なところ記録には『まったくもって』自信はない。
ただ、みかんが何故か結構良い成績を出している。
「「(あの細い身体でどうして?)」」
別に、裏切り者とまでは思わなかったが、淡も麻里香も、みかんが自分達と同類と勝手に思い込んでいた節があり、正直二人は驚いていた。
「みかん。凄いじゃん!」
「そんな、たいしたことじゃ…。」
「でも、見た目よりもずっと体力あるじゃん。私なんか、こんなだよ。麻里香もだけど。」
淡が自分の記録をみかんに見せた。
「細いけど、なんか凄く健康的に引き締まった感じだし。みかんって、何か運動とかやってるの?」
「一応、体型を維持するために毎日腕立てと腹筋とスクワットを50回3セットずつ寝る前にやってるくらいだよ。」
「スゴッ! マジで?」
「だって、文科系の部活だから身体がなまっちゃいけないと思って。でも、淡ちゃんも麻里香ちゃんも体型維持に何かやってるでしょ。」
「「まったくもって!」」
「(むしろ、何もしないで綺麗でいられる二人のほうが、私からすれば、よっぽど羨ましいんだけどな。)」
これが、みかんの本音だった。
そもそも、みかんが体型維持に気をつける背景には姉の佐々野いちごの存在があった。
二年半前。
みかんが中学二年生の夏のことだ。
麻雀の実力も然ることながら、整った容姿から、姉は高校一年生の時から女子高生アイドル雀士としてマスコミに大きく取り上げられていた。
周りの人達は、みかんに姉のことを色々聞いてくる。アイドル雀士として騒がれているのだから当然のことだろう。
同級生…特に男子達は、それが顕著だった。
最初は、みかんにとっていちごは誇りだった。自慢の姉だった。
ただ、そのうち周りの反応がウザくなった。
それに、自分のことは誰も眼中にない。姉に近づくためのコマのようにしか思われていない。
みかんは、徐々にそう感じるようになっていった。
そして、決定的だったのは、みかんが好きだった男子までもが、いちごのファンになっていたことだ。当然、彼は、みかんに話しかけてきても、みかんのことを見ていない。いちごのことしか頭にない。
口を開けば、
「お前の姉さんってさ…。」
「いちごさんってさ…。」
「ちゃちゃのんってさ…。」
いちごのことばかり。
しかも、日を追う毎に好き好きオーラが増しているように思える。これには、さすがにみかんも辛いし、耐えられなくなった。
そして、決定的な発言…。
「ちゃちゃのんって、あんなに細身で綺麗なのに、みかんは、どうしてそんななの?」
その男子にとっては何気ない一言だったかもしれない。しかし、この一言で、みかんは酷く傷ついたし、これが姉妹が不仲となるトリガーとなった。
みかんの中で、姉への嫉妬と憎悪が生まれた瞬間だった。
この日を起点に、みかんにとっていちごは、『姉』ではなく『あの女』になった。
当時のみかんは、今よりも、ずっとふくよかな感じだった。細身の姉と並ぶと、より一層…と言うか、必要以上に太く見えた。
相対的に、そう見えてしまうのだが、これは仕方がないだろう。そして、いつしか、みかんの中で、
「自分は引き立て役ではない!」
そう言う気持ちも芽生えていたし、
「私も痩せてやる!」
と思うようにもなっていた。ただ、今までは、姉との関係が良好だったため、思っただけで終わっていた。一瞬不快に思っても、時間が経てば水に流せていた。
しかし、良好な関係が崩れた以上、思うだけでは終わらない。
『あの女に負けるもんか!』
『見返してやる!』
そう決心して、みかんは、体重を落とすために食事を制限し、トレーニングもするようになった。今では、目標値まで体重を落としているが、体型維持のため食事制限とトレーニングは毎日欠かさない。
細身だけど頑丈そうな身体を維持している。昔の面影はない。まるで外国人もモデルのようだ。常日頃の努力の賜物と言える。
しかも、胸の大きさだけは、ふくよかだった頃と余り変わらない。これだけは、逆にいちごが密かに嫉妬するほどでもあった。
また、みかんの中では、
「姉とは距離をおきたい!」
と言う気持ちが日に日に増してきた。
たとえ姉妹といえども、必ずしも仲が良いわけではない。好きな男子の心をいちごに奪われた恨みは、どうしても拭えない。
別に、その男子がいちごと付き合ったわけではないし、今となっては、その男子のことなど、どうでもよいのだが…。
それで、広島県外の高校に進学することを決めた。姉と顔を合わせないようにするために家を出る決心をしたのだ。
狙うのは学生寮のある高校。
「どうせなら、チャンピオンのいる高校で強くなりたい。」
みかんは、そう考えて白糸台高校を受験した。
そして、みかんは、白糸台高校に無事合格して上京することになった。
もし白糸台高校に入学できなかったとしても、実家から通える範囲の高校に進学する気は、さらさら無かったが…。
白糸台高校に入学してから、誰にも姉のことは話していない。
いずれは、どこかからバレるだろうが、積極的に話す必要もない。
でも、もし自分が淡のように麻雀が化物級に強かったら。
もし麻里香のように麻雀が巧い打ち回しができたら。
もし二人のように何もしないでも細身で綺麗でいられるのなら。
恐らく姉の存在を何とも思わなかったかもしれない。むしろ、広島にいながら姉を超えることを目標にできたかもしれない。
その一方で、麻里香からすれば、みかんの方が、麻雀が強くてずっと美人でうらやましいと思っているし、淡だって、みかんには麻雀は勝てても美貌では勝てないと思っているのだから、他人の畑は青く見えるとは良く言ったものだ。
麻里香も、姉の多治比真祐子とは別の高校に敢えて進学した。
姉は、一年生の時から松庵女学院で大将を任されている。
昨年のインターハイ予選と秋季大会では、西東京で大将といえば、宮永照と戦うことを意味していた。
つまり、大将にはエースを配置するのが西東京では常識的になっていた。
松庵女学院に進学しても、エースの姉と比較されるだけだし、照が白糸台高校にいる以上、西東京での優勝はない。
ならば、いっそのこと照と同じ高校に進学して強くなることを目指してみては?
そう思うようになった。
それに、白糸台高校は照の影響で麻雀が強い学生が多数入学するようになっている。
今年も多分、とんでもなく強い娘が白糸台高校に入学するだろう。ならば、西東京では暫く白糸台高校の天下が続く可能性がある。
淡ほどの化け物がいるとは思っても見なかったが…。
いずれにせよ、松庵女学院に進学しても全国大会にコマを進めるのは難しいし、メリットが感じられない。
それで白糸台高校を目指すようになった。
結果として、淡と麻里香とみかんが揃うことで、白糸台高校は照と菫が抜けた後も全国大会には常連高として出場することになる。これはこれで、麻里香にとってベストチョイスだったと言えよう。
今のところ、みかんと麻里香に姉のことを聞いてくる人間はいなかった。
もっとも、淡の場合は、高校麻雀界のことを何も知らなかったので、佐々野いちごの名前も多治比真祐子の名前も頭に無かったが…。
白糸台高校麻雀部では、家庭内のこと…特に姉妹の話はタブーだった。これは、エースの照が言い出したことだ。
天井人である照が言い出したのだから、これは絶対であった。姉妹の話を照に振っても平気でいられるのは菫くらいだった。
それから、さらに時が過ぎ、西東京大会に突入した。
参加校は160に達する。
一回戦を戦うのは50校弱で、一位のみの高校が二回戦に進出するルール。そこで30校以上が敗退する。
二回戦は128校が戦い、32校に減る。
三回戦で8校に、準決勝で4校に絞られる。ここまでは、先鋒から大将まで、各半荘一回での勝負だ。それでも、ここまで終わるのに丸二日かかる。
決勝戦のみが半荘二回での戦いになる。
白糸台高校から参加するのはチーム虎姫。先鋒が宮永照、次鋒が弘世菫、中堅が渋谷尭深、副将が亦野誠子、そして大将が大星淡。
第一シードの白糸台高校は二回戦からの参戦だった。
二回戦は、照が半荘一回で10万点以上を獲得、菫が最も点数が低いチームを狙い打ち、尭深のハーベストタイムを決め、中堅戦でトビ終了させた。
三回戦は、照がラス親で怒涛の和了りを見せ、トビ終了させた。
淡が初めて戦ったのは準決勝戦。
しかし、既に大量リードしている。ここに絶対安全圏が発動し、他校の大将達は酷い配牌を見て毎回焦るばかり。
そこに早い巡目で淡は仕掛け、絶対安全圏内で多くの和了りを決めた。勿論、余裕の一位抜け。
そして、決勝戦。
淡が対局室に入ると、どこかで見た感じの女性がいた。
彼女の名は多治比真祐子。松庵女学院の二年生。
「(多治比って? もしかして!)」
顔も麻里香に似ている。
淡は、
「あのう、もしかして麻里香のお姉さんですか?」
と聞いてみた。すると、
「はい。麻里香がいつもお世話になっています。」
と真祐子が答えた。
「(ビンゴ!)」
麻里香の姉なら、きっと楽しい麻雀が打てるだろう。淡は、そう期待した。
場決めがされた。
淡は西家、真祐子が南家だった。
東一局。
「(絶対安全圏発動!)」
淡のみ一向聴、他家は六向聴だった。これは、真祐子も例外ではない。
白糸台高校は、先鋒戦で照が作った大量リードを次鋒から副将まで差を縮められるどころか、むしろ広げてきた。
二位の松庵女学院との差は10万点以上。
真祐子にとって、この厳しい状況の中、3巡目に、
「ポン!」
淡が対面の捨てた{白}を鳴き、5巡目で、
「ロン! 白ドラ2。5200!」
下家の捨てた牌で和了った。早和了りだ。{①}の暗刻があって40符3翻の手。
東二局、真祐子の親。
ここでも絶対安全圏は発動している。淡のみ軽い手で、他三人は非常に重い手だ。
この局も、
「ポン!」
淡は下家が捨てた{發}を鳴き、
「ロン! 發チャンタドラ1。5200!」
対面が捨てた牌で和了った。これも{9}が暗刻の40符3翻の手だた。
ただ、真祐子は淡に鳴かせないし、振り込まない。この辺りは、麻里香と同じだ。
東三局、淡の親。
ここで淡は、連荘で稼ごうとした。
しかし、真祐子は相変わらず鳴かせてくれない。そうこうしているうちに7巡目に突入した。
「(これって、ヤバイんじゃ?)」
淡がそう思った次巡、
「ツモ! タンヤオドラ3。2000、4000!」
真祐子に和了られた。
淡としては、親かぶりで痛い。
「(結構やるジャン!)」
しかし、ある程度以上の打ち手がいないと面白くない。
照達のお陰で点差は十分あるし、無理にダブルリーチを使って勝ちに行く麻雀をしなくても優勝は間違いないだろう。
ならば、ここは真祐子を相手に楽しく打ちたい。淡は、そんな風に思っていた。
東四局。
ここでも淡は、
「ポン!」
{中}を対面から鳴き、
「ツモ! 中混一ドラ3。2000、4000!」
6巡目にツモ和了りした。
南入した。
南一局は、
「ロン! タンヤオ一杯盃ドラ1。5200!」
面前で淡が下家から和了ったが、続く南二局では、
「ツモ! タンピンツモドラ1。2600オール!」
真祐子に和了られた。連荘だ。
南二局一本場も、
「ロン! 一杯盃ドラ2。7700の一本場は8000!」
淡の対面から真祐子が和了った。
南二局二本場、
これ以上は真祐子に連荘させたくない。淡は、
「ポン!」
{南}を鳴き、次巡で、
「ツモ! 2200、4200!」
ダブ南ドラ2で真祐子の親を流した。
南三局、淡の親。
当然、淡は連荘を目指したが、
「ツモ! 1300、2600!」
真祐子に和了られた。とにかく、真祐子は淡が鳴きたい牌を出さない。つまりヌルイ牌を打たないのだ。それで、淡のスピードが殺されている。
しかも、ここまでの収支は、真祐子が+22800点、淡が+23000点と僅差だ。
もし、オーラスで真祐子に和了られたら、淡は収支で真祐子に負けることになる。
「(ちょっとマズイかな。でも、面白い!)」
淡と真祐子以外の二人はヤキトリ状態。平静ではいられない。
しかも、それでいて毎回最低な配牌。正直、心が折れかかっていた。
オーラス。
この局も絶対安全圏は健在。
最悪な配牌が続く中、真祐子だけは目が死んでいなかった。
この局、真祐子が、
「チー!」
早々に仕掛けた。
収支では淡を負かしたい。それすらできなければ逆転優勝など絶対に有り得ない。そんな気持ちが感じられた。
しかし、
「ツモ! タンヤオドラ1。500、1000!」
淡が和了って収支トップを守った。
10分間の休憩に入った。
淡は、対局室を出るとスマホで麻里香に連絡を入れた。
「もしもし、麻里香?」
「前半戦は、マズマズだね。」
「一応、トップなんだけど。」
「でも、本気は出していないでしょ?」
「まあ…ね。でね、連絡したのは、松庵女学院の多治比真祐子って、麻里香のお姉さんなんだって? 本人が言ってたよ!」。
これを聞いて、麻里香は、
『やっぱりバレたか』
と思った。
決勝戦の相手に松庵女学院の名を見た時に覚悟はしていたが…。
「まあ…そうなんだけどね。」
「なんで、麻里香は松庵女学院に行かなかったのかなぁとか考えちゃって。詳しいことは、後で聞かせてね。」
「分かったわよ。で、バレたついでにお願いがあるんだけど。」
「麻里香が? 珍しい。」
「せめて一局だけでもイイから本気で戦ってあげて。力の差を見せ付けるとかじゃなくて、姉に対する礼儀として。」
「分かった。善処するよ。」
淡が対局室に戻ってきた。
後半戦は、真祐子が起家、淡がラス親になった。
東一局、真祐子の親。
絶対安全圏が続く中、真祐子は何とか7巡目で聴牌し、
「ツモ! 2000オール!」
ツモ和了りした。
東一局一本場、真祐子の連荘。
しかし、淡も負けてはいない。しかも、この半荘は上家が真祐子ではない。よって、捨て牌は真祐子ほど厳しくない。
「チー!」
淡は、早速鳴いて聴牌し、
「ツモ! 1100、2100!」
ツモ和了りで真祐子の親を流した。
東二局。
「ツモ! 1300、2600!」
この局は、真祐子がツモ和了りした。
大将戦で全てが決まる。ならば、真祐子も当然食い下がる。
10万点以上の差を大将戦だけでひっくり返すには、淡から親の役満を直取りするのが一番手っ取り早い。しかし、役満など狙って易々と出来るものではない。
それに毎局、絶対安全圏が発動する。このクズ配牌を見る限り、役満狙いは現実的ではない。
国士無双に走ることも考えられるが、意外とツモ牌は普通の手として手が伸びる方向に来る。そのため、国士無双を目指しても中々聴牌できないし、それ以前にチュンチャン牌を狙われて淡の餌食になるがオチだ。
とにかく、普通に打って淡よりも先に少しでも高い手を和了る。今のところ、それしかないようだ。
東三局。
「(麻里香のお姉さん、マジ強い。さすが、イケてんジャン!)」
淡が笑顔を見せた。余裕の笑みではなく、喜びの笑みだ。
「(でも、私だって負けてらんない。麻里香との約束もあるし、行くよ!)」
そう。淡には、まだ隠された武器がある。今、それを披露する。
サイの目は7。もっとも最後の角が早く来るパターン。
淡から放たれるオーラが急変した。
真祐子は、それを察知して表情が変わった。まさか、この表情変化が録画されているとは…。真祐子も、さすがに夢にも思わなかっただろう。
「リーチ!」
淡のダブルリーチだ。
絶対安全圏の中、淡以外の選手がクズ配牌の中、これは強烈だった。
ただ、クズ配牌から普通に伸びてゆくのが、ある意味救いに見えた。しかし、9巡目。角の直前で、
「カン!」
淡が暗槓した。そして、次巡、角を超えたところで、
「ツモ! ダブリーツモカン裏4。3000、6000!」
ハネ満ツモを決めた。
ダブルリーチが意図的にかけられるとは普通思わない。しかし、真祐子は、これが淡の能力で意図的にかけられたものであることを確信していた。
東四局、淡の親。
ここで淡に連荘させてはいけない。このことを、真祐子は十分理解していた。
前局のダブルリーチツモ槓裏4のショックは大きいが、とにかく頭を切り替えなくてはならない。
またダブルリーチをかけてくるのか?
真祐子は息を飲み込んだ。
しかし、この局、淡はダブルリーチをかけなかった。
ならば真祐子の取るべき方法は、淡に鳴かさないようにケアしながら最速で手を進めることだ。安手で良いから淡の親を流すのが最優先だ。
一方の淡は、真祐子から絶対に和了るとの強い気迫を感じ取っていた。加えて、全てを決める大将戦ならではの特別な緊張感もある。
「ツモ! 500、1000!」
安手だが、真祐子がツモ和了りして淡の親が流された。
この時点で、後半戦の収支は真祐子が+8100点、淡が+12000点。前後半戦あわせても真祐子が+30300点、淡が+37000点と、今のところ淡に軍配が上がっている。
さすが、照から大将を引き継いだ超新星と言えよう。