淡-Awai- あっちが変   作:いうえおかきく

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総集編5.淡、点棒の支配者は特定できたが深山幽谷の化身は判別できなかった

 南入した。

 南一局、親は再び真祐子。

 絶対安全圏が発動する中で、真祐子は連荘を狙う。

 ここでも淡はダブルリーチをかけてこない。とは言え、淡だけは手が軽いだろう。

 総合トップの淡は、高い振り込みさえしなければ、ノミ手で和了るだけでチームを優勝するのに十分な位置にある。当然、手を下げてでも鳴いて早い巡目…絶対安全圏にいる間での和了りを目指すはずだ。

 絶対安全圏内ならば、淡は、どんな牌を捨てても和了られることはないのだから、ただ和了りを目指して突き進んでゆける。

 ならば、絶対安全圏の間に和了らせない。

 絶対安全圏を越えれば、淡も他家の和了りに気をつけなければならなくなる。ただ和了りを目指すだけの麻雀ではなくなるはず。

 場合によっては降りることも考えるだろう。

 幸い、淡以外の選手のツモは悪くない。絶対安全圏を越えれば、自分達の和了りのチャンスも生まれてくるはずだ。

 真祐子以外の選手も、休憩時間中にアドバイスを受けたのか、淡に対して甘い牌を打たなくなった。

 まず、淡に役牌を鳴かせないこと。それから、淡の上家は、チーもさせないことだ。

 6巡目、

「ポン!」

 淡の捨てた{東}を真祐子が鳴いた。そして、次巡、

「ツモ! 東ドラ2。2000オール!」

 真祐子がツモ和了りした。

 

 南一局一本場、真祐子の連荘。

「(麻里香のお姉さん、さすがだね!)」

 再び淡が笑顔を見せた。東三局の時と同様、余裕の笑みではなく喜びの笑みだ。

「(でも、私だって負けてらんない。一先ずダブリーは封印するけど…。)」

 相変わらず上家は捨て牌を絞っている。しかし、毎回100%淡が鳴けない牌しか捨てないで済む…と言うわけではない。

 この局、淡は絶対安全圏の間に、

「チー!」

 {⑨}を鳴き、2巡後に、

「ロン! 5500!」

 対面の捨て牌で和了った。

 これをやられると、さすがに真祐子も太刀打ちできない。白糸台高校の大将を照から引き継いだ淡のポテンシャルを思い知らされる。

 しかし、だからと言って諦めるわけには行かない。

 

 南二局。

 白糸台高校に大量リードされている以上、この場面で淡以外が安和了りしても無意味である。

 当然、真祐子としても同じだ。安和了りしたところで、白糸台高校を優勝に近づけるだけでしかない。

 ただでさえクズ配牌のところ、そこから少しでも高い手に仕上げようとして手がもの凄く遅くなる。そんな中、

「ツモ! 500、1000!」

 淡が安手で場を流した。

 

 南三局。

 ここでも淡が、上家から、

「ロン! 5200!」

 直取りして場を流した。とにかく、淡が今すべきことは、他家が高い手を聴牌する前に安手で良いから和了って場を進めることだ。それが優勝に繋がる。

 

 そしてオーラス、淡の親番。

 既に淡以外の選手の表情は、通夜のようであった。

 それもそのはず。ダブル役満以上が認められていないこのルールで、既に2位の松庵女学院ですら1位の白糸台高校に10万点以上の差がつけられている。

 淡が連続チョンボで点棒を吐き出さない限り、もはや真祐子達の逆転優勝はない。しかし、それは非現実的であろう。

 つまり、このオーラスは単なる消化試合でしかないのだ。淡以外は和了ったところで負けを確定させるだけに過ぎない。

 勿論、淡も、和了れなかったとしても連荘を拒否するだけだ。

 しかし、変なところで淡は意地がある。

「(最後に流局ノーテンで優勝なんて、華が無いジャン。ここは、やっぱり。)」

 どうせ、他家は和了ってこない。そこで、淡は、面前で手を進めた。少しでも手が高くなるように手代わりを視野に入れながら…。

 そして、8巡目、

「ツモ。4000オール!」

 淡の親満ツモで決勝戦は終了した。

 他家は、真祐子も含め、全員が俯いたままだった。

 淡は、一礼すると卓を離れて対局室を後にした。

 

 控え室に戻ると、残念なことに照は別に嬉しそうな顔をしていなかった。勝って当然、そんな感じだ。

 そんな空気だったので、誠子も尭深も静かに黙っていた。

「嬉しそうな顔くらいしろよ。」

 菫が照に言った。しかし、

「この程度の相手じゃ、調整にもならない。」

 エース照の爆弾発言だ。まあ、淡としては、理解はできるが…。

「フッ…。」

 菫がソファーに座る照の横に新聞を放った。

「今朝の新聞。そこ、全国の予選、載ってるだろ。」

 照が新聞を広げて見た。そして、長野県の代表校である清澄高校の大将の名前が目に留まった。

『宮永咲』

 照は、表にこそ出さなかったが、内心驚いていた。

 菫が、

「清澄って知ってるか?」

 と照に聞いた。しかし、照は無言だった。

「お前、妹いたんじゃなかったっけ?」

 さらに菫は、こう照に聞いた。しかし、照は、

「いや…いない…。」

 とだけ言って新聞を置いた。

 淡は、その新聞が気になった。

「優勝決めてきたよ! ねえ、スミレ。その新聞って?」

「昨日までにインターハイ出場が決まった各都道府県の代表校の名前と各メンバーの名前が出ている。」

「ふーん。」

「そうそう。それと、ちょっと気になることがあって、後でスミレに相談したいんだけど。」

「お前がか?」

「うん。」

「まあ、分かった。それと、何でダブリー槓裏4を使ったんだ? 使わなくても優勝できただろうに?」

「だって、タカミに総合獲得点で負けたくなかったんだもーん。テルはイイけど。」

「あのなあ…。まあ、あの一局だけで能力と断言されるとは思えないだろうから、今回は良しとしよう。」

「はーい。」

 なんとか誤魔化せた。正直に言ったら麻里香にも迷惑がかかるだろう。

 

 

 来週、西東京での個人戦が行われる。

 個人戦は、部内の上位八名がエントリーする。チーム虎姫からは、照、淡、菫の三人の出場となる。

 みかんと麻里香も出場する。

 ただ、その前に淡は菫に確認したいことがあった。

 

 一応、淡もGWの後に入寮していた。勿論、練習のためだ。

 淡達は、表彰式を終えると、急いで寮に戻った。

「スミレ。実はね。ハンニャ達の世界にすっごい予言者がいるんだけど。」

「たしか…プルプルとか言ったな? 前に聞いた記憶がある。」

「それでプルプルが言うには、私のライバルになる一年生が二人いるらしいのよ。両方とも日本人で、一人は深山幽谷の化身。もう一人はテルー以上の怪物で点棒の支配者らしんだけど…。」

「照以上の化け物? さすがに信じられないが…。そんなの、インターミドルにはいなかったぞ?」

「今は麻雀をやっていないらしいから。」

「まあ、それを言えば、照も中学では麻雀をやっていなかったからな…。ちょっと待てよ。点棒の支配者…。」

「心当たりがあるの?」

「ああ、一人。照が一年の時の話だが…。」

 現監督の麗香は、先代監督の考えに基づき、チーム制を採用した。

 照と菫が一年生の時、照は、

『部内スコアだけじゃ分からない…って言うのは、たしかにあると思うよ。』

 とチーム制を支持した。そして、特待生だった菫と、当時部内ランキングの低かった渡辺琉音、宇野沢栞、棚橋奈月、沖土居蘭でチームを結成させた。

 その時、照は簡単な指導と言うか、独特なアドバイスをしただけで菫達のチームを一軍チームに圧勝させた。

 ただ、照の真意は、

『スコアが低くても強い人がいる…ということ。たとえば、常にプラマイゼロでも強い子とか…。』

 この言葉を立証することだった。

 そして、また別の日には、

『カンと嶺上開花は怖いよ。嶺上牌のツモだけで、とんでもないことをやってのける打ち手だっている。』

 と栞と奈月にアドバイスした。

 菫は、照が気にかけている『プラマイゼロにするヤツ』と『嶺上牌を使うヤツ』との縁を繋ぐために、照に麻雀を再開することを薦めた。

 その後、少ししてから菫は、照から家族麻雀のことを聞かされた。

 小遣いやお年玉を賭けることを要求する母に、なけなしの小遣いを守るために『プラマイゼロにするヤツ』に進化した妹。

 そして、家族の崩壊…。

 それゆえに麻雀から身を引いた姉妹。

「そんなことがあったんだ…。」

「まあ、他言無用で頼む。それで、私が思うに、恐らく、その『プラマイゼロにするヤツ』こそが、プルプルの言う『点棒の支配者』ではないかと…。狙って点数調整できるらしいからな。」

「じゃあ、照の妹ってこと?」

「だろうな。」

「それじゃ、西東京の大会に出てくるんじゃない?」

「いや、それは無いだろう。あいつは、もともと長野出身で、妹は長野にいるはずだからな。それで、長野の優勝校、清澄のことを振ってみたが…。」

「団体戦決勝が終わった時、控室で言っていたアレ?」

「そう。」

「でも、テルーは『妹はいない』って言ってたけど?」

「多分、あれは嘘だ。何故否定したかは分からないが…。それに、清澄の大将、宮永咲は、『プラマイゼロにするヤツ』ではなくて『嶺上牌を使うヤツ』なんだよ。」

 この時点で、菫は、まさか『プラマイゼロにするヤツ』と『嶺上牌を使うヤツ』が同一人物であるとは思っていなかった。

 菫が、長野県大会の牌譜を淡に見せた。

 見事なまでに…不自然極まりない程に嶺上開花を連発している。

「間違いなく、テルーの言う『嶺上牌を使うヤツ』だね、これは。それに、宮永って苗字だし。写真はある?」

「ああ。長野の新聞を取り寄せてみた。」

 新聞に掲載された記事は、原村和のことが中心だったし、写真も和がデカデカと載っていた。しかし、写真の端のほうに咲の姿も写っていた。その雰囲気や独特の髪型から、菫も淡も、咲が高い確率で照の親族であろうことを確信した。

 多分、妹…。

「なるほどね。でも、このサキー以外にもう一人、テルーの妹がいて、それがテルー以上の化物ってことになるのかな?」

「そうかもな。この宮永咲と点棒の支配者が姉妹だったとしても、必ずしも同じ高校に行くとは限らないし…。まあ、長野でも来週個人戦がある。その結果を見てからもう一度この話をしよう。」

「そうだね。」

 たしかに照の妹なら、照以上の化物と言われても納得できる。

 淡は、それを特定できるであろう来週の個人戦結果が待ち遠しくなった。

 それに少なくとも、その化物の存在確率が高いのは長野県。西東京での個人戦で照以外に化物がいないのなら、きっと楽勝だろう。

 

 

 西東京団体戦で優勝し、インターハイ出場を決めた翌日、淡は毎度の如くハンニャに呼び出された。

 その帰りに一旦、淡は白の星に寄ってプルプルに会う機会が得られた。

 ここで淡は、プルプルから深山幽谷の化身について新たな情報を教えられた。

「実は、深山幽谷の化身は、小学生男子みたいなところがあるようです。」

「小学生男子?」

「はい。たとえば『一回やる?』と聞けば『百回やる』と答えるし、『一局打つ?』と聞けば『百局打つ』とか言うみたいにです。」

「なにそれ? 面白い!」

 淡は、それが妙にツボにはまったようだ。

 それ以降、淡は深山幽谷の化身に倣い、

『高校百年生!』

 を連呼するようになった。

 

 数日後、西東京個人戦が行われた。人口の多い西東京地区では、長野県とは違い全国出場枠は十二名。

 大方の予想通り、優勝は照、準優勝は淡だった。

 三位は多治比真祐子、菫は四位だった。

 みかんと麻里香は、十一位と十二位で、何とか全国出場枠に入れた。

 

 その翌日、寮で淡は、菫に呼び出された。

 この日の淡は、エネルギー満タンで胸がメロン並みに大きかった。ショートスパンで鉄板とメロンを行き来する。

 しかし、その変化を誰も突っ込まない。

「まあ、そういう体質だからね。」

 で済まされているのが、なんとも不思議なところだ。

 また、この時、淡は髪をまとめてポニーテールにしていた。西東京大会決勝とは、まるで別人に見える。

「大星。ちょっとイイか?」

「はーい。」

 人目を避けるように、二人は菫の部屋に入った。ここなら、大声を出さない限り誰にも聞かれる心配はない。

「で、菫。例の『深山幽谷の化身』と『プラマイゼロにするヤツ』のことだよね。」

「そうだ。まず、『プラマイゼロにするヤツ』だが、とんでもないことが分かった。」

 菫は、可能な限り収集できた各都道府県大会の対戦結果や牌譜の中から咲のデータを取り出して淡に見せた。

「こいつ…宮永咲の個人戦成績を見てくれ。」

「ええと、この三位でギリギリ代表滑り込みの人?」

「ああ。」

「たしか、清澄の大将だった人だよね。」

 淡は、

『こいつは、あくまでも嶺上牌を使うヤツだし…、三位でギリギリだし、そんなにマークするほどのものかな?』

 と思っていた。しかし、咲のスコアを見て菫の言いたいことが分かった。

『こいつヤバイ!』

 本能的に淡の全身が硬直した。

「プラマイゼロ? それも連発?」

「そうだ。弱いヤツと当たる前半戦でプラマイゼロを連発して遊んでやがる。」

 牌譜を見ると、全試合で最後に咲が和了っている。間違いなく点数調整だ。

「なにこれ? それでいて後半戦まで勝ち残った強い人を相手に連続トップ? 弱いヤツ相手じゃ本気で勝ちに行く気にすらなれないってこと?」

「それは分からんが。」

「ちょっと性格悪くない?」

「お前に言われたくはないだろうな。」

「なんでそうなるのよ。」

「お前も本気でやっていない時が多いからな。」

「だって、私は高校百年生だから。」

「それを聞いて、尭深が『淡ちゃんって115歳?』って笑いながら言ってたぞ!」

 高校に100年通ったら、たしかにそうなる。

 それに飛び級で100年生はない。

 淡は反論しようと思ったが、何を言っても菫に論破されてしまいそうだ。分が悪い戦いを避けて、淡は話を戻すことにした。

「で、このサキーだけど。」

「他に何か気付いたか?」

「もしかして、四位とは千点差じゃない?」

「そう。それは、私も気になった。」

「これって自分の卓の外にまで点数調整の力が働くって言うこと?」

「かもしれない…。それと、今思えば団体戦の時もギリギリ数え役満責任払いでまくれるように点数を調整していたとも取れる。」

「何その化物…。それじゃ…まるで、やりたい放題…。」

「そう言うことになるな。多分、こいつで間違いない。こいつが点棒の支配者だ。『プラマイゼロにするヤツ』と『嶺上牌を使うヤツ』は同一人物。照を超える化物は、この宮永咲のことだ。」

「テルーの妹…。」

「多分、それも間違いないだろう。あの照が、ずっと意識していた相手。それが、二年待ってようやく現れた。しかも、団体戦で当たるのは淡、お前だ。」

「うそでしょう…。」

 普通なら、こんな選手が相手になると知ったらビビるだろう。しかし、淡は、

「でも、楽しみが増えた感じだよ!」

 むしろ強敵と渡り合えることに喜びを感じていた。ある意味、淡らしい。

 一先ず、菫も淡も、咲のことについては他言しないことに決めた。

 下手に騒いでも周りを不安にさせるだろうとの判断だ。

「あと、もう一人のほうだが。」

「深山幽谷の化身?」

「ああ。そっちは、済まないが分からなかった。」

「小学生男子みたいなヤツって話だけど?」

「それは初めて聞くが…。」

「言わなかったからね。」

「まあ、知っていたところで特定できるとは思えんが…。」

「でも、一年生で活躍している人って限られてくるでしょ?」

「そうなんだが…。南北海道有珠山高校の真屋由暉子。」

 菫が淡に由暉子の画像とデータを見せた。

「背丈は小学生みたいだけど胸が男子じゃないね。」

「お前みたいに中身が小学生男子みたいな場合もあるけどな。」

「…。」

「まあ、真屋は改造制服とか着て楽しんでいるみたいだから、どちらかと言うと男子っぽくないな。」

「そうなんだ。」

「それから埼玉越谷女子の水村史織。」

「これは、小学生男子と言うよりも、色んな男子と遊んでそう。」

 とんでもない発言だが、菫は、これをスルーした。

「臨海女子の一年は、ともに日本人じゃないから除外。すると、次は長野清澄。片岡優希に原村和。」

「片岡優希は小学生男子っぽいけど…。」

「たしかにそうだが、深山幽谷って感じじゃないな。自称東風の神らしいし、まあ、小学生男子っぽいところはあるようだが…。」

「可能性はあるかもね。対する原村は、小学生男子の要素はゼロだね。」

「フリフリだしな。それと、宮永咲は点棒の支配者だろうから、ここでは除外だな。次は奈良阿知賀女子。新子憧に高鴨穏乃。」

「新子は援交とかしてそう。小学生男子じゃなくて男子で遊んでそう。」

「高鴨は礼儀正しい感じで小学生男子って要素が今のところしないな。」

 菫は、『小学生男子』との形容に、今一つ礼儀を欠いているイメージを持っていた。そのため、穏乃の立ち振る舞いから深山幽谷の化身の対象から勝手に外していた。

 まさか、この穏乃こそが淡の天敵、深山幽谷の化身であるとは、この時、菫も淡も想像もつかなかった。

「ええと、次は?」

「北大阪千里山女子の二条泉だな。これは、ある意味小学生男子なんだが…。」

「インターミドルに出てたよね。大したことない!」

 淡には、和に劣る泉が深山幽谷の化身とは到底思えなかった。

「あとは、兵庫劔谷の森垣友香に安福莉子。」

「どっちも雰囲気が小学生男子じゃない!」

「あとは、鹿児島永水女子の滝見春。」

「巫女じゃん。全然イメージ違う!」

 結局、菫も淡も深山幽谷の化身が誰なのか、見当もつかなかった。




総集編は、ここまでです。このまま、淡 -Awai- あっちが変『流れ十八本場:淡、打倒咲を誓う!』に続きます。

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