それから一週間が過ぎた。
淡は夏休みに入った。
卓球部のほうは、地区予選で早々に負けた。去年と同じ一回戦負けだ。当然、淡達3年生は既に引退が決まっていた。
それで淡は、毎日のように白糸台高校麻雀部に顔を出した。それで、再三、照に対局を申し込むが、毎回返り討ちにされた。
インターハイの応援にも駆け付けた。
白糸台高校は団体戦優勝、個人戦では照が優勝。
淡は、これを目の当たりにして、もっと強くなって、高校では自分も照以上に活躍することを心に誓った。
一方、ハンニャ達からは、週一回程度呼び出された。以前に比べて少し頻度が上がった気がする。
この日、淡は、白糸台高校に向かっていた。しかし、白糸台高校の最寄り駅に着いたところでハンニャからテレパシーが届いた。
「これから出撃します。至急来てください。」
仕方がない。これは約束だ。
淡は、急用が出来た旨を菫に連絡した。その直後、淡は、幽霊のように身体が薄れ、その場から消えてしまった。
その様子を目の当たりにした人達は、
「幽霊だ!」
「オバケだ!」
パニックになった。
何のことはない。強制的にテレポーテーションさせられたのだ。ただ、これはハンニャの超能力ではない。
実は、最近、サンムーンが発明したチップを淡は体に埋め込まれた。このチップが淡の身体ごと緑の星に瞬間移動したのだ。
淡は、ふと気が付くと、いつもの宇宙船の中にいた。
操縦席にはサンムーン、指令席にはハンニャ、レーダー通信担当の席にはウルウル、淡は指令席脇のゆったりとした席に座っていた。
そして、普段は中央にタムタム用のソファーが置かれているが、今回は、いつもと様子が違う。タムタムは、ハンニャを挟んで淡の丁度反対側に儲けられた席に座っていた。
「(あれ? 今日は、操縦室の真ん中に、ソファーじゃなくてルームランナーが置いてあるけど、どうしてなんだろ?)」
そのルームランナーからは、何本もの太いケーブルが伸びており、それらのケーブルは束ねられて床の下へと通じていた。
ふと淡が、そのルームランナーの上に乗って走ろうとしたが、まるでロックが掛かっているかのように、ベルトが全然動かなかった。
「ねえ、サンムーン。これって何? 全然動かないじゃないの。」
「それは、タムタム王子専用の機械です。王子くらいの筋力が無いと動かせませんよ。」
「へえ…。でも、そう言われても、どれくらいの力があるのかピンとこないんだけど…。」
「そうですね…。例えば、走り幅跳びでしたら衛星軌道に乗ってしまうため測定不能、垂直跳びでしたら成層圏までとか…。」
「えっ? そんな冗談でしょう。」
「冗談では有りません。白の星から生まれた我々の種族は、全員が大なり小なり様々ですが、何らかの特殊能力を神から与えられております。ハンニャでしたら恐ろしいくらい強力な超能力、タムタム王子でしたら誰よりも優れた体力と言うように…。」
「うーん。確かにハンニャの超能力は見てきているから分かるけど、でも垂直飛びで成層圏までっていうのは信じ難いのよねえ。」
「まあ…、今日は王子の力を目の当たりにする機会があると思いますよ。」
「ふーん…。そうそう、それと、ふと思ったんだけど、ハンニャが『敵の大ボスなんか死んじゃえ!』とか思えば、別に戦う必要なんか無いんじゃない? それで済むんだし。」
「成る程ね。たしかに、ハンニャは非常に温厚な性格ですが、それでも、むしゃくしゃして他人のことを『死んでしまえ!』とか思うことが、絶対に無いわけでは、ありませんからね。」
一瞬、淡の背中に冷たいものが走り抜けた。確かに、ハンニャが超能力で人を殺せたら史上最強最悪である。
「あのねえ。そんな怖いこと言わないでよ。」
「大丈夫です。それが現実になっては困ると言うことでしょう。人を直接殺す超能力だけは神が与えてくれなかったようです。確かに、それができればカンブリア星とかの中枢の者達をとっくに殺しているのでしょうけど…。」
「そうなんだ。確かに、ハンニャが簡単に人を殺せるんだったらハンニャとは口喧嘩すらできないものね。それと、サンムーンの能力は、やっぱり頭脳?」
これには、サンムーンも答えにくい様子だった。
答えは『はい』なのだが、素直に『はい』と答えれば嫌みに聞こえる。
この淡の問いに、今度はハンニャが答えた。
「ご名答です。サンムーンの額の三日月は、知能の発揮具合を示しているのですが、それを最大限に発揮した時、三日月ではなく満月の形になります。」
「そうなんだ。」
「額の形が満月の形になった時の知能指数は、地球の知能指数に換算しますと、およそ2億に相当します。」
「億?」
余りにとんでもない数字が出てきて、淡は一瞬反応が遅れた。
「普段は、IQ500くらいに抑えているようですが。」
「500?」
それでも、とんでもない数字だ。
正直、どのくらいのものなのかイメージが湧かない。
「では、そろそろ出発します。今回は、カンブリア星に直談判しに行きます。淡さん。心してください。」
「うん。分かった。でも、とうとうやるんだ。」
「仕方ありません。」
ハンニャ達は、おとめ座銀河団への瞬間移動に向けて、準備に入った。
この頃、カンブリア星居城では、女王エディアカラが居城地下のコンピュータールームで太いケーブルを何本もつけたヘルメットを被り、まるで瞑想にふけるかのように目を閉じて椅子に深く腰掛けていた。
そこには、三台の巨大スーパーコンピューターが設置され、中央のコンピューターにはカンブリア星人の大脳と思われるものが填め込まれていた。
「第一コンピューターからの読み込み終了。続いて第二コンピューターへのアクセスを開始する…。」
そのケーブルは、居城地下に設置された三台の巨大スーパーコンピューターに繋がっていた。今、彼女は、そのコンピューター内部に記憶されている膨大なデータを読み取っていたのだ。
「第二コンピューターからの読み込み終了。続いて第三コンピューター…。」
暫らく沈黙の時が流れた後、眉間にしわを寄せながら彼女の目が開いた。
「やはり、記憶違いではなかったか…。白の星などと言う星のデータは無い。白の星のアワイとは、いったい…。」
これが完全に格下の星が相手であれば全然迷うことは無い。余裕で叩き潰す。
しかし、アワイを第一皇女とする白の星は、カンブリア星軍隊を、今までに何回も葬り去ってきた。
もしかしたら、自分達よりも優れた科学力を持っているかもしれない。そう思って、エディアカラは、カンブリア星の持つ全データを確認したのだ。
しかし、白の星に関する事項は、他の惑星の侵略を邪魔しに来た奴らと言うこと以外は、全くの不明であった。
暫くして、通信システムの呼び出し音が部屋の中に響き渡った。
エディアカラが通信回路を開くと、モニターにバージェス司令官の姿が映し出された。
「エディアカラ様。アワイの宇宙船が、我がカンブリア惑星系小惑星軍付近に瞬間移動してきたのを捉えました。」
「何? 向こうから来たか。しかし、小惑星軍か。なら、ステルスロボットで対応しろ。」
「分かりました!」
一方、この時、淡は操縦窓の外を見回していた。しかし、ただ小惑星がところどころに浮遊しているだけで、何か特別な物が見えるわけではなかった
「何も居そうに無いけど…。」
更に、彼女はレーダーモニターに目を向けた。
「別にレーダーにも映し出されていないみたいだし…。」
すると、ハンニャが、
「レーダーに映っていなくても、超能力でしっかりと捉えています。恐らく敵は、我々の力を計ってみたいのでしょう。レーダーにキャッチされない特殊部隊を送り込んできているようです。核内臓のステルスロボット百体程ですが…。」
と、淡に言った。
「ちょちょちょ…ちょっと、何よ、それぇ!」
いくらなんでも驚くなと言う方が無理であった。そんなものの大群は見たくない。
それに、そんな恐ろしい奴が相手では、ハンニャ達がいても、どこまで食い下がれるのかだろうか?
さすがに淡は、不安を感じていた。
しかし、サンムーンもハンニャも、まるっきり平然とした顔をしていた。
自信に満ちた顔で、ハンニャが、うっすらと毛先の球を輝かせ始めた。
「この辺で浮遊するあちこちの小惑星の裏に敵軍は潜んでいます。ここは私が何とかしましょう。全力で行きますので、しばらく動けなくなりますが…。では、サンムーン。例のモノを。」
「OK。」
サンムーンが、手元のボタンを押すと、宇宙船の上部中央からハンニャの毛と球をモデルにしたような巨大な球を先端につけたアンテナが伸びて行った。
ハンニャが大きく息を吸い込んだ。そして、
「ハンニャー!」
と操縦窓が割れんばかりに大きな声を出しながら、毛先の球から強烈な光を放った。すると、ハンニャの超能力に呼応して宇宙船上部中央から伸びたアンテナの先の巨大な球が、まるで燃え盛る太陽のように激しい輝きを見せた。
突然、淡の乗る宇宙船から半径数百キロの所々で激しい爆発が連鎖的に始まった。核内臓ステルス型ロボットがハンニャの超能力を引金にして次々と自爆し始めたのだ。このアンテナは、ハンニャの超能力を増幅する装置だったのだ。
この出来事を、カンブリア星では、エディアカラが太いケーブルを何本もつけたヘルメットを着けたまま、モニター画面越しに見ていた。
彼女は、この衝撃的な映像を前に思わず立ち上がった。
「なんだ、これは!」
続いて、レーダーが捉えた観測データが、エディアカラの頭の中に送信されてきた。
「このエネルギー波動…。これは…、超能力か…。しかも、これは複数ではない。単独の波動だ。それでいて、この強力なパワー…。」
彼女が椅子に腰を下ろしグラスを手にした。
「増幅器を使っているのだろうが、元のパワーもそれ相当に強力なはず。しかし、我々は、超能力者の星との戦いにも備えて超能力シールドを開発している。よって、この超能力は問題ないだろう。むしろ、科学力がどの程度かを見たい。」
彼女がモニター画面を切り替え、通信チャンネルを開いた。
モニターにバージェスの姿が映し出された。
「バージェス! 奴らに向けて一斉ミサイル攻撃だ!」
「了解しました!」
おびただしい数の核ミサイルが、カンブリア星から打ち上げられた。そして、それらは大気圏を離脱すると、瞬間移動で姿を消した。
瞬間移動先は、言うまでもない、淡達の宇宙船の目の前だ。
これを見てハンニャが息を切らしながら言った。
「これも想定の範囲内です。私は力を使い果たしましたので暫く動けません。今度は、王子。よろしく御願いします。」
「了解!」
タムタム王子が爽やかな笑顔で椅子から飛び降り、例のルームランナーの上に乗ると、平然とした表情で走り出した。
出発前に、その装置の上を淡が走ろうとしてみたが、まるでロックが掛かっているかのようにベルトが異様に重く、全然動かすことが出来なかった代物である。しかし、それをタムタム王子は何の問題も無く軽々と動かしているのだ。驚くべきパワーである。
サンムーンの手元のエネルギーメーターが一気に上がって行き、あっと言う間に振り切れた。タムタム王子が動かしているルームランナーのような装置は、彼仕様の小型発電機だったのだ。恐らく、中に自転車の発電機みたいなものが無数に仕込まれているのだろう。
しかし、これから超先進惑星を相手に宇宙戦争を繰り広げようとした矢先、この様な発電方法を見せられて、淡の目が一瞬点になった。
「どうして発電機だけ人力(?)なのよ!」
これに、サンムーンが各種メーターを見ながら答えた。
「きちんとした発電機もちゃんと搭載しています。ただ、瞬間的に巨大なエネルギーを作り出すには、これが一番手っ取り早いので。」
そう言われても、ギャグっぽさがにじみ出ているタムタム式発電機には、淡には、いささか抵抗があった。
「それに、タムタム式発電機を入れることは、大星さんを今日呼ぶ前に、プルプルから指示されていたことでもあるのです。」
「プルプルの?」
「はい。ですから、我々の想像を超えた大きな意味があるはずなのです。それと、今回は、私の個人のPCを持ってゆくように言われました。あと、プルプルが今回の戦いで鍵になるであろう単語を黙示録から読み取ってくれました。」
プルプルは、白の星の予言者で、宇宙の全ての黙示録を読める唯一の存在とされている。キーパーソンのようにも思えるが、本作中への登場は、ずっと先になるだろう。
「単語?」
「ええ。未来の内容は断片的にしか分からないようなんです。それで単語だけ…。」
「そうなんだ。」
「カンブリア星、タイシン星、感染、アルカリ星、ハイブリッドの五つの単語を教えられましたが…。カンブリア星、タイシン星、アルカリ星…。いずれもおとめ座銀河団の星です。」
たしかに、この単語だけでは、訳が分からない。淡の頭の上に、大きなハテナマークが浮かんできた。
サンムーンがバリヤーのスイッチを入れた。すると、淡が今までに見た事のないくらい分厚いバリヤーが張り巡らされた。このバリヤーに使うエネルギーをタムタムが、まさに今、発電しているのだ。
ミサイル群は、そのバリヤーにぶつかると轟音を上げて爆発を起こした。勿論、宇宙船は全くの無傷であり、しかもミサイル直撃による振動すら操縦室にいる淡達には一切感じられなかった。
結局、この強力なバリヤーによって、核ミサイルは全て阻まれた。
エディアカラは、この様子をモニター映像として見ていた。
「これは、超能力ではない、物理的エネルギーから発したものだ。まさか、これほどのエネルギーを作り出すだけの科学力を持っているのか…。」
さすがに、この強大なエネルギーの元がルームランナー式発電機に由来するなどとは、余りにも滑稽過ぎて彼女には想像すら出来なかった。しかし、少なからず、これだけのエネルギーを使いこなすだけの力があることだけは事実である。
急に、淡達の宇宙船がレーダーから消えた。瞬間移動したのだ。
そして、次にレーダーに捉えられた時には、既にその宇宙船は、カンブリア星大気圏内に入っていた。
ウルウルが通信チャンネルを開いた。
カンブリア星軍の全モニターに、淡の姿が映し出された。これは、エディアカラの見るモニターも例外ではなかった。
この時、淡は、毎度の如く真っ白なドレスに身を包み、うっすら化粧をして装飾品で全身を飾り、お姫様を演じていた。既に、これをやり始めて一年が経つ。もう、結構板についてきた。
淡の頭の中にサンムーンの声が聞こえてきた。いつものように、相手に何を言うかをテレパシーで指示してくれているのだ。
「私は、白の星の第一皇女、アワイ。今日は、カンブリア星の代表者の方と話をさせていただきたく、ここまで来ました。」
すると、淡達の宇宙船のモニターにエディアカラの姿が映し出された。
「私が女王エディアカラだ。」
「他の惑星への不当な侵攻を、即刻中止してください。それができなければ、私達は、カンブリア星を、この宇宙から消します。」
「出来ない相談だな。それに、この星を消すとは大きく出たものだ。そんなことができるのか?」
「不可能ではありません。」
「なら、互いに力ずくと行こうではないか。」
そう言うと、エディアカラは通信を切った。
しかし、こうなることをサンムーンは予想していた。彼は、ほんの少しでよいから、エディアカラと通信時間を確保したかったのだ。
「ウルウル。エディアカラの居る場所は?」
「通信波は、ここから西方100キロの地点です。」
「分かった。そこに瞬間移動する。そこで、エディアカラの居城を落とす!」
「了解。移動先の座標。設定OKです!」
「では、移動します!」
サンムーンがボタンを押すと、宇宙船が再びその場から姿を消した。目標座標に向けて瞬間移動したのだ。
そして、次の瞬間、宇宙船はエディアカラの居城前に姿を現した。