「ハンニャ。今日は、どうかしたの?」
別にハンニャ達に会うこと自体は楽しいし、呼び出されることは嫌ではない。ただ、昨日今日と連日なのが、淡には気になった。
「用件は3点です。一つ目は、昨日の戦いの情報共有です。一緒に宇宙の平和のために戦う仲間ですので、情報共有は当然との思いです。」
「そんな、気にしなくても良かったのに。」
「いいえ。当然のことと思います。それから二つ目は、淡さんの高校受験のこと。そろそろ、志望校も決まってきているかと思いましてね。」
「そうそう。それは、私からも相談したかったの。」
「分かりました。そして、三つ目が、今後の淡さんの麻雀に関することをプルプルから言われましたので、その連絡をと…。」
最後のは怖い。プルプルの予言は外れない。絶対に当たる。変なことを言われたらどうしよう。
ただ、他人の人生を狂わせないために、通常は事前に詳細を話してはくれない。先日のブラックホール事件の時も、状況悪化してからでないと教えてもらえなかった。
それなのに事前に話してくれる。嫌な予感しかしない。
「まず、一つ目ですが…。」
エディアカラのことだった。
カンブリア星が、他の星々よりも圧倒的に優れた機械文明を持つようになったのは、今から1000年以上前。
最初のうちは、他の惑星とも普通に貿易を行っていた。
しかし、ハンニャ達と一緒である。身の丈30センチ程度で妖精のような姿をした彼らは、見た目で舐められて不利な条件を出されることが多かった。
ところが、500年前に妖精を象った自分達が、他の惑星の人間達よりも神に近い存在であると言う選民思想が生まれた。これが、次第に他の星の者達を支配すべき存在であることに繋がるとの考えに摩り替って行った。
この思想の火付け役であり、中心的存在であったのが、女王エディアカラの父親を名乗り、当時僧侶であったスティーブンであった。
スティーブン僧は、巧みに人々に選民思想を植え付けて一大革命を起こし、カンブリア星の最高位に就いた。
まさに新興宗教が世界を征服した状態だったのだ。
それから五百年に渡り、スティーブン僧の娘であるエディアカラが女王としてカンブリア星に君臨し続けていた。
スティーブン僧は、
『神に選ばれた娘、エディアカラは、カンブリア星が全てを支配するまで決して年をとらない。』
と予言した。
その言葉通り、彼女には、この五百年もの間、全然老化現象が起こらなかった。そして、彼女の存在がカンブリア星の者達の士気を高めた。
自分達の女王は神と同格の存在であり、その彼女を中心とする自分達は、まさに宇宙を支配すべき存在であると強く信じられるようになってしまったのだ。
ただ、これには裏があった。
カンブリア星居城地下に設置された三台のスーパーコンピューターのうち、一台にカンブリア星人の大脳らしきものが納められていた。実は、それは、スティーブン僧の大脳であった。
スティーブン僧は、薬物を使って仮死状態に陥り、そのまま人々には死んだことにした。しかし、実際には死んではおらず、エディアカラに命じて大脳を取り出させて居城地下のスーパーコンピューターに接続させた。大脳だけになって生き続けたのだ。
ここから、彼の真のカンブリア星支配が始まった。スーパーコンピューターを自分の都合の良い方向にのみ動かし始めたのだ。
一方のエディアカラだが、彼女は、スティーブンの仲間によって作り出されたアンドロイドだった。五百年の長きに渡りスティーブン僧のエゴのままに動くスーパーコンピューターの端末の一つとして働いてきたのだ。
つまり、スティーブン僧がエディアカラを操り、彼の理想に基づいて全てが運営されていたことになる。
また、スティーブン僧は、自分に不利な思想を説く者は、全て処刑し、全カンブリア星人に徹底的な選民思想を施した。危ない国家そのものである。
一応、彼の大脳は、必要な時以外は休眠状態を保ち、その間はエディアカラに全てを任す形を取っていた。
それで、五百年も生き続けることが出来たようだ。
淡がハンニャに聞いた。
「でも、エディアカラがアンドロイドだって誰も気付かなかったのかな? 五百年も年取らないって不自然じゃん。」
「そう考える人もいたでしょう。しかし、そういった人々は危険分子として軍に捕らえられ、極刑に処されたはずです。」
「随分とヒドイ話ね。」
「そうですね…。そして、スティーブン僧の打ち立てた選民思想を盲信する者達は、神に選ばれた不老の美女エディアカリアの存在によって、より選民思想を強め、士気を高めていったのです。スティーブン僧の支配欲に踊らされているとも知らず…。」
「不老の美女?」
「一応、理由があってエディアカリアを美女に作り上げたようです。例えば、戦場に向かう男性兵士の士気を高めるのには、もってこいですからね。」
「でも、美人がトップじゃ女性兵士が動かないんじゃない? 私なんか、ほら。超美人だから、同性との付き合いが結構大変で…。」
淡らしい冗談だが…。
ハンニャのように淡を気に入っている相手ならともかく、女性のウルウルとかは一瞬引いていた。
冗談でも過剰表現するのは気をつけたほうが良い。
「やりかた次第です。女性側も、容姿に劣等感を持ったとしても、女性がトップに立っているわけですから、運営さえ間違えなければ女性の地位が上がるとして積極的に働くようになるケースもあります。信者でしたら尚更です。」
「なるほど…。でさあ、そのスティーブンって人には本当に娘はいたの?」
「はい、いたみたいです。ただ、エディアカラには似ていなかったようですね。お世辞にもカンブリア星人の感性から見て奇麗な女性とは言えなかったようです。」
「ふーん。」
「今回、この話をしたかったのは、国も星も、トップの人間次第でカンブリア星のようになる可能性があることを知って欲しかったからです。今後も、似たような星に出会うかもしれませんから。」
「そうだね。」
「それで、二つ目。高校受験のことですが…。」
淡にとっては、むしろこっちのほうが大事だった。
「そうそう。実は、それを相談したかったの。私、白糸台高校を受験したいんだけど、偏差値がギリギリなのよ。」
「そうでしたか。ただ、今ギリギリですと、今後は合格ラインを割るかもしれません。状況としては、厳しいですね。」
「えっ?」
これは、淡にとっては意味不明の言葉だった。
偏差値ギリギリだから、ちょっと底上げすれば、合格間違いなしになれるはずと思っていたのだ。
「簡単な話です。今まで運動部に入っていて、部活動のほうばかりに集中していた人達が、これからは勉強に集中してきます。部活動を引退して偏差値を15くらい独力で上げる人も実際にいるようですからね。つまり、平均点が上がるわけですから、現状維持では相対的に偏差値は下がると言うことになります。」
「そ…そんなぁ。」
一般に起こることなのだが、淡は、そこまで考えていなかった。もともとお気楽な性格なのだから仕方がない。
なら、成績を維持するためにはどうしたらイイか?
普通は勉強するしかない。
しかし、ここにはハンニャやサンムーン達がいる。
淡は、なんとか頼れないかと思っていた。
例えば、以前被ったヘルメットをもう一度被れば、なんとかなるのではないか。さらなる偏差値アップができるのではないか。そう期待した。
この考えは、当然、ハンニャ達には読まれていた。
「今から二ヶ月間、自力で勉強してみてください。それで、今の偏差値が維持できないようであれば、我々のほうでも手立てを考えます。」
「えぇー!」
「まあ、合格させることが約束事でしたので、そこを裏切ることは致しません。白糸台高校には、なんとしてでも合格させます。それに、あの時、偏差値を63に設定したのは、プルプルからの指示でしたし…。」
「そうだったんだ。」
「はい。恐らく、あの時既に、白糸台高校に進学を希望する流れになることをプルプルは知っていたのでしょう。もし、今の淡さんの偏差値と白糸台高校のレベルが一致しなければ、それはそれで、希望の対象から外れる可能性もありましたし。」
例えば、淡が偏差値70超だったなら、既に白糸台高校は眼中にない。超進学校を目指しているだろう。
もっとも、偏差値70の晩成高校を蹴って阿知賀女子学院に入学するような人間もいるにはいるのだが…。
逆に、淡の偏差値が50程度なら、ここまで白糸台高校に行きたいとは思っていない可能性が高い。
既に、栞から、
『うちの高校、偏差値63あるけど、大丈夫?』
と言われた段階で諦めているかもしれない。
そういった意味では、予言者プルプル…と言うよりも、運命に巧く誘導されたのかも知れない。
「でも、不安もあるし、以前使ったヘルメットみたいなの。あれって、もう一回使えないのかな。」
「不可能ではありませんが、ただ、余りこちらの機材を使って、淡さんの身体に変な負荷がかかるのは避けたいと思っておりますので…。」
「変な負荷?」
「はい。脳細胞をいじるのですから…。」
「えっ!」
あのヘルメットを被ることで、頭が良くなると言われれば受け入れやすい。しかし、脳細胞をいじると言われると、正直抵抗が出る。
言葉の言い回しで随分変わるものだ。
ただ、少なくともハンニャが合格を約束してくれた。世界中を探しても、ここまで合格を確約出来る塾も予備校も学校も無い。
一先ず淡は、ハンニャに言われたとおり、二ヶ月間、自力で頑張ってみることにした。
「それから、三つ目の麻雀の件ですが…。」
そうだ。これがあったのだ。
聞くのが正直怖い。
しかし、淡が思っているような変な話ではなかった。
「白糸台高校に入学してからの話になりますが、麻雀部の部長となる弘世菫、エースの宮永照、それと顧問兼監督の貝瀬麗香の三人には、我々と淡さんの間の約束事…つまり、能力と引き換えに宇宙平和のために戦っていることを話してください。」
「えっ? バラしちゃってイイの?」
「本当は、話して欲しくはありません。」
「じゃあ、話さないほうが…。」
「いいえ。むしろ、話しておかないと、急に淡さんが部活を休むケースが生じたりすると、淡さんの立場が悪くなります。ただ、口止めは必要ですが…。」
「なんだ、そう言うことね。」
「三人とも信用できる方のようです。他言はしないでくれます。」
「了解しました。」
「それと、高校では淡さんが想像する以上に麻雀が強い人と出会うようです。」
「それって、テルーのことでしょ!」
淡は、自分に勝てるのは照くらいしかいない。そう勝手に思い込んでいた。しかし、ハンニャの口からは、別の言葉が出てきた。
「宮永照以外に二人です。」
「えっ?」
「プルプルから聞いた限りでは、一人は深山幽谷の化身。もう一人は宮永照以上の怪物で点棒の支配者だそうです。」
「テルー以上なんて信じられないけど。」
「それが、いるようです。今は麻雀をやっておりませんが…。ともに同学年。今、私がここで言うのは、もし彼女達に負けても、投げ出さずに三年間、この二人と切磋琢磨して欲しいと願っているからです。」
事前に聞いていたほうが、彼女達との戦いに直面した時のショックは少ない。
たしかに、淡の願い事は絶対安全圏、ダブルリーチ、槓裏4プラス胸のことだった。世界で一番強くなりたいとかは言っていない。
ただ、人間誰しも願いが叶うと、それ以上のものが欲しくなる。しかも、淡の場合、それを努力しないでハンニャ達にねだってしまえる位置にいる。
ハンニャは、それに釘をさしたかったのだ。
別に、淡をもっと麻雀を強くすること自体は、ハンニャ達には可能だ。極端なことを言えば、毎回起家になって天和を連続で出せる能力を与えれば良い。
しかし、なんでもかんでも与えてしまっては、淡が今後、何の努力もしなくなってしまう。それは回避したかった。
今の淡は、そう言ったハンニャ達の気持ちを全て理解ができるほど大人ではなかった。
とは言え、成績のほうは合格確約してくれたし、麻雀のほうも照に負けたからこそ目標ができた。
ならば、次の目標は、深山幽谷の化身の化身と点棒の支配者に圧勝すること。
楽観的な性格から来ている部分も大きいが、淡には、一応そういう前向きな気持ちが少なからずあった。
まあ、そういった意味では、一応、ハンニャの言っていることは、淡なりに受け入れられたようだ。
それから半年が過ぎた。
この間にも、淡には月に数回、ハンニャから出撃命令が下っていた。白の星の第一皇女アワイとして…。
エディアカラとの戦い以降、コンピューターウイルスを仕込まれたり、ブラックホールに吸い込まれそうになったりするような大ピンチに見舞われることはなかった。
しかし、アワイの言うことを聞き入れて戦争や侵略行為を止める者達は、残念ながらいなかった。結局、白の星の科学力で相手を撃破するばかりであった。
毎回余裕の勝利だったが…。
また、おとめ座銀河団では、カンブリア星に代わり、最近ではタイシン星が勢力を大きく拡大してきた。三回に一回はタイシン星の奴らとの戦いになる。
既に、白の星の第一皇女アワイの名は、タイシン星では消し去りたい奴ナンバーワンの存在として有名になっていた。つまり、ブラックリスト入りだ。
多分、カンブリア星でもそうだったのだろう。
さて、この日、清澄高校では、
「やったじぇい。私もノドちゃんも合格だじぇい!」
と喜ぶ二人組みや、
「京ちゃん。合格おめでとう。」
「咲もな。」
と会話する男女がいた。
この男女のうち、女性のほうは、今は麻雀をやめているが、後に淡と頂上決戦を繰り広げることになるライバルになる。いや、点棒の支配者、化物2号と言うべきか。
一方、阿知賀女子学院では、
「合格楽勝!」
とほざいている偏差値70超の子がいたりした。
その隣には、
「これで、二人で和の前に立てるね!」
と意気込んでいる子がいた。この子も、後に淡と戦うことになるライバルになる。淡のもっとも苦手な相手…深山幽谷の化身として…。
そして、今日は白糸台高校の合格発表の日でもあった。
結局、淡は脳力アップのヘルメットは被らずに、自力で成績を維持した。テストの出来には多少の自信はある。
しかし、いくらハンニャが合格を確約してくれていても…、この楽観的な性格と言えども…、テストがきちんとできた手応えがあっても、やはり合格発表を見るのは怖い。
脳力アップのヘルメットを使っておけば良かったと、今更ながらに思う。
「(でも、結果をきちんと受け入れなきゃ、先に進めないもんね。)」
淡は、意を決して一人で合格発表を見にきた。
周りには、受かったっぽい子もいれば、落ちたっぽい子もいる。当然の話だが…。
順に番号を見て行く。
受験番号は8028。語呂合わせで『ハンニャ』と覚えていた。
「(8017、8021、8024…。)」
番号が飛び飛びだ。それはそうだ。落ちている人もいるのだから。そして、
「(8025、8027、8028!)」
淡は自分の番号を見つけた。
何回も見直す。
「(合格者番号だよね。不合格者番号じゃないよね。)」
そんな番号は提示しない。しかし、淡は、念のため掲示板に「合格者番号」と書かれているのを確認した。
「(大丈夫だよね。)」
間違いない。
合格している!
淡の表情が和らいだ。嬉しくて涙が出そうだ。
「(ハンニャ。合格したよ。)」
心の中で強く念じた。すると、
「(淡さん、おめでとうございます。)」
ハンニャからのテレパシーが淡の頭の中に届いた。きちんと通信できている。銀河系の反対側なのに、一瞬で会話ができる。便利だ。
「(ありがとう。)」
これで一安心。
淡は、即行で麻雀部に顔を出すことにした。
由来は言うまでもなく
スティーブン層
カンブリア爆発
バージェス動物群
トモティ動物群
エディアカラ動物群
です。