淡がドアをノックした。
「どうぞ。」
「失礼します。」
そこは、白糸台高校麻雀部の監督、貝瀬麗香の居室。淡がドアを開くと、中には麗香と部長の弘世菫の姿があった。
二人で、部のことについて打ち合わせをしていたようだ。
「合格の報告に来ました。4月からは、正式な部員としてよろしく御願いします。」
「おめでとう。期待してるわよ。」
「それで監督。実は、入部の前に話しておかなくてはならないことがありまして…。」
「何かしら?」
「私の能力に関係することです。」
「絶対安全圏にダブルリーチ、槓裏4。非常に頼もしい力だと思うけど。」
「実は、この能力は、ある人(?)から頂いたものなんですけど…。」
「えっ? 能力ってもらえるの?」
「まあ、たまたま、その機会に恵まれたって言うか…。」
「紹介して欲しいくらいだわ。」
麗香の目は本気だった。能力がもらえるなら、当然自分も欲しい。できれば天和が自在に出せる能力だと嬉しい。
「まあ、代わりに相手方の要求を満たす必要がありますけど…。」
「タダじゃないってことね。」
「はい。それで、その交換条件に、週一回くらいですが、その人の仕事を手伝うことになっています。」
「週一くらいなら別に問題ないんじゃないの?」
「でも、その話が何時来るか分からないんです。平日の時もあります。ですので、どうしても部活に出られない日ができてしまいます。」
「それは困るわね。でも、まずは詳しいことを教えてくれないかしら。」
「はい…。正直なところ、突飛過ぎて信じてもらえないかもしれませんが…。」
淡は、一昨年の夏に宇宙に飛ばされたこと、そこで宇宙戦争を体験したこと、そして、ハンニャに能力を授けられた代わりに彼らの仕事を手伝うことを話した。
コンピューターウイルスで宇宙船のシステムがダウンしたことや、その後ブラックホールに吸い込まれそうになったことなども…。
麗香と菫の視線が痛い。
こんな話、誰が信じてくれるのだろうかと淡だって思っている。それでも、今は理解してもらわなければならない。
淡の表情は、至って真面目であった。それを菫は感じ取った。
「ちょっと監督。紙とペンをいいですか?」
「ええ、どうぞ。」
菫がメモ用紙に何やら絵を描いた。それは、まるで子供の落書きの様でもあったが…。
その絵を見て淡は驚いた。
それは、巨大な卵に顔を描いて、指サックのような手を生やし、半球のような足を卵の下につけた感じの絵だった。
そして、頭の上から先端に球の付いた毛を一本生やし、波打ってにやけた目に締りの無い口と、少しイビツな絵だが、ハンニャの特徴を捉えていた。
この驚き方を見て、菫は淡が嘘をついていないことを確信した。
「ど…どうして? ねえ、スミレ。どうしてハンニャのことを知ってるの?」
「ハンニャと言うのか。」
「そうだけど。」
「こいつに能力をもらった。違うか?」
「そうだけど…。でも、どうしてハンニャのことを知ってるの?」
「照が照魔鏡で見たそうだ。」
「照魔鏡?」
「ああ。照は、見ただけで相手の本質を知る能力を備えている。」
「そう…なんだ…。」
それはそれで便利だな。淡はそう思った。
「初めて淡に会った時、照が淡を引き止めたけど、あの時、淡の背後に、このぬいぐるみみたいな姿をしたものが見えたそうだ。一瞬引いたらしいが…。」
「(ですよね~。)」
「それと、この者からとてつもない強力なエネルギーが放たれていることも…。勿論、淡の能力もな。」
「じゃあ、信じてもらえるの?」
「普通は信じられないが、信じるしかなさそうだな。」
「あと、絶対に他言しないで。テルには話すけど。」
「他言できるはずないだろう。誰が信じるか、こんなこと。」
「でも、信じてくれるんでしょ?」
「照がハンニャとやらを鏡で見ているからな。それにしても、宇宙に行くのか。私も一度でいいから行ってみたいな。」
「じゃあ、今度ハンニャに聞いてみる。」
「頼む。しかし、宇宙戦争に巻き込まれるのが代償とするなら、能力をもらえるとしても私はパスするかもな。」
この菫の言葉に、
「そうね。私もパスだわ。」
麗香も同意した。いくら麻雀が強くなっても、そう度々、命の危険に晒されるのなら遠慮したいところだ。
「では、家に戻って母に合格を報告しますので、今日はこれで失礼します。」
淡は、麗香と菫に一礼すると、監督室を出て行った。
その頃、緑の星では、ウルウルが諜報部員イタタからの通信報告を受けていた。
モニター画面にはイタタの姿がデカデカと映し出されていた。彼は、頭の上に三段重ねのコブのようなものを二つ、身体中には沢山の縫い傷のようなものがあった。名前のとおり、実に痛々しい姿だ。
しかし、三段重ねのコブのようなものはツノ、縫い傷のようなものは大きなホクロらしく、別に殴られたわけでも怪我をしているわけでもない。
「タイシン星より、たった今、宇宙艦隊が飛び立ちました。彼らのシステムをハッキングして詳細を確認しましたところ、宇宙戦艦200隻が、30分後に長距離の瞬間移動に入るとのことです。」
「行き先は分かりますか?」
「局部銀河群。恐らく、大マゼラン星雲と思われます。」
「分かりました。では、赤の星にその後の追跡を依頼します。」
ウルウルは、イタタとの通信をきると、今度は赤の星との通信チャンネルを開いた。
「こちら緑の星。応答願います。」
「こちら赤の星。」
モニター画面に、赤の星の通信連絡担当者の姿が映し出された。彼女の名はギロリン。
吊り目にツインテールで、への字口。ハンニャ達の種族の中では、美人なほうかもしれない。
ウルウルが、イタタからの報告内容をギロリンに説明した。
赤の星は、大マゼラン星雲に位置する星。つまり、タイシン星の宇宙艦隊の行き先と思われる。
ただ、行き先と言われても大マゼラン星雲のどこに行くのかは分からない。広大な星雲内を全て確認するのだから、それはそれで結構キツイ話だ。
30分後、淡が家に戻った。
「ただいま! 合格したよ!」
「良かったね、淡。おめでとう!」
淡の母親は、本当に嬉しそうだった。中学二年の一学期中間試験の段階での順位は、後ろから数えたほうが、はるかに早かった。その淡が、なんと偏差値60を超える白糸台高校に入学できたのだ。母親としても奇跡としか思えない。
もっとレベルの高い高校はあるが、一応、上から数えたほうが早いレベルだ。
その日の夜、淡は合格祝いに家族で外食に出かけた。久しぶりの平穏だ。
しかし、翌朝、淡のスマホが点滅していた。
トップ画面には、
「緊急指令!」
との文字。ハンニャからだ。
時間帯によっては、テレパシーで淡を呼び出すことはできない。例えば、試合中とかテスト中とかにテレパシーを送られても困る。
それで、最近は淡の状態を見て、テレパシーでの呼び出しとスマホで呼び出しを使い分けているようだ。
今日は、学校は休みだ。あとは卒業式を待つばかりの身。
両親も既に仕事に出ている。
淡は、急いで身支度をすると、
「(ハンニャ。OKだよ。)」
と強く念じた。
すると、
「では、ドアを開けてください。空間を繋ぎました。」
とハンニャからテレパシーが送られてきた。
淡が部屋のドアを開けると、その先は、いつもの宇宙船の中だった。毎回思う。非常に便利なドアだ。
今回は、久しぶりに操縦室の真ん中にタムタム式発電機(ルームランナー型発電機)が設置されていた。
操縦席にはサンムーン、指令席にはハンニャ、レーダー通信担当の席にはウルウル、淡は指令席脇のゆったりとした席。ここまでは、いつものパターン。
しかし、タムタムだけは、いつもと違い、ハンニャを挟んで淡の丁度反対側に儲けられた席に座っている。カンブリア星に攻め込んだ時と同じだ。
多分、ヤバイ展開が待っているパターンだ。
宇宙船の右方向には、大きな惑星が見える。
地球と同様に海と陸がある惑星。
ただ、大陸は幾つかに分かれているのではなく、巨大な大陸が一つだけ。しかも、少し内陸に入ると緑色が少なく、殆どが赤褐色だ。
これが赤の星。砂漠地帯が多い惑星だ。
海が全体の半分を占めているので、見る角度のよって青い星だったり赤い星だったりする。これはこれで面白い…。
まあ、どうせハンニャ達の種族だ。メインは地下都市だろう…。
そうそう、赤の星があると言うことは、ここは大マゼラン星雲だ。
「淡さん。合格おめでとうございます。」
「あ…ありがとう。ハンニャ達のおかげだよ。」
「いえいえ。」
「それで、今日は何が起こったの?」
「タイシン星の宇宙艦隊が大マゼラン星雲内に侵入してきました。」
「ええと、たしかカンブリア星滅亡の後に、おとめ座銀河団で幅を利かせてきた星だったっけ?」
「そうです。それで、赤の星での観測状況を直接聞きまして、今、赤の星を飛び立ったところです。」
「そうだったんだ。」
「タイシン星宇宙艦隊の現在位置を教えてください。」
これに、レーダー通信担当のウルウルが答えた。
「小字-上内-369-12です。」
相変わらず、宇宙座標には似合わない。田舎の住所としか思えない。
淡には、局部銀河『郡』、大マゼラン町、小字-上内…に聞こえる。
正しくは、局部銀河『郡』ではなく局部銀河『群』だが…。
宇宙座標を聞いて、サンムーンが、
「ちょっと近づきたくないところですね。」
と言った。
「近づきたくないとは、どう言ったことでしょう?」
ハンニャが聞いた。
「あの辺りは、宇宙嵐が発生しやすい不安定な空間とされています。」
昔のSFアニメに、たまに出てきた宇宙嵐。しかし、淡にとっては初めて聞く単語だ。
そんなものが本当にあるのだろうか?
まあ、宇宙では何が起きてもおかしくはない。そう言うことにしておこう。なにかのSFアニメでも、そんなことを言っていたような気がする。
「しかし、何故そのようなところに?」
「もともと、おとめ座銀河団の者達です。大マゼラン星雲の詳細を知らずに、あの場所に瞬間移動してしまった可能性はあるでしょうし、知っていて敢えてあの場所に出てきた可能性もあります。」
「知っていて? どうしてです?」
「あの辺りの惑星とか衛星に基地を設ければ、外敵からの攻撃を受け難いからです。正直なところ、我々とて本来は近づきたくありませんからね。」
「たしかに、そうですけど…。でも、惑星や衛星にも影響は出るでしょう?」
「はい。しかし、例えば地下都市でも建設して、そこに入ってしまえば、いくら相手が宇宙嵐でも惑星や衛星が破壊されない限り問題ありません。」
「なるほど…。もしそうだとすると、そこを局部銀河群進出の足がかりにされると、後が面倒ですね。」
ハンニャは、そう言いながら険しい顔をしていた。
しかし、もとが波打った感じのにやけた目にしまりの無い口である。ハンニャ達の種族以外には余り深刻な感じが伝わってこないだろう。淡だけは別として…。
淡達を乗せた宇宙船が、赤の星付近からタイシン星宇宙艦隊の後方に瞬間移動した。
そこは惑星系になっていた。
前方には、火星のように全体が赤茶けた惑星が見える。タイシン星宇宙艦隊は、まさにその惑星を目指して移動中だった。
ウルウルが、通信チャンネルを開いた。そして、いつもの如く、相手方の通信モニターには、白いドレスで着飾った淡の姿が映し出された。
「私は、白の星の第一皇女アワイ。局部銀河群大マゼラン星雲への進入理由を確認させてください。」
しかし、タイシン星宇宙側からは、何の返答もない。一方的に淡との通信を切って、言葉での返答を拒否すると言った悪態をついているわけでもない。
ただ、誰もモニター画面に出てこない。
つまり、淡達の乗る宇宙船のモニターには、敵戦艦の操縦室の様子が映し出されるが、そこには人の姿が全く映らない。
『もしかして、無人君?』
と淡は思った。
ハンニャが超能力で敵艦隊の様子を探ると、やはり、どの宇宙戦艦にも、誰も乗っていなかった。微弱な脳波が観測されたが、それはタイシン星人の細胞から人工的に作り出された直径2センチ程度のミニ大脳数個から発されるものであった。
それらミニ大脳自体は意思を持っていないようだ。
恐らく、コンピューターとミニ大脳でコントロールされた無人艦隊なのだろう。
何十隻もの宇宙戦艦が、淡達に向けて巨大ミサイル砲を撃ち放ってきた。
淡達の宇宙船は、強力なバリヤーを張り、この攻撃を防いだ。まだ、タムタム式発電は使われていない。
『また、いつものように戦闘ですか…。』
淡は、そう思いながらも、なぜ無人の艦隊なのかが気になっていた。
「ねえ。これって、ちょっと様子が変じゃない?」
と言葉を口に出した。すると、サンムーンが険しい顔で答えた。
「ここを足がかりに局部銀河群に進出するか、もしくは、我々がここに誘き出されたか、どちらかでしょう。ただ…。」
「ただ?」
「いずれにしましても、ここは、宇宙嵐が発生しやすい空間です。激しい攻防をしたくありません。強力なエネルギーを放出して宇宙嵐が発生しては困りますからね。」
「でも、戦わなくちゃだよね?」
「そうです。誘き出されただけでしたら逃げますが、ここを足がかりにしようとしている可能性も捨て切れません。それに、恐らくタイシン星では、ここが不安定な空間であることを知っています。だからこそ、無人艦隊を送り込んできたのです。」
サンムーンが手元のボタンを押すと、宇宙船上部より先端に大きな球の付いたアンテナが伸びてきて、その球体部分がバリヤーの外に顔を出した。カンブリア星での戦いでハンニャの超能力を増幅した装置だ。
「万が一の場合は、瞬間移動で逃げましょう。では、王子。攻撃のほうをよろしく御願いします。」
「うん!」
天井から、細いケーブルが降りてきた。そのケーブルの先には、高さ五センチ、幅十センチ、厚さ一センチくらいのプラスチック板が付いていた。
しかも、そのプラスチック板の表面中央には十字キー、その両脇には錠剤くらいのボタンが一つずつ付いており、まるでファミコン操作キーそのものであった。
タムタム王子が、そのプラスチック板を手に取ると、今度は彼の席の前に照準がせり上がってきた。
彼は、まるでゲームを楽しむかのように、ファミコン操作キーのようなものをピコピコと押し始めた。すると、宇宙船上部から伸びたアンテナ先端の球体部分から四方八方に向けてレーザー光線が放たれた。この球体は、ハンニャの超能力増幅装置以外にもレーザー砲としての機能も持ち合わせていたのだ。
この時、ハンニャは、目を閉じて集中していた。何かを超能力で探っている感じだった。
敵戦艦から、おびただしい数の戦闘機が飛び出してきた。それらが、一斉に淡達のほうに突進してきた。
しかし、タムタム王子は、次から次へと楽しそうに敵戦闘機や敵戦艦を撃ち落としていった。少なくとも、その表情からはゲーム機で遊んでいる無邪気な子供のようにしか見えなかった。
シリアス漫画の敵役が、ギャグ漫画の主人公と戦っているようなものだ。
敵戦艦がミサイルを何発撃ち込んでこようが、敵戦闘機がレーザー砲で攻撃してこようが、淡達の乗る宇宙船の強力なバリヤーを撃ち抜くことはできなかった。相変わらずの強い防御力だ。
それでいて、球体部分から四方八方に向けて強力なレーザー光線が激しく撃ち込まれて来るのである。子供の喧嘩に大人が出てきたようなものだ。
まあ、ここで言う大人のほうが、雰囲気が子供のタムタム王子なのだが…。
歴然とした力の差。
毎度の如くだが、やっぱり、こいつら凄い。
少なくとも敵は、あちこちの惑星を支配している超先進惑星のはずである。それが、いくら無人艦隊とは言え、タムタム王子のゲームの対象にしかされていないとは…。
しかも、その優れた科学力を誇る者達の容姿が、ぬいぐるみと同程度なのだから、見かけにはよらないとは良く言ったものだ。
タイシン星軍隊は、いよいよ宇宙戦艦数隻を残すのみとなった。
突然、淡達の宇宙船操縦室中央が強烈に光った。何かが瞬間移動してきたのだ。
そして、その光がおさまると、そこには人型二脚歩行のロボットの姿があった。タイシン星戦艦から送り込まれたのだろう。
そのロボットは、頭部に超高速カメラを搭載していた。この宇宙船操縦室内部を撮影しようと言うのだ。
しかし、次の瞬間、そのロボットは頭部がひしゃげ、背中から上下真っ二つに折れた。タムタム王子が席から飛び出し、ロボットの頭部を膝蹴り(?)して、そのまま背後に回るとロボットの胴体を背中側から蹴破ったのだ。
垂直跳びで成層圏まで達する奴だ。椅子を蹴って飛び出すスピードも半端ではない。淡の動体視力では、何が起こったのかさえ分からなかった。
ロボットのカメラは、もう動かない。
いつもなら、ハンニャが超能力で事前にこれくらいのことは察知するだろう。
しかし、ハンニャは何か別のものを超能力で探っていた。それでロボットが送り込まれるのを察知できなかったのだ。
ただ、瞬間移動してからタムタムに破壊されるまでの僅かな間の映像が、タイシン星本土の司令官の元に既に送信されていた。ミニ大脳がテレパシー波で送り届けたのだ。
その映像は、アワイの隣にハンニャ、その隣にタムタムの姿を捉えていた。
丁度、この時だった。
「至急、この場所から離れてください!」
ハンニャの声だ。なにか慌てた感じがする。
突然、宇宙船が直下型地震のように激しく揺れた。窓の外では、敵戦艦同士がぶつかり合い、爆発する姿があった。
「宇宙の嵐です。急いで瞬間移動で安全な場所へ!」
しかし、時は既に遅かった。
この空間で荒れ狂うエネルギーの放つ影響だろうか? 計器が機能せず、宇宙船が操縦不能になった。
敵戦艦も同じだ。コンピューターやミニ大脳でコントロールできず、嵐で煽られて派手にぶつかり合ったのだ。
そして、淡を乗せた宇宙船は、キリモミ状に回転しながら惑星とは反対側の暗闇に向けて放り出された。