武流島艦隊日誌   作:茶瓶

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初作の第一話…ではありますが艦娘は出ません(は?)


第1話

 05:30(マルゴーサンマル)、まだ太陽()が昇りきらない時間だ。しかし、確かに近づいてくる陽光は爛々と世を照らし、朝を告げる。

 

 とはいえまだ一日が始まったとは言える時間ではない。それでも、一部の気の早い者は活動を始めていた。そんな者は総じて生き急いでいる者、せっかちな連中である。ここ武流島(たけるじま)鎮守府の長もそんな者の一人だった。その名を霧谷以蔵(きりやいぞう)。もっとも、これは仮の名であるのだが。

 

 さて、この生き急ぎは朝ぼらけに何をしているのか。前日に残してしまった業務だろうか。否、以蔵は生真面目な男だ。その日の仕事はその日の内に終わらせる。持ち越しなど決してしない。最早この信条は持ち越しへの恐怖とさえとれるものだった。では、彼は何のためにこんなにも忙がしく活動しているのか。

 

 答えは鍛練のためである。確かに提督業に就く者は一定の武力を持たなければならない。しかし、以蔵のそれは明らかに必要とされる水準を越えていた。彼の鍛練とは肉体の強化でも、技の修練でもない。独闘、いわゆるシャドーボクシングのみである。

 

 虚空に向けて構える。正確に、的確に相手を想起する。すると、少しずつ彼の視界に人影が現れる。その相手とは『前日までの自分』である。以蔵は自らの戦力をこの独闘により確認し、超越する。日々強くなり続けるために。

 

 以蔵の纏う空気が変わる。それは想起を終え、闘いが始まることを告げたことの証である。僅かに開いた右拳を前に出し、左掌を顎をかばうように置き、構えを整える。

 

 刹那、風が鋭く吹き荒れる。その闘いは常人の目では到底捉えきれるものではなかった。一つ息を吐くうちに十を越える拳打が繰り出される。そのどれもがいとも容易くヒトの頭蓋を叩き割れるものである。手の動きがふと止まると、目にも止まらぬ速さで中段蹴りが放たれた。同時にぶおっ、と風が波打つ。しかし、どうやら蹴りは失策だったようだ。以蔵が地面を引っ掛けながら吹き飛ぶ。反撃を防いだのだろう。顔の前にかざされた手は赤く腫れていた。幻影から受けた苦痛(ダメージ)が現実に現れてしまう。それほどこの独闘は強烈なものなのだ。誇張ではなく、再起不能()に追いやられかねない。最早この幻影(イメージ)現実(リアリティ)すら帯びていた。

 

 (てのひら)に鈍い熱が広がっていくのを意に介さず、再び拳を握る。今度は自ら攻勢には出ず、相手が己の間合いに入るのを待つ。そして、二度目の衝突が始まった。正拳、裏拳、手刀、直突き。ミドルレンジにてヒトの限界を遥かに越えた争いが繰り広げられる。一度でもまともに当たれば戦闘不能になることは避けられない。受け、払い、いなす。防御に全神経を集中させながらも攻撃に全力を注ぐという二律背反を無理矢理実行する。究極の緊張感に以蔵はかつて幾度となく身を投じた戦場を思い出した。

 

 決着は余りにもあっさりと訪れた。 『(昨日までの己)』と以蔵の拳のせめぎ合いが最高潮に達したその瞬間、以蔵が間合いを切り替えた。繰り出された右肘を『敵』は確実に受け止める。同時に、左のショートブローが『敵』の胴を鋭く襲った。しかし、これも防がれた。『敵』は次の一撃を知っている。この一連の動きは『重影功(じゅうえいこう)』という技である。囮の肘打ちを受けさせ、一方の拳で肘の影を利用して腹部を突く。さらに、受けさせた肘を伸ばし裏拳を頭に叩きこむ。二重の隠しを含んだ打撃だ。もちろん『敵』はこれを知り尽くしている。自分の技でもあるのだから。

 

 しかし、今回は違っていた。『敵』を襲ったのは裏拳ではなく、肩での重撃。全体重を載せた一撃が加えられた。以蔵は半歩踏み込みを加えることにより、さらに間合いを縮め、より重い攻撃を出すことに成功したのだ。そして、踏み込んだ足を軸に半回転し、加速十分の肘を後頭部へと叩きこむ。めぎりと、肉と砕けた骨片が混じり、互いに擦れ合ういびつな音がはっきり聞こえた。『敵』は吹き飛び、樹に激突した後、以蔵の視界からすう、と消えていく。『重影衡』は一日にして進化を遂げていた。以蔵はまたしても壁を越えたのだ。

 

 息を整え、ポケットに入れた懐中時計を見る。いつの間にか太陽は昇りきり、暖かな日差しを与えていた。しかし、それとは対照的に彼の顔は青ざめていた。

 

「しまった、早く戻らなくては!!」

 

 結局朝礼ギリギリになってしまう。この悪癖は中々直らないのだ。




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