気を抜けば呑み込まれてしまいそうなほど深く青い海。その奥に控える果てしなく遠い水平線。終わりが見えないそれらは恐ろしささえ感じさせる。
そして、辺り一面に漂う焼けた鉄の匂い。
そう、ここは紛れもなく戦場なのだ。たとえ姿が見えなくとも、敵は確かにそこにいる。
「よく聞けお前たち!我々がこの海域に至るまで、こちらの損害は皆無だ!これも我らの先に仲間たちが
びりびりと体の芯に響く怒号。しかし、それに萎縮する者は一人としていない。むしろ、沸々と闘志を沸き上がらせた。
「決して皆の努力を無駄にするな!勝利こそが!唯一の!!手向けなのである!!!」
艦隊の闘志は最高潮に達した。しかし、あからさまに顔には出さない。自らが放つ気配にてそれを伝える。熱に浮かされては目指す動きが出来なくなる。それを皆理解しきっていた。彼女たちは武流島鎮守府が誇る
第一艦隊唯一の空母『翔鶴』が静かに弓を構える。この距離は空母のみが攻撃できる。長門も静かに頷き、許可を下した。
「いきます!」
勢いよく矢が放たれた。そして、ばしゅん、と一瞬火に包まれたかと思うと、けたましいエンジン音を放ちながら戦闘機に姿を変え、彼方の敵を目指し飛んでいった。
矢が放たれたと同時に、四隻が行動を開始する。戦闘機たちの後を追いながら、『雪風』を先頭に敵艦隊目掛けて直進していった。
「!!」
観測機により、
しかし、同時に不可解さも感じていた。何故四隻もこちらに向かっているのか、と。
迷いなく雪風たちは距離を詰める。かすかに水平線の先に敵の影を確認できる距離まで来ていた。無論、敵からも見えている。しかし、これこそが、
「そんじゃあ、そろそろいくよ~」
間の抜けた声で『北上』が合図する。それを受けて、雪風が最高速で敵陣へ駆けていく。間を空けて長門と『神通』も続く。それを見届けて、北上は動き始めた。
体の前で腕を軽く交差させる。そして、ばっ、と開いた瞬間、一瞬前まで何も無かった北上の背後の虚空に、数え切れないほどの魚雷が浮かんでいた。
そして、敵の方向を指差し、一言。
「ばいば~い」
深海棲艦たちは空母二隻を護衛するため、輪形陣を組んでいた。その最前に立つのは最も堅牢な
しかし、目に入ったその鼠の表情はひどく冷たいものだった。むしろ、はるかに強大であるはずのこちらを憐れむかのように。
『見て』しまったが故に、動揺してしまった。
(ナッ、何ヲ私ハアンナ矮小ナモノ二怖ジケテイルノダッ)
自らに活を入れ、照準を合わせる。しかし、次に目に入ったものには
水平線の先に広がる黒い壁。漂ってくる鉄の匂い。火薬の匂いも混じっている。信じがたいが、間違いない。あの壁は全て
それらが一斉に放たれた。壁は徐々に散らばり、雨と化す。自分たちを滅ぼさんと降り注いでくる。
青を掻き分け、天を赤に染め、この世のものとは思えないほどの轟音が水平線に鳴り響く。むしろ、周囲一切を無音にしてしまうほどの爆音。もちろん、無事で済むはずがなかった。護るべきはずの空母は両隻ともひどく損壊し、左右の巡洋艦は沈んだ。しかし、自分はまだ戦える。無尽の黒煙に包まれながら敵を迎え撃つ準備をする。あの小さな艦なら問題なく撃退できる。
ーーしかし、何故突っ込んできたのか。自らも被害を受けてもおかしくないほどの爆撃だったというのに。
その時、完全にル級の思考は停止した。敗けを悟ったからか。否、気づいてしまったからだ。
(マダ奴ラノ空母ノ爆撃ガ残ッテイル…!)
気づくと同時に、またも爆音が轟いた。焼ける。焼けていく。護るべきものも。自らも。
「守勢に入ったときに、貴様らは敗けたのだよ」
ダメ押しと言わんばかりに、長門がル級の顔面に自慢の豪拳を叩き込む。さらに、二つの影が両空母に襲いかかった。
「介錯致します。焼け苦しみながら往くのは辛いでしょう」
「…愚鈍だな、貴様ら」
一矢も報えず沈みゆく己を呪いながら、ル級は仲間の最期を見届けた。見覚えのある小さな影がヲ級の首を絞め折り、他方、陽光に煌めく白刃がヌ級の頭部を両断する。そして、後方を守護していた最後の一隻も容易く沈められた。辺り一面に広がる赤い地獄とは裏腹に、あっさりと戦いは終わりを迎えた。
四隻の襲撃成功より少し前。二隻がはるか後ろに残されていた。翔鶴と『吹雪』である。二隻は朗らかに言葉を交わしあった。
「よろしくお願いいたしますね、吹雪さん」
「はい!任せて下さい翔鶴さん!」
その言葉を試すように、彼方の空から敵の戦闘機が飛来する。迎撃のため、翔鶴は一矢のみ放つ。後は何もしなかった。
「私が皆を護るんだから!」
天から機銃が、魚雷が、爆弾が放たれる。吹雪はひどく落ち着いた様子でそれに向き合い、砲と魚雷を放つ。爆弾は中空にて虚しく爆ぜ、魚雷も無念、と言わんばかりに道半ばで迎え撃たれた。残すは機銃弾のみである。吹雪が右手をかざすと、その手に大きめの
結果、吹雪は多少弾を掠めたものの、翔鶴は全くの無傷であった。それどころか、悠々と長門に電信すら送る始末だった。
「…ふむ、そうか。それは何よりだ」
北上たちは長門の発言から戦闘が無事に終わったことを理解し、幾度となく聞いた
「現海域での戦闘を終了を確認!これより帰投を開始する!各自、最後まで警戒は怠るなよ!」
当然、と目配せをする。我らは第一艦隊なのだから。
誤字、脱字はなんなりとおっしゃってください。