玄関を出てふと頭に疑惑が浮いてきた。もしや私は厄介払いされたのでは?北上さんに弄られるたび思い知らされるが、私は挑発に憐れなほど弱い。少し自分が情けなく思えてきてしまった。しかしそこで、自らの
「かなわないなぁ…北上さんには…」
少し、悔しかった。
ぱっと日が視界に飛び込んでくる。白く輝く陽光を遮るものが一つもない空。直に日の温かさを感じられる。周りを見渡せば、空の青も海の青もいつになくはっきり見える。曇りがかっていた心もいつの間にか晴れていた。行き先である工廠はしばらく先にある。確かに司令官の言った通り、散歩にはうってつけの日だ。こんな良い日を独り占めするのは少し贅沢すぎる気がした。
玄関から正門へと真っ直ぐ進む。向かって右に食堂。それに連なって勤務艦宿寮がある。その向かいには武道場がある。組手がしたいわけではないし、何か体を動かしたいわけでもないが、武道場に寄ってみた。気まぐれだが、まず間違いなく誰かしら居るので、話したかったのだ。
よいしょ、と一思いに入り口の障子を開ける。武道場の扉はすべて重めに作られているのだ。なんでも如何なる時も鍛練せよ、の精神らしいが、何にせよ入るだけでも疲れてしまった。
「おお、吹雪じゃないか。珍しいな」
聞き慣れた凛々しい声が聞こえてきた。やっぱり居た、と言いかけるが流石に失礼なので押し留める。
「こんにちは長門さん。今日は仕合するんですか?」
「生憎だが私の仕合はないな。代わりに今から金剛と不知火がやるから観ていってくれ」
お世辞を言ったわけではない。観れないと分かって少し残念だったが、確かにこの組み合わせは面白そうだ。
「ヘイ不知火、調子はどうデスか?今日はワタシを捕まえられそうデスか?」
「問題ありません」
すぱりと返事をされて、つれないデース、とぶうたれながら金剛さんが開始位置につく。不知火ちゃんはとっくについていた。すぐにでも始まる。始まるのだが…
「すいません長門さん。工廠に用事がありまして…。観たいのは山々なんですが、失礼します」
「む、そうなのか。それは残念だな。まぁ務めは果たさなくてはな。」
今度はしっかり観させてもらいます、と惜しみながら別れる。しかしあの扉の重さは困ったものだ。出るときに手間取って少し恥ずかしかった。
正門を出て左に進むと、運動場が見えてくる。照り返しのせいで砂が白く見える。広く開放的、風通しもよし、運動をするのに文句なしの環境である。様々な競技が出来るようにはなっているが、もっぱら行われるのは野球だった。遠くから眺めていると、案の定ぶんっと力強くバットを振るう姿が見えた。どうやら三振したようだ。
瞬間、運動場の空気がとずんと重くなる。遠くにいるはずの私でさえ、息が詰まり、手足が動かしづらくなってしまっている。この空気は知っている。これは尋常の範疇を遥かに越える強者と相対するときのもの。つまり、
「山城…さん…」
度々噂は聞いていた。
ーーその化物の真正面に立っているというのに、投手は迷いなく
「イムヤちゃんだ…」
振りかぶり、まるで水底深く潜るかのような超低空から繰り出される
一球、二球と低めに集めテンポよくストライクカウントを速める。そして三球目、内角高めに放られた。思わずあっと声が出た。なんとも強気なピッチングだ。最初から内角に絞られていたら容易く打ち砕かれるだろう。ましてや内角は追い込まれてからはどんな打者にもチャンスに成り得る危険なコースだ。しかし、山城さんは全く動かなかった。つまり、狙っているのは打ち頃のコースではない。
(なら…これでどう!?)
またしても内角高めを攻めた、はずのボールは鋭く斜めに変化した。
イムヤの
変化が極まったその瞬間、山城が動いた。本来なら到底間に合わないタイミング、しかし、怪物・山城たる所以はそこにあった。何故彼女を打ち取れないのか。いやこう言うべきだろう。何故彼女はあらゆる球を打ち返せるのか。卓越した
かきぃん、と快音が鳴り響いた。
その答えは理不尽なほどの
その利点は存分に活かされた。予測しなければ打てない球、関係なし。外寄り低めまで斬りかかった宝刀は競り合う
「……あっ」
重い緊張から開放され、やっとまともな呼吸が帰ってきた。時計を見ると、既に一時間が経過していた。もう少し観ていきたい気持ちを置き去りにし、焦りを優先する。即座に進路へ転身、早足で駆け出した。
書類に書いてある時間から15分ほど遅れ、やっと工廠にたどり着く。半ば息をきらしながら遅れたことへの謝罪をしつつ、目的を告げる。すると奥からひょこりと明石さんが顔を出した。
「あれ吹雪ちゃんじゃない。どうしたの?もしかして提督の代わりに?」
なんとか息を紡ぎ、はい、と短く返事をする。早足の疲れと工廠の油くささが合わさって中々息ぎれが治まらなかった。まだ息は苦しいが、とりあえず司令官からの依頼品であるという小包と開発進行状況のレポートを受けとる。遅れを取り戻すため早めに失礼しようとしたが、呼び止められた。
「あ、ちょっと待って吹雪ちゃん。あなたにはまだ用事があるんだ」
ほい、と明石さんがクレーンを操作すると、上から物々しい物体が現れた。だが、見覚えがある。
「艤装…?あ、私のだ…」
「うん。吹雪ちゃん段々改二の出力に慣れてきたみたいだから、少しリミットを上げてみた。あと一応聞くけど、かなり激しく動くよね?」
その通りだ。私は鉈の重みを利用した遠心力にねじりを加えるため、他の艦より
「だよね。結続部の可動域を大きくしといたから、これからはもっと動いても大丈夫だよ。ちょっと装甲削ったけど…あ、でも要所の装甲は強化したから心配ないよ。」
あと噴進機構も、と言いかけたところで遮った。明石さんは一度話すと止まらないのがタマに傷だ。途中で止めないと終わりが見えなくなる。司令官への報告もしなければならないため、少し早めに切り上げた。
駆け足で執務室に入る。意外にも中には司令官しかいなかった。心が浮き足立ったがまだ油断してはいけない。私をからかうためなら手練手管を尽くしてくる。それが北上さんだ。
「北上さんは家に帰りましたよ」
ふっと肩から力が抜けた。一番の難敵は去ったようだ。そのせいか普段では出来ないことをやってしまった。
「あの…司令官。報告は…その…散歩しながらでもよろしいでしょうか…。…天気も良いですし」
自分が自分に驚いた。司令官も目を丸くしている。いくら
「確かに。今日みたいな日に外に出ないのはもったいないですね。」
「
その返事で私の胸は歓喜に満たされた。その裏で、北上さんは居ないのに、またいいようにされてしまった気がした。
でもいいんです。少し、大胆になれたから。
誤字、脱字、分かりにくい表現がありましたらなんなりと。