武流島艦隊日誌   作:茶瓶

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何故かスポーツ小説と化しました。私よ、書くべき本筋を忘れてないか?


第4話

 玄関を出てふと頭に疑惑が浮いてきた。もしや私は厄介払いされたのでは?北上さんに弄られるたび思い知らされるが、私は挑発に憐れなほど弱い。少し自分が情けなく思えてきてしまった。しかしそこで、自らの自尊心(プライド)を守るためか天啓が舞い降りる。相手が悪いのだ。仮に翔鶴さんが挑発してきたのなら冗談として受け流せる。長門さんでも問題ない。神通さんでも大丈夫だ。つまり、北上さんが相手だから問題になるのだ。ここまで考えたところで改めて問題が現れた。じゃあどう対応すればよいのか、と。しばらく熟考したが、結論は出なかった。

 

「かなわないなぁ…北上さんには…」

 

 少し、悔しかった。

 

 ぱっと日が視界に飛び込んでくる。白く輝く陽光を遮るものが一つもない空。直に日の温かさを感じられる。周りを見渡せば、空の青も海の青もいつになくはっきり見える。曇りがかっていた心もいつの間にか晴れていた。行き先である工廠はしばらく先にある。確かに司令官の言った通り、散歩にはうってつけの日だ。こんな良い日を独り占めするのは少し贅沢すぎる気がした。

 

 玄関から正門へと真っ直ぐ進む。向かって右に食堂。それに連なって勤務艦宿寮がある。その向かいには武道場がある。組手がしたいわけではないし、何か体を動かしたいわけでもないが、武道場に寄ってみた。気まぐれだが、まず間違いなく誰かしら居るので、話したかったのだ。

 

 よいしょ、と一思いに入り口の障子を開ける。武道場の扉はすべて重めに作られているのだ。なんでも如何なる時も鍛練せよ、の精神らしいが、何にせよ入るだけでも疲れてしまった。

 

「おお、吹雪じゃないか。珍しいな」

 

 聞き慣れた凛々しい声が聞こえてきた。やっぱり居た、と言いかけるが流石に失礼なので押し留める。

 

「こんにちは長門さん。今日は仕合するんですか?」

「生憎だが私の仕合はないな。代わりに今から金剛と不知火がやるから観ていってくれ」

 

 お世辞を言ったわけではない。観れないと分かって少し残念だったが、確かにこの組み合わせは面白そうだ。

 

「ヘイ不知火、調子はどうデスか?今日はワタシを捕まえられそうデスか?」

「問題ありません」

 

 すぱりと返事をされて、つれないデース、とぶうたれながら金剛さんが開始位置につく。不知火ちゃんはとっくについていた。すぐにでも始まる。始まるのだが…

 

「すいません長門さん。工廠に用事がありまして…。観たいのは山々なんですが、失礼します」

「む、そうなのか。それは残念だな。まぁ務めは果たさなくてはな。」

 

 今度はしっかり観させてもらいます、と惜しみながら別れる。しかしあの扉の重さは困ったものだ。出るときに手間取って少し恥ずかしかった。

 

 正門を出て左に進むと、運動場が見えてくる。照り返しのせいで砂が白く見える。広く開放的、風通しもよし、運動をするのに文句なしの環境である。様々な競技が出来るようにはなっているが、もっぱら行われるのは野球だった。遠くから眺めていると、案の定ぶんっと力強くバットを振るう姿が見えた。どうやら三振したようだ。走者(ランナー)一・三塁、死数(アウトカウント)は分からないが、いずれにせよ攻撃側としては理想の形。裏を返せば、ここをしのげば相手の流れを殺せる上、流れを奪える場面である。しかし、先程の三振のせいでワンアウト取られている。となるとワンプレイで終わる可能性がある。つまり二死(ダブルプレー)だけは避けなければならない。投手の性質によるが、三振を狙うタイプならまだやりやすい。それを確かめようと目を凝らすが背中しか見えない。考えているうちに次の打者が打席についた。

 

 瞬間、運動場の空気がとずんと重くなる。遠くにいるはずの私でさえ、息が詰まり、手足が動かしづらくなってしまっている。この空気は知っている。これは尋常の範疇を遥かに越える強者と相対するときのもの。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だということだ。最早目を離すことは叶わなかった。

 

「山城…さん…」

 

 度々噂は聞いていた。不動の四番(最強打者)山城。彼女を抑える投手はおろか、打ち取れる球種すらない完全無欠の打者だと。最早誰も勝負は出来ないとまで言われていた。今の今まで大げさだと思っていたが、誇張ではないと思い知らされた。彼女の放つ山のごとき威圧感がそれを否応なしに納得させる。バッターボックスが、捕手が、グラウンドすらが小さく感じられる。どうすれば抑えられるのか、何をすれば凌げるのか、思考の余地すら持たせない。

 

 ーーその化物の真正面に立っているというのに、投手は迷いなく構えた(勝負を挑んだ)

 

「イムヤちゃんだ…」

 

 振りかぶり、まるで水底深く潜るかのような超低空から繰り出される下投げ(サブマリン)。放つ球はけして速くはない。しかし、一度浮いて大きく沈むサブマリン独特の軌道は数多の強打者を抑えてきた。そして、イムヤのそれは構えの低さに比例するかのようにさらに大きな沈みをみせる。彼女もまた絶対的エースとして知られていた。三振の数こそ少ないものの、気がつけば打ち取られている、まるで悪夢だと皆一様に対戦を恐れていた。

 

  一球、二球と低めに集めテンポよくストライクカウントを速める。そして三球目、内角高めに放られた。思わずあっと声が出た。なんとも強気なピッチングだ。最初から内角に絞られていたら容易く打ち砕かれるだろう。ましてや内角は追い込まれてからはどんな打者にもチャンスに成り得る危険なコースだ。しかし、山城さんは全く動かなかった。つまり、狙っているのは打ち頃のコースではない。

 

(なら…これでどう!?)

 

 またしても内角高めを攻めた、はずのボールは鋭く斜めに変化した。

 

 イムヤの殿下の宝刀(決め球)縦のスライダー。『袈裟斬り』と評されるその変化量は凄まじく、真ん中高めに投げ込んでもホームベースすれすれ外角低めいっぱいまで落ち込む。サブマリンの軌道も加わり、その高低差は想像を絶する。予測していなければかすることさえ出来ない、たとえしていても長打はまず望めない代物だ。此度振るわれたものも一切の容赦なくストライクゾーンを斬り落とす。

 

  変化が極まったその瞬間、山城が動いた。本来なら到底間に合わないタイミング、しかし、怪物・山城たる所以はそこにあった。何故彼女を打ち取れないのか。いやこう言うべきだろう。何故彼女はあらゆる球を打ち返せるのか。卓越した技巧(バットコントロール)か。それともずば抜けた対応力(バッティングセンス)か。いずれも(違う)

 

 かきぃん、と快音が鳴り響いた。

 

 その答えは理不尽なほどの速度(スウィングスピード)。それはどんな球も『点』で捉えられる、ということ。通常打撃は水平(レベルスウィング)で打つことを目指す。そうすれば『線』の形で振れるため、より長く球の軌道を捉えられるのだ。自然、打てるタイミング及びチャンスも多くなる。つまり、『点』で捉えると打つ機会が減り、結果捉えきれずに凡打や三振が多くなってしまう。アッパースウィングのパワーバッターが一発屋と揶揄されるのはそのためである。しかし、山城の速度(スウィングスピード)はそれを問題にしない。『点』の利点は直球だろうと変化球だろうと関係なく打てるというところにある。どんなに大きく曲がろうとも全く問題なし。狙った『点』に来ればただ打つだけとなる。

 

 その利点は存分に活かされた。予測しなければ打てない球、関係なし。外寄り低めまで斬りかかった宝刀は競り合う(いとま)もなく斬り返された。打球は目にも留まらぬ速さで外野まで運ばれ、右中間を深く割る。完璧なツーベースヒットだった。センターの好送球により失点は一つに抑えられたものの、投手のプライドはそう簡単に立ち直れない。勝負は、決した。

 

「……あっ」

 

 重い緊張から開放され、やっとまともな呼吸が帰ってきた。時計を見ると、既に一時間が経過していた。もう少し観ていきたい気持ちを置き去りにし、焦りを優先する。即座に進路へ転身、早足で駆け出した。

 

 書類に書いてある時間から15分ほど遅れ、やっと工廠にたどり着く。半ば息をきらしながら遅れたことへの謝罪をしつつ、目的を告げる。すると奥からひょこりと明石さんが顔を出した。

 

「あれ吹雪ちゃんじゃない。どうしたの?もしかして提督の代わりに?」

 

 なんとか息を紡ぎ、はい、と短く返事をする。早足の疲れと工廠の油くささが合わさって中々息ぎれが治まらなかった。まだ息は苦しいが、とりあえず司令官からの依頼品であるという小包と開発進行状況のレポートを受けとる。遅れを取り戻すため早めに失礼しようとしたが、呼び止められた。

 

「あ、ちょっと待って吹雪ちゃん。あなたにはまだ用事があるんだ」

 

 ほい、と明石さんがクレーンを操作すると、上から物々しい物体が現れた。だが、見覚えがある。

 

「艤装…?あ、私のだ…」

「うん。吹雪ちゃん段々改二の出力に慣れてきたみたいだから、少しリミットを上げてみた。あと一応聞くけど、かなり激しく動くよね?」

 

 その通りだ。私は鉈の重みを利用した遠心力にねじりを加えるため、他の艦より艤装(からだ)への負担が大きい。加えて護衛が主なので傷つくこともままあり、かなり艤装には無理をさせている。

 

「だよね。結続部の可動域を大きくしといたから、これからはもっと動いても大丈夫だよ。ちょっと装甲削ったけど…あ、でも要所の装甲は強化したから心配ないよ。」

 

 あと噴進機構も、と言いかけたところで遮った。明石さんは一度話すと止まらないのがタマに傷だ。途中で止めないと終わりが見えなくなる。司令官への報告もしなければならないため、少し早めに切り上げた。

 

 駆け足で執務室に入る。意外にも中には司令官しかいなかった。心が浮き足立ったがまだ油断してはいけない。私をからかうためなら手練手管を尽くしてくる。それが北上さんだ。

 

「北上さんは家に帰りましたよ」

 

 ふっと肩から力が抜けた。一番の難敵は去ったようだ。そのせいか普段では出来ないことをやってしまった。

 

「あの…司令官。報告は…その…散歩しながらでもよろしいでしょうか…。…天気も良いですし」

 

 自分が自分に驚いた。司令官も目を丸くしている。いくら最大の障害(北上さん)がいないからとはいえ、自分の気持ちの緩み加減に呆れてしまう。

 

「確かに。今日みたいな日に外に出ないのはもったいないですね。」

 

報告(散歩)、しましょうか」

 

 その返事で私の胸は歓喜に満たされた。その裏で、北上さんは居ないのに、またいいようにされてしまった気がした。

 

 でもいいんです。少し、大胆になれたから。




誤字、脱字、分かりにくい表現がありましたらなんなりと。
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