※この作品に関しては『投稿者≠執筆者』です。注意してください。とある方からのプレゼントを、「これが日の目を見ないのはおかしい」という理由で許可を貰って投稿しているだけです。
ある時、提督が突如零した。
「あーヤンデレな彼女が欲しいなぁー!」
等と、独り言とは思えない声量で、自分の想いを外界に発信したのだ。
「ふぇ?」
それを、提督の隣で聞いていた純情で健気で天然な所がある海風は間抜けな声をあげる。何を言い出したんだこの人と、暗に言うかのように。
「最近の流行りはヤンデレだよヤンデレ。某レーンとかのヤンデレキャラ、すげーいいしなぁー」
提督の独り言は止まらない。否、それはもはや独り事では無く、街角で演説をしている立候補者の様である。
因みに某レーンとは提督が最近ハマってるソーシャルゲームの事である。提督のスマホを毎日欠かさず確認している海風に死角は無い。
「その……ヤンデレ?と言うのはどう言う物なのでしょうか?」
「あー!俺も病まれる位に誰かから愛されたいなー!!」
提督はどうやら自分の世界に入り浸ってしまったようで、海風の疑問は聞き入れて貰えない。こうなった提督は長くて二時間は現実の世界に戻ってこないのも、提督観察が趣味な海風はよくわかってる。
ヤンデレについての予備知識がない海風はヤンデレと言うのが何なのか気にはなっているのだが、それ以上に気になる言葉が提督の口から出たのを海風の耳はしっかりと聞き取っていた。
それは、病まれる位に誰かから愛されたいとと言う言葉。
病むとはどういう事なのだろうか、という疑問は海風の頭の中に湧いては居るが、提督がそのように愛される事を望むのなら、叶えてあげるのが純情な恋する乙女こと海風の役割だろう。
「ヤンデレ……どういう意味なのでしょうか……」
妄想の世界を詳細に語る提督の喉が痛むことが無いように、海風は提督の前にお茶を置き、顎に手を置いて考え込みながら自室へと戻った。
◇◆◇◆◇◆◇
そこから海風のヤンデレ修行が始まった。手始めにネットで意味を探し、次は漫画で学習し、最後は提督が秘蔵していた、或いは提督の好みの
その甲斐あって、ある程度、ヤンデレと言う物について理解は出来たつもりになった海風。
まだ完ぺきではないが、他の子がヤンデレ化して提督を狙った場合の事も考えて一旦しかける事にした。提督の満足度も図る為である。
「提督」
「うん?」
執務室で提督と二人っきりになったタイミングで、海風は隠し持ってた包丁を提督に向けた。
「海風!?」
突然の海風の行動に椅子から飛び上がる提督。対して海風は震える切っ先を提督に向けてさんざん考えて練習した成果を提督へと贈る。
「ほ、他の子と話してたら、う、海風はあなたの事を監禁しちゃいますからね!?」
「……へっ?」
海風が勇気を持って声に出した言葉。それは提督の間の抜けた声に打ち消される。
反応が余り芳しくなかった海風は次に用意していた台詞を頭の中の台本から読み上げる。
「こ、この包丁でダルマで首輪で檻に入れて、三食昼寝つきにしちゃいますから!?」
「…………」
続けざまに言った海風なりのヤンデレ言葉に、提督は目を丸くするだけだった。
余りにもよろしくない提督のリアクションの数々。勉強が足りなかったと後悔してももう遅い。今の海風は完全にアブナイ人でしかない。提督の失望を買ってしまった事だろう。
「うぇーん!手首切っちゃいますぅ……。海風の幸せは提督を思って血を流す時が、一番幸せですからぁ……」
半べそを掻きながら、手首に包丁を当てようとする海風の手を提督は掴んで慌てながら引き止める。
「いや、それはヤンデレじゃないと思う」
と、人によって判断が割れる講釈を垂れながら。
「ふぇ……?」
海風が顔を上げると、そこには困ったような表情を浮かべる提督が居た。
「あー……その……アレを聞いてたのか?」
「……はい。だから、提督に喜んで貰おうと、ヤンデレと言うのになってみようとしたんです」
「あー……」
しゅんと項垂れる海風と気まずそうに頬を掻く提督。
確かにヤンデレは好きだが、あの言葉はあくまで一過性的なモノであって、心の奥底からヤンデレを求めていたかと言われると決してそうでは無く、何かと言うと怖いもの見たさに近い物だった。
だから、海風が無理してヤンデレを演じなくていい様にはっきりと伝える。
「無理してヤンデレにならなくていいと思うぞ」
「ふぇ……?」
「海風はそのままが一番だからな」
歯を見せて笑う提督。その笑顔は海風の心にかかった暗雲を取り去るには十分な物であった。
「本当ですか?」
「ああ、本当だ。」
「本当に本当ですか?」
「本当に本当だ」
「本当に本当に本当ですか?」
「本当に本当に本当だ」
何度も何度も不安そうに確かめる海風に、何度も答える提督。そのおかげで、海風の心は晴天のように晴れやかな物に変わり、表情も次第に可憐な笑顔へと変わっていく。
「えへへ、じゃあ、海風は海風のままでいますね」
「ああ、そのままの海風が一番だ」
ありのままの自分が一番。そう自信をつけさせてくれた提督に、海風は華やかな笑顔を向けたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
その日の晩、海風は今日あった事を日記につけていた。
「今日も提督と沢山お話しちゃった」
その時の事を思い出し、頬に手を当てて照れ笑いを浮かべる海風。
これだけ聞くと、ただの恋する乙女の可憐な日記の様に思えるが、彼女の日記は分単位で提督にあるいは提督と何があったか記述されている。
何時何分にご飯を食べた、報告を受け取ったというような情報から、何処のどのトイレの何番目の場所を使ったと言うような異常な記述まである。
一日提督と何があったかを事細かに記述した海風は、もう一冊のノートを鍵のついた棚から取り出す。
そのノートのタイトルは『未来予想図』と言う物。
海風がノートを広げると、なんと既に今日の日付の日記と言うべきモノが既に書いてあった。日記と同じように分単位で事細かに。海風は既に書いてある文字たちを修正液で笑顔を浮かべながら消すと先程の日記帳と同じことを書き記す。
この未来予想図というノートは、海風が提督とその日したい事の理想を書き記したもの。理想通りにいけばそのままに、理想通りに行かなければノートの内容を修正すると言う理想の未来を書き記した海風にとっての予言の書。
このノートは多数あり、一番遠い未来で五十数年先の事が記されている。提督との幸せな妄想をこじらせてしまった結果である。
因みに海風は趣味の提督観察が功を制して、朝の提督の様子から一日の行動を大まかに予想できる練度に達している。
「うん、よし」
一息ついて、日記とノートを鍵付きの棚からしまうと、今度は箪笥から裁縫道具を取り出す。チラッと夜の闇に隠れきれずに箪笥の隙間から覗いたのは、新生児用の服や、幼児用の服。
そう、海風は夜な夜な子供用の服を自作しているのだ。
その目的は誰かに譲ったり、フリーマーケットで売る為では決してない。
大方予想はついただろうが、この服たちは提督と海風の子供の為の服である。余談だが、この鎮守府の提督は現在誰ともケッコンしていない。そう、誰ともケッコンしていないのだ。
「うふふ……」
恍惚の笑みを浮かべながら服を編む海風。因みに三歳児までの分は既に作り終えている。
純情で健気で天然な所がある海風の素こそ、真のヤンデレといえるのかもしれない――。