いい加減鍛えなきゃ・・・
今回の話とこれからの話の関係上、前回の話を『SMSのための練習開始一日目』→『SMSのための練習開始から数日後』と少しばかり改変しております。
こうでもしないとこれから先のお話に面白みがなくなってしまうと思ったので、こうさせてもらいました。
その辺ご了承ください。
ということで本編どそ。
自宅付近から走り出してから2時間が経った。
僕は未だ新幹線の中にいる。
路面電車などを乗り継ぎ、東京駅へ着いた僕はお金を下ろしたあと新幹線のヒカリに乗車。
たまたま1番早いヒカリの座席が空いていたのともうすぐ到着予定だったのが幸を呼んだ。
しかし東京駅から新大阪駅までは3時間ほど待たなければならない。
それがたまらなく憤りを感じていた。
「・・・早くつかないのか。」
新幹線に文句を言っても仕方が無い。
これでも平常運転をしているのだろうし日本の電車のダイヤは完璧だ、僕個人が怒りを立てても変わることなんてない。
しかし人が、それも血をわけてくれた実の親父が死に瀕しているのだ、憤りをぶつける所がそこでしか無かったのも仕方ない。
僕はスマホを開いて予定を見る。
今日が日曜日、数日前に出演依頼を頼まれたSMSのライブまであと5日しかない。
本番の前日とその前の日にはいつもの街にいておきたいのでできれば大阪にいる時間は3日ほどに抑えたい。
しかしそれも親父の体調にもよるのだ。
そう言えば先月に炎が『祖母が亡くなったからしばらく休む』と言った時には丸々1週間休んでいた。
肉親は確か葬式などで5日ほど休むのだったと思う。
もし、もしも親父が手遅れだったら・・・
そこまで考えようとしたが僕は頭を振り思い直す。
あの親父のことだ、過労で倒れても数日経てばケロッとしているはずに違いない。
それに自分の体の頑丈さに自信のある親父だ、死の淵からでもたちなおれるはずだ。
『次は〜新大阪〜新大阪〜』
車内アナウンスが新大阪駅に到着することを告げた。
僕は荷物をまとめると降りる準備をした。
ここから先の病院へは金はかかるがタクシーを拾った方が早い。
金のことを考える余裕がなかった僕は新幹線から降りると改札を過ぎ、タクシー乗り場へと走った。
その後タクシー内でその時だけ、あの大阪人ですら迷いそうになる新大阪駅を迷わず走り抜けれたことに驚きを隠せなかった。
僕は親父が入院したという病院に到着した。
時計を見ると時刻は9時を回っていたので祖父の携帯に電話をかけた。
すると祖父はまだ病院内にいたらしく、すぐに病院内から出てきた。
祖父と会うのは久方ぶりである。
「おお、奏多!久しいのう!」
「お久しぶりです、おじいちゃん。」
「いや、なんとか間に合ったかもしれん・・・とにかく病室について来ぃ、ばぁちゃんも茂樹も待っとる。」
シゲさんのいることに安心感を覚える。
祖父祖母とは会うのが本当に正月ぐらいなので血が繋がっているとはいえ今でも敬語が抜けない。
慣れていない相手にはどうしても一歩引いて敬語を使ってしまうのはどうやらまだ抜けていないようだ。
病室に案内されるとそこには祖母とシゲさんがいた。
「お久しぶりですおばあちゃん、それにシゲさんも。」
「よう来たなぁって言いたいけどなぁ・・・ホンマに危なかったわ・・・」
「・・・なにがあったの?」
「兄貴は1時間前に1度心臓が止まったんだ・・・応急処置でなんとか脈は戻ったけど次はないってよ・・・」
シゲさんのこんな暗い姿見たことがない。
とりあえず親父と顔を合わせなければ。
「・・・親父、僕だ、奏多だ・・・!」
親父の顔を見て言葉がつまった。
久しぶりに見た親父は働きに行く前の少しいかつく、男らしさがあるがどこか優しげのある顔だったが、今では頬の肉は痩せおち、髪もてっぺんがはげ、白髪が多くなっていた。
それに目の下にはクマができていて、あのころの面影はない見るも無残な姿になってしまっていた。
「・・・奏多か。」
親父がうっすらと目を開けた。
様子からして喋るのも精一杯のようだ。
「・・・親父、あまり無理はしないで。あとからしっかり聞く・・・」
「おい茂樹・・・俺とこいつの二人きりにさせてくれ・・・」
「・・・あいよ、行くよ父さん、母さん。」
シゲさんが祖父と祖母を連れて病室の外へと出る。
室内には僕と親父の二人きりとなった。
「・・・こうして話すのも久しぶりか。」
「うん・・・」
「悪いなぁ・・・お前の将来を見届けられなくてよ・・・」
「何言っているんだ親父、少し休めば・・・」
「自分の死が目の前に来ていることぐらい自分が一番わかる・・・その前に言っておきたいことがある・・・」
親父が命をかけて伝えようとしている。
それを僕は親父の手を握り、大人しく聞くとこにした。
「・・・すまなかったな・・・こんな親でさ・・・お前にはひどいことばかり体験させちまってる・・・」
「・・・そんなことない、今は満足している。」
「それでもあの時は生きているだけで苦しいような顔をしていた・・・それをずっと謝りたかった・・・」
「親父は悪くない・・・だから・・・」
「時折茂樹から話は聞いている・・・マネージャーとしてバンド始めたんだってな・・・影から支えるのはお前が一番得意だからな・・・」
「あぁ・・・お陰でたくさんの友達が、大切な人ができた・・・」
「お前に友達か・・・それだけでも俺は嬉しい・・・俺がいなくても・・・一人じゃない・・・ってことが・・・」
親父の目から涙が流れる。
そして次第に握る力が弱くなってきた。
「最後に・・・1度だけ聞きたかった・・・お前の・・・バイオ・・・リ・・・ン・・・」
ピ――――――
脈拍を図る機械が電子音を鳴らした。
この音は心臓が止まった時になる音だった。
「親父・・・親父ぃ!」
親父のことを呼んでも、親父は二度と目を開かなかった。
しかしその顔はどこか幸せそうだった。
「・・・馬鹿・・・死んだら・・・バイオリン聴かせられないじゃん・・・」
そう呟きながら、親父の亡骸を横に僕はずっと泣いていた。
『親父の死』
それは悲劇と、親父に任せていたことも全て背負わなければならない責任が僕にのしかかった。
『父が亡くなりました。葬式のため、月末まで練習にはいけませんがSMSには必ず行くので』
そうグループに送ると、喪服に着替えた僕はあるものを持って式場に向かった。
焼香とお経が読み終わると、親父の親戚や知人の前に立った。
「はじめましての方が多いと思います。九条遥輝の息子の九条奏多です。」
僕は挨拶をすると足元のケースを開けてあるものを取り出す。
それはボロボロのバイオリンだった。
「・・・これは、親父が子供の頃虐待で心身ともに傷を負った僕にくれたバイオリンです。話すことができなかった僕はこれで気持ちを伝えてました。これが無かったら今の僕はいないでしょう。そして父は独学で覚えた僕の弾くバイオリンが好きでした。そして死に際に『最後に僕のバイオリンの音が聴きたかった』と言い、この世を去りました。なのでこの場を借りて、父に鎮魂歌を送りたいと思います。」
僕はモーツァルトのレクイエムを奏でた。
これが最初にして最後の親父の前で弾くバイオリンのフルバージョンだった。
しかしこの時僕は気づいていなかった。
親父の死が自分のある才能にダメージをあたえていたことを
次回、『オトズレタネイロ』