DQ小咄 行雲流水の手引き   作:ドラゴン好き

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行雲流水の手引き1:護界の理

 

 屋敷を思わせるような内装の、小さくも優美な小屋。所狭しと並べられた木の戸棚には花や小動物を模した様々な木彫りの像や、不思議な色の水の入った硝子の小瓶、丁寧に装丁された辞典や手帳などの雑貨が陳列されている。

 部屋の最奥にあるテーブルに置かれた水晶玉を前に、彼女は一冊の本を手に静かに佇んでいた。赤く艶やかな髪を白く滑らかな柔肌に流し、豊かな胸元を覗かせる草色のワンピースに身を包み、柔和な表情を浮かべている。

 この小さな館の主に相応しい清楚ながらもどこか退廃的な姿と、穏やかな少女の雰囲気の双方を帯びた魔女は、今はただ静かに本に緑の瞳を向け続けていた。

 

 そのような中で、不意に入り口の扉に設けられた鈴が揺れて冷涼な音を奏でると共に扉が開き、たどたどしい足音と共に誰かが入ってきた。

 

「あら、いらっしゃい。」

 

 来訪者に気づくなり、彼女はすぐに本を閉じて出迎えるように顔を上げる。そこには、凡庸な白いシャツと厚手の青いズボンを着た、落ち着きのない様子の黒髪黒目の少年が辺りを見回していた。

 

「ここは……」

「狭間の世界ね。見たところ初めてのようだし迷うのも無理はないわ。」

 

 困惑を露わにしている様子からも、少年は行き場を失って縋る思いでここを訪ねてきたと見受けられた。魔女はそんな彼に怪訝の意を見せることなく、優しく微笑みかけていた。

 

「俺は、死んだはずじゃ……」

「あら、あなたもそうなのかしら。とりあえず落ち着いて。」

 

 未だに拠り所を見い出せずに混乱している少年から発せられた言葉。その一見不可解な言葉にも、魔女は然程驚いた様子を見せずに、すぐに耳から下げられた金輪を左目に添えつつ少年の顔を覗き込む。

 

「インパス」

 

 輪を摘む指先から淡い光がその中心へと注がれ、実体のない光が輪の内を満たしていく。そして、少年に向けると共に、彼に渦巻く黒い何かが光の泉の中にはっきりと映し出されていた。

 

「……確かに、死んでいたみたいね。」

「は?」

「あなたの魂から、誰かに強引に生き返らせられた跡が見えるわ。ザオリクとかじゃないわね。」

 

 手慣れた秘術によって少年が抱いていた疑念が現実のものとなっていたことを魔女は確信していた。

 それを伝えるなり間の抜けた声を上げる少年を余所に、彼女はその子細を更に説明する。詳しい原理を説明するよりも、生死に纏わるものを彼女なりに見通した事実を告げることで答えとすれば、少しは納得してくれるかもしれない。

 

「インパスにザオリクって……呪文かよ!!」

 

 だが、最早そのようなことなど頭にないかのように、少年は激昂したようにそう口走っていた。

 

「あら、呪文をご存じだった? でも、嫌に不満そうね。」

 

 如何なる経緯か知る由もないが、少年は今し方発動された秘術についての知識を持ち合わせている様子だった。この世界にあまねく魔力を操り、様々な超常現象を引き出す術をより扱いやすい形になしたものが、先程魔女が操ったインパスを初めとする呪文の数々だった。

 

 少年の何処か他人事のようで投げやりな様子から、人伝に知っただけで自らは使えないであろうことが窺える。しかしそれよりも、呪文そのものに対して憎しみにも近い感情をぶつけていることが、魔女の興味を引いていた。

 

「当たり前だ!! 誰が好き好んでんな世界なんぞに送り込まれにゃならねえんだ!! 俺はそもそも……!!」

 

 話を聞いてみれば、呪文よりも呪文が普遍的に存在するこの世界そのものに対しての苛立ちであると知れた。困惑と激怒で我を失う中でも、明確な拒絶の意志と裏切りられたような思いを少年は吐露している。

 

「……ふうん、あなたもそういう人達の一人なのね。」

「?」

 

 しかし、幼子のように取り乱している少年の有様も、魔女にとっては見慣れたものに過ぎなかった。

 

「さっきも言ったけど、この町は色々な世界の間に位置している狭間の世界にあるの。だからあなたみたいに本当に全く別の世界から迷い込んでくる人も多いわけ。そうしたところは繋がりが薄いから簡単に行き来することは出来ないはずだけれど、何故か入り口が広がってしまったみたいね。」

 

 少年がこの世界に至る前にも、既に彼女の元に多くの者達が訪れていた。

 あらゆる時空の狭間に奇跡的に創り出されたこの地はそうした迷い子達の最後の受け皿となり、多くの世界との繋がりを生かした一つの宿場町を築いていた。稀にその繋がりの薄い世界からの来訪者が迷い込むこともあったが、最近においては特に多く、その原因となった異変の存在が囁かれていた。

 

「それで、どういう経緯かはまちまちだけど、この世界のことを多かれ少なかれ知っている人も結構多いのよ。あなたみたいに望まず呼び寄せられた子も割といるけれどね。何でも、ここは彼らが行きたい世界と違うってね。」

 

 本来縁を持たぬはずの世界から訪れた者達は、いずれも魔女の身近な存在とは明らかに異なる雰囲気を纏っており、少年もまたその類の一つだった。そして、彼らの中にも好悪はともかく認識の差はかなり大きく、彼女の使った呪文を知る者もおり、中には夢物語と笑う者もいた。

 

「あなたはどのようにしてここにいらしたのかしらね。」

 

 この少年もまた、中途半端な認識の元でさまよい続けている。その道筋を尋ねるように少年へと微笑みながら、魔女はテーブルに置かれた水晶玉にそっと手のひらを向けた。念じると共に内側に光が湛えられ始める。

 

「これは……俺!?」

「ええ。あなたの過去を映し出すことが出来るのよ。制約は色々とあるけれどね。」

 

 やがてそれは少年がこの世界に至る前になされていた一つの出来事を映し出していた。命を落とした彼の前に超越者の姿を取って現れた何者かと邂逅し、問答を繰り返している。

 

「どうやらあなたも、違う世界に生まれ変わることを望んだようだけれど、その悪魔……あなた達の言う神の力では無事に送り届けることは出来なかった、ってところかしら。」

「……神? あ、ああ……思い出したぞ。」

 

 これもまた魔女にとっては何度も見てきた光景だった。その言葉と水晶玉の中の己の姿を受けて、迷いに満ちていた少年の面持ちが徐々に明瞭になり始める。

 

「そもそも俺は……人間ですらないはずだったんだ。」

「魔族に転生させてもらうつもりだったようね。他にも幾つも恵まれた資質や魔法具を望んだ、と。……やっぱり、快楽への誘惑というのは恐ろしいわよねえ。」

 

 失われていた記憶を明確に思い出した少年に張り付いている驚愕の表情を前に、魔女はただそこでなされていたものを見て嘆息していた。

 死した魂や行き場を失った者達に呼び掛けて、望むものを与えて新たな道へ導く存在。死者を蘇らせ、人知を越えた加護をもたらす様は神に迫るであろうことは容易く窺える。だが魔女は決してそれを快く思っていないことを露わにし、その危険性を前に苦笑を禁じ得ない様子だった。

 

「けど、何で今ここに何もねえんだ……っ!?」

「どうやらその力は全部、この世界の外に弾き出されたみたいよ。元々ここにあるべき存在じゃないみたいだし、ましてあなた自身のものでもないのでしょう?」

「何だと!?」

 

 今は少年が授かったはずの力も資質も全て失われている。水晶玉が示すそれらの行き場は、近くに存在する世界のいずれでもない遙か遠くの宇宙だった。

 

「仮にそれだけの力があれば世界を支配することも容易いでしょうけれど、そのような悪魔の力が沢山あるような世界は必ず混迷を極めるわね。決してあなただけが願うものではないでしょうから。」

 

 少年が望んだ能力は、それだけで世界を席巻するに値する程にずばぬけた代物だった。だがそれが神、魔女が悪魔と揶揄する存在との契約で簡単に手に入るものであれば、必ず他に同じ境遇に置かれた者も現れ、そして更なる力を望むことだろう。

 力無き者が容易く蹂躙されるも、それを治めるべき者達もまた力に溺れ、破滅に向かう。安易なまでの加護は、そのような未来しかもたらさないであろうと、魔女は予見していた。

 

「そう……かもしれない。けど、それでも俺は……。」

 

 魔女の言葉が示唆する可能性に心意気を挫かれるも、それでも少年は心底から望んでいたものを諦める気にはなれない様子だった。様々な過酷な現実を突きつけられて尚、本来なりたかった姿を目指そうとしている意志は潰えておらず、尚も食い下がらんとばかりに真っ直ぐに魔女を睨みつける。

 

「だったらこの世界から脱するために抗ってみたらどう?」

 

 行き場のない苛立ちを初めとした複雑な感情を乗せた視線を受けて気を悪くした訳でもなく、魔女は安心させるように穏やかな笑みを浮かべながらそう切り出していた。

 

「諦めちゃった人もいるけど、今も頑張ってる子の話は時々聞いているわよ。ここに来てしまったってことは、帰る手立てだってある、そうは思わない?」

 

 嘲るばかりか、まさかその意思を尊重した意見を返されるとは思わず呆然とする少年に、魔女は更に言葉を続けていく。

 

「あなたもその一人になってみなくて? あれだけの力を真に欲する理由があなたにあるならば、きっと頑張れるはずよ。」

 

 道理が歪められたことで本来の行き先から逸らされたのであれば、それが生きている内は再びあるべき場に帰る手段も作り出せるかもしれない。安易でこそあれ、今後の少年の、そして同じように迷い込んできた者達に取り、最も重要な動機の基幹になり得るものだった。

 

「俺……は…………」

「そうね、旅の中ででもゆっくり考えるといいわ。何か迷ったらまたおいでなさい。」

「…………。」

 

 一度に様々なものに直面してまだ心の整理がついていないのかただ呆然と立ち尽くす少年の背を押すように、魔女は再会を約束していた。自分がこの場で出来ることの全ては話し、既に彼に出来ることは何もない。後は彼が答えに困った時に再び訪れる日を待つだけのことだった。

 

「あら……魔法の聖水を切らしちゃったわね。来たばかりで色々分からないことも多いでしょうから、買い物ついでにちょっとだけ案内してあげるわ。」

「お、おい……」

 

 少年が踵を返して去ろうとする直前、魔女はふとした用事を思い出して彼を呼び止めてその傍らに並び立ってその手を引き始めた。深刻な話題に直面した時とはまた別の動揺を見せる少年に微笑ましげな苦笑を見せながら、小屋の外へと歩んでいた。

 

 

 

 

 

 狭間の世界。邪悪なる者が広げた次元の隙間に作られたこの地にも、太陽の恵みや生命の営みはもたらされ、静かに時を刻み続けていた。

 

「よう姐さん。儲かってるかい?」

 

 テラスに設けられた席から夜空に浮かぶ幾つもの星を眺めていると、張りのある声で男が親しげに語りかけてくるのが聞こえてきた。振り返ると、職人らしき出で立ちをした筋骨隆々の偉丈夫が屈託のない笑みを浮かべていた。

 

「あら、こんばんわ。ええ、お陰様でね。あなたも精が出るわね。」

 

 突然であれ友と認めた者の来訪に、魔女は親愛の情をもって招き入れていた。

 鉄を打って武器や防具を作り続けている職人たる者。力自慢として名を馳せた果てに武具職人としての道を見い出した経歴を持つ男だった。今はより優れた武具の製作に精を出し、外界へ乗り出す者達に向けた大きな助けとなっていた。

 

「お前さんのところに来た小僧共の調子はどうよ。」

「文句言いながらも何だかんだみんな頑張ってるわよ。今度お土産に美味しい焼き菓子でも持ってくるって言ってたから楽しみだわ。」

「はっはっは、ちゃっかりしてるじゃないか。」

 

 共に狭間の世界で生活してる中で自然と気が合う友人として、魔女は彼と互いの働きを労い合っていた。最果ての地にあっても、魔女は数多くの友と親交を結び、時には助け合う中で深めていく。

 それが一時の平穏に過ぎぬと知りながらも、魔女にとってこの日々は貴重な楽しみだった。

 

「どうしても異質さ故に仲間外れになった果てに道を踏み外しちゃった子達もいるから、ちょっと心配ではあるのよね。こればかりは彼らに任せるしかないのだけれど。」

 

 当然迷い子達を導く中でも全てが成功していたわけではなく、時に堕落を重ねていく者達や特異な力を付け狙われて命を落とした者の報せも彼女の耳に届いていた。

 占いや助言も所詮は本人が行く道を決めるための一つの要素に過ぎず、直接貸せる力も限界がある。

 

「姐さんは何も間違ったこたあ言ってねえよ。飄々としてるようでお前さんも妙に律儀でカタブツだからな。思い詰めるんじゃねえぞ。」

「優しいのね、肝に銘じておくわ。」

 

 自嘲的に語る魔女の顔に浮かんだ笑みに、本人も気づかず陰りが差し始めるのを見咎めて、職人は呆れたように彼女自身の行いを肯定していた。

 一見冷静で穏やかでも、己をいたずらに責める程の責任感の強さを覆い、それを御するための一面でしかない。未だに小娘に過ぎない自分にそうした視点を示して、知らしめてくれた者達に、魔女は素直に感謝していた。

 

「あ、そうそう。体の調子はどう?」

「そうだなあ。大分マシにゃなったが、何かまた偏ってきてるような気がしてならねえんだよな。」

「うん、またちょっと右に寄っちゃってるわね。少し横になって貰えて?」

 

 一方で、職人の方も尋ねられれば腰の辺りを差しながら不調を素直に訴えていた。言われるままに横になった巨漢の体をしばらく丁寧に診て、僅かばかりの施術を為していく。

 

「ホイミ」

 

 その仕上げとばかりに呪文を唱えると共に、薬を刷り込むように手のひらで男の体をなぞっていた。

 

「どう?」

「オーケーオーケー。大分楽になったぜ。ここんところずっと鉄を打ち続けてたからなあ。」

 

 ホイミ。生物が本来持つ自然治癒の力を増幅させることにより、体力の回復とそれによる傷の治癒の効果を有する癒しの力である。施術によって最適に整えられた体に対する仕上げとしては、お誂え向きな代物だった。

 再び立ち上がり体を軽く動かすと共に、職人は違和感が消えているのを確認すると共に礼を告げると、日々を省みるように右腕を回していた。

 

「ミスリルとかが使えたら大分楽になるのだけれどね。」

「あればっかりは厳しいよなあ。鉄なんかと違っていつ使い物になるか分からんのを別の世界に持ち込ませるとか危なくて出来やしないぜ。」

 

 鍛冶仕事に没頭する職人もその姿を見守ってきた魔女も、武具にふんだんに使われる物質の性質は否応なしに痛感させられていた。

 繋がりのある世界と言えども、人を生かすに足るものでこそあれ、それを越えた力や魔法を司る理については世界に応じて強い特色があった。その干渉を特に強く受けるものは、魔法や人知を越えた力による産物である魔法金属や神授の鉱石の類であった。他の世界では使い物にならなくなったり、最悪の場合は消滅するなどの世界環境への依存性があり、気軽に強力な装備を他の世界に持ち込めない状況を作り出している。

 

「無いものがきちんと動くかも分からないものねえ。魔法の産物なんて結局どこでも使えるわけじゃないから。」

「色んな世界を見てきた行雲の魔女のあんたにそう言われたら仕舞いだよなあ、ははっ。」

 

 魔女自身もまたあらゆる世界を旅する内に呪文やそうした魔法の産物、時には武芸に属する技すらもが思うように使えない苦境を味わってきた。その中で力の無常さを実感することとなり、知略による旅を続ける中で、いつしか行雲の二つ名を得る程に名が知れた魔女になっていた。

 

「……やっぱりどこかに本物の神様はいるのかしら。」

「まあ、居たとしても人間如きに耳を貸すようなのではなさそうだがね。」

「ふふっ……そうかもね。」

 

 迷い子達に力を与えた神と嘯きし悪魔は当然のこと、秩序を見守る守人の類もまた、理を支配する真なる神と呼ぶには程遠い。これまで魔女が目にしてきたように過ぎた力を持った者や明らかに人たる存在を外れた者を残らず裁き報いを与え続けて来たのは、何者の意思でもなくただ自然の摂理に則った淘汰に過ぎない。

 かつて力ある者として知られた者であろうと平等に訪れる足枷こそ、今平行して流れ続ける時空をつなぎ止める唯一にして最大の秩序であり、大きく綻んで尚も異分子の介入を容易く退ける世界の守護にもなり得ていた。

 

 世界に在らざる者を排除する理に抜け穴こそあれ、情はない。最初から誰のものでもない摂理を前に、神なる者を責めるは無意味であり、また無粋なことと、行雲流水の申し子たる魔女は苦笑していた。

 

 





 長くは続かない(?)
 どうせ長文書いてもダレるだけなので、書きたいテーマがあったら書ききれるような形式にしようかと。
 別に設定語りをやりたいだけなので、正直物語書かなくていいならざっくりやりたいところではある。まあ書いたからそこは然したる問題じゃないが、何分文章書きとして素人なのでテーマが伝わるかと言えば別問題。

 とにもかくにも文章は難しい。

 ある世界観において、明らかに他のシリーズの世界観の産物が妄りに使われてるということがどうにも気に食わなくて。コンセプトを取り入れるだけなら同じ世界観だけで上手く再現してやればいい。
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