「はあああああ…」
佐世保鎮守府。この食堂で間宮に淹れてもらったお茶を飲みながら大きなため息を吐く艦娘が1人。
阿賀野型軽巡洋艦の三番艦…矢矧だ。
彼女は馴染みある佐世保鎮守府に戻ってきた。鹿屋基地から。ここで甲斐甲斐しくおじいちゃんと呼びながらお世話をしていた恩人がいた。だが彼は自らを老いぼれと呼び、艦隊運用を行うことが難しくなってきたと言うことで佐世保を去った。
「矢矧や。お前の頭脳、指揮能力。そして改二となったお前は必ずや、ここに着任することになるであろう男の役に立つ。寂しいが、ワシは人間。お前は艦娘…艦娘は提督がおらんと生きていけん。あ奴の下へ行き、そこでお前の活躍を耳にすることを楽しみにしておるぞ。お前はワシの誉じゃ」
おじいちゃんにそう言われては仕方がない。噂によれば姉である阿賀野と能代もいると聞く。酒匂がいないと言うことで、私が一番下の妹になるのね。ここでは駆逐艦の誰からもお姉ちゃんのように慕われていたから、少し寂しいところもある。そして、噂はかねがね聞いている暴君のような提督だと聞くが、おじいちゃんはなぜか艦娘に誰よりも優しい男だと言われていた提督。ほかの提督からは悪魔のようだ。暴君、などと言う噂が出回っているようだけど。
「あの男が悪魔ときたか!ワハハハハハ!!!噂を真に受けるでないわ!奴の燃え盛る大きな炎は儂を高ぶらせる!」
うるさいおじいちゃんのお友達はそう言っていたか。どっちが本当の話なのだろうか。矢矧は自分のおじいちゃんを信じることにした。
実際、おじいちゃんと刈谷提督が会った時も悪人面ではあると思ったし、おじいちゃんに軽口をたたくところは少しムッとなったが…。
「あんたももう年なんだから体調崩すなよ。引退したら石垣島に住むのか?」
「ふぉっふぉっふぉ。宮古島でもええのう。波照間島にするかのう?」
「おう。あんたが住む島ならしっかり守ってやるよ」
「バカモン。鎮守府に就くなら日本全てを守る努力をせい」
「へーへー」
おじいちゃん曰く、良い息子と言うが…。
そんなわけで佐世保のみんなとお別れ。おじいちゃん…上郷提督が勇退した際、佐世保の艦娘たちは新たに着任する提督の下でともに戦うらしい。変な提督でなければいいけど…と不安を覚えながらも、矢矧だけは特別に刈谷提督の下で戦うことになった。
……
そうして着任した鹿屋基地。そして現佐世保鎮守府であるが、上郷提督と共にやって来た時とは比べ物にならないほど苦悩が多い。
着任と同時に姉である能代が「これで…私の負担が…」と何かから解放されたかのような安心した顔をしていた。いったい何が姉の能代にこんな重荷を背負わせていたのか。それをすぐに知ることになった。
「阿賀野姉!!!!またお菓子を食べ散らかして!!!!私も同じ部屋なんだから汚しっぱなし何て許さないんだから!!!」
「ち、違うの矢矧~!さっきうーちゃんや皐月ちゃんたちがこの部屋に来ていてね!?」
「卯月ちゃんや皐月ちゃんは今日演習のはずよね」
「あっ」
「能代姉を呼ぶわね。能代姉!!!!」
「どうしたの矢矧…あーがーのーねーえーーーーー!!!!」
「ぴゃああああああ!!!違うの能代!矢矧!阿賀野、すぐ片付けるからぁ!!」
……
「な、何このオシャレな服ばかり入ったクローゼット…阿賀野姉…これ何?」
「あ、あはは…ええっとぉ…」
「能代姉は知っているの?」
「能代には黙ってて!!!阿賀野、また2時間お説教されちゃう!!!!」
「む、無駄遣いよーーーー!!!!こんな高そうな私服…!ええ!?私たち、お給金とかもらってないのにこれはどういうこと!?ま、まさか…盗み…」
「ち、違うの矢矧!!これは提督さんが買ってくれたものなんだよ!?悪いことして手に入れたものじゃないの!!」
「提督に!?買ってもらったぁ!?どういうこと!?能代姉!能代姉!!!」
阿賀野のことになると能代が一番詳しい。だからこそ、阿賀野のことで何かあればすぐに能代を呼ぶ矢矧。
「どうしたの矢矧?…何これ?」
「え、えっと…そのぉ…きらりーん☆」
「ごまかしてないで教えて阿賀野姉?この私服は何?」
「…提督に買ってもらったんですって…」
「は?」
「あ、あのね能代…えっと…」
「てーーーーーいーーーーーーとーーーーーくーーーーーーーーー!!!!!!!!」
バァン!とドアを開け放ってズンズンと提督に文句を言いに行く能代。結局提督が阿賀野をなぜか甘やかして買ったものだと言う。ちなみになぜか長門にも似たようなものを買っているらしい。ここの長門はどうもかわいい服に目がないらしく、阿賀野の光るファッションセンスを活かしてかわいいワンピースや、オフショルダーのピンクのニットなどをぜっっっっったいに阿賀野以外にはバレないように隠しているとか。阿賀野があっさり自白した。長門さんには言わないほうがいいわね…と言うことでこれは提督、阿賀野。そして矢矧の秘密になっている(長門は提督と阿賀野しか知らないと思っている)。
現佐世保鎮守府の問題その1。それが姉である阿賀野だ。とにかくだらしない。お菓子は食べ散らかす。服も脱ぎ散らかす。時には脱いだ下着までそのままだ。さすがに能代とギャンギャン言ってきたおかげかだいぶマシになった(直らないのはなぜ…?と頭は抱えているが)。
矢矧はきれい好きだ。故にお菓子の食べかすが畳に落ちていたりして足にそのカスが張り付いたりするのを嫌う。布団のたたみ方もミリ単位のズレさえ許さない。なお、阿賀野の布団のたたみ方はガタガタだ。
「阿賀野姉!布団のここ!ずれてる!」
ちなみにそのことを阿賀野から聞かされた刈谷提督は「刑務所かよ」と笑っていたらしい。寝相も悪いのでよく蹴られたりする。気が付いたら矢矧の布団に入って矢矧に抱き着いて寝ていたりもする。耳をはみはみされた時は悲鳴をあげることすらできず、ただただ1時間ほど耐え抜いたらしい。
それと同時にある時、阿賀野と長門を連れて大本営へ行ってから、妙に姉が酒好きになった。そして、酒が飲めるならとほいほい買い与え、一緒に飲む提督。
「お酒は規律が乱れる!!提督!!!阿賀野姉が酔ったらめんどくさいんだから飲ませすぎないで!!!」
「ああ?別に店で飲んでるわけじゃねえんだ。別にいいだろうがよ」
「そうらよー☆阿賀野酔ってらいもーん♪」
「舌が回ってないわよ」
「んふー、阿賀野、ネグローニつくりまーす!」
「カンパリ飲めんのかお前。いいじゃねえか。俺にも作れ」
「はーい☆」
お酒に詳しく、カクテルなるものを作る。提督は阿賀野用にカクテルシェイカーやらマドラーなどを多く購入。おかげで一部は阿賀野のカウンターバーができあがっている。ちなみに、ほかの巡洋艦やら飛龍たちからは好評で、夜の楽しみの一つになっていたりする。
提督が甘やかすせいで姉が…。これが第一の悩み。
次の悩みと言えば個性的すぎる…と言うか強烈すぎて誰も手に負えない艦娘がいる。それが…。
「グリングリーーン!!!お前は海の藻屑クマーーーー!!!」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏…テメーら全員ダルマニャーーーー!!!!」
佐世保鎮守府最強にして最恐の狂人。球磨型姉妹の長女と次女、球磨と多摩である。この狂人姉妹、なんと軽巡でありながら長門や飛龍たち、戦艦、空母を差し置いて佐世保鎮守府最強である。かつて戦闘狂であった三好提督の長門達でさえ恐れをなしたと言うほどの狂人である。
しかし、その実力は確かに最強であることを示すかのように高い戦闘能力を持っている。
まずは多摩。彼女の特筆すべき点はその砲撃精度の高さである。狙った敵は必ず撃ち倒す。命中した箇所へ寸分違わず砲撃を見舞い、深いダメージを与えることができる。ただし、ひとたび暴走すると…
「南無阿弥陀仏…南無阿弥陀仏…テメエらみてえな深海棲艦は全員ダルマニャアアアア!!!!!!」
「悪逆非道…やっぱり深海棲艦は悪だにゃ。テメエらに明日は必要ねえにゃ!!!全員レンコンになっとけニャアアアアア!!!!」
弾薬を気にすることなく、道中であろうと雨の様に砲弾を深海棲艦に見舞うとんでもない軽巡である。実質、佐世保鎮守府の戦力No.2。並みいる猛者。戦艦である長門でさえ彼女には劣る。そう言うほどである。単純な火力でいけば長門だろうが、戦闘能力に関しては多摩はずば抜けている。
そして、長門でさえ認める佐世保の狂人。そして最高戦力。誰もが認める戦闘狂かつ佐世保鎮守府のNo.1。それが多摩の姉である球磨だ。
「深海棲艦のみんなに質問だクマーーーー!!!お前らが生きられるのは1分でしょうか!2分でしょうかーーーー!!!」
「深海棲艦のみんな久しぶりだクマーーーーー!!!!前世のおめーらはぶっ潰したから今世も来世もぶっ潰すからねーーーーーー!!!!!」
初めて球磨と出撃したときは唖然としたものだ。ちなみに、能代はこれに関してもうツッコむことをあきらめた。水を差すとこの狂艦娘。何をしでかすかわからないからだ。この時の球磨を止めてはいけない。
そして、矢矧が戦慄したのが…。
「きれいな花火のグリングリーーーーーン!!!!」
「ハードグリングリーーーーーン!!!!!!おめーは粉砕!玉砕!!!大喝采クマーーーーーー!!!!」
球磨の特技…そして絶対の必殺技であるグリンと呼ばれるものである。人型の形をしている深海棲艦の腹に砲を突き刺し、そのまま深海棲艦の体内で砲を発射。深海棲艦は無残に弾け飛ぶ一撃必殺業である。この自称グリン、ハードグリンで数多くの武勲をあげているのが球磨だ。
球磨は戦闘に特化しているわけでもなく、退路の構成、進路の開拓、そして周囲を見渡す能力にも長けており、多くのピンチを自他関わらず艦隊を救っている。その際の統率力は目を見張るものがあり、軍師である望月でさえ従う。能代が言うにはこういったときの球磨の指示は最優先で聞くべき、と聞いている。
この2人と共に…問題児ではないのだが優秀な駆逐艦。睦月型の長月と菊月。彼女たちは球磨と多摩の言うことはよく聞く。そして、連携が素晴らしく、多くの武勲をあげている。上郷提督と大本営に行った時は、多くの提督が睦月型なんぞ弱くて使えないと言う言葉を耳にし、使えないと思っているのは自分たちで運用がヘタクソなのでは?と思ったものだ。佐世保の睦月型は練度も高く、実力がある。その中で特筆して高いのが長月と菊月だ。ただ、球磨と多摩以外の言うことをあまり聞かないほど妄信しているところが玉に瑕である…。
どちらかと言えば球磨と多摩は戦闘面では難はあるが問題はない。問題なのは鎮守府内での風紀の乱れだ。何がと言えば…大本営のセクハラ職員をそのまま移植したかのようなその手癖の悪さである。
「ゲヘヘヘ…阿賀野はいい乳してるクマねぇ…」
「にゃっにゃっ!この尻とふともももいいにゃ」
「腹もいいクマねぇ…」
「やぁん、球磨さんと多摩さん、くすぐったぁい」
「球磨さん!多摩さん!!!また阿賀野姉にセクハラして!!!!いい加減にしなさい!!!!!きゃああああ!!??!」
「ゲヘヘヘヘ…矢矧もいいクマねぇ…!」
「阿賀野型ムチムチフェスティバルだにゃ…!」
「やめろおおおお!!!!!」
矢矧も餌食になる。ちなみに能代はなぜか回避能力が高い。龍田には絶対に仕掛けない。
「あー?龍田?龍田は提督の嫁だからやらねークマ。あと愛宕も」
「龍田にセクハラなんぞしたら腕を切り落とされるにゃ」
「なら私たちへのセクハラもやめなさいよ!」
「おめー極上の乳がそこにあるのに触らねえのは失礼だクマ」
「阿賀野型のケツは最高だにゃ。だからこれからも揉むにゃ」
「~~~~~~~!!!!!」
こめかみの血管がブチギレそうになりながも矢矧は彼女らを止めることができない。彼女らにストレスを抱えさせ…ガス抜きができないとなると何をしでかすかわかったものではないからだ。矢矧と能代は泣く泣く…阿賀野姉を差し出して…そして自分たちも揉まれることになった。能代はげんこつを食らわせているが、自分は…どちらかと言うと恐ろしくてできない。これもため息を吐く原因の一つ。
「「はあ…」」
いつの間にか隣では能代がお茶を飲みながらため息を吐いていた。
「能代姉…?」
「矢矧…聞いてよ…」
この鎮守府最大の問題と言ってもおかしくないのは提督ではないだろうか。姉である能代が提督のことをブチブチと言っている。能代がここに来た理由は龍田、葛城、愛宕。彼女たちは提督の妻なのだそうだ。それも、提督と艦娘が深い絆を結び、能力の底上げをするケッコンカッコカリではなく、人間の夫婦と同じくケッコンガッコガチなのだそうだ。そのため、3人の艦娘は大本営支給の指輪ではなく、プラチナにダイヤがあしらわれた指輪をつけている。そして…どういうわけかはわからないが生理と言う人間の女性にしか起きない現象、子を作ることが可能。そう横須賀鎮守府の明石から説明を受けている。正直何を言っているかわからないが、龍田たちは月に一回、生理と言う女性器官から血が出てきてしまう。実際に見てしまったからには信じるしかない。
「夫婦の時間だから出てけですって!執務だってまだしっかり終えていないのにもう…!!!」
矢矧が前線で戦う艦娘ならば、能代は執務…事務を支える要だ。鹿屋基地の頃から提督を支え続けたベテランで、事務に関しては能代に敵う者がいない。頭脳として活躍している望月も書類はできそうだが、彼女は提督との盟約で前線で指揮をし、活躍すれば鎮守府内ではダラダラしてもいい。そう言う取り決めであり、これを破ると望月はおそらくテコでも動かなくなってしまうと言う曲者である。こればかりは能代や矢矧、長門が何を言っても変わることはない。提督も望月の性格をわかっているからこそ何も言えないのだ。
「それにまた阿賀野姉に服を買ってあげてるのよ!?阿賀野姉を甘やかしすぎよ、提督は!!!!」
「また買ったの!?提督、阿賀野姉に甘すぎない!?」
阿賀野が洋服のカタログを持ってきて「提督さん、阿賀野このお洋服がほしいな~」と、のんきに入室。
「ああ?どれだ、見せろ」
「これこれ~。かわいくない?」
「お前最近オフショルダーにハマってんな。まあ、悪かねえな。採用だ」
「ちょっ?!」
「わぁい☆提督さんありがと~☆」
「提督!この間もワンピース買ってあげてましたよね!?阿賀野姉のクローゼット、もうパンパンなんですけど!?」
「妖精さんに頼めば改築して増やしてくれんだろ。妖精さん、頼めるか」
「おまかせください。おほしさまはきたいしてもいいですか?」
「ああ。一番いいやつをやる。頼んだ」
「まかされた!!!みんなーーー!おおしごとだよーーー!!」
「「「わあああああああ」」」
そう言って喜んで阿賀野の部屋へと向かっていった。横須賀から流れてきた妖精さんが大いに仕事をしてくれると言って刈谷提督は満足している。玲司から金平糖(いいやつ)をあげると喜んで仕事をするし、服だって作ってくれるし改築増築まであっという間にやってくれる。横須賀鎮守府はもはや玲司が退役するまでは艦娘のリラクゼーション施設のようにまでなってきている。
「わぁい!これでまたお洋服やスカートがいーっぱい買えるねっ☆提督さん、阿賀野…このオーバーニーソックスがほしいの~」
「ついでに頼め。取り寄せてやる」
「やったー!」
「却下よ!!!て・い・と・く!!!!」
「なんだ、龍鳳のモノマネか?似てねえぞ」
「違います!!!!阿賀野姉を甘やかさないでください!!服にお酒に…!」
「いいじゃねえか。やるべきことやってる奴がほしいもん申請するくらい別にいいだろ。如月もこの間ワンピースおねだりしてきたから買ってやったぞ」
「………」
「球磨と多摩もよくやってるからな。15.5cm三連装砲改二を最大まで改修したやつを作ってやったぞ。それから長門も阿賀野と同じ服を買ってやった。卯月のイタズラ用のおもちゃはさすがに却下したけどな。
「で?お前はなんかほしいのねえのかよ。お前だってここで事務仕事よくやってんだからよ」
「……提督、頭でもおかしくなったんですか?」
「よし、お前には何も買ってやらねえ」
「わああ!ほしいです!私もジーンズがほしいです!最近…ちょっとおしりが…」
「えー?能代も阿賀野のこと言えないじゃない!」
「うるさいわね!!」
……
「ってことがあって…」
「私も靴を買ってもらったわね…ああいうのって経費で落ちるの?」
「…提督の自費よ」
「えっ?能代姉、今なんて…」
「自腹よ。提督の自腹で阿賀野姉の服やお酒、みんなのほしいものを買っているのよ」
「は?は????」
矢矧はさすがに開いた口がふさがらなかった。何をやっているの…あの人は…と言うか、阿賀野姉に甘い理由って…もしかして阿賀野姉を龍田さんたちと同じく…ケッコンガッコガチを目論んでいるんじゃ…。
特に提督は意識はしていないがこの頃阿賀野のアプローチが激しいらしい。つまり阿賀野姉は…提督を…嘘でしょう…?
「……阿賀野姉、提督と夫婦になるかもね…」
「嘘よね能代姉…!?」
「私は執務室にいるからね…龍田さん達の話をよく聞くのよ。そしたら…もう阿賀野姉のために指輪を作ってるって話をしてて」
「な、あ…」
口をパクパクさせて矢矧は言葉を紡ぐことができなかった。あの姉がお嫁さんに…?喜ばしいのか…何だかわからない。矢矧も能代も麦茶をグイッと飲み干して、また大きなため息を吐いた。
……
「えー?提督さんと阿賀野が~?」
「そ、そう…もしかして…提督に何を言われたの…?」
「指輪を作っているって聞いたけど…」
夜。能代から聞いていた話を阿賀野に問うてみた矢矧。どういうことなのか…ケッコンガッコガチ…駆逐艦たちの間でもなぜだか阿賀野姉の話でもちきりだったのだ。
「司令官に結婚を申し込むだなんて…阿賀野さんって積極的だわ~」
「司令官も断らなかったって話にゃし!」
夕食の際、その話が耳に入って矢矧はお茶を噴き出した。
「矢矧?どうしたの?」
「ゲホッゴホッ…い、いえ…なんでも…」
阿賀野は聞こえていなかったのか、気にしていないのかパクパクと唐揚げを食べている。お腹のお肉が気になっちゃーうとか言いながらも夕食の食べる量は減らしていないのが阿賀野である。自分の話をしているのよ!?と言いたくなったがここで騒ぎにはなりたくない。
「あ、矢矧~。今日は背中を洗ってほしいな~」
「ちょ、自分で洗ってよ!」
「はーい!はいはいはーい!うーちゃんが洗うっぴょん!!」
「え~?そう言って卯月ちゃん、冷たいお水かけるから嫌~」
「ぴょん!?」
「なら…弥生が…洗います」
「弥生ちゃんならかんげーい!」
「弥生~。球磨ちゃんが洗うから任せるクマー」
「ヒッ…は、はい…」
「阿賀野姉!私が洗うわ!私に任せて!!!」
球磨さんなんかに任せたらただただ胸を揉まれるだけ…!
「チィ…生乳がぁ…」
「ついでに生ケツもだにゃ…プリケツにゃあ…」
やっぱりいた!多摩さんまで!!球磨が胸。多摩が尻。彼女らはいつもセットだからだ。
「わぁい!矢矧ありがと!」
こうして矢矧と阿賀野は風呂に入り…「念入りに洗ってね!」と、なぜか念入りにとお願いされたのだ。疑問には思ったがここも球磨と多摩が阿賀野をガン見している。油断できない。ここでもゆっくり語らうことができなかった。
そうして自室で話をすることになった。姉の話だからか能代も自室からやってきて話を聞きに来たのだ。
「うーん…提督さんにはあんまりしゃべるなって言われてるんだけどぉ…」
そう言って阿賀野はモジモジと顔を赤らめている。まさか…本当に…。
「えへへ…阿賀野ね?提督さんのこと、好きになっちゃったの…」
「な、あ…」
「あの悪鬼羅刹を…」
「むぅ!提督さんはそんな悪い人じゃないもん!優しくて…いい人だもん!」
真剣な表情で…最後はまた顔を赤らめて嬉しそうに言う。そこから阿賀野は刈谷提督のいいところを延々と語りだした。知的で、優しくて、お酒の知識が豊富で、ファッションセンスが良くて、戦闘が終わったらいっぱいほめてくれて。そう言って幸せそうに語る阿賀野。
「それでね?龍田さんがいないときにね…?提督さんと…キスしちゃったの!」
「「はあ!??!?!?」」
それは能代と矢矧に大声を出させるのには十分だった。キ、キスしたぁ!?と。阿賀野は両手を頬にあててまた顔を真っ赤にしてやんやんと幸せそうに蕩けた顔をしていた。
「それでね!それでね!!阿賀野も…提督さんのことが好きになっちゃったからぁ…龍田さんや葛城さん、愛宕さんみたいにしてほしいなぁ~ってお願いしたの!」
「な、ああ…」
「あ、あの阿賀野姉が…て、提督を…さんざん怯えていたはずなのに…」
能代の言う通りである。しかし、そういえばここ最近は服を脱ぎ散らかしっぱなしだったり、お菓子を食べっぱなしだったりしていない。クローゼットもしっかり整頓されている。矢矧や能代の小言も減った。怒ると言えば阿賀野の洋服や下着が増えたこと、提督がお酒を振舞ったり服をポンポン買うことに対する小言のほうが増えた気がする。
「えっとね?提督さんってきれい好きなんだって。だから、阿賀野もお掃除や整頓をして、もうだらし姉なんて言わせないようにしてぇ…提督さんに嫌われないようにしなきゃって!!提督さんがそう言ったの!阿賀野…提督さんにふさわしい女の子になりたいの!だから、最近買っているお洋服も下着も…提督さんの好みに合わせているの…いいじゃねえかって言われるのが…えへへ、とーーっても嬉しいの!!!」
あの提督…!!!いつの間に姉を自分の好みに染めているのよ!!!
「それでぇ…告白しちゃったぁ☆そしたら、そしたらね!えへへ…じゃあ結婚するか、って言ってくれたのぉ!!!!」
たたみをバシバシ叩いて喜びを隠しきれない阿賀野のテンションは最高潮である。一速飛びしてるわよ提督!!!!そこはまず健全なお付き合いをしてデートを繰り返して絆を深めるところから始めるものじゃないの!?いきなり結婚って話になって指輪まで用意してるですって!?
「そ、そうなの…提督…阿賀野姉を最近お気に入りだったものねぇ…」
「の、能代姉!?」
「阿賀野姉が提督のことを好きって言うなら…それはお祝いすべきことだわ…」
「え、ええ…」
「能代、矢矧…こんなダメダメなお姉ちゃんだけど…提督さんと幸せになっていいかな…?」
「もちろんよ。阿賀野姉。提督と仲良くね。それから、龍田さん、葛城さん、愛宕とも仲良くするのよ」
「そうね…私たちにそれをダメと強制する権利はないわね。阿賀野姉、お幸せにね」
「能代…矢矧…ありがとうっ!」
そういった時の阿賀野の笑顔は本当に幸せそうだった。そして…阿賀野姉ってほんとうにかわいいわねぇ…と矢矧は思う。天真爛漫でかわいらしい。そして、お洒落で。
「ああ、だからってお酒の飲みすぎには気を付けてよ?阿賀野姉、酔うと絡んできてめんどくさいんだから」
「ええ!?能代それひどぉい!」
「そうね…脱ぎだすし…」
「うう…気を付けるもん!」
「そうしてちょうだい…さ、そろそろいい時間ね。寝ないといけない時間よ、阿賀野姉。今日は姉妹水入らずで一緒に寝ましょうか」
「あっ、ごめ~ん能代~。今日はちょっとダメなんだ~」
「ええ?先約があるの?睦月ちゃんたち?」
「ううん、提督さんと!」
「は?」
「え?」
「えへへ…提督さんと一緒に寝るの!龍田さんにね、言われたの!提督さんって…とーっても優しいから、初めてでもすっごいよって!初夜ってやつ?」
のしろとやはぎは めのまえがまっくらになった。
「じゃあ、阿賀野、出撃よ!下着はぁ…提督さんの好きな色!紫に黒いレースがついているの!上はベビードール!よしっ!」
「「よしじゃない!!!」」
「じゃあいってきまーす!」
「ああ!阿賀野姉!待ちなさい!!!!」
「あ、阿賀野姉が遠い所へ…」
2人はただただ呆然として阿賀野が出ていくのを見送ることしかできなかった。
……
「はああ…」
翌日、やっぱり食堂で大きなため息を吐いて朝の紅茶を飲む矢矧…ここの食堂の紅茶は茶葉にもこだわりがある。だからおいしい。だが味を楽しんでいるどころではない。
「阿賀野ちゃ~ん。昨日はどうだったの~?」
「えへへっ☆阿賀野、最初は痛かったけどぉ…ず~っと提督の名前叫んじゃって…」
「あ、それ私もわかるわ!頭がパチパチして…提督~って言うしかできないのよね」
「そうすると~、提督ってキスして口ふさいでくるのよ~。それがまたお腹が熱くなっちゃってパンパカパーンってなるのよねぇ♪」
「3人の言ってることわかる~!阿賀野もパンパカパーンって何回もなっちゃった!」
「その言い方ってどうなの…?」
「うふふ~♪新しいお嫁さんが増えてよかったわ~♪」
阿賀野の左手の薬指には指輪が光っている。はあ…まあ…幸せな夜を過ごせたのならいいわ…そうでない…襲われる艦娘も今はいなくなったけど横行してたって言うしね…。
「矢矧。おい矢矧。聞いてんのか」
「はっ!?提督?どうしたの?」
「お前に話がある」
「はあ!?」
え、ええ!?大事な話なのかしら!と矢矧は慌てた。ダメよ!阿賀野姉とした後なんでしょう!そこで私もだなんて!と矢矧は身構えた。
「何だ、お前も阿賀野と同じになりてえのか?」
「違うわよ!!!!あなたのことは尊敬はしているけど恋愛感情は…!」
「クックック…そうか。まあ、それでいい。これ以上は嫁にもらう気はねえからな。それよか、お前への話なんだが」
「え、ええ…」
やっぱり…意識しちゃう…けど…違うのよね?と矢矧は念を押す。
「上郷の爺が暇だから博多に来たんだとよ。で、久しぶりにお前と話がしたいんだとよ。お前がいいってんなら、今から爺さんに電話して博多へ向かう準備するんだけどよ。ま、お前が行かねえって言っても俺は話があるから行くけどな」
「い、行く!行くわ!おじいちゃん…元気にしているのかしら」
「ふっ。それなら爺さんも喜ぶ。じゃあ準備してこい」
「え、ええ!!」
矢矧は嬉しそうに食堂から自室へ戻り、私服に着替えた。しばらくぶりの上郷提督。おじいちゃんと慕っていた恩人に会うことを楽しみにするのだった。