臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について   作:トロ

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第二十二話【人】

 

 ダン・ダーレンダンは、孤高であり孤独の天才だった。

 常に傲岸不遜、他者のことなど眼中になく、己が思うままに生き続けてきた彼だが、その本質は誰にも理解されない天才故の虚しさだった。

 鋼という真理を得てから数十年。打ち続けた武器を振るうにたる戦士を探し続け、あるいは自分を上回る鍛冶師を探し続け、そして結局この世界には一人たりとも彼の境地に届いた存在は現れなかった。

 はっきり言ってしまえば、メイルはおろか宗司ですら結局のところ及第点というだけであり、ダンの武器を担うに足る器としてはまだ未成熟でしかない。現に宗司は未だ彼の全てを注いで作り上げた繋という刀を十全には使いこなせておらず、至った境地という点ではダンの遥か下でしかない。

 それでもダンは宗司を選んだ。この世界でも頭一つ以上抜けた戦士としての技量ではなく、尚も成長し続ける彼の未来を信じて刃を練り上げて託した。

 ダンはそこで満足した。いずれ宗司が至ったその時を見届ければいいと、無意識にそんなことを考えて彼の旅に同行することを提案もした。

 しかし。

 だが、しかしダンは欲していた。

 希代の鍛冶師の技量を全て注ぎ込んだ一刀を十二分に操れる戦士を、そのためにメイルの刃を作った後に人知れず彼は一本の刀を打ち終えていた。

 宗司に打った鋼そのものの刀とも違う。

 メイル打った担い手と共に成長する刀とも違う。

 ダンが打った三本目の刀は、呪い(・・)とも呼べる異形の刀だった。

 何故、打ち終えた刀がそこに至ったのかは彼にも分からない。だがダンをして恐ろしいとすら思ったその刀を、ダンは空間魔法の応用で懐に仕舞い――封印してから、宗司達と共に戦場へと訪れ、醜い殺し合いを一望できる場所で気分よく酒盛りをしていた。

 だがそんなダンの悪趣味な酒盛りは、僅か数分もせずに破綻する。

 

「こんにちは、お空が消えたお爺さん。そうやって自分ごと酔いしれた今が、真実に等しい嘘っぱちだと分かっているのかしら? それとも、頑なに首を逸らしながら、甘いお菓子を宝箱に隠しているの?」

 

 何故ならその時、彼は遂に出会ってしまったのだ。

 人の極みと呼ばれる狂気。際限なく狂い続ける珠玉のガラクタ。

 口より語られるのは悪意のない理解不能な言語の羅列。鈴を鳴らすように儚い言の葉を紡ぎながら、ダン・ダーレンダンの背に、狂気という名の終わりが追いつく。

 

「だけど本当は、後ろが前のめりになるって知っている? 本当よ、真下って実は真横の左側にあるの。でも右側が真上ではないから、貴方の嘘は真実の反対。一秒後が本物を笑うから、天才って一秒前に真正面が後ろになるのね。あはは、驚かないで可愛い可愛いお爺さん、その指先が汚いなら、隠した小さな宝石は(はらわた)の蛇口から流れる糞尿で洗うにかぎるわ。でないと、三つの心臓が澄んだ瞳に流されてしまうもの」

 

 ダンが耳朶を擽る柔らかい女の声に振り返れば、そこにはいつの間にか幼い顔立ちの少女がいた。

 数分前に追いはぎにでもあったかのように、襤褸を一枚羽織っただけのか弱く儚い少女である。だが自身の服装など気にも留めず、腰まで伸ばした黒髪を血潮の香りと共に流れる血風にたなびかせ、声と同じく柔らかい微笑みを浮かべた少女は、ゆっくりとダンの傍へと歩み寄ってくる。

 一見すれば吹けば飛びそうな少女は、別に容姿が美しいわけではない。幼い顔立ちのおかげで可愛らしくは見えるが、眼鼻は大きくも小さくもなく、体も肉付きが足りず髪が長くなければ少年と勘違いしたかもしれない。

 良く言えば中性的、悪く言えば没個性的。その少女は擦れ違う誰もが一瞥することも無い存在。

 だからこそ、ダンはその異常なる才覚を一見しただけで見抜き、言葉を失っていた。

 

「そうやって今を唾棄するのはとても容易いけど、もしもと思い描くのはいつだって曖昧な絵空事ばかり。だって、ハミングバードの嘴が腐肉を貫くのよ? その空虚が時に世界を彩り、形を偽ることもあるわ。右手はいつだって裏切りの証明ね、私は本の奴隷でいればよかったのに、現身(うつしみ)は膨らんだシャボン玉。心に羽が無いから、両足を杭で貫いたの」

 

 何も語らないダンの隣に、小さい体をさらに小さくするように体育座りをした少女は、膝の上に乗せた顔を横に傾けて、眼を剥いて唇をわななかせるダンを見上げている。

 その眼に、ダンは吸い込まれるような心地だった。

 

「だから貴方は私に似ているのね。今よりずっと前の前の未来のお話よ、口づけをするよりもほんの少しだけ遠く離れたこことそこで、呼びかけても届かない記憶を思い起こすもう一度が今に訪れた。いやね、私は大っ嫌い。

 彼らを呼んだのは彼女だけど、私を呼んだのはきっと貴方。月が三日月を描いても円であることに変わりないというのに、粘膜に焼き付いたのはいつも三日月。だから空虚に伸ばした指先がガラスをそっと擽って、引き伸ばされた窓越しの水滴が本物の私なの。

 ごめんなさいね哀れなお爺さん、貴方の過ちは正解を願ったこと、それは満たされた致命傷で、俺に素敵で私が嫌いな白昼夢でしかないわ」

 

 暗愚ですら理性を取り戻す空虚なる無限の器の如き瞳である。紡がれる全ての言葉に悉く意味が無いというのに、まさしく言葉よりも雄弁にその瞳が女の全てを物語っていた。

 

「ねぇお爺さん。貴方の全てを俺が斬るけど、だからって私の右側を見ていたところで赤色は記憶に注がれるわ。悲しいことよ、ただ草原を走る一瞬を永遠にしたかっただけなのに、どうして眠りはいつだって夢の向こう側を手招きするのかしらね?

 ううん、ホントは分かっていたのよ。一番最初を忘れられなくて、独りよがりな左目は、弱くてつまらない右目を十一回かけて潰したの。水晶体から体液が溢れる度に、ちっぽけな私は幼女のように泣いてみせたわ……。

 止めて。

 止めて。

 私が願ったのはこんなことじゃないのに。

 なんて。

 いずれも全部、くだらないって咀嚼されたわ。おかしいわよね、家畜の香りがする呼気だって意味を持つなら、意味の無い想像も象られる曖昧でしかないのに。ふふふ、嘘よ、全部嘘っぱち。夜空は遠いし、裸のままじゃ寒くて泣いちゃう。でもね、美味しいパンケーキは苺を乗せるまでお預けなの」

 

 だからとっても残念と。まるで要領を得ない言葉を一方的に告げた少女は、乞食のように汚れた掌をダンへと差し出した。

 その手が何を欲して伸ばされたのかダンは何も理解出来ないはずなのに、ダンは即座に理解した。

 

「私は斬りたくない」

 

 不意に、少女はこれまでの意味不明な言葉ではなく、たった一言、己が欲求を口にした。そしてそれは、言語と行動が一致しない矛盾した行為であった。

 存在そのものすら曖昧だったのから一転、鋭い眼光でダンを見据える少女から発せられる威圧感が存在しない(・・・・・)

 それが、ダンには不気味だった。こんな眼球の持ち主が一般人程度の存在感しかない事実が異常そのものだった。

 

「ッ……お前はこいつを」

 

 それ以上に、ダンは自分が作り上げたあの刀をこそこの少女が欲し、あるいは拒絶していることを察して言葉に詰まった。

 何故、誰も知らない三本目の存在を知っているのか。いや、理由など必要あるだろうか? 今、ダンに手を伸ばす少女が秘めた狂気こそが、ダンが完成させた究極と引き寄せられる必然なのだ。

 だが、だからこそダンはゆっくりと立ち上がり数歩距離を開いた。

 

「理由は分からねぇが……お前に俺のとっておきを渡してやる義理はねぇよ」

 

 この女に渡してはならない。

 本能と理性が既に結論を出していた。一目で見抜いた狂気の奔流が、この世界全てを台無しにする悪夢なのだ。

 

「そう、そうね……ありがとう。ありがとうございます。過ちばかりの悲しい貴方、だけど最期に大正解。貴方の指で紡いだ昨日が、私の明日を掻き消した本当の嘘つきね。もう私はこれで――」

 

 そして、それをダン以上に理解している少女は手を差し伸べた状態で頭を地べたに突っ伏して感謝を露わにし――。

 

「斬るのです」

 

 少女とは違う声が突っ伏した頭越しにダンへ届いた。

 

「何度も言いましたが、俺を呼んだのは彼女の剣で、私を呼んだのは貴方のソレよ。お願い、手を切って、指切りに嘘はつきもの。本物が偽物の俺だ。貴方は私ね。誰かしら? 呼んでいるんだ見たくないもの。斬ることに理由がいるか、いつも口だけ、私は俺を裏切って、俺の終わりはここでしかない。そこに行くのは私だけで、いいえホントは私が正直な嘘つきなだけ。ただ正直でありたいだけなのです」

 

 直後、手を伸ばす少女の体が小刻みに震えだし、紡がれる言葉が高音と低音に、いや、女と男の声を繰り返し始めた。

 

「俺は斬りたいだけの私は嫌よ。私がおかしいのは俺の正しさを軸にしているというのに、薄っぺらな私は言葉だけで逃げ続けても俺が私に在るだけなの。理解してとは言わないわ。だって、愛してほしいとすら言わないようにしているから。そういうことを俺は愚かだと言っているんだ。酷いわ、だから私は大っ嫌い。私は俺が大っ嫌い」

 

 それはもう見るに堪えない異常者の姿だった。気狂いと、精神を病んでいると、関わるべきではない狂気の在り方だというのに、ダンは眼が離せなかった。

 相反する存在。白と黒、陰と陽、男と女、狂気と正気。その全てをたった一つの肉体に内包した狂人の姿があまりにも醜くて――嘆息するほど、美しい。

 

「……大っ嫌いだけど、私の俺は綺麗でしょう?」

 

 そして少女だった青年は静かに立ち上がり、襤褸の中に隠されていた錆だらけの刀を引き抜いた。

 

「申し訳ありません。ですがこれが、俺なのです」

 

 錆びついた音色が響き渡る。

 旋律を聞き届けたダンは、その音色を耳に響かせて――。

 

 

 

 

「……あ?」

 

 眼を覚ましたダンは、静寂に包まれた戦場を見渡せる崖の上で首を傾げた。

 手にした酒瓶はすっかり中身を全て地面に吸わせ、肴にするはずだった戦いは終わっている。

 人族も、魔獣も、魔族も――修羅外道も。

 死んだか、逃げたか。あの戦場で激突していた者達はもう居ない。戦いの跡地に残るのは、見渡す限りの死骸と、濃密すぎる血と臓腑と少々の火薬の臭いが混じった不快な香り。

 

「ちっ……俺としたことが寝ちまったのかよ」

 

 持参した酒も零してしまっていいことがない。戦いすらも見逃してしまうとは自分も随分と耄碌したものだ。

 だがいつまでも後悔しているわけにはいかない。老い先は短く、やり残したことは多々ある。

 ダンは酒瓶を放り捨てると、変な体勢で寝たせいで凝り固まった体をほぐしつつ立ち上がり――顔を歪めて首筋をなぞった。

 

「あぁ、クソッタレ――」

 

 なぞった指先に付着した赤色で全てを察したダンの視界が、突如地面に向かって落下する。

 遅れてもう一つ、どさりと地面に落ちた肉塊の音を最期に、彼はもう二度と、起き上がることはなかった。

 

 そうして、この戦場からは全てが居なくなった。

 誰も、誰であっても、死地こそ望む修羅すらも。

 誰も。

 誰も彼も。

 いや、あるいはきっとと、そんな願いを血潮に託して――。

 

 

 

 これより語るのは、とある物語の最低極まりない終わりである。

 

 

 

 

 

「青、山?」

 

「はい、よろしくお願いします。よければ貴女の名を伺っても?」

 

「……ナイル・アジフです。今後ともよろしくお願いいたしますわ」

 

 人の腕を斬り飛ばしておきながら平然と挨拶をする青山に対して、流石のナイルも普段の飄々とした態度はとれずにいた。

 それほど、青山と名乗った男が放つ気は異質なもの。刀を手にした刀とも呼べる人間の不気味さは、彼女自身も含めたあらゆる異常者を常識人に貶める程である。

 これがかつて僅かに旅を共にしていた時、宗司が語った修羅外道の正体。何の因果か、あるいは何の理由もなく(・・・・・・・)現れたこの男に対してどうすべきか。

 音もなく現れ、三人の修羅による必殺を容易く掻い潜り、それどころかハットリとナイルに戦闘不能の反撃を与える戦闘力はただそれだけで脅威だ。

 そして、だからこそ彼女は幾重にも被っていた仮面の内側、唯一無二の無貌の顔で青山を見据え。

 

 ――あぁ、こいつか。

 

 ――こいつを殺せば私の幸運(地獄)は……。

 

「貴女は面白い人ですねアジフさん」

 

 その思考を全て見抜くような青山の一言に、ナイルは心胆すら凍り付く心地だった。

 まるで身ぐるみを剥がされたうえで嘗め回されるような不快感。しかし、腸すら視姦する視線を受けてもナイルは決して折れない。

 むしろ、それでこそと内の黒い炎をさらに燃え上がらせ、凍り付いた心を再び奮い立たせる。

 

「あら、一目惚れですか? ふふ、残念ながら私、女性にしか性的興奮を覚えませんので口説かれても困りますわ」

 

「いや、その……そういうわけでは……」

 

「ではまさかからかったので? 青山さんは酷いお人ですのね。いたいけな女性の心をそうやって弄ぶのですか」

 

「う、むぅ……」

 

 そういうわけではないのだが、弁舌では敵わないとみて青山が口を噤んで押し黙る。

 

 ――会話は苦手。だが突破口にはならない。

 

 どうにか取り繕った余裕の裏側で冷徹に青山を観察する。この僅かなやり取りで青山を図ろうとしたが、どうにも意味があるとは思えなかった。それと言うのも、こうして会話していても青山から感じられる斬撃のイメージが微塵も拭えないのだ。

 

「こやつに何を語ったところで無駄だよナイル殿」

 

 青山から一瞬たりとも視線を外さずに、宗司はこの男に何かを求める無意味さを語る。

 

「呼吸しながら斬り、食事をしながら斬り、人の尊さを、善性を語りながら斬り、人の醜さ、悪意に憤り、悲哀に涙しながら斬り、愛を語り、そして斬る……地獄すら生温い。人の身でなんて様を晒すのか」

 

「それが俺だ」

 

「そら見ろナイル殿。この男はコレだ。成り果てた畜生だよ」

 

 青山を前にして宗司の表情はこれまで見せたことがないほどに険しいものとなっていた。

 胸中を苛むのはありとあらゆる感情だ。自制心なんて五秒前には消え失せていた。表面上、辛うじて冷静を装っているが、歪んだ顔は既に臨界寸前。発露を待つ激情を、それでも抑えつけたのは、遂に巡り合った怨敵へ伝えたいことがあったからだった。

 

「なぁ、師匠。だから俺は強くなったよ。先生を殺したお前を斬って、その先に進むためにな」

 

 あるいは、伝えたいのではなく違えないための宣誓だったのかもしれない。

 宗司の歩みはここで終わらない。ここを間違えれば、そこが終わりなのだ。道の終わり、可能性の終点。

 つまりは、目の前のこの男に成り果てるのだと。

 

「……そうか」

 

 だが宗司の決意を聞いた青山の答えは冷めた鋼鉄のように感情がこもっていなかった。そんな些事などどうでもいいと表情すら一切変えずに佇む姿にに、宗司は乾いた笑みを一つ浮かべた。

 

「……ハッ、相変わらずお前はつまらない男よのぉ」

 

 しかし、それがこの男だった。

 善人のような言動を行いながら、その実自分のことしか考えていないのが青山という男である。

 

「俺は、俺だ。これ以外の何者でもない」

 

 言って、青山が掲げたのはナイルの腕とハットリの胸部を裂いた漆黒の大太刀だった。その威容を見て、知らず宗司の頬を汗が一筋流れる。それは、刀という形をした斬撃現象とも呼べる大太刀だった。

 斬るために斬る。ただそれだけの狂気は、宗司の手にした繋に似ているようでその在り方はまるで逆であった。

 

「――彼はこれを、断斬(たちきり)と名付けていたよ。まるで俺みたいな刀で、だから俺もこれなんだ」

 

「……」

 

「これでしかないんだよ、宗司」

 

 宗司が繋によって果たす、人の手による斬撃ではない。

 それは斬撃の手による人の業。目的と手段が反転した人間の究極。青山と呼ばれる男が見出したたった一つの解答。

 

「斬るんだ」

 

「ッ……」

 

「当たり前だろう?」

 

 そう言って酷薄に笑う青山の眼には、理解者を得られたことによる多幸感で満ちていた。

 いつ振りの奇跡を噛みしめるように。あるいは、数年ぶりの好敵手を喜ぶように。

 

「……それにしても残念だ。どうやら少し割り込むのが遅れてしまったらしい。これでは成長した君との果し合いは叶わない」

 

 だが今の宗司はナイルとハットリを相手取ったことによる負傷で万全とは言い難い状態だった。体に刻まれた打撲と裂傷の痕、特に肩を潰されたことでまともな体調とは程遠い。

 この状態では真っ当な戦いなど望むべくもなく、突如として現れた青山という男が秘めた戦闘力を鑑みれば一方的に戦いが終わることは明白だった。

 

「ホント、残念だ」

 

「『大いなる慈愛の歌声よ、罪深き我らの業を払いたまえ』」

 

 今にも爆発しそうだった青山と宗司の気に割り込むように、美しき旋律に乗った慈悲の手が宗司の全身を包み込んだ。

 瀕死からすら即座に回復させる治癒魔法の最奥によって、瞬きの間に宗司の傷が癒える。二度と動かないとさえ思えた左肩も万全の状態へとなっていた。

 見れば、いつの間にか聖槍ジムを手に持ったナイルが莫大な魔力を身に纏わせて治癒の波動を宗司だけではなく、自身と倒れ伏すハットリにも注いでいた。

 

「ちょっとしたおぜん立てですよ。あわよくばこのまま貴方達の戦いに参加したかったものですが……」

 

 ナイルの左腕は、傷口こそ塞がったものの二度と取り戻されることはなかった。聖剣と同等の力を持つ聖槍であれば、失われた四肢すら即座に再生させることが可能なことはかつて戦った宗司自身が知っている。

 ならば、それは如何なる魔技であるのか。

 超常という点で言うならば宗司達武芸者の理解が及ばない魔法ですら届かない斬撃の冴え。

 斬られたという事実が覆せない現実。

 修羅外道と忌み嫌われた男の究極が失われたままの左腕に現れていた。

 

「……恐ろしいお方ですこと」

 

 聖槍を再び光の粒子と化したナイルは、未だに意識を失ったままのハットリを肩に担ぎあげ、こちらを一顧だにしない青山へ嘘偽りない賞賛を―あるいは悪意を―送った。

 

「かたじけないな、ないる殿」

 

 語る宗司は決してナイルのほうを見ようとしなかった。

 既に彼の全ては眼前の修羅外道のみに注がれている。一瞬の隙ですら致命傷、隔絶した力の差と底知れぬ狂気の密度は、相対していないにも関わらず、ナイルですら心胆凍り付かせて余りある。

 そんな男へ、手に懐かせたたった一本の棒切れを頼りに、宗司は戦いを挑もうとしている。

 あらゆる全てに対して害でしかない存在を打倒する様は成程、あるいは御伽噺で語られる勇者にすら見えたかもしれない。

 だが真実は悪鬼と悪鬼の食らい合い。いずれが勝ったとしても、どうしようもない人間が残る事実には変わりなく。

 

「あぁ、そうだ……もしも生きてたなら、めいるの回収も頼めるかの?」

 

「……承りました」

 

 言葉を多くは交わさない。

 先程の戦いとは違う。腕を失ったナイルは既に戦いに参加する権利はなかった。だから、ナイルは粛々とその場を後にする。

 別れの言葉すら残すことは無かった。置き去りにする言葉すら、二人っきりの修羅場には不要であると知っていたから。

 

 ――あぁ、でも。

 

 己の足でその場より離脱したナイルは、名残惜し気に遠くなる二人の影に視線を送り。

 

 ――折角なら、私が二人を殺したかった。

 

 ほんの小さな願いの祈りも、巻かれた血潮の風に紛れて彼方へと消え去っていった。

 

 だから、ここからは二人だけの愛しい地獄。

 乾いた風に紛れた影の向こう側、腐食した黒真珠が一対、それ以外ない根幹を成すべく揺れ動くのを宗司は見た。

 

 故に斬る。

 

 刹那、音もない踏み込みと音すら断ち斬る斬撃が宗司を襲った。

 無音の斬撃に対して半ば無意識に反応した宗司の刃が青山の一撃と交差する。もしも手にしていた刀が繋で無かったならば、刀身ごと切断されてもおかしくなかった。

 そしてその疑問は斬撃を行った青山も同様。「ん?」と鍔迫り合いの向こうで首を傾げる青山を、宗司は犬歯を剥き出しにした壮絶な表情で睨んだ。

 

「戯け、易々と斬られると思ったか!」

 

 繋だけではない。宗司が体得した心鉄金剛は無意識の防御ですら行われ、繋だけなら切断されていた一撃を辛うじて防いでいる。

 その事実が憤怒を充満させる宗司の内心に小さな喜びを生じさせた。

 あらゆる全てを斬り捨てることが可能な修羅外道の刃を防ぎ、耐えられるところまで遂に自分は至ったのだ。

 狂気を超えるは人の術理。

 名付けられしは心鉄金剛。言語を超えた究極に、意味と原理を見出し技。

 ならば、此処より先も踏み込める。

 強さの果てがこの男なら、この男を超えた先にこそ本当の極みが存在するからこそ。

 

「お前を超えるぞ、修羅外道」

 

 (術理)よ、(狂気)を超えてみせろ。

 

 




例のアレ

断斬
正式名称は劣化心鉄金剛断斬。敵性存在ガルツヴァイ・ルールカウンターより生み出された心鉄金剛と呼ばれる八本の爪牙が一振りである『刃毀れする憎悪(マッセムト)』の『線を割る』能力の再現を目指して作られた一本。侍エルフが使っている。

というのとは一切関係ない、あくまで名前が一緒なだけの別物。斬るべき鋼としての全てを注がれただけの刀である。それ以上でもなくそれ以下でもないため、それ以外の全てを斬る呪物。






※書き直ししまくったせいで更新が遅れました。とりあえず現状更新できるぶんだけ更新です。今も書き直ししまくりですがご了承ください。すみません。
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