「田所、あれ、見ろよ見ろよ」
「なんすか?」
俺は部活の先輩と後輩の三人で街に遊びに来ていた。今日は土曜で、師範の都合で部活もなかったため、午後から目的もなくぶらぶらとしていたのだ。後輩がトイレに行っている間、それを待っていた時に先輩が前方を指指した。
先輩が指し示す方に視線を移すと、そこには女の子の集団がいた。妙な格好をしている子もいれば、格好こそまともだが異様に派手な髪色の子もいる。ここらへんでは見かけない顔だったから、近くでヴィジュアル系のイベントでもあったのかな、と考えを巡らす。
そんな集団の中にいた一人の少女に、俺の視線は釘付けになった。
茶色いロングヘアに、黄金色の瞳。中学が一緒で、別々だった高校時代も割と頻繁に遊んでいた。忘れるわけがない。
桜内梨子。
俺が好きだった……いや、今でも好きな子だ。
「桜内!久しぶりだな!」
「え、田所君!?」
いても立ってもいられなくなって近づいて声をかけると、桜内はびくっとして俺の方を向いた。あの頃と全く変わっていない、綺麗を通り越して神秘的とも形容できる黄金色の瞳が俺を捉える。周囲の女の子たちが何事だとざわついていた。赤い髪の女の子がモンハンの厄介なモンスター、フルフルのような悲鳴を上げていたが、それどころではない。
「なんでこっちにいるんだ?おまえたしか静岡に引っ越したはずじゃ……」
「この人梨子ちゃんの友達?わー腕太いねえ、すごい!」
桜内が口を開きかけた時、横からオレンジ色の髪の子が話しかけてきた。桜内に勝るとも劣らない容姿のレベルの高さで、サイドの三つ編みと頭頂部に一本だけ飛び出ている髪が特徴的だった。
「ええ、田所君よ」
「私は高海千歌!よろしく、田所君!」
「おっす、よろしく」
「なにかスポーツとかやってるの?」
「部活で空手をやってるよ」
「へえー!道理でねえ!」
高海との会話を終えると、再び桜内が話し出した。
「少し用事があってね、ちょっとの間だけ戻ってきたの」
「田所君知ってる?今梨子ちゃん私たちとスクールアイドルやってるんだよ!」
「マジで!?」
初耳だった。中学では自分のことをやたら卑下して人の前に出たがらなかった桜内がまさかアイドルをやるなんて……同窓会で再会したかつての級友が芸能人になっていたとしたらこんな感じなんだろうな。
「もう!なんで言っちゃうの!あ"~、前の友達に知られるのってこんなに恥ずかしいのね……」
桜内は赤面して頭を抱えた。
前の友達、か。別に今は友達じゃないという意味で言ったわけではないだろうけど、その一言が少しだけ俺の体の熱を下げた。
「照れてる梨子ちゃんかわいい〜!」
高海は赤面していた桜内に抱きつく。
「もー!千歌ちゃんったらー!」
「……!」
その時の桜内が高海を見る目に、野獣の気配を感じた。
野獣の眼光。
俺の親父はこのような気配がある目のことをそう呼んでいる。
俺の親父は、今でこそしがない会社員をしているが昔一部の界隈ではかなりの有名人だったらしく、その界隈から足を洗わなければならなくなった時のきっかけが『野獣の眼光』なんだと、昔語っていた。
野獣の如く、獲物に狙いを定める眼光。
単純に言えば、意中の相手に向ける視線のことだ。なんでこんな大層な名前なのだと親父に聞いてみたところ昔の親父の通り名に由来しているらしい。
俺は父の影響か、普通の人間では察知することが困難なレベルに隠蔽された野獣の眼光を察知することに長けていた。
これも単純に言えば、その本人がどれだけ隠しても誰が誰を好きかが分かるってこと。
そして、桜内の眼は物語っていた。
この、高海千歌のことが好きなのだということを。
……なるほどな。
合点がいった。
中学、そして音ノ木坂にいた頃の桜内は、どんなにかっこいいと評された男に対してもこの眼光を向けることはなかった。同級生の間で人気だったヤツにも、学校一イケメンだと言われていた上級生にも。
ただ、時折、不思議なことに、容姿の優れた女子にその眼光を向けることがあった。野獣の眼光にも度合いというか、レベルがあって、その時はあまり強くはなかったが、今こうして高海に向けているモノはそうではなかった。全力の野獣の眼光だ。
桜内は、本当に高海のことが好きなのだろう。
そう、だったのか。
「......な、なあ!桜内。少し、二人で遊ばないか?積もる話とかあるじゃんアゼルバイジャン」
何か声を発さずにはいられなかった。そうでもしないと、今すぐにでも涙が溢れてきてしまいそうで。男のプライドでなんとかそれに耐え、パッと思いついた言葉を吐き出した。自分でも引くくらいに露骨な未練が滲んでいた。
この、どうにもならない、伝えても無駄と分かっている想いをせめてそれなりのお墓に葬ってあげなきゃ、という使命感にも似た奇妙な感情。
もしこれで二人で喫茶店にでも行って、少しの間話すことができさえすればいい。
それで、おしまいにしよう。
「でも、今は......」
桜内は怪訝な顔をして背後で手持ち無沙汰にしている連れの子たちのほう見るが、それに気づいた巫女の格好をしたグレーの髪の子が微笑んだ。
「少しの間だったらお貸しします!」
桜内の肩をぽんと叩いたその子が言う。
「えっ?」
「うん、行ってきなよ!」
高海も同調した。
「もうこの機会を逃したらしばらく会えないんだから、ね?」
「そう?……なら、行こっか、田所君」
「じゃ、じゃけん夜行きましょうね」
「何言ってるの?今からでしょ」
テンパってヘンなんことを口走ってしまった。それを聞いた桜内がくすりと口元に手を当てて笑った。
そして頭の中で先輩たちとよく行く......というかさっき行ってきた馴染みの喫茶店に向かうことに決める。桜内とも何度が行ったことがある場所だ。
「行ってらっしゃーい!」
背後で、高海たちの声が聞える。
俺は最後に先輩ともうとっくに用を足していた後輩に極めて身勝手な用事で抜けることを謝り、今度飯をおごることを約束してから桜内を連れて喫茶店に向かった。
「明るくなったな、おまえ」
「そうかしら」
「そうだよ」
「あ、いまの田所君の先輩に似てたかも」
喫茶店にやってきた俺たちは注文を終えると、早々に思い出話に花を咲かせた。桜内が転校してからまだそれほど経っていないため、本当にこいつは転校してしまったのだろうかと奇妙な錯覚に陥ってしまう。まるで数ヶ月前に戻ったようだ。
でも、転校してしまったんだな、本当に。
桜内の口から転校した先の話が出るたびに、思い知らされる。
「そっちじゃうまくやってるか?聞くほどでもないと思うけどさ。さっきの様子を見ると」
「それなりにね。スクールアイドルの活動は大変だけど、楽しいわ。とても充実してる」
桜内は微笑む。
「……あのオレンジの髪の子、千歌ちゃんが、地味で引っ込み思案だった私を、変えてくれたの」
「……そうか、良かったな!良い仲間に出会えて」
高海の名前を出す時の桜内の目は、恋い焦がれる少女のソレだった。でも、同時に……なんだろう……諦観?のようなものを感じ取れる。
俺は会話の中で、その正体を探ることにした。
「変わろうがなんだろうが桜内はもともとめちゃくちゃ可愛いんだよなぁ……」
「久しぶりに聞いたわ、そのお世辞」
「俺らん中で桜内が学年一の美少女だってそれ一番言われてたから」
「褒めたってなにも出ないからね」
俺の言葉に対しても全く揺れることがないのに、この諦観のようなものはなんなんだ?
「てかよ、そんなら彼氏ぐらいできてねーの?」
「か……彼氏だなんでそんな!私は、彼氏より……いやなんでもない!なんでもないわ!」
露骨に慌てる桜内。実はあわてんぼうなところがある彼女は時折こうしてボロを出すことがあった。でも、今のでわかった。
そうか。
もう、わかった。
この諦観の意味が。
『好きになる相手がみんなと 僕は違うんだ』
とある曲の歌詞を思い出す。あの曲は、葛藤を歌い上げた曲。みんなとは違う相手を好きになってしまった人の曲。
桜内は、つまり、そういうことなんだ。
そう確信した時、黒い感情が湧き上がってきた。
押せばいい。否定すればいい。そんな恋は成立しない、目を覚ませ。
そう言ってやればいい。彼女の荒唐無稽な夢を壊してやればいい。そうすれば……そうすれば……
「ま、すぐにできるもんでもないよな。そろそろ良い時間だし帰るか、みんな待ってるだろ」
「あ、もうそんな時間?なら出ましょうか」
ダメだ。それだけは。絶対にダメなんだ……
俺たちは会計をして、店を出た。
高海たちと合流する桜内と別れた俺は、やり場のない感情を抱えたまま帰路に着いた。
空は、泣き腫らしたように赤く染まっていた。
「ただいま〜」
仕事から帰ってきた親父の声で目が覚めた。
あの後家に帰った俺は、気づかないうちに寝てしまったらしい。服装は帰ってきてからそのままだった。
「ビール!ビール!っと。あれ、大丈夫か大丈夫か?」
リビングに入ってきた親父が俺の顔を見るなり言ってくる。
「な、なにが?」
「顔がすっげえ白くなってる。まだ灰みたいに燃え尽きる年齢じゃないってはっきりわかんだね」
親父はスーツの上着を脱いで冷蔵庫からビールの缶を取ってくると、対面のソファ座り込んだ。
いつも親父は鋭かった。幼い頃から悩み事があるとこうして指摘してくる。どんなにうまく隠していてもだ。
「俺じゃねえのよ、俺の友達がね」
はぐらかしても煽ってくるだけなので、俺は親父にさっきのことをぼかして話し出した内容としては、好きな子がいるけど絶対に自分に振り向いてくれなくて悩んでるって感じで。桜内のことを話していたつもりなのだが、ぼかしたらなんだか俺の今の状況と同じになってしまった。これでは俺の恋愛相談になってしまう……それはそれでこのふざけているがやる時はやる雰囲気を漂わせている親父にアドバイスをいただきたいような気がしないような気分。
息子のことを興味本位で根掘り葉掘り聞いてくるこのふざけた親父に中学の頃はそれにムカついて反抗していた時期もあったのだが、それすらのらりくらりとかわして軽口を叩く様から敵わないな、と俺はもう諦め切っていた。
「俺もなあ、そういう時期があったよ」
話し終えると、親父がしみじみとした様子で語りだす。
「考えれば考えるほど、自分の想いは伝わらないんだって痛感してさ」
「そん時、親父はどうしたよ」
「―――――野獣」
「えっ?」
「大事だぜ、時には野獣になることも」
「い、意味がわからねえ......」
突然妙なことを言い出す親父。野獣だと?
「つまり、考えても無駄って時には、行動しかないってことよ」
野獣になる。
親父の言葉は妙に心に響く。なんというか、こう、人を笑顔にするというか、とにかく影響力がすごいのだ。
人を笑顔にするってのはさっきスクールアイドルの話になった時に桜内も言っていたような気がする。
「親父ってさ、もしかして昔はスクールアイドルだったの?」
「え、何それは」
引かれた。違うらしい。
その後、疲れていた俺は素早く飯を食って俺は風呂に入って寝たのだがベッドに入ってもなかなか寝付けなかった。桜内のことと、親父の言葉が頭から離れなかったのだ。
桜内......俺は......
そして次の日。今日は普通に部活の練習があったから、8時に起きた俺は学校の道場に向かった。昨日顔を合わせていた二人と、師範を合わせた四人で稽古を行っている。
「......所!田所!」
「っ!はい!?」
「どうしたんだゾ?まるで覇気がないじゃないか」
呼ばれていたのに気づかないくらいに俺はぼーっとしていたらしかった。昨日あったことがまだ頭から離れないでいる。
「何かあったんですか?あのあと」
「いや!なんでもない!さあ続きやるかぁ!」
俺を心配してくれているのか、後輩の言葉はいつもにくらべて棘が少ない。でも大丈夫だ。
桜内たちは今日、静岡に帰る。ああして街中で偶然会えただけでも御の字なんだ。もう、もしかしたら会うことはないかも知れないけど。
「なんだァ田所、気合が足りねぇみてぇだな」
師範が呆れたような表情で寄って来る。
「なんなら俺が直々に組み手してやろうか?」
「ヒエッ......」
二人は師範の圧に気圧されている。圧倒的な実力を持つ師範と組み手なんて、体が粉々になる未来しか見えないのだ。
「......お願いします、師範」
「おい、本気か?」
だが俺は承諾した。返事をするかわりに構えをとる。
「どうなっても知らねえぞッ!」
「ンアーッ!」
構えた師範へ距離を詰め、渾身の上段回し蹴りを放った。
体が粉々になってもかまわない。俺はもしかしたら、一生この未練を引き摺ったままになってしまうかもしれない。そんなのは御免だ。だからこうして極限まで自分を追い詰めて、吹っ切れさせる。とんだ荒療治だ。
師範は俺の回し蹴りに対して左腕を突き出し、受け止めた。肉を叩く小気味よい音が道場に響く。しかしこれで終わりではない。
防がれた蹴り足を引き、地に下ろすと同時に正拳突きを繰り出す。狙うのは腹。しかし防がれる。俺はさらに左の突きを見舞う。それも防がれる。
何度も何度も同じように拳のラッシュを叩き込む。
師範はその全てを一歩も退くことなく捌き続けていた。まるで師範が強大で堅牢な壁のように思えてくる。どうしようもなく強固な壁。決して傷一つつけることもできない、壁......
「オォン!アォン!」
次第に息切れを起こした俺のラッシュの勢いは弱まっていく。
もう、ダメだ。
全く敵わない。
俺は攻撃の手を止めた。酸欠になったのか、意識が揺らぐ。
「――――聖拳 月」
そして俺の意識が完全になくなる寸前、師範の拳が見えた気がした。
「あれ......俺は......」
「ようやく目が覚めたか、バカが」
目が覚めると、俺は畳みの上で寝かされていた。枕代わりのタオルが敷いてあって、先輩たちも近くで座っていた。
「師範......」
「あんな拳で俺を倒せると思ったか」
「田所、大丈夫かゾ?」
「やっぱり昨日なんかありましたね、その様子だと」
「いや、もういいんです。終わった話なんですよ」
「って言うわりには浮かない顔してんじゃねえか。そんなんじゃ練習しても無駄だ。今日は帰っとけ」
「でも......」
「とぼけんな。おまえがノびてる間に三浦から話は聞いた。帰れ。んで行けよ」
え......?
「ちょ、ちょっと待ってくださいよォ!なんで三浦さんが知ってんすか?」
「中学は一緒だったんだし、だいたい察せるゾ。あんだけ嬉しそうな顔で話かけにいくんだもんなぁ」
「僕も聞きました。先輩、なかなか青春してますね」
「つーわけだ。行けよ、田所。その子らは今日で帰っちまうんだろ?」
「ですけど、無駄なんです。俺が行ったところで......」
「オラァッ!!」
その時、師範が突然床をぶん殴った。ぶち抜かれた木片と共に土煙が舞い、それが晴れると仁王立ちする師範の姿が浮かび上がった。
「男がぐちぐち言ってんじゃねえ!お前の親父みてえによ”野獣”になれよ上等だろ!? 」
「師範......」
野獣になれ。親父の言葉を思い出す。
「そうだよ!オリに入れられて本能のままに駆け回ることを忘れたヒトなんかより、よっぽどいいに決まってるゾ! お前は”野獣”でいいんだゾ!」
先輩まで......
「微妙ォ〜にクローズの名言パクってますね……あなたはヒトとしての最低限の知能くらい持ち合わせてくださいよ」
「き、木村ぁ」
木村が先輩を無視して俺へと向き直る。
「でもまあ、その意見には賛成しますよ。田所先輩、なんで勝手に終わらせる必要があるんですか?あなたの普段の図々しさはそんなもんじゃないはずですよ」
「みんな…ありがとうございます…!俺…行って来ます!」
俺は胴着のまま、スマホだけを鞄から取り出すと道場を飛び出した。そして走りながら桜内に連絡をする。
野獣になれ。その言葉のままに、理屈も何もかもを放り出して......野獣と化して俺は走った。
でも、野獣にならなければいけないのは俺じゃない。
きっと、あいつなんだ。
「桜内ー!!」
あらかじめ旅館の外に呼び出してまから、簡単に見つけることができた。
「田所君、一体どうしたの、急に呼び出して」
汗だくで走ってきた俺の姿を見つけて駆け寄ってくる桜内。
「はあ…はあ…おまえ……レズなんだろ?」
俺はいきなり本題を告げた。
「え、ちょ、いきなり何言って」
「……高海が好きなんだよな……?」
「ね、ねえ、ほんとにいきなりなんなの?流石に私もおこ―――」
「いいじゃねえか!好きなら好きでよ!」
桜内の言葉を遮り、俺は叫んだ。
「……なによ、田所君には私の気持ちはわからないわよ!」
やはり、そうなんだろう。激情を露わにした桜内の表情は今まで見たことがないものだった。
「ええ、たしかに私はみんなと違うところがあるわ。女の子が……千歌ちゃんが好き。でも、そんなの、伝えられるわけないじゃない!気味悪がられるに決まってるわ!」
「勝手に諦めてんじゃねえ!」
「うるさい!だったら何?昏睡でもさせて無理矢理犯せばいいの!?」
「ファッ!?…なかなかえぐいこと言いますね」
「レズをなめないで!」
「えぇ.....」
「……伝えられるわけがない……こんな、汚くて、歪んだ想いなんて……私は一生、この想いを胸の内に秘めたまま生きていくしかないのよ……」
桜内は、今にも泣き出してしまいそうなほどに悲しい顔をしていた。
違う。
見たくない。
おまえのそんな顔、見たくないんだ。
俺は―――――
「……きだったんだよ……」
「え……?」
「俺はおまえのことが……おまえの笑う顔が好きだったんだよ!」
「田所君……」
もういい。俺は野獣。
本能のままに、思ったことを、そのまま全てぶつけてやる。
「もともと汚なくて歪んでるもんなんだよ!愛なんて!おいおまえ知ってるか!?世界で血が流れる理由の9割は愛!昼ドラのあんなどろどろした描写こそが愛の真の姿なんだよ!!三浦先輩のケツの穴を見せてやろうか?あまりの汚さに失神するぜ!?いいじゃねえか!気味悪かろうが!レズだろうが!おまえ普段真面目だろ!?たまにはなれよ!獣に!いっちまえ!たとえ同性愛を神が禁じようとなぁ!?いっちまえばいいんだよ!神なんて、必要ねえんだよ!!」
言いたいことが次から次に出てきた。感情のままにそれらを全て吐き出す。言い終わってから、俺は大きく息を吸い込んだ。走ってきたことも相まって、呼吸が整わない。
「田所君、どうしてそこまで……」
「だから、言ったじゃねえか」
息も絶え絶えだったが膝に手をついていた俺は顔を上げる。そして桜内の目を見て言う。
言わなければならない。
「え……?」
「おまえの……嬉しそうに笑う顔が好きだったんだよ……おまえに、笑っていて欲しいんだ……」
後半は涙声になっていた。俺は汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっているであろう顔を胴着の袖で拭った。
少しの間が空き、桜内は言った。
「……ありがとう、田所君。私、決めた。千歌ちゃんに伝えるよ、好きだって」
「桜内……」
「野獣に、なってくるね」
「……頑張れよ」
「……うん」
「あ〜!梨子ちゃ〜ん!いたいた!」
その時、快活な声が響いた。手を振りながら、高海が走ってくる。
おいおい。こんな良いタイミングで来るなんて、あの子はアニメの主人公か何かか?
俺は桜内を一瞥した。桜内は、覚悟を決めように拳を握り締めると、憮然として表情であの子に向かって振り向いた。
「千歌ちゃん、あのね。私、あなたのことが――――」
「田所〜。なんで招待されたライブ行かなかったんだゾ?」
ストレッチをしていると、背後から先輩が現れた。ホームルームで少し遅れて来たのだろう。
「いやぁ、親父と釣りに行く予定があったので」
俺は体を捻りながら答える。
「本当は行くと未練が出てくるからだろぉ?」
「三浦さん、たまに鋭いっすね」
「たまには余計だゾ……」
へこむ先輩を無視して体操を続ける。
「先輩方、そろそろ師範が来ますよ。無駄話はまたあとでにしてください」
「おっ、そうだな」
そうして俺たちは稽古の前の精神統一を始めた。
閉じていた目を開いて、俺は道場の窓から外に視線を移した。窓の外には、今や緑の葉が茂っている桜の木がいくつか見える。
この木が、また桜色になる頃には、この未練は綺麗さっぱり無くなっているだろうか。
そうしたらまた、連絡でもしてみようかな。
俺が、好きだったあの子に―――
おわり