姫補助プレイは世界を救う   作:フォーサイト頑張れ

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Prologue

 Prologue 1

 

 

 

 

「オオオオァァァアアアアア!!」

 

 

 悍ましい咆哮が鼓膜を(つんざ)く。

 威嚇交じりの喜々としたこの叫びは、獲物を前にした強者特有の舌なめずりのようだ。

 化け物の咆哮に、自分は恐怖していると自覚する。

 逃げるべきだ。そう脳が判断するよりも早く、闇夜と濃霧に身を隠すようにその化け物は姿を消してゆく。

 震える両足が、自分は臆しているのだと証明している。

 極度の緊張下の中、化け物の邪悪な気配が脳裏に焼き付いて離れない。

 一体、前世でどのような悪事を働いたら、この未来が待ち受けていると想像できただろうか。

 現世においても請負人という職業に就いている以上、汚れ仕事は免れない。そんな事は百も承知だが、仕打ちにしては随分と過剰という言葉が当てはまる。

 例えるなら死の騎士とも呼べるアンデッドは、少女の胸に突き刺したフランベルジュを抜き放つ。少女の小さな体には聊か大きすぎるその剣は、風穴というには風通りが良すぎる程の空洞を胸に開けてしまう。

 鮮血が迸り、大地に伏せた少女が紅に染まる姿を見て、自分は役割を果たせていなかった事を認識した。

 

 ――前衛の自分が易々と抜かれていた。なんてザマだ。

 

 怖気を憤怒で消し飛ばすように、吠える。

 

「――糞ッたれ!! ロバー! 早く回復魔法をかけてやれ、死んだら終わりだぞ!!」

「わかっています! イミーナ、サポートをお願いします! 一度引きますよ!」

「わかってる! アルシェ、あと少しだけ耐えて!」

 

 止まっていた歯車が即座に回りだす。

 少女はもはや虫の息。神官の男が少女を抱きかかえ、死の騎士から距離を取ろうと走り出す。

 

「――今行く!」

 

 死の騎士に距離を詰めようと、大地を蹴り上げる。

 ここは仲間が一命を取り戻す程度まで回復する、その距離と時間を自分が稼がなければならない。囮という意味合いが強いかもしれないが、仲間はそれだけ自分を信頼し、そして自分もまた、仲間を信頼しているからこその状況判断と連携だ。

 

(もう間違いは犯せない! 何が何だろうと食い止めねーと……)

 

 剣の間合いまでもう少し。彼我の距離、そして仲間との距離を確認し、死の騎士を見据える。

 

(な、なんだ? 俺に気づいていない? ……い、いや違う!)

 

 死の騎士の取った不可解な挙動の意味を理解してしまったからこその恐怖を覚える。

 逃げる仲間と、向かってくる自分。どちらを優先すべきか迷っているのだ。

 その姿はまるで狩人そのもの。しかしそこに情があるのが恐ろしい。もちろん温情などではなく、悪感情に違いない。

 狐が兎を狩るのとは根本的に異なる。何故なら狐は食すために兎を狩るのだ。狐に悪の感情はない。

 自分達など大して脅威とも思われていないのだろう。それならば逃げる人間を先に殺し、最後に向かってくる自分を殺したほうがより大きい絶望を与えられるとでも考えているのだろう。生者を憎む、アンデッドに相応しい思考回路故の行動というわけだ。

 

「舐めやがって……」

 

 仲間を庇う覚悟の現れと、前衛としての役割を果たせなかった憤り。様々な感情が入り交じった怒号を上げる。

 

「俺だよ! 馬鹿野郎!」

 

 アンデットに挑発が通じるかなんて、よもや考えてはいない。

 ただ叫ばずにはいられなかった。

 疾風の如く間合いに踏み込み、腐った頭部を目掛け剣を突き立てる――よりも速く、死の騎士の巨大な盾によって剣は弾かれた。

 後方に大きく弾き飛ばされ、その隙に逃げる仲間に駆け寄る死の騎士を自分は宙で眺めることしかできなかった。

 

(どうしてこんな事になった……? カッツェ平野のアンデット退治なんて、飽きるほどこなしてきたはずなのに……)

 

 どんな苦難な道もこのチームで踏破してきたし、乗り越えてきた。助け合ってきた。

 これまでも、そしてこれからも同じ。きっとこの窮地も乗り越えられるはず。

 そう信じていた。

 だが分かってしまった。

 本能的に理解してしまった。

 これが狩られる側の景色。今まで自分たちが狩り殺してきた者が見ていた情景なのだ、と。

 

 世界は単純だ。

 強者が弱者を食う。即ち、弱肉強食だ。

 世界の心理だ。

 それが今回は運悪く、自分たちが食われる側に回っただけ。

 

 そう頭の中で理解しつつも、その現実を簡単に受け入れられるほど人間という種族は賢くはないし、強くもない。

 仲間に向けて叫ぶ。それは悲鳴に近い。時間すら稼げずに脅威を寄せてしまった事に対する懺悔の如く。

 

「撤退だ!! 俺に構わず逃げろ! 逃げてくれ!」

 

 仲間の狙撃手が踵を返す。接近する死の騎士をまっすぐ見据え、弓の弦に矢を番える。

 

「馬鹿! イミーナ、逃げろ!」

「あんたを置いて逃げられるわけないじゃない!」

 

 狙撃手は弦を限界まで引き絞る。瞳に涙を浮かべながらも、そこに怒りを宿して。

 狙撃手の矢は死の騎士の頭部に刺さる。

 しかし損傷を受けた様子はない。

 それどころか構わず走り続ける死の騎士は、フランベルジュを大きく構え狙撃手に振り下ろす。

 この瞬間、まるで走馬燈を見ているようだった。

 振り下ろされるフランベルジュ。震える手に持つ弓を捨て、懸命に短剣を抜こうとする狙撃手の姿が、何度も、ゆっくりと、再生、逆再生を繰り返している幻想に囚われた。

 

(糞! 間に合わねえ! 何か、何か手はないのか……?)

 

 神官は立ち止まれず先を走ってしまっていた分距離が開いている。今から抱えている少女を下ろし、狙撃手の援護に入るには時間が足りない。

 自分も現在、盾に弾かれてしまって距離がある。己の脚力を以てしても、狙撃手と死の騎士の間に割り込むには今から体勢を立て直して走ったとしても間に合わないだろう。

 八方塞がりだった。

 全ては運のせいにしたかった。このようなアンデッドがカッツェ平野に出現していると聞いていたら絶対に自分達は仕事を請け負わなかっただろう。

 これは請負人の仕事の範疇に収まるようなアンデッドではない事は明白。国を挙げて討伐すべきアンデッドに違いない。

 

 やはり運が悪かったのだ。

 己の運の悪さを憎みたい。

 

(――なんて簡単に諦められるほど、人間、賢くはないと言ったはずだ!)

 

「――イミーナあああ!!!!」

 

 迷いは一瞬。両足を地面に踏み込ませ、割れんばかりに蹴り上げる。

 目的は一つ。自分の仲間を、そして自分の女を助けるために。

 

 

 そして瞬きを一つ。

 

 

 ――その瞬間、ヘッケランの視界は閃光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

プロローグ②

 

 

『記憶』

 

 この『記憶』という概念が、私こと旧名、沙友里はどうしようもなく嫌いだった。

 すでに溢れている水槽に、更に上から水を流し込むようなものだと思う。

 日常生活においても、その水は次から次へと水槽に流し込まれ、溢れだし、過去の記憶が忘却される。

 なんて不便で不都合なシステムなんだろう。

 もちろん全てが完全忘却するわけではない。しかしそんなところがまた、どうしようもなく嫌いだ。

 ふとした事で嫌なことばかりを思い出し、記憶の反芻によって完全定着する私の脳味噌を叱りつけてやりたい。もっと楽しかった記憶を定着してはくれないだろうか。

 

 何が言いたかったのか。

 そう、つまるところ現在の私の脳内ストレージは限界に達しているにも関わらず、ここ最近になって過大なプログラムを次々とインストールしてしまっているのだ。

 ここらで一度、外部ストレージに保存しておかなければならない。でなければ自分が誰だったのか、どこから来たのか、そしてその名前すらも忘却してしまいそうだったので、ここに書き綴る事にした。

 

 子供の頃の話をしよう。

 私は先天性の病気で目が見えなかった。いわゆる全盲というやつだ。

 全てが黒に染まっている世界に私はいたのだろう。いや、今思い返すと『黒』という色の概念すら無かった気がする。しかし当時の私にとってはそれが普通であり、それが私の世界だった。

 当然ながら両親の顔を見たことがない。というよりも、私には両親の記憶が全くない。

 私の記憶によると、最初に思い出せるのは施設での幼少時代。恐らく六、七歳の頃だろうか。

 当時、目の見えない私と仲良くしてくれた子供が施設を出て行った。

 何故、施設からいなくなったのかと先生に尋ねると、里親に引き取られたという。

 その時、私は初めて親という概念が誰にでも存在している事を知った。

 私の親はどこにいて、何をしているのだろう。

 何故、私の親は私を迎えに来ないのだろう。

 そう疑問に思った私は、子供ながらに泣きじゃくった。本来あるものが無い事にセンチメンタルになってしまったのだろう。

 目が見えない事による盲目だった感情が、この施設に来てから少しづつ芽生えてきた。

 その感情は悲壮感だけではなかったのは確かだ。楽しかった事も、嬉しかった事もあったはずなのだ。それでも私の記憶には、両親が迎えに来ないという寂寥感だけが酷くこびりついている。

 景色や風景、情景などの記憶が一切無い変わりに、感情という想いがより強く脳に記憶されてしまっている。

 それでも全盲について、私は幼いなりに受け入れようとしていた。

 

 そんなある日、施設の先生が急いで私の元へ駆け寄り、こう言った。

 

(あなたにステキなサプライズがあるわ。一緒に行きましょう)

 

 荒い息遣いと乱れた足音に、ただ事じゃないと察した私は、警戒心を抱きながらも車に乗った。

 車に揺さぶれること数時間。何かよからぬ事が起こるのではないかと恐怖していた私は、行き着いた場所で泣いてしまった。

 知らない声が聞こえる。様々な足音が聞こえる。

 私の知らない場所だった。沢山の人がいる場所に怖気ついてしまった私は、先生に抱き着いて懇願した。

 

(早く帰ろうよ。怖いの)

(大丈夫、泣かないで。ここであなたは、初めてあなたに会うのよ)

 

 意味がわからなかった。初めて私に会う? 何を言っているのだろう。

 私は先生の手を強く握り、建物の奥へと進んだ。

 ドアが開く音がした。先生が部屋へと入り、連られて私も一緒に入った。 

 先ほどの場所と違って物音がほとんど聞こえない静かな部屋だ。

 先生が誰かと喋っている。断片的だが会話の内容が私の記憶に残っている。

 

(――それで、見えるのですか? この子でも)

(はい、大丈夫ですよ。まずは写真を撮りましょう。初めまして、沙友里ちゃん。私はこの病院の先生だよ、よろしくね)

 

 私は知らない声の人に急に名前を呼ばれて驚いた。透き通った、奇麗な声だったのを覚えている。

 

(沙友里ちゃんとお写真を撮りたいの。いいかしら?)

 

 泣いていた私は目を擦り、コクンと頷いた。

 

(ありがとう。それでは付き添いの先生も一緒に映ってください。いいですか? 撮りますよ)

 

 私の両肩に並んで三人で写真を撮った。そんなことをして、何の意味があるのだろうと私は首を傾げた。写真を撮ったところで、結局私は見れないのではと疑問に思ったからだ。

 

(それでは先生、沙友里ちゃんをこちらのベッドに寝かせてください)

 

 そう言うと、私は持ち上げられてベッドに寝かされた。

 

(最初は驚くかもしれないわ。でも驚きすぎるとダメだから、落ち着いて、ぼんやり見ててね)

 

 そう言いながら、私の頭に何かの装置が被せられた。

 頭の装置がピ,ピ,ピと音を鳴らす。

 その瞬間、私は驚きのあまり、打ち上げられた魚のように飛び跳ねてしまった。

 困ったように先生は私に声をかけた。

 

(リンクが途切れたみたいね。大丈夫? 何も怖いことはないから、落ち着いて眺めてみてね)

 

 私は驚愕によって乱れた呼吸を整えようと、胸に手を当て大きく深呼吸をする。

 確かに今、私は『見た』のだ。

 それは黒の中に浮かび上がる不鮮明な白ではなく、真っ白な世界を。

 

(落ち着いたみたいね。それじゃ、もう一度行くわよ?)

 

 私は再び頷き、意識を集中させる。

 脳内に浮かび上がる景色に、体を強張らせてしまう。

 初めて見たその景色には、色彩が溢れていた。

 真っ白な空間から始まり、色鮮やかな文字が視界のそこかしこに浮かび上がる。

 その時の感情を私はうまく表現できない。

 夢でも見ているのだろうか。いや、夢の中ですら見たことが無いその色彩を、私は今『見て』いるのだ。

 あれは何色なんだろう、あれはなんて文字なんだろう。

 そんなことを考える。

 十年近い年月を暗闇の底で過ごした私にとって、見えるもの全てが新鮮だった。

 

(もしもし? 聞こえてるかしら? そのまま楽にしててね、今から撮った写真を見せるわ)

 

 どこからか聞こえてくる先生の声を、私はぼんやりと聞いた。

 そして確かにあの時、私は初めて私を見たのだ。

 脳内に浮かび上がる一枚の写真。

 初めて見た自分は、目元が赤くなっていて、目を瞑りながら泣いていた。

 不思議な気分だった。そこに映っているのは自分のはずなのに、まるで自分ではないように思えてしまう。精神と身体が一致していないような感覚だった。

 世界はこんなにも色で満ち満ちていたのだと、私は感情を抑えられずに再び泣いてしまった。

 

 最先端の医療技術。サイバー技術とナノテクノロジーの粋を終結した脳内ナノコンピューター網――ニューロンナノインターフェイス。

 脳に直接リンクすることによって仮想空間を作り出すサイバーテクノロジー技術。

 その科学技術の進歩が私に色彩を与えてくれた。

 私の未来を照らしてくれた。

 私は今でも、あの時の感動だけは忘れていない。

 

 (――ありがとう)

 

 そう、この時、私は初めて心からのお礼を先生に伝えた。

 

 そこから私はこの病院に通うため近場の施設に移動した。この医療技術は、当時はまだ開発されて間もない代物であり導入されている病院が少なかったからだ。

 そこの病院では一般的な視覚障害の治療及びリハビリに加え、仮想空間での学習、体の平衡感覚などを鍛えるためのスポーツ、運動など、様々な治療が行われた。

 

 しかし、進歩した医学の力を以てしても、先天性によって失われていた私の視力は戻らなかった。

 

 私が十八歳になり施設を出る頃だろうか。この頃にはすでにこの技術は様々な分野で目まぐるしい進化を遂げていた。

 機材を安価で買えるようになり、仮想空間なのにまるで現実にいるかのように遊べる体感型ゲームまで出ていたほどだ。

 技術の進歩は日々進化しているのだなとこの時、私は実感した。

 

 当時私は整体師になろうと病院の紹介で専門学校に通っていた。

 もちろん自宅でのリハビリも私は欠かさなかった。決められた課題をこなしていく日々を過ごしていた。

 一人暮らしを始めて数年が経過した頃だろうか。一人でいる時間が長くなり、日々の生活に退屈してしまっていた。

 

 そこで私は出会ってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 そう

 

 

 

 

 

 ――<YGGDRASIL>(ユグドラシル)

 

 

 

 

 

 私はもうすぐ二十九回目の誕生日を迎えます。

 この二十九年、私は私なりに苦労してきたし、辛い思いもしてきた。

 生き物には必ず、そこに歴史が存在すると思うわ。

 アンデッドに変わり果ててしまった貴方にも、変えることの出来ない人間だった過去の歴史があるはずだわ。

 もし貴方が、痛む良心すら失くしてしまったというのなら、私がいつか、その心を取り戻してあげるわ。

 

 

 

 

 

 その時は、どこかで一緒にお茶でもしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 ――ねぇ? モモンガさん?

 

 

 

 

prologue end


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