姫補助プレイは世界を救う   作:フォーサイト頑張れ

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Chapter 1

chapter1

 

 

 

「……そろそろね」

 

 コンソールの時刻を確認する。

 思ったより余裕がない。

 本当はあまり出向きたくなかったが、他に行く当てもなかったし、特にやりたい事もない。

 ならば挨拶ぐらいはしとこうか。そんな軽い気持ちで彼女はギルドの指輪を装着する。

 目的地はアースガルズにおける最強のギルド拠点。

 空に拠点を構えるギルド『INFINITY』(インフィニティ)の拠点。

 通称、天空城

 これから会うだろう面々の顔を思い浮かべる。どれも曲者揃いであり、YGGDRASIL(ユグドラシル)における屈指のプレイヤー達だ。

 

 「あの二人が来てくれてるといいけど……しょうがないわね」

 

 

 ――彼女は指輪の効果を発動させた。

 

 

 

 

 

 

「懐かしいですね。八人全員がここに揃うのも」

「ここも昔と変わらんなぁ。この景色を二度と見れなくなると思うと、やっぱり寂しい気持ちになる」

「随分長い間ログインしてなかったのか?」

「二年ぶりくらいだ」

「無駄話はいい。それより招集を掛けた訳を教えてくれないか?」

「昔話に花を咲かせるために集めたのでは? ユグドラシルを代表する俺たちならではの昔話なら、配信すれば視聴者も喜ぶのではないかな?」

「ふんっ! ワールドチャンピオンを八人も集めておきながら、ユグドラシルの一つも制覇出来ないお前らと話す昔話などないわ!」

「なら来なきゃいいのに……」

「結局、過去最高でギルドランク三位でしたからね。トリニティとワールドサーチャーズを出し抜けませんでしたから」

「個人の実力を考えればPVP部門ではどう考えてもうちが一番なんだけど……誰かさんたちが足を引っ張り合うから」

「あ? なんでこっち見るんだ? お前も大概だっただろう!」

「そういえばエドワードさんは今、何のゲームをやってるんですか? ユグドラシル三指に入る屈指の天才さんがやるゲームだ。参考にしたいなあ」

「……挑発か? その喧嘩を買ってやってもいいが、どうする?」

「やだなあ、まだ根に持ってるんですか? 彼に勝ち逃げされた事」

「彼?」

「ああ、確かたっち・みーだったか? どこのギルド所属だったか忘れたが、奴ならこの招集に呼ぶ価値のある男だろう。大歓迎だ」

「こんな顔ぶれじゃ向こうが嫌がるでしょうよ……」

「確かに君と一緒にされたらワールドチャンピオンの響きが安っぽく感じてしまいますね」

「……その言葉、忘れるなよ?」

「君こそオムツの紐をしっかり結んでおいて下さいね?」

「まぁまぁみんな! 落ち着いて! 今日はわたしから重大発表があるよっ!」

「お、なんだポチ子ちゃん。誰かに告白でもするのか? 俺はいつでも大歓迎だぜ?」

「ポチ子さんは唯一の女性ワールドチャンピオンです。そんな彼女がゴルフさんのように脳みそが筋肉で出来てるような輩は絶対に選ばないと誓って言えますね」

「鳩ノ助……サービス終了までに必ず泣かせてやるからな。覚悟しておけ!」

「はいはいっ! みんな! 喧嘩はやめてっ! 重大発表っていうのはね! 実は私…………」

「――男だったのでーす!!」

「…………ん? ぇ?」

「う、嘘だ!」

「という夢を見たんだな……」

「最後にちゃ悪い冗談だな……いや、冗談だろ? なぁ? 冗談だろう?!!」

「すまんがマジだ。俺はいわゆる両声類ってやつでな。女の声を出すなんて朝飯前。いやー、ずっと黙ってて悪かったな!」

「き、きさまあああ! 俺の純情を弄びおってええ!!」

「僕らの輝かしい冒険の日々は……甘酸っぱい青春は一体なんだったんだ……」

「そんな馬鹿な……も、もしかして、由依ちゃんやミドナちゃんも……お、男だったりするのか?」

「いや、由依っちは絶対女。ミドナっちも多分女。ネカマの俺が言うんだ。あの声は作り物じゃねえと思う」

「あの二人までネカマだったら、俺はもう誰も信用出来ないぞ……」

「それよりお前の男声、なかなかイイ声をしているな……!」

「……残念だが、ネカマプレイしてたとはいえ俺はノーマルだ。おっさんに言い寄られても困るぞ」

「いつも俺たちに言い寄られて喜んでたじゃねえか!」

「ネカマの極意は、貢がせ遠ざけ近づけ貢がせだ。残念だったなおっさん。また遊んでやるよ」

「お前まじで覚えておけよ……この屈辱、未来永劫忘れねえからな……」

「そろそろいいかお前ら。他のギルメンも集まってくる頃合いだろう。最後にワールドチャンピオンが集まるギルドらしく、ドンと終わろうじゃないか」

「と、言いますと?」

「お題は『ワールドチャンピオンガチンコ対決☆ユグドラシル最強の男決定戦!』だな」

「それ配信して金に換えるのか? 流石配信者、小銭稼ぎはお手の物っすね!」

「ええい黙れ! ちゃんと優勝者には賞品も用意してる! このゲーム会社のリアルマネーポイント三万円分だ! 別のゲームで使えるぞ?」

「ヒュー! 流石は有名配信者にしてインフィニティのギルマス、エドワード様!」

「よっ! 男前!」

「急に調子よくなったなお前ら……」

「しょうがねえな、最後くらいユグドラシルにでっけえ花火打ち上げてやろうじゃねえか」

「異論はありません。して、勝負の方法は?」

「それはだな――」

 

 

 

 

 

 

 

 ギルド『INFINITY』(インフィニティ)とは総勢百名のギルドメンバーが集うユグドラシル屈指の実力派ギルドであり、このサービス終了間際にしても二十というギルドメンバーを招集していた。

 九つあるワールド間に各一名ずつ存在するワールドチャンピオンの八名が在籍するこのギルドは、名実共にユグドラシル最強のギルドのはずだった。

 

「でもその実態は、派閥争いから始まり、仲間内で足の引っ張り合い、ラストキルの奪い合い、レアドロップの争奪。全くもって連携の出来ないギルドだったってわけね」

 

 天空城の庭園に備えられたベンチに腰を下ろし、女性アバターのエルフが呆れるように呟いた。

 

「そういうことだね。ギルドを纏める八人の個性が強すぎて、手に負えないっちゅうね……」

 

 エルフの隣に座った女性アバターの人間が額に手を当てる仕草を見せる。処置無しと言いたげだった。

 

「正直、由依ちゃんたちに誘われなかったら絶対にこんなギルドには入らなかったわ」

「そう言わないでよ、ミドナ。かおちゃんがエドワードさんと友達だったんだし」

「まぁ私もかおちゃんにはお世話になったし、それはいいのだけど…………ところで、あれは何してるの?」

「ああ、あれはね――」

 

 ミドナと由依の視界の先には、中央広間にて壮絶な戦いが繰り広げられていた。

 『ワールドチャンピオンガチンコ対決☆ユグドラシル最強の男決定戦!』とやらは、要は変則1vs1をトーナメント式によって優勝者を決める戦いらしい。

 集められたギルドメンバーが様々な範囲魔法や超位魔法、範囲スキルなどを無造作に放ちまくる中、それらを躱しながら対面の相手を叩きのめす、という趣向らしい。

 こんな芸当が出来るのはワールドチャンピオンクラスのプレイヤーだけであり、全くもって参考にもならなかった。

 

「それであの戦いに、なんの意味があるのかしら?」

 

 まるで興味のないミドナは頬杖を突きながら隣の由依に質問する。

 

「なんか配信してるっぽいよ? エドワードさんが人気配信者で、ユグドラシル最後の配信って名目で視聴者も多いんだって」

「ふーん……だからヒーラーと剣士の私たちは特にする事も無く後ろで傍観ってことなのね」

「そういうことっ! かおちゃんも来れたらよかったんだけど」

「そういえば彼、元気なの?」

「元気だよ。毎日仕事でヒィヒィ言ってるけど。帰ってきたらすぐ飯! って煩いの。旦那というより子供ね」

「かおちゃんらしいわね」

 

 クスクスと笑ったミドナに、釣られるように由依も笑った。

 

「なんだかこの感じ懐かしいわ」

「そう? 私たちがあまりログインしなくなってからどのくらい時間経つっけ?」

「さあ……二年も経ってないと思うけど」

「そんなに経つの?! となると私たちもかれこれ六年ぐらいの付き合いになるのか……歳くっちゃったな……」

「まったくね」

 

 ピョコンと感情アイコンの一つ、泣きの顔文字が由依の頭に浮かぶ。手のひらで顔を隠しながら「もうおばさんだよ」と悲観する由依の姿に、ミドナは思わず言葉に詰まる。

 

(確か由依ちゃんって私より二個くらい下だったような……) 

 

 共感というよりは、失笑の意味を込めてミドナも苦笑いの顔文字を浮かべた。

 

「そういえば私たちの出会い、覚えてる?」

「え? ……ええ、もちろん覚えてるわ」

 

 懐かしい記憶だった。

 チーム掲示板のヒーラー募集で出会い、仲良くなって固定チームを組んで三人でよく遊んだこと。

 天真爛漫なかおちゃんと、しっかり者のように見えて実は天然の由依。この二人と組んでからというもの、時間の流れが唐突に早く感じた。

 ここにはいないが、特にかおちゃんの破天荒ぶりには、腹がよじれるほど笑い合ったものだ。

 

(私たちが絶対に無理と言ったのにも関わらず、意固地になってワールドエネミーをソロ攻略しようとしてたっけ。二十回目くらいで諦めてたけど……)

 

 結局三人で挑んでみたものの、当然一回ではクリア出来ず、討伐報酬より消費アイテムや課金アイテム、経験値のデスペナルティの被害のが甚大だった。

 プレイ内容はお世辞にも効率的ではなかった。しかし非効率ながらもロマンを追いかけるそのエンジョイっぷりに、ミドナはいつしか二人に惹かれていた。

 だがそんな思い出のゲームもサービス終了と共に全て消え去るのだろう。そう思うと、虚無感というナイフで胸を抉られてる気分になる。

 

「本当に楽しかった。本当に……懐かしいわ」

「ミドナのお陰でゲームが楽しくなったし、感謝してるよ? 夫婦……当時はカップルだったね。その間に入ってきてくれる人ほとんどいなかったし。また次のゲーム探して一緒にやろーよ!」

 

 ミドナの感傷的な気持ちに気が付いたのだろう。由依が気遣ってくれている事に、ミドナはすぐに勘付いた。それだけに、どこか心苦しくなってしまい、返答を濁してしまった。

 

「そろそろお腹の子供生まれるんでしょ? あんまりゲームばかりしてちゃ駄目よ?」

「最近はすぐお腹痛くなるし、気持ち悪くなるからゲームやってないよ。それよりミドナも早くいい人見つけなよ! リアルじゃぼっきゅっぼんのお姉さまなんでしょ?」

「……余計なお世話だし、どんな脳内設定よそれ。それに私に結婚は無理よ。向いてないわ」

「そんなことないでしょ! 探せばイイ男見つかるって!」

「そ、そうなの……?」

 

 この手の会話は慣れていないため、ミドナは毎回困惑してしまう。お決まり女子トークをリアルで実践してこなかったからだ。

 

「それって探して見つかるものなのかしらね……それより、別の場所いかない? 最後に色々見ておきたい所があるのよ」

「え? う、うーん……でももうすぐかおちゃん帰ってくるし、そろそろ私落ちるよ。ご飯作らないと!」

「……そう。なら仕方ないわ。かおちゃんによろしく言っといてね」

「うん! またメッセ飛ばすね! 次のゲーム何にするか、考えておいてね!」

 

 またね、と言い笑顔の顔文字を浮かべる。そのまま由依はログアウトしていった。

 

(いいなぁ。私も由依ちゃんのご飯食べたい。かおちゃんが羨ましいわね…………あれ? でも普通これ逆なんじゃないかしら? 私の性別的に由依ちゃんを羨ましがるべきよね)

 

 終わったか、女の私……などと思いながら肩を落とす。

 しかし夫婦の仲に違和感なく入れて、尚且つ平和的に過ごせていたのは、自分の無欲な性格が幸を呼んでいたのかもしれない。

 もしくは自分という女に一切の自信が持てなかったからこその諦めから来ているものなのかもしれない。

 

(どちらにしても褒められた事じゃないわね……それよりこの後どうしようかしら)

 

 話し相手を失ったミドナの視線の先には、どうやら一回戦の決着が付いたらしく、勝者のゴルフがミドナの元へ歩み寄ってきた。勝者故の大柄な歩き方と、ワールドチャンピオン専用装備も近くで見ると大迫力で圧倒されそうになる。

 

「どうだいミドナちゃん! 俺様の雄姿をその瞳に刻んでくれたかい?!」

「え? えぇ……凄かったわ」

 

 正直、魔法の炸裂で目がチカチカするので、あまりよく見ていなかったのが本音だ。

 

「――節操のない男ですね、君は。ポチ子さんがネカマだと分かった途端、次はミドナさんですか?」

 

 ゴルフの背後から、鳩ノ助が声をかけてくる。この二人は昔から妙に仲が悪く、事ある事に口喧嘩を始め、PVPで締めるというコントを披露してくれる漫才師だ。

 

「ていうかポチ子さんネカマだったの? 可愛い声だったじゃない、本当なの?」

「ああ、奴は俺たちの純情を傷つけた……絶対に許さねえ、絶対にだ」

「全く、そこには同意ですね。あんな声を出しておきながら、下には立派なバベルが建設されていたなんて、誰が想像出来るでしょうか」

「でもそれって凄い特技じゃない? 少し羨ましいわ」

 

 自分の声とポチ子の声を比べると、可愛らしいと思えるのは圧倒的にポチ子だ。アニメ声で、どことなく守ってあげたくなるような可憐な声だったのを思い出す。

 比べてミドナの声は、よく言えば聞き取りやすい澄みやかな声だが、悪く言えば聞き流されてしまうような声だ。

 

(そういえば昔、由依ちゃんに眠くなる声って言われたことがあるけど、あれはどういう意味だったのかしら。まぁあの子の場合は天然だし、多分そのままの意味なんでしょうけど……)

 

 男性にまで女として敗北感を味合わされ、ミドナは意気消沈してしまう。落とした肩が上がる事は、ここにいては無いだろうと悟った。

 

(もうここにいる意味はないわね……そんなにこのギルドに思い入れも無いし。それに一人でいたらそれはそれで、周りに気を使わせてしまうかもしれないわ)

 

 このままどこかへ転移しようと思ったが、六年も在籍し続けたギルドだ。数える程度ではあるが、直接世話になったギルドマスターくらいには挨拶をしてから去ろうと思い、ミドナはベンチから立ち上がる。

 しかし庭園の奥に広がる中央広場を見渡しても、エドワードの姿は見当たらなかった。

 

「エドワードさんはどこにいるの?」

「ああ、確かマジックアイテムを取りに本城の宝物殿に行ったな。なんでも準決勝からは貯め込んできたアイテムを存分に使っていくらしいぜ」

「まぁ、残しておいても二時間後には消えてしまいますからね。僕らのこの装備も……嗚呼、なんて儚いんだ!」

 

 二人の装備は大会優勝者に与えられる唯一無二の物だ。その性能も規格外のチート級を誇る。ユグドラシル全盛期の頃にその姿を人前に晒せば、誰もが羨み、妬み、尊んだことだろう。そんな思い出深い装備も残り僅かな時間で消えてしまう事に、鳩ノ助は嘆いた。

 

「そ、そうね。悲しいわよね。それじゃ私は用事があるからエドワードさんに挨拶して落ちるから、またどこかで会いましょう」

「ええ?! ミドナちゃんいなくなったら『ドキッ☆男だらけの最終決戦』になっちまうじゃねえか!」

「そもそもこのギルド、百名も在籍しているのに、何故に女性が二名しかいないのでしょう……?」

 

 鳩ノ助の疑問に、ゴルフも激しく同意する。

 しかしミドナにはその理由が分かる。というよりも、少し考えればわかる事だった。

 それは、ここのギルドメンバーのほぼ全員がガチ勢だからだ。少しの間違いで場の空気が悪くなるようなギルドに、ゲームに疎い割合の高い女性がおいそれと加入してくる訳がない。

 そして最大の理由は、ぽち子という最強の姫がいたからこそだろう。ユグドラシルの女帝と呼ばれていた彼が君臨していた以上、女性からしてみれば近寄りがたく感じてしまうのは無理がない。

 

 そんなことを知る由もない彼らを横目に、ミドナは天空城の第八本城――宝物殿前の最奥宮殿に転移しようと指輪の効果を発動させた。

 

 

 

 

 

 

 八つの城が互いに隣接し合う、この天空城の最奥に構える第八本城は、ギルド最終防衛拠点となっている。

 ギルド攻防戦の際、攻め側のプレイヤーは第一城から順に攻略していく事になっている。

 ユグドラシル全盛期の頃は、メンバー全員に招集がかかり、ミドナも防衛戦に幾度も参加した。

 このギルドの凄い所は、この第八本城以外にはトラップ等のギミックが一切存在しないことだ。それどころか、道順までしっかり親切に書かれているのだ。

 第八本城だけはトラップギミックやNPCが存在するが、それ以外は基本的にステージフィールドのような城がほとんどだ。

 つまり、全て自分たちの手で攻め側を撃退してきたということになる。

 これにはいくつか理由があるが、大きな理由は二つ。

 一つ目は、ギルド攻防戦を自分たちも楽しみたいからというのが最大の理由だ。難攻不落であっては、攻め手がいなくなってしまう。集団PVPを楽しみたい人たちの集い、それがこのギルドの正体だ。よって凶悪なギミックによって防衛側有利にしてしまっては、面白くないだろうという意見を取り入れられた結果なのだ。

 二つ目は運営維持費の節約だ。多くのギミックやNPCを配置すると、馬鹿にならない額の維持費が宝物殿から差し引かれる。ギルドが成長するほど、その維持費も比例して高くなっていくのは当然だ。

 NPC制作可能レベルも上限の三千を保有しているが、作られたNPCは僅か三十体。使用しているレベル配分も千五百と半分だけ。それもコストパフォーマンスが良いと言われている天使の兵士を第八本城の所々に警備兵という名目で配置しているのみである。

 

 

 第八本城の最奥宮殿に転移したミドナは辺りを見渡す。

 フランスのヴェルサイユ宮殿の鏡の間をモチーフに制作されたこの部屋は、数少ない外装制作担当のメンバーが手掛けた芸術だ。

 縦に伸びた長方形の部屋の壁には、いくつもの大きな窓が設置され、豪華な装飾が施されている。天井から彩られる無数のシャンデリアの光が、金の柱をよりいっそう輝かせていた。

 百人程度ならば悠々と入るこの部屋の奥には、インフィニティのギルド武器『エッジ・オブ・インフィニティ』が飾られており、その両脇に二つのワールドアイテムが並べられている。

 ギルド武器は各ギルドに一つだけ所有することが可能で、攻防戦の際はこれを奪うことにより、拠点の所有権が移り変わる。破壊された場合は拠点が瓦解し、システムが再構築されると共に未発見時のダンジョンの状態に戻ってしまう。その際、拠点に置かれていたアイテムなどは全て消えてしまうので、基本的にギルド武器は壊すのではなく、奪うことが主流だ。

 ワールドアイテムはゲーム内に二百と存在する、オンリーワンの性能を持つアイテムだ。その内の二十と呼ばれるアイテムは使い切りであり、通常のワールドアイテムと比べ、より強力な力を行使することが出来る。

 インフィニティがギルドで管理しているのは通常のワールドアイテムである『無銘なる呪文書』と、二十の内の一つ『五行相克』だ。そんな超級のアイテムたちも。一度も使われることがなかったためか、哀愁すら漂っているように見えた。

 ちなみに外装に手が込められていると感じられる部屋はこの宮殿だけであり、他はほとんど手付かずとなっている。

 これも理由は簡単で、制作に恐ろしいほどの金と時間が必要とされるからだ。そして外装ギミックはゲーム内金貨ではなく、リアルマネーでの課金によって装飾データの追加、変更が可能になる。

 つまり、部屋の外装に金をかけるくらいなら、自身の装備品やアイテムに金をかけたほうが有意義であると思うプレイヤーが大多数なのである。

 ごく一部のプレイヤー達が、ふんだんに金を使ってギルド拠点の内装を豪華に飾った画像をミドナは見たことがあるが、個人的な感想は『正気の沙汰ではない』に尽きる。

 

(余程のお金と時間を持て余しているのか、もしくはそれだけ思い入れが強いのかしらね。どちらにしても、攻防戦で負けたら取られてしまうものに大金を注ぎ込む度胸が凄いわ) 

 

 物好きは少なからず存在するのだなと感心し、ミドナは宝物殿へと足を進める。

 そこにはエドワードと一体のNPCがいた。

 コンソールを開き、保管してあるアイテムを取り出しているところだった。

 

「エドワードさん、少しいいかしら?」

「ああ、ミドナさんか。少し待ってくれ…………これで良し。何かあったのか?」

「いえ、そろそろ落ちようかと思い、最後に挨拶しとこうと思ったの」

「最後まで残っていかないのか? まぁ皆忙しい中、時間を作って来てくれたんだ。君も来てくれてありがとう」

 

 インフィニティのギルドマスター、エドワードは右手を差し出す。ミドナもその手を取り、最後の握手を交わす。

 エドワードは八人のワールドチャンピオンの中で数少ない常識人だ。ユグドラシル三指の一人であり、このギルドの発起人だ。

 ギルドの管理運営、配信による広告塔、イベントの攻略動画制作など、様々な事務を手掛ける無限スペックと謳われた男だ。

 彼が唯一恵まれなかった事は、集めたワールドチャンピオンメンバーの個性ぐらいだろう。

 ミドナの仲間内の一人、かおちゃんと交友があり、ミドナも何度か高難易度のクエストを手伝ってもらったりしていた。

 ワールドチャンピオン八人の内、ポチ子を除いて他七人の種族は人間だ。ポチ子のみエルフであり、八人全員が剣士である。

 その中でもエドワードの実力は更に頭一つ抜けている。

 彼は本当に『ゲームが上手い人』なのだろう。恐らくどのジャンルのゲームをやらせても、上位ランカーになってしまうような類の人種だ。

 かおちゃんの実力も、ユグドラシル全体で見れば上の中プレイヤーであり申し分ないのだが、彼と比べると赤子と獅子の差を感じてしまうほどだ。

 自分も補助職ではなく剣士を選択していたら、彼のようになりたいと理想を抱いたかもしれない。もちろん、分不相応だと十分承知しているが、届かない理想だからこそ、憧れるというものだ。

 

「こちらこそ、ありがとう。昔は色々手伝ってくれて、助かったわ」

「気にすることはない、俺も好きでやってたんだ。それに感謝するのはこちらも同じだ。ミドナさんの補助には何度も助けられた」

「あいにく、これしか出来ないからね」

 

 ミドナの自虐じみた返答に、エドワードは笑って見せた。ミドナの言葉が、本心からではないと理解しているからだろう。

 ミドナはユグドラシルにおいて、絶滅種と言われている純正ヒーラーだ。

 自身や仲間を回復するために、クレリックの職業を取る事は大して珍しくはない。魔法職を選んでいる者ならば、回復出来る一つの手段として取得するのは間違ってはいないからだ。

 しかし純正ヒーラーは高位の攻撃魔法を一切取得せず、援護のみに徹する事になるため、チームを組む事が前提になる。

 補助と回復しか使えないとなると、当然レベリングのための狩りや、日課イベント周回などでもチームを組まなければならないため、俗に言う『マゾプレイ』になってしまう。

 そのため、ほとんどのプレイヤーが補助職の他にも、全く別の職業を取得する。『回復も出来ますよ』というスタンスで行くのが、ユグドラシルにおけるクレリックの王道だ。

 しかしミドナの取得職業、装備構成、ステータス配分などは、全て補助特化されたものだ。

 自らが戦うことを一切想定していないビルド構成、仲間に寄生するようなプレイング。これを俗に『姫プレイ』という。

 そこまでしてマゾプレイに徹したミドナが、補助しか出来ない自分を本心から皮肉る事はないと、エドワードは直感したのだろう。

 

 ミドナは視線をエドワードから泳がす。宝物殿がある事は聞いていたが、実を言うと入ったことが無かった。

 宝物殿なんて言うからには、財宝や金貨で埋め尽くされているようなイメージを持つかもしれないが、このギルドの宝物殿はかなり質素だ。

 というのも、ほとんど装飾されていない真っ白な部屋の中央に、長方形の黒いテーブルがあるのみ。そのテーブルの上に、一つの宝箱が置いてあるだけだ。

 

(なんとも味気ない……攻防戦で勝った攻め側の人たちがこれを見たら落胆するんじゃないかしら。いや、絶対に負けない自信があったからこそなのかもしれないけど……ん? そういえば――)

「そういえば、こんなNPC居たかしら? 初めて見たわ」

「ん? ああ、こいつか」

 

 エドワードの横に佇む一体のNPCにミドナは注目した。

 純銀の全身鎧を着て、ロングソードを装備している。背中には六枚の純白な翼を生やしていて、羽ばたかせると美しい羽根が舞い散る姿に、思わず見惚れてしまいそうな見事な造形をした天使だ。

 第八本城に配置されている他の天使とは、外装が全く異なるのが一目瞭然であり、手が込められて制作されたのだと感じさせるNPCだ。三十体いるNPCの外装は全て同じであり、初期データのままなのが見て取れる。

 ミドナがまじまじとその天使を見ていると、エドワードは嬉しそうに語った。

 

「こいつは俺が作ったNPCだ。いや、というかNPCは全部俺が作ったんだが……こいつは宮殿の守護者で、天使の纏め役みたいな設定だ。しかし、作ったはいいが使い用途が宝物殿のアイテム管理くらいしかなくて、ずっとここに配置しっぱなしだったんだ」

 

 このギルドは第四城までしか攻め込まれた事がないので、使い用途が無かったのは当然と言えば当然だろう。

 言ってしまえば、このNPCを足して三十一体のNPC、その全てが無駄であり、むしろ消したほうがその分維持費が安上がりになるというものだろう。

 

(……エドワードさんも、割とクリエーター気質なところがあるのかしらね)

「そういえば名前はなんて言うの?」

「なんだっけか、ミカエルだったか?」

 

 随分安直だな……などと感想を抱く。

 ミドナはコンソールを操作し、ミカエルの種族や職業、ステータスを閲覧しようとした。

 それを見たエドワードが、ミドナに声をかける。

 

「見てくれて構わないが、俺はそろそろ広間に戻るぞ? 二回戦の準備があるんだ。それに配信しているから、視聴者を待たせてはいけなくてな」

 

 そうだった。ここには挨拶しに来たのだ。別に引き留めていたわけではないが、ミドナは謝罪を込めてお別れを言った。

 

「ごめんなさい。時間取らせちゃったわね。それじゃ、またどこかで会いましょう」

「ああ、ミドナさんも元気でな。機会があったら、また別のゲームで会おう」

「ええ、その時はよろしくね」

 

 エドワードは右手を上げて、そのままギルドの指輪で転移していった。

 

(いい人なんだろうな、きっと。こんな時まで私と律儀に話してくれるんだから)

 

 個人的に話したことなど今まで一度も無かったな、と振り返る。

 そもそも百人も在籍しているギルドで、交友していたのは僅か二人だ。その二人のログイン頻度が落ちれば、当然自分は一人になってしまう。

 

(こういう所が私の欠点なんでしょうね……もっと輪を広げていればよかったのかも……)

 

 攻防戦の招集や、ギルド全体で行われるイベントなどに呼ばれない限り、ミドナはギルド拠点に足を運ぼうとすらしなかった。

 理由は単純で、由依とかおちゃん以外、友達と呼べるような人がいなかったからだ。

 孤独感というのは、一人でいる時よりも、集団の中で一人でいる時の方がより強く感じてしまうものだ。

 

(基本的に受け身なのが悪いのよね。私に自分から行く勇気があれば…………いや、今更過ぎるわ)

 

 次の機会があれば頑張ってみよう。そう心に留めておきつつ、ミカエルのデータを閲覧する。

 百レベルのNPCで、天使のクラスは熾天使。そのレベルは五だ。つまりは天使の中で最上位ということになる。

 剣を装備しているが、魔法も使えるようなクラスも取得している。

 ステータス配分も、剣士のテンプレのような隙のないガチ構成だ。

 

 ここまでは割とよくある普通のNPCだ。

 しかし次の項目を見たミドナは目を疑った。

 

「全身神器級(ゴッズ)装備じゃない! どれだけ贅沢なNPCなのよ……」

 

 装備の外装データが変えられていて今まで気が付かなかったが、とんでもない装備構成だった。

 恐らく、エドワード自身が使っていた装備品なのだろう。彼はワールドチャンピオンだ。専用装備を運営から配布されているので、それまで使っていた装備をNPCに使いまわしたのだろう。

 

「それにしたっていくらなんでもこれは……」

 

 ミドナの装備も全身神器級(ゴッズ)で一式揃えているが、これを作るのにどれだけ苦労したことか、今でも鮮明に思い出せる。

 通常、ゲーム内で店売りされているのは最上級クラスまでであり、一段上の遺産級(レガシー)クラスにするには、容量の大きいレアなデータクリスタルを使わないとならない。

 百レベルになっても全身が遺産級クラスなんてことは割とよくある話であり、それぐらいユグドラシルの装備強化は骨が折れると酷評されている。

 遺産級(レガシー)の装備を更に強化すると聖遺物級(レリック)になり、伝説級(レジェンド)神器級(ゴッズ)と続く。

 先ほど述べた通り純正ヒーラーは絶滅種だ。専用の装備品がマーケットなどで売りに出される事など、遺産級ですら滅多になかった。

 つまり、一から全てを自作するしかないのだ。

 しかし、純正ヒーラーが素材を一人で集められるわけがなかった。

 装備の敷居はとんでもなく高い上に、回復補助しかできない手数の少なさ。何よりそのプレイングは、やってて『つまらない』と酷評される。不人気の理由は明らかだ。

 素材集めを二人が協力してくれたからこそ作れたものの、一人では絶対に作ることが出来なかっただろう。

 基本的に自作する場合、満遍なく装備のレベルを上げてゆき、長い年月と莫大な資金をかけて一式揃えることが出来る。それが神器級アイテムなのだ。

 

「それをNPC如きに装備させるなんて……いや、考えるのはよそう……」

 

 どの道、残り僅かの時間で全てが無となるのだ。ミドナはコンソールを操作して、下位項目のNPC設定を選ぶ。

 そこに記されていたのは、たったの一文だった。

 

『いつの日か、皆が戻ってきてくれる事を願う者』

 

 ミドナはコンソールをそっと閉じる。

 どうにも、いたたまれない気持ちになったからだ。

 これはミカエルの設定というよりは、エドワード自身の想い(願い)だったのかもしれない。

 エドワード自身、ギルドの復興を望んでいたのだろう。その証に、ミドナは彼が毎日定時にログインしていたのを知っていた。

 ギルドの運営や、攻防戦の申請が来ていないかの確認など、事務的な事だけ行っているのかと思っていた。

 しかしそれは間違いだったのだ。

 本当の目的は、誰かが遊びに来ているのではないか、そう期待して彼はログインしていたのかもしれない。

 ミドナはこのサービス終了の時まで毎日とログインしていたのにも関わらず、ギルドに顔を出す事も無ければ、挨拶すらしてこなかった。間違いなく不快に思っていた事だろう。

 

(それなのにあんなに優しく接してくれたって事は、こんな私でも来てくれて嬉しかったという事なの? …………なのに私ときたら)

 

 仲良かった友達がログアウトして、居心地が悪くなったからログアウトすると嘘までついて拠点から離れようとしていた自分を嫌悪する。

 彼は長い間、ずっと待っていたのだ。そして最終日に二十というメンバーが集まったことに、表には感情を出さないが、恐らく喜んでいるはずなのだ。

 そんな彼の気持ちを、ミドナは無意識に無碍にしてしまっていたのかもしれない。

 

(……いつだってそう。私は自分のことばかり考えて、他人の気持ちを考えようともしていない)

 

 一番辛いのは自分だと思っていた。

 自分だけが辛いものだと、ずっとそう考えていた。

 しかしそうではなかった。

 皆、同じなんだ。

 自分だけが特別に不幸なわけじゃない。

 百人いれば、百人全員にそれぞれ悩みがあり、それぞれ辛い思い出がある。

 そんな当たり前の事を今更になって気が付くなんて、自分はどれほど自分勝手な人間だったのだろう。

 自分には視力がない。

 現実では暗闇の中で生きている。

 仮想空間の中でしか、物を見ることが出来ない。

 ずっと目が見えない事を自分は不幸だと思っていた。

 でもそれは違ったんだ。

 目が見えないことを言い訳に、人を見ようとしてこなかった。

 その人が何を考え、何を思い、何がしたいのか。

 全く考えてこなかった。

 

(自分の殻に閉じこもり、最後には人の心を踏みにじってしまう……最低ね……)

 

 強く握った拳を、そのまま脇腹に叩きつける。当然、痛みはない。

 ここは仮想空間であり、その瞳に涙を浮かべる事もない。

 

 ミドナは<転移門>を発動させた。

 行先はお気に入りの草原。

 ここ数年、特にやりたい事もなく、眠くなるまで空を眺め続けた、いつもの場所。

 雲一つない夜空に浮かぶ満天の星空。いつもの景色。

 広い草原の真ん中で、ミドナは仰向けにゴロンと転がる。

 土の香りがするわけでもなく、白いローブに汚れがつくわけでもない。

 風になびく草の音が聞こえるが、気持ちがいいと感じる事もない。そよ風が与える影響なんて、せいぜい白金色の長い髪を揺らす程度だ。

 

「偽物……嘘つき……嘘だらけなんだ」

 

 ここは仮想空間であり、現実の世界ではない。

 

「…………嘘つきは私か」

 

 見慣れた夜空に浮かぶ月の光が、ライトグリーンに輝く瞳に反射する。

 そのまましばらく、ミドナは夜空を眺め続けた。

 

 

 ――まもなくユグドラシルは終焉を迎える。

 

 この世界のお陰で、最後に自分の愚かさに気が付けた。それだけで十分だ。

 変わらなければならない。人の心の痛みに気が付ける、そして手を差し伸べられる、そんな人間になりたい。

 そう、ミドナは思った。

 

 時刻を確認する。

 23:58:30,31,32,33……

 

 もうこんな時間か。呆けていたからだろうか、結構な時間が経過していた。

ミドナは最後にやろうとしていた事を思い出す。

 何故、自分がここまでヒーラーに固執してきたか。

 それは『好きだから』だけではない。

 続けていれば、いつか自分の目も治るんじゃないか。そんな淡い希望を抱いていたからだ。

 

 ミドナは魔法を選択する。

 補助職を極めた者だけに出現する職業。それを習得することにより得られる、ヒーラーの最終奥義とも呼べる五つの魔法の内の一つ。

 ユグドラシルには隠し職業というものが幾つも存在する。人気な職業には目もくれず、我が道を行くような者に低確率で出現するシークレットクラス。それを発見出来た者は、ほとんどが偶然の重なり合いによる巡り会いだ。

 ミドナが取得している職業の中の一つに、『パナギア』というレア職業がある。五レベル分を上げることが可能であり、一レベル上げる毎に、一つの魔法を取得出来る。

 その中の一つの魔法を発動させて、ミドナはユグドラシルを締めようと思っていた。

 

 23:59:50,51,52.53……

 

 ミドナを中心に、半径二十メートルほどの魔法陣が地面に形成される。

 真っ白な魔法陣は次第に透明になってゆき、辺りに白く輝く結晶が浮かび上がる。まるで白い蛍がゆらゆらと飛びまわるようだった。

 闇夜に包まれていた草原は、いつしかミドナを中心に辺りを白く染め上げてゆく。

 

 この魔法をミドナが気に入っているのは、

 まるで夢の世界に導かれるようなこの幻想的な美しさが、

 黒に染まっている現実の自分を、

 白に染め上げてくれるのではないか、

 

 そう、思ったからだ。

 

 

 

 

 23:59:56.57.58……

 

 

 

 

 ミドナは瞳を閉じる。

 

 

 

 

 

 23:59:59……

 

 

 

 

 

神に祝福されし領域(God Blessing Area)

 

 

 

 

 

――00:00:00

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その想い(願い)は、聞き遂げられた。

 

 

 

 chapter1 end


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