もうとっくに死んでしまった2人は、それぞれ自分の意志で、とある丘へやってきた。 2人には、まだやり残したことがあった。 それを成し終えて、2人はどこへ。

1 / 1
『まだ、やりたいことがあったんだ。』


今夜、月の見える丘に

森の木々に囲まれた、草原となだらかな丘。

 

真夜中の山中に、人な気配はない。

 

丘の上に、一人の男が虚ろな目でたたずんでいる。

 

湿り気のある風が、あたり一帯の草本を揺らしている。

 

男の髪も服も風になびく様子はない。

 

虫が、鳴いている。

 

男は何かに気づいたように、しかしゆっくりと、振り返る。

 

草原の真ん中に、女が一人、どこからか現れていた。

 

2人は見つめ合う。

 

"生前"、恋人だったもの同士。

 

虫の声が大きくなる。

 

女は丘の上に、男のいる方に向かって、歩き出した。

 

不思議と足音はしない。

 

彼女を見つめていた男は、後ろを振り返り、月を仰いだ。

 

静かな空に浮かぶ月は、ひどく神秘的だ。

 

星は、何一つ見えない。

 

その代わり、月がいつもより大きい。

 

女が丘を登ってきて、男の横に並んだ。

 

そして、口を開いた。

 

風が、吹いている。

 

「…もう、会えないかと思った。」

 

「…僕も。」

 

2人は目を合わせない。

 

何も、見ていない。

 

手だけはいつもよりしっかりと、握り合ったままで。

 

風が強く吹いても、2人が気付く様子はない。

 

…どれくらい、時間がたったのだろう。

 

分からない。

 

「…てっきり死んだのは僕だけだと思ってた。」

 

男、颯太は言った。

 

「…君を見舞いに行った帰りに車にはねられてさ。

 

 僕は即死だった。

 

 運転手は居眠りしてたな。」

 

颯太は、けしからん、と唇を尖らせた。

 

顔は笑っている。

 

「でもそのおかげでまた君に会えた。

 

 僕はもう本望だよ。」

 

女、優香は優しく微笑んだ。

 

「…私は、あなたがお見舞いに来てくれた後に、容体が急変したの。

 

 看護師さんと主治医さんが、『原因不明』だってあせってた。

 

 お父さんは手を合わせてた。

 

お母さんは泣きながら、何度も私の名前を読んだわ。

 

 すごくうれしかった。

 

 でも、私はずっとあなたのことを考えてた。

 

 もう1度だけ会いたい、ってね。

 

 それで今、こうしてあなたと会えた。

 

 うん…もう死んでもいいわ。」

 

あたりは静まり返った。

 

無視のさざめきも息をひそめる。

 

優香は泣いていた。

 

颯太が、彼女を抱きしめたからである。

 

優香も、精いっぱいの力で彼を抱きしめる。

 

再び会うことのできた奇跡の重みを、かみしめるように。

 

しゃくりあげるような嗚咽と、鼻をすする音が、

 

しばらく続いた。

 

「…何か、やり残したことはないの?」

 

彼女が泣き止んだ頃合いを見計らって、男が訊いた。

 

「何か、あったかな…」

 

彼の腕の中で、優香は考えている。

 

ずっと抱き合っているせいか、彼女はとても暖かい。

 

それにふんわりいい匂いがする。

 

もし許されるなら、ずっとずっと、こうしていたいー

 

颯太は優香を包み込みながら、2人の将来のことを思った。

 

永遠に一緒かも、再び離れ離れかもわからない未来を。

 

「そうだ、あったあった。大切なことがまだ。」

 

やっと彼女は何か思い出したようだ。

 

「何だった?」

 

腕を緩めて彼女を解放してから、颯太は訊いた。

 

いや、颯太はその答えを知っていた。

 

「結婚、結局許してもらえなかったね…。」

 

優香は、少し切なげにそう言った。

 

どちらの両親も、2人の結婚を認めようとはしなかった。

 

颯太の両親は「相手が病気」優香の両親は「娘の将来が心配」と理由をつけた。

 

当時は大いに怒りを感じたものだったが、今はもうどうでもいい。

 

「あの人たちには、いったい何が大事だったんだろうなあ。」

 

胸に浮かんだ疑問は、すぐに颯太の口から出ていた。

 

「…」

 

優香はそれに答えない。

 

その代わりに男の手をぎゅっと握った。

 

2人は星のない空を見上げた。

 

またいくらか時間が過ぎた。

 

「みんな、元気にやっていけるかな。」

 

おもむろに、優香が言った。

 

大きな月が2人を見下ろしている。

 

「…きっと大丈夫。」

 

男は返す。

 

手を、強く握る。

 

期待や不安の入り混じる気持ちを、包み隠さず伝えるように。

 

一瞬間をおいてから握り返す。

 

分かっているよ。

 

大丈夫だよ。

 

…。

 

「僕もまだ、やり残したことがあるんだ。」

 

突然そういうと、颯太はしゃがみこんで何か作業を始めた。

 

草で何か作っているようだ。

 

何だろう?と優香は首をかしげる。

 

顔は微笑んで。

 

何を作っているのか、優香にも想像がついた。

 

もし、そうだったら、と思うと目頭が熱くなる。

 

落ち着きはらった二人。

 

颯太は作業を終えたようだ。

 

右手を背中の後ろに隠して、男はゆっくり近づいてくる。

 

優香と目を合わせたまま、立ち止まると、

 

颯太はやさしく、話しかけた。

 

「…あなたは、僕、山崎颯太と、永遠に愛し合うことを、誓いますか?」

 

優香は言葉を詰まらせた。

 

うれし涙を抑え込むのに必死である。

 

「…はい、誓います。」

 

涙声で、満面の笑みを浮かべ、優香は言った。

 

では、次はそちらが。

 

欧米の紳士がそうするように、颯太は手の平を返した。

 

彼女の気持ちをうかがうように、ゆっくりと。

 

「あなたは、私、小野寺優香と。」

 

彼女の目に涙がたまる。

 

声を、絞り出す。

 

「…永遠に。」

 

私と、今も、これからも。

 

「…愛し合うことを。」

 

愛し合ってくれることを。

 

ずっと、一緒にいてくれることを。

 

「…誓いますか?」

 

誓ってくれますか?

 

言い切った。

 

優香の顔は張り詰める。

 

颯太は、それを待つことなく、

 

「誓います!」

 

即答だった。

 

真剣だった男の顔がほころぶ。

 

体の震えを伝えるように、優香は颯太の胸に飛び込んだ。

 

ぎゅううっ、と渾身の力で抱きしめる。

 

颯太、颯太、颯太。

 

涙が瞬く間に目にたまり、頬を伝った。

 

今、目の前にいるのは、私の結婚相手。

 

私の愛する人。

 

私と永遠の愛を誓ってくれた人。

 

涙が止まらない。

 

彼の顔を見上げる。

 

その頬も濡れている。

 

泣いているのだ。

 

2人とも。

 

優香は彼の胸に顔をうずめる。

 

暖かい。

 

それが頬を伝う涙のせいなのか、颯太の胸が温かいからなのか、分からないけれど。

 

彼は、永遠の愛を誓ってくれた。

 

よく考えれば、それも当たり前だったかもしれない。

 

これだけ愛し合っていたんだ。

 

結婚も、当然の流れだったかも。

 

でも。

 

それがこんなにうれしいものだったなんて。

 

知らなかった。

 

知れてよかった。

 

もう…何もいらないや。

 

満足だよ。

 

ぽっ……ぽっ。

 

緑白色の光の玉が、2人の周りに現れ始めた。

 

「…!」

 

「そろそろ…かな。」

 

時間が、来たようだ。

 

「…手、出して。」

 

颯太は言う。

 

もう、行かなければならない。

 

「では、指輪の交換を。」

 

神父風にそう告げて、颯太は彼女の薬指に指輪をはめた。

 

2人の体が軽くなっていく。

 

シロツメクサで丁寧に編まれた指輪。

 

彼女の頬が紅潮する。

 

少しずつ、浮き上がっていく。

 

2人は見つめ合って。

 

そして、笑って。

 

「颯太。」

 

彼女は言った。

 

おそらく、この世界で発する最後になるであろうその言葉を。

 

「優香。」

 

彼も言う。

 

親しみと、愛情をこめて、名前を呼ぶ。

 

これで、最後なんだ。

 

…本当に。

 

「「ありがとう。」」

 

2人の体が光を帯びる。

 

2人共、穏やかに微笑んで。

 

さっきまでいた丘は、もう見えないほど小さくなっていた。

 

”最後”にもう1度、抱き合って。

 

そしてやっぱり”最後”の、…キスをした。

 

ありがとう。

 

ありがとう。

 

そのまま2人はどこかへ消えた。

 

光の玉も、少しあたりをさまよい、またどこかへ消えた。

 

              *

 

…彼らは、どこへ行ったのだろう。

 

人は、死ぬとどうなるのだろう。

 

『…天国でお幸せに。』

 

『地獄で罪を悔い改めなさい。』

 

『よき来世を。』

 

『永遠の世界への旅立ちです。』

 

『見えなくなるだけなんだよ、本当はすぐそばにいる。』

 

いろんな、人々の声が聞こえる。

 

…本当は?

 

それは、誰にもわからない。

 

死から蘇った、人間はいないのだから。

 

              *

 

世界には、もっと長く生きていたかったが、死んでしまった人がいる。

 

何かに追い詰められて、死を選んだ人がいる。

 

死後の世界を知りたくて、試しに死んでみた人がいる。

 

きっとそういう人には、罰ゲームが待っている。

 

              *

 

ああ、僕、死んじゃったな。

 

もし、”次”があるなら、その時はもっと彼女を幸せにしたいな。

 

このまま2人で永遠に暮らせるなら、願ったりだ。

 

あはは。

 

それじゃあ、また。

 

おっと。

 

言い忘れてた。

 

『ありがとう。』

 

『また会いましょう。』

 

それじゃ。

 

              *

 

2人がいた丘は、再び静寂を取り戻していた。

 

虫が鳴いている。

 

見上げると、空には星が瞬いている。

 

その間をぬうように、2つの流れ星が、夜空に光った。

 

     ~Fin.~




いかがでしたか?

永遠の愛と、"最後"の言葉。

感謝で締めくくられた2人の人生は、これから、どこへ行くのか。

また、お会いしましょう。

感想、意見など、お聞かせください。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。