コンコンッ。
部屋のドアがノックされる音が聞こえた。
しかし、今は出る気になれなかった。
どうせ相手は桜華。
返事が無ければ勝手に入ってくる。
「やっぱりいましたか。そんなに雫さんと海に行けなかったのが残念でしたか?」
「残念は残念だよ。ぜひ桜華も一緒にって誘われてたし。
でも、そうじゃないよ。ちょっと考え事をしててね」
「そういえば兄様、ようやく黄龍の名を継ぐんでしたね」
「......知ってたのか」
「はい。他四家も三月に継承の儀を行うそうです。
それから、私もと言うことでした」
「そっか、桜華にもこの時が来たのか」
「......はい。高校生になったら榊影桜華として兄様をサポートさせていただきます」
榊影と言う名は次男や次女、当主を辞退した長男長女など五神家に生まれながら五家当主にならなかった者とその子孫たち、五神家を裏で支える者たちに与えられる姓。
桜華は俺が当主になることで榊影の名を名乗ることになる。
五神家の実働部隊であり、事後処理や諜報活動も行ういわば便利屋。
ブランシュの一件や九校戦での事件では俺たちが動いたけど、あれは稀なケースだった。
それにしても桜華も来年は高校生なのか。
「桜華はどこの高校に入るんだ?」
「それはもちろん一高です」
うん、知ってた。
そんな気はしていた。
「ですので一高入学後は榊影当主自ら兄様のサポートをさせていただきます」
ん?当主?
「榊影の当主になるのか?」
「はい、みんな隠居してずるいと
紅音さんは紅羽の叔母にあたる人物だけど、かなりおおざっぱな人だったと記憶している。
「それにしたってお前出来るのか?ほとんど脳筋と技術屋だらけの榊影を纏めるなんて」
「大丈夫じゃないですか?紅音さんが直々に使命してきたわけですから」
確かに紅音さんが誰でもいいから使命したとは思えない。
奏司の姉である青葉さんも当主を辞退したとはいえ東神の長女。
榊影当主の最有力とされていた。
東神当主を辞退した理由も『自分より奏司の方が優秀だから』というもの。
とは言えそれは自己評価であって、他人から見れば奏司より優秀に映るぐらいの魔法力も人望も知識もある。
そんな人を差し置いて桜華を使命したというのことは何かあるはずだ。
「青葉さんも私を推薦したみたいですよ。みんな面倒ごとは嫌いみたいですね」
「お前を買ってるんだよ、きっと」
「本当にそう思ってます?青葉さんも紅音さん同様に面倒臭がりな人ですよ?東神の当主を辞退した本当の理由は面倒だからだって噂される人ですよ?」
そう言われると弱い。
けど、
「面倒だからだとしてもお前の名前が出たって事はお前の実力を認めてるってことさ」
「......そうですね。それはそうと当主となればいよいよ婚約者探しですね」
桜華は唐突にそう言い出した。
何を言っているのかよくわからない。
「と言うわけで兄様、雫さんと本気で交際するのはいかがでしょう?」
「どうしてそう言う発想になるんだ......」
「父様が兄様に見合いをさせようとしていたので」
マジか、父さんそれは流石に気が早すぎないか?
「なので私、父様に言ったのです。『兄様には両想いの相手がいる』と。
そしたら相手は誰かと聞かれたので全部、包み隠さず話しました」
全部と言う事は雫と昔会ったことがあるとかそう言うこともか。
「それで父様も雫さんを認めたようなので後は兄様次第なんです」
「今の話で父さんが雫を認める要素が見当たらないんだけど?」
「それは九校戦の結果です。紅羽さんが認め、スピードシューティングで優勝。アイスピラーズブレイクでは四葉の当主候補相手に善戦し、敗れたものの準優勝。
それに何より、紅羽さんが五神家の事を教えてしまったというのが大きいですね」
......はい?教えた?五神家のことを?
「そんなの聞いてないんだけど!?」
「言ってませんからね、知らなくて当然ですよ」
「いつの話?」
「ピラーズブレイク新人戦決勝の日の夜です」
だから達也たちのモノリスコードを観戦してた時に親しげに見えたのか。
「それで雫は?なんて言ってた?」
「特には何も。ただ、覚悟は決めたみたいですよ」
「覚悟を決めた?」
「はい。あの目は覚悟を決めた目です。兄様と共に生きる覚悟を」
桜華の人を見る目は確かだ。
それはその人の考えや深層心理を見抜く力があるから。
桜華の目に雫が覚悟を決めたように見えたのならそうなんだろう。
「兄様はどうするんですか?」
「覚悟を決めろってことか......」
雫は中神の家のことを知ってもなお、変わらずに接してくれた。
理解できてないから今まで通りってこともあり得るけど、それでも少なからず微妙な距離感が生まれるだろう。
それすら無いってことは桜華の見込み通り雫は本気だということ。
しかし、雫と真剣に交際すると大きな問題が一つ。
それは、
『どうやって告白するか』
言葉が伝わればいいのかもしれないけど、それにしたって雰囲気とかムード的なものは必要な気がする。
「兄様、実は父様から雫さんに告白するのにちょうどいい場所の情報を得ています」
「本当か!?」
「はい。お二人にぴったりの......というかお二人だからこその場所です」
そう言って、桜華は一冊のリーフレット(折り畳み式のパンフレット)を差し出した。
あるホテルとその周辺施設の説明が書かれたそれを見て、桜華の言葉の意味を理解した。
確かにそこはぴったりの場所だった。