これは“戦車のレンタル業があったらどうだろうか”という思い付きの一発ネタです。
原作キャラは出ません。

大洗フィーバーの影響を受けて自前の戦車を維持するのも難しいような弱小校などが戦車を借りていくお話です。

内容としては戦車屋さん、レンタル屋さんの整備話みたいなものです。

・戦車のメンテナンスや履帯交換、積み下ろし作業、擬装網洗い
・レンタル会社のサ-ビススタッフのある一日



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※この世界の道路運送車両法や各種法規は現実のものと異なります。


戦車、貸します!

 皆さんは“レンタル業”という業種をご存じだろうか。

 一口にレンタル業といってもDVDやらCDを貸し出しているレンタルビデオ店もあれば、普通の乗用車などを貸しているレンタカー会社、あるいはイベントなどで使う照明、発電機、舞台セットなどを貸し出している会社もあり、取り扱うものは多岐にわたる。

 

 “戦車、貸します”

 

 ここではそんなレンタル業に属するある会社に勤める整備スタッフの一日について話をしようと思う。

 

 陽光(ようこう)レンタル株式会社は、元々は建設機械やトラックなどのレンタルを行う会社であり、静岡県の富士建機と北九州建機が対等合併して誕生した。

 ところが経営の危機が発生しもはや倒産かとなった時、ある熊本の名家による出資を受けて苦境を脱した。

 時が経ち、“戦車道”が広く社会に認知されはじめたころ、陽光レンタル株式会社は建設機械整備のノウハウがあったことから筆頭株主のGOサインを受けて戦車道に参入したのである。

 その後、何回かの“戦車道特需”を受けて業績は回復し、こうして陽光レンタルは戦車レンタル業の中でも上位に入るようになったのだった。

 

 港湾部から山の中まで全国52か所の営業所は午前7時30分から開店する。

 これは建機レンタルも行っているためで、朝イチで借りて日中現場で使用、夕方返却というお客さんのニーズに合わせた開店時間なのだ。

 それは戦車道専門店である清水港支店でも同じであり、7時20分頃になると早出で出勤した整備サービススタッフと営業マンたちが開店作業を始める。

 

「おーいケンジ、正門開けてくれや」

「はーい!」

 

 彼、鹿島健二は陽光レンタルに入社して2年目のサービススタッフで、少し前まではMM、いわゆる小型機械(ミニ・マシーン)を取り扱っていた。

 しかし、静岡県内に出来た新店舗である清水港支店に転勤になると特車係に任命されたのだ。

 リーダーの指示に健二が南京錠を外して正門を開けると、レンタカーを借りたいというお客さんが入って来た。

 ケネディジープに4人乗りでやって来た彼らは戦車道関連の人間ではない。

 グレーの作業服にクリーム色のヘルメットをかぶった建築屋さんである。

 

「安斎工務店さん、M3ハーフトラック1011出庫です」

「了解、どこのヤードですか?」

「本ヤードに置いてます、案内お願いします」

 

 事務所前に準備していたハーフトラックに案内し、貸出時の燃料と外観の確認をしてもらう。

 案内も終わりきらぬうちに社名の入ったダンプトラックが入って来て、事務所から無線で指示が入った。

 

「英米建設工業さん、カーデンロイド1884積み込みお願いします」

 

 お客さんにジャンプ台と呼ばれる積み込みのためのスロープにバックで着けてもらうと、近くに居たサービススタッフが小さな豆戦車をトラックに積み込む。

 

「明和警備さんご来社、クロスレイ装甲車出庫です」

「島田道路さん、カーペットレイヤー返却です。レンタル番号は481です」

 

 8時過ぎまでの30分間に15件の出庫、7件の返却があり、休む暇もなく対応に追われていた。

 どうして建設業の人々が戦車道専門店に来るのかというと、物にもよるが普通の建設機械やレンタカーより頑丈であるという事に加えチャーチルAVREなどの工兵車両では特定用途の能力に特化しているためだ。

 建設業の出庫ラッシュが終わると登校時間が終わった高校や大学が借りに来るのである。

 本ヤードは狭くて一時的に置くとしても軽戦車以下の小型戦車や車両しか置けないため、健二は事務所のある本ヤードを出て戦車ばかりを置いている戦車ヤードに向かう。

 戦車ヤードは本ヤードから数十メートル歩いた先にあり、周りを囲む金網の向こうにはレンタル番号の入った戦車がずらりと並び、原産国も様々だ。

 ドイツ、イギリス、アメリカ、そして日本の車両が並んでいる。

 

「朝取りの戦車は……Ⅲ号戦車9512、Ⅲ突の3210と3217」

 

 カギ箱からカギを取り出すと、キューポラや操縦手用ハッチに掛けられた南京錠や内側ロックを外す。

 同時にエンジンを掛けて空吹かしして車両を温めておくことも忘れてはいけない。

 暖気や慣らし運転を始めるのは一部の車両や冬季において始動に時間がかかり、出庫直前にすると積み込みが遅れる事がある。

 あるいはエンジンカッターやチェーンソー、草刈り機といったリコイルスターターを引くような小型機械同様、一発でかからず何回か始動動作をしないといけないという事もあるからだ。

 3両の戦闘車両を無事に始動させると、事務所から無線が入った。

 

照葉女学院(しょうよう)さん向かわれました』

「了解」

 

 大きく開いた戦車ヤードの入り口に立ち、道路を見ていると戦車積載用のセミトレーラーがやって来た。その後ろに営業車の軽自動車が続いてやって来た。

 

「オーライ、オーライ、オーライ、オッケーです!」

 

 健二は大きく腕を振りながらバックで入ろうとするトレーラーを誘導して、積み込み場所で止める。

 

「照葉女学院です」

 

 厳つい大男に似合わぬ言葉に健二は一瞬、吹き出しそうになったがよくよく考えなくても向こうが依頼した配送業者さんであるから何とかこらえて出庫作業を始めた。

 営業車から降りてきたのは照葉女学院と取引をしている担当営業の森野で、戦車の誘導要員として来たようだ。

 小物の納品作業があるのかスーツではなく、ツナギにヘルメット姿であり光るLED誘導棒を持っている。

 

「わかりました、森野さん、誘導お願いします」

「わかった」

 

 森野と運転手でトレーラーに道板(みちいた)を付け、健二は車列から出してきたⅢ号突撃砲G型を道板に対し正対させる。

 道板での方向転換は危険であるために、あらかじめ方向を決めて低速ギアで一挙に登りきれるようにしなくてはならない。

 だが、いくらハッチを開けたとて操縦手席から見える視界は限られている。

 特にⅢ号突撃砲はハッチが無く開放操縦ができないため貼視孔(てんしこう)からの細く小さな視界しかない。

 インカムから聞こえてくる誘導者の森野の指示が全てとなるのだ。

 

「ちょい右!」

「はーい」

「戻して!」

「はい」

「OKです!」

 

 微調整を終えた健二は道板に進入し三突は天を仰ぐ、視界いっぱいに青空が見えて砲身が右側に伸びている。

 いよいよ坂の上に上がったようで、スロットルを絞る。

 落ちる感覚とともに視界が流れ、トレーラーのキャビンが飛び込んできた。ごとんという衝撃とトレーラーのサスペンションからの跳ね返りの振動が車内に成功を伝える。

 前方に余裕があるから砲身が当たるとかいう事は考えても居なかったが、やはり荷台に乗りきるまでは不安だったためほっと一息ついた。

 

 戦車や建設機械でときどき起こる()()()()()()はここで起こる。

 道板から逸れて転落し誘導者を下敷きにしたり、長砲身がキャビンを直撃したりといった痛ましい事故が後を絶たない。

 

 健二は荷台から落ちないように動かしてエンジンを止めた。

 

「後はこっちでやりますんで」

 

 配送業者の運転手は木片を履帯に噛ませ、戦車の各所にチェーンを掛けてレバーブロックをがちゃがちゃと動かして締めてゆく。

 荷締めは()()()()()()()()であるため、会社としてはやらない方針であるのだが例外が存在する。

 未成年者の生徒による自主輸送に関してはその例外であり、ある程度までの荷締め作業が許されているのだ。

 サンダース大附属高校などにおいては自前の輸送機が存在し空挺投入なども行えるらしく、自主輸送はポピュラーだ。

 

 健二がⅢ号突撃砲2両とⅢ号戦車、飛び込みで注文のあったチャーチルAVRE(ソダ束積載型)を出し終えた時、もう昼前となっていた。

 戦車ヤードを出て、海の方を見るとアンツィオ高校のほか、先ほど戦車を納品した照葉女学院などの学園艦が数隻停泊しているのが見える。

 清水港支店が戦車道専門店として開店したのは、学園艦の停泊地に近いからだった。

 

「また大会でもあるんかな、このあいだ高校戦車道大会が終わったばっかりなのにな」

 

 妹は学園艦に乗っているが、あまり連絡を取ることはなく海の上に浮かぶ学園艦で何をやっているかもよく知らない。

 最近、やけに出庫が多くなったなと感じるくらいであって、戦車道界隈に詳しいわけでもない健二にとって学園艦とは「寄港すれば戦車を借りに来るか返しに来るかの()()()()」にしかすぎないのだ。

 昼食をどのタイミングで取ろうか考えつつ事務所に戻ると、他のサービススタッフはもう先に昼休憩をとっており手にコンビニの袋を下げた新人の対馬君が健二の元へやって来た。

 

「鹿島さんと吉野さんは12時30分から昼飯だそうです」

「ああ、遅メシか了解」

 

 どうやら昼食シフトの話し合いがあったようで、6人のサービスのうち11時半から始まる早メシが2人、12時からが2人、そして12時半の遅メシに健二ともう一人が割り振られたようだ。

 早メシの休憩時間が終わるのと入れ替わるように健二は事務所の奥にある休憩室に入った。

 

「A1すべすべして可愛いなあ……海王堂、いい仕事してる」

 

 そこにはデフォルメされたM4A1シャーマン戦車と、それを見て興奮している女がいた。

 吉野智子(よしのともこ)は健二と同時期に入社したサービススタッフで元戦車道選手、そして大の戦車オタクだ。

 日本人形のような黒髪を後ろで縛り、ポニーテールにしている彼女は美人であるものの口を開けば残念な感じであり、彼氏はいないようだ。

 

「あっ、鹿島君!みてみて、ガチャガチャでシャーマン当たったんだ!」

「はい、えっと何回目で?」

「6回目だよ!1800円!マチルダとⅣ号ばっかり増えちゃって」

 

 健二は近所のコンビニで買ってきたカップ麺と安定の牛カルビ弁当(550円)をテーブルに広げて智子の向かい側に座った。

 

「それで、昼飯は?」

「ふっふーん、今日はこれ!」

「えっと、“乙女の戦車道弁当~かつどん作戦です~”何これ」

「そう、今回の戦車道大会で優勝した大洗女子にあやかって作られた弁当だよ!」

 

 戦車のイラストが描かれたビニールを取るとわらじの様なトン()()()()()と現れ、横に白米が見える。

 最近“忖度弁当”やら“身内ネタの弁当”やら出しているコンビニだけについ尋ねてしまう。

 

「カツ、メシとめちゃくちゃ男らしいけどどこが乙女なんだ?」

「優勝前夜に大洗のメンバーはカツを食べたっていうインタビューがあったでしょ」

「景気づけにカツってか、しょうもない」

「でもそれで優勝できたんだから儲けものじゃない?」

「そうだな、で、値段は610円と……たけえ」

 

 コンビニにおいて普通のトンカツ弁当が540~590円台なのに対し、かつどん作戦は明らかに高い。

 

「売り上げの一部は大洗学園艦存続費用に充てられるんだって」

「で、こんな弁当売れるのか?」

「なんと、今キャンペーンやってて応募券を集めると、大洗女子グッズがもらえるんだって」

「で、吉野さんは何枚持ってるの」

「ついに5枚目、大洗生徒会のサイン入りどんぶりが貰える」

 

 牛カルビ弁当と塩ラーメンを食べながらかつどん作戦の包みを見た。

 そこには皿、どんぶり、パンツァージャケットの3種が選べ、パンツァージャケットは15枚必要だ。

 手元でシャーマンを転がしていっこうに食べ始めない智子に健二は嫌な予感を覚えた。

 

「ところで、鹿島君いい?」

「なに?」

「これ、食べない?連続三食カツは辛い」

「やっぱりかよぉ!」

 

 これには前科があり、前回は箱買いした戦車カードのウエハースを処理したのである。

 抽選券欲しさにトンカツ弁当を買った智子から“かつどん作戦”を受け取った健二はバックパックに収納すると、仕事に戻ろうとする。

 その時、何かを思い出したかのように智子はポンと手を打つ。

 

「ところで鹿島君、戦車道関係に知り合いっていないの?」

「え、居ないんじゃないかな。たぶん」

「そっかー」

「どういうこと?」

「なんでもなーい」

 

 健二の様子をじっと見た彼女は整備帽を被り、休憩室を出て行った。

 昼休憩が終わると、整備スタッフたちは色々な作業に取り掛かる。

 サービススタッフの仕事は大きく分けて5つくらいに分類される。

 

 お客さんに戦車や装備を貸し出す“出庫作業”

 返却された戦車の点検や修理を行う“戻り作業”

 レンタル品の不具合などに伴う“出張修理”

 特定自主検査や車検といった機材の“保守点検を受けさせる”作業

 別の支店などに在庫品を移動したり、耐用期限を過ぎた商品を除却(じょきゃく)する“在庫管理”

 

 これは建機レンタル、戦車道専門店問わず共通することである。

 健二は今日の夕方取りの二号戦車L型ルクスの整備を行っていた。

 小さな車体に取り付けられた履帯は湿式履帯であり、履板同士を繋ぐ連結ピンにはグリスの給脂口がついてありピンの焼き付きや摩耗を防止するために行動前、休止中、終了後とマメに給脂しなければならないのだ。

 

「サービスさん、三河島建設さんからお電話です」

「はい」

 

 事務員の女性に呼ばれ、一番近くに居た健二は電話を取った。

 

「はい、サービスの鹿島です。どうされました?」

「借りた装甲車なんやけど、履帯外れたから付けに来て」

 

 こうした「キャタ外れ」は履帯で動く戦車や油圧ショベルでよく来る出張修理依頼のひとつであり、電話を受けたサービススタッフは出動準備をする。

 

「鹿島君どう?」

 

 電話でのやり取りを見ていた支店長が尋ねる。

 軽度の物なら「現場で直ったからやっぱり良いわ」などとなって出張しなくともよくなる。

 健二は首を振った。

 

「完全に外れてるんでダメです。出張行ってきます」

「そうか、きついなあ」

 

 6人いるサービススタッフのうち、リーダーは昼頃から戦車の車検に行っていて不在であり、3件の出張修理に2人は出てしまい、新人の対馬君は大型特殊免許を持っておらず戦車に乗れない。

 もし、出庫や戻りがあった場合戦車を動かせるのが智子しかいないのだ。

 誘導員になりそうな営業マンたちも出払ってしまい、事務所には支店長と事務員の女性が3人、そしてフロントマンがひとりだ。

 営業時間中、常に電話を受けたり伝票の処理、料金の回収などと言った仕事に追われている事務員は誘導どころではないし、フロントマンも予約の処理や他支店とのやり取り、そしてお客さんへの配送などの手続きをしなくてはならないのだ。

 結果、支店長がトランシーバー片手に外に出て誘導などをするのである。

 

 健二は夕方の出庫・戻りラッシュまでに二人の先輩のどちらかが帰ってきてくれることを祈りながら社内使用の3トンユニック車を本ヤードへと回す。

 荷台に長いバールや鉄パイプ、“魔法使いの杖”というあだ名で呼ばれている特大ラチェット、30トンボトルジャッキ、敷板などを積み込んでいく。

 これらは重機や戦車の出張修理の時の基本装備で、場所が自衛隊の演習場や戦車道の試合会場においては防弾ヘルメットや防弾ベストといった()()()()装備を着けていくこともある。

 現場はバイパス工事の現場であり、車両突入に耐えうる人員輸送車兼資材運搬車として使っていたようだ。

 オープントップのハーフトラックは長い標識や単管を乗せられるだけでなく、普通の平ボデー車やダンプトラックと違いシートがついているため人員を乗せることができるのだ。

 

「行ってきます」

 

 事務所内の予定表に行先と使用車両の番号を書き込んで、事務所のドアを開けるとさっきまで対馬君と明日出庫の擬装網(ぎそうもう)6枚をじゃぶじゃぶと洗っていた智子が寄って来た。

 

「鹿島君、甘い差し入れを買ってきてくれると助かるわぁ、お腹が減った」

「寄り道なんてしないし、昼めし食わねえからだよ」

「……いってらっしゃい、君がそんな薄情な奴だとは思わなかったよよよ」

「言ってろ」

 

 よよよと泣くフリをする智子に見送られて、健二は出張修理に向かった。

 表面の舗装を剥がして掘削した路盤から舗装済みの路面に出ようとした際に無理な操向をしたからであろうか、Sd.Kfz. 251/7ハーフトラックの左履帯は完全に外れて舗装面走行用に開発されたゴムパットが路面に黒い履帯痕を作っていた。

 

 履帯外れの修理はまず、テンショナーを動かして環状の履帯をはめ込むところから始まるが、()()に外れ切った場合環状ではめるのが困難である場合がある。

 そうなると連結ピンを抜いて履帯を切って敷き、その上を片輪走行させて履帯を連結させる方法が取られる。

 履帯をはめ込むのは難しいと判断した健二は連結ピンを抜き取り、履帯を繋ぎ直す決心をした。

 

 連結ピンを抜いて履帯を切るとトラックに取り付けられたクレーンで履帯を吊り上げて直線状に伸ばしてハーフトラックの後ろに置く。

 そして慎重にバックで履帯の上を下がり、連結ピンのないアイ部分にバールを突っ込み鉄パイプを噛ませて二人から三人で転輪上部に履板を乗せるのである。

 軽戦車やハーフトラックの履板はそんなに重くないので一人か二人でも交換可能だが、重戦車などでは履板一枚当たりが重いうえ複雑な構造だというのもあってこの作業がとても大変なのだ。

 履板を転輪に乗せるにはコツがあり、起動輪の回転に合わせて1、2、3とテンポよく送り出すと(たる)みにくい。

 弛んで転輪に絡んだり、履板同士がくの字に折れて引っかかってしまうとやり直しだ。

 

「兄ちゃん上手いなあ、さすがや」

 

 現場の職人たちに見守られながら履板を繋ぎ、テンショナーで履帯を張ってグリスを給脂する。

 敷板でさえ埋まるような軟弱地や中戦車でもない、比較的簡単な作業だったため作業時間は1時間半で終わり、手書き伝票と出張修理報告書にお客様サインをもらうと、支店に帰る。

 力仕事で汗をかき、のどが渇いた健二はスーパーに立ち寄った。

 気付けば自分が飲む分のスポーツドリンク以外に「これはついでだ、ついで」とあんパンを買っていた。

 あんパンに、お茶の入ったポリ袋を見てつくづく智子に甘いなあと感じた健二であった。

 

 出張修理を終えて事務所に帰ったとき、戦車道をやっている乙女たちがカウンター脇のテーブルに座っていた。

 営業と支店長が対応しているようで、対する女子高校生は生徒会か自治会長だろう。

 

「それで、マーチン海洋高校は戦車道を……」

「はい、学園艦の統廃合で」

「大洗みたいにいかなかったら、その時は……」

「私たちには水産資源があります」

「なになに、……イワシの缶詰工場ですか」

 

 大洗学園の存続を掛けた戦車道再開は、統廃合のリストに加えられた学校の生徒たちに希望を与えた。

 ここにやって来た少女たちも、戦車の“リース契約”の見積もりにやって来たのだ。

 しかし、そこでネックとなるのは廃校予定前倒しなどでリース料金を回収できなくなる可能性があることだ。

 資金のある学校が一時的な戦力増強策として試合前に月ぎめ契約でレンタルするのとは訳が違うのだ。

 月々のリース料金が払えるのか、学校運営側はこのことについて知っているのか、万が一の違約金は大丈夫か?などといろいろ契約する内容を詰めてゆく。

 こうした営業と支店長の面談の後で書類は審査部に送られ、本社決済があった後に長期契約の可否が決まる。

 

 後日、学園艦の保有する一部資産を担保に戦車2両分のリース契約が決まった。

 まだ募集停止などの措置が採られていないことからリース期間は現1年生が卒業するまでの2年6か月であり、その期間が終われば返却か残価を支払っての買い取りかを選ぶことができる。

 そうしたリース戦車の良いところは各種税金や車検・整備などの維持費がリース料金に含まれている事であり、資金に余裕のない学校でも扱いやすいという所だ。

 また、車検や定期検査の時期が来たら通知が来て、やって来たリース会社提携の整備業者に出すだけで複雑な手続きなどがいらないのだ。

 

 一方、健二たちサービススタッフが主に対応する“レンタル戦車”は、ごく短期間の使用に向いており、保有するととてつもなく維持費のかかるカール自走臼砲やら超重戦車マウスやらが()()()()()で使えるのである。

 なにより出張修理サービスの対象であって、修理工場に持ち込まなくていいというのが大きい。

 また戦車という装備の性質上、どこかしら壊れることが前提であって小型機械と違い有償修理の範囲が狭い。

 よく壊れる履帯や転輪といった足回りや、レンタカーと違って装甲のへこみや傷は有償請求されないのだ。

 ただ、主砲や光学照準器、砲塔旋回タレットなどの精密部位が壊れると話は別で、砲身を壁に当てるなどして曲げてしまったり、光学照準器を破損させたりするとそのアッセンブリーは使い物にならなくなるため有償請求となってしまうのだ。

 こうしたことからレンタル戦車ではⅢ号突撃砲E型、Ⅲ号戦車などの短砲身車両が人気でヤクトパンターやJS-2といった長砲身の戦車はそれこそ熟練した乗員の居る学校の追加火力として運用されていた。

 

 話を健二の一日へ戻そう。

 智子に差し入れのあんパンを渡したあと、カウンター裏に置かれた手書き出庫予定表を見る。

 出庫予定表には電話を受けた人とお客様名、注文物品と個数、そして出庫予定時間が記されており、準備ができたものから赤ボールペンで消していくのだ。

 健二がパラパラと予定表をめくると出張の間にレンタル車両が2件、レンタル戦車が3件、そして小型機械が4件入っていた。

 明日の夕方に取りに来るようなものは後回しで、今日中に取りに来るものと明日の朝いちばんに来るものから準備をするのだ。

 手書き予定表の一番上のページには追加注文や急ぎの注文が記されていた。

 

 藤沢高校 三号戦車J 1 1600頃来社

 藤沢高校 バラキューC 4 ↑三号に積む

 

「まだやってない今日の夕取りは……バラキューCが4枚とⅢ号J型か」

 

 智子と対馬が“バラキューダ”と呼ばれる擬装網を洗っていたことを思い出して事務所を出て倉庫内を探す。

 しかし在庫の棚には巻物状になったバラキューはなく、屋外の戻り品置き場に茶色い小山が出来ていた。

 ふたりでジェットウォッシャーを使って2枚の擬装網に高圧水流を掛けていた。

 

「バラキューC追加注文入ってるけど、やってる?」

「あっ、まだやってない」

「これはツカノ工業さんのやつですよ」

「マジか、今、夕取りでⅭが4枚入ってたぞ」

 

 バラキューには緑面と枯葉色の面があり、季節によって使い分けられるうえ赤外線も欺瞞できるスウェーデン製の優れモノだ。自衛隊も運用している。

 大きさには“A”と“C”があって、長方形の“Ⅽ”を2枚くっ付けると正方形の“A”一枚分の大きさになる。

 使い方としては支柱を立てて屋根型に戦車を覆うときにはAサイズを数枚使い、砲塔上面や砲身、車体に括りつけて使用する際はCサイズを数枚使う。

 あくまで一例であり、Cサイズの在庫が少ない部隊なんかだとAサイズを無理やりゴムバンドで縛り付けていることもある。

 こうして使用されたバラキューは泥まみれになり、演習終了後に洗う事となる。

 だが、手間がかかることもあって後回しにされることも多く、自衛隊の戦車部隊であってもそうなのだから、多忙なレンタル屋ではことさらその傾向が強かった。

 高圧洗車機が使える場合、茶色一色となったバラキューを広げて色が変わるまで高圧水流を当てて泥を落とす、これを表裏両面行うだけだ。

 しかしこれには広いスペースが必要で、Aサイズを何枚もとなると細い棒状のジェット水流を直撃させる以上時間と水がものすごくかかる。

 そのため、節水できて場所を取らない、そして高圧洗浄機などが無くても出来る洗い方がとられることが多い。

 

「じゃあ、モミ洗いでいこう」

「シート取ってきます」

 

 対馬はさっき干したばかりのODシートを牽引カーゴに敷き、水を入れる。

 その中にバラキューを入れ、3人掛かりで時計回りに回しながら手でモミ洗いをするのだ。

 雨衣に長靴を履いた3人が水槽に手を突っ込んで濡れて深緑色をのモノをかき混ぜている様子はまるで水産物加工業者の様であり、濡れた擬装網は海苔や昆布といった海藻に見える。

 泥が落ちて中が見えないほどの泥水になると、カーゴのあおりの一部を開けて排水し水を入れ替える。

 この行程を2回繰り返して最後にホースの流水ですすぐと、擬装網の洗濯は終了で泥が付かないように倉庫の梁から吊るしたり、コンクリ製の建物の屋上などで干すだけだ。

 だが、悠長に干している時間が無いとなると取れる技はひとつだ。

 日光に当たって温まった戦車のエンジングリル上に広げ、暖機運転をすることで吸入空気の流れと装甲板自体の温度によって一気に乾くのだ。

 

 バラキューを乾かしている間に健二はⅢ号戦車の点検を済ませて点検票を書く。

 最初は戦車の外観と、履帯のコネクタピンの点検から始まる。

 1つ1つ転輪を触って確かめると左右の履帯のコネクター部分を“2ポンド”の愛称で呼ばれるボールピンハンマーで叩き、打音を調べる。

 キンキン音ならば正常であるが、コンコンと篭ったような音になるとコネクタピンが抜けかかっているのだ。

 足回りの点検の後はエンジンオイルやトランスミッションオイルの点検を行う。

 

「量よし、質よし、金粉(きんぷん)無し」

 

 オイルレベルゲージを浸けて油量を確かめて匂いと手触りで質を確かめる。

 現代の戦車ではほぼないが、戦車道に参加するような年代物の戦車の一部では金属加工が甘かったり経年劣化によって摩耗し金属粉が浮いていることがあるのだ。

 特に操向にトランスミッションを酷使する装軌車はギアの摩耗がよく起こる。

 なかでも金属粉が出始めるのは内部が相当傷んでいる証拠であるから金粉が出たエンジンやトランスミッションは協力会社の整備工場に送ってオーバーホールとなる。

 車内に入ると各装置の点検に入る。

 砲周りはもちろんのこと電装系の導通試験、無線機搭載車両においては架台の留めネジやら、設定、乗員用交話装置などもしっかり点検するのだ。

 スケルチと周波数のつまみを動かし、ノイズが小さくなったところで車内通話を行う。

 車内の次は車外通話に切り替え、事務所脇の作業台上に固定されている車載無線機を呼び出す。

 

「送話テスト、三号9521より事務所、感明送れ」

「……事務所より三号9521、感明よし」

「了解、テスト終わり」

 

 車外に居る智子の声が明瞭に聞こえてきたことを確認して無線機を切った。

 

 レ 藤沢高校 三号戦車J 9521 1600頃来社

 

 なんとか点検が終わり出庫準備ができると、手書きの予定表に赤いボールペンでレンタル番号と、準備完了を示すレ点を記す。

 ちょうどその時、本ヤードに一台の真っ赤なドイツ製の高級車がやって来た。

 外車から降りてきたスーツ姿の女性に、対馬と健二は駆け寄る。

 黒いパンツスーツに戦車靴を思わせる安全靴といったいでたちで、同乗者がいないところを見ると彼女が乗って帰るのだろうか。

 

「いらっしゃいませ!」

「藤沢高校の織部(おりべ)です、戦車を取りに来ました」

「かしこまりました」

 

 織部と名乗った女性は、戦車の方へと駆けていく健二を一瞥するとつかつかと事務所の中に入っていく。

 カウンターにいた事務員の女性がトランシーバーで出庫のレンタル番号を告げる。

 

「三号9521、バラキュー4枚出庫です」

「了解です」

 

 ガソリンエンジンの吹け上がる音と履帯が地面を踏みしめるコトコトという音が振動を伴ってやって来る。

 健二が事務所前にピタリと止めると同時に、納品伝票にサインした彼女が出てきた。

 

「こちらがレンタルの車両になります」

「そう」

 

 女性は車体の周りを一周回ると、両手で戦車を掴んで転輪に足を掛けて車体に上る。

 見事な三点支持乗車であり、その動きは“機甲科出身”かあるいは厳格な道場のそれである。

 

「えっと、お車の方はどうされますか?」

「預かりでお願い、明日取りに来ます」

 

 必要なことしか言わないとばかりに彼女は操縦手席に滑り込み、流れるような動作でエンジンと電装系のスイッチを入れた。

 戦車による公道自走という事もあって健二は脱着式のフェンダーミラーを取り付けた。

 

「右よし、左よし、後方よし、前へ」

 

 女性はよく通る声で確認を済ませて戦車を動かし、敷地から出て行った。

 

「ありがとうございました!」

 

 健二が頭を下げて見送ったところに智子がやって来た。

 

「ところで、あの人は何者なんだ……」

「知りたい?」

「おう」

「日本戦車道連盟の中でも有数の“武闘派”織部橙子さん、通称『ミスオレンジ』」

「そんな人がどうしてウチに?自前の戦車くらい持ってそうなもんだけど」

「さぁ、自家用戦車なんて持ってるのはどこぞの流派の師範くらいよ」

「ふーん、そんなもんか」

「あだ名の『ミスオレンジ』っていうのも、機甲科の職種色から来てるんだって」

 

 現役の女子学生だけでなく、各校戦車道のOGや連盟の会員もレンタル戦車を利用し、中にはわざわざ後輩と模擬戦をするためだけにレンタル戦車を借りる人も居るのである。

 

 閉店時間である18時が近づくと様々な場所から戦車や車両が帰ってくる。

 

砲隊鏡(ほうたいきょう)三脚付き返却です」

「レンタル番号教えてください」

「砲隊鏡2867」

 

 “カニ眼鏡”の通称で呼ばれ距離を測る砲隊鏡や地質・地盤の強度を調べるコーンペネトロメーター、砲を洗うための洗稈棒(せんかんぼう)といった戦車道に関わる機材や、脚立、バルーンライト1KWディーゼルエンジンといった様々なMMが返却され、そこに車両やトレーラーに積まれた戦車がやって来てヤードがごちゃごちゃとし始める。

 

 返却や夕方取りのお客さんをサービス、営業マン総出でさばいていくがいかんせん数が多い。

 トラック・ダンプなどのレンタカーや大型発電機、油圧ショベルなどを取り扱っている建機レンタル店よりは客の総数が少ない、しかし、一つ一つの商品が重くて大きく死角も多いことから誘導員などで人手を食うのだ。

 

「ルクス3213、燃料オッケー、外観異常なし」

「了解、車検証ありますか?」

「はい、車内にあります」

「ルクス3278の降ろしお願いしまーす」

 

 戻って来た二号戦車L型の降ろし作業と点検のさなか、配送業者の大型トレーラーがウインカーを付けて正門前にやって来ていた。

 営業が少し前の状況を見てオッケーを出したようで、まさか直前に別の学校のトレーラー2両が先に入ってくるとは思わなかったのだろう。

 

「ミカド運送さん入って来られます、本ヤードで降ろし作業できますでしょうか?」

「狭いな、戦車ヤード回ってもらって」

 

 事務所からトレーラーを入れて大丈夫かという無線が入る。

 無理をすれば3台くらい入るかもしれないが、中戦車を積むような大型トレーラーが道板を使って降ろし作業をするには狭すぎるのだ。

 塀越しにトレーラーに乗ったシャーマンの砲塔が見え、智子が事務所に尋ねる。

 

「了解です、M4A3E8(イージーエイト)ってことはSIU(エスアイユー)からの戻りですか?」

「はい、清水国際大学からの戻りです」

「じゃあ戻り確認私が行きます」

 

 智子は戦車ヤードでシャーマンを下ろすと、簡単な戻り点検をやり車列に並べる。

 本ヤードに返却された物も同様で、戻り点検が終わると戦車の泥やホコリをジェットウォッシャーの高圧水流で落として、戦車は戦車ヤードに車両は車両ヤードに収納する。

 こうして、陽光レンタル株式会社サービススタッフの一日は終わっていくのだ。

 

 

「かつどん作戦、カツデカいけどご飯すくなっ!」

 

 そして、健二は昼もらった弁当を晩御飯にしていた。



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