はねバド!~Second Wind~   作:STORICKS

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はねバド!~Second Wind~ 石澤望編
プロローグ


「それで、どうしたいんだ? これから」

 インターハイを終えた逗子総合高校バドミントン部は、新人戦に向けた校内合宿を行っていた。

 後輩たちの声が、遠くに聞こえる。

「免許取りに行きます。……っていうか、もう行ってますけど」

「……そうじゃない」

 倉石監督は最近、練習中に抜け出すことが多い。

 練習場に来れば相変わらず声が大きいが、頭ごなしに怒鳴りつけることはなくなった。

「進路だよ、進路。石澤、お前の」

「はぁ……」

 私は、特待生としてこの逗子総合に呼ばれた。

 荒垣のウィークポイントを見抜いていた、倉石監督の肝煎りだったらしい。

 たしかに、この夏、私たちがインターハイに出られたのは、北小町に荒垣が居なかったから……かもしれない。

 私も負けた。

 準決勝で。

「どこか、ありますか?」

 多分、ない。

 逗子総合として、団体戦はインターハイに出られた。

 でも、結局フレ女に負けてしまって。

 個人戦は荒垣に準決勝で負けたから、インターハイには出られなかった。

 つまり、大した選手じゃない。

 激戦区神奈川とは言え、予選で消える名前だ、私は。

「……俺だって逗子総合の監督だ。口を利いてやれないわけじゃないが……」

 苦虫を嚙み潰したような顔で、倉石監督は唸った。

『石澤望』の値札には、そう大した数字が付けられない、というわけだろう。

「いいですよ。普通に一般受験で、どこか探します」

 自慢ではないけれど、三年間で今まで一度も赤点を取ったことはない。

 曲りなりにも主将として、同級生や後輩に、文武両道の範を示せ。

 そう言われていた。

「いや、まぁ……あるにはあるんだ。ただ……遠くてな」

「……?」

「まぁ、座れ」

 促されるまま、皺だらけの古びたソファに腰掛ける。

 タクシーのような座り心地だ。

 不特定多数の、とても多くの人間が座ったような。

「これだ」

 机の引き出しから、倉石監督は一枚の封筒を取り出す。

「開けても?」

「ああ」

 封はされていなかった。

 よくあるパンフレットの類か……。

 私と同じく引退した三年生のチームメイトも、よくこういうのを開いては、悩み顔を見せている。

 今の時期、『高三の夏休み』は特にそうだ。

「……」

 厚手の紙でできた、数ページの冊子。

「東北体育大学……でも、私立ですよね、これ?」

 逗子総合も私立だけど、一応は特待生で入学したから、学費は免除だった。

 でも、大学となると、ちょっとな……。

「必ずしも行けとは、俺も言わん。実業団の時の仲間が監督やってるところなんだが、まぁ大した山の中でな」

 頭上から聞こえる倉石監督の声に頷きつつ、その冊子をめくる。

 残雪の山をバックにした表紙をめくると、二枚目の大学構内図にもやたらと緑。

 その次のページから、数枚のキャンパス風景写真を読み飛ばして、裏のアクセス図を見る。

「山形新幹線?」

 私が乗ったことがあるのは、東海道新幹線だけだ。

 自分と同じ名前の『のぞみ』。

 それとは違うらしい。

 新幹線『なぎさ』はあるんだろうか?

「……いーしーざーわぁー?」

「へ?」

「聞いてたか? 俺の話」

「……すいません」

「まぁ、いい。言っちゃなんだが、この大学は『二線級』だ」

 申し訳なさそうな顔のまま、倉石監督は話を続ける。

 

 

 

 

 ……ところどころ、眠くなって聞き逃した。

 つまるところ、『一線級』──神奈川体育大学のような、素材も環境も整った大学ではない、ということ。

 それでも、私がおぼろげに考えていた、『偏差値が下の方の国公立大学』よりはマシだろう。

「はぁ……」

 電車の揺れが、眠気を増幅させていく。

 ぼんやりとした頭で、三年間を振り返る。

 入学したての頃、上級生に勝って天狗になっていた私を、倉石監督が叱ってくれたこと。

『お前の強打は通用しない』。

 それから、あの口うるさい指導が始まった。

 今にして思えば、倉石監督は彼なりに、私の『未来図』を探してくれていたのだと思う。

 その『目的地』である志波姫には、手も足も出なかったけど。

 彼女にはもう、いくつもの実業団チームから誘いが来ているらしい。

 荒垣だってそうだ。

 知り合い、または友達という贔屓目を差し引いても、近い将来、彼女たちは大舞台に立つだろう。

 私に、『東京オリンピック』の席は、たぶん、ない。

 今のままでは。

 ……『今のままでは』?

 そう思った時点で、私は心の底で、決めてるんじゃないの?

 

 

 

「四年ぶりだったんだよ」

 醤油に浸した大根おろしを厚焼き玉子に乗せながら、倉石は嘆息した。

「『全免』の特待に限れば、もっと……俺が逗子総合の監督になってからはあいつ一人じゃないかな」

 二人が酒席を共にすることは、これまで何度もあったが、自分の生徒について話をするのは、立花の記憶の中では初めてだった。

 もっとも、何度か『気が付いたら部屋で寝ていた』をやらかしたことはある。

「そこまで入れ込んでたんですか? 石澤に」

「ああ、まあな……好きなんだよ、ああいうタイプが。変な意味じゃないぞ?」

 立花の苦笑を受け流して、倉石は話を続ける。

 彼女が入学する数年前から、団体戦で頂点を守り続けてきた逗子総合に『全免』──学費全額免除で入ってきた新入生。

 当時、いつの間にか消えた『神藤』を除けば、神奈川のジュニア世代は荒垣と、名前の出ない『それ以外』、と言われるほどに評価の差は大きかった。

 上級生のみならず、OBや保護者に至るまで、常勝の二文字に相応しいのは荒垣だと考えていた。

「馴染めんわな、あいつはあんな性格だし」

「まあ、でしょうね」

 他でもない望自身が、その『役柄』に足る度量がなかった。

 春休みに行われた関西の強豪との練習試合。

 『荒垣』の代わりに、と自念して試合に臨んだ望は、進級したばかりの二年生に惨敗した。

 その学校のレギュラーではなく、実力試験の意味合いで帯同したサブメンバー。

 大したテクニックもなく、パワーでごり押ししてくるだけの選手だったにも関わらず。

「それで、どうしたんですか?」

「どうもこうもない。放っておいたさ。いや……」

 この言葉は正確ではない。

 実際には、レギュラー外の二年生を一人付けて、ノートを一冊手渡した。

「あの戦術ノートですか?」

「そうだ。ただし……白紙だ」

「白紙?」

「自分で考えさせた。あらゆるプレーヤーに対して優位に立てるラリーの立ち回りをな」

 中ジョッキのお代わりを店員に告げて、倉石は話を続ける。

「一週間も持たなかったな。ノートを全く埋められずに持ってきた」

 コートを空けてくれる他の部員や、何より練習に付き合ってくれている二年生に申し訳ない、と泣いた。

 それ以来、ステップワークからラリーの組み立てに至るまで、倉石はほとんどマンツーマンで望に教え込んだ。

 戦術練習がほとんどだったから、結局最後の最後までスタミナの不足は解消されず、それが荒垣との一戦での第三セットのスコアに現れた。

「でもな、基礎トレもちゃんとやってんだぞあいつ。三年間、いつも最後まで残ってな」

 『荒垣の代わり』というレッテルを誰が貼ったのか、結局誰も貼っていなかったのか。

 わからないままに臨んだ二年の県予選は、連続優勝を途切れさせる結果となった。

 当然のようにシングルスの枠を与えられ、当然のようにインターハイに出るものと思っていた望は、『荒垣の代わり』以来の十字架を背負い込む。

「『お前は荒垣じゃねーんだ』って……何度言ったかな」

 ジョッキを呷り、倉石は大きく息をつく。

「立場が人を作る、って言うよな」

「ええ……その点じゃ、荒垣については失敗したかもしれません」

「失敗?」

 立花の言う失敗とは、荒垣の団体戦欠場のことを指す。

 ひとしきり大笑いした後、倉石はかぶりを振った。

「『失敗』か、ま……そうだよなあ。シングルスの代表二枚いて、団体のインハイを逃すなんてな……俺なら、次の就職先を探すところだ」

「ひっぱたいてでも止めとけば……」

「バカ言え。体罰は厳禁だぞ」

 そうじゃなくて、と立花が言うのを遮って、倉石は続けた。

「止めたところで、爆弾抱えたままの荒垣を団体戦にエントリーするのか? 君にはできないはずだ。ほかの指導者ならともかく」

 立花自身、ケガで選手生命を絶たれた一人だ。

 誰が、何が原因となったかはわからない。

「指導者の先輩として、一つ教えとこう」

「……?」

「選手の『いちばんいいところ』だけは、俺は今まで弄ったことがない。特待だろうが一般だろうが、レギュラーだろうが補欠だろうが、な」

 倉石が考える、石澤望の『いちばんいいところ』とはなんだろう。

 骨と皮だけになったホッケの開きをつつきながら、立花はぼんやりと考えていた。

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