はねバド!~Second Wind~   作:STORICKS

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9th game Little Soldier

 合宿二日目、三日目の午前を終えて、日曜午後はオフとなった。

 コートを貸している逗子総合に、どうしても外せない練習試合の予定があったからだが、そこに『日本代表』が居ると、みな気もそぞろになるだろうから、という倉石の申し出だった。

「そんなわけで、今日はこれで上がりだ。明日も軽めの調整をして、チャーターバスで成田空港に移動。火曜日の便でコペンハーゲンに向かう。何か買い揃えたいものがあるなら、今日のうちに行っといてくれ」

 車が必要なら、松川さんか立花君に──と倉石が伝えたあと、解散の号令がかかり、選手の輪が溶ける。

 フロア内では逗子総合の部員たちがあわただしく準備を始め、倉石も二階の教官室に武山を連れて行った。

 代表組はそれぞれに、壁際のバッグをまとめて出ていく。

「……どうしよっかな」

 望は、隣の志波姫に問いかけるでもなく、ぽそりと言った。

「どこか行く? シャワー浴びてから」

「そうだね──」

 と、彼女たちに松川が声をかける。

「石澤さんと志波姫さん、ちょっといい?」

「え?」

 全日本のジャージの脇にノートパソコンを抱え、彼女は数日振りに敬称を付けて二人を呼んだ。

「ちょっと取材、受けてもらえないかしら? お昼でも食べながら」

「いいですよ。ね、望?」

「うん」

 松川は時計を見る。

「そしたら、十三時に体育館前で──あ、ジャパンのジャージは着ておいて? 写真も撮るから」

 そう言って、彼女は手を振って別れていった。

 

 

 

 車を走らせながら、松川は後部座席の望に聞いた。

「どこかおススメある? 石澤さん」

「んー……びっくりドンキー?」

「……もうちょっと静かなところがいいかな」

 苦笑する松川に、望は返答に詰まる。

 もう二年以上も逗子総合に通ってはいるが、あまり寄り道などする体力もなく、部活に明け暮れた毎日だった。

 そんな望を察してか、志波姫がスマートフォンを取り出し、素早く店を検索する。

「──これいいかも。イタリアン」

「お、いいね」

 他の誰でもなく、志波姫と一緒でよかったと、望は安堵した。

 旭や益子なら、昼飯なんてコンビニでいいと言うだろうし、荒垣はとりあえず肉を喰いたがる。

 志波姫のナビで車は向きを変え、海沿いの国道に出る。

 夏場ならパラソルが一面に広がっているところだが、師走の海岸線は白波が立ち、人影もない。

 目当てのイタリアンの店はすぐだった。

「三人で。あと、できれば──」

 洒落た作りのテラス席を希望すると、店員は気を利かせて電熱式のヒーターを設置してくれた。

 それぞれに軽めの注文をし、松川は話を始める。

「石澤さん、宮崎行ったんでしょ? 私も取材行きたかったんだけど、日程がね……」

「楽しかったですよ。なんか、ああいう大会って、初めてで」

 キアケゴー氏の意向によるところだが、出場したのは高校での公式戦をすべて終えた三年生だけだ。

 よりよい進学先、就職先を探すという目的は望にもあったが、それまでの大会のようなプレッシャーはない。

 純粋にバドミントンだけをすることができた。

「まあ、あの大会はほんとに実験的なものらしいけどね。でも、深川さんなんかは、いいところから声かかったみたいよ?」

「へえ……」

「望は、まだ進路決めてないの?」

 志波姫が問う。

「監督に紹介してもらったところはあるけど……まだ親とも話してないし」

 バドミントンが強い大学ではあるのだが、今一つ魅力を感じない。

 一般入試で強豪校を受けるのは、望の学力的には全く問題のないところだが、家庭の経済的にはどうだろうか。

「まあ、焦ることはないと思うわ。有千夏だって、全日本獲ったのだって大学卒業してからだしね」

 進藤有千夏が全国制覇をしたのは、二十三歳の時。

 それから数年経って綾乃を産み、それからも勝ち続けた十年間。

「今は流石にね……私が言うのもなんだけど、あの当時はまだまだマイナースポーツだったから」

 毎年チャンピオンが変わるぐらいが、競技の発展には良い。

 そんな話をしていると、メニューが運ばれてきた。

「わ、おいしそう」

「ほんとだ」

 と、松川のスマートフォンが震えた。

「ごめんね、先食べてて──もしもし、有千夏?」

 松川は席を立ち、テラスの手すりにもたれかかる。

「食べよっか」

「そうだね」

 二人は料理に手を出し始めた。

「志波姫って、こういう取材とかって受けたことあるの?」

「あるよー? 松川さんも、何度も」

「ふうん……」

 バドミントン雑誌は『読む側』でしかなかった望には、今日のことは新鮮だが、志波姫にはそうでもないのだろうか。

「望は、ないの?」

「うん……まあ、そんな選手じゃなかったし」

 ちょっとしたコメント程度なら、求められることはあったが、今日のように写真を撮られるようなことはなかった。

「あ、でも。逗子総合としては取材受けたことあるかな」

 それは昨年のこと。

 数年来続いてた神奈川トップの座を横浜翔栄に奪われた後の、新人戦の前だった。

 新たな王者となった横浜翔栄と、王座奪還へ向けて、逗子総合の指揮官とエースにフォーカスした記事。

「あ、なんか読んだことあるかも。橋詰だよね」

「そうだっけ……」

『太い柱』がエースの条件であるなら、橋詰は頼りなさ過ぎた。

 北小町との団体戦を見る限り、重盛の方がよほど大黒柱と呼べる存在だろう。

「望も載ってた気がするけど、覚えてない?」

「うん……あんまり興味なかった」

 その当時の彼女にとっては、自分の事だけで精いっぱいだった。

 同じ『エース』としての戦い方においても、志波姫と望のスタンスは違う。

 実力的には部内で突き抜けたものを持っていた二人だが、志波姫は周囲の『プラスを増幅させる』のに対して、望は『マイナスをカバーする』スタイルだ。

 日本代表には、『マイナス』を抱えている選手はいないから、今までの彼女のスタイルでは、チームを引っ張ることができない。

「難しいよね、団体戦って……」

「そうだね……チーム引っ張るのは大変だよ」

 県と、全国の違いはあろうと、同じ頂点を極めた団体チームのエースの二人。

 今回の代表メンバーの中では、この気持ちを共有できるのは志波姫しかいない。

「望は、ダブルスも出てたんだっけ?」

「たまにはね。でもシングルス一試合だけの方が多いかな」

「私もほとんどそう。だからなおさら、ゴールだけじゃなくて、その過程を見るようにはしてたね」

 過程──。

 望は改めて、あのインターハイの試合を振り返ってみる。

 彼女と志波姫はお互い、シングルス2でマッチアップした。

 その前の雄勝までで決まっていれば、そもそも『エース』には回ってこない。

 オーダーを決めたのは勿論倉石と亘だが、二人とも、どこかで一つは落とす、という考えだったのだろう。

 実際のところは、膝に不安を抱えた矢本と下級生の多賀城のペアに逗子総合が勝って、『エース』に回す展開になった。

「あの時、冴子が勝ってウチがリーチをかけた状態で、望とやったよね」

「うん」

「百パーセント勝てるとは、私は誰に対しても思わないけど、絶対に勝つつもりでいたんだ」

「なんで?」

 宮城県の個人戦で、志波姫はコニーに敗れた。

 つまりそれは、あの時のフレゼリシア女子の中では、コニーこそが最強のプレイヤーだったということに他ならない。

「『奥の手』を出してしまったら、後がキツいってのもあったけど……」

「……」

「あの子はエースじゃないから。私の仕事は、『エース』に勝つこと。それが重複でエントリーしなかった理由だよ」

 エースに勝つ──。

 言葉で言うのは簡単だが、望と志波姫の力関係を別にしても、それは容易なことではない。

「望は、そういうの無かったの?」

「あんまり……」

 団体戦でのライバル、といえば横浜翔栄に違いないが、橋詰との間での『格付け』は、一年秋の新人戦で既に決まっていた。

 鳴り物入りで東京の中学から越境入学してきた翔栄のA特待を、粘られはしたがストレートで退ける。

 今しばらく数年は、まだ逗子総合の天下が続くだろう。

 そう思わせた試合だったが、翌年夏の神奈川代表を勝ち取ったのは横浜翔栄。

 個人戦でも荒垣に敗れた望は、結局最後の最後、三年夏のインターハイ、それも団体戦でしか全国を経験していない。

 文字通りの『常連』である志波姫や益子とは、見ている景色が違う。

「──私、結局自分が好きなだけなのかな」

「は?」

 志波姫はフォークを置き、腹を抱えて笑ってみせる。

 ひとしきり笑って、最後には咳き込んだあと。

「みんなそうでしょ? そんなの、私だってそうだよ」

「……」

「フレ女を背負ってる自分が好き。チームをほったらかしにしていいってんじゃぁ、ないよ?」

「うん」

「もっと自分を好きになるために、背負うの。いろんなものを──それがエースでしょ?」

 負けないこと、投げ出さないこと、逃げ出さないこと。

 志波姫は古いポップソングを諳んじる。

「……ちょいちょい古いよね、志波姫って」

「あはは──でも大事だよ? 仲間を信じる自分を、信じるの」

 そう言って志波姫が笑うと、望も納得がいったようで、舌に乗せた料理が、より美味しく感じられた。

「はいはい、じゃあね。伸びちゃうから──え? ラーメンじゃないよ、じゃ──」

 電話を終えた松川が戻ってくる。

 二人の話は聞こえていなかっただろうが、その表情を見て、慣れない取材に緊張していた望も、少しばかりほぐれたことを悟る。

「ごめんね、お待たせ」

「いえいえ」

 松川は急ぎながらも、美味そうにパスタを頬張る。

 きっと雑誌の記者なんて不規則な生活だから、食事もゆっくりは摂らないのだろうと、望は思った。

 

 

 

「もう少し、長く合宿をしたかったな」

「まあ……そうは言っても仕方ないでしょう、倉石さん」

 まあな、と苦笑して、倉石は電子レンジからコンビニ弁当を取り出す。

 立花の方はカップラーメンと、サラダのパックだ。

「そんなの喰ってちゃ、生徒に示し付かないぞ?」

「お互い様でしょ……しかしまあ、石澤も立派になりましたね。って俺が言うのも変か──」

「荒垣より上だ、ってずっと言ってるだろう?」

 嫌味なく口角を上げ、倉石はペットボトルの封を切る。

「俺たちの仕事は、生徒に暗示をかけることだ。催眠と言ってもいい」

 実際にそうであるかどうかは別にして、望は荒垣よりも上に立とうとしたし、そのために努力をしてきた。

「荒垣の膝が壊れるような戦術を指示したのは俺だが、実行したのは石澤だ」

 逃げ口上ではないことは、立花にも分かっている。

 リングの上での殺人は、罪にはならない。

 そんな理屈を語るまでもなく、あの時彼女は若さ故の狂気に身を任せ、荒垣を潰そうとした時間帯があった。

「あいつに、『あの指示は間違いだった』──とは、言ってないんだ」

 言ってしまったら、それまでの指導は全て嘘になってしまう。

 荒垣の膝を守るのが立花の責任ならば、石澤に勝つ方法を与えるのが、倉石の責任だ。

「──だが、間違いだったと、俺は思ってる」

 才能ある選手の未来を奪ってしまいかねない指示に対する、競技に携わる者としての反省も多少はあるが、主とするところは、手塩にかけた教え子が全うしきれない戦術を、指示してしまったことに対してだ。

 結果的に荒垣の強打を捌ききれず、目論見は破綻する。

 望は個人としては、『上』の世界を見ることなく高校生活を終えた。

「もう何年もこの世代を見てきて、石澤には多分一番時間をかけた。それでも俺は、選手を把握しきれない……」

 何が違うんだろうな、と倉石は呟いた。

「……誰とですか?」

「神藤コーチさ」

 コニーと、王。

 彼女は手を掛けた二人の選手を育て上げ、王は世界ランク一位にまでなっている。

『東京』では、日本勢に立ちはだかる最大の壁になるだろう。

「母親……ではないですからね。少なくとも、王に対しては」

「──だよな」

 俺は、まだまだ甘いのか?

 そう問う倉石に、立花は笑って首を振る。

「あんなうるさい監督いないでしょ……」

「そうだなあ──」

 

 

 

 がつん、と音が響いた。

 昼食を食べ終え、自室で本を読んでいた久御山は、音のした方を振り返る。

 二人のベッドの間で、荒垣が床に倒れ悶えていた。

「荒垣はん、何しとん?」

「……瞑想」

 随分トリッキーな瞑想だと、久御山は笑う。

 実際のところは、座禅を組んだまま眠りこけた荒垣が、顔面からベッドを転げ落ちただけのことだ。

「久御山は何してんの?」

「本読んどる」

 そう言うと彼女は、手に持った本を閉じ、荒垣に拍子を見せる。

「野球?」

「メッセンジャーやで、阪神の」

「ああ……よくわからんけど」

 ええこと書いとるで──と、久御山は荒垣に本を手渡す。

 活字が嫌いな荒垣だが、知り合って日も浅い友人の好意を、無下に断るのは悪いと思ったのか、出来るだけ興味ありげにそれを受け取った。

「……」

 しかしすぐに限界が来て、彼女は表紙から適当に数ページずつ飛ばしながら、字を追っていく。

 目次を見てみても、そもそも違う競技の話だし……と指の力を抜いた瞬間。

「──ん……?」

 その一文が妙に、はっきりと目に映った。

「……」

『人間の肩に生まれつき込められている弾丸の数は個人差はあれど、有限だとぼくは思っている』──。

 きゅっと膝が痛んだように感じて、荒垣は顔をしかめる。

 それが幻痛だとわかると、彼女はまた緊張を解いて、数行を読み進めた。

 そして。

「……うん、ちょっと読んでみる」

「ほな、貸しとくわ。日本帰ってきたら、返してな」

「ああ」

 首を鳴らしてベッドに寝転がり、荒垣は本を掲げて読み始める。

 手持無沙汰になった久御山は、小銭を手に一階の自販機へ向かった。

 

 

 

「石澤選手は──」

 慣れない呼ばれ方をして、望は吃驚して背筋を伸ばす。

「海外遠征って初めてだよね?」

「まあ、はい」

「どう? 緊張してる?」

「……わくわくしてる方が多いですかね、たぶん」

 実際、緊張しているかと言われれば、首を縦に振る気はしなかった。

 志波姫や益子のプレイを連日、すぐそばで見られる事自体幸せだと思っているし、その中の一人として、自分がいるということも、望には新鮮だった。

「コートに立てば、緊張し始めるかもしれないです」

「なるほど……」

 あと、『検査』も──と言おうとしたが、松川がICレコーダーをずっとオンにしていることを思い出し、望はやめておいた。

 今受けているのは夕刊フジの取材ではない、バドミントンラッシュだ。

「あんまり、対戦相手の情報を教えるのも良くない気がするけど──」

 一瞬コーチの顔になった後、松川は元の表情に戻って言った。

「決勝トーナメントに出ればオランダやデンマークの有望選手たちが続々出てくるけど、コニーも出るからね」

「──やっぱり、出るんですか?」

「そりゃあ、デンマークのあの世代ではトップクラスだから」

 それでもトップ『クラス』なのか、と望は息を呑んだ。

 結果的には荒垣が棄権したから、本当に最後の最後どうなっていたかはわからないが、それでもずっと倒そうと目標にしてきた彼女を、コニーは破ったのだ。

「ま、オランダにもすごい選手いるけどね。身長百八十八センチのファンベルヘン選手とか、いろいろ」

「百八十八!?」

 横で聞いていた志波姫が、彼女にしては珍しい調子で声を上げる。

 望も驚嘆した。

「サイズ特有のスキは当然あるけど……そういう『怪物』が、どんどん出てくるわ」

 

 

 

 

 

「なぁなぁなぁなぁなぁ」

「……なに」

 何やら嬉しそうにスマートフォンを掲げる益子に、旭はあからさまに警戒心を曝け出す。

「ここ行こう」

「は?」

 彼女の差し出した画面には、『記念艦三笠』の文字。

「……一応聞くけど、なんで?」

「かっこいい、強そう」

 わざと聞こえるように舌打ちをして、旭は彼女の掲げた腕を掴んで下げる。

「どうやって行くのよ、だいたい」

「立花コーチにお願いしようぜ。好きだろああいうの、知らんけど」

 何がだ、と旭は嘆息しつつ、つい最近アドレス帳に入れたばかりの立花の名前を探す。

「──お疲れ様です。あの、車を出していただきたいんですが……あ、横須賀で──え? あー、聞いてみます──」

 期待に胸を躍らせている益子に、旭は彼との電話の内容を伝えた。

「羽咲と一緒でもいいか? ってさ」

「全然。むしろって感じ」

「あーはいはい」

(どこまで羽咲が好きなんだ、こいつは……)

「──あ、すみません立花さん。『しゃーなし』だそうです」

「おい」

 電話の向こうで笑い声が聞こえたのを確認して、旭は『お願いします』と言って電話を切る。

「今飯食ってるから、ちょっと後ならオーケーだって」

 そういえば、と旭は気が付いた。

 練習中にエネルギーゼリーや果物などの軽い補給は入れていたものの、この空きっ腹はあまり長く持たせたくない。

 喜び勇んでスマートフォンを忙しなく操作する、目の前の女のせいでもあるが、旭はあまり胃が強い方ではないからだ。

「シャワー浴びよ……アンタは?」

「いい」

「……よくない」

 何とかは風邪を引かないという言い伝えは宇都宮にもあるが、年頃の乙女が汗を纏わらせたまま人前に出るのは、どちらの方向にも良くない。

 そういう常識を彼女に伝えて、旭は脱いだ練習着と下着を洗濯籠に放り込む。

 益子の前で裸になるのは、もう慣れたものだ。

 宇都宮学院での寮生活でも同部屋だし、一緒に風呂に入ることなど日常茶飯事。

 あまり他の女子から羨まれるものをお持ちでないこともあるが、他人の視線はさほど気にならない。

「早めに出てあげるから、入りなよ?」

「んー」

 相変わらずスマートフォンに夢中になっている益子に声をかけてから、旭はユニットバスに入り、ドアを閉める。

「戦艦三笠ねぇ……」

 益子と違って真面目に授業を受けている旭だが、その艦が、教科書にも載っている日露戦争の分岐点となった海戦の殊勲艦であることを思い出すには、髪がすっかり解れるまでの時間を要した。

(よくわからん、けど……ま、いいか)

 なんにせよ折角のオフだ。

 益子の相手をするのは慣れているからプラマイゼロとしても、少しだけ仲良しの望は志波姫と、どこかに行っている。

 羽咲は立花が相手をしてくれるだろうから、彼女が気にすべきことは、益子が熱心に検索していた海軍カレーを、彼女の服に跳ねさせないようにすることだけだ。

「明日……明後日か」

 成田空港そばのホテルに前泊して、火曜日に出国。

 修学旅行のために作ったきりのパスポートを探すのに、随分苦労したことを思い出す。

 まさか自分が海外大会など出ると思っていなかったから、押し入れの奥の方に紺色のそれを発見した時は、安堵で身体の力が抜けてしまうほどだった。

 益子の方は当たり前のように、机の本立からものの数秒で見つけてみせたが。

「おい旭ー」

 と、ユニットバスのドアが開く。

「ちょっと!」

 慌てて緩んだ顔を引き締めてシャワーを止め、旭は洗面器のそばに置いたタオルで前を隠す。

「なんか急ぐんだって。神藤が腹減りすぎて二回ぐらい死んだって」

 対して益子は特に何を隠すでもなく、旭のいる浴槽に乗り込んで来た。

 他人がシャワーを浴びているときは入って来てはいけない、と教えるのを忘れていたと、旭は後悔した。

 まさしくあの、『裸の王様』のような振舞いも、多少ナチュラルな部分があったのだろうか。

「アンタ子供なんだわ、きっと……」

「大人になってもお前には欲情しないわ、たぶん」

 しないと思うよ。しないんじゃないかな? ま、覚悟はしておけ──。

 顔を真っ赤にして背を向けた旭を気遣ってか、益子は軽口を叩き、スポンジにボディソープを出す。

「ひゃ──」

 ろくに泡立てもされないままのそれを首筋に塗りたくられ、旭は背中を竦めた。

 益子は特に気にも留めず、そのままスポンジを彼女の肌に滑らせていく。

「たまに、こうやって背中流してたよな」

「そうね……」

 昼前に寮の大浴場の掃除が入るのだが、寒い時期になってくると、その前に朝風呂を楽しむのが益子の趣味だった。

 付き合わされる旭へのささやかなお詫びか、普段の付き合いへの感謝かはわからないが、そんなとき決まって益子は旭を座らせ、丹念に──本人はそう思っている──背中を流していく。

「いいよ、軽くで。どうせまた夜入るでしょ?」

「あ、そっか……」

 

 

 

 夕刻、練習試合を終えた逗子総合の部員たちは、だいたい皆満足そうな顔をしている。

 自分たちの練習時間は代表のために削られていたが、それでも、世代最高の実力者たちのプレイを見ることは、自身が抱いているイメージを、より鮮明に描くのにはとても役に立ったようだ。

 志波姫に感化された、かつての望のように。

 合宿所に戻ってきていた望は、部員たちの前でここ数日の感謝を述べる。

 最後の方の数試合を見て、前主将としての『お小言』も多少はあるものの、彼女が日本代表になったからと言うわけではなく、皆真剣に聞き入っている。

「もっと自分を律して行かないと……最後の最後で、自分を信じ抜くことができなくなるよ」

 どちらかと言えば、主将時代の望は、弛んだ空気を引き締めるためのスケープゴートとして、倉石に叱られることも多かった。

 彼女が怒られないようにと、周囲が自らの気を張って──。

 志波姫の『エース観』に触れて望は、自分は主将として最良の存在ではなかったのではないか、と思い始めている。

 二年の秋に先輩から受け継いだだけで、逗子総合を『率いていた』のはまさしく倉石であるし、彼の厳しい指導に心の折れかけた後輩を慰めるぐらいしかしていない。

──自分は、『日本代表』でもエースだと思っている。

──エースが負ければ、チームが負ける。

 志波姫の言った言葉と、かつて倉石に言われた言葉を、望は照明の落ちた体育館で独り、重ね合わせてみた。

(志波姫は……)

『自分が負ければ、日本が負ける』というプレッシャーを、自ら好んで背負っている。

 男子ならいざ知らず、四捨五入すれば二十歳になる女子には、安い浪花節は通じない。

 倉石もこの合宿中では、あまり勝利を意識させたりだとか、対戦相手のことを細かには語らなかった。

 時間的な制約もあったが、高校でのバドミントン生活の最後に、いわばご褒美としてこの場を用意した──そんな雰囲気だ。

 宮崎の大会で優勝した『景品』として今回の代表招集を受けた望には、なおさらそう感じられる。

(ただバドミントンが強くなるだけじゃ、ダメだ──)

 経験がないという理由で、中国戦のオーダーからは外れているし、初出場が予定されているロシア戦も、経験豊富な志波姫とのダブルスでエントリーされる予定だと、倉石に聞かされた。

 その配慮自体はありがたく感じているが、望は、それではダメだと、自分に言い聞かせる。

 倉石のおかげでバドミントンが上手くなり、志波姫と戦ったことで、ささやかではあるが、バドミントンが強くなれた。

 しかし、いつまでも学んでいるだけではダメだ──。

 自分自身を、誰かの作り物ではない『本物』にするために、自らの力で、この世界大会を戦わねばならない。

 

 

 

 

 ささやかな出発式の後、チャーターバスは逗子総合を出発する。

 神藤が実家からガメてきた饅頭を皆で分けていると、一番前の席で倉石が立ち上がった。

「選手のみんなは聞いてくれ──現地での、用具類の入手の件だが……」

 倉石は手短に内容を説明する。

 大手メーカーから国際営業部の部長が同行してくれるという話に、そう言った経験のない荒垣は驚嘆の声を上げる。

「もちろんガット張りぐらいはスタッフがいるだろうが、それでも日本国内とパッケージが違ったりするからな。その辺は俺たちに聞いてくれれば、その営業の人に繋ぐから。あとは──」

「あーっ!」

 望が素っ頓狂な声を上げる。

 一番長く彼女を見てきた倉石も、聞いたことのないような声だ。

「……どうした、石澤? 忘れ物でもしたか?」

「あ、いえ──ラケットを宮崎で借りたんですけど、そのまま……」

 ほんの数週間前の記憶を、望は反芻する。

 あの大会に出ていたブースで借りたラケットを、そのままバッグに入れて帰ってきた。

「最後、エキシビションやって、それから……」

「いつも使ってるヤツか? 型番が分かれば、現地の代理店で取り寄せは出来るだろ」

「いや、多分新製品……」

 望が使っていたものよりも、商品名の数字が増えている。

「石澤、うちの知り合いの営業さんに聞いといてあげるよ」

 助け舟を出したのは神藤だった。

 彼女はポケットからスマートフォンを取り出し、アドレス帳をフリックする。

「お母さん、私にはラケット買ってくれたことないのに……」

「アンタの道具はだいたい全部、メーカーに貰ったヤツだよ。そっちの方が有難いんだから感謝しな」

「ふーんだ……」

 ムスッとした表情を作ろうと羽咲は努力するが、口に含んだ餡の甘さに、口角が打ち負けてしまう。

「ま、それは神藤コーチに頼もう。前のラケットも持ってはいるんだろ?」

「ええ、まあ……でも、借りっぱなしは良くないと思って……」

「──お前にだってそろそろ、メーカーのサポートがついてもいい頃だと思うがな」

 優しい表情をした倉石にそう言われて照れる望を見て、かつての二人を知っている荒垣と立花は、自分たちまで気恥ずかしくなってしまう。

「あ、もしもし──あぁお久しぶりです。え、今? アンダー18のコーチで、これから成田です。明日コペンハーゲン行くんだけど──」

 電話で話す神藤の表情を見て、交渉は順調に行っているようだと倉石は安心した。

「貰っちまえよそんなの」

 手に付いた餡を舐りながら、益子が言う。

「アンタだって調子乗ってると、いつかスパって切られるわよ?」

「やだねえ、大人ってのは。まあこの大会で後悔させてやるさ」

 通路を挟んで、志波姫と軽口を言い合う益子を見て、望は少し気が楽になる。

 彼女たちにとってはカタログに載る前の用具を供給してもらうのも、ありふれたことなのだろう。

 自分もそうなればいいな──。

「ウチもそういうの、欲しいわあ……」

「久御山はないの? 何か貰ったり」

「部としてはあるけどな……アンリちゃんみたいにファンもおれへんし」

 一年生からインターハイに出ていることもあるが、豊橋は大きな大会に出ると自らの学校以外からもよく応援の声が飛ぶ。

「イマイチ何考えてるかわかんないからね、京都の人って」

 またまた志波姫が冗談めかして言うと、久御山は苦笑して答えた。

「アンタだけには言われとうないわ……」

 和気藹々とした空気を運んで、チャーターバスは高速道路に乗る。

 

 

 

 道路の継ぎ目を渡るリズムは、ずっと一定のまま。

 益子は早めに睡眠を決め込んで、イヤホンを耳に挿していた。

 今日のメンツの中では、それを咎める気も旭には起こらない。

 創業百六十年の銘菓を片手に、望や志波姫、久御山達と語り合うのが心地よいからだ。

 志を同じくし、共通の話題がある。

「──強打が通用しないんじゃなくて、強打が通用する状況を作れない、だよ」

 望が積年の悩みを打ち明けると、志波姫はあっけらかんと言った。

「……どういうこと?」

「私がやったでしょ、アンタ相手に。ああいう事よ」

「緩い球が来ると思わせて、ドライブを──」

「そう」

 荒垣やコニーのように、強打で相手を押し潰すことはできない。

 翻って羽咲や益子のように、競技の特性に踏み込んだ強みも持たない。

 今会話を交わしているグループは、そんな選手たちの集まりだ。

「ちょっとずつ、やってみてはいるんだけど……」

 その仕掛けに対する『対応』は、十分にこなせている。

 宮崎の大会でも、深川のスピードを惑わせるために、志波姫の肩を半分借りて、望はその戦術を使ってみた。

「まだ試合で使いこなすまでは、行ってないかな……」

 それからしばらく、志波姫先生の戦術講座は続いた。

 ことゲームプランの組み立てに関しては、彼女の右に出る者はいない。

「なんだろうね、あれかな。あかねと試合するときなんかもそうなんだけど……強みに固執されると、それはそれで厄介なのよ」

 狼森もどちらかと言えば、名前の通りの一匹狼だ。

 というよりは単純にこの大都会が物珍しいのか、車窓を流れる景色に見とれている。

 こちらの話も聞こえていないようだ。

「崩しても崩しても、物理的にそこで『負けてる』ポイントで戦われると、どうしたって苦しくなるからね」

 荒垣と試合をしたら、志波姫はスマッシュを打たせないようにするだろう。

 とはいえ、バドミントンにおける強打とは、なにもスマッシュだけを指すものではない。

 自由落下する球種以外は全てが強打になりうる。

「現実的に勝ちに行くなら、拾えるコースにスマッシュを打たせる──かな。私、相手の弱点突くの苦手だから……ほんとだよ?」

 その言葉に旭と望は苦笑し、久御山は大阪仕込みの大げさなリアクションを取ってみせる。

「弱点突くのは、やっぱ綾乃ちゃんでしょ」

 夏のインターハイ、益子との対戦。

 羽咲はひたすらに彼女のボディを攻めることで、得点を重ね、最後までそれで勝ち切った。

「みんな知ってると思うけど、泪は自信家だからね。荒垣もそう」

 自信を持っているポイントを締め付けられると、それは途端に『弱点』として認識してしまう。

 強打は通用しないんじゃないか。

 ボディは少し塩梅が悪い──。

「そうやって、仕留めていくの。強い相手とやる時は、そうするよ」

 望たちは頷いた。

 確かに、志波姫は抜きん出た実力者ではあるが、スピードやサイズ自体が頭抜けているわけではない。

 身長だって望と同じぐらいで、久御山の方が背が高いし、スピードも一般的なプレイヤーよりは速いが、狼森たちトップクラスのプレイヤーほどではない。

「私は?」

 望が訊く。

「メンタルだろうね、望は。あの試合は『組み立て』で勝ったよ、多分一番頭使った……」

 目の前で容赦ない事を言われても、今の望にはしょげるほど心に空隙がなかった。

 それは志波姫という実力者の言葉であると同時に、その裏にある意味を受け取ることができたからだ。

 単純なショットの精度では、彼女に迫るものを持っていた。

 少なくとも志波姫は、ある意味では超えているとさえ感じていたから、彼女の『戦術』を一つずつ折っていくことで、勝利をものにしたのだ。

 望が自分で、全て使いこなせるはずの戦術を、自信がなくなったものから消去法で外していった。

 これはダメだ、あれも通用しない──最後には原点に立ち返って、オーソドックスすぎるラリーの打ち回しに終始した。

 同じ、ストロングポイントのないバランス型の二人の対戦で、相手に『弱点』を発症させた志波姫と、罹患した望。

 彼女は今日この場で、本当に『学ぶ』べきものが何であったかを悟った。

 

 

 

「石澤、ラケットの件だけど……」

 バスから荷物を下ろしている望に、神藤が近づく。

「明日出発までに、宮崎でセットアップしたのと同じ状態で持ってきてくれるから。一本だけね。まだ日本に三本しかないんだって」

「ありがとうございます」

 よかったやん、と久御山に声を掛けられ、望も顔が綻ぶ。

 一本しか無いのでは、折ってしまったら前のものを使うしかない。

「じゃ、さっき言った通り、夜七時にミーティングだからな」

 倉石は大きなキャリーバッグとノートパソコンを手に、立花達とロビーの一角に陣取った。

 選手たちは自由時間だ。

 といっても、都心から離れていることで有名な成田空港。

 その周辺には、彼女たちの世代が時間を潰せる場所などない。

「私達だけで、ミーティングしよっか。全員荷物置いたら、私と望の部屋に集合ね」

 イヤホンをしたまま益子が頷いたのを確認して、志波姫はエレベーターに乗り込んだ。

「部屋、九人集まったら狭くない?」

「いいのよ、そんな堅苦しいもんでもないし」

 望の心配はいくらか的中していたが、それでもどうにか九人分のスペースをひねり出せそうだ。

「必要なもんだけ出して、こっちの棚に置いときましょ」

「うん──」

 と、ドアをノックする音。

 志波姫が開けると、一番乗りで狼森、豊橋、羽咲の三人が入ってきた。

「わんつか狭かねえか?」

「大丈夫よ。ベッドに二人ずつ寝て、綾乃ちゃんはアンリの膝でいいでしょ。泪は床でいいから」

「ひでえや」

 

 

 

「ウチの寮より狭いじゃねえかよ、オイ」

 到着してさっそく悪態をつき、益子は窓際の椅子に腰を下ろした。

 手には白いビニール袋を提げている。

「……なにそれ」

「昨日買ってきた」

 彼女が袋を逆さにすると、中からは十個ほどの土産物が落ちてくる。

「なにこれ」

「だから昨日買ってきたんだって、横須賀で」

 説明するポイントを間違えている益子に、旭が助け舟を出す。

「『Z旗』のリストバンドだって。『三笠』の近くの土産物屋で見つけた」

「高かったんだぞ、これ」

「アンタ小銭しか出してないでしょ、ほとんど立花さんが払ったんじゃん……」

 羽咲と狼森はまだ教科書がそこまで進んでいないかもしれないが、他の七人には授業で、その旗に込められた意味を学んだ記憶がある。

「『皇国の興廃この一戦に在り』──ってやつ?」

「そう、それ」

 泪にしてはいい考えじゃない、と志波姫は笑った。

 他人を遠ざけてきた彼女ではあるが、それでも『仲間』と呼べる存在があるとすれば、同じ競技に打ち込んでいる同世代ぐらいのものだろう。

 無論これから先は、それではダメだ。

「いいじゃん。じゃあ、みんな一個ずつね」

 旭と志波姫が分担して、皆にリストバンドを配る。

 気の早い狼森はすぐにパッケージを破り捨て、左手首にリストバンドを嵌めた。

「うん……泪、ありがとうね」

「いいってことよ。──私も勝ちたい、今度の大会は」

 思いがけず決意を口にする益子の表情に、荒垣や望も背筋が伸びる。

 奔放な振る舞いをしていても、本音のところは、勝ちたい。

 それを確かめることができて良かったと、志波姫は手元のリストバンドを握った。

「よし、じゃ……倉石監督とか、松川さんとも話をしたんだけど、対戦相手のこと」

 メンバーの中ではもっとも精神的に成熟している彼女には、倉石達も詳細な情報を寄越していた。

 志波姫はその中から、必要な情報を取捨選択する。

「まず中国ね。これは倉石監督も言ってたと思うけど、『突出したプレイヤーはいない』──」

 とはいっても、相手は人口比で十倍以上の大国だ。

 そこで厳選され鍛錬を積んだ選手ばかりだから、個性は無いにしてもプレイのスキルは高い。

「だからアンリと綾乃ちゃんは、大変な仕事だと思うけど、後に繋いでね」

 うん、と二人は頷く。

「たぶん中国が一番キツイと思うよ。ポルトガルは大したことないし、ロシアもそこまでは……」

 油断は大敵だけどね、と志波姫は結んだ。

 しばしの沈黙の後、口を開いたのは荒垣だ。

「じゃあさ、予選は突破できるってこと?」

「九十パーセント以上はね。ただ、できることなら一位で通過したい」

 二位で通過すると、Cポットの一位と当たることになる。

 マレーシアか、デンマークと言うことになるが、倉石の分析も、志波姫の読みもデンマークで一致していた。

「コニーがいるからってんじゃないけどね」

 日本の『三強』の定義は、インターハイの結果によって多少の不確定要素を含んでいるが、デンマークのそれはほぼ固定だ。

 プロ活動をいったん休止して日本に留学してきたコニー・クリステンセン。

 志波姫キャプテンのもと、世界的にもハイレベルと言われる日本のインターハイ団体戦を制した。

「あと二人、デンマークのアンダー18で強い選手がいるんだ」

 バドミントン雑誌はいくつかあるが、いずれも日本国内の選手や大会を扱った記事がほとんどで、アジアの強国は多少露出があるものの、デンマークの選手を記事に載せることはまずない。

 そんな中で、デンマーク三強と呼ばれるコニーと、あと二人。

「一人は、ミーケ・シュヴァリエ。こいつは完全なスピード型だね。松川さんに映像見せてもらったけど、あかねより断然速い」

 引き合いに出された狼森は、信じられないといった顔をする。

「最後の一人が、ラファエラ・ルイ・デュポール──これはサウスポー。名前も一緒だし、あっちの泪かな」

 益子は旭と顔を見合わせ、肩をすくめて応える。

「……こんなの二人も居たらヤなんだけど」

「大丈夫よ、多分臍ピアスはしてないから」

「臍にはしてねぇ」

 一同に笑いが広がる。

 チラリズムに長けた益子のことだから、皆それが真実であることは知っていた。

「どっちにしても勝ち上がって行けばどこかでやるけどね。読み合いだからなぁ……」

 セオリーとしては、絶対に回ってくる上に団体戦の流れを決定しやすい三戦目、シングルス1に最強の選手を持ってくるのが筋だ。

 しかし、各国のトッププレイヤーを集めてオーダーを組む国際大会では、何が起きるかわからない。

「ただ……どこかで誰かがコニーとやる。やり辛さで言えば一番だよね」

 対戦経験のある荒垣、羽咲は志波姫の言葉に同意する。

「あと、まあオランダにも百八十八センチってのがいるんだけど……ヤーナ・ファン・ベルヘン」

 ただ、そのポテンシャルにしては、プレイの質は驚くほどではない、と志波姫は付言した。

 要約すれば、『あまり強くなかった頃の荒垣』を巨大化させたような選手。

 バドミントンの適正身長をオーバーしている、というのが、神藤や倉石の見立てだ。

「ま、そんなとこかな──とにかく、まずは中国戦。それぞれの仕事をして、次に繋いでいこう」

 よしっ、と荒垣が声を上げる。

 皆の気持ちが一つになったのを確信して、志波姫は一階のロビーでの、軽いお茶会を提案した。

「刹那主義には賛同できねえなあ」

 腹の虫が鳴ったおかげで、全く説得力をなくした益子の言葉を合図に、皆は立ち上がって部屋を出る。

 最後に電気を消して、望は志波姫の背中を追った。

 ジャージの首元に、小さく『JAPAN』の文字。

 志波姫のフレゼリシア女子でもないし、望の逗子総合でもない。

 日本代表としての戦いを控えて、望は身体の奥底の歯車が、音を立てて回り始めるような感覚を覚えた。

 

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