はねバド!~Second Wind~   作:STORICKS

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16th game Flaming June

(一手違いのエースの後だ。さほどの選手は出て来ないだろうとは、思っていたが……)

 倉石は、淡々と進行する試合を眺める。

 頭の働きの少なさで行けば、まさに『眺める』という表現が適切だった。

 中国代表の最後に名を連ねた張緋は、持ち前の高身長から、雑ではあるが受けがたい強打を繰り出す。

 志波姫でなければ、もっと一気に点数を稼いで、最初のインターバルまでを走り抜けることが出来ただろう。

 11-9。

「……うむ、悪くないぞ、志波姫」

「はい」

 短いやり取りの後、志波姫はすぐにベンチに腰を下ろし、シューズの紐を結び直す。

 倉石にとっても、今日の仕事は、ほとんど終わった。

(まあ……志波姫の事だ。相手をじっくり見て、正確に測る。今はその段階だろう。ここから点差は徐々に広がっていく──)

 最後の試合とあって、観客席の熱量も徐々に落ちてきたようだ。

 会場の反対側ではロシアがポルトガルを一蹴し、既に全ての試合が終了している。

「ロシアが勝ったぞ」

「そうですか。明日の一試合目、大事ですね」

「ああ……」

 どこまで本気にしているのだろう、と倉石が訝るほど、志波姫は飄々としていた。

 益子と並んで、こうした大舞台での経験は他のメンバーよりも多くあるにせよ、それでも国旗の入ったユニフォームを纏って戦うことなど、そうそうなかったに違いない。

(自分の姿を変えない。『揺れない志波姫』だからこそ、フレゼリシア女子は強い……)

 東北地方でバドミントンをする中学生にとって、彼女の母校は狼森の青森高田と並んで、特別な存在感を持っている。

『上』を目指すプレイヤーであれば誰しも憧れを抱いているが、その全てが入学を許されるかと言えば、決してそうではない。

 入ってきた新入生は誰もが将来有望とされ、神童扱いを受けて来た選手たちだ。

 表に出すか出さないかはともかく、鼻っ柱の強い選手も多いだろう。

(だが、少なくともあのインターハイでは、そうした不協和音は見られなかった……)

 十八歳にしては異常なほど高いキャプテンシー。

 プレイスタイルと性格はリンクするが、彼女についてはもっと深いところで、バドミントンと彼女自身が結びついている。

 志波姫とて無敗で三年間を過ごしたわけではない。

 自身の肩の故障もあり、また益子泪という稀代のライバルに対しては負け越している。

 そうした時、負けを素直に認めて受け入れることが出来るのも、また彼女の器の大きさだろう。

(自分を見失わない、だからプレイも堅実だし、とにかくミスが少ない……)

 主審のコールアップに応じて、志波姫は席を立つ。

 倉石は何も言わない。

 もっと上の世代をずっと見ている監督なら、何かしら言うべきことも見つかるのだろうが。

 もちろん彼にも、志波姫のプレイに注文を付けたい点はいくつかある。

 ただしそれは、高校生にやらせるには余りにもレベルの高い話だし、そもそも今は志波姫が自分の形をきちんと出したうえで、スコアは勝っているのだから、野暮な提案をするまでもない。

 

 

 

 

「益子はさ──」

「おーん?」

 荒垣自身は、志波姫と戦ったことはない。

 だから、疑問をぶつけるべきは彼女だ。

「志波姫とやる時、どんな感じなの?」

「どんなって……普通だよ、別に変わったことはしない」

 首を傾げながら、益子はこれまでの志波姫との対戦を可能な限り思い出そうとした。

 だいたいの対戦相手のことは、風呂に入って寝てしまえば忘れる彼女だが、志波姫については、負けた数も多かったから、なんとなく覚えていることもある。

「感覚に任せて突っ込む。それを受け切られたら負け、攻めきったら勝ち……みたいな? その日の調子次第だよ、ぶっちゃけ」

「……」

 何回もやってるからな、と益子は呟いた。

「──基本、アイツは『受け』に回る?」

「回るね、絶対。何回もやってる私でもそう。他の、よっぽど実力差があるような選手なら別だけど……」

 荒垣のようなタイプなら案外、志波姫から勝ちを拾えるかもしれない、と益子は思った。

 だが、それを本人に直接言うのはなんだか恥ずかしいし、拾えるにしても、せいぜい十のうち二つぐらいだろう。

 益子は、志波姫への『対策』を本気で考えたことは今までないが、これまでの彼女の戦いぶりや、実際に手合わせした時の印象からは、弱点は何も見つからなかった。

 勝てた試合も当然あったが、それは単純に自分の調子が良くて、志波姫の出来が悪かったり、体力の問題だったり──。

「なんつーか……相手を本気にさせないタイプだよな。荒垣とは逆」

「『本気にさせない』……?」

 荒垣は少し沈黙を作って、その言葉の本質を探す。

 益子をよく知る旭には、その意味は何となく分かった。

(確かに、相手を萎えさせるのが上手い、志波姫は……荒垣は逆に、相手を持ち上げるような──)

 荒垣がコニーと繰り広げた戦いは、旭も少しだけ見ていた。

 それは、彼女のパートナーが負けていく姿を直視することが出来なかった、僅かな時間の間だけだが、それでも二つのコートの熱量には大きな違いがあった。

 どこか湿っぽく、かつての王者が骸を晒すことを予期した観客の集う益子と羽咲のコートに対して、荒垣とコニーの舞台は、派手なスマッシュの応酬ということもあるが、コートフロアも観客席も熱気に満ちていた。

「さっきのルービックキューブの話じゃねーけど、アイツと試合するとたまに、萎えるって言うか、テンションが落ちるんだよ」

 もちろん、志波姫が益子に対して何か場外戦術を仕掛けたわけではない。

 試合態度自体は真摯そのものだ。

 ただ、バドミントンのプレーの上で、やりたいことをやらせてもらえない状態に陥ってしまうと、益子は急にモチベーションを下げてしまう。

 そういう気持ちにならなかったときは、確かに良い結果になった。

「こっちの手を全部出させて、それを潰してく。全部潰されたらあとはじゃんけんだし、そんなのつまんねーだろ?」

「……まあ、ね」

 後だしじゃんけんにならないのは、あくまでも益子レベルの話だろう。

 一般的なプレイヤーなら、絶対に勝てない作業の繰り返しに、すぐさま音を上げる。

 たとえ第一セットを落としたとしても、鮮やかに逆転勝利を飾る──『後半に強い志波姫』と言う評価は、対戦相手のポテンシャルが『後半に減衰されてしまう』ということの裏返しだ。

 益子やコニー、羽咲のレベルならば、第三セットまでもつれることもあるのだろうが、張緋はそれほどでもない。

 プレースタイルは荒垣によく似ている。

 フレゼリシア女子の中でも、コニーや雄勝、矢本なども同じタイプだから、こうした手合いへの対策は既にある程度パターン化しているのだろう。

 相手を見るための『誘い』も少なく、志波姫が徐々に引き離して第一セットを終える。

 21-16。

 

 

 

「さすが、日本のエースやな。望ちゃん、明日唯華ちゃんと組むんやろ?」

「えっ? ああ、そうだね……」

 あれほどのプレイヤーの隣にいて、自分らしくプレーできるだろうか。

 望は既に明日の心配をしている。

 松川もそれを咎めるでもなく、すっかり緊張を解いて、ノートも脇に置いていた。

「なあんか、ちょっと緊張してくるわぁ……」

 言葉と口調が全く合っていないあたり、久御山の大物感に苦笑しつつも、望も同意する。

 彼女にとっては、それは本物の緊張だ。

 ナーバスになっていたら、志波姫はたぶん助けてくれる。

 だが、それはあまり喜ばしいことではない。

 一人のプレイヤーとして、戦える形をしっかりと手にしなければ、ここから『上』のステージには行けない。

 望の胸中にあるのは、そうした焦りだ。

 無理もない。

 自分にこんな大きな大会の経験は無いし、海外の選手と試合をしたこともない。

 己の実力が、『世界』という枠でいったいどのレベルに位置しているのか。

 それを測るための物差しを、まず得なければならない。

(……志波姫の戦い方は、いつも通りに見える……世界レベルでも一緒、姿を変えない)

 インターハイで望と相対した時と同じように、最初は相手を探りながら、叩けるポイントをしっかりと捉えて、徐々に相手を追い詰めていく。

 荒垣のような『押し込む』と言う形ではない。

 直接手を下すショットは少ないが、一つ一つのシャトルに意味が透けて見える。

 それは、望が敗れたあの試合と同じだ。

 設定されたコースを嫌い、志波姫の誘いを蹴っても、結局ポイントは奪われてしまった。

 張緋も、無理に強打を狙ってアウトになるミスが目立ち始める。

 志波姫が今一つ走らないのは、五戦目ということもあって準備も難しく、既に試合が決まっている点からもちょっぴり『アガらない』のだろう、と望は考えていた。

 8-3。

 

 

 

 第二セットの前半を終えて、完全に試合は『流れ』が決まっていた。

 11-7と必要十分なリードを得て、汗も少なに志波姫はコートを後にする。

 相手方のベンチも、これは完全に相手が悪いと見て、張緋の集中力をキープしようとするかのように静まっていた。

 特に言うこともない倉石は、手持無沙汰にノートをめくる。

 試合で気付いたことをメモするためのスペースは、今までの五試合の中でいちばん空白が多かった。

(この子を指導できるコーチなど、居るのか……?)

 フレゼリシア女子の亘監督は、年齢もあってのことだろうが、なかなかの放任主義だと聞く。

 ただ、まさしく人生の先輩として、年端も行かない少女たちによく響く言葉を、たくさん打っている。

 数十人と言う日本屈指の大所帯を擁する強豪。

 当然、試合に出られない選手が多数を占めるが、途中でドロップアウトする選手が極めて少ないのも、彼女の母校の特長だ。

(だが……昨年のことか。宮城で有望選手と言われた一人が、部を辞めた──)

 聞けば、インターハイにも応援に来ていたらしい。

 埼玉栄枝を始めとした、日本の高校バドミントンにおけるトップグループの学校は、全国から有力選手を集めてくる。

 倉石の率いる逗子総合のスカウト網は、基本的に関東一円にとどまる。

 望を宮崎に送り出す前に、群馬の中学生を一人引っ張ろうとしたが、それは特異なケースだ。

 横浜翔栄に神奈川のトップを奪われたという危機感から、学校が付けた予算によるものだが、奪還を成した今年以降は、また近隣都県のみのスカウト体制に戻ってしまうだろう。

 申し訳程度に戦術の確認と、体調のチェックを終えて、志波姫をコートに送り出した倉石は、望たちが中学三年生だった頃を振り返る。

(あの年は……おかしなことだらけだった) 

 橋詰英美が越境で横浜翔栄に来たことは、序の口に過ぎない。

 最大のトピックは、益子泪が地元埼玉の強豪ではなく、宇都宮学院に進学したことだ。

(実は前年から、既に栄枝がツバを付けていたのは、我々関東の指導者の間では有名な話だ……もっとも、俺も益子泪を欲しがったうちの一人だが……)

 当時の彼女の実家があった指扇から逗子総合までは、軽く見積もっても二時間はかかる。

 それも六時前の電車で出ないといけないのだから、到底朝練など参加できるはずもない。

 当時はまだ人懐っこい性格をしていた彼女だが、倉石は流石に二の足を踏んだ。

 基本的に通学しかない逗子総合に彼女を呼ぶことは、体力や時間的な制約が大きく、手に余ると感じたからだ。

(結局、引っ越しだの、兄貴をバーターで取れだの……いろいろとあって、益子泪から手を引いた学校も多かった──)

 そこにとどめを刺したのが、複雑な家庭環境だ。

 結局彼女は、全国レベルではさほどの存在感のない宇都宮学院に入学した。

 実際団体戦も出られていないし、益子泪のスケールからすれば、高校での戦績は振るわなかった、と言う評価になる。

(もちろん、それは他の選手がどうこうという話ではないし、矢板先生が悪いというわけでも決してない──それはまあともかく……)

 橋詰を引っ張り、そこそこの選手だった重盛も獲った横浜翔栄・木叢監督の辣腕にも舌を巻くが、倉石も石澤望という宝石を手にしている。

 荒垣を獲らなかったことは後悔しているが、だからと言ってそれを連覇が途切れた言い訳にするつもりは毛頭ない。

(ただ、埼玉栄枝はもう一人、実力者に手を付けていた……志波姫唯華)

 当時の彼女はまだ線の細さも残していたが、既にその代名詞ともなっている、負けない粘り強さと、理性的なプレイスタイルの片鱗は存分に見せつけていた。

 結局幼馴染と同じフレゼリシア女子を選択したわけだが、それが彼女にとって一〇〇パーセント納得のいく決断だったかは、誰にもわからない。

(人間は、二つの人生を同時に歩むことは出来ない……)

 分岐点の一つ一つに後悔を残しながら、人生のレールを進んでいく。

 だが、細やかに自分の針路を制御すればするほど、後悔と言う名の内容物は外に流れ出てしまい、『己』は空虚になる。

 それを補給する何かがあればいいが、少し前までの望も、そうした状況だった。

(力感がない──意図は鮮明に感じるし、パッションもある……だが、なんだろう、この違和感──)

 既に試合は決して、観客席の冷め様も見れば、それは確かにテンションが下がる部分もあるだろう。

 長すぎる待ち時間も、パフォーマンスを落とす要因になりうる。

 ただ、あまりにもプレーが軽い。

(変幻自在、と言う意味での軽やかさももちろんある。それは石澤が完全に翻弄されてしまうレベルで……別に泥臭さがないことが必ずしも悪いわけじゃないし、特に今はそういう状況でもない。シンプルに攻めて、スマートに勝ち切る。それで必要十分なんだが、しかし……)

 もちろん明日の事を考えれば、遮二無二ポイントを奪いに行って圧勝する必要もない。

 体力を温存して、慣れないダブルスで、恐らく平常心では立てないだろう望をサポートするにも、余分なパワーは使わねばなるまい。

 理解は出来る。

 彼女のプレーも、そうしたスタイルもすべて。

 コートの外から見ているということもあるが、同じ高校生の選手に比べれば、倉石達はみな大人だ。

 バドミントンの知識や経験も、ハッキリ言って比較対象になどならないし、人間としての修羅場も多くくぐっている。

(こんな感じ、と言えば確かにそうだ。だが改めて敵でなく、味方として見ていると、どうにも『閉じて』しまっている。もちろん社交性に問題はないし、リーダーシップもあるが……)

 仲間になってからの期間が短いからというのは、指導者として言ってはいけないことだ。

 倉石はキーの変わらない試合を見つめながら、彼女についての『答え』を探す。

 

 

 

 

 夜も更けてきて、益子は旭の膝で微睡んでいる。

 流石にイビキをかいてはいないが、画面を見つめる瞳はすっかり光を失って、瞼が深くかぶっていた。

 荒垣も、本当はベンチで応援しないといけないのだろうと思いつつ、このまま二人を物陰に置いておくと、何かが起きるかもしれないと考えて、この場を離れられないでいる。

 なんとなく、それを後学のために見てみたい気持ちもあるが、羽咲ならともかく、志波姫にアドバイスなど思いつかない。

 と、立花コーチが顔を覗かせる。

「ん?」

 ふっとよぎった影に、益子が目を覚ました。

「荒垣、お前膝は?」

「いいよ、悪くない。でも、明日は休みでしょ?」

「ああ──そのことなんだが……」

 立花コーチが言うには、できるだけ荒垣の『実戦』のペースを変えたくない、とのこと。

 予選リーグは三日連続で、次に荒垣がコートに立つのは最終のポルトガル戦だ。

 そこまでは日本を発つ前にも伝えられていて、予定通り。

 だが、問題はその後だった。

「決勝トーナメントの前に、一日休みがある。明けて決勝一回戦なんだが……」

 順番通りで行けば、荒垣が『出る』日だ。

「……あ、そうすると」

「そう。準決勝は出れないんだよ。一日おきに試合に出る、これは悪いが決定事項だ」

 コーチ陣全員で話し合った結果だ。

 もちろん、荒垣も完全ではないが納得している。

 なによりも自分の状態を気遣ってくれての処遇なのは理解しているし、それに反発するほど今の彼女は子供ではなくなっていた。

 何より、将来への希望も持っている。

「その代わりに、決勝一回戦を休んで、準決勝だけ出る、って手もある」

「……うーん」

 荒垣は悩む。

 要するに彼が言いたいのは、『準決勝』が最大の山場になるということだ。

 今のスケジュールでは、そこに出場できない。

 それは日本代表にとって痛手だ。

 ただし前提として、三日連続で試合に出ることはNGが出ている。

 つまりは最大の難関である『準決勝』を突破するものとして、一回戦と決勝へのエントリーをするのか、あるいは一回戦はおおよそ勝ちが見えているから、『準決勝』に日本代表チームのベストオーダーで臨むのか。

「すぐには答えがでないだろう? だから、予選が終わるまでに決めてくれ」

「──アタシが決めるの?」

「まあ、そうだな。もちろん誰かに相談してもいいが、一番優先すべきは自分の膝の状態だ。それだけは忘れるな」

「うん……わかった」

 それだけ言うと、立花は出て行った。

(……)

 考えをめぐらす荒垣に、益子が話しかける。

「お前、そんな膝悪いの?」

「……まあ、今すぐどうこうってんじゃないし。ただ、この先もあるから」

「ふーん……」

 膝に不安のあるコイツより、津幡を呼んできた方が良かったんじゃないか、と益子は思ったが、それは今ここで言うべきでないと思いとどまる。

 彼女にも都合があったのだろうし、荒垣と津幡が戦えば、その星取りはおそらく拮抗する。

「まあ、あれだ。一回答え出すまで相談すんなよ、誰にも」

「えっ?」

「相談するにしても、出来るだけ仲良くない奴にしろ。私とかな」

──私は『一回戦と決勝』にしろ、って言うけど。

 益子の言葉を、荒垣はひとまず心に収める。

 珍しく正論だ。

 いや、いつもだいたい彼女の言うことは正論だが、その言い方がアレなせいで、受け取る方に正しく伝わらないことが多い。

 しかし今の言葉は、荒垣にきちんと届いた。

(準決勝を休め、ってことは……ちゃんと連れてってくれるってことかな? 決勝に──)

 

 

 

 

 21-14。

 あまりにもあっけなく試合は終わり、全員がベースラインに並んで礼をする。

 その光景を見つめながら、倉石はいくらかの充実感に浸っていた。

(まあ、ともかく……志波姫はふたつ『仕事』をした──)

 勝利する、と言うオーダーは団体戦の流れを考えても、エースと言う位置づけからもほとんど義務に近いものだった。

 狼森の敗北は決して無価値なものではないが、二連敗で明日を迎えるとあっては、望にかかるプレッシャーも全く違うだろう。

(ひとつは、『普段通りの試合運び』で中国代表に勝利する、というミッション。腕前はともかく、張緋がわりと単純なパワータイプで、国内でも似た傾向の選手との戦いが多くあったというのは大きい……)

 いつも通りのプレーをすれば、結果はついてくる。

 付き合いの長い狼森にそれを見せた、ということもあるだろうし、他の誰でもない志波姫自身がそうすることによって、豊橋や久御山など、大舞台での経験の浅い選手にひとつの指針を示した、というポイントも見逃せない。

 ただ、もうひとつの『仕事』の方が、倉石にとってはよほど重要だった。

(21-16、21-14と言うこのスコア……これはインターハイ団体戦での石澤との試合と逆──)

 意図してそのスコアにしたのかは、彼女に訊いてみなければわからないが、いちいち掘り下げるのも野暮と言うものだろう。

 ともあれ、倉石はこう考えている。

(中国代表に対してさえ、『いつもの志波姫』──すなわち、試合後半から徐々に相手を追い詰めて、ポイントを伸ばさせないの戦い方……それが石澤相手にはできなかった。つまり、それだけの実力をお前は備えている、そうした『物差し』を提示した……)

 少し穿ち過ぎたか、と倉石は苦笑し、立花達に撤収を促した。

 

 

 

 

 まだ祝勝会には気が早いが、ホテルの食事は相変わらず豪勢だ。

 あらかた皆が食べ終えた頃合いに、倉石がホールの正面に立つ。

「さて……これで中国に勝って、予選一勝だ。みんな、よくやってくれた」

 狼森は多少浮かない顔をしているが、敗戦を引きずっているというよりも、明日が待ちきれないと言った面持ちだ。

 気持ちが萎えていないことはわかるが、このままでは気負ってしまうだろうし、後で個人的にフォローを入れてやろう、と彼は考える。

「明日のロシア戦も同じ時間からだが、明日はレセプションは無いから、午前中はゆっくり寝てくれ。オーダーを発表しておく」

 ホテルの会議室に備え付けのホワイトボードに、倉石はD1からS3までのオーダーを書き込んだ。

「まず、荒垣と羽咲は休みだ。それから、ダブルス1だが──この二人で行く」

 二戦目にして、自分の名前が出たことに望は安堵し、それからいくらかの緊張を覚える。

「石澤も志波姫も、ダブルスは少しブランクはあるだろうが、落ち着いてやれ」

「はいっ」

 最近はずいぶんと素直に返事をするようになったものだと、倉石は笑顔を作る。

 次のダブルス2は、いつもどおりの益子・旭ペアだ。

「今日は少し特殊な試合運びをしたが、明日は普段通りでもいいだろう。それから……」

 シングルス1に書いた『狼森』の文字。

 倉石はその隣を、拳で軽く叩いた。

「──ここで予選突破を決めるつもりで、俺はいる」

 年齢はひとつ下でも、今日は負けてしまったとしても、お前は必要な戦力だ。

 得たりとばかりに狼森は頷くが、表情はまだ硬い。

「シングルス2は久御山。勝ちが決まればの話だが、ここは試運転の気持ちでいっていい。ポルトガル戦はシングルス1で行ってもらう」

「おっしゃ!」

「ラストは豊橋だ。どういう形で回ってきても、ベストを尽くせ」

「はい」

 全員の表情を確認して、倉石は頷いた。

 荒垣はともかく、外された羽咲は不満に思うかもしれないと彼は考えていたが、それほど気にもしていないようだ。

 この代表チームの中では、自分が抜きん出た存在では決してないと、理解しているのだろう。

「オーダーはこれで以上だが……ロシア代表の情報も伝えておくか?」

 倉石は選手たちとは別のテーブルにいるコーチ陣に目線を送る。

 別の方向から『聞きたい』と声を上げたのは益子と望だった。

「うむ……じゃあ松川コーチから」

 促され、松川が愛用のノートパソコンを脇に抱えて皆の前に立つ。

「それじゃ、まずロシア代表の特徴から──」

 松川はノートパソコンで資料を確認しつつ、ホワイトボードにペンを走らせていく。

 一行目には『身長・強打』、二行目には『役割分担』。

「えっとね、ロシア代表は基本的に身長の高い選手ばかりで組まれてるの。これはいつの時代も同じ」

 それは松川や神藤コーチが現役のころから変わらない。

 他の競技でも、種目ごとの適正身長こそ考慮されるものの、国の代表として選ばれるのは、同じ実力なら身体の大きな選手だ。

 一七〇センチを切る選手は、今回の大会でも一人もエントリーされていない。

 当然それは民族的な要因もあるだろうし、ソビエト連邦時代の国威発揚を旨としていたころの名残でもあるだろう。

「まあ、ただ……実力は正直中国より落ちると思う。決して弱いわけではないけれど」

 少なくとも現代のロシアでは、国家の威信を賭けて強化に取り組んでいる種目ではない、ということだ。

 そうした事情から透けて見えるのが、松川の書いた二行目。

「あと、この『役割分担』っていうのは、ダブルスとシングルスで強化体制が結構はっきり分かれてるのね。つまり──」

 オーダーが読みやすい。

 実際戦う選手たちにはあまり関係のないことかもしれないし、それを必要以上に強く意識させないことが倉石達の仕事でもあるのだが、彼らにとっては、わずかではあるが日本代表が有利になる点だ。

 日本国内の試合では、シングルスとダブルスの重複エントリーはよくある光景だし、特に高校の部活動などでは、有力選手が七人も揃う事などめったにない。

 自然に、その濃淡こそあれど選手は、ダブルスとシングルスの両方の経験を蓄積していくことになる。

 裏を返せば、世界のレベルではそれだけ、二つの種目には大きな違いがあるという事でもある。

「そんなところかな。有千夏はなんかある?」

「ん──まあ、特には……私も、中国もデンマークも行ったけど、ロシアはね……」

 よくわからない、と軽く手を上げて、首を捻ってみせた彼女の意見は、選手たちにスッと入ったようだ。

 そもそも神藤有千夏が世界を回って、王麗暁やコニー・クリステンセンを発掘し育て上げたのは、ただ単に自分の娘のライバルを作りたい、というだけのことではない。

 それはスピリッツアカデミーのコーチングスタッフの一員としての、いわば業務委託のようなもので、そうでなくては流石に資金面も追いつかない。

 いくらエゴが強く、娘に対しては完全に道を誤ってしまったとしても、そうした『大義名分』もあって、神藤コーチは自分を見失わないでいられた。

 そんな彼女が、ロシアについては『大したことはない』と断じているのだから、それは事実なのだろう。

「とは言え、国の代表だからね。油断したらぶっ飛ばされるよ?」

 しっかりと釘を刺してから、神藤コーチは帽子をかぶり直し、腕を組む。

「──うん、そういうこと。とりたてて有名選手ってのも居ないけど……一応映像もあるから、もし見たかったら後で来てね」

 ささやかな『講義』が終わり、倉石が再び前に立つ。

「まあ、相手の研究も大事だが、あまり夜更かしはするなよ? それじゃ、解散」

 

 

 

 ミーティングが明けてすぐ、志波姫を含む数人が松川のもとに向かう。

 狼森は敢えて映像を見ないと告げて、久御山から鍵を受け取り、羽咲と共に自室に戻っていった。

 荒垣は神藤コーチと共にストレッチに行き、鍵を持たない益子と旭も、仕方なく松川のパソコンを覗く。

「こっちに出そうか」

 倉石は脇に押しやった液晶テレビを引っ張り出し、画面にケーブルを接続する。

 その間に、選手たちはそれぞれ好みのドリンクを物色した。

「これは今年のベトナムユース、会場はハノイだね」

 キリル文字に難渋している選手たちの代わりに、神藤コーチが画面を翻訳する。

「今サービス打ったのがノンナ=チェルネンコ。ペアはイリーヤ=グレヴィッチ……」

 対戦相手は浅黒い肌の、おそらく地元ベトナムの選手なのだろう。

 思い出したように、松川が補足する。

「あ、この二人も今回出てくるね……」

 その情報が果たして必要だったかどうか疑わしいほど、ロシアのペアは彼女たちを圧倒している。

 ただし、画面の右上に表示されている第一セットのスコアは思ったより競っていて、つまりはロシアのペアにも何かしらの弱点があるか、ミスが多いのかもしれない。

「そう言えば、今日他の会場は?」

 質問を上げたのは志波姫だ。

 もうすでに彼女の中で、『値踏み』は済んでしまったということなのだろう。

「順当だね。デンマークもオランダも勝った。明日オランダはアメリカとやるけど、どうだか……今のアメリカじゃ勝てないんじゃない?」

「ふーん……コニーは?」

「韓国のエースに勝ったらしいよ。まあ、あの子なら当然だけど……明日はマレーシアだし、どうかな」

 彼女たちの会話を十分も聞いていれば、望の『行きたい国ランキング』は埋まってしまうだろう。

 そう思い、望は画面に集中する。

(スマッシュは強いな、流石に……でも打たせないようにすれば)

 ロシア国内のテレビ中継がネットに流れたものと思われるそれは、ロシア選手側のコート後ろ、上空からのアングルだ。

 バドミントンの中継では一般的な角度だが、これではいまひとつ、ネット前でのプレッシャーを感じにくい。

 できれば横から、選手と同じ目線ぐらいの高さの映像を見たいと、望は思った。

 と、画面の中で『ノンナ=チェルネンコ』の方がスマッシュを打ち、そのリプレイが彼女の希望するアングルで流れる。

「あ、今の──」

 松川は頷き、望の求めたシーンまで少し映像を戻す。

(……振りが強い。ジャストミートじゃないし、多少長いけどかなり速い)

 荒垣と同じぐらいの身長が、コートに二人。

 随分狭そうに感じるが、ロシアペアはお互いの距離をやや離れ気味に保ちつつ、基本的には常に

前掛かりの陣形で、サイズの小さいベトナムペアを押し込んでいく。

「ベトナムは平均身長低いからね……バドミントンでもまだまだ若い国だし」

 結局、最後までパワーで押し切ったロシアペアが試合に勝利したところで、映像は終わった。

「……こんだけ?」

 益子がつまらなそうに炭酸水を啜る。

「寝たら忘れるだろ、泪は」

「うるせーバカ」

 二人のやり取りに笑いが広がり、豊橋がジュースのお代わりを取りに行く。

 志波姫は望の背中をぽんぽんと叩いて、彼女について行った。

「松川さん、ありがとうございました」

「ううん、ごめんね。これだけしかなくて……紙の資料はもう少しあるけど」

 早く寝たがっている益子の恨めしそうな視線を感じて、望は食堂を後にする。

 

 

 

 それからすぐにロシア選手の研究会はお開きになったらしく、志波姫と豊橋、それに旭も望たちの部屋に転がり込んできた。

 ちょうど、益子がベッドの上で柔軟体操をしている。

「──あれ、望は?」

「風呂」

「……なんで覗かないの?」

「は?」

 水音の聞こえるバスルームのドアに志波姫が手を掛ける寸前のところで、益子が彼女を引き剥がす。

 笑いながら益子に体重を乗せた志波姫は、そのまま二人してベッドに倒れ込んだ。

「……この二人だと、ちょっとヤバい感じするね」

「そう?」

 豊橋は若干引き気味にその光景を眺めているが、旭はいつものことだと気にも留めない。

 実際ヤバいのは私たちの方だ、と妙な自信をたぎらせているのか。

 彼女の表情に、これ以上詮索しない方が無難だと、豊橋は諦めてささやかな『夜食』をテーブルに広げる。

「犬みたいに腰振るわけじゃないし……」

 ぼそっと呟いて、旭はしまったと後悔する。

 まだ豊橋には早かったようだ。

 赤くなった彼女に助け舟を出すかのように、望がバスルームから豊橋を呼ぶ。

「ごめん、タオル忘れちゃった。そこにあるの──」

「私が行こう」

 狼森に勝るとも劣らないステップワークで、志波姫はスツールに置きっぱなしのバスタオルを引っ掴む。

 何か叫び声が聞こえたが、北欧のこの国は壁が厚いから、そうそう迷惑にもならないだろう。

 

 

 

 しっぽりと温まった望がバスルームから出てくると、それを待っていたかのように、誰ともなく今日と明日の試合について語り合い始める。

 特に目的を整えようとか、今日の反省をしようと言うのでもない。

「にしても、泪のアレは賭けだったねホント……」

 バツが悪そうに首を傾げつつ、益子は志波姫に言葉を返す。

「だってお前、あと荒垣と狼森だろ? あそこ勝たないと」

「まあね……」

 とにかく旭の膝が彼女の定位置らしく、旭の羽織っている毛布を自分の方に引っ張りながら、益子は続けた。

「あいつらがどうこうってんじゃないけどさ。お前だってエースだと思ってるから、勝ちに行ったんだろ?」

「そりゃあ、そうだけど……」

 まばらな観衆の中で、良く目立つようになったどこかの国の偵察班は、志波姫唯華について、その精度はともかく、方向性としてはおおむね正確な情報を持ち帰ることが出来たはずだ。

 どのぐらいの『スケール』の選手であるかは、身体つきを見れば大体分かるだろうが、その選手が何を好み、どういったメンタリティでプレイをしているのかは、実際にそれを見てみないとわからない。

 もし志波姫がエースでなければ、たとえば大学生まで含むアンダー22や、それこそフル代表でのお試し招集だったならば、情報を渡さないために、『普段通り』のプレイを見せないことを望まれただろう。

「勿体ねぇとか思ってんじゃねーぞ?」

「まさか。勝ちに行ったし──強度は抑えたけどね」

「器用なこった……」

 益子が旭の腹の方に顔を背けて、いったん会話は途切れた。

 初日に久御山が不味いと断じた緑茶を興味本位で注いでみた望は、自分の浅慮を後悔しつつ、会話の空白を埋めようとする。

「志波姫──」

「ちょっと、裸の付き合いしたのにまだ名前で呼んでくれないんだ?」

「じゃあ、唯華……」

 名前を呼ばれる前に、志波姫は一歩目のスタートを切っていたようだ。

 望が膝に重みを感じると、彼女の頭が乗っかっていた。

「なあに?」

 猫なで声に平常心で対抗しつつ、望は膝に乗った頭の主に問うてみる。

「明日、どうする? 私とダブルス」

「んー……なんかプランある? まあ相手強打メインだから、受け主体になるけど」

「そう、だね──ロブを上げて下がらせて前のカット、っていうのが定跡だと思うけど……私は速球の打ち合いで、勝負してみたいかな」

「ふーん……」

 にやついた顔を望の膝に埋めてから、志波姫は身体を起こし、彼女に顔を近づける。

 望は後ずさろうとするが、背中には既に壁が張り付いていた。

「それでいいよ、やろう」

「あ、うん……」

 志波姫の表情からは、望のプランに対する評価は読めない。

 ただ益子は彼女の回答に百点を付ける気はないようだ。

「普通に行った方がいいんじゃね?」

 うんと唸って、豊橋も同意する。

 旭は、態度を保留しているようだ。

「明らかに無理だったら途中で変えるわよ、そりゃ」

「でもさあ……」

 万が一、ということは志波姫に限って起こさないはずだが、益子が心配しているのは望の精神状態だ。

 彼女が自ら考え、選択した戦術で勝てれば、それは勿論最高の結果になるだろうし、後を受ける益子達もテンションを上げて試合に入れる。

 ただ、負けはしなかったにせよ、望のプランが通用せず、結局志波姫の主導で試合を進めることになってしまったら……。

「望はそんなに弱くないよ」

 きっぱりと言い、自信満々な表情を浮かべる志波姫に、益子もそれ以上の追及はしなかった。

 完全に納得はしていないが、これ以上グタグタと文句を言うのは、それこそ望のモチベーションを下げてしまう。

 渋い顔で口をつぐんだパートナーの髪を、旭はそっと撫でる。

 いつのまにか、少しは人の気持ちを考えてあげられるようになったらしい。

「ていうか、私は誰も弱いとは思ってないからね? あかねだって、今日はたまたま負けちゃったけど……」

「わかったわかった」

 志波姫の熱弁が始まりそうなところを押し留めて、益子は旭に連れて帰るように促した。

 夜食はすっかり食べ終えてしまって、いい加減眠かったのだろう。

「布団ぐらい自分で被れや」

「むははは」

 呆れながらもかいがいしく益子の世話をする旭を待って、志波姫達は部屋を後にする。

「……はー……」

 ドアが閉まると、益子は充実感たっぷりに息を吐いた。

「あいつも結構ギャンブラーだからな……石澤、負けんじゃねーぞ」

「うん、もちろん……ん?」

 望は自分のベッドに、青いタオルが置かれているのを見つけた。

 布団に半分隠れていたそれを広げると、『純真必勝』の文字が白く抜かれている。

「唯華のだろ、それ」

「ああ、フレ女のスローガンだね、確かに」

 インターハイ団体戦、ちょうど斜向かいの観客席に、その横断幕は掲げられていた。

 逗子総合は『常勝』の二文字だが、望は自分自身がそのスローガンに見合う戦績を収めることが出来たとは、思っていない。

「そういえば、益子は見てたの? 私と志波姫の試合。荒垣はあんたと会ったって言ってたけど……」

「一応。まあ半分寝てたけどな」

「あ、そう……」

 参考にならないだろう、と望はタオルを折りたたんで、テーブルに置く。

 ところが思いがけず、益子は言葉を繋いだ。

「クオリティは志波姫に負けてなかったよ。ただ、ラリーの組み立てがクソ過ぎた。原始棒銀じゃんって思ったよ」

「クソ……」

 原始棒銀というのはよくわからないが、益子の口の悪さは聞き及んでいたし、もう長い事生活を共にしているから、望は別に苛立つこともなかった。

 別に心に刺さったわけでもないし、ただ苦笑しただけ。

 益子も特にそれを気にしている様子もないから、ただの軽口なのだろう。

「もっと単純な奴、例えば荒垣とか路だったら、あれで潰せるだろうけど、志波姫は無理だな。もっと色々挟まないと」

「そうだよね、やっぱり……」

 もちろん私も無理な? という益子のどや顔を受け流して、望は考える。

 確かに彼女の言う通り、本当はどこかでリードを奪ってから、もっと色々なパターンを繰り出して逃げ切る作戦だった。

 実際には先手を取ることが出来ず、思惑通りに試合を運べなかった。

 第二セットの最初のポイントは奪えたし、後半に追い上げたとは言っても、結局最初から最後まで、彼女の前を走ることはほとんど出来なかったわけだ。

「でも、旭が変な事言ってたんだよなぁ……お前のドライブ、一球ごとに変わるって」

「ん?──ああ……」

 それは、宮崎の大会でのことだと、望は思い当たった。

 彼女は一球ごとにシャトルへ加える力を加減することを思いつく。

 最初に試してみたのは久御山との試合。

 その時はまだ、とにかく素早くラケットを振り、丁寧なシャトルミートを捨てることでランダム性を出しただけにすぎず、自分で制御してシャトルの強弱を使い分けられるようになったのは、その後の深川戦からだった。

 旭との最終戦の頃には、意図通りにシャトルの強度を操ることに加えて、ラリーの中で『何番を使っていくか?』ということまで、頭に入れてプレーした。

「手首の角度とか、捻りを変えてみたの。もともと私、関節柔らかいから」

「……ふーん」

 インターハイの時、つまり益子が観戦していた時には、望はそんなことは思いついていなかった。

 むしろ丁寧にシャトルをミートするのが望の長所であったし、そのおかげで一般的な身長からは意外なほど、伸びる打球を打てるのが強みだった。

「だけど、最近始めたばっかりだから──」

「監督に教わったんじゃないの?」

 長い事何もしゃべらなかった豊橋が、会話に入ってくる。

 もしかして寝てしまっていて、自分たちの話し声が迷惑じゃなかったかと気になっていたが、望は安心した。

「違うよ。自分で気付いた」

「まあ、あの人なんも言わなそうだもんな……」

「え? めっちゃ煩いよ」

「えっ」

 きょとんとした顔で目を見開く益子を見て、望は笑みを零す。

(──そうか、益子たちは昔の倉石監督を知らないんだ)

 あまりにもやかましく、細かい指示をひたすら送り続ける監督を。

「最近……私が神奈川で荒垣とやった試合の後ぐらいかな」

「なんだ? セクハラにキレてぶん殴ったのか?」

 そんなことしないよ、と望は笑いながらも強めに否定して、話を続ける。

「荒垣との試合で、まあ……走らせて膝を壊せって指示が出たの」

「素でエグい。唯華かよ」

 豊橋もえぇ、と驚きの声を上げる。

 もちろん実際には、その時は荒垣の膝が壊れなかったことを、望はことさらに強調しておく。

 コニーとのインターハイでの棄権は、兄とイチャコラしていた益子はともかく、豊橋は現地で実際に見ているから、それは理解できる。

「まあ結局、できなかったんだけど……その、『自分のバドミントン』で戦いたいって言って、それから──」

「ほーん、要するに自分のエゴを通したワケだ」

「エゴ……まあ、そうなるかな」

 さっきとは違って、益子の言葉は少し望の心にトゲを突き立てた。

 言われてみれば、確かにそうだと納得しつつ、彼女は自分があの時、倉石に投げた言葉を反芻する。

 そして、その結果も──。

 別に荒垣の状態を気遣ってだとか、そんな心の甘えから出た『逃げ』ではない。

 足りなかったかもしれないが、その時望は、『逗子総合の石澤』として、常勝の二文字を背負ってコートに立っていたのだから。

 それでも、結果だけ見れば、倉石の指導は水の泡になった。

 そのことには、まだ完全に整理を付けられてはいない。

「いいじゃん、だから強くなったんだろ? その時から──実際今のお前見てて、荒垣に負けるとは思えないよ」

「え?」

「エゴを出さねえ奴なんて、強くならねえよ」

 

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