迷者不問   作:お米太郎

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更新が大変遅くなってしまってすみません。拙作のお気に入り追加、しおり、感想ありがとうございます。

オリ主(染井菊花、別名は楠よしの)は公安総務課に所属する刑事である。意識がブラックアウトして、2018年の日本にやってきてしまった。自分を拾ってくれた阿笠博士と灰原哀の家にて、お世話になっている。最近、スマートフォンを触ってみるものの、多機能すぎてついてゆけないらしい。


公安刑事、第一発見者となる

休日が瞬く間に終わり、一週間が始まってゆく。

 

社会人は勿論、学生諸君も気分が下降気味。どこかの団体が調べた情報によれば、月曜日はブルーマンデーと呼ばれ、精神衛生上最も良くない曜日なのだという。

 

時刻は午前6時10分。菊花は目を覚ました。見覚えのないものが多く、一瞬、どこに自分がいるのかという考えが浮かんだが、すぐにそれは消え、自分が未来の日本に来たことを思い出す。

 

そうだ、昨日、寝かせてもらっていた部屋と同じ部屋だった。

 

彼女は大抵この時間帯に起きてしまう。無意識のうちに彼女の脳がインプットしているのだ。

不規則な生活を送っていても、それが習慣づいてしまえば変わることはない。

筋肉痛は和らいでいるようだった。医者に処方された薬と睡眠が効果を表したらしい。しかしながら、腕を回す時にヒリヒリとした感覚が残っている。

 

菊花はベットから身を起こして、天気予報をやっている番組はないか、テレビの電源を入れた。ちょうど、つけたばかりの番組で天気予報のコーナーが放送していた。

 

『首都圏の天気です。本日は雲ひとつない晴れ晴れとした空が見えるでしょう。気温も19度と高いところが多いようです。続いて、紫外線情報です。本日は……』

 

 

「楠さん、起きてる?」

「おはようございます。灰原さん早いですね」

 

壁にかけられた時計の長針は、6時40分を指していた。

 

「今週は朝の日直なの。体はどう?」

「こんな感じです」

「良くなってるみたいね。朝ごはん作ったけど食べるかしら」

「空いてます」と即座に反応を返した。

 

昨日、あれだけ食べたが、やはり生きていると腹は減る。

胃もたれを心配していたが杞陽だった。食欲は、人間の大事な生命のサインだ。

そのまま、菊花は灰原の手を借りて立ち上がった。

 

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

2人は階下に降り、菊花はそのままテーブルに座らせられた。

 

「コーヒーでいいかしら」

「あ、すみません。こちらでお世話になってるのに…」

 

「気にしないで。昨日も言ったことだけど」 と、灰原は一呼吸おいてから、「楠さんは怪我を治すべきなんだから」と続けた。

 

灰原の言い分は最もだ。怪我をしている人間が手伝うと言ってきても、どの仕事を振れば良いのか悩んでしまう。しかも相手は火傷の激しい人間。何をするにもスローペースかもしれない。

 

「そうですね……。すみません、阿笠さんはまだ起きていらしてはないんですか?」

 

菊花はやや気恥ずかしくなり、姿の見えない阿笠についての話題に変えた。

 

「寝てるわ」

「そうでしたか」

「朝方まで夜更かししていたみたい」

 

そのまま、灰原は菊花の手元に食パンやコーヒーを置いた。コーヒーのいい香りが漂っている。目玉焼き、ベーコン、サラダ、トースト。どこでも見かける朝食の基本セットであった。

 

「珈琲入れちゃったんだけど平気?」

「平気ですよ」

 

渡されたコーヒーのカップに、砂糖をいくつか流し入れ、ゆっくりとかき混ぜた。

牛乳と混ざり合い、綺麗な色合いのカフェオレに変身してゆく。

 

『いただきます』

 

社会人となり、一人暮らしを始めて数年。誰かと朝食を食べるのは久しぶりだ。

張り込み、潜入、その他の事件を担当していた時は飲み込むように手早く終わらせて、職務に戻る割合が多かった。

 

「遅刻されると言っていましたけど、灰原さんは何年生なんです?」

「小1」

「へ、いち!?あ、えええ?!」

 

思わず咳き込んだ菊花に、灰原は水を手渡し「そんなに驚く?」

 

「だっ、だって!!は、灰原さんの話し方が大人っぽいですもん」

 

菊花は、灰原を小学校三年生または四年生あたりだと思い込んでいた。灰原の落ち着いている雰囲気も思い込みを加速させた一因だった。

 

「灰原さん、よく大人っぽいと言われないんですか?」

 

「よく言われる」

「は、はぁ……」

 

灰原は冷静だった。彼女の、意にも介さないところがまた大人びて見えた。

ふと、灰原と同じ年齢だった時の自分を少し思い出してみる。どんな自分だったろうか。

 

自分は野山を駆け回る野生児のような生活をしていた。

 

菊花に、田舎に住んでいたのかと尋ねれば、答えは否という返事が返ってくるだろう。

当時まだ、都市開発が進んでいなかったのだ。そのため、友人達と用水路でザリガニを釣ってたり、蛍の鑑賞会をすることが可能であった。菊花が高校に上がる頃には、それらの風景は少なくなった。

 

「もしや都会育ち…」

「普通の町で生まれ育ってる。あと敬語はいらないわ。私の方が年下なんだし」

 

クールな灰原の声で、現実に意識を戻す。

 

「あー、了解です……間違えた。わかったよ」

「よろしく」

 

菊花は、常時敬語を崩す機会が少ない。周囲にいるのが自分よりも二回りも離れた男性たちが多く、同い年や年下の友人・部下がいないからだ。しかしながら、彼女のようにフランクに話してくれと頼まれれば、素直に応じる。

 

以前、網谷にも言われたことがあり、彼にも同年代のような気持ちで対応をとっている。当然、上司である原にそのような言葉遣いであったら、「社会人らしい言葉遣いに直せ」と言葉が飛んでくるに違いない。

 

 

朝食を食べ終え、菊花が何杯目かのコーヒーを飲むと、阿笠が顔を見せた。

 

「おはよう二人とも」

 

阿笠が私服で現れた。本日は明るめの緑色のTシャツ、ジーンズ、スリッパを着用している。

 

「おはようございます」

「おはよ。博士、起きてくるの遅すぎ。ご飯冷めちゃったわよ」

「すまんすまん。徹夜で発明品を仕上げておったんじゃ」

「まったく……」

 

灰原は呆れ顔だ。

 

「私、身支度をしないといけないから自分であっためてね」

「了解じゃ」

 

阿笠は朝食を温めながら、「哀君、よく起きたわい」

「日直らしいそうですよ」

「なるほどのう」

 

コーヒーを一口含み、

「うまい」

「私も先程頂きましたけど、淹れるのがお上手ですね、灰原さん」

「わしが教えたわけじゃないんじゃよ」

「へぇ、そうなんですか!」

「哀君はまだまだ子供じゃ」

 

ゆるりと、阿笠は首を横に振った。

 

「雰囲気は小学生というよりも中学生に近いですよ、彼女。小1だと知って、喉にパン詰まりかけましたもん」

「そこまで驚くかの」

「存分に驚きましたね」

 

菊花は笑った。

 

「楠さん、ワシの服じゃとデカすぎないかね?」

「髪ゴムで結んでいるので丈は普通なんですけど」

「哀君と一緒行った方がいいかもしれんな」

 

阿笠から借りたシャツはぶかついてしまっている。

洋服を買うとなれば、肌着やその他の凡庸的な服も必要になるだろう。

 

「そのときはお願いします」

 

「もう出るわねー二人とも」

 

玄関で灰原の声が聞こえ、菊花がドアからそちらに顔を出した。ランドセルは、彼女よりも大きく、ややアンバランスであった。

 

「車などに気をつけるんじゃぞ」

「分かってるわよ」

 

阿笠と菊花が玄関で見送る。

 

「部屋に戻ろうか」

「はい」

 

医者から処方された薬は、台所のフックに置かせてもらってある。

 

朝の分を飲み終え、菊花は思案した。

この時間のテレビはニュースよりもワイドショーが多く流れる。あまりあてにはならない。

それならば、新聞や雑誌で集めるのが妥当だろう。

 

「阿笠さん、新聞ってとっています?」

「日売新聞を取っておるよ。持ってこよう」

「ありがとうございます」

 

阿笠は、玄関のボックスの中にあった新聞を持ち、菊花に渡した。

 

「何かあれば声をかけとくれ。ワシは自分の部屋におるから」

「はい」

 

朝刊の一面には政治関係のものが多く、全体を軽く目を通すと、見覚えのある名前を見つけた。

 

「!!」

 

 

【神々の道本部にて発砲事件が発生】

 

 

それは、菊花が潜入していた宗教団体に関する記事であった。

 

発砲した犯人は、幹部リストに名前を連ねる女の名前が載っている。幸い死者は出ていない。記事の内容では、女が事件を起こした後、不祥事がいくつか見つかったようで、強制捜査がすでに行われたらしい。

 

続いて、昨日見た男性のインタビュー記事が乗っていた。

 

なるほど、この男性は毛利小五郎と言われる有名な探偵らしい。オールバックとちょび髭がトレードマークのようである。毛利の顔つきから、スマートな印象を見受けた。

探偵といえば、菊花のいた頃の日本では、退職した警察官や警備官が運営しているケースがあった。

 

この毛利という男性も、警察官を退職してからであったら。

何か手がかりなどを手に入れられる可能性は?

 

(いや、それは早計だわ。今の日本の状態を知ってからにしよう)

 

みなが知っている情報を知らないとなれば、それだけで痛手だ。

原や網谷と同程度の記憶力は持っていないが、いち公安刑事としての能力は有しているし、短期記憶であれば、彼らよりは優れている…と思いたい。

 

 

 

 

 

 

数時間後、帝丹小学校にて。

 

クラスメイト達の甲高い声が、江戸川コナンの耳に響く。それが原因とは思いたくないが、脳内に鈍痛が広がっていた。たぶん、睡眠が足りなかったのだろう。

 

「じゃあ今日はここからここまでの範囲を解いてきてね~」

『はあーい』

 

 

『きりーつ、れい!!』

 

 

いつもと変わらぬ諸注意を言い渡されたり、どの宿題が出されたのかをメモしておく。担任の小林先生から、絡帳を渡されたが、それに書き込むよりも、大学ノートなどに書いておいたほうが見やすい。

 

幸運なことに、今週の掃除当番は担当ではなかったので、ホームルームが終わり次第、コナンと灰原は廊下を歩いていた。

 

 

いつもよりも眠そうにしつつも、機嫌の良いコナンを見て、灰原が口を開く。

 

「眠そうね」

「んー、ああ。気になってた推理小説がようやく発売されたから読むのが止まらなくてさ」

「夜更かししてしまったと。まったく、貴方らしいわね」

 

「待ってぇぇ!!」

「ん……?」

「この声、吉田さんね」

 

振り返れば、そちらには、友人の吉田歩美と、後ろには円谷光彦、小嶋元太がいた。

 

「二人とも、早く歩きすぎですよー」

 

彼女達はコナンを少年探偵団に誘った子供達である。元太は汗を拭い、呼吸を整えた。

 

「はあ……はあ、はぁ!!!やあっと追いついたぜー」

 

じろりと灰原はコナンを睨む。

 

「江戸川君の足が速いから歩美ちゃん達を置いてっちゃったじゃないの」

「そんなに睨むなよ、灰原。ったく……歩美ちゃん、光彦、元太。置いてってごめん」

 

「哀ちゃん達に追いつけたからいいよ! それより、今日博士んちに遊びに行ってもいい?最新のゲーム機ができたって言ってたよね!」

「(そういえばそんなこと言ってたわね……)ごめんなさい、ちょっと今日は難しいかも」

 

「えー!!そんなぁ…」

「ずりーぞ!!コナン達だけで楽しむんのかよぉ?」

「バーロー。俺も初耳だっての」

 

「珍しいですねぇ……博士にお客様でも来ているんですか?」

「まあそんなところ」

「博士にお客さんとか来んだな!」

 

灰原の言葉に、コナンはあの女性……楠よしのを思い浮かんだ。灰原は、彼女と一緒にいたが、預かっているのだろうか?

 

「なあ、灰原……」

「いくら江戸川君でも御遠慮願うわ。博士に用事があるならまた今度ね」

「ちえっ、バレたか……」

 

コナンの考えは、灰原にお見通しである。

 

 

 

 

犬の散歩をしている人や母親と見られる女性達がお喋りをしていて、街にはゆったりとした時間が流れている。コナンたち少年探偵団は、人通りの多い商店街の中を下校していた。

 

歩美達が珍しく、灰原の言葉を素直に聞き、自分の家に帰ることにしたのである。いつも皆が分かれる交差点まで到着すると、歩美が左の道へ向かった。

 

「じゃあまたねーコナン君、哀ちゃん」

「ええ、また明日」

「車に気をつけろよな、オメーら」

「分かってますよコナン君!!」

「またな!!」

「おう、またなー」

 

三人の姿が遠くなるにつれ、コナンが言った。

 

「……灰原、やっぱ博士んちに入るのダメか?」

「さっきも言ったでしょ。ダメなものはダメ、なの」

 

「そうは言ったってよー」と、コナンは不満げな声を上げた。

「絶対に入れないから」

 

コナンは見知った人物が阿笠邸にいるのが見えた。

 

「へいへい……ん?おい、灰原」

「何よ」

「あそこにいるの、よしのさんと沖矢さんじゃねーの?……あ、おい!!」

 

突如、灰原はコナンを置きざり、阿笠邸の門をすばやく開け、玄関まで一走りをしてゆく。彼女の行動に、コナンは目を丸くさせ、自身も灰原を追いかけるように小走りで駆ける。

 

「いきなりどうしたんだよ、お前」

「昴さんがいたから、ついね。工藤君も入っていいわ」

 

コナンは玄関の扉から顔を覗かせて、

「おい、俺のこと入れないって言ってたんじゃねーの?」

「ああ。それ前言撤回するわ。もう面倒くさいし」

「はは……」

 

コナンは半笑いを浮かべ、自分も靴を脱ぎ、阿笠邸に上がった。

強くドアを開くと、同時に、紅茶の香りが鼻についた。蛇がカエルを睨むような、糸を張りつめた緊迫感は感じられない。

 

「おかえりなさい。灰原さん」

「おお、哀君おかえり」

「お早いお帰りですね」

「た、ただいま……」

 

阿笠・菊花・沖矢は、それぞれお菓子をつまみながら何かを話していたようである。灰原は、自身の予想が外れたことに安堵しながらも、彼らの元に歩み寄った。

 

「いつ通りだと思うけど。それより、昴さん、何でまたうちに……」

「偶然、伺っただけですよ。あとは新作の本を阿笠さんにお渡しにきたんです」

「新作の?」

 

灰原の眉が、ぴくりと上がる。

 

「ワシが頼んでいた発明関係の本じゃよ」

「あと、沖矢さんがおすすめの本を教えてくれてた」

 

ほら、と、菊花が手元の本を掲げた。

『シャーロック・ホームズの冒険』『恐怖の谷』『クリスマスのフロスト』……ほとんどが推理物ばかりである。他ジャンルの小説もあるが、そちらは不気味で妙ちくりんな挿絵が入っている。ハワード・フィリップス・ラヴクラフト著『クトゥルフ神話』。

 

「読み終えられるのがすごく早いですよ、楠さん」

 

沖矢はそう言って、セイロンティーを飲み干した。偶然という言葉が似合わぬ男だ。大方、工藤邸(あちら)から見ていてタイミングでも計っていたんでしょ。と、灰原は思った。

 

「今読んでたのって『緋色の研究』?」

「君は昨日の。えーと、江戸何君だっけ」

「江戸川コナンだよ。こんにちはー」

「こんにちは」

 

江戸川か。江戸までは思い出せたが惜しかった。珍しい名字だ。

 

「よしのお姉さん、怪我は平気?昨日は、すごく辛そうだったから心配してたんだ」

「だいぶ良くなったんですよ。お医者さんのおかげですねぇ。ご心配ありがとうございます」

 

菊花の言葉と裏腹に、彼女の胸中には、波が立っていた。コナンとは少ししか話さなかったのだが、あの時の空気感から、何やらあまり関わらない方が良い、と脳みそが語りかけているような気がしてならない。やばい案件に突っ込まれるぞ、と。

 

残念ながら、今、灰原や阿笠に助けてもらうのは難しい。とりあえず、『菊花』としてではなく、『よしの』としての自分で応対をする。

 

「江戸川君はシャーロック・ホームズ、お好きなんです?」

「うん!!すっごく大好き。お姉さんはどの作品が好きなの?」

「私はまだ読み始めたばかりですから。選ぶのがちょっと難しいかな」

「ええっ!?お姉さん、読んだことなかったの?!」と、コナンは大きく驚いた。彼にとって、コナン・ドイル作品を読まないというのは衝撃だった。

 

彼の頭の中には、探偵=シャーロック・ホームズの図式が出来上がっている。

 

「現代ものばかり読んでいましたから。最近だと……そうだなぁ、……鉄鼠の檻、だったかも」

「京極夏彦氏の作品ですか」

 

沖矢も入ってきた。

 

「ええ」

「分厚いってどれくらいなの?」

「ちょうどこれぐらいですよ」と、菊花は親指と人差し指で示した。

 

「それって高さ?」

「コナン君、違いますよ。楠さんは横の長さを言ったんです」

「え?!」

「そんな分厚いと製本するのが大変そうじゃのう」

 

京極夏彦氏が執筆する『百鬼夜行』シリーズはページ数が極めて多いのが特徴である。特に、先ほど、菊花が読んだという『鉄鼠の檻』は、1000ページを超える。主に本格ミステリーに籍を置くが、オカルト的要素も交えた推理が展開されていく。中々斬新で、読むのが止まらない。

 

「随分楽しそうね」

 

灰原がコーヒーカップを持ち、立っていた。

 

「昴さんのおすすめの本は?」

「私もコナンくんと同じくシャーロック・ホームズですが……。どれがお勧めかと言われると悩みますけれどやはりホームズがおすすめしたい」

「ワシはブラウン神父シリーズじゃ」

「今度読もうかな…」

 

「沖矢君。そろそろ、あれを出すかね」

「ええ」

 

沖矢はそれまで開いていた文庫本を椅子に置き、阿笠と共に台所へ向かって、何かを取り出す。こちらに戻ってくる際、沖矢はホーローの容器を持っていた。

 

「なあにそれ」

 

「ティラミスです。上手くできたので、皆さんに食べていただきたかったんですよ。阿笠さんも食べられるようにヘルシーに豆腐を使った生クリームです。哀さん、ご心配なく」

「お気遣いどうも。博士、食べるスピードは抑えてね」

「分かっておるよ。あとは、コナン君も手を洗ってきたら皆で食べようか」

「いいの?博士」

「探偵団の皆は残念じゃが、偶然、来たからの」

「わーい!!やったぁ!!」

 

コナンが手を洗いに行っている間、沖矢はティラミスを分け、阿笠と灰原は皆の分の飲み物を用意する。菊花は、小説を読み進めた。

 

コナンが直ぐに戻ってくる。

 

「じゃあ揃ったということで……いただきます」

 

「いただきます」

 

ティラミスにかかったココアの香りがとても良い。菊花がスプーンで小さく取り、口にした。さて、いかほどのレベルであろうか?

 

「……美味しい」

 

ぽつりとコナンが言った。

 

口の中で、生クリームがゆっくりと溶けていく。さっぱりと、しかし、濃厚さもある。溜まっていた疲れがゆっくりと流れていくようだ。

 

「コーヒー、しっかり染みてますね。良かった」

「久しぶりの甘いものじゃ……染みるのう」

「まあまあね」

 

阿笠は嬉しそうにしていた。灰原はそっけないが、顔が緩んでいる。

 

全員が、無言で食べ進めてゆく。

1番早く食べ終えたのは菊花だ。2杯目を所望すると、沖矢がお代わりを載せてくれた。

 

うまい。甘い。

いくらでも食べられる。ティラミスは大きくて食べごたえがあるも、すぐに菊花の胃袋に消える。

 

「まだまだ残りはありますから、ご安心ください。皆さん」

 

沖矢はホーローのバットに残るティラミスを見せた。全員で食べたにも関わらず、半分以上残っている。数十秒前にも、また、菊花が食べ終えた。じっと、ホーローを見つめる。

 

「……もう少し頂いても?」

「私は構いませんが」

「灰原さん……」

 

菊花は灰原の方に視線を向ける。

 

「夕飯入る程度にしといたら」

 

「やっぱり食べます!!」と、菊花は4杯目のティラミスを堪能し始めた。

 

灰原はやや呆れ気味、コナンは顔をひきつらせ、また、阿笠は羨ましそうに、そして、沖矢は表情を読み取れないながらも、口元に微笑みをたたえて、菊花を見た。

 

「よしのお姉さん、よくお腹に入るね」

「甘い物は別腹ですから」

 

菊花の顔も、例に漏れず緩んでいる。

 

「無理はしてないですか?楠さん」と、紅茶のお代わりを持ってきた沖矢に言われた。

 

「いえ全然!!沖矢さん、初めて作ったと仰っているのにすごくお上手ですよ」

「やっぱりレシピ通りに作る方が成功しやすいみたいね。どのサイトのやつ見た?」

「クオーコというサイトです」

「海外のサイトなの?それ」

「イタリアの料理サイトですよ。やはり本場のものが使いたかったもので」

 

灰原と沖矢がレシピの話を進める中、ほかの3人はティラミスを堪能した。

 

阿笠が「楠さんは中々大食漢じゃな」と言ったので、菊花は「同期の影響もあります」と返した。コナンからは、灰原と同じく、敬語を使うのは辞めてくれと頼まれ、「よしの」に近い「菊花」として。

 

「よしのお姉さんは甘いもの好きなんだ?」

「特別甘いものがすきってよりも食べること自体が大好きと言うかなんというか」

「そうなんだね。僕も今度、よしのお姉さんにお勧めの本渡すよ」

「できればそこまでグロテスクなやつじゃないとうれしいかも。ありがとね」

 

中々読み応えがありそうだ。

 

 

 

 

夕方、阿笠邸での読書会は閉会した。開催中、お勧めにされた本は、そのまま沖矢が貸してくれた。彼が居候している家の主人は、本を貸すのも快く承諾してくれるという。菊花の食べっぷりを見て、沖矢が「楠さんが召し上がってください」と言い、冷蔵庫にしまっていった。

 

「また作って持っていきます」

「今度は普通の生クリームで作ってくれんかの」

「博士、もう少し体重落としたらいいわよ。普通のやつ」

「ひええ……哀君、そんな殺生な」

 

そんなやり取りをしたのち、2人は自分たちの住処へ帰っていった。ゴミなどをまとめる係は菊花が担当しておく。

 

「まだ早い気もするんじゃが二人とも、今日の夕飯はどうするかの?」

「私はさっきのでおなかいっぱいだしやめとくわ」

「私も遠慮しておきます」

「2人がそうならわしもやめておくよ。しかし沖矢君のティラミスうまかったのう」

「意外な才能よね」

「凄くお料理上手で……」

「彼、元々あまりしない人間だったと思うんだけど」

 

「へ、そうなんですか?」

「レシピ通りに作ることが少なかったよ。あの肉じゃがも進化したもんじゃ」

「意外」

 

沖矢は通常レシピに自身の謎のアレンジをぶっ込みがちなのか。そうだとしたら、今美味しく食べることが出来ている状態に感謝しておこう。

 

 

 

 

「これも違う……これも違う……見つからない」

 

画面に映し出されるのは[検索結果:0件]というフレーズばかりが、無機質に示す。

 

目的は一つ。菊花の戸籍を調べるためだ。

昨日は少し立て込んでいて、作業に着手することが難しかった。今日は早帰り登校日だったこともあり、こうして調べられる。

 

戸籍を調べる方法として、対象者が住んでいる土地の役所に出向くのが一番確実な方法である。

 

しかしながら、彼女にとって、それはあまり向かいたくない場所。そこで、インターネットから彼女の戸籍について調べることにした。不正アクセス・ハッキングは、お手の物。バレたら、一巻の終わりであるが、痕跡を残さないで調べる程度の能力は保有してある。

 

結果として、全国全ての役所のデータにアクセスをして、調べたものの、菊花の情報は全く記録されていなかった。それどころか、楠よしのという存在も見当たらなかったのである。

 

それならば、と、80年代、90年代、00年代の個人情報のデータの照合、事件、加害者・被害者の照合を試みるも、全く手応えがない。誰かが元々あったデータを故意に消したのではなく、元から存在していなかったかのようであった。

 

(楠さん……あなたは何者なの?)

 

まさか、彼女は戸籍を持たない人間なのだろうか?それはありえない。彼女の保険証を見たが、あれはまさしく本物であった。我々が使っているものと全く同じ形式で、紙の色が違えどそれを複製するのは難しい代物。しかも一年ごとに更新される。

 

メッセージアプリを開き、阿笠にメッセージを打ち、数分ほど待つ。阿笠が返事の代わりに、灰原の部屋を訪れた。

 

「哀君、わしじゃよ」

「どうぞ。博士、これを見てくれる?」

 

灰原が手元のPCの画面を見せた。阿笠が近寄る。

 

「0件じゃの」

「過去から来たって言う彼女に信じる材料探そうと思ってね。その結果よ」

「全国のデータを調べたのかね?」

「そうよ。いちいち県庁にアクセスするのも面倒だから。それっぽいやつを、片っ端からあててみたんだけどね」

「1件も引っかからないってのを変じゃのう」

「そうなのよ。仮に彼女が過去からきたなら何かしら欠片の1つでも引っかかる。特に現代のインターネット社会だったら尚更よね……」

 

 

「楠さんから何か話は聞けたのかい?」と、阿笠が尋ねるも、灰原は首を横に振った。

 

「神奈川県出身のOLで東京の家具メーカーで働いてるってことくらいね」

「なんとも言えないのう」

「だから、用心に越したことはないと思うわ。博士も、私がいない時は楠さんについて注意しておいて」

 

 

グラスに入った氷が、音を立てて溶けた。

 

 

 

 

年齢を重ねるにつれ、時間が過ぎる感覚は段々と加速してゆく。

最近購入したものに着替えて、菊花は、阿笠邸を出た。買い物などは既に済ませている。目的は少し遠くにある森林公園だ。

 

何故出かけるのか。理由は単純で、自身の鈍った体を元に戻すためだ。まず、こちらの日本に来て、生活リズムが変わった。精神を張り詰めるようなこともなく、阿笠邸で三食をきっちり食べる日々であった。運動らしい運動もなく、菊花としては大変珍しく、呑気であった。

 

 

結果として、体重が4kgほど増えた。ギリギリ55kg圏内。ああ、無常。総務部内では若い部類に入る菊花ではあるが、若いといえど、四捨五入をすれば30代に手が届く。

 

 

お腹周りには油断を怠っていないつもりだったが、体全体が重く感じる。これは由々しき事態だ。

 

阿笠も一緒に始めたが、数日後に発表があるためお休み中だ。灰原が「楠さんと歩いた方が気も紛れるわよ」と勧めていたが、耳には届いていない。

 

先程、家を出る時にも、「ひえー!!」「駄目じゃ駄目じゃこれじゃあ提出なんてできん!!」という叫び声もあった。

 

研究者って大変だな。 菊花は思った。

 

 

いつも阿笠邸から出発して、徒歩15分程歩いた先にある森林公園で一休みし、筋トレなりなんなりのトレーニングを少し行う。そこから、米花駅方面から阿笠邸に戻るのが彼女のコースだ。

 

 

最近では、公園内に設置された器具を使ったトレーニングもやり始めた。二の腕近くが、実によく効く。

 

「38……39……40……っし、懸垂終わり。次はあれの確認もだな」

 

今日はそれらに加えて、逮捕術・シラットの確認も兼ねて体を動かしていた。

 

 

腰をやや低く下ろし、何かを確認する動きを続けたかと思いきや、常人が目で追うには難しい速度で足を空中に蹴り上げた。その動きは逮捕術、柔道、截拳道とも異なっている。

 

警察官に必ず必要な技術として、実技を2つ取得しなくてはならない。一つは逮捕術、もう一つは、剣道または柔道である。

 

二つ目の実技はどちらを選んでも構わない。

 

菊花は剣道を選び、段位も取得しているが、主にシラットの方を重点的に訓練を重ねている。シラットに出会ったのは、警察官になって三年目に出会った事件がきっかけだった。

 

菊花は、ベンチに腰掛けた。拭いきれなかった汗が雫となって、地面に落ちる。

 

(キレが悪すぎる……明日からはもう少し回数を増やさないとな)

 

風が通り抜け、菊花の体を冷まそうとする。このベンチはちょうど、木陰ができており、太陽が直で当たらない。

 

「なーう」

「あ、また来たの」

 

ここのベンチは、大抵、野良猫や鳥などが利用していたようだった。突然現れた来訪者に、彼らは驚いていたが、何もしないとわかると、少しずつ近くに寄ってくれた。特に、今、菊花の足元に近寄ってきた猫は顕著だ。

 

よくある三毛猫の模様だ。首元にリードが付けられ、野良とは思えぬ毛並みをしている。恐らく、この猫は飼い猫であろう。

 

人懐こさもあり、愛嬌もある。つぶらな瞳で見つめられると、なにかおやつでもあげたくなるが、アレルギーでもあったら心配だからだ。

猫にアレルギーがあるのか、菊花には分からなかったが、飼い猫である以上、余計なことはしないでおこうと思っていた。その代わり、○ツゴロウさんのように、毛並みを撫でてあげるのを怠らないようにした。

 

「んー」

「お前は人懐こいねぇ」

 

猫は、目を細めて喉を鳴らしている。尻尾の付け根を優しく触ってやれば、喜んで喉をグルグル鳴らした。

 

うむ、可愛い。

ふわふわの毛並みは、絨毯のような滑らかさで、いつまでも触っていたくなる。

 

猫は一鳴きした。

 

「満足したの?」

「なーん」

 

 

猫は立ちあがり、左の道に向かっていった。いつものように、どこかへと去るのかと思った。しかし、菊花を見つめて、立ち止まっている。

 

(……?)

 

猫に近寄ると、「なー」と鳴いて、前を歩いた。

ついてこいというサインだったのだろう。どちらに連れていってくれるのだろうか。

 

先ほどよりも道は細くなり、やや石が多くなっていった。昼間だというのに暗く感じる。

 

「なー」

 

猫は何かの前で立ちどまり、菊花に振り返った。まるで、これを見ろというかのように。

 

「お前、何を教えに……、!!」

 

上から見下ろす形で、そちらをのぞき込む。

 

そこには、男があった。しかし、少しも胸元が動いていない。男の目は閉じられており、トレーニングウェアは赤黒く変色している。流れ出した血液が、何者かの足跡を形どって、点々と向こうへ続いている。

 

残念だが助からない。そう判断し、警察への連絡を繋げた。

 

 

「もしもし、警察でしょうか?あの、公園にいるんですけども、遺体を見つけてしまいまして……ええ、ええ。はい、xx森林公園です。至急、お願いいたします」

 

電話を切り、周囲の状況を確認する。男の他に、人が通った気配はない。警察官が来るまで、菊花と猫とこの遺体のみで過ごすことになるだろう。

 

「お前は動じないね」

「なーう?」

 

猫は首を傾げる。またその表情が可愛らしい。

 

 

菊花は、遺体から数メートル離れたところに立った。近くにいれば、自分の指紋か何かを付けてしまいそうで、面倒であったためだ。猫も遺体のそばに行かぬよう、抱っこをした。どこかに消える様子もなかったので、素直にさせてくれた。

 

思ったよりも、パトカーは早かった。サイレンの音が近くに聞え、前の方向からガタイのいいトレンチコートを着た男の姿が見える。

 

「貴方が楠よしのさんですかな」

「ええ、はい。私が楠です」菊花はうなづいた。「現場は少し先にあります。あの、案内した方が……」

「いえ、遺体を発見されたということですし、ご気分が優れないでしょう。こちらでお待ち頂いて結構です」

「分かりました」

 

「こちらで代わりの者をつけておきます」

「刑事の佐藤です。楠さんが落ち着いてからで構いません」

「お気遣いありがとうございます」

 

菊花は小さく笑みを浮かべた。久しぶりに遺体を見てびっくりしたが、そこまで気分が優れないほどではない。それに笑顔を作るのは朝飯前だ。

 

「聞かれて嫌な質問でしたら拒否してください」

「分かりました」

「それでは始めますね。そこまで緊張なさらず自然体でお答えください。発見されたのはいつ頃ですか?」

「つい先程でしたので……確か、午前11時18分です。通報したのがその3分後です」

「なるほど……」

 

 

佐藤は、いくつかの質問をしては菊花の言葉を手帳に書き込んでいく。

 

「こちらの公園にはよく来られるんですか?」

「つい最近です」

「そうなんですね……あら、この猫」佐藤が、抱っこする猫に目を止めた。

 

「ご存知なんですか?」

「ポアロという喫茶店があるんですけど、そこによく来る子なんですよ。こんなところまで来るなんて」 と、佐藤は目を丸くしていた。

 

話ぶりから察するに、その喫茶店からこちらの公園まではかなりの道のりなのだろう。

 

「(ポアロってどっかで聞いたことあるなぁ……)じゃあそこで飼われてるんですね。良かった」

「ええ、あずささんに連絡しなくちゃ……。あらやだ、私ったら事情聴取をしてたのに」

 

脱線したものの、先程話したことでもう何も持っていない。

 

「ええと、どこまでだったかしらね。……ああ、そうだった。被害者の方とはお知り合い?」

「いえ。今回が初対面です」

「そう。それじゃ、ここで事情聴取を終えます。現場のものに確認をとり次第、解放します」

「お願いします」

 

佐藤は、現場の方へ早足で向かい、それを、(懐かしいなぁ)と、感じた。ああやって表立って動けていた時が懐かしい。

 

(ああ、早く戻りたいな。仕事が恋しい)

 

腕の中にいる猫は、目を閉じて、見知らぬ人間(撫でるやつと言っても)に、ここまで心を許してくれるのはちょっと嬉しかったりする。

 

 

15分ほどして、佐藤がこちらに戻ってきた。「許可が出ました。ただ、この事件について証言していただきたい時に、楠さんをお呼び立てするかもしれませんのでお電話を頂いてもよろしいですか?」

「分かりました。電話番号がですね、090……です」

「090……ですね。了解しました。また何かありましたら、よろしくお願いいたします」

 

 

 

 

現場を出ると、パトカーは三台止まっていた。昼間ということもあり、野次馬はない。ほっとして、帰宅できそうだ。菊花は、猫を足元に下ろした。

 

 

「なうーん」

「私も帰るからね。また会おうね」

「にゃー」

 

まるで、返事でもするように、猫は菊花に返して、反対方向に歩いていった。なんとも賢い猫だなぁ。菊花は思った。

 

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