迷者不問   作:お米太郎

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原作を見ると、マスターはかなり年上のような気がするけれど、そこは二次創作ということで。名前はポアロをもじっています。


公安刑事とにゃんことコーヒー

翌日、電話は菊花の携帯にかかってきた。

 

「はい、楠です」

《おはようございます、佐藤です。少々お伝えしたいことがあるのですが、楠さん、今お時間よろしいでしょうか?》

「大丈夫ですよ」

《ありがとうございます。昨日の事件のことなんですが、被害者の身元が判明しました》

「あら」

 

なかなか迅速である。

被害者の身元が分かる技術も十年も経てば進歩しているようだ。

 

「そうでしたか」

《もう少し情報が欲しいので、事情聴取をお願いしたいんです。場所は米花警察署で時間は11時頃に》

「あ、大丈夫です。何も予定もありませんし」

《ありがとうございます。それでは署の入り口でお待ちしますね。失礼いたします》

「失礼いたします」

 

電話を切り上げ、部屋にあるテレビをつける。何かのバラエティ番組がやっており、10代あたりの少女が登場していた。

 

『5月29日!!ぽよ双子ちゃんの〜占いコーナー!!』

『本日の最下位は!?いやーん!!うお座のあなた!!』

『お出かけ先で何かピンチに巻き込まれるかも……!?でも大丈夫になっちゃう方法があるよ!!』

『ラッキーアイテムのツバキの髪留めを付けておけばそのピンチを回避出来ちゃいます!!』

 

『それをすれば〜?うお座のあなたもラッキーに!!』

 

「まじか」

 

不運なことに、【楠よしの】は魚座の女であった。普段、占いなどは全く信じない彼女である。しかしながら、昨日の自分の不運さに何かを感じたのか、携帯の待受画面をラッキーアイテムに似ているものへ変更した。

 

 

 

佐藤に指定された時間よりも20分も前に到着することが出来たため、菊花は駅前のカフェに立ち寄った。

 

いらっしゃいませー。空いているお席、ご自由にどうぞー。店員の声が響く。

 

入り口近くの席に腰掛け、ブレンドコーヒーを一つ頼んでから、菊花は、店内の雑誌を入り口から何冊か持って席に戻った。

 

(やっぱり変わっているところは変わってるな。……今はインスタナンチャラが人気か)

 

ぱらぱらと、何冊かの雑誌を軽く読む。こちらの未来でも紙媒体の書籍物が刊行されているのを知り、アナログタイプの自分には有難い。

 

菊花の目が止まった。それは、喫茶店の特集記事であった。住所から見るに、店は米花町内にあるらしく、メニューのハムサンドが評判だそうだ。写真も一緒に掲載されていた。

病院で見かけた雑誌の記事よりも、かなり詳しく書かれてあった。

 

 

米花警察署は、都会にあるビルと似ていた。入り口を覗くと、背の高い女性が菊花に気づき、声をかけた。多分あれが佐藤だろう。

 

「こんにちは。楠よしのさんでしょうか?」

「はい」

「お電話を致しました、佐藤美和子と申します。本日はお越しいただきありがとうございます」

 

佐藤は笑みを浮かべ、慇懃に挨拶をした。佐藤の服装は、菊花のような一般人を威圧させないよう、パステル系統の色合いでまとまっている。身長が高い分、3センチ程度のヒールを使用しており、話しかけにくい雰囲気をなくしていた。

 

「5階で行う予定ですので、一緒にエレベーターを利用しましょう」

「了解です」

 

 

 

事情聴取で使用する部屋は、来客をもてなすような雰囲気に近かった。壁には有名な作家の絵画や時計、小さな観葉植物が置かれており、机の下にも暖色系のラグが敷かれている。どこか落ち着く配置となっていた。

 

「ずいぶん印象が違いますね」

「お堅い雰囲気でやるわけではありませんから」

 

被疑者などに事情聴取を行う際、この部屋よりも更に狭く、もっと無機質だからだ。こんなに明るい部屋では通常行わない。

 

佐藤は言った。

 

「そちらにおかけになってください、今用意しますから」

「ええ、はい」

 

促され、奥に位置する椅子に、菊花は腰掛ける。

同時に、扉が3回ノックされた。

 

「失礼します。お茶をお持ちしました」と入ってきたのは、大柄な男であった。

 

「あら、阪本君ありがとう」

 

阪本と呼ばれた男は、佐藤に会釈をし、お盆に載った湯呑を二人の前に置いた。

 

「それでは」

 

阪本は、そのまま静かに退出をした。準備を終えた佐藤が椅子に腰掛ける。

 

「まあ、昨日お聞きしたことと殆ど似てしまうんですけれど、発見当時の状況と、被害者の方との関係についてお願いします」

「そうですねぇ」

 

菊花は昨夜の出来事を細かく思い出した。

 

「たいてい、あの公園で体を動かしてるんです。ひと汗流すのと森林浴も兼ねて。私が彼を見つけた場所は昼間でも暗い場所で、ハトや猫が集まるような場所ですから、人通りもあまりありませんね。私以外で人が通った気配などはなかったです」

 

「なるほど。被害者の方は桶川伸二(おけがわ しんじ)さんというんですけど生前の彼とは話したことはありました?」

「いえ、まったくないですねぇ」

「そうですか……」

「あの、佐藤さん。ちょっと私と関係ないんですけど、気になることがあるんです」

「気になることですか?」

「はい」 菊花がうなづいた。

 

 

警察が到着するまでの短い間ではあるが、桶川の遺体にいくつか気になることがあった。

 

「彼の刺された箇所、土が少し混ざっていたんです。普通、殺害する場合でしたら手袋などをはめていると思うんですよ。ドラマとかでもあるみたいに。あそこが公園ということもあって土が付着するのは不自然なことではないんですけど、なんか引っかかってて」

 

そうなのである。菊花が気になったのは、刺された箇所に土が付着していたためだ。というのも、目に見えるかどうかという、微妙なラインで、迅速な働きをする彼らには分かっているのでは?と思い、伝えづらかった。

まばらに付着していた土は、森林公園の土とは色合いが異なっていた。

 

「混ざった土……」

 

 

それから、いくつかの質問を投げかけられた。たわいもない雑談に近かった。佐藤からは、親しみのある雰囲気のみ感じ取れた。

 

 

 

事情聴取は14時に終わった。佐藤が「そうだ。忘れていたんですけど、猫ちゃん、もう少し先のポアロでよく見かけるんですよ」と、言葉遣いが少し砕けた。こちらが彼女にとって話しやすいのかもしれない。

 

「駅前のカフェで特集記事見ました。あの猫ちゃん、お店で、ですかね?」

「ええ。なかなか珍しい子みたいで。オスの三毛猫ですって」

「へえそうなんですか」

 

佐藤は玄関手前で立ち止まる。

 

「それでは、私はここでお見送りさせていただきます。お話ありがとうございました」

「いえいえ、あまり参考にならなかったかもしれないです」

「とんでもない。楠さんからお話を伺っていて良かったですよ」

「そうだといいんですけど」

「解決したらご連絡できそうなときにしますね」

 

「分かりました」

 

それから、佐藤に見送られ、菊花は喫茶店ポアロへと向かった。目的はもちろん、彼女もおすすめしていたハムサンドである。

 

 

 

「あ、すいません~。米花町方面ってどっちに行けばいいですかね~」

「あの、私……米花町詳しくないんで…」

「そうなんですか?でもかなり慣れている感じしてますよねえ。お姉さん、どのあたりでよくいるんですかぁ。服可愛いですね!!」

 

 

見知らぬ男に呼び止められ、矢継ぎ早にナンパの文句のようなものを言い始めた。面倒である。こういった輩は、おとなしい見目の女性にばかり声をかけてくるのだ。

 

「答えたくないんで失礼します」

「あ、お姉さぁん、待ってくださいよぉ」

 

男を振り切ろうと、菊花は歩く速度を変え、まっすぐ向かう。しかしながら、男は菊花の態度にめげずに声をかけてくる。

 

「ちょっと教えてくれるだけでいいじゃないですか~。減るもんじゃないでしょ~~?ねねね、そこのカフェでちょっとしゃべるだけでいいんでぇ」

「結構ですって」

「そんなこと言ってぇ~、ほんとは僕みたいに声をかけてきた人、嬉しいでしょ?」

「はあ?」

「ほら、返事をしてくれるってことはそういうことじゃん~?僕、自信がなかったんですけどぉ、あなたみたいな子と話せるんだなぁって」

 

男の笑った顔を見た瞬間、背筋に冷たいものが流れた。

思った以上にやばい。普通の人間に見えるのに、こちらに返してくる言葉は全く違う。菊花が目だけ動かし、周囲を見渡す。助けを求めようにも、この通りに交番はなく、店も開いている様子もない。

 

ここまで距離を詰められてしまっている以上、逃げても捕まる可能性が高い。フル回転で考えを巡らせ、知恵を絞る。男は一般人のようであるし、自分が何か手を加えて、警察に連れて行って、逆恨みでもされたら困る。どうすべきか。

 

「あれ、なっちゃんだ」

「え?」

 

神は菊花を見捨てなかった。振り返るとやや年齢が高い男性だ。青いYシャツを身にまとい、落ち着いた色合いの靴を着用している。どこかでみたことのある顔つきで、しかし、関わりを持った覚えはない。

 

男性は菊花に対し、親し気に話かけた。

 

「うわあ、大きくなったねぇ。横浜の方にいたんじゃないっけ?」

「え…!」

 

訳も分からぬ菊花であったが、すぐに、この男性が助けてくれようとしていることに気づいた。菊花も、知り合いに会って驚いているといった表情を作り、言葉を返す。

 

「うっそ、宮間さん!?いつの間に米花町に…?」

「10年位前からこの町で喫茶店をしているんだよ。親父の跡を継いだ。いやあ、しかし驚いたな」

「私の方こそ。宮間さんとまた会えるなんてびっくりしたから……」

「急で申し訳ないんだけど、この先のスーパーで卵の特売がやっているからついてきてくれない?今日忘れていたんだけど一人1パックだけの限定販売なんだ」

「そういうことだったら喜んで」

「じゃあ行こうか。茶髪君、悪いけど、この子はちょっとお手伝いしてもらいたいからじゃあねぇ~」

「あ、うん……」

 

菊花の知人とは思いもよらず、男もあっけにとられたようであった。男性がもたらした状況は大変有難い。相手にあっけに取らせて、2人はそこから退散した。

 

そのまま男が見えなくなるまで、二人は走り、米花町商店街の入り口にたどり着いたのち、男性が立ち止まった。

 

男性がぜいぜいと息を切らして言った。

 

「ここまで、来れ、れば、あの男も君を追ってこないと思うよ」

「助けて、くださって、あ、ありがとうございます」

「礼には……及ばないよ。はあ……でも、こんなに、走り、続けたのは久しぶりだよ。僕も年取った、かなあ。こんな距離で息が切れる、なんて」

 

男性は胸ポケットから厚手のハンカチを取り出し、汗を拭った。

 

「本当に助けていただきありがとうございます。この近くのお店でお礼をしたいです」

 

そんなことを言い、自分の方が先ほどの人間と同じようなことをしているなと、菊花はふと思った。男性は何を言われたのかといった様子であったが、彼女の言葉を理解したのち、自身の手を左右に振った。

 

「ええ?!いいよ、僕が助けたいと思って助けただけだし」

「させてください」

「ええ?そんないいよ、いいよ」

「絶対にさせてください!!」

 

お礼させて。

大丈夫だから。

私が納得いかないんです。

それ言ったらただ助けただけの自分にしてもらえる自信がないよ。

 

 

二人の間で言葉を使わぬ、静かな攻防が起き、言葉を先に出したのは男性であった。彼は簡単なことを代わりに提示した。

 

「……さっき言った卵の特売のお手伝いをしてくれると有難いかな」

「それでいいんですか?」と、今度は、菊花が目を丸くした。

「そっちのほうが、受け取る側としても気が楽だよ。一人1パックだけの限定だからね」

「はあ」

「それじゃあ行こうか。あ、名前を言ってなかったね。僕は暮栖平良(くれす ひらよし)と言います。この街で喫茶店を営んでるんだ」

「暮栖さんですね。私は楠よしのと申します」

 

 

 

幸運なことに、菊花には人を引きつけられるような話の引き出しを多く持っていたため、暮栖との雑談はスムーズに行うことができた。そしてスーパーでの死闘を終え、彼が営んでいる喫茶店へ向かってゆく。

卵のお手伝いもできたので、そのまま阿笠邸へ戻ろうとした菊花であったが、暮栖から「自慢のコーヒーを飲んでくれないかな?」と誘われてしまったので、半ば流されるようについてきたのだ。

 

途中、菊花が暮栖に尋ねた。

 

「もしかして暮栖さん、喫茶店ポアロの方ですか?」

「正解。最近、有難いことに雑誌の取材を受けることがあるからね」

 

暮栖がウインクを打つ。どおりで、写真の彼と顔が似ていると思ったのだ。その割に、彼から煙草の匂いはあまりなく、コーヒーのにおいが強くついていた。

 

「喫茶店といえば煙草を吸う人がすごく多いですよね」

「今の時代だと女性のお客様も多いからね、うちでは分煙にしてるかな。あと、ちょっと前から新しくバイトの子を入れたんだけど、その子がなかなか若い子達に人気でさぁ。僕としては料理やコーヒーにも目を向けて欲しいもんだよ」

 

暮栖が小さくため息をついた。若い子には、その『新しいバイトの子』というのが一番の目当てとなって、さらに人気に火がついたのかもしれない。

 

「分煙ですか。喫茶店といえば喫煙者の煙があるのが当たり前だったのに」

「煙草を吸いたい人も、苦手な人も居心地のいい空間を作りたかったからね。分煙タイプにすればどちらも満足していただけるだろうから」

 

暮栖と菊花の目の前に喫茶店が佇んでいた。窓には『COFFEE ポアロ』というステッカーが張られてあり、また、上に目を向ければ、『毛利探偵事務所』という文字も見受けられた。探偵が多く活躍しているというのは現実のようだ。

 

「おや、大尉だ」

大尉と呼ばれたのは、昨日、菊花に遺体を見つけさせた三毛猫だった。こちらにやってきて、菊花や暮栖の足にまとわりつく。彼女は、大尉の毛並みを撫でてやった。

 

「ポアロの猫って、お前だったんだね」

「んなぁーお」

 

「楠さん、大尉を知ってるのかい?」暮栖が不思議そうに言った。

 

「ええ、最近よく行く場所に現れるんです」

「ぐるぐる……」

 

存分に撫でると、大尉は店の前でのんびりし始めた。香箱座りをして、日光浴を楽しんでいる。

 

「扉開けますね」

「ああ、ありがとう」

「マスターおかえりなさい!!あら?その方……」

 

カウンターの奥から、女性が顔を出した。

 

「ただいま、梓ちゃん。お客様の楠さん。お冷お願い」

「楠よしのです。すみません。まだ営業していらっしゃらないときに……」

「はあい、了解です!!いいえ。今さっき営業をし始めたところですから。空いている席にどうぞ」

「あ、はい」

 

お客さんらしい人は見られない。せっかくなら……と、菊花はカウンター席に座った。

 

「お冷どうぞ」

「ありがとうございます」

 

女性の店員がコースターのようなものを敷いて、お冷を置いてくれた。それを手に取り、喉に流し込む。

とても冷えていて、飲みやすい。口当たりもまろやかで、少しミントの風味を感じる。2杯目のお冷を入れてもらっている途中、彼女から強い視線を感じた。目線を上げる。女性がこちらを真剣に見つめていた。

 

「あの、差し支えなければでいいんですけど……」

「はい」

「楠さんって、うちのマスターの……その……親しい方なんですか?」

「へ?」

 

思わぬ問いに素っ頓狂な声が出てしまった。

 

「ちょっと、梓ちゃん!!楠さんは全然そういう方じゃないよ!!」

 

奥に引っ込んでいた暮栖がこちらに向かって声を上げた。

 

「ええ?本当ですか?さっき、お店の前で親し気に話してませんでした?」

 

「違う違う」

 

暮栖が首を横に振る。

 

「さっき、特売に向かう途中で、彼女が変な人に絡まれていたから助けたんだよ」

「暮栖さんに助けていただいたんです。あの時、チャンスがなければその人から逃げるの難しかったので」

 

菊花と暮栖。どちらも今日初めて会った者同士である。親し気に見えたのは、大尉を話題にしていたためであろう。

 

仮に、暮栖のような人物がいたとする。

女性がそんな目に遭っていても勇気を奮って助けようとするのは中々に難しい問題である。自分が間違えられたらと考えたり、事なかれ主義で、助けようと思えども行動を移しにくいだろう。

 

「あらっ!!マスターがナンパから、ですか」

顔には、これは面白いと書かれているように見えた。

 

「全く梓ちゃんたら……コーヒー入ったから取りに来て」

 

「はーいっ!!あとでお話もう少し聞かせてくださいっ。私、榎本梓って言います!!」

「あ、はい。いいですよ。私は楠よしのです」

 

流れるように、お互いの名前を言い合う。

 

榎本がカウンターから消えた後、菊花は店内をぐるりと見渡した。なかなか、自分だけがいるフロアというのはあまりない。こういった場面に出くわすと、ついつい見渡してしまう。公安に異動してから身についたものではなく、幼少期からの癖である。

 

 

しかし、よく清掃が行き届いた店だ。床もつるつるした材質を使っているものの、中華料理店のような床には至っていない。客が転んで頭をぶつける心配もない。あの店員達の空気感だけでも読み取るに、長居していても文句を言われなそうである。

入り口近くの壁、目の前のカウンターの壁に貼り紙があった。入り口近くは、今年度の花火大会や近くの高校のポスター、カウンターにはメニュー表がきれいに貼られてある。

 

喫茶店らしく、メニュー表もあるが、ここの席からであれば、壁を見たほうが一目瞭然だ。コーヒーだけでも10から15種類ほど揃えてある。パスタのメニューでは、特にナポリタンがおすすめ!とのこと。手元にある携帯電話を見ればお昼を少し回った時刻だ。しかし、まだ、自分以外のお客さんは見えない。

 

「お待たせしました~。当店自慢のブレンドコーヒーです」

 

榎本がコーヒーを持ってきた。とてもいい香りだ。

 

「お砂糖はお手元にある瓶をお使いくださいね。ミルクもどうぞ」

「ありがとうございます」

 

砂糖を入れぬまま一口飲み、味に驚かされた。

 

香りは濃厚なのに、全く苦味がやってこない。ミルクのおかげだろうか?いや、それは関係ないだろう。阿笠邸でよく飲むコーヒーは、そのままで飲んでも、ミルクを入れても、苦味がないということはなかった。

 

「美味しい……こういった、苦味がないやつ初めてです」

「ポアロで一番長い歴史を持つコーヒーだよ」

 

暮栖が奥から戻ってきた。

「飲みやすいようにかなり改良を加えているからね」

 

「マスターが淹れるコーヒーで、ブレンドが私一番好きです」

「はは、梓ちゃんに褒めてもらえて光栄だな」

「お二人、とても仲がいいんですね」

「そりゃあ梓ちゃんのことは小さい時からよく知っているからね」

「マスター!!そのことは言わないでくださいよ!!」

 

今度は、暮栖が榎本にやり返し、彼女があたふたとする事態となった。

 

「彼女にはお兄さんがいるんだけど、彼と僕が同年代で梓ちゃんとも三人でよく遊んでたんだ。可愛い妹分さ」

「あら、それはそれは……」

「マスター!!楠さんがついてこれなくなっちゃっているじゃないですか!! 楠さんも乗らないでくださいよ〜! んもう。ほら、お店もオープンしていることですから、さっさと準備してくださいよ〜」

 

慌ただしく、榎本は奥に引っ込んでいってしまった。

 

「暮栖さん面白がってますね……」

「ええ、そうかな〜?」

 

暮栖がニヤニヤと笑う。本当に面白がっているだけらしい。この短時間でしか知り合わなかったのに、二人の人柄がよく感じ取ることが出来た。なんとも仲がいいこと。

 

「こんにちはぁ」

「あ、いらっしゃい」

 

扉についたベルが鳴り、扉が開けられる。

小さな身丈の子供たちがやってきた。ランドセルを背負っているので小学生だろう。その中に見た顔があった。菊花は『よしの』らしい笑顔を浮かべて挨拶をした。

 

「よしのお姉さんだ!!こんにちは」

「こんにちは。食べに来たの?」

 

 

「ううん。蘭姉ちゃんに鍵かかっているからポアロで待っててねって言われたの」

「そっか」

 

「コナン君知り合いなの?」と、カチューシャをつけた少女が言った。

「この間ホームズのおすすめ本を紹介したんだ」

「コナン君とホームズ談義ができる女性なんですか!?」と、そばかすの聡明そうな男の子が言った。

「んなことよりもよぉ、俺腹減った……」と、大柄な男の子が言う。

「元太君、さっき給食を食べたじゃない」

「うな重じゃないから足りねぇ」

 

「うな重好きとは何とも渋いね、君」

 

コナンと同じ年齢だと思うと、小1でうな重好きか。渋い子だ。お姉さんなんて数える程度しか食べてないぞ。勿論、ポケットマネー&提供者に奢る時。

 

「君たちはコナン君のお友達?」

菊花は子供たちの目線に合わせて言った。

 

「そうですよ!僕は円谷光彦と言います」と、そばかすの子が言い、「私は吉田歩美でーすっ」と女の子が元気よく言う。そして、大柄な男の子も

「俺は小嶋元太!うな重が好きだぜ」と、これまたパワフルな返事が返ってきた。

 

「そして!」

「僕達!!」

「私たち!」

 

「少年!探偵団!」

 

タイミングよく、光彦・歩美・元太が決めポーズをした。どうやら、子供にも探偵というのは憧れらしい。

 

「おお〜かっこいい。まるでヒーローみたいだ」

見事な連携に手を叩く。

「へへん。姉ちゃんも探偵団に入れさせてもいいぞ」

 

元太は自慢げに言った。

 

「お姉さんは名前、なんて言うの?」

「楠よしのだよ。お母さん達が桜が好きで、ソメイヨシノという桜の種類から付けられたんだ」

「わぁすてき!歩美も桜、好きだよ。よしのお姉さんって呼んでもいい?」

「うん。呼びやすいようにどうぞ」

「姉ちゃんはうな重好きか?」

「うーん、嫌いではないかな」

 

彼女はどこに行ったのだろう。紹介を聞いていて思ったが、灰原の姿が見当たらなかった。

 

「ねえ、コナン君」

「なあに」

「灰原さんと一緒に帰らないの?」

「何か昼寝したいから先帰ってるって言ってたよ」

 

「よしのお姉さんは哀ちゃんと仲良しさんなの?」

「ちょっとね」

 

クールな小1は先に帰ってしまったらしい。

 

「よしのさんはお仕事はお休み中なんですか?」

「いいや違うよ」

 

菊花はかぶりを払った。

 

「実は有給を全消化中なんだ」

「ゆうきゅう?」

「うな重よりうめえのか?」

「元太君違いますよ。よしのさんが言った『ゆうきゅう』は、有給休暇。つまり、会社からお金を支払ってもらえる休日のことです。全部消化ということですが、いくつあったんですか?」

「確か……あー、30日」

「30日、ということは1ヶ月丸々ですか!?すごくホワイトな会社ですね……」

「すっごーい!!夏休みみたい」

「光彦の言う通りだな」

 

コナンがうなづいた。

 

「1ヶ月休ませて貰える企業なんて珍しいね、お姉さんの会社」

「上の偉い人達に『働き詰めはよくないし、この際全部使っちゃって!!』と言われたもんで」

 

全くの嘘である。有給は確かにあるが、公安部の人間に必要のない休日と言って良い。それを使う時があるとすれば、公安を抜けてからだ。悲しいかな、日数ばかりが溜まってゆく。

 

「中々ないお休みだからコナン君に借りた本を消化してるんだよ」

「そういえばどこまで読んだ?」

「今この辺り」

 

菊花は鞄から文庫本を取り出した。短編集のそれは、全くホームズを知らない自分でも楽しく読めるものであった。ちょうど、ボヘミアの醜聞、技師の親指、独身の貴族の3編を読み終えた。

 

「ホームズ作品って面白いねぇ」

「でしょー!!ホームズは面白いのもちろんだけど、すごくカッコイイんだっ」と、コナンは目を輝かせ、胸を張る。

 

「短編集だと一話一話シンプルにまとまったものになっているからコンパクトでいいものだよ」

「よしのお姉さん、今度こっちね」

 

コナンがランドセルから一冊の本を取り出した。

シャーロックホームズ大全。帯には、『これで貴方もシャーロキアン!!シャーロックホームズシリーズの登場人物が全てわかる!』という、出版社も自信たっぷりと言いたげなアオリだ。

 

「これも読んどくと、どの話でシャーロックがどんな事件を解決したかとか、全ての登場人物の名前と地名が丸分かりだよ!!」

「す、すごいね…」

 

「コナン君の悪い癖が出ましたね……」

「あんな勧められても、俺、興味持てねえ。姉ちゃんよく聞いてるぜ」

「歩美もちょっと読みたくなくなるかも」

 

「元太はともかく、光彦と歩美ちゃんまでひどいぜ……」

「コナン君のホームズ愛がすごく感じられたよ。好きなものの前ではそういうことしちゃうよね……分かる」

 

しょんぼりしているコナンを、菊花はそっと肩に手を置いた。

ただ、彼のように自分の熱中しているものを、友人などの相手に布教しようとするのは、いいことなのではないだろうか。嫌がっていたり強制していなければ、菊花も止めはしない。

 

「小さな探偵のみんなー。おやつだよー」

「安室さんのケーキだぁ!!」

「安室君の考案したレシピをアレンジしたやつだよ。今日のは生地をラズベリーにしてみた」

「暮栖さんも探求熱心だね」

「まあ、安室君ばかりにレシピを考案されてしまったら僕の立つ瀬がないからさ。楠さんも良かったら召し上がってね」

「いっただきまーす!!!」

「いただきまーす」

「ありがとうございます。いただきます」

 

ケーキと思っていたが、それと異なった形をしていた。丸くふわふわとしていて、口に入れると、ベリーの風味がふわりと口の中で膨み、そして溶けていった。

 

「みんなどうかな?」

「スッゲーうめえ!!」

「あのケーキよりも更にもっと美味しくなってますっ!!!」

「とっても美味しい~。食べ終わりたくない~」

「喜んでくれているみたいですね。マスター」

「良かった~。実は結構ドキドキしてたんだ。楠さんどう?」

「すっごく美味しいです……。歩美ちゃんと同じ意見なんですけど、食べ終えたくないですね……」

 

甘さがちょうどよいため、コーヒーとの相性も抜群だ。なんと美味しいポアロの食事。絶対にもう1回来とかなくちゃ。時間もちょうどいい頃合いで、そろそろここらで帰ることにしようと、菊花は席を離れた。

 

「あの。暮栖さん。明細……」

「ん?あー気にしないで。また来てくれたらいいよ。そん時にケーキとか頼んで払ってくれればいいし」

「あ、はい」

 

「よしのお姉さんもう行っちゃうの?」

「姉ちゃんもうちょっといりゃいいじゃねーか?」

「そろそろ帰らないと。また来週かどこかで来る予定だから、皆と会えるかもしれないね。じゃあ私はこれで。ケーキとコーヒーごちそうさまでした」

 

「またお越しくださいね~」

「またねえーよしのお姉さーん!!」

 

榎本と暮栖に声をかけ、探偵団に手を振ってやり、菊花はポアロを出ていった。彼女が視界の端から消えると、歩美が寂しそうに言った。

 

「もう少し、よしのお姉さんとお話したかったなぁ……」

「また来るって言ってましたから多分また会えますよ」

「うん……」

「暮栖の兄ちゃん!!!ケーキのお代わりねえの?」

「あー、ごめん。他の人の分を残しているから、君たちの分はそれだけで終わっちゃった」

「ちぇ!! つまんねえーの」

 

今度は、元太がいじけてしまった。

 

「ごめんごめん。そんなに気に入ってくれるなんてね。また今度作ってあげるから」

「兄ちゃんぜってえだぞ!!」

「おい元太。そんなに食ったら夜ごはんが入らなくなっちまうぞ」

「そうですよ元太君。これ以上食べたらご飯食べれなくなっちゃいます」

「う……」

 

口々に、元太を思いやっての会話がなされる。当の本人も「そうかぁ?」と不審げであるが、【ごはん】という単語を出せば、素直に断念した。

 

ちょうどまたポアロのドアが開かれた。

 

「あ、蘭姉ちゃんだ」

「良かった。ちゃんとポアロにいてくれてたのね」

 

蘭と呼ばれた少女の他に、2人続いて入ってきた。

 

「なんだかすごーくいい匂いがする」

「あーほんとだ!!ちょっとガキンチョ達、なーに美味しそうなもの食べてんのよ~?」

 

カチューシャの少女がコナン達に近寄った。きれいな顔立ちをしているため、迫力がある。

 

「暮栖さんが作ってくれたケーキだよ」

「すっごく美味しいです!!」

「園子お姉さんにも一口上げるー」

「あら、歩美ちゃんありがと。……何このやばすぎる美味しさ」

 

クマのある少女も子供たちを覗き込む。

 

「へえ。ボクも食べたいな」

「園子ちゃん達も食べる?この前のケーキの味を試しに変えてみたやつなんだ。試作品だしお代はいらないよ。今用意するね」

「いいんですかっ?!やったー」

「ラッキー♪」

 

(元気なやつだぜ。はは……)

 

コナンは半笑いし、オレンジジュースを啜った。

 

 

 

「ただいま戻りましたー」

 

阿笠邸のドアを開けた途端、「遅かったわね」と灰原の声が響いた。

 

「どこ行ってたの?」

「警察署と喫茶店」

「警察署?なんの用事で行ったのどういうことよ。私と博士にそんなこと言ってなかったじゃないの。事件にでも巻き込まれたの?あなた」

「正解。遺体の第一発見者になっちゃったもんで私」

「は……はああああ!?」

 

灰原の声が邸宅に響き渡った。

 

「楠さんそれどういうことか説明してくれる?」

 

あ。これ怒られるやつ。菊花は瞬時に上司を前にしたような気持ちに陥った。

 

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