灰原に怒られる前に言わせてくれと、菊花が両手で『待った』のポーズをとる。
「ちょっと待って。最近、近くの森林公園にリハビリも兼ねて、よく訪れるんだけど、そこで運悪く遺体と出くわしちゃって。探したくて見つけたわけじゃないから。不可抗力だよ」
灰原は、事件に巻き込まれたと聞いて、どういうことかと思ったが、一通り、菊花の言い分を聞いて、それから忠告をした。
「故意ではなかったのはわかったわよ。でも、この街は成人していても危ないから。楠さん、気をつけて」
「うん」
「哀君、大きな声が聞こえてきたんじゃが」
「楠さんが殺人事件の第一発見者って聞いたのよ。それに変な人に絡まれたって」
「そりゃなんと……気の毒じゃったな」
二階から阿笠が降りてきた。
二人があまり動じていないことから、殺人事件というものがこの街では本当に頻発しているのだと見て取れた。
「最近だと、不審者も多いみたいじゃからな。用心に越したことはない」
「本当、変な輩が多いんだから。楠さん、ご飯は?」
「出先の喫茶店で食べてきた。ポアロという喫茶店でパンケーキを食べたんだけど、コナン君のお友達とちょっと話してたよ。ちょうど、コナン君の保護者っぽい人が来るみたいだったみたいだね。あと、そこのマスターに絡まれたのも助けてもらったんだ」
「ポアロのご主人はあまり見かけないから、楠さんは貴重な体験じゃったな」
「その人ってどんな人だった?」
「30代半ばの男性で、優しそうな、人のよさそうな雰囲気」
「安室君がまだいなくて良かったのう。彼がいる時の店内は凄く混んでおるからな」
「あむろくん?」
「最近ポアロでアルバイトをしている男の人。博士の言うとおり、安室さんって凄く高校生に人気だから、彼がいる時間帯は満員で座れないらしいわ」
「売上も伸びるぐらいのイケメンとかいるんですね。凄い」
「私は聞いていて、苦手そうな人だと思っているから会ったことはないんだけれどね。楠さん、そろそろ火傷の具合はどうかしら」
「だいぶ良くなった。薬と健康的な生活のおかげだと思う。そろそろ、洋服を買いに行けそうだよ。阿笠さんの服を借りてばかりいるのは申し訳ないから」
今、菊花が身に着けているのは、ブラウンのセーターである。中は、菊花の持っていたYシャツを着用している。下は汚れていないので、スラックスを変わらず着用している。
「そうね。大きさはまずまずかもしれないけど、ここでの生活が長くなるだろうし、買い足したほうがいいかもしれないわ。博士、車出してくれない?今度の日曜日」
「構わんよ。わしも欲しい書物があるからな」
「お願いね」
菊花の服については枚数が少なすぎると、灰原も思っていた。現時点で、着回しが難しくなっており、あと何枚かあれば心強い。数日後に、米花町内のショッピングモールへ行く約束を取り付けた。
何事も心配することもなく、土曜日はやって来た。米花町のショッピングモールへ訪れ、モール全体が見れる地図の前に菊花たち三人は立っていた。
「私、楠さんと一緒に服を見てるわね。博士は?」
「ワシは上の本屋におるから、終わったら連絡をよろしくの」
「分かったわ。……それじゃ、楠さん行きましょ。何から見てく?」
「外着から見たいな。今の枚数だと回すのが大変だから」
「それだったら、あの辺りにあるわ」
灰原が指さした先に、低価格帯の全年齢向けのファストファッションの店があり、マネキンが様々なテーマでコーディネートを組まれてあった。一人で買い物をしている女性や、自分の子供に服を合わせている男性の姿がある。
「レディースはこっちの右側ね。これなんか楠さんの身長に合いそうだけど」
手に取ったのは、これからの季節に良さそうなカーディガンだった。灰原に相談をし、試着室と行ったり来たりを繰り返して一時間。
服は全て揃えられ買うことができた。お会計をしている時に、灰原は阿笠へスマートフォンで連絡を入れる。すぐに本屋の科学雑誌があるコーナーにいるという返信がきていた。
「灰原さんアドバイスありがとう。この分だと何回も買いに行かなくて済みそうだよ」
「こちらこそ」
現在の服装は、紺のチノパンと白のカラーシャツ。先ほどまで白のYシャツと黒のスラックスで、かなり堅苦しかったので購入したものをそのまま着る。その事を灰原に言われ、このように菊花は返した。
「こだわりがあまりないからね。着れたらいいかなって思うから。学生の頃よりも私服でいる時間が少ないし。あ、阿笠さんいた」
「一番奥ね」
二人がフロアを見渡す。
「すいません。お待たせしました」
「随分と早かったのう」
「博士、本はもう買った?」
「もう目当てのものは買っておいた。ただ立ち読みしとっただけじゃよ」
「阿笠さん、何を購入されたんです?」
「この棚にあったものを数冊じゃ。今度提出する論文に必要じゃからな。実験も行き詰まって来ておったから運良く良い資料に出逢えて良かったわい」
「そろそろいい時間だしご飯にしちゃわない?」
「そうしましょうか」
三人はその店へ向かい、それぞれ食べやすそうなものを選んだ。店はかなり広々としていて、人があまり入っておらず、頼んだものが素早く到着した。菊花は月見うどんと天ぷらのセットを頼み、天ぷらに舌を打った。灰原が甘味を食べ終えたのち、一階の北海道物産展のエリアまでエレベーターで下った。
お菓子を主とした物産展であったため、女性たちが商品を楽しげに見ている。
「お菓子いっぱいありますね」
「珍しいお菓子もあるわ。これ見たことない」
「哀君。チョコレートのかかったポテトチップスじゃって」
「塩分量は……ちょっとあるわね」
「我慢しとったしこれくらいなら……」
「そうね。たまにはいいかもしれない」
「じゃ、買っちゃいましょうか」
どれも美味しそうで目移りしてしまう。色々悩んで、その商品を三箱購入。味は三つあったが無難にミルクチョコレート味にした。二箱はいつも本を貸してくれるシャーロキアン達へのお礼の品として購入し、のこり一箱は自分たち用に。
自宅に戻って、そのポテトチップスを食べてみたが、チョコレートとポテトチップスの組み合わせは大変美味しく、三人は無言で食べていた。すぐになくなってしまい、きっちり量を測ったものの、今日は無礼講だと言って、ペロリとひと箱空けてしまった。
また買おうという菊花の言葉に、灰原は強くうなづいた。かなりお気に召したようだ。
ちなみに本を貸してくれる沖矢にお礼として渡したところ、その翌日に食べ終え、どこで購入したのかと言われたのであった。物産展のことを話すと、彼はその日のうちに異なる味全てを購入していた。同じく、コナンや彼の居候先にも好評であったとのことである。
⊿
「前よりも良くなってきているみたいだね」
「水ぶくれを潰さないよう気をつけていてもたまに小さいやつを割れちゃったんですが。傷痕残りそうですかね」
「うーん。見た感じ傷周りが少し赤くなっているけど皮膚かいちゃってます?」
本日、菊花は杯戸中央病院へ来ていた。
処方箋を全て使い終わり、傷の経過の確認も兼ねて、医者に診察してもらっていた。以前、担当してくれた榊が診たほうが望ましいのだが、彼女はある患者の手術が入ってしまったらしく、代わりに眼鏡をかけた男性医師に診察してもらっていた。
「かゆみの方が強いのでちょっと掻きむしってしまって」
「ああ、それはいけない。治りかけてきている証拠ですからね。我慢できない時は描かずに軽く叩いてみてください。トントンとこれぐらい。水ぶくれを潰してしまうと、色素が沈着したりします。今回も以前と同じ処方にしておきます。塗り薬は忘れず。お大事になさってください」
「ありがとうございました」
診察室を出て、自分の名前が呼ばれるまで受付近くのソファに座った。今日はかなり人が多く来院していて、大分混雑していた。お会計は待ち始めてから一時間が経った後だった。処方箋を受け取る時にはお昼をだいぶ過ぎていて、腹の虫も鳴くのを繰り返している。
どこか食べる場所はと考えて、真っ先に浮かんだのは喫茶店ポアロ。今日はそこで取ろう。
そう思い立って、菊花はポアロへやってきた。大尉は、今日も香箱座りで、入口に座っている。菊花が撫でてやると、実に気持ちよさそうに喉を鳴らす。
「グルグル」
「よしよし。大尉、君は今日も可愛いね~」
「なー……グルグル……」
「いらっしゃいませ。……あら、楠さん」
「こんにちは、榎本さん」
彼女は記憶力がいいらしい。梓が、そのまま空いている席に、と菊花に勧めたので少し奥の方にある席に座った。
「榎本さん、サンドイッチってまだありますか?」
「ちょうどいま在庫が切れちゃったんですけど、他の者に、買い出しに行ってもらっているので、二十分くらいお待ちいただけたらお出しすることが可能です」
待つのは菊花の得意分野だ。
ただ、少し腹ごなしをしたい。
以前メニューを見てナポリタンがおすすめとあったし、ナポリタンと本日のコーヒーを頼んでしまおう。
「じゃ、先にこのナポリタンと本日のコーヒーをお願いします。それと、サンドイッチをお願いします。大盛りで、ナポリタンのあと、少ししたらお願いします」
「かしこまりました」
榎本へ注文を頼み終え、菊花は新聞を二紙、テーブルに持ってきた。地域面に事件がかなり多く載っていた。特に、米花町においては、地域面が二枚のページに渡り、様々な事件が掲載していた。一面から五面を早々と読み終え、邪魔にならぬよう、読み終えた方は片隅に追いやる。
「よしのお姉さん?」と、聞いたことのある声がした。高校生くらいの少女二人とコナンである。
「やっぱりよしのお姉さんだ」
「こんにちは。よく分かったね」
「うん。声がお姉さんに似ている人がいるなぁ〜って思ったから。この間のお菓子とっても美味しかった!ありがとう、よしのお姉さん」
「どういたしまして。口にあったなら良かった」
「コナン君、そちらのお姉さんと知り合い?」
髪の長い女の子がコナンに尋ねた。
「うん。僕のホームズ友達の、よしのお姉さん」
「楠です。いつもコナン君からシャーロックホームズの本などを借りている友人です」
「私は毛利蘭です。コナン君を預かっている家の者です。この間はお菓子までいただいてしまって」
「蘭の友達の鈴木園子です!」
「毛利さんに鈴木さんですね。はじめまして。いえいえ、こちらこそ。
いつもコナン君から本を貸してもらっていてお礼をしたかったところですし」
コナンからいつも本を借りてばかりで申し訳なく思っており、謝礼品を買えたのがいいタイミングであった。
「コナン君、ホームズの話ができる友達ができたって喜んでたんです」
「ら、蘭姉ちゃん!」
コナンが蘭の言葉に慌てる。
「ああ、でも、私はコナン君ほど詳しくないんですよ。まだまだ、シャーロックホームズについては、教えてもらってばかりで」
「よしのお姉さん、僕がホームズの話をしてもついてきてくれるんだ。沖矢さんと同じくらいだよ」
「そこまで言われると嫌な気はしないね」
思わず口が緩む。
「楠さん、私たちの方が年下ですし、敬語は結構ですよ」
「そうですか?じゃあ、お言葉に甘えて」
「お待たせいたしましたー。ナポリタンとアイスティーです」
ちょうど、榎本がナポリタンとアイスティーを運んできた。
「熱いのでやけどにご注意くださいね」
「いただきます」
「今日の昼ごはん?」
「ん、そうそう。ちょうど空腹だったし」
「あー、ナポリタンも美味しそう……。やっぱりそっちにしておけば良かったかしら」
「今日、安室さんのサンドイッチを食べるぞって息巻いてたじゃない。園子」
「そうなんだけどー!ほら、楠さんのナポリタンを見ていたらすごく美味しそうじゃない?何だか心が揺れちゃった。ポアロのサンドイッチはよく特集が組まれることもあるんですけど、やっぱりイケメンが作ると味が違うような気がするんですよねー」
「安室の兄ちゃん目当てのお客さんも多いんだよ。今日は男性のお客さんばっかだけど」
「なるほどね」
うっとりと園子が言い、コナンが補足する。菊花は頷きで返しながら、熱々のナポリタンを口にした。
昔ながらの、喫茶店で出されるナポリタンだ。ケチャップは濃いめで、よくよく見ると、トマトのソースと一緒に湯むきがされたカットトマトも一緒に絡められている。男性でも満足ができそうな量であった。
アイスティーで休みを入れるのも忘れない。火傷しそうになっていた口内が少しばかり冷やされた。甘さとミルクの量がちょうど良い。
ナポリタンを楽しんでいる間に、三人の話題は安室へと移った。
「でも、安室さんってなんでも出来るのに、なんでうちのお父さんの助手をやってるのかしら。不思議」
「言えてる。安室さんぐらいの推理力があったら『安室探偵事務所』とか看板を出して独立してそうなのにねー」
話の内容から推測すると、安室はかなりのイケメンで女性人気が高い。蘭の父親の助手をしており、推理力が高いという。彼は探偵でもやっているのだろうか。もしかしたら、この店の上にある「毛利探偵事務所」の所長が彼女の父親で、その助手として働いているのかもしれない。それで、料理が上手く、特にサンドイッチが絶品。料理上手なイケメンはかなりの好物件だ。同期は殆ど料理下手ばかりなので羨ましい。
「あ、ほら、楠さん。あの人が安室さんですよ」と蘭が言った。
彼女の指さす方向に、菊花は目をやる。そして、彼の姿を見るなり、菊花は驚いたあまり、強く咳き込んだ。
「あー、あのひ……んぐっ……!!!!ゴホッ!!ゴッホゴホゴホッ!!ゴホッッッ」
鼻がツンとする。無論、ナポリタンにはかかっていない。セーフだ。
「だ、だいじょうぶ?よしのお姉さん」
「大丈夫……大丈夫。……ちょっと、変なところに入っちゃっただけだから……ゴホッ」
コナンから紙ナプキンを受け取って、鼻と口に当てる。なぜ、菊花は安室を見ただけで驚いたのか。それは、同期の健啖家と瓜二つであったためである。
金髪、褐色、高身長。
同期と全く同じ見た目なのだ。世界には、自分と同じ容姿をした人間が二人いると言われているが、うち一人が、この日本にその同期と同じ顔を持つ者がいたとは。危うくあいつの名前を言いそうだった。
「安室の兄ちゃんを見て吹き出した人、初めてだよ」
「いや……、知り合いにすごく似ていたからビックリしてしてしまって」
「安室さん似のイケメンがもう一人?!そんな人いるんですか!?」
園子が菊花の言葉に食いつく。
「見た目は完璧そっくり。声は…………あいつの方が低めだったかな」
少しおぼろげな健啖家の顔を脳内から手繰り寄せる。顔はそっくりだが、目の色と声質は違っていたと記憶する。
「楠さん、その人の連絡先とか知っていたら……」
「もう、園子ったらー。またイケメン好きが発動した。その姿、京極さんが悲しむよ〜」
「違うから!安室さんみたいなイケメンと知り合いたいなって言うのは、そう!鑑賞したいだけなの。ほら、最近ネットとかで観賞用とか言うことあるじゃない!?それよ、それ」
「園子姉ちゃん……」
コナンがやや呆れたような目線で、園子を見る。こう見えて、園子は日本でも指折りの財閥の令嬢なのだが「らしさ」がない。
さて、その安室は、器用にふたつのお盆にサンドイッチ四皿を持ってこちらにやって来た。大皿が一つ、一人前のお皿が三つ。
「お待たせいたしました。サンドイッチです。大盛りの方は蘭さんたちでよろしいですか?」
「あ、すみません、そっちは私です」
「え、……あ、失礼いたしました」
安室は、菊花の方を見て少し驚いた様子であったが、キッチンへ戻っていった。蘭や園子が、安室と同じように菊花の目の前にある大盛りのサンドイッチを見つめる。
「大盛りって……かなりあるんですね」
「私たちのやつよりも多いわよね……」
「まあ大丈夫」
サラリと菊花は言い、ほぼなかったナポリタンを食べ終え、一つめのサンドイッチを手に取った。特集を組まれるだけあって、かなり美味しい。雑誌を見た時はハムサンドだけだったが、大盛りということでたまご、ハムチーズ、BLTといった種類で組み合わさっている。
「楠さん、どうですか。安室さんのサンドイッチ」
「期待以上だったよ。これは特集が組まれるのも分かるな。めちゃくちゃ美味しいね。うん、手が止まらない」
「やっぱり安室さんのサンドイッチが一番よね。あー幸せ…」
「お気に召して頂いているみたいですね」
「!」
いきなり声をかけられた。安室である。先程はこちらに来るのがわかったが、今のは全くわからなかった。
「あ、安室さん!ちょっとびっくりするじゃないですかー」
「ああ、園子さん、驚かせてしまってすみません。どうも僕の作ったサンドイッチが好評みたいですから」
「安室さん、今バイト中なんじゃないの?」
「休憩中なんだ。今の時間帯は余裕があるみたいだからマスターに許可もらってね」
「ふーん、そう」
素っ気なく、コナンが返す。
「あの、安室さん、これ、どうやって作られているんですか?うちで再現させてみても、なかなか出来なくて」
「そうですねぇ……。今度機会があればお伝えしますよ」
「くぅ!今知りたかった……」
「園子、安室さんに無理言っちゃダメだよ。今休憩中なんだし」
「実演の方がわかりやすいと思いますよ。今度、時間を取っておきますから、お見せします」
「えっいいんですかぁ!?」
「ごちそうさまでした」
隣がワイワイとしている合間に、菊花は食べ終えていた。
「え、よしのお姉さん早くない?!僕たちよりも、量がかなりあったよね」
「おいしいなって食べてたらもう終わってた」
「えええ……」
そう言った菊花に対し、コナンはまじかよこの人、とでも言いたげな目線を送った。どんだけ入るんだとでも言いたげである。
「先程はお品物を間違えてしまって申し訳ありません」
「いえ、お気になさらず。あの量でしたら毛利さんたちが食べるのだろうと思われても仕方ないですよ」
菊花は苦笑した。確かにあの量は一人で食べるとしてもかなりあった。このあと夕食が入るかわからない。
「とても美味しくって、すぐ食べ終えてしまいました。ごちそうさまでした」
「ありがとうございます。そう言ってくださると作り手冥利につきますね。失礼かもしれませんが、お客様は蘭さんたちのお知り合いですか?」
菊花の返答を待つ前に、コナンが代わりに答えた。
「よしのお姉さんは僕のホームズ友達だよ、安室さん」
「ホームズ友達だって?」
その時、安室の目が少しばかり細くなる。だが、すぐに戻されたため、菊花は気づくことはなかった。
安室が言った。
「それは是非とも、僕にもお聞かせ願いたいものですね。僕もホームズ、好きなんですよ。あなたとはいい話ができそうだ」
「機会があれば……。また来た時にでも」
と言って、菊花は荷物をまとめ、立ち上がった。
「ごちそうさまでした。またね、コナン君」
「うん、じゃあねー。よしのお姉さん」
菊花は蘭たちに笑いかけ、お会計を済ませて、ポアロをあとにする。彼女の姿が遠くなっていくのをコナンは見つめていた。
「あんたと話が合うなんて、どんな人かと思ってたけど案外普通だったわね」
「コナン君は楠さんとどこで知り合ったの?」
「初めて会ったのは病院だよ。前、英理さんが入院していたときあったでしょ?その時に知り合ったの。今は元気になったみたいでよかった」
「病院?僕とコナンくんがいた時のかい?」
「うん。そのとき初めて会ったの。見た目は普通だったけど」
「あの時か……」
「楠さんたら忘れ物されているわ!」
安室がその時のことを少し聞こうとしたが、梓の言葉で止められてしまった。
「コナン君、楠さんの連絡先わかる?」
「うん。連絡ならわかるよ。梓さん、どうしたの?」
「何か落し物をされたみたいで。電話して教えて欲しいのよ」
彼女は何かを拾い、コナン達に見せた。シンプルな見た目の黒いカードケースだ。少し分厚く、何枚かメモが入っているようだ。
「これ、お姉さんのなのかな。女性向けのケースっぽくないけど」
「確認したけど、何も落ちていなかったから、多分そうだわ」
「彼女のものかどうか確認しておこうか。連絡先が分かるなら教えた方がいい」
安室はそう言って、ケースを開く。連絡先のようなメモはなかった。代わりに一枚の写真が、はらりと、足元に落ちる。
「なんか落ちたよ……これは、え?」
「コナン君、なにか映ってたかい?……!」
写真が置かれる。今度は、コナン達が驚くこととなった。
その写真には。
「安室さんと楠さん?」
「僕だよな……これ」
どこかで撮られたらしい、安室と菊花の姿が、そこの写真には収められていた。