迷者不問   作:お米太郎

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あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
更新が大変遅くなってしまってすみません。拙作のお気に入り追加、しおり、感想ありがとうございます。
ちょっと文字数少なめです。


公安刑事とある写真

写真には一組の男女が写っていた。男性はこちらに向かって大きくピースサインをし明朗さが感じられた。今この場にいる安室がしないような、珍しい表情だった。

隣に立つ菊花は、緊張しているのか硬い表情だ。二人の背景には大小様々なバラが咲いていた。コナンが写真と現実の彼を交互に見る。

 

「安室さんもこんな顔できるんだ」

「……これ僕じゃないな。自分かと思ったけれど違うね」

「えぇ!」

 

信じられない言葉が出た。写真の男は自分ではないと言った。

しかし、何回見比べても、違いというものが見つけられない。何が違うのかと口々に言う女性陣に、安室がある箇所に指で丸するように囲う。

 

「確かに一見すると僕が写っているようにも見えますが、ここをよく見比べてください」

「ええと……あっ!この人紫色だわ」

 

蘭が抱き上げて、コナンにも見やすいようにする。確かに、安室が指摘したとおり、写真の彼の瞳の色は、異なっていた。安室の場合、瞳はアイスブルーなどに近い色である。対して、写真の安室はアメジスト色であった。もう一度見てみる。すると、既に同じ人物と認識せず、別人にしか見えない。脳みその認識する力は不思議だ。

 

「本当に楠さんと面識ないんですか?」

「うん。学生時代のことを思い出しても、こんな写真を撮った覚えはないかなぁ。世界には自分を入れて、同じ顔をした人が三人いるというし、他人の空似かな」

 

園子からの問いかけに、安室はウインクをして返答をする。キザな動作だ。

 

「安室さんが三人も存在したら世の女性がハンティングしまくるわね」

「後ろになにか書いてあるよ」

 

写真を裏返してみると、達筆な字で「植物園にて。」と書かれている。日付は不明だが、少なくとも、数年前あたりに撮ったのだろうか。

 

入口のドアが開き、女性が入ってきた。慌ただしく、コナンたちの元にやってくる。先ほど出ていった、菊花本人である。たいそう急いで戻ってきたらしく、息をどうにか整えようとしていた。

 

「あの、榎本さん。落とし物を見ていませんか?黒いカードケースで、内側に写真が入っているんですけど」

「これだよね、お姉さんの探し物」

「ああ、それそれ!よかった、ここにあったか」

 

梓にケースを渡され、菊花はほっとしているように見えた。

 

「ごめんなさい。楠さん。そのケースの中、見ちゃいました。連絡先とかあるかなと思って」

「謝らなくとも大丈夫ですよ」

「ねえ、よしのお姉さん。安室さんと仲良いの?この写真、安室さんと写っているし」

 

先ほどの驚きぶりをみたための言葉からか。菊花はその問いに対して、返答する直前、ほんの一瞬であるものの、動揺があった。それに気づけたのは、コナンだけだ。

 

「え?あ。その人は同僚の一人なんだよ。垂水くんっていうんだ。店員さんと瓜二つで、ここに転職したのかと思っちゃったんだよね。いやもう、お恥ずかしい。こういった所は直したと思っていたんだけれど。お騒がせしてすみません」

「いえいえ、誰だって、自分の知っている人に似ていたら驚きたくなるでしょうから」

 

安室が微笑んで言った。なぜだろう。ただ微笑んでいるだけなのに、菊花はコナンと出会った時の予感を、安室に対して抱いた。彼がどうも、ただのアルバイターとかではないような気がしてならない。

 

「おーい、梓ちゃんと安室君。そろそろ休憩を終えてくれるかい。団体様がやってくるみたいで忙しくなりそうだからね。楽しいおしゃべりはまた今度にしてくれよ」

「マスター、了解です。それじゃあ、楠さん、またのご来店お待ちしてます」

「また来ますね、ごちそうさまでした」

 

待たずして、暮栖のいうとおり、菊花と団体客と思われるような人々が入れ替わりで入店し、一気に店内はにぎやかさが増した。時間もだいぶ過ぎたらしく、既に十六時を回った。

 

これ以上、お店の席を占領するわけにもいかないということで、三人は自宅へ帰宅するという運びとなった。

 

お会計を済ませ、外に出ると、じめりと汗が吹き出るような風が吹いている。

今朝、コナンが確認した天気予報では、梅雨前線はもう数日もしないうちにやってくるということだったが、それが当てはまらないかのように、この時間帯でも、体感気温が高くなっているようだった。

 

顔をしかめ、園子は天を仰ぐ。

 

「うっわ、最近の天気予報は宛てにならないわ。今日だって雨が降るかもーなんて言っていたから折り畳みの傘を持ってきちゃったし」

「雨が降るよりかはましだよ。湿気で髪の毛がやられちゃうから困るもの」

「まあ、一番大敵だものね。じゃあね!蘭。あと、コナン君。アンタは私達よりも地面が近いからちゃんと水分補給すんのよ。喉が渇いていなくても取りなさいよね。このぐらいのぬるさでもなめちゃいけないわよ」

「はーい、わかった!」

 

コナンにとっては何を当たり前にと思ったのだが、近頃は凄く暑い気温でなくとも、命を落としてしまう、悲しい出来事が後を絶たない。園口は悪いが、他人を思いやれる女性であるので、そのように言ったのだろう。

 

 

三階に上がり、コナンは自室でランドセルと荷物を床に置いた。小さくなる前に経験した小学生時代を思い出すに、もっと重量があったと記憶している。時代が変わったからであろうか。置き勉もしてよいと許可も出た。

 

リビングから蘭の声が聞こえてきた。明るい声音で楽しそうに話している。園子、と名前が出ていたので、アプリを利用した通話を始めたようだ。

 

蘭の父親であり、コナンの保護者である毛利小五郎が珍しくパチンコで大勝ちし、ご機嫌に帰宅してきたのは二時間後になった。

 

 

 

 

「店長、お先に失礼します」

「お先です!」

「はい、お疲れ様。最近、変な人が多いから、二人とも気をつけて帰るんだよ」

「梓さん、駅まで送っていきますよ。女性の夜道は危ないですし」

「ありがとうございます。今日は兄と外食をするので迎えに来てくれるんです。お気持ちだけ頂いておきますね」

「そうでしたか。ご家族の方が来られるなら安心ですね」

 

梓の言葉通り、一般的で比較的人気のある、軽自動車が少し遠くのところで停まった。梓によく似た顔つきの男性が運転をしていた。

「お疲れ様です」

「お疲れ様です。また今度のバイトで」

「はい」

 

扉が閉まる直前、梓が手をこちらに手を振るので、こちらも返し、車が走っていった。上着に突っ込んでいたスマートフォンが振動した。指を滑らせ、相手の電話に応答する。

 

「もしもし」

《古原でございます》

「ああ、お前か」

《連絡を頂きましたので取り急ぎお回ししました。いつもの場所だそうです》

「分かった。今から向かうよ」

 

 

無機質な機械音がして電話を切った。ぐっと安室はスマートフォンを固く握りしめる。彼の瞳が、電灯によって照らされ、明るい青が現れる。

 

降谷は三つの顔を持つ「トリプルフェイス」だ。

警察庁警備局警備企画課……通称ゼロに所属する「降谷零」の顔。

国際的組織・黒の組織の幹部の「バーボン」の顔。

そして、アルバイター「安室透」の顔。

 

先ほどの電話は、「ゼロ」のほうに関連する。

このところ、潜入先の黒の組織でも、団体についての話題が上がっていた。どうにも、組織の末端が薬物や重火器を横流しているようで、探り屋のお前を頼りたいといって、ウォッカが降谷に頼んで来た。珍しいこともあるなと調べてみると、横流し先が件の宗教団体だったのだ。急遽、公安部全体で扱うべしと重要案件に変更された。

 

 

 

都内でも知る人が少ないであろう駐車場にて、同僚の神木順平(かみきじゅんぺい)は立っていた。

 

「お!いいね。早いじゃん!」

 

 

静かにドアを開け、神木が乗り込む。一気に車内が狭くなった。

 

「今日はアルバイターの日かい」

「そうだけど」

「降ちゃんはイケメンだから、さぞ黄色い声が飛んでいそうだなぁ」

 

にやにやと愉快そうに言う。降谷は、軽薄な雰囲気がある、この男が苦手であった。仕事はもちろんこなすのだが、へらへらとした調子が続くし、時たま(ふる)ちゃんという愛称で呼ばれる。

 

「おい」

「えー降ちゃんだめ?」

 

神木の手をつかんで、降谷はじろりとにらみつけた。

 

「車内はやめてくれ。知り合いの子供を乗せることがあるんだ」

「ケチだなぁ」

「ふん、ケチで結構。それより頼んでいた作業はどうなった」

「三人送り込んだところ。二週間立った。現在、聞き込みと信者に接触中。教祖の男はかなり用心深い。倉庫の中を覗いてみたが、流しのものが置かれていなかったね」

「やはりか。別の場所にプールしているな」

備企(びき)のリサーチでもそうなるか。手ごわいね」

「本当に腹の立つ」

「それと、あの団体は気味の悪いこともしているみたいだ。一部の幹部たちが怪しげな儀式をしているとのことだ。夜な夜な何かを崇めて(まじな)っているとか」

 

神木がダッシュボードの上に数枚の写真を置かれた。広いスペースで、白い服装を着て、祭壇に熱心に祈りを捧げているようだった。その祈りの先には、不気味な人形がいくつか置いてあり、手前に座る男の顔には刺青が彫られている。服装も、周囲の信者と異なるように奇妙な刺繍があった。

 

「よくここまで撮れたな」

「田村のおかげだよ。接近しているのが女信者だからね。中堅のくせして口の軽いこと。それとなく見たいとねだったら、喜んでここから見ることができると教えてくれたんだと。儀式なんてして、何頼むんだろうな?」

「馬鹿馬鹿しい。願いは自分で叶えるもんだろ」

「まあ。叶えて欲しい〜って神様にすがるのが人間だよ、降ちゃん」

「はっ。神なんているわけない」

 

降谷は吐き捨てるようにして言った。久方ぶりに見る不機嫌な感情だった。

 

「とりあえず今の段階だとこんなもんだな。また連絡する」

「よろしく頼む」

 

 

 

神木はタクシーを拾って帰っていった。降谷は愛車を米花町のセーフハウスまで飛ばす。すでに午前を回っており、自分以外の車が通っている様子もない。市内の信号機でつかまっているとき、ふと、昼間のあの出来事が思い出された。

サンドイッチを運びに行く際、己を見て酷くむせていた、あの女性。たしか名前は楠よしの。酷い顔立ちではないと降谷は自覚しているため、なにが原因で驚いていたのか見当つかなかった。

楠は、こちらを見て、あみやと唇が動いていた。コナンたちに教えた「たるみ」というのは偽名で、「あみや」が本名だろう。

 

ただ、引っかかるのが、なぜ偽名なんかを使うのかということだった。見たところ、一般人で必要ないはず。仮に、偽名が必要な職業とするならば、己とおなじ職業か。あの短時間では、楠の人となりを掴みきれなかった。また、来店するだろう。焦らず観察すればよい。

 

仮に、楠が日本を脅かすような人間ならば。

 

 

「許しはしないさ」

 

 

ぎらりと獣のように鋭く、降谷は前を見据えた。

 




備企(びき):警察庁警備局警備企画課の略称。


原作・アニメともに、風見さんが降谷さんと連絡をとっているようなのですが、この作品内では、神木さんが担当していた案件と、降谷さんが潜入している「黒の組織」の人間がかかわっているようだということで、彼も直接お話しできるような設定にしています。

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