転送の終わった自分の目に飛び込んできたのは、まずは一面の荒野だった。
「ここが……メリケン大陸なのか?」
思わずそんな言葉が口に出てしまう。
カリフォルニア州と言えば世界有数の大都市圏だ。しかし今正面に広がっているのは、見渡す限りの荒野と岩肌、そしてまばらに点在する木製の小屋だけである。
そう、イメージとしては西部劇の世界に近い雰囲気だった。いや、西部劇の舞台もアメリカ西部なのだから、ある意味では間違っていないが……。
「メリケン大陸……シェフの世界でのアメリカは食文化の歴史が浅いから〜。キュイディメの世界では後進国なんだよ」
ウィッチがそう説明してくれる。
「これでもメリケン大陸の中では栄えている街なんだよ」
「……そうなのか」
自分は改めて周囲を見渡す。木製の小屋と小屋の間は百メートルは離れているだろう。
そしてその小屋が荒野のあちこちに二十、三十程度点在している。正直に言ってしまえば、エウロパ大陸で見たどの街よりも規模は小さかった。
「メリケン大陸にようこそ〜」
その時、突然どこからか声が響いた。
周囲を見渡すと、自分たちの眼前にいつの間にか不思議な楕円形の物体が浮かんでいる。その黒い物体は、物体と言うよりは空気のような掴みどころのない雰囲気だった。
そしてそこから、一人の女性が現れた。
「シェフ、そして次元の魔女。待ってたわ〜」
その女性はこちらに親しげに話しかけてくる。髪の色は銀髪、緑の髪飾りを付けていて……頭に2つの巨大な金属の塊をぶら下げていた。
「このっ……!」
フライドポテトが突然声を上げ、手に持っていたフライドポテトの棒をその女性に向けて投げつける。
フライドポテトはまるで投げ槍のように高速で銀髪の女性目掛けて飛んでいった。
しかし、フライドポテトが届く直前、銀髪の女性は頭の金属の塊を振り回す。フライドポテトはその金属の塊に衝突し、あえなく吹き飛ばされた。
「ノーノー。ポテトなんかじゃハンバーガーには勝てないって、この前教えたじゃなーい?」
銀髪の女性は大げさに両手を上げてみせる。
「こいつだよっ……こいつがメリケン大陸のダーケストだ!」
「ええっ!?」
フライドポテトのその言葉を聞いて、思わず自分は数歩後ずさる。
「みんな、下がれっ!」
パニーニは自分とは逆に1歩前に出て、他の皆に後ろに下がるよう指示を出す。
「ノーノーノー! ミーは今日戦いに来たわけじゃないのよ〜。無駄な争いは止めましょ〜」
「……どう言うことです?」
「戦いじゃなくて話し合いをしたいの。ともかく話を聞いてくれない?」
銀髪の女性……メリケンのダーケストはそう提案してきた。
「シェフ。クレープ。玉子焼き。どうすべきですか?」
「……そうだな。まずは話を聞いてみよう」
カフェモカの質問に自分はそう答える。
カフェモカはなぜ自分の他にクレープと玉子焼きの名を呼んだのか。それは、油断せずにいつでも攻撃する、バリアを張る準備を整えておけと言いたかったのだろう。
クレープはそれを察知して、軽く頷いた。後ろを振り向くと、玉子焼きも小さく頷いて見せる。
「まずは自己紹介。ミーの名前はバーガーカン。そこのポテトちゃんの言葉を借りるなら、スターゲイジーパイと同じ、ダーケストよ〜」
「バーガーカン?」
「缶詰に入ったハンバーガーのこと。ファストフードの王様を最も優れた保管方法で処理した、ファストかつエターナルな料理よ〜」
メリケンのダーケストは自身のバーガーカンのことを説明する。
缶詰料理というのは数多い。パンの缶詰は保存食として世界中に広まっているし、ハンバーガーの缶詰と言うのも存在はしている。
「私はハンバーガーがファストフードの王様だとは認めてないけどね!」
フライドポテトがそんな声を上げる。
「そうね。ホットドッグ、フライドチキン、ドーナツ、サンドイッチ。ファストフードのライバルは多い。そっちのパニーニやクレープもファストフードとも言えるわ」
バーガーカンは腕組みをして考え込む姿勢を見せた。
「でもフライドポテトちゃんはどこでも脇役だから〜。ざんね〜ん」
「むっか〜!」
フライドポテトは手に持っていたフライドポテトを振り上げる。
「まあまあ、落ち着いて」
ウィッチが止めに入った。確かに、話が脱線しすぎだ。
「ミーたちをキュイのカテゴリーに当てはめるのは無理があるけど、ミーは主食のキュイよ。スターゲイジーパイと違って並外れた攻撃力はないから安心して?」
バーガーカンはそう言いつつウインクしてくる。
「嘘では……ないと思う」
バーガーカンの説明に、フライドポテトが肯定の言葉を返した。
「……そうなのですか?」
「このダーケストは何回も街を襲ってきたけど、いつも攻撃は召喚したダークキュイ任せだった」
自分がなぜそう考えたかを、フライドポテトは説明する。
「だから、こいつはダークキュイを召喚する能力があるだけで、直接戦えば勝てるんじゃないかって……そう思ったんだ」
「それでミーを探し出して、フライドポテトで攻撃したけど、この合金のパンズには傷ひとつつけられなかったのよね〜」
バーガーカンは頭の金属の塊を手で持ち、上下に揺らしてみせる。
その円形の金属が何か分からなかったが、なるほど、言われてみれば確かにハンバーガーのパンズのようだった。
「このパンズはどんな攻撃でも貫けない。スターゲイジーパイに集中攻撃させてもほぼ無傷だったわ〜」
「……それほどですか」
カフェモカは驚きの色が隠せない表情でそう呟いた。
「その代わり攻撃力はないから、ダークキュイを召喚して代わりに戦ってもらうのよ」
「召喚って、どうやってるの?」
ウィッチが首を傾げる。
「次元の魔女らしい質問ね〜。正確には召喚ではなく、周囲の負の厨力を集めて0からダークキュイを作り出しているの。自分の厨力から作り出すこともできるわ」
「つまり、負の厨力が多い場所ほどダークキュイを多く召喚できるということですか?」
カフェモカの質問に、バーガーカンは素直に頷いた。
「そう。ここカリフォルニアはメリケン大陸の中では負の厨力が弱い場所。ユーたちを倒せるほどのダークキュイは召喚できないわ〜」
「それはつまり……この場で戦えば私たちが勝てる。と言うことか?」
パニーニはバーガーカンの方に一歩足を進める。
「ワオ!好戦的な主食さんね〜。でも残念、ミーのパンズはユーたちの攻撃では破れないわ〜。戦ってもお互いに相手を倒す手段がない、引き分けになるのよ」
「無駄な戦いになる……ということですか」
「イエス! ミーが戦いではなく話し合いにきた理由、分かってもらえた?」
バーガーカンはそう言うとこちらにウインクしてみせる。
バーガーカンの言葉が全て真実とは思えない。ダーケスト云々の前に、口調が軽すぎてどうにも信用できる相手には思えなかった。
しかし、バーガーカンがダークキュイを召喚して襲ってきていないのは事実だ。また、バーガーカンがこちらの攻撃を全く恐れていないのも確かだ。
今のこの場が膠着状態になっているのは疑いようがないだろう。
「そこでミーから提案があるの。ポテトちゃん、デスバレーって知ってるかしら?」
バーガーカンはフライドポテトに声をかける。
「……カリフォルニアの東にある山間地帯。負の厨力がすごく強くて、地元の私たちでもまず近寄ることはないよ」
フライドポテトは苦々しい表情で答える。
「そう。デスバレーの負の厨力なら、ユーたちを倒せるダークキュイを召喚できるわ〜。だからユーたちにはデスバレーに来てもらって、そこでミーと戦ってもらいたいの」
「……はあ!?」
話を聞いていたクレープが声を上げる。
「全くこちらにメリットのない提案ですね……」
カフェモカも呆れた様子でため息を吐いた。
「そうでもないのよ〜? ミーにはユーたちと戦わないって選択肢もあるんだから」
「……自分たちと戦うのが目的ではないのか?」
バーガーカンの言葉が気になり、自分はそう質問した。
「ミーの目的はユーたちの逆。キュイを倒し、ダークキュイを救うことよ〜。ダークキュイを倒して回るユーたちは倒せるものなら倒したい。でも、倒せないなら無理して戦う必要もない。ユーたちのいない所でキュイを襲い続けるわ〜」
「……なるほど」
カフェモカは悩ましげな表情で呟いた。
自分たちとしてはバーガーカンを放置することはできない。キュイを倒すと言うなら、止めなければならない。
そう考えると確かに、相手が逃げずに戦ってくれるというのは、それだけでメリットだ。
「理解してくれたみたいね〜。 色々と考える時間も必要だろうから、3日後のお昼頃にまたこの街に来るわ。ミーの提案にイエスかノーかは、その時答えてちょうだい」
バーガーカンは一方的に提案を投げかけ、一方的に話を終わらせようとする。その流れをパニーニが止めた。
「今すぐ戦う。と言う選択肢もあるな」
「ワオ。私はいいわよ〜。そこのクレープちゃん、攻撃してみたら〜」
パニーニの煽りをバーガーカンは全く意に介さず、煽り返す。
「このっ……!」
クレープはその言葉に乗せられ、自らのスキルを放った。
「『糖分の対価』っ!」
バーガーカンの周囲にいくつものフルーツが舞い、それは光線に姿を変えバーガーカンの身体を貫いていく。
いや、光線が当たる前に、バーガーカンは自らの身体を全て鋼鉄のパンズに挟み込んでいた。
……そしてバーガーカンの言葉どおり、その鋼鉄のパンズは、クレープの攻撃でも傷ひとつつかなかった。
「このとおり倒せないし、そしてカンタンに逃げられちゃうの〜」
気付くとバーガーカンの身体は、彼女が登場した時と同じ、楕円形の黒い空間に包まれている。
「それでは3日後に。シーユー!」
その言葉とともにバーガーカンの姿は消え、ほどなくして黒い空間も消えた。