料理次元−キュイジーヌディメンション−   作:濡れせんべい

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メリケン03区−ブリトー−

 バーガーカンとの邂逅からおよそ一時間後。自分たちはフライドポテトの仲間たちと対面していた。

 

「まあ、少なくとも敵の提案に乗る必要は全くないね」

 

 フライドポテトの仲間の一人、ブリトーがそう意見を述べる。

 

 ブリトーはこのカリフォルニアの街のリーダーだそうだ。アスリートのようにがっしりとした体格をしており、褐色の肌が眩しい。

 

「こちらの戦力で倒せない相手なら、相手の本拠地に乗り込むのは殺されに行くようなもんだ。倒せる相手なら、次にダーケストがやってきた時に倒しちゃえばいい」

 

 ブリトーのその言葉には反論のしようがなかった。そもそも自分たちが倒せない相手なら、戦うという選択肢すらない。

 

「カフェモカせんせー。それでその缶詰バーガーは、私たちで倒せそうなの?」

 

 続いてドーナツが手を上げてそう質問した。

 

 ドーナツもカリフォルニアの街の一員だ。背は高いが体は華奢で、ブリトーとは正反対の印象を受ける。

 

「少なくともあのパンズの盾を貫けるキュイはいないでしょう。つまり、盾を避けて本体に攻撃するしか方法はないでしょうが……」

 

「盾は強いが本体は脆い。なんて都合の良い話はないかな?」

 

 最後に声を上げたのはポップコーンだ。ブリトーやドーナツに比べると少し幼く見えるが、子どもと言うほどでもない。

 

 体格のあるブリトーや長身のドーナツと比較すると、相対的に小さく見えてしまうだけだろう。

 

「スターゲイジーパイ……他のダーケストと戦ったときは、私の全力の攻撃を何発も直撃させて、やっと倒せた。だから、不意をついて本体に攻撃を当てても、そこまでのダメージにはならないと思う」

 

 クレープは自身の体験をそう話した。

 

 本体に一撃当てるだけで倒せるなら、そもそも一人で敵前にやってこないだろう。クレープの予想はおそらく正しい。

 

「そうだとすると、捕まえるしかないか。ポップコーン、得意のマジックでどうにかできない?」

 

「ええ〜。無茶振りすぎ〜」

 

 カリフォルニアの街のキュイたちは見た目こそ多様だったが、性格は一様に気さくだった。敵と戦う話をしているのに、良くも悪くも空気が軽い。

 

「前のダーケストとの戦いの時に考えたのですが。持久戦をするのが一番かもしれません」

 

 カフェモカは手元のパイプをくるりと回すと、口にくわえる。

 

「キュイである以上、存在するだけで厨力を消費します。また、前の戦いを顧みるにダークキュイの召喚はかなり厨力を消費していたようでした」

 

「ガス欠を狙うってことかい?」

 

 ブリトーの言葉にカフェモカは頷く。

 

「メリケン大陸は負の厨力が多いとはいえ、それでもまだ正の厨力が優勢です。長期戦になればなるほど、敵のほうが弱っていくでしょう」

 

「なるほど〜。その手の戦いなら私の出番かな?」

 

 カフェモカの話にドーナツはそう呟いた。

 

「ドーナツは、デザートなのに長期戦が得意なの?」

 

「短期決戦よりは長期戦の方が好きだよ。……とりあえず、戦い方を考える前にお互いの力を教えあった方が良くない?」

 

 ドーナツはそう告げる。確かに、お互いがどんな力を持っているのかを知らないことには、共闘することなどできるはずもない。

 

「……それじゃ、お互いのスキルを見せ合いっこします?」

 

「見せ合いねえ……。それなら実戦形式にしようか。カリフォルニアチームとシェフ連合で対決だ!」

 

 ブリトーは高らかにそう宣言する。

 

「ええ〜……」

 

 玉子焼きは自分の提案があらぬ方向に向かってうなだれる。争いが苦手な玉子焼きは、次元ハウスの練習試合もあまり乗り気ではなかった。

 

 しかし、お互いの力を知ると言うならこれ以上分かりやすい方法もないだろう。

 

 ブリトーの言葉に他の仲間からは異論は出ず、自分のキュイたちとカリフォルニアのキュイたちは練習試合をすることになった。

 

 

 

 カリフォルニアの街の中心から少し外れると、途端に建物が少なくなり一面に荒野が広がる。

 

 その荒野が今回の練習試合の舞台だ。

 

 カリフォルニアチームはブリトー、ドーナツ、ポップコーンにフライドポテト。

 

 一方のこちら側はサーロインステーキ、クレープ、玉子焼き、カフェモカの4人が戦うことになった。

 

 パニーニと白ご飯は見学だ。主食のキュイは基本的に味方の壁になる役割であり、特殊な力は持っていない。

 

 お互いの力を知る目的である今回の対決で、人数合わせで抜けるのであれば主食の二人がいいだろう。とパニーニが提案した。

 

「ねえねえシェフ。どっちが勝つと思う?」

 

 ウィッチがとても気楽そうに尋ねてきた。

 

「それは……当然、自分のキュイを応援するよ」

 

 当たり前の答えを自分は返す。

 

「単純な厨力の量で言えば、こちらの圧勝でしょう。メリケン大陸は正の厨力の量が少ない地域。当然そこに住むキュイも厨力が少なくなる。かたやこちらは無尽蔵に厨力を生み出すシェフから直接作られたキュイよ」

 

 パニーニがそんな分析をする。

 

「じゃあパニーニはこちらの勝ちに賭ける?」

 

「ただ、実戦経験が少なすぎる。カフェモカがそれをどこまでカバーできるかにかかっているわ」

 

 パニーニはウィッチの顔を見ず、そう答えた。ウィッチの話に付き合っていると言うより、シェフである自分に考えを伝えているように聞こえる。

 

「準備はできたかい?」

 

 ブリトーの大きな声が響く。

 

「だいじょーぶでーす!」

 

 それ以上の声でサーロインステーキは返事を返した。

 

「それじゃ試合開始だ。そっちが好きなタイミングで始めていいよ」

 

「はーい!」

 

 返事をするやいなや、サーロインステーキは敵陣に向けてダッシュした。

 

 パルマハムもそうだったが、主菜のキュイはやはり良く言えば大胆、悪く言えば向こう見ずな戦い方をする。

 

「いっきまーす!」

 

 サーロインステーキは自分の身の丈ほどもあるフォークを振り上げ、ブリトーに振り下ろす。

 

「おっと。サーロインのさっちゃんは元気一杯だねえ」

 

 ブリトーは右手を前に出し、その攻撃を受け止める。

 

「えいっ! えいっ!」

 

 サーロインステーキは左右から何回もフォークを振り回す。残念ながらその姿は剣豪というよりは、暴れ回る子どもと言った方がまだ近かった。

 

「うう……『ミディアムレア!』」

 

 普通の攻撃は通用しないと分かったのか、サーロインステーキは頭上でフォークをくるくると回した。

 

 次の瞬間、ブリトーの周囲に火柱が立つ。ブリトーの姿が見えなくなるくらいの火炎の柱だ。

 

 火柱は数秒ほど立ち昇り、煙を残して消える。……そして、何も変わらないブリトーの姿が再び現れた。

 

「……良い火加減だ。でも、この程度じゃ焦げないねえ」

 

 ブリトーは涼し気な声で火柱の感想を伝える。

 

「ごめんなさーい! 勝てなかったー!」

 

 サーロインステーキは大声で謝ると、ブリトーから距離を取った。ブリトーはそれを追わず、お互いは再び一定の距離を取って対峙する。

 

「流石はカリフォルニアのリーダーですね……」

 

 カフェモカがそんな感想を漏らす。攻撃を苦もなく耐えるその姿は、どこかパニーニと重なるところがあった。

 

「クレープ!」

 

「うん! 任せといて!」

 

 カフェモカの声がかかる前に、既にクレープはスキルの発動準備に入っていた。

 

 次元ハウスの練習試合で、唯一パニーニを倒した経験があるのは、クレープのスキルだけだ。つまり、ブリトーもクレープであれば倒せる可能性はある。

 

「……痛っ!」

 

 その時、クレープが声を上げた。何が起きたのかは一瞬過ぎて分からない。

 

「ドーナツビーム♪」

 

 ドーナツの声が響く。クレープに注目していたため、今度のドーナツの攻撃は肉眼で捉えられた。

 

 ドーナツはとても小さい厨力の弾を飛ばしているようだ。ドーナツの手元が光り、その光は次の瞬間にはクレープの身体にぶつかっている。

 

「いたっ! いたっ! 痛いっ!」

 

 光をぶつけられたクレープは声を上げる。微妙に呑気なその悲鳴を聞く限り、威力は些細なものなのだろう。

 

 しかし、無視できるレベルでもないようだ。クレープはスキルの発動を中断してしまっている。

 

「え、ええっと……? クレープさん、大丈夫ですか!?」

 

 玉子焼きがどうしたものかとクレープの様子を伺った。

 

 おそらく、バリアを張るべきか悩んでいるのだろう。その攻撃はバリアを張って守るには、余りにも軽すぎた。

 

「……いえ、上です!」

 

 カフェモカが叫ぶ。気付くと上空には無数の黄金色の棒……おそらくはフライドポテトが浮かび上がっている。

 

「フライドポテト・メテオっ!」

 

 そのフライドポテトが一斉に空から降り注いだ。

 

「『夢境』っ!」

 

 玉子焼きは、今度は躊躇なくバリアを張る。無数のフライドポテトは玉子焼きのバリアにぶつかり、消滅していった。

 

「シールド持ちかあ」

 

「シールドじゃないかも。相殺ではなく一方的に無効化したように……見えた」

 

「……じゃあ、何をやっても倒せなくなったのかな?」

 

 ポップコーンとドーナツは玉子焼きのバリアについてそんな感想を述べる。

 

「と、言うことは」

 

 ドーナツは再び小さな厨力の弾をクレープに向けて撃った。しかし当然、玉子焼きのバリアでかき消える。

 

「ごめんブリトー。あなた死んだよ」

 

「あっさり言うねえ……」

 

 ドーナツの言葉にブリトーは苦々しく笑う。

 

「『糖分の対価』!」

 

 クレープのスキルが発動した。ブリトーの周囲に様々なフルーツが浮かび上がる。

 

 そしてそこからいくつもの厨力の光線が放たれ、ブリトーの身体を貫いた。

 

「くぅっ……」

 

 ブリトーの身体がその場に崩れ落ちる。

 

「こりゃ……凄まじいよ。私の負けだ」

 

 最後にその言葉を残して、ブリトーは顔を地面に付けた。

 

「ブリトー……あなたの犠牲は忘れないよ」

 

 ドーナツは玉子焼きのバリアが途切れたのを見て、厨力の弾を再び発射させた。

 

「痛いっ! いた、いたいですぅ!」

 

 次の標的は玉子焼きになった。敵の中で最も恐ろしい能力を持っているのは玉子焼きであると言うことに、ドーナツも気付いたのだろう。

 

「さっちゃんに任せて!」

 

 サーロインステーキが再び敵陣に突撃する。

 

「前衛がいなくなったら、そう来るよねえ」

 

 ドーナツはなぜかサーロインステーキではなく、ポップコーンの方を見る。

 

「そうだねえ。ではポップコーン・マジックのお披露目っ」

 

 ポップコーンは背を向けて後ろに走り出した。続いてドーナツも攻撃を止めてポップコーンの後を追う。

 

「えっ?」

 

 サーロインステーキはポップコーンたちの後を追おうとして、ポップコーンのいた場所にカラフルな筒のような物体が置かれていることに気付いた。

 

 その筒のような物体は、映画館で売られているポップコーンの入った容器のように見える。

 

「『サルート』!」

 

 ポップコーンが声を上げると同時に、大きな破裂音が響いた。ポップコーンが出来る時の、あの音だ。

 

 そしてポップコーンの置いていった筒からは、破裂音と同時に無数の巨大なポップコーンが飛び出す。

 

「ふえええええ!?」

 

 そのポップコーンは正面にいたサーロインステーキの身体を直撃した。防御する時間もなく至近距離で直撃してしまっている。

 

「だめだ〜……」

 

 サーロインステーキの身体はその場に倒れた。

 

 

 

 お互いに前列のキュイが倒れ、残り3人となった。

 

「ポテト。前列やって♪」

 

「え〜……まあ、仕方ないか」

 

 ドーナツの言葉に従い、フライドポテトは前に出る。

 

 フライドポテトのスキルは周囲にフライドポテトの雨を降らせるものだったが、それとは別に彼女は1本のフライドポテトを常に手に持っている。

 

 あのフライドポテトを剣のように扱えれば、接近戦も可能だろう。

 

「仕方ありませんね……」

 

 カフェモカはため息を吐いて前に出た。

 

 こちらのキュイはまるで接近戦ができそうにない。コーヒーを投げて戦うカフェモカも接近戦は不得意だろうが、それでもクレープや玉子焼きよりはましだろう。

 

 クレープや玉子焼きは、そもそも1人で戦った経験すらないからだ。

 

「『モカアサルト』っ」

 

 カフェモカはフライドポテトに向けてコーヒーを飛ばす。

 

「おっ……とっと」

 

 フライドポテトはコーヒーを避けようと後ろに飛んで、身体がよろける。直撃は避けたが、足は完全に止まった。 

 

 カフェモカも足が止まった相手に接近戦を挑めるキュイではない、一定の距離を保ったままお互いの攻撃は止まった。

 

「夢……境……!」

 

 その時、突然玉子焼きがバリアを発動させた。

 

「玉子焼きっ?」

 

 カフェモカが後ろを振り向くと、玉子焼きは地面に両ひざをつけていた。

 

「ご、ごめんなさい……もうこれで最後ですぅ……」

 

 玉子焼きは絞り出すような声でそう告げる。傍目から見ても相当なダメージを受けているようだった。

 

「私の攻撃ってなぜか過小評価されるんだよね〜」

 

「見た目が地味すぎるんだよ〜」

 

 ドーナツとポップコーンがそんな軽口を叩く。つまりは、ドーナツのあの攻撃は牽制のようでいて、玉子焼きの体力を削っていたのだろうか。

 

「……クレープ。バリアが切れる前にもう一度スキルを使うことはできますか」

 

「間に合うよ! ……誰を狙う!?」

 

 クレープの問いにカフェモカは少し間を空けて答えた。

 

「ドーナツを狙ってください!」

 

「りょーかい! 『糖分の対価』!」

 

 クレープが叫ぶと同時にドーナツの周囲に色とりどりの果物が浮かぶ。

 

「え〜。私〜?」

 

「ドーナツ……あなたの犠牲は忘れないよ」

 

 ポップコーンが別れの言葉を告げると同時に、ドーナツの身体はクレープのスキルに貫かれた。

 

「あ〜……これはすごい……よ」

 

 ドーナツはその場に崩れ落ちる。主食のキュイすら一撃で倒せる力を持ったスキルだ。デザートのキュイに耐えることは不可能だろう。

 

「……甘いですよっ!」

 

 ドーナツの倒れる姿を見ていた自分は、カフェモカの声が響くまで場の状況に気付かなかった。

 

 ドーナツが倒れるまでは同じ位置にいたフライドポテトとポップコーンが、左右に別れて両側からカフェモカの後ろ……クレープを狙おうとしている。

 

 しかしカフェモカのコーヒーで、再び足止めされた格好だ。

 

「ポップコーン。あなたのスキルは先程見ましたが……あれは、近距離でないと効果が薄そうですね?」

 

「うっ……」

 

 カフェモカの指摘にポップコーンはうろたえる。

 

「フライドポテト。あなたのスキルは……全体を広く攻撃できますが、敵を一撃で倒せるほどの力はないですね?」

 

「うっ……」

 

 今度はフライドポテトが図星をつかれた顔をした。

 

「つまり……私がこうして一定の距離を保っていれば、あなたたち二人にはもう私たちを倒す手段はない」

 

「……ん〜。そだね……負けだ」

 

 フライドポテトは手に持ったポテトを上空に放り投げて、カフェモカに背を向ける。

 

「なんちゃって!」

 

 上空に舞い上がったポテトは突然何かの力を受けたようにくるくると回り出す。そしてクレープ目がけて勢いよく飛んでいった。

 

「えっ……!」

 

 クレープがフライドポテトの攻撃に気付いたとき、ポテトは既にクレープの眼前に迫っていた。

 

「……えいっ!」

 

 クレープは思わずそのポテトを指差す。すると、クレープの指先からまるで先程のドーナツのように、小さな厨力の弾が飛んだ。

 

 その弾はポテトを砕くほど強くはなかったが、ポテトの方向を変える程度の力はあった。軌道を変えられたポテトは、くるくると回りクレープの後方に突き刺さる。

 

「ドーナツさんの真似したらできちゃった……。クレープビーム♪……なんちゃって」

 

 そのクレープの言葉は、先程のカフェモカの台詞で弱った相手の心を折るには十分だった。

 

 かくして、練習試合はこちらの勝利に終わった。


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