「えいっ! えいっ!」
クレープの指先からいくつもの厨力の弾が放たれる。それは少し離れた場所にある木の杭に当たると、消えていった。
「ん〜……まだ力入りすぎてるかな。厨力を込めすぎると速度も精度も落ちちゃうよ〜」
横で見ていたドーナツがそんな感想を伝える。
「少し休憩したらどうだ?」
自分は盛り上がっている二人に割って入った。
ドーナツの技を学びたいというクレープの希望で、練習試合が終わってから二人はずっとこの場所で練習している。
「ほら、ドーナツを作ったぞ」
「……わあ!」
自分がドーナツの盛られた木製の皿を差し出すと、ドーナツは歓声をあげた。
「いただきまーす」
シンプルなドーナツ、中にクリームを詰めたドーナツ、生地にチョコレートを練り込んだドーナツ。
色々なドーナツを用意したが、ドーナツが選んだのは表面をカラフルにデコレーションしたものだった。
「おいしい!」
「そうか、よかった。クレープは食べないのか?」
「食べまーす」
クレープはこちらを振り返ると、中にクリームの入ったドーナツを選んだ。
「……しかし、どうしてドーナツの技を学ぼうと思ったんだ?」
自分は素朴な疑問を投げかける。
「そだねー。クレープは私の真似しなくても、強いスキルもってるじゃん?」
ドーナツも自分と同じ疑問を口にした。
「えっ……う〜ん」
クレープはその質問を聞いて、言葉に詰まる。
「その……スタイリッシュでおしゃれな戦い方だと思って……」
「あ、ああ」
想像外の答えが返ってきて、今度はこちらが返答に困る。
今後の戦いで役に立つと言うのではなく、単純に憧れから真似したくなったということだろうか。
「まあ、クレープのスキルのような時間のかかる攻撃は、一人で戦うときには向いてないから。隙の少ない攻撃も覚えておいて、損はないよ」
ドーナツがそうフォローする。
「ところで、カフェモカせんせーの作戦はそろそろ決まった?」
「ああ、もう少ししたら皆を集めて説明するようだ」
練習試合の結果を受けて、今はカフェモカが3日後のバーガーカンとの戦いをどうすべきか検討している。
先程ドーナツを差し入れたが、もうある程度の戦術は固まっているそうだ。
「じゃあドーナツ食べ終わったら、カフェモカせんせーのところに行こうか」
「う、うん」
ドーナツの言葉に、クレープは微妙な表情をする。おそらくはもっとドーナツの技を練習したいのだろう。
しかし、3日後の戦いに直接役に立つわけでないのなら、やはり作戦会議を優先すべきだった。
「彼を知り己を知れば百戦危うからず、と中華の故事にありますが」
カフェモカはそう前置きして話し始める。
「まずはバーガーカンの立場に立って考えてみます」
「敵さんも、まさか私たちがほいほいデスバレーに乗り込んでいくとは思ってないだろうねえ」
ブリトーの言葉にカフェモカは頷く。
「バーガーカンも自分の提案にこちらが乗ってくるとは全く考えていないでしょう。そうなると、なぜバーガーカンはあんな提案をしてきたのでしょうか」
「……あえて相手に3日間の猶予を与えると言うことは、その3日間は、敵側にとっても必要な時間なんでしょうね」
パニーニがそう呟く。確かに、3日と言うのは猶予を与えるにはあまりにも長すぎる。
「敵が私たちに勝てる戦力を用意するのに3日かかるとすれば。あのような提案をしてきた意図も分かりますね」
「なるほど……それじゃ相手の準備が整う前に、こっちからデスバレーに奇襲をかければいいんじゃない?」
クレープがそう提案するが、カフェモカは首を横に振る。
「それでこちらが優位に立てるなら、交渉の時に自分の本拠地の場所を話したりしませんよ。本拠地でならいつでも戦える自信はあるのでしょう」
「相手が3日後に向けて準備してるなら……3日後には戦わない方がいいってことですか?」
次は玉子焼きがそう提案する。
「それはこの街の住民としては、賛同したくないねえ」
「あ……そ、そうですね、ごめんなさい……」
玉子焼きは頭を下げる。自分たちはこの街から逃げれば3日後にバーガーカンと戦う必要はないが、この街の住民はこの街から逃げるわけにもいかない。
「どこか別の街に避難することはできないのか?」
「一番近い隣街まで移動するにも数日はかかる。移動中に襲われる危険も考えれば、この街に留まるのが一番安全だよ」
自分の疑問に、ブリトーはそう答えた。
「……ともかく、3日後にこの街でバーガーカンと戦う。これはもう決定事項になってしまいました。そしてそれはバーガーカンの狙いどおりかと思われます」
カフェモカがそうまとめる。
「相手の思うままに動いてるってのはいやな感じだね〜」
ドーナツがそんな感想を漏らす。おそらく全員がドーナツと同じ感想を持ったとは思うが、しかしどうしようもなかった。
「3日後に戦うことは仕方ありませんが、真っ向勝負をするのは危険でしょう。そこで、最初にも話しましたが持久戦を提案します」
カフェモカが自分の作戦を説明し始める。
「バーガーカンがどのような戦い方をしてくるか想像がつきません。そこで、どのような戦況になっても対応できるよう、可能な限りパーティを分割します」
「具体的には?」
「パニーニとクレープ、サーロインステーキと玉子焼き、白ご飯と私、カフェモカ。この3パーティが別々に行動します」
カフェモカのその言葉に、皆がざわついた。
「戦力の分散は愚策。とも故事にはあったはずだけど」
パニーニがそう呟く。
「正面から戦うのであれば、愚策でしょう。ですが今回は持久戦です。逃げ回るのであれば、少人数の方が有利でしょう。これも故事にありますよ」
カフェモカはパニーニの言葉にそう反論した。
「逃げ回って、敵の厨力が尽きるのを待つというわけか……」
パニーニは納得半分、不満半分といった様子だ。
「敵の出方が分からない現状では、それが最善だと私は考えます」
カフェモカが改めてそう告げると、それに反論するものはいなかった。
「あの〜私たちはどうすればいいのかな?」
ポップコーンが声をあげる。
「カリフォルニアの皆さんには、この街の住民を守ってもらいたいと考えています」
カフェモカはポップコーンの質問にそう答えた。
「バーガーカンがこの街の力のないキュイを狙う可能性もあります。逃げ回るにしても、そこにだけは一番の戦力を置かなくてはなりません」
「……了解した。でも、流石に4人は多すぎだねえ」
ブリトーはそう言うと、ドーナツの方を向いた。
「ドーナツ。あんたも自由行動でいいよ。好きにしな」
「りょーかい。じゃ、好きにやるよ〜」
ブリトーの言葉に、ドーナツは肯定の返事をした。
「……一人で大丈夫なのか?」
自分は不安になって、そう尋ねる。デザートのキュイは打たれ弱いのが特徴で、主食のように盾になるキュイがいてこそ活躍できるからだ。
「私は元々一匹狼だからね〜。ダークキュイとは何年も一人で戦ってきたから、心配はいらないよ」
ドーナツは平然とそう答える。確かに、彼女が先程見せた攻撃は、デザートらしからぬ隙のない攻撃に見えた。
何より、ドーナツとの付き合いが長いカリフォルニアの仲間が全く心配していないのだ。自分が心配しても仕方ないだろう。
小屋の外に出ると、もう日が沈みかけている。
「バーガーカンと最初に対峙するのは私と白ご飯にします」
「わ、私がですか?」
カフェモカの言葉に白ご飯は目を丸くした。
「敵の出方が分かりませんからね。もしバーガーカンが戦うそぶりを見せたなら、パニーニとクレープの隊も戦闘に加わってください」
「私たちは戦わなくていいの?」
サーロインステーキが疑問の声をあげた。
「サーロインステーキと玉子焼きは、バーガーカンが逃げた場合に追いかける役目です。足の早いサーロインステーキなら追いかけるのはたやすいでしょう」
「ふむ……バーガーカンの動きに合わせて前に出す隊を変えるということ?」
「直接対決でサーロインステーキが倒れてしまった後にバーガーカンが逃げた場合、こちらには追いかける手段がありません」
カフェモカは戦うメンバーを変える理由について、そう説明する。
「サーロインステーキはとにかくバーガーカンを追いかけ続けてください。ただ、あなたの攻撃ではバーガーカンを倒すことはできません。あなただけでバーガーカンと戦うことはしないように」
「は、はい!」
サーロインステーキは大きな声で返事をする。その声は少しだけ震えていた。
「クレープは言うまでもありませんね。あなたは切り札です。直接対決になるまではできる限り戦いを控えてください」
「う、うん」
クレープもそう返事を返す。
「じゃあ私は〜?」
気の抜けた声でドーナツが尋ねた。
「最初は私がやるつもりでしたが……ドーナツは戦況を見て、戦力が必要な隊に協力してください。サーロインステーキが戦闘の中心になったらサーロインステーキを、クレープが中心になったらクレープの補佐をお願いします」
「責任重大な仕事だね。私に任せていいの?」
ドーナツの言葉に、カフェモカは手元のパイプをくるりと回す。
「私の見立てでは、あなたは私以上に戦況を把握する力があると思います」
「えー。随分と過大評価されちゃったなあ。まあ、私なりにやってみるよ」
ドーナツは相変わらず気の抜けた声でそう答える。
「それで、カフェモカせんせーは何をするの?」
「司令塔の役目に専念します。戦況に応じて各隊に指示を出しますので、各隊はそれに従って動いてください」
カフェモカはそう言うと、玉子焼きとパニーニ、ブリトーとドーナツに小さな水晶のようなものを手渡した。
「これは?」
「特定の厨力を発信・受信できる通信機器です。人間界でいうトランシーバーのようなものですね。この魔法石に厨力を込めれば、周囲の水晶にもその厨力が伝わります」
カフェモカはそう言うと、水晶を握りしめる。
「……なるほど。便利なものだね」
ブリトーはそんな感想を漏らした。厨力のない自分には、皆の水晶が少し光ったことしか感じられないのだが、トランシーバーのようなものだと言うのであれは、今の方法で会話ができるのだろう。
「後はこの街の住民をどう守るかですが……これについてはブリトー、あなたにお任せして良いですか?」
「ああ」
ブリトーは頷くと、カフェモカの隣に立って皆の方を向いた。
「街の住民みんなを守るなら、どこか1ヶ所に全員を集めるしかない。街の外れにある教会なら、全員が中で過ごせるスペースは十分にあるよ」
「教会にみんなを集めて、入口で敵を迎え撃つ。簡単そうだね」
フライドポテトが気楽な感想を漏らした。
「教会ですか……念のため、立地を見ておいてもいいですか?」
カフェモカはフライドポテトの言葉とは正反対に、いたって慎重だった。
ブリトーに案内されて、自分たちは街外れの教会に到着する。狭い街だ、街外れといっても街の中心部から歩いて5分もかかっていない。
「普段は誰も利用してないから、掃除しないとほこりっぽいけど……なっ」
ブリトーが入口の扉を開くと、言葉どおり埃が舞った。
教会の中はブリトーの話しどおりかなり広かった。この街の住人がどの程度かは分からないが、百人以上は余裕で入ることができるだろう。
「あのう……お客様ですか?」
声をかけられて横を向くと、気付くと自分の服が誰かに引っ張られていた。
「マッシュポテト、食べます?」
「……え?」
「食べるなら、今から作りますけど」
その少女はそう言うと、脇に抱えたかばんからジャガイモを1個取り出した。
「い、いや。お腹空いてないから、大丈夫だよ」
「……そうですか。ではお土産にしてください」
少女は手に持ったジャガイモをこちらに差し出す。その勢いに押され、自分はジャガイモを受け取ってしまった。
「この子はマッシュポテト。この街の住民の一人だよ」
ブリトーはその少女の肩に手を置くと、そう説明する。
「自分の厨力をポテトに変える能力を持ってる。日常生活では優秀だけど、戦闘では……役に立たないねえ」
「そんな能力を持ったキュイもいるんですか」
戦闘の役に立たない能力を持つキュイには始めて出会った。
とは言え、キュイはダークキュイと戦うために生まれてきた存在ではない。戦いに不向きなキュイがいてもおかしくはないだろう。
「ダークキュイが現れるまでは、むしろ戦闘に向いたキュイの方が珍しい存在だったんだけどね……」
ウィッチが、今まで聞いたことのないような暗い声でぽつりと呟いた。
その重い言葉で、自分も状況を察する。つまり、戦いに向かないキュイは今のキュイディメでは生き残れないのだ。
「そうか……」
自分はマッシュポテトからもらったジャガイモを改めて見つめる。
他者を傷つけない優しいスキルを持ったキュイが消えていく、そんな世界があっていいはずがない。
自分は改めてダークキュイに、いやダークキュイを生み出したこの世界への怒りが湧いてきた。