サーロインステーキと玉子焼きは、バーガーカンを追って街外れの荒野に足を踏み入れた。
「どこまで行くのかな……」
「に、逃げる気なんでしょうか……?」
二人の声には幾分不安が交じる。他の皆が戦っている街の中央部からはかなり離れてしまった。
「……たまちゃん! 隠れて!」
「ひゃあっ!?」
サーロインステーキは玉子焼きの腕を引っ張ると、近くにあった枯れ草の山の中に玉子焼きの身体を押し込めた。
「見て……井戸の前で止まった」
サーロインステーキは声を潜める。
遠くに見えるバーガーカンの姿は、井戸の前で何かをやっているように見えた。
様子を見守っていると、井戸の中から不思議な赤い光が放たれる。
「あれは、な、なんでしょうか……」
光を放っていたのは透き通る水晶のような物体だった。大きさ的にはバーガーカンと同程度。おそらく、井戸の底に隠されていたのだろう。
「第2ラウンド、スタート〜」
バーガーカンがそう声を上げると同時に、水晶の放つ光はさらに強さを増した。
「!?」
サーロインステーキは突然身体中に強い圧迫感を覚える。
「なに、これ……」
それが桁違いの負の厨力によるものだと気付くのに時間はかからなかった。
「あ、あの石が……負の厨力を生み出している原因……!?」
「そうみたいだね……!」
サーロインステーキは歯を食いしばる。誇張ではなく、1時間もこの厨力を浴びていたら、自身の身体が消滅してしまいそうだ。
『玉子焼きですぅ! 負の厨力が増えた原因を、見つけたかもしれません〜!』
玉子焼きは通信石で皆に呼びかける。
『こちらも厨力の増大を確認しました。街の西側で間違いないですか?』
『西側の、街の外の荒野、井戸のあるところですぅ!』
カフェモカの問いに玉子焼きはそう答えた。
『これはまずいよ……ブリトー! 街のみんなは!?』
続いてドーナツがブリトーに呼びかける。
『少し前からシェフに料理を作ってもらってる!シェフの生みだす正の厨力のおかげで、どうにかしばらくは持ちそうだよ。ただ、猶予はあまりないね!』
通信石越しのブリトーの言葉には強い焦りが見えた。
「そ、そうですぅ……私たちはともかく、厨力の弱い街の人たちは、この負の厨力を浴びたら……」
「……! なら、少しでも早く止めないと!」
玉子焼きの言葉で、サーロインステーキも状況を把握する。
「とにかく、あの石を壊しちゃえばいいのかな?」
「そ、それはそうだと思いますけどぉ……ふ、2人だけじゃ無理ですよお……」
バーガーカンは3体のダークキュイ『イーター』を周囲に引き連れていた。
戦う云々ではなく、見つかったら逃げるしかない状況だった。
「私のスピードなら、攻撃を避けつつあの石のかなり近くまで接近できる。限界が来たら、たまちゃんは私にバリアを張って。バリアの効果が切れるまでの間に、あの石を殴りつけるよ!」
サーロインステーキはそんな作戦を玉子焼きに伝えた。
「で、でも……それ、上手く行ったとしても、その後どうするんですか……?」
「後はなるようになる! とにかく、急がないと街のみんなも、私たちも死んじゃうよ!」
そう告げると、サーロインステーキは玉子焼きの返事も待たず枯れ草の山から飛び出した。
「ワオ! ビーフ仲間のさっちゃんじゃな〜い」
枯れ草から飛び出したサーロインステーキの姿を、バーガーカンはすぐに捉える。
「ダークキュイと仲間になったつもりは……ないよっ!」
サーロインステーキは身の丈ほどあるフォークを振り上げ、バーガーカンに突っ込む。
「何も考えず一人で飛び込んできても、やられちゃうだけよ〜」
バーガーカンはサーロインステーキの突撃に全く動じない。
サーロインステーキは当初の作戦どおり、バーガーカンの目前で大きく横っ飛びした。
「そう。何も考えず、この魔法石を壊しに来たんでしょう〜」
バーガーカンはそのサーロインステーキの動きを完全に見切っていた。
サーロインステーキの動きに合わせ横に体を動かし、頭についている金属のパンズを大きく振り回す。そのパンズは完全にサーロインステーキの胴体目掛けて振り回されていた。
しかし、パンズはサーロインステーキの身体に当たる寸前、黄色のバリアによって動きを阻まれる。
「よしっ!」
サーロインステーキはバーガーカンの横を抜け、振り上げたフォークをバーガーカンが魔法石と呼んだ謎の石に振り下ろす。
振り下ろした刹那、強い光と衝撃がサーロインステーキを襲った。
いや、玉子焼きのバリアに守られているサーロインステーキには衝撃は感じなかった。
ただ、相当の衝撃があったのであろうことは分かる。四散する魔法石に合わせて、周囲の小石や砂も飛び散っていたからだ。
「……!」
その時、サーロインステーキを守っていた玉子焼きのバリアが途切れる。
敵に囲まれた状態でバリアが途切れる。その後のことをサーロインステーキは正直あまり考えてはいなかった。
ともかく時間を稼げば他の仲間が来るだろう。最悪、自分はこのまま倒されても良かった。仕事はやり遂げただろうから。
サーロインステーキはフォークを改めて構え……目の前の光景に愕然とする。
自分を取り囲み、襲ってくるはずだったバーガーカンもイーターの姿も、そこにはなかったからだ。
「やあぁぁっ……!」
玉子焼きの悲痛な叫び声が周囲に響き渡る。
「……たまちゃん!」
状況を理解し、サーロインステーキは慌てて走り出した。玉子焼きは周囲をイーターに囲まれ、既に攻撃を受けている。
「これだけ優秀なバリアを張れる子を、一人にしちゃだ〜め」
バーガーカンは薄く笑うと、玉子焼きに向けて金属のパンズを振り上げた。
「『モカアサルト』っ!」
その時、カフェモカの声とともに卵焼きの周囲にコーヒー色の厨力がばら撒かれる。
そしてそれは一斉に爆発した。
「遅くなりましたっ!」
カフェモカは玉子焼きと敵との間に割って入る。バーガーカンはそれを見て、こちらから少し距離を取った。
「た……玉子焼きさん……」
少し遅れてきた白ご飯は、玉子焼きの姿を見て息を呑む。
1箇所、2箇所、3箇所。玉子焼きの身体に決して小さくない穴が空いていた。それは下手をすると玉子焼きの存在自体が消失しかねないほどの傷だった。
ましてや、負の厨力があふれるこの場所にいては、数分と保たない可能性すらある。
「ごめんなさいっ! 私が……私が……!」
サーロインステーキが玉子焼きに駆けよる。
「サーロインステーキ! 今すぐ玉子焼きを抱えて、シェフのところに急ぎなさい!」
カフェモカが珍しいほど強い口調で命令した。
「え……う、うん! 絶対に助ける!」
サーロインステーキは少しの躊躇のあと、玉子焼きを背に抱える。そして一目散に駆け出した。
その間に、カフェモカの攻撃を受けその場に倒れていたイーターたちがひっそりと立ち上がる。
「ギュウウウ!」
イーターたちは声を上げてカフェモカに飛びかかる。
しかしそのイーターの身体は、カフェモカの後方から放たれた厨力の光線に貫かれた。
「モカせんせー。油断厳禁だよ?」
気付くと、カフェモカの後ろにドーナツもやってきていた。イーターたちはドーナツの攻撃がとどめとなり、身体を消滅させる。
「ドーナツ! ……失礼しました。モカアサルトですら一撃で倒しきれないとは……」
カフェモカはイーターの強さに舌を巻く。これ以上強化されたら、バーガーカンと遜色ない強さにすらなりかねない。
「その辺に転がってるあの石の破片がこれなんだけどさ」
ドーナツは親指大の小さな石の破片をつまんで、カフェモカに見せる。
「こうして厨力を当ててもあまり効果がない」
その言葉と同時に、ドーナツは厨力の光線をその石に当てる。ドーナツの言葉どおり、石は厨力を受けても何の変化も見られなかった。
「一方、物理的な攻撃には強くない」
ドーナツが指に力を入れると、それだけで石の破片はさらに細かく砕けた。
「なるほど……私たちが利用している通信石と、似た魔法石のようですね。厨力を吸収し、放出するという役割は同じです」
カフェモカはそう分析する。
「サーロインステーキはおそらくフォークで直接魔法石を殴ったのでしょう。そしておそらくそれが、あの魔法石の効力を止める一番正しい方法です」
「でも、まだ完全には砕けきっていない、と」
ドーナツの言葉どおり、サーロインステーキの攻撃を受けた魔法石はひび割れ四散したが、魔法石の下半分はまだその姿を留めている。
そして負の厨力も、多少は落ち着いたが未だ濃い状態にあった。その負の厨力を消すためには、あの魔法石の残り半分を砕くしかない。
カフェモカもドーナツもそこまでは理解して、そこで考えが止まる。
「サーロインステーキは残しておくべきだったかもしれません……」
カフェモカはそう呟く。カフェモカ、ドーナツ、白ご飯。程なく合流できるであろうパニーニとクレープ。
残ったメンバーはいずれも直接攻撃できるような武器を持っていない。
「いや、モカせんせーの判断は正しいよ。1秒の差が生死を分けるかもしれない状況なんだ。一番足の速い子に任せる以外の選択肢はないよ」
ドーナツはカフェモカの決断をそう擁護する。
「カフェモカ!」
背後からパニーニの声が響いた。カフェモカが後ろを振り向くと、パニーニとクレープがこちらに駆け寄ってくる姿が見える。
「これで5対1。あの魔法石を壊すくらい、どうにでもなるよ」
ドーナツがカフェモカに向けて呟く。
「……そうですね」
カフェモカは頷いた後、通信石を握りしめ、皆に作戦を伝えた。
「行きますよっ!」
作戦を伝え終わると、カフェモカは号令をかける。カフェモカの声に合わせ、5人は一斉に走り出した。
「まあねえ。そうされたらお手上げね〜」
バーガーカンはカフェモカたちの行動を見て両手を上げるそぶりをした。
バーガーカンにとって、5対1の状況は厄介ではない。自身の身体は生半可な攻撃では傷つかないからだ。
しかし魔法石はそうではない。こうやって四方八方から攻撃を仕掛け、誰かの攻撃さえ当たれば魔法石にダメージを与えられるのだ。
そして広範囲を攻撃できないバーガーカンには、全員の動きを全て止めることはできない。
単純だが、単純であるが故に破りようのない戦法だった。
「仕方ないわね〜」
バーガーカンは薄く笑うと、近づいてきた内の1人に目線をやる。
「それなら厄介なクレープを、潰しちゃいましょ〜ね!」
「……!」
クレープは咄嗟に足を止める。バーガーカンがこちらに突進してきたからだ。
バーガーカンはクレープに攻撃を仕掛けようと、金属のパンズを大きく振り上げる。
「……っ!?」
そこで、今度はバーガーカンが足を止める。逃げると思っていたクレープがあろうことかこちらの懐に入り、厨力を集中させたからだ。
「糖分のっ……対価!」
クレープは厨力をバーガーカンの至近距離で爆発させる。それはバーガーカンの胴体を完璧に捉えていた。
「やった……!」
魔法石に攻撃を加えつつ、カフェモカは声を上げる。
5人バラバラに攻撃を仕掛ければ、バーガーカンは必ずクレープに攻撃を仕掛けてくる。なのでクレープは魔法石を攻撃するそぶりを見せつつ、厨力を貯めておく。
眼前の光景は全てカフェモカの作戦通りだった。
「いった〜い!!」
バーガーカンの大きな声が響く。
クレープの攻撃を受け、バーガーカンの身体は数十歩ほど離れた場所に吹っ飛んでいた。
「ミーとしたことが……油断したわ……」
バーガーカンはよろよろと立ち上がる。
「やっぱり、簡単には倒せないね」
クレープが皆の所に合流しつつ、呟いた。
バーガーカンの身体からはかなりの量の厨力が吹き出している。相当なダメージを与えたことは間違いないが、致命傷にはほど遠いダメージであることも明らかだった。
「ま、ともかく魔法石の破壊は終了っと」
ドーナツが最後に残った魔法石のかけらを足で踏み潰す。粉々になった魔法石からは急速に負の厨力が薄れていった。
「ふう……」
カフェモカは大きく息を吐く。
バーガーカンには随分と振り回されてきたが、ようやくこちらが優勢になった。後はこのメンバーでバーガーカンを倒すだけだ。
「やれやれ……シェフの生み出したキュイは、やっぱり厄介ね〜」
バーガーカンは息を整えると、こちらに歩いてきた。
パニーニが、そして白ご飯が守るようにクレープの前に立つ。
「この街を壊滅させるつもりだったのに……2人だけしか倒せなかったなんて〜」
「2人……?」
カフェモカはバーガーカンの言葉の意図が掴めず、思考を巡らす。そしてそれを理解した時、背筋に冷たいものが走った。
『サーロインステーキ! 無事ですか!?』
カフェモカは通信石を握り締め、サーロインステーキに呼びかけた。
サーロインステーキは、既にカフェモカの呼びかけに応えられる状態ではなかった。
1、2、3、4、5、6。全部で6匹のイーターに囲まれてしまっている。玉子焼きを背負った今の状態では、戦うことはできない。
この場の誰よりも素早いサーロインステーキなら、本来はイーターから逃げるのは容易なはずだった。
しかし玉子焼きを背負ったことでサーロインステーキの速度はかなり落ちていた。そしてそれだけでなく、イーターの方は負の厨力により速度も強化されていた。
サーロインステーキがイーターの速度を読み違えて逃げてしまったのが、この状況に陥った一番の原因だった。
「たまちゃん……」
サーロインステーキは背負った仲間の名を呼ぶ。玉子焼きは完全に意識を失っていた。いや、もういつ消滅してもおかしくない状況だ。
玉子焼きをここに置いて身軽になれば、逃げるのは難しくない。
サーロインステーキは悩んだ末に、玉子焼きを自分の背から下ろし、地面に横たえた。
そしてその上に、自分の身体を覆い被せた。
仲間を見捨てる選択肢は、サーロインステーキの頭には全く浮かばなかった。2人で助かる一番可能性の高い方法は、これだった。
『街の西部、酒場の裏で沢山の敵に襲われてる!助けて!』
サーロインステーキは通信石で呼びかける。
シェフたちのいる教会は遠いし、バーガーカンと戦っているカフェモカたちも助けには来れないだろう。
しかしこうやって玉子焼きを庇ってイーターたちの攻撃を受け続けていれば、いずれ助けは来るはずだ。
サーロインステーキは今にも消え入りそうな玉子焼きの身体を強く抱き締めると、敵の攻撃を待った。
ほどなく、イーターの攻撃が自分の背に当たる。後は我慢比べだ。
サーロインステーキは歯を食いしばり、ただ敵の攻撃を耐え続けた。
それからどのくらいの時間が経ったのかは分からない。ただ、それほど長い時間ではなかった。
サーロインステーキの身体に冷たい水のような何かが降りかかる。その水からは負の厨力ではなく、正の厨力が感じられた。
「この哀しみは、存在すべきものではない……」
聞いたことのない、静かな女性の声が響いた。サーロインステーキは顔を上げる。
「まもなくシェフも駆けつけます。もう心配はいりません」
足元まで伸びた水の流れを思わせる青い髪、そして同じく青色のドレス。そんな姿の女性がサーロインステーキの前に立っていた。
「あなたは……」
「メキシコから参りました。ブルー•マルガリータと申します」