「ブルー•マルガリータ?」
「助っ人として私がメキシコから呼んだ。メキシコは遠いから戦いに間に合うかは分からなかったけど……結果的には最高のタイミングで来てくれたよ」
ドーナツは突如戦場に現れたブルー•マルガリータについて、そう説明した。
「なるほど……結果的にはそのおかげで大変助かりました」
カフェモカは深く頭を下げる。
「あえて数匹のイーターは街中に残しておいて、一番手薄になったところを襲う手はずだったのよ〜。まさか、そっちも手札の残りがあったなんてね〜」
バーガーカンはまるで友人のように話しかけてくる。
「……それで? あなたの手札はもう全部なくなったの?」
パニーニが静かながら深い怒りを込めた声で尋ねた。
「そうね〜。事前に用意していた弾は全部使い切ったわ。あなたたちに致命傷を与えられなかったのは残念だけど、今日はここでお開きにしましょう」
「こっちはお開きにする……つもりはないわっ」
その言葉とともに、パニーニはバーガーカンに飛びかかった。少し遅れて、白ご飯も同じように飛びかかる。
2人はそれぞれ、バーガーカンの頭についている2枚の金属のパンズに掴みかかり、身体全体でそれを抱え込んだ。
「こうすれば……逃げられないし、クレープの攻撃もガード出来ないでしょう?」
「あら〜」
バーガーカンは頭のパンズを振り回そうとするが、2人の力で押さえつけられていて、満足には動かせない。
その隙に、クレープの厨力がバーガーカンに向けて放たれる。
「ちっ……」
バーガーカンは防御態勢を取ろうとするが、まともに体が動かない。軽く舌打ちをすると同時に、バーガーカンの身体はクレープの厨力で爆発した。
「クレープ! 私たちのことは気にせず、全力でやりなさい!」
「私たちは正の厨力を受けても致命傷にはなりません! 心配しないでください!」
パニーニと白ご飯がクレープに向けて叫ぶ。今のクレープの攻撃は、パニーニたちが側にいたからか、普段より多少威力が抑えられていた。
「……分かった。全力で行くよ!」
クレープが次の攻撃の準備を始める。
「……仕方ないわね〜。それなら私の最後の手札、切り札を見せてあげましょう」
「……!?」
バーガーカンの厨力が急激に増大する。
「ハンバーガー旋風〜」
バーガーカンは身体を強く捻ると、反動をつけて勢いよく身体全体を回転させた。
「あっ……」
回転の力に負けて、バーガーカンを押さえつけていた白ご飯の身体がはじき飛ばされる。
「くっ……」
1人になってしまったパニーニもほどなくバーガーカンから弾き飛ばされた。
しかし、バーガーカンの回転はそこで終わらなかった。バーガーカンの回転は勢いを増し、まるでコマのように高速回転を始める。
「クレープ! 下がって!」
ドーナツは力を溜めていたクレープにそう言うと、クレープの返答を待たずクレープの体を後ろに引き寄せる。
その直後、バーガーカンから放たれた風のような負の厨力が、クレープの立っていた場所を襲った。
「これは……」
カフェモカは言葉を失う。クレープの立っていた場所だけではない。バーガーカンの周囲一帯を、竜巻になった負の厨力が切り裂いていた。
「パニーニ! 白ご飯!」
クレープがバーガーカンの起こした竜巻に向けて叫ぶ。
竜巻が収まった後、そこに残されたパニーニと白ご飯の身体は、全身も何十回も切り裂かれていた。
「パニーニ……!」
クレープがパニーニに駆けよる。カフェモカは白ご飯の元に急いだ。ドーナツはただ一人、バーガーカンを睨みつける。
「この技、終わった後に目が回るから、あまりやりたくないのよね〜」
バーガーカンは身体をよろめかせながら、そう呟いた。
「この攻撃は……スターゲイジーパイの攻撃以上です……」
カフェモカは白ご飯の身体を確認して、絶句した。
致命傷ではないが、数時間は起き上がれないだろう。主食のキュイでこのダメージなら、それ以外のキュイなら一撃で倒されてもおかしくない。
そんな攻撃を、あれだけの広範囲に起こせるのだ。バーガーカンは攻撃力はさほどでもない、という前提が音を立てて崩れた。
「では改めて、今日の戦闘はこれでフィニッシュ〜」
バーガーカンはふらつきを抑えると、そう宣言した。もうその言葉を否定できるキュイは、その場には残っていなかった。
「……そうね、今回邪魔されたから次はメキシコを舞台にしましょ〜。1週間後のお昼に、今度はメキシコを襲うことにするわ」
「1週間後……?」
「お互いダメージも大きいし、準備時間もそれなりに必要でしょ? それじゃあね、シーユー!」
バーガーカンはそれだけ伝えると、こちらに背を向け歩き出した。
「くそっ!」
クレープは溜めていた厨力を、最後に苦し紛れにバーガーカンの背に向けて放った。
しかし、その厨力はバーガーカンのパンズに阻まれ、何のダメージも与えられなかった。
バーガーカンがカリフォルニアの街を去ってからほぼ丸一日の間、シェフである自分はひたすら料理を作り続けていた。
食材については街の備蓄が沢山あり、ユウも郵便船で宅配してくれたので、困ることはなかった。
全く休まず料理を作り続けた経験もないわけではない。
ただ、料理を供給し続けないと人が死ぬ、という経験は当然今までしたことがあるはずもない。
「カリフォルニアの街の皆はもちろん……パニーニも、白ご飯も、サーロインステーキも、玉子焼きも、状態は快方に向かい始めた。最悪の事態は免れた」
集まったキュイの仲間に報告した途端、途轍もない強さの疲労が身体を襲った。しかしまだ、休むわけにはいかない。
「自分はバーガーカンとの戦闘が始まってから、ずっとキッチンで調理を続けていたから、何が起きたのか把握できていない。カフェモカ、簡単に状況を説明してくれないか」
「……了解しました。それでは今回の戦闘についてまとめてみます」
カフェモカはその場に集まった仲間たちの顔を見渡して、話を始める。
「まず、バーガーカンは最初に『イーター』と呼ばれるダークキュイを数十ほど召喚しました。このダークキュイは非常に弱いですが、負の厨力を吸収して段々と強くなる性質があります」
「負の厨力が非常に強い地域にしか生息できないダークキュイだから、ほとんどの人は初めて見たんじゃないかな。カフェモカでさえ知らなかったんだし」
ウィッチがカフェモカの説明にそう付け加える。
「ウィッチの言葉どおり、このダークキュイは負の厨力がとても強い環境でないと力を発揮できません。そこでバーガーカンは、負の厨力を増大させる魔法石を使用しました」
「バーガーカンの魔法石のかけらを分析してみたけど、厨力を注ぐとそれを蓄え、厨力を増幅させつつ増幅分を周囲に放出する効果があるみたい。正の厨力を注いだら逆に、正の厨力が強くなると思うよ〜」
ウィッチがまたカフェモカの説明に付け加える。
「魔法石を発見したサーロインステーキと玉子焼きが話せる状態ではありませんから想像になりますが……あの魔法石は戦闘が始まる以前から、あの場所に隠されていたのでしょう。あの大きさの魔法石を持ち運べるはずがありません」
「あの場所には枯れ井戸があった。その底に沈めておけば、そう簡単には見つからないと思うよ」
ドーナツが隠し場所についてそんな考えを述べる。
「では、隠し場所が井戸の底だったと仮定して話を進めましょう。おそらくバーガーカンは、召喚したイーターの何匹かを魔法石の元に向かわせたのでしょう」
「なるほど。魔法石に負の厨力を注いだのは、イーターだったってことかい」
ブリトーの言葉にカフェモカは頷く。
「戦闘が始まるまでは負の厨力の増大は確認できませんでした。そして戦闘開始からドーナツが負の厨力の増大に気付くまでは、バーガーカン自身はずっと私たちと対峙していましたからね」
つまりバーガーカン以外の敵が魔法石を起動したことになる。カフェモカはそう言いたいのだろう。
「私たちはイーターを撃破しつつ負力が増大した原因を探すことにしました。バーガーカンはその私たちの動きを見て、作戦を変えたのでしょう」
「作戦を変えた?」
「バーガーカンの膨大な厨力を注ぎ込めば魔法石の効果は何倍にもなる。見つかることを覚悟で短期決戦に切り替えたってことだね」
カフェモカではなくドーナツが自分の質問に答える。
「ええ。魔法石を隠し通してもイーターが全滅すれば意味がなくなりますからね。それならイーターが全滅する前にと、短期決戦に出たのでしょう」
そしてカフェモカもドーナツの言葉に賛同した。
「サーロインステーキと玉子焼きの頑張りにより魔法石は破壊でき、バーガーカンの企みは破ることができました。しかし、その際に玉子焼きは深い傷を負ってしまいます」
淡々と話していたカフェモカの口元がわずかに歪んだ。
「負傷した玉子焼きをシェフの元まで運ぶようサーロインステーキに指示したのですが、その運ぶ道中をバーガーカンに狙われ、サーロインステーキは複数のイーターに襲われました。……昨日の戦いの私の指示の中で、これだけは完全に私の判断誤りです」
カフェモカはそう言うと、皆に向かって深々と頭を下げた。
「バーガーカンとの直接対決で有効打のない、私かモカせんせーのどちらかがさっちゃんに同行すべきだったね。ごめん」
ドーナツも頭を下げる。
「ドーナツの言葉どおりです。ただ幸い、サーロインステーキの危機はブルー•マルガリータが救ってくれました。改めて感謝いたします」
カフェモカは今度はブルー•マルガリータに向かって、改めて頭を下げる。
ブルー•マルガリータというキュイと顔を合わせたのは、自分は今日が初めてだった。おそらく、その名前と同名のカクテルのキュイなのだろう。
「私やブリトーは前にメキシコにしばらくいたことがあって、ブルー•マルガリータはその時の仲間だったんだ。今回の決戦の際に力を借りたくて、私が呼んだ」
ドーナツがブルー•マルガリータが突然この街に現れた理由を説明する。
「でも、メキシコからここカリフォルニアまでは急いでも3日はかかる。バーガーカンとの戦いに間に合わない可能性もあるから、みんなには話さなかった」
「むしろ、よく3日で間に合ったね。リータ」
ブリトーがそう言うと、ブルー•マルガリータは静かな笑みを浮かべた。
「私が1分でも早くカリフォルニアに着くことで、救われる哀しみもあるかもしれない。そう思って急ぎました。……本当にそのような状況になるとは、思いませんでしたが」
「ブルー•マルガリータがカリフォルニアに到着したとドーナツから聞き、サーロインステーキのことは彼女に任せることにしました。そして私たちはバーガーカンと直接対決したのですが……」
カフェモカは大きく首を振る。
「バーガーカンが全身を回転させて負の厨力の竜巻を作り出すという恐ろしい技を使い、パニーニと白ご飯が倒されてしまいました。主食のキュイさえも一撃で倒されてしまうとなると、正直なところ直接対決で勝つ道筋が見つかりません……」
そのカフェモカの言葉は、深く沈んでいた。
「でもさ、モカせんせー。そんな最強スキルがあるのに、あの土壇場まで使わなかったのはどうしてなんだろうね?」
ドーナツは普段同様の明るい声を変えずに話す。
「あれだけの厨力を放出するのですから、バーガーカン自身にも相当な負担がかかるでしょう。何度も気軽に使える技ではないはずです」
ドーナツの質問にカフェモカは自分の考えを述べる。その言葉を聞いて、ドーナツは首を僅かに傾げた。
「バーガーカンは去り際に、1週間後にメキシコを襲うと言い残して、その場を去りました。以上が昨日の戦闘の全てです」
「1週間後にメキシコを襲う……?」
最後の言葉が自分の中で引っかかった。一日経ったのだから、つまり猶予は後6日になっている。
「メキシコに行くのは3日以上かかると言うことだったが」
「はい。メキシコの街を助けるのであれば、早々にこの街を出発しないと間に合いません。なのでこれから皆で作戦を練ると言う状況です」
「そうか……」
自分の身にさらなる疲れが押し寄せるのを感じた。キュイたちには一時の休息も許されないと言うことか。
「玉子焼きとサーロインステーキは1週間では回復しないだろう。パニーニと白ご飯は数日休めば戦えるようにはなるかもしれない」
「……そうですか」
カフェモカは自分がそう説明すると顔を曇らせた。
「メキシコには私の他にもう一人、オーシャンスターという飲み物のキュイがいますが、戦力はそれだけです。……できれば、皆様の力も貸していただきたいです」
ブルー•マルガリータは深々と頭を下げた。
「サーロインステーキと玉子焼きを救ってくれた恩人の街だ。助けないという選択肢はないだろう」
「ええ…もちろんです。しかし全員でメキシコに向かうわけにも行かないでしょう。バーガーカンが宣言どおりメキシコに向かうとも限りませんし、バーガーカン以外のダークキュイに街が襲われる可能性もあります」
カフェモカのその言葉はもっともだった。サーロインステーキと玉子焼きはこの街から動かせない状態だ。その二人を置いてメキシコに向かえるはずもない。
「メキシコに戦力を集めたらこの街を襲うし、メキシコを無視したらメキシコを襲う。バーガーカンってそんな奴だと思うな〜」
ドーナツはそんな意見を述べた。
「それは…その可能性は高いでしょう。バーガーカン自身も、昨日の戦いでは手薄なところを狙ったと話していました」
カフェモカもドーナツの意見に同意する。
「だから手薄なところを作らない方がいい。戦力を二手に分けることは、止めた方がいいんじゃないかな」
ドーナツの言葉に、全員が沈黙した。ドーナツの話は正論で、否定することは難しい。しかし、戦力を分けないとは即ち、メキシコの街を見捨てると言うことだ。
「ねえ、シェフはどう思う?」
「え……」
ドーナツは突然自分に話を振ってきた。
「自分は皆のように直接戦えるわけではないから、他人事のように聞こえてしまうかもしれないが」
そう前置きして、自分は自分の意見を告げた。
「自分が生み出したキュイも、カリフォルニアのキュイも、メキシコのキュイも、みんな同じキュイだ。キュイたちを……見捨てるような選択肢は取りたくない」
「シェフさん……」
ブルー•マルガリータが感極まったような声を出す。
「それじゃ、戦力を分割するしかないね〜」
ドーナツはなぜか笑みを浮かべながら声を上げた。
「……仕方ありませんね。ではメキシコに向かうメンバーとカリフォルニアに留まるメンバーを検討していきましょう」
カフェモカのその声も、僅かに嬉しさが混じっているように聞こえた。
「あ。私とポップコーンはカリフォルニア居残り組にして?」
「へ?」
ドーナツに自分の名前を出されて、ポップコーンは不思議そうにドーナツの顔を見た。
「この街でしかできない作戦を思いついたんだ。この街のことは私に任せてほしい」
「ドーナツがそこまで言うんだ。任せていいと私は思うよ」
自信ありげなドーナツを見て、ブリトーはカフェモカにそう伝えた。
「ふむ。それではメキシコ組はブリトー、クレープ、私カフェモカ、ブルー•マルガリータ。カリフォルニア組はドーナツ、ポップコーン、フライドポテト。これでどうでしょうか」
ドーナツの意見を踏まえ、カフェモカは案を出した。
「異議なーし」
ドーナツが手をあげて賛同する。
「わ、私は多少異議があるんだけどな」
ポップコーンはそう口を挟んだ。ドーナツの目論みが分からないのに、戦力として名指しで指名されたのだから、当然不安もあるだろう。
「大丈夫。ポップコーン先生には、マジックをやってもらいたいだけ」
「マジック?」
予想外の単語が飛び出し、思わず自分は声を上げた。
「ポップコーンはマジックが得意なんだ。あ、それとシェフも手伝ってくれる?」
「あ、ああ。それがダークキュイから街を守る役に立つなら、いくらでも手伝うが」
とりあえずそう返事は返したものの、全く話が見えてこない。
「面白そうな話だけど、私たちにそれを聞いてる余裕はないね。メキシコ遠征組はそろそろ出発しようか」
ブリトーがそう提案すると、カフェモカも頷いた。
「それではドーナツ。カリフォルニアの街と玉子焼き、サーロインステーキ。それとシェフのことは、任せますよ」
「任せといて!」
ドーナツは元気よく返事を返す。
不安は残るが、ドーナツにここまで自信があるなら、自分もドーナツを信じるべきだろう。
こうして自分たちは二手に分かれて、次の戦いを待つことになった。