ブリトー、クレープ、カフェモカ、ブルー•マルガリータ、そしてウィッチ。5人がメキシコに出発して、1日が経った。
ウィッチはメキシコに転送陣を作るために同行した。メキシコに転送陣があれば、カリフォルニアとメキシコの間を即座に移動することができるようになる。
そうすれば襲われた街に援軍を送ることもできるし、逆に万が一の場合は逃げることもできる。
しかし、バーガーカンが転送陣の作成を邪魔してくる可能性も非常に高い。ウィッチがメキシコの街に無事に転送陣を作れる保証はなかった。
やはり、二手に分かれた状態のままでバーガーカンと戦う覚悟も持っておく必要がある。
「ふう……」
調理器具の洗浄が終わり、自分はキッチンの脇に置いてあるソファに腰掛けた。
ここ数日、自分の寝床はこのソファだった。理由は言うまでもなく、キュイの皆を守るためだ。
深い眠りにつくつもりもない。しかしそうは言っても、四六時中意識を保つこともできるわけがなかった。
結果として、自分はバーガーカンの襲撃を察知することができなかった。
「シェフ〜!」
「……!?」
目覚めた自分は、何者かの手によって背後から抱き締められていた。
もっとも、それが誰であるかはすぐに分かる。
「バーガーカン……!」
「グッナイ〜。シェフと合うのは3日前以来ね〜」
バーガーカンは両手を上げてこちらを拘束から解く。
自分は振り返るとバーガーカンの顔を睨みつけた。その動きを見て、バーガーカンは薄く笑う。
「あらぁ……突然の訪問なのに、まるで驚きがないのね〜」
「お前が再度この街を襲ってくる可能性も想定していたからな」
自分は努めて冷静に、そう答える。
「ただ、真っ先に自分を襲ってきた理由は分からない。……キュイを回復させる力を持っているからか?」
「ノンノン。回復が困るなら、回復させないような戦い方をするわよ〜」
バーガーカンのその答えと似たような話をドーナツもしていた。
先日の戦いでこちらは相当の戦力を失った。……しかしその割に、結局誰一人として死んでいないのだ。
あえて戦死者を減らし、負傷者だけを増やして看護の手間を増やし戦力を削ぐ。そんな兵法があるらしい。
バーガーカンの狙いはそれではないか。そうドーナツは推察していた。
「では……何が目的で自分を狙う?」
「それは……」
「それは、シェフに会いたかったから〜。じゃない?」
「……!?」
今度はバーガーカンが驚く番だった。いつの間にかひとつしかない部屋の入口に、ドーナツが立っている。
「もし私がダークキュイとして産まれたら、どうするかなって考えたの」
ドーナツはバーガーカンに向けて語りかける。
「自分の存在は消されたくないから、一人でキュイと戦い続けるんだろうね。で、そんな最中にシェフが現れる」
「…………」
バーガーカンは狼狽えた表情をすぐに戻し、ドーナツの話を聞く。
「初めて現れた、敵ではないかもしれない存在。ゆっくり二人で話してみたい、と思うんじゃない?」
「……ふん。そこまで気が付いておきながら、シェフとミーの話に割り込んでくるんだから、ユーも相当なクズ野郎ね」
バーガーカンはドーナツを睨みつけた。
「だって〜。今の私はダークキュイじゃなくて、仲間もたくさんいるキュイだし〜」
ドーナツは不敵に笑ってみせる。
「……ま、いいわ。こんな奴にミーの心境を代弁されるのは腹立つけど〜。シェフ、シェフはどうして私たちの味方にならないの?」
「…………」
バーガーカンの質問に、自分は少し間を置く。
「自分の料理から産まれたのはキュイだった。その敵がダークキュイだ。キュイの味方、ダークキュイの敵になるのに、これだけの理由では不十分か?」
「あら〜」
自分の否定の回答に、バーガーカンはなぜか歓声を上げる。
「それはつまり……自分の料理からダークキュイが産まれたら、ダークキュイの味方になってくれるってことね〜」
「……なんだと……!?」
そのバーガーカンの返答は予想外だった。
「それがあなたの目的……ってこと?」
ドーナツが神妙な表情で問いかけると、今度はバーガーカンが不敵に笑った。
「あらあ? シェフから産まれたキュイではないドーナツちゃん。あなたは仲間じゃないってシェフが言ってたけど、まだいたの〜?」
「…………!」
その言葉に、ドーナツは何も言い返せない。
「いや、ドーナツ、そんなことは……」
自分もうまい言葉が出てこなかった。自分の先程の回答は、確かに自分の生み出したキュイとそれ以外、という線を引いてしまったからだ。
「いやあ……ドーナツが口喧嘩で負けるなんて、世界は広いね〜」
その時、ドーナツの背後から声が響く。
「……まあ、ね。言葉じゃ負ける。そう思ったから、ポップコーン先生の力を借りたかったんだ」
「そう言われたら仕方ない。稀代のマジシャン、ポップコーンのお出ましっ!」
ドーナツの背後からポップコーンが飛び出てくる。
「さてさて。前口上は終わり。シェフを巡る戦いを始めましょう、バーガーカン」
ドーナツとポップコーンはお互いに少し距離をとって、バーガーカンと相対した。
バーガーカンは二人の様子をしばらく伺ったあと、大げさに笑いだす。
「ワオ! まさか二人だけでミーと戦うつもり!?」
「シェフをダークキュイの魔の手から守ることはできると思ってるよ?」
ドーナツはバーガーカンにそう告げる。
「ふ〜ん……まあ、シェフの手を引きつつ敵と戦うのは厄介ねえ〜」
バーガーカンはドーナツの意図を察してか、迷った素振りを見せる。
バーガーカンの目的がシェフである自分ならば、当然自分から離れて戦うことはできないだろう。
自分自身が隙あらば逃げ出そうと企んでいるからだ。
近距離の攻撃手段が主なバーガーカンにとって、移動を制限されるのはかなり厄介なことのはずだった。
「バーガーカン。少なくとも自分は、この場でキュイたちを殺すような相手に、従うつもりはないぞ」
自分のその言葉は、バーガーカンの動きをさらに縛る駄目押しのつもりだった。
しかしバーガーカンは、その言葉を聞いてにやりと笑う。
「何言ってるのシェフ〜。シェフがミーの言うことを聞いてくれれば、誰も死なないわ〜」
バーガーカンは周囲を見渡す動きをする。
「一昨日の戦いで倒れた街の住人が、20人くらい? 今もこの教会で休んでる。シェフの産み出したキュイもいるよね〜。シェフが一緒に来てくれないと、酷いことになっちゃうわ〜」
「……脅しのつもりか?」
「先に脅したのはシェフの方じゃな〜い? まあいいわ。シェフが一緒に来てくれないのなら、今この場で、ハンバーガー旋風〜して、全部吹き飛ばしちゃう」
「そんなことをして……キュイたちを殺したら、二度とお前たちに協力する余地はないぞ」
「分かってるわよ〜。ミーもシェフに嫌われたくないわ〜。でもねシェフ。シェフが断ったら、この教会ごと破壊する。そう言われて、シェフは私のお願いを断れる?」
「くっ……」
もちろん、そう言われたら断れるはずがなかった。
「だからー。言葉じゃ勝てないよ〜」
ドーナツが自分に向けてそう告げる。
「そこで私の出番。一世一代のスーパー脱出マジックをお見せします!」
ポップコーンはいつの間にか取り出したステッキをくるくると回した。
「今から3つ数えると、なんと! この教会の中で休んでいる街の人たちが、みんな別の場所にワープします!」
そして、ポップコーンはステッキを高く掲げる。
「3! 2! 1! イリュージョン!」
ポップコーンのカウントダウンが終わる。自分には何も起こったようには見えない。
しかし、バーガーカンの表情は明らかに変わった。
「確かに、あれだけあった厨力の反応が全て消えたわね〜。面白いじゃな〜い」
バーガーカンは軽く拍手をする。
厨力を感じ取れない自分には分からないが、このマジックのタネは事前にポップコーンから聞いていた。
事前にフライドポテトが作り出した厨力のポテトを各ベッドに寝かせておく。そしてタイミングを合わせて、そのポテトを一斉に消す。
バーガーカンが厨力の大小でこちらの様子を探っているのであれば、厨力の消失を『キュイの消失』と誤解する可能性があった。
「でもね〜。これだけ広範囲に影響を与える転送なんてできるはずないのよ〜。仮にできるとしても、何十人も別の場所に飛ばすよりミー1人を別の場所に飛ばした方が効率的だわ〜」
「うっ……」
バーガーカンの指摘に、ポップコーンはうろたえる。
「で、では脱出マジック第二弾! 今度は私たちがこの場からワープします!」
ポップコーンは再びステッキを高く掲げる。
「3! 2! 1! イリュージョン!」
ポップコーンの声とともに、ステッキの先から勢いよく煙が噴出された。
部屋中に煙が立ち込め、自分の足元すら見えないほど視界が悪くなる。
「ニンジャの煙幕みたいね〜。でも、これに乗じて逃げようとしても、厨力でどこにいるかは……」
バーガーカンの言葉が止まった。しかし、もう遅い。
「厨力でどこにいるかはばればれだよね〜。シェフ以外は!」
「シェフ!」
バーガーカンの足音が強く響く。おそらく唯一の出入口に向かって走り出したのだろう。
「サルート!」
ポップコーンはその隙を狙って、至近距離で自分のスキルをバーガーカンに当てる。
「ぐっ……!」
バーガーカンの鈍い声が響き、足音が止まった。
ポップコーンの1回の攻撃でバーガーカンを倒せるはずはない。しかし、足止めとしては十分に過ぎるだろう。
戦闘の最中、自分はキッチンを離れた。
ポップコーンの話によると、マジックの実行者がマジシャン本人であることは想像よりも遥かに少ないそうだ。
アシスタント。観客。黒子。マジシャンよりも警戒されにくい人物がタネを仕込んだ方が気付かれにくいからだ。
マジシャンの役目はむしろ、話術や意味深な行動で注意を引き、マジックの真の実行者から注意を逸らすことである。
そう言う意味ではポップコーンは素晴らしいマジシャンであった。
バーガーカンを倒す最後のマジック。その実行者が、キッチンから逃げ出したシェフ、自分だとは、流石のバーガーカンも気付けないだろう。
キッチンを出た自分は、隣の部屋から天井裏に上がった。
「あなたの目的がシェフなら、これでもうあなたの負けは決定ね」
隣室からドーナツの声が響く。
「……まあ、ミーの計画がうまく行かなかったことは認めるわ〜。でも、負けてはいないんじゃない?」
「どういうこと?」
隣室の声に合わせて、音を立てないように移動する。
バーガーカンが厨力の大小で周囲の状況を把握しているのであれば、厨力を持たない自分の動きを、バーガーカンは認識できない。
しかし単純な視覚や聴覚で把握されてしまっては意味がない。
他の物音に合わせてゆっくりと移動する。これが最善の方法だった。
「ミーがシェフを探すことは難しくなった。でも、例えばユーを人質に取れば、シェフは自分から出てくるかもしれないわ〜」
「私たちがおとなしく人質にされるとでも?」
「ものの例えよ〜。人質は戦闘能力のないこの街のキュイでも、他の街のキュイでもいい。さっきのシェフの話で確信したわ〜。あのシェフは、どんなキュイであろうと、助けに来る」
「最低ね、あなた」
「ユーに、キュイにどう評価されようとミーはなんとも思わないわ〜」
話に紛れて、自分は目標地点に到達した。
後は正面にあるロープを、懐に忍ばせたナイフで切るだけだ。
「残念だけど、私のマジックはまだ1つ残ってるよ! 最後はご要望にお答えして、バーガーカン、あなたを消します!」
ポップコーンの声に合わせ、自分はロープを切り落とした。
「な……何なの!?」
バーガーカンは思わず大声を上げていた。
キッチンの天井が崩れ落ちたからだ。部屋全体の天井が落ちたのでは、避けようがない。
バーガーカンは木材の山を頭から被った。それと同時に、金属製の何かが衝突したような音が響く。
「ったく、何なのよ〜」
バーガーカンは頭のパンズを振り回し、頭に被った木材を吹き飛ばす。
「……!?」
バーガーカンの目に次に飛び込んできたのは、金属製の檻だった。
天井にしかけてあったのだろう檻が天井の崩落に合わせて落下し、バーガーカンの周りを囲んでいる。
「ポップコーン最後のマジック。バーガーカン捕獲!」
バーガーカンが無事に檻の中に入ったことを確認し、ポップコーンは声を上げた。
「…………」
バーガーカンは無言のまま、檻の一部に近付き、頭のパンズを勢いよく振り回す。
鈍い金属の衝突音が響く。そして、バーガーカンのパンズの直撃を受けた檻の格子は、少し折れ曲がった。
「何回か叩けば、壊れそうね〜」
バーガーカンは再びパンズを振り上げる。
ドーナツはバーガーカンの動きを見て、厨力の光線を指先から放出した。厨力は金属の格子の隙間を抜け、バーガーカンの身体に当たる。
「私たちは邪魔するけど、壊せるといいね〜」
ドーナツはにやりと笑ってみせる。
「……ふ〜ん」
バーガーカンは檻への攻撃を止めた。
「いつの間にか結構追い詰められてるわね〜。仕方ない、ここは一旦引き上げましょう〜」
バーガーカンはそう告げると、体を捻り回転を始めた。
バーガーカンの必殺技、ハンバーガー旋風。おそらくはそれで、檻ごと吹き飛ばそうと言うのだろう。
「ハンバーガー旋風。その技には致命的な弱点がある」
「へえ……どんな?」
回転しながら、バーガーカンは尋ねた。
「回転を始めたら技の発動が終わるまで止まれない。そして、その間はパンズで自分の身を守れない。要するに敵の攻撃に無防備になるんじゃない?」
ドーナツは自分の推察をバーガーカンに答えた。
「まあ、正解よ〜。でも、無防備でユーの攻撃を受けても、たいしたダメージにはならないわ〜。この場にクレープでもいれば、別でしょうけどね〜」
バーガーカンの周囲に黒い厨力の渦が巻き起こり始める。ドーナツはバーガーカンの言葉を聞いて、笑みを浮かべた。
「バーガーカン。そうは言いつつ、あなたはクレープがこの場にいる可能性さえ想定している。クレープがいたとしてもその攻撃にさえ耐えられる自信があるから、ハンバーガー旋風を使ったんだ」
ドーナツの身体にも、桃色の厨力が集まり始める。
「臆病なあなたは、あらゆる可能性を検討して、少しでも危うい道があったら戦闘を避けようとする。そんなあなたを倒すには、あなたが冗談ですら思いつかないような方法で、倒すしかない!」
ドーナツの桃色の厨力はさらに大きく、濃くなっていく。それはバーガーカン旋風を使おうとしているバーガーカンの厨力よりも大きく見えた。
「拡・散・性、美味!」
ドーナツの周囲に集まった厨力は、ドーナツの声で一斉に収縮し、バーガーカンの足元に放たれる。
次の瞬間、その厨力は光の柱となりバーガーカンを包み込んだ。
その光の柱が異常なほどの威力であることは、誰の目にも分かった。正の厨力と負の厨力が衝突する時に起きる音と風が、他の攻撃より圧倒的に強かったからだ。
少しの時間を置いて、光の柱はその場から消える。
「本気の私は……冗談抜きで強いよ」
ドーナツはその場に倒れたバーガーカンの姿を見て、そう呟いた。
バーガーカンの全身からはしばらく黒い厨力が放出されていたが、やがてそれも治まる。そして段々と姿が薄れていった。
それがキュイの死であることは、パニーニの消失を見た自分にも分かっていた。
「やれやれ……ドーナツの言葉どおり、ミーは常に安全圏で戦うことを心がけていたのよ〜……それなのにこんなに早くやられちゃうなんて、ショックだわ〜……」
バーガーカンは消える直前になっても口が軽いままだった。
「切り札を見せた相手と、もう一度戦っちゃだめだよ〜」
ドーナツもバーガーカンに合わせて、軽い口調で話しかける。
「ここまでの戦いで切り札を隠し続けたユーが正解ってことね〜……来世があったら参考にするわ〜……」
バーガーカンは自分の方に顔を向けた。
「シェフ。ミーは嘘つきで卑怯者で最低だけど〜……最後のこの言葉だけは何の裏もない、ただのお願い……最後に一度だけ……抱きしめてくれない〜……?」
「えっ……」
そう言われて、自分は思わずドーナツの顔を見ていた。ドーナツは何も言わず、ただ目を閉じて頷いてみせる。
「これで……いいのか?」
自分はバーガーカンの背中に手を回し、少し上体を起こす。
そしてどんな感情を込めて良いのかも分からないまま、バーガーカンの身体を軽く抱きしめた。
「ありがと〜……嬉しいから、ひとつだけ『真実』を教えてあげる〜……」
「真実……?」
「スターゲイジーパイの他に、ミーの仲間は後3人いるわ〜……そして、そのうちの1人が『首謀者』よ〜……」
「首謀者? ……何の?」
「ん〜……残念ながらタイムアップ。それじゃシェフ、シーユー!」
その言葉を最後にして、バーガーカンの身体は完全に消失した。