料理次元−キュイジーヌディメンション−   作:濡れせんべい

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和風島
箸休めー春巻きー


 メリケン大陸での戦いが終わり、自分たちは次元ハウスに帰ってきた。

 

 不眠不休の調理作業。そしてバーガーカンとの戦闘。

 

 自分の身体に蓄積された疲労が、次元ハウスに戻ってきた途端、一気に襲いかかってきた。

 

 やるべきこと、考えるべきことはいくつもあるが、ともかく今は身体を休めたかった。

 

「シェフも随分とお疲れね〜」

 

 ソファにもたれかかっている自分に、ウィッチが声をかけてくる。

 

「ブラックコーヒー淹れたよ。どうぞ」

 

「ああ……ありがとう」

 

 自分はウィッチからカップを受け取り、中の黒い液体を口に含んだ。

 

「んっ……がはっ!」

 

 口に含んだ瞬間、言葉では表現できない濁った味が自分の舌を襲う。

 

「な、何を入れた……」

 

「よりブラックにしたくて、黒酢とイカスミを入れたよ」

 

 ウィッチは平然とした顔でそう告げる。

 

 ウィッチの料理には最大限の注意を払っていたつもりだったが、それだけ疲れていたのだろう。つい油断して口に含んでしまった。

 

「まったく……」

 

 こんな料理を日常的に作っていたら、それこそダークキュイが生まれそうだ。

 

 そう思って、自分はバーガーカンの言葉を思い出した。

 

「なあ、ウィッチ。質問があるんだが」

 

「ん? なに?」

 

「自分が次元ハウスで料理を作るとキュイが生まれることがあるだろう? 逆に、ダークキュイが生まれる可能性もあるのか?」

 

 バーガーカンが尋ねた『シェフがダークキュイを生み出したら、シェフはそのダークキュイの味方をするのか』という質問。

 

 その質問が、自分の心の中で少し引っかかっていた。

 

「可能性としてはあり得る。でも、あり得ないんじゃない?」

 

「……よく分からないな」

 

「次元ハウスに流れる厨力は正でも負でもない、周囲に何の影響も与えない力。私の身体もそのニュートラルな厨力でできている。人間の料理に対する感情によって、厨力は正にも負にも振れる」

 

 ウィッチはコーヒーカップをゆらゆらと揺らしてみせる。

 

「シェフがプラスの感情を込めて料理を作れば、厨力は正に触れて、正の厨力の塊であるキュイが生まれる。逆に、シェフがマイナスの感情を込めて料理を作れば、厨力は負に触れて、ダークキュイが生まれる可能性もあるかも〜」

 

「……なるほど」

 

「でも、シェフはマイナスの感情を料理に込めたりしないでしょ」

 

 ウィッチはそう言って笑うが、自分はそれに合わせて笑えなかった。

 

 そもそも、プラスの感情、マイナスの感情という表現自体が曖昧すぎる。

 

 料理の最大の調味料は愛情と言うが、では愛情はプラスの感情なのだろうか。嫉妬、執着、偏愛。行き過ぎた愛情はマイナスの感情とも言える。

 

 まして、自分自身が聖人君子ではない。何かの拍子で料理に暗い感情が宿ってしまい、ダークキュイが生まれる可能性は、ウィッチの話を聞く限りあり得そうに思えた。

 

「……そうか。そう言うことか」

 

「ん?」

 

「あ、いや、何でもない」

 

 ウィッチに顔を向けられて、自分は言葉を濁す。

 

 つまりニュートラルの厨力の塊であるウィッチは、料理にプラスの感情もマイナスの感情も与えられないと言うことだ。

 

 だからこうして食べる人のことを全く考えない料理が出来上がる。マイナスの感情もないのだから、嫌がらせですらない。

 

 ウィッチが料理を作れない理由。些細な発見のように見えて、なぜだか自分の中でそれが強く心に残った。

 

 

 

 メリケン大陸で一緒に戦ったキュイたちとは、カリフォルニアで別れた。

 

 バーガーカンを倒したとは言え、メリケン大陸は元々ダークキュイの多い地域だ。自分たちに同行してくれれば有り難かったが、無理に頼むわけにもいかない。

 

 しかし、ただ一人だけ、自分たちと一緒にダーケストと戦いたい、と言ってくれたキュイがいた。

 

「シェフ! いつもありがと〜」

 

 こちらの姿を見かけて、ドーナツは声を上げる。

 

 バーガーカンにとどめを刺したメリケン大陸のキュイ、ドーナツ。本人の希望で、彼女はカフェモカのように次元ハウスの一員となった。

 

 バーガーカンとの対決が終わった後、ドーナツは自分の本当の能力について皆に話した。

 

 ドーナツは元々、自分の全ての厨力をたった一度の攻撃に注ぎ込む、一撃必殺の技を生まれながらに覚えていた。

 

 しかしその技は、多数のダークキュイが生息しているメリケン大陸では使いにくい技だった。一度の攻撃で終わりでは、複数の相手に勝ち目がない。

 

 ドーナツは自分の技の出力を極限まで抑え、かつ光線の中央部分に穴を開け、密度を薄くした。それがあのドーナツ型の光線……ドーナツビームだった。

 

「ん〜! シェフのドーナツは今日も美味しい〜」

 

 ドーナツは自分が持ってきたドーナツに舌鼓を打つ。

 

 ドーナツの本来の一撃必殺スキル『拡散性美味』は、全力で使うと厨力を使い果たしてしまい、数週間は戦えなくなるという非常にハイリスクな技だ。

 

 失った厨力の回復を少しでも早めるため、ドーナツは自分に同行することを望み、今は毎日こうして自分の作ったドーナツを食べて厨力を補給している。

 

 それと、バーガーカンが最後に漏らした他のダーケストの存在。ドーナツの本来のスキルは、ダーケストのような強大な敵には非常に有効なはずだ。

 

 厨力が一番早く回復する場所。自分のスキルが活躍できる場所。ドーナツは、その2つを理由として自分たちへの同行を望んだ。

 

「…………」

 

 しかし、本当の目的は他にあるのではないか。そう思ってドーナツの顔を伺うと、ドーナツもこちらを向いた。

 

「シェフも食べたい?」

 

 ドーナツはそう言うとドーナツの片方を口にくわえ、もう片方を自分の顔に向けて差し出した。

 

「い、いや」

 

 自分は思わず顔を背けてしまう。

 

「……ドーナツはどうして自分たちに同行しようと思ったんだ?」

 

「あれ? 前に話さなかった?」

 

「一度使うとしばらく戦えなくなるスキルなんて、自分だったら怖くて使えない。ドーナツの立場だったら、余程強い理由がない限り、ダーケストと戦おうとは思わないんじゃないか?」

 

 自分はドーナツの目的を疑った理由をそう説明する。

 

 ドーナツのスキルは一度使うごとに明らかに無防備な期間が生まれる。ある意味、使う都度命をかけると言っても言い過ぎではないだろう。

 

 ドーナツが話した同行の目的は、スキルを使う覚悟と比較するとあまりにも軽かった。

 

「大好きなシェフの力になりたかったから……って理由じゃ、だめ?」

 

 ドーナツはそう呟くと、肩と肩が触れ合うくらいまで、体を近づけてきた。

 

「い、いや」

 

 ドーナツがからかっているのは分かる。しかし自分は、この手のからかいにうまく対応する力はなかった。

 

「シェフは、ルーサーバーガーって知ってる?」

 

 ドーナツはそんな質問を投げかけてきた。

 

「パンズの代わりにドーナツで肉を挟んだバーガー……だったか?」

 

 作ったことも食べたこともないが、名前だけは聞いたことがあった。

 

 バーガーを作る際にパンズが切れ、ルーサーという人物が具材をドーナツに挟んで食べたという逸話を聞いたことがある。

 

「メリケン大陸のジャンクフード組は、シェフのように料理に敬意を持った人に作られるとは限らない。遊び道具にされることだってよくある」

 

「ドーナツ……」

 

 自分はその言葉に反論しようとして、言葉を止めた。当のドーナツ自身の表情が明るかったからだ。

 

「でも、私たちはそれも悪くないと思ってる。料理としてはふざけていても、人を楽しませられるのならそれでいい。フライドポテトをフライドチキンで挟んでみてもいい。ホットドッグの早食い対決をしてもいい。……缶詰めに入ったバーガーがあってもいい」

 

 そこまで言うとドーナツは立ち上がった。

 

「ダークキュイは敵。例え言葉を話そうと、それは変わらない。……でも、ジャンクフード仲間のハンバーガーをダークキュイにした『首謀者』がいるなら……私はそいつを、許さない」

 

「……よく分かった。ありがとう」

 

 ドーナツの戦う理由はよく分かった。そして、それを皆の前で話さなかった理由もよく分かった。

 

 それをブリトーやフライドポテトの前で話したら、自分に同行しなかった彼らは仲間思いでないことになってしまう。

 

 だからこそ、ドーナツは嘘の目的を話したのだろう。

 

「本当に、ジャンクフードの仲間を大切にしているんだな」

 

 そう言うと、ドーナツは笑ってみせる。

 

「さてさて。それじゃ私は次の戦いに備えて新しい切り札の練習をするから。シェフにも秘密だから、見ないでね」

 

「新しい切り札?」

 

「拡散性美味はもう皆に見せちゃったから、切り札にならないでしょ。新しい、誰も知らない新技を覚えておかないと、相手の裏をかけないよ〜」

 

 ドーナツはあっさりとそう答える。

 

「いや、しかし……そんな簡単に、新しい技を覚えられるのか?」

 

「ん〜」

 

 自分の問いに、ドーナツは首を捻る。

 

「最強のデザートのキュイは、触れようとする者全てを『何もせず』に倒すことができるの。そのキュイの技に憧れて、昔からこっそり練習してるんだ。ゼロからスタートするわけじゃないよ」

 

「それはまた……恐ろしいくらい強いスキルだな」

 

 自分はそんな感想を呟いた後、ドーナツの話した『最強のデザート』が何なのか気になった。キュイの話ではなく、料理人としての純粋な興味だ。

 

「最強のデザート……何のデザートなんだ?」

 

「シェフの故郷のデザートだよ。『いちご大福』」

 

「いちご大福……!?」

 

 予想外の名前が出てきて、自分は少なからず驚いた。当然洋菓子が出てくるものと思ったからだ。

 

「シェフがもしいちご大福のキュイを生み出せたら、間違いなく頼りになると思うよ〜」

 

 最後にそう告げて、ドーナツは自分に背を向け、川縁の道を歩いていった。

 

 

 

「……まあ、やはり無理か」

 

 ドーナツの話を聞いて、自分は次元ハウスに戻りいちご大福を作ってみた。しかし案の定、いちご大福のキュイが生み出されることはなかった。

 

「シェフ、何を作ってるのだ?」

 

 金色の髪の少女が、自分の手元を覗き込んでくる。

 

 彼女は春巻きのキュイ。メリケン大陸からの帰還後、自分が新たに生み出した前菜のキュイだ。

 

 揚げた春巻きの狐色の衣と、生春巻きの透明な衣が混じったような、薄い黄色の服が印象的なキュイだった。

 

「いちご大福だ。食べてみるか?」

 

「いただくのだ〜」

 

 いちご大福を受け取った春巻きは、それをそのまま口に頬張る。

 

「美味しいのだ〜」

 

 屈託のない笑顔を春巻きは見せる。彼女はのどかで天真爛漫な、まさに春のような性格をしていた。

 

「まだいっぱいあるのだ?」

 

「ん? もっと食べるか?」

 

「さっちゃんとたまちゃんにもあげてくるのだ〜。2人の春度を回復させるのだ〜!」

 

 そう言うと春巻きはいちご大福をさらに手に取ろうとする。

 

「二人に持っていくなら、ほら」

 

 自分はキッチンペーパーを取り、苺大福をそれで包んだ。

 

「おお〜。シェフは巻きの腕も素晴らしいのだ〜」

 

 春巻きは包んだいちご大福を受け取ると、どこかに走り去っていく。

 

 メリケン大陸で一番の怪我を負ったサーロインステーキの傷も、今はもう十分に癒えた。

 

 しかし厨力を使い果たしたドーナツのように、しばらくの間は厨力を放出するような行動はできないようだ。

 

 日常生活を送るだけなら問題はないのだが、念のためと言って玉子焼きが四六時中付き添っている。

 

 自分を守って大怪我をした相手に、少しでも恩を返したいという思いがあるのだろう。

 

「ふう……」

 

 キッチンの片付けが終わると、また強い眠気が襲いかかってきた。

 

 実際に戦っているキュイたちの前では口が裂けても言えないが、戦いの疲労が一番抜けていないのは、実は自分かもしれなかった。

 

 ソファにもたれかかると、自分は程なくまどろみの世界に落ちた。

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