料理次元−キュイジーヌディメンション−   作:濡れせんべい

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和風島02区ーオムライスー

 江戸の街の名主、おでん。

 

 頭にねじり鉢巻きを巻いたその姿は、名主という名称とは裏腹に随分と庶民的に見えた。

 

 小さな背丈とも相まって、シャンパンやブリトーのような、街の代表としての威厳のようなものは殆ど感じられない。 

 

「う〜ん」 

 

 自分の夢の話を聞いたおでんは、大きく唸った。

 

「偶然じゃねえよなあ……天ぷら」

 

「ええ。霊山に何かが起きているのは、間違いないようです」

 

 おでんの問いかけに、天ぷらはそう答える。

 

「何かあったのですか?」

 

「少し前に霊山の麓の集落から、数人のキュイが江戸に逃げてきたんだよ。霊山に大量のダークキュイが発生して、退治しきれなかったてえことだ」

 

 そのおでんの言葉は、自分たちにとっても衝撃的だった。

 

「じゃあ……本当に霊山に、ダーケストがいるってこと?」

 

 ウィッチがそう呟くと、おでんは首を振った。

 

「それは分からねえ。ただ、霊山にダークキュイが増えた原因が何かあるのは確かだ。シェフが来る前から、霊山の様子を見に行こうとは思ってたんだよ」

 

「……シェフの見た夢が偶然の産物、とは思えなくなりましたね」

 

 カフェモカのその呟きに、皆も頷いた。

 

「しかも、予定では霊山に向かうのは明日でした。もしかすると……霊山のダーケストは、その計画も察知していたのかもしれません」

 

「あっしらの計画を知って……それでシェフのところに化けて出たってかい? 何のために?」

 

 天ぷらの言葉に、おでんが疑問を投げかける。

 

 江戸のキュイが霊山に向かう前日に、自分の夢に霊山のダーケストが現れた。それは確かに偶然とは思えない。

 

 しかし、ダーケストが自分の夢に現れたその目的は、確かに想像がつかなかった。

 

「私たちも霊山に同行させて、一網打尽にする。留守になった次元ハウスに攻撃を仕掛ける。可能性として考えられるのはそのあたりでしょうか」

 

 カフェモカは首を傾げながらそう答えた。

 

「う〜ん。ピンと来ねえなあ」

 

 おでんはカフェモカの言葉に首を振る。カフェモカも自分の発言に自信がなかったのだろう、おでんの顔を見て頷いた。

 

「霊山のダーケストがシェフの夢に現れたおかげで、私たち次元ハウスのキュイと江戸のキュイは顔を合わせて、事前に対策を話し合えているわけです。これは私たちにとってメリットにしかなっていない」

 

「つまり、霊山のダーケストにとってはデメリットにしかなっていませんね」

 

 天ぷらがカフェモカの言葉をそう補足する。

 

「……一言だけいいか?」

 

 自分は自分なりの考えを皆に伝える。

 

「夢で会っただけで、しかも僅かな時間話しただけではあるが……彼女、霊山のダーケストは策を弄するような人物には見えなかった」

 

 バーガーカンのように煙に巻いた話し方ではない。ナットーの受け答えは、常に真摯だった。

 

「単純に、明日の戦いの前に自分と話したかっただけ……なんじゃないか?」

 

 自分の中ではその目的が一番しっくりと来た。

 

「あっしに倒される前に、シェフに遺言を残したかったってえことか?」

 

「……いや」

 

 ナットーからは死を覚悟した様子は全く見受けられなかった。

 

 それに、ナットーはいつでも霊山に来てくれていい、と最後に答えたのだ。自分が死ぬことなど全く考えていないだろう。

 

「逆……だと思う。自分が、キュイを殺す前に……話したかったんじゃないか」

 

「……へっ。面白え」

 

 おでんは自分の考えを聞いて鼻を擦った。

 

「ともかく、これ以上考えても仕方ねえな。天ぷら! 予定どおりあっしは明日、秋葉原のキュイを連れて霊山に向かう。留守は頼むぜ!」

 

「はい。承知いたしました」

 

 天ぷらは深々と頭を下げる。

 

「秋葉原のキュイ?」

 

「ああ。あっし一人じゃ手が足りねえ。かと言って天ぷらを連れて江戸の街を留守にするわけにもいかねえ。なんで、隣町のキュイに助っ人を頼んだんだよ」

 

「なるほど……私たちも助っ人に加わっても良いでしょうか?」

 

 カフェモカはおでんたちと自分たち、両方の顔を見てそう伝えた。

 

「ああ。こちらとしては願ってもねえ話だ。よろしく頼むよ」

 

 おでんは頭を下げる。

 

「そうなると……次元ハウスで待機しているパニーニとクレープも呼んだ方がいいか?」

 

 ダーケストの戦いでは、デザートの一撃が有効だった。ドーナツの傷は癒えていないが、クレープは元気いっぱいだ。

 

「……止めておきましょう。次元ハウスの留守を狙われる可能性も皆無ではありません。それに何より、戦力は十分です」

 

 カフェモカは自分の提案を否定すると、おでんの顔を見た。

 

「おでんは、そう……シェフが今まで見てきたキュイの中では、おそらく一番強いキュイです。おでんが勝てないようなダーケストであれば、クレープを連れてきても勝てませんよ」

 

「そんなに……なのか」

 

 自分は改めておでんの姿を見る。

 

 今までの会話で、考え方のしっかりした良いリーダーであることは分かった。

 

 しかし白ご飯や春巻きと大差ない背丈を見ると、やはり歴戦の戦士のような印象は持てない。

 

「そんなに見るなよ〜。照れる〜」

 

 おでんは自分の視線に気付くと、はにかんで笑った。

 

「あ、ああ。ごめん」

 

 自分は女性に向けて失礼なことをしていたと気付き、頭を下げる。

 

「それでは皆様も今日はこの屋敷にお泊りください。お部屋はご用意しております。まだ日も高いです。街を見て回っても良いかもしれません」

 

 天ぷらは話が終わったのを見て、皆にそう告げた。

 

 

 

 翌朝。自分たちは秋葉原のキュイ、オムライスとかまぼこに合流し、霊山に向けて出発した。

 

 オムライスは黄色地に赤い線の入ったエプロンで白い衣装を包んでおり、まさにオムライスのような格好をしている。

 

 かまぼこはなるとのような赤い渦巻きのある白い衣装を着ていた。巨大ななるとの付いた魔法の杖のような武器が目を引く。

 

 二人とも、江戸の街のキュイとは異なり明らかに現代的な格好をしていた。

 

 二人の話によると、秋葉原の街は江戸とは違いかなり現代的な街だそうだ。同じ現代人である自分にとっては、そちらの方が懐かしさを覚えるかもしれない。

 

「秘剣・白滝!」

 

 おでんは木刀程度の長さはあるおでん串を振り上げると、ダークキュイに向けて飛びかかる。

 

 次の瞬間、おでんの前にいた何匹かのダークキュイは、まるで線切りをされたかのように身体が無数に裂けていた。

 

「一丁あがりっ」

 

 おでんの言葉とともに、ダークキュイは消滅する。

 

「おでん〜。私達の助け、必要だった〜?」

 

 かまぼこはそうおでんに声をかけた。

 

 霊山に向かう道すがらダークキュイには何回も襲われたが、全ての敵はおでんが一瞬で倒していた。

 

 彼女はおでん串を剣のように振るって戦う。おでん串に刺さったおでん種によって剣の能力が変わるそうだ。

 

 白滝はおでん串の先が無数の刃になり、一振りで何重もの剣撃を与えられる複数人相手向きの技だった。

 

 そのような強力な技を、おでんはおでん種の数だけ持っているとのことだ。

 

「確かに、圧倒的な強さだな……」

 

 自分は思わずそんな感想を口に出していた。

 

「おでんの強みは状況に合わせて技を切り替えられるところです。前菜のキュイですが、主食のようにも、副菜のようにも、飲物のようにも戦えます」

 

 カフェモカはおでんをそう評価する。

 

 それは戦いの評価であっただろうが、おでんという料理そのものの評価にも聞こえた。

 

 料理の持つ性質と、キュイの戦い方はやはり似通うものなのだろう。

 

「さて、とりあえず霊山の麓まで辿り着いた。……これからどうする?」

 

 おでんは皆に向けてそう尋ねた。

 

「この辺りのダークキュイは、やはり多くなっているのか?」

 

 自分がそう尋ね返すと、おでんは首を振る。

 

「普段より多少は多いかもしれねえな。でも、集落を捨てて逃げ出すキュイが現れるほど、酷い状態にも見えねえ」

 

「ふむ……集落を襲ったダークキュイはどこに消えたのでしょうか」

 

「数日前まで大量のダークキュイがいたのは確かだ。となると、むしろ姿が見えねえ方が……厄介だな」

 

 おでんはそう呟くと、周囲を見渡す。

 

「ん……あれはなんだ?」

 

 おでんは視線を止めると、その方向を指差した。

 

 その方向にはかなり傾斜のついた登り坂がある。おそらくは山に登る登山道であろう。

 

 おでんがその方向に歩いていったので、自分たちもその後ろについていった。

 

「何だ、こりゃ……」

 

 おでんは登山道の脇に置かれていた、小さな石碑に目を向ける。いや、どうやら石碑そのものではなく、その石碑に貼られた紙の御札が気になったようだ。

 

「強い、負の厨力を感じます……」

 

 白ご飯がそう呟く。自分には神社等によくある紙製の魔除けの御札にしか見えないが、どうやら負の厨力が込められているようだ。

 

「これは、たぶん……」

 

 おでんの脇からウィッチがその御札を覗き込んだ。

 

「カフェモカ。ちょっと山に向けて、コーヒーを思いっきりぶちまけてくれない?」

 

 ウィッチは後ろを振り向くと、カフェモカにそう伝える。

 

「こうですか?」

 

 カフェモカはダークキュイを攻撃する時のように、手元のカップから登山道に向けてコーヒーを振りまいた。

 

「…………!」

 

 カフェモカのコーヒーは地面に落ちる前に、まるで見えない壁にぶつかったかのように止まり、その場で消失した。

 

「やっぱり……厨力を通さない結界が張られているみたい」

 

「結界……? 誰がそんなことを?」

 

 オムライスはそんな疑問を口にしてから、思い直したかのように軽く頭を叩く。

 

「負の厨力なんですから、ダークキュイがやったに決まってますね」

 

「うん……そりゃそうだね」

 

 かまぼこは軽い口調でオムライスの言葉に返事する。しかし表情は硬くなっていた。 

 

 普通のダークキュイは、結界を張るような高度なことができるはずはないからだ。

 

「どうすれば結界は解ける?」

 

「その御札を消滅させれば結界も消えるよ。御札に込められた厨力以上の厨力をぶつければ消える。ただ……結界が消されたら、たぶん結界を張った人物は、私たちがここにいることに気付く」

 

「なるほどねえ……鳴子ってことかい」

 

 おでんはおでん串を構えると、皆の方を振り向いた。

 

「まあ、結界を解く以外の方法はないよなあ。皆、戦いの準備はいいかい?」

 

 おでんの言葉に皆も頷く。

 

「喰らえっ」

 

 おでんは御札に向けておでん串を振り下ろした。御札は真っ二つに切り裂かれたかと思うと、まるでダークキュイのように黒い厨力を噴出する。

 

 そして少しの時間を置いて、御札は消失した。

 

「…………」

 

 カフェモカは無言のまま、再びコーヒーを登山道に向けて振りまく。今度は、そのコーヒーはそのまま、地面へと落ちた。

 

「来たっ!」

 

 おでんは登山道に向けておでん串を振り上げる。

 

 登山道の先に数匹のダークキュイの姿が見えた。こちらに向けてかなりのスピードで走ってきている。

 

「秘剣・牛すじ!」

 

 おでんはダークキュイに向けて串を横払いする。

 

「ギュイイ!」

 

 数匹のダークキュイはおでんの攻撃を受けて吹っ飛んだ。

 

「『モカアサルト』!」

 

 倒れたダークキュイに向けて、カフェモカがスキルで追い打ちをかける。

 

「ギ……ギギ……」

 

 ダークキュイの体から大量の黒い厨力が吹き出す。おそらくもう体を保つことはできないだろう。

 

「危ないっ!」

 

 後方に立っていたオムライスが声を上げた。

 

「『オムレツ障壁!』」

 

 オムライスが声を上げると、自分たちの周囲に黄色い薄い膜が張られる。

 

 玉子焼きのバリアに少し似ている。と、次の瞬間その膜に衝撃が起こった。

 

 いつの間にか後方にもダークキュイが現れている。一匹だが、他のダークキュイよりもかなり身体が大きい。

 

「ギッ!」

 

 ダークキュイは拳で何度も黄色の膜を叩く。何度か衝撃が走り、やがてその膜はたち消えた。

 

「秘剣・昆布!」

 

 おでんが串を頭上に掲げると、ダークキュイの周囲に巨大な昆布が現れた。その昆布はダークキュイに巻き付き、その身体を縛り上げていく。

 

「おお〜! ぐるぐるなのだ! 春巻きもぐるぐるするのだ〜」

 

 春巻きはおでんの攻撃を見て、手を振り上げた。

 

 すると今度はダークキュイの周りに、春巻きの皮が現れた。そしてその春巻きの皮も、ダークキュイに巻き付いていく。

 

「手助けありがとよっ」

 

 おでんは春巻きの方に手を置くと、ダークキュイに向けて大きくジャンプする。

 

「秘剣・大根!」

 

 おでんの串はダークキュイの頭に振り下ろされた。

 

 ダークキュイの身体はまるでおでんの大根を切るかのように、何の抵抗もなく真っ二つに切り裂かれる。

 

「他に敵は!?」

 

「……見当たりません」

 

 カフェモカは周囲を見渡し、次に皆の顔を見渡し、そう告げた。

 

「ひとまず戦闘終了かい」

 

 おでんは串を背中に差すと、呟いた。

 

「妙に強いダークキュイだったなあ……」

 

「私には圧勝したようにしか見えませんがね」

 

 おでんの言葉に、カフェモカはそう突っ込む。

 

 確かに今の戦いは、ほとんどおでんが一人で戦ったようなものだ。今まで会った中で最強のキュイ、というのも実感できる。

 

「攻撃の際の抵抗で、ダークキュイの負の厨力の強さは何となく分かるんだよ。みんな、ここからは十分警戒してくれ」

 

 おでんの言葉に、皆は頷いた。

 

「さて……それでは結界の消えた登山道を進みましょうか」

 

 カフェモカはそう声を上げる。

 

 結界に守られており、結界を解いた瞬間ダークキュイが襲ってきた。

 

 その結界の先には間違いなく、何かがある。

 

 それは誰しもが理解したであろう。登山道に向かう皆は、覚悟を決めた真剣な表情をしていた。

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