カフェモカを仲間にして、自分たちは一旦次元ハウスに戻ってきた。
次の目的地であるエゲレス島にはカフェモカのいた街からも直接向かえるが、ウィッチの転送で移動した方が早いようだ。
またカフェモカ曰く、現在のメンバーでは戦力が足らないとのことだった。次元ハウスに戻ってきた自分は、カフェモカから詳しい説明を受ける。
「ではシェフ様。僭越ですが私カフェモカが、キュイたちの性質について説明させていただきます」
「は、はい。よろしくお願いします」
思わず自分は姿勢を正してしまう。
「まずは主食です。白ご飯のように主食から生まれたキュイは耐久力があり、長時間戦うことができます。ですがその代わりに攻撃力が低く、ダークキュイと一対一で戦うと、負けはしませんが勝つこともできません」
「な、なるほど」
自分は先程の戦いで見た白ご飯のパンチを思い出す。確かにあれは傍目から見ても全く威力は無さそうだった。
「そして玉子焼きは副菜のキュイです。副菜は名前のとおり、他のキュイを引き立てる力に長けています。玉子焼きのように味方にバリアを張ったり、他のキュイの力を高めることができます。しかし自分自身で戦うことは苦手としています」
先程の戦いで見せた玉子焼きのバリアはダークキュイの攻撃をものともしていなかった。しかし確かに、あれだけではダークキュイを倒すことはできない。
「つまり……玉子焼きも白ご飯も弱くはないが、どちらも敵への攻撃力に欠けていると言うことか」
自分がそう呟くと、カフェモカは満足気に頷いた。
「そのとおりです。そして私たち飲み物のキュイは攻撃力に長けています。しかし敵からの攻撃に非常に弱く、仲間がいない状況で戦い続けることはできません」
「それは、白ご飯や玉子焼きの助けが必要になるってことか?」
自分の問いかけにカフェモカは頷いた。
「大半のキュイには得意分野と苦手分野があります。お互いの苦手分野を補うように仲間を集めることで、私たちキュイは最大限の力を発揮できます」
「……キュイの組み合わせ、か」
白ご飯に合う攻撃力の高いキュイを配置する。カフェモカを引き立てるキュイを配置する。それはどことなく料理の献立を考えるのと似ている気がした。
「さて、今の私たちに視点を戻しますと、ダークキュイに攻撃できるのが私一人というのは不都合があります。私が戦えない状況になってしまうと、それだけで次の手が打てなくなってしまいます」
「ああ……確かに、そうだ」
カフェモカがいなくなったら、それこそ先程の戦いのように何もできなくなってしまう。
「カフェモカのような飲み物のキュイを仲間に加えるべきなのか?」
そう尋ねると、カフェモカは首を横に振った。
「同じ飲み物よりも、攻撃に秀でた別のキュイを仲間に加えた方が、あらゆる局面に対応しやすいでしょう。私はデザートをお勧めします」
「デザート?」
「デザートのキュイは単体の相手への攻撃力は私たち飲み物よりも高いです。しかし、私が先程の戦いで見せたような、広範囲の攻撃を苦手としています」
カフェモカはまだ見ぬデザートのキュイについてそう説明してくれた。
「敵が少ないならデザート、多いなら飲み物の出番と言うことか」
「はい。言葉を話すダークキュイが何者かは不明ですが、もしそれが通常のダークキュイよりも凶悪な存在であれば
、私よりデザートの方が戦いに向くでしょう」
「分かった。それで……デザートを仲間にするには、とうすれば?」
そう尋ねると、カフェモカは困った顔をする。
「ダークキュイに対抗できるほど厨力を残しているデザートのキュイは、私の知る限りエウロパ大陸には残っていません。シェフ様に新しく生み出してもらうしかないでしょう」
「そうか……分かった」
デザートを作ることはできるが、それでキュイを生み出せるかどうかは分からない。しかしそれしか方法がないのであれば、やるしかないだろう。
「どんなデザートを作ればいいんだ?」
「人間界で有名な料理ほどキュイディメに多くの厨力が流れ込みますので、強いキュイになります。ただシェフ様が直接料理するのであれば、一定以上の知名度がある料理であれば何であっても強いキュイが生まれるでしょう」
「有名なデザートか……」
自分の頭の中で色々なデザートが頭を駆け巡る。
「それと、エウロパ大陸には人間界の西欧諸国の厨力が集まっていますので、西欧の料理から生まれたキュイの方が、エウロパ大陸では活躍できるでしょう」
カフェモカはそう付け加える。有名な西洋のデザート。
「分かった。早速始めよう」
考えていても仕方ない。自分は自分にできること……料理をするだけだ。
有名な西洋のデザートと聞いて、最初に思い浮かべたデザートを自分は作ることにした。
ボウルに小麦粉、卵、牛乳、砂糖を加えてかき混ぜていると玉子焼きが近寄ってきた。
「今日も玉子焼きを作るんですか?」
「いや、今日はクレープを作る」
「クレープさんですかぁ!」
クレープと聞いた玉子焼きは歓声をあげた。
「好きなのか? クレープ」
「はい! 私と材料も作り方も似ていますから、お友達です! ちなみに、玉子焼きに小麦粉や牛乳を入れる人だっているんですよ」
「そ、そうなのか」
自分は返答に困りとりあえずそう返事をした。材料や作り方が似ているキュイ同士も仲が良いと言うことか。
「私も何か手伝いましょうか?」
「……それじゃ、農園でクレープに挟むフルーツを取ってきてくれないか? イチゴ、オレンジ、バナナ、キウイとか、その辺りを何個か」
「はーい。わかりましたぁ」
玉子焼きは元気よく手をあげると、次元ハウスの外に出ていった。
次元ハウスの裏手には農園が広がっている。野菜類、果物類はそこで収穫することもできた。
そして不思議なことに、その農園で取れる野菜や果物は全てが「旬」だった。どの野菜もどの果物も、ちょうど今が一番の食べ頃になっている。
最もキュイディメに来てからは不思議なことばかりで、その程度の出来事に驚くことはなくなっていた。
「こんなものか」
クレープの生地が完成した。この後は生地をしばらく休ませることになる。
本来はこの時間にフルーツを取ってくる予定だったが、玉子焼きの手伝いのおかげで時間が空いた。
「……そうだ」
クレープの他にもう1品作ろう。確か次元ハウス内の食材保管庫にあれがあったはず。
そう思い立って自分は食材保管庫に向かった。
「お待たせしましたぁ~」
クレープの生地を焼き終えたところで、玉子焼きが農園から帰ってきた。両手にかごをかかえ、そのかごの中にはいくつもの果物が入っている。
「ありがとう。もう少しでできあがるから、みんなを呼んできてくれないか」
「はーい」
玉子焼きは相変わらず良い返事を返してくれる。
「さて……」
自分は先程焼き終えたクレープに目を向けた。残すは盛り付けだ。
クレープは何より見た目が大切なデザートだ。薄いクレープ生地を純白のクリームと色とりどりのフルーツで飾り付けていく。そう、それはまるでドレスやアクセサリーを作るような作業だ。
イチゴ、オレンジ、キウイを並べ、周囲にクリームを絞る。そして中央にバニラのアイスクリームを乗せ、仕上げにチョコレートソースを全体にかけた。
「あ……」
最後のチョコレートがかかった瞬間、そのクレープは淡く輝き出した。それは玉子焼きや白ご飯が生まれた時と同じだった。キュイが生まれる。
光は次第に強くなり、やがてその光は人の姿を形作っていく。そして、光は止まった。
「シェフさ……シェフ様。えーと……始めまして、クレープでございます」
光の中から現れた女性……クレープのキュイは、そう告げるとスカートの裾をつまみ、挨拶する。
「あ、ああ。始めまして」
自分も挨拶を返す。三度目とはいえ、自分の料理から人が生まれることには、まだ慣れていない。
クレープのキュイはまるでクレープ生地のような黄金色のスカートを履いていた。そしてスカートには本物にしか見えないフルーツがいくつも添えられている。
「これから人数分のクレープを作るところだ。作り終わったクレープを食卓に運んでくれないか?」
クレープと出会ったばかりだが、今は料理中だ。もう少しで玉子焼きたちも戻ってくるだろう。まずはともあれ、クレープを完成させよう。
「うん。……じゃない、はい。承知いたしました〜」
クレープは自分の頼みに対して、嫌な顔ひとつせず了承してくれる。他のキュイと同じように、やはり自分の言葉には素直に従ってくれるようだった。
「おいしい〜」
クレープにかぶりついた玉子焼きは、歓声をあげた。
「美しい黄金色の表面。それを彩るフルーツとクリーム。とても優雅なデザートでしょう?」
クレープは満足気な表情をすると、自身もクレープに手を伸ばす。フォークを使ってクレープの一部を口に運んだ。
「おいしい!……いえ、とても美味しゅうございます、ほほほ」
クレープは先程から言葉遣いが変だが、少なくとも自分の作ったクレープに満足しているのは表情から分かった。
玉子焼きや白ご飯もそうだったが、どうもキュイにとって自分の基となった料理を食べることは喜ばしいことのようだ。
この辺は人間には理解できない感覚だ。人間は人肉料理を出されたら間違いなく嫌悪感を抱くだろう。いや、古代の中華では歓迎されたこともあったようだが……。
それなら。自分はクレープを食べている玉子焼きたちを尻目にキッチンに戻った。そして用意していたもう一品を食卓に運ぶ。
「え〜と……カフェモカ、さん」
自分は他のキュイとは少し離れて、静かにクレープを食していたカフェモカに声をかけた。
「カフェモカを淹れてみたんだけど……どうかな」
自分はそう伝えると、カフェモカの前にコーヒーカップを置いた。強いコーヒーの香りと、そして微かなカカオの香りが辺りに漂う。
「あら。これはこれは」
カフェモカはコーヒーカップを手に取る。そして香りを楽しむかのように飲み口に鼻を近付けた。
「素晴らしい。モカの豆を使いましたね」
「あ、ああ。その……この豆が一番あなたの好みに合うかと思ったんだ」
カフェモカはエスプレッソコーヒーにミルクとチョコレート、またはココアを加えたコーヒーだ。
しかし元々モカとは豆の種類である。この豆で淹れたコーヒーはカカオの香りが強かったことから、転じてカカオを足したコーヒーをモカと呼ぶようになった。
今回淹れたコーヒーはコーヒーにミルクとチョコレートを加えた今のカフェモカだが、コーヒー豆についてはモカ産のものを使っている。
「ああ……美味しい。頭が冴え渡っていきます」
カフェモカは自分の淹れたカフェモカを口に運び、そして小さく息を吐いた。
「いや、しかしこれは困りましたね。これでは私もシェフ様の料理になってしまうではありませんか。うふふ」
右手で頬の部分を抑えつつ、カフェモカはそう呟く。笑みが浮かぶのを抑えられないといった様子だ。
ともかく、キュイに同じ料理を振舞うと喜ぶことは間違いないようだ。人間には分からないが、そういうものなのだろう。
「言葉を話すダークキュイかあ……」
カフェモカから現在の状況を聞かされたクレープは考え込む。
「それが本当の話なら、私一人増えたところで分が悪そう」
「ええ。そのとおりです、クレープ」
カフェモカはクレープの呟きに反応する。
「ダークキュイは何も考えず、ただ目に入ったキュイを襲うだけの存在でした。もし彼らが私達のように意思疎通し、協力してキュイに襲いかかってきたら……厳しい戦いになるでしょう」
カフェモカはそう言うと目を閉じた。
「なら、もっと仲間を増やした方がいいのか?」
「そうですね。ただ、敵の姿を知る前に闇雲に対策しても仕方ありません。まずは今いるメンバーで、そのダークキュイの正体を掴みましょう」
「う〜ん……」
カフェモカの答えに、クレープは納得しきれないような表情を浮かべた。
「そうですね。クレープの不安も分からないではありません。エゲレスに向かう前に、シャンパーニュに寄りましょうか」
「……そうだね! それがいいよ」
シャンパーニュという単語を聞いて、クレープの顔が明るくなった。
「シャンパーニュと言うのは……フランスの?」
「ええ、フランス北部のシャンパーニュ地方のことです。シャンパーニュにはエウロパ大陸でも一二を争う力を持ったキュイがいます。彼女に力を貸してもらいましょう」
カフェモカはそう説明する。シャンパーニュ地方のキュイと聞いて、自分の脳裏にはひとつの料理しか浮かばなかった。
「それでは皆を集めましょう。次の目的地はシャンパーニュです」
すっかりリーダーとなったカフェモカが、そう号令した。