料理次元−キュイジーヌディメンション−   作:濡れせんべい

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エウロパ04区−パルマハム−

 エゲレス島。

 

 言葉を話すダークキュイを追ってこの島にやってきた自分は、なぜか今こうして玉子チャーハンを作っていた。

 

「……よし」 

 

 大型の中華鍋を振るうのは久しぶりだったが、どうにか4人前のチャーハンを一度に作ることができた。

 

 出来たてのチャーハンを皿に盛り、キュイたちが待っている部屋に料理を運ぶ。

 

「お待たせ。玉子チャーハンだ」

 

「わあ……!」

 

 目の前に置かれたチャーハンを見て、真っ先に歓声を上げたのは白ご飯だ。

 

 白ご飯はエゲレス島での戦いでのダメージが大きく、服のあちこちが破れ、素肌が見えてしまっている。

 

「いただきます!」

 

 白ご飯はれんげでチャーハンをすくい、それを口に運ぶ。

 

「美味しいです〜」 

 

 二口、三口。チャーハンを食べるごとに、白ご飯の身体がほのかに光り始めた。

 

 すると白ご飯の戦いで受けた傷が段々と治っていく。身体の傷だけではない、破れてしまった服まで元に戻っていった。

 

 キュイは料理を食べるとダークキュイから受けたダメージを回復できる。

 

 そのことは既に聞いていたが、実際にそれを目の当たりにするのは何とも不思議な感覚だった。

 

「ねえシェフ。私のごはんは?」

 

 戦闘に参加せず全くダメージを受けていないウィッチが、そう尋ねてくる。

 

「……今から作るよ」

 

 自分は調理場に戻ることにした。

 

 中華料理店の調理場を使うことができたので、一度に大量のチャーハンを作ることはできた。

 

 とは言えそれでも自分の腕では4人前が限界だ。ウィッチと自分の分は元々後から作るつもりだった。

 

 それに、あの様子だとキュイたちのおかわりも用意した方が良さそうだ。もう一度4人前のチャーハンを作ることにしよう。

 

「そう言えば、自分がここで料理をしてもキュイが生まれることはあるのか?」

 

 手持ち無沙汰で調理場までついてきたウィッチに、自分はそう尋ねる。

 

「次元ハウスのように厨力が集中している場所じゃないと無理だと思うよ。絶対に無理とは言い切れないけど〜」

 

「……そうか」

 

 自分はウィッチの答えに頷き、少し考えてからまた質問する。

 

「今作ったチャーハンは、ご飯は次元ハウスで炊いたものを使っているが、それでも結論は同じか?」

 

「う〜ん。その程度じゃ無理かな。調理の大半を次元ハウスでして、最後の仕上げだけを別の場所ですれば、キュイが生まれるかもしれない」

 

 ウィッチは悩みながらもそう答える。

 

「それがどうかしたの?」

 

「ああ、いや。素朴な疑問を持っただけだ」

 

 今の質問に自分自身深い考えがあったわけではない。

 

 ただ、エゲレス島に入ってからのダークキュイとの戦いは激しいものだった。

 

 自分にも何かできることはないか。それを今までよりも強く考えるようになった。今の疑問も、自分にできることを確認するための質問だ。

 

「……さて」

 

 食材の準備が終わる。料理をしている間は雑念を払い料理に集中しよう。それが今現在の自分にできる、唯一のことだった。

 

 

 

 食事の時間が終わり、少しゆったりとした時間が流れる。しかしエゲレス島に来た目的を考えると食後の休憩をしている場合ではなかった。

 

「さて、それでは状況を整理しましょうか」

 

 すっかりキュイたちのリーダーとなったカフェモカが、休憩時間の終わりを告げる。

 

「エゲレス島のコーンウォールに転送した私達ですが、転送直後から多数のダークキュイに襲われました」

 

「大変でしたぁ……」

 

 玉子焼きがぽつりと呟く。

 

 玉子焼きは身体へのダメージは少なかったものの、戦いが終わった後にはその場に倒れ込むほどだった。玉子焼きのバリアは相当な力を使うものなのだろう。

 

「エゲレス島とは言え、これほど大量のダークキュイがいるのは明らかに異常です。この場所で何かが起きていていることは間違いないでしょう」

 

「そして、シャンパンさんがまだこの場所に訪れていないこともわかりますね……」

 

 白ご飯がそう付け加えると、カフェモカは頷いた。

 

「シャンパンが先に到着していれば一帯のダークキュイはすべて倒されていたでしょうからね」

 

「その……シャンパンさんは、そこまで強いのか?」

 

 自分はそんな疑問を投げかけた。

 

「先程私たちが戦った程度のダークキュイの集団なら、無傷で倒してしまうでしょうね。強さのレベルが違います」

 

「ふえ……」

 

 カフェモカの答えを聞いて玉子焼きが変な声を漏らす。とは言え、自分も驚きのあまり声を上げそうになった。

 

「それほどなのか……」

 

「ただしシャンパンは私と同じ飲み物のキュイなので、単体の敵と戦うのを苦手としています。もし言葉を話すダークキュイが、戦闘能力も他のダークキュイより飛び抜けて高かった場合は……シャンパンと言えど、遅れを取るかもしれません」

 

 カフェモカのその言葉のあと、沈黙が流れた。

 

「ま、まあ相手が一人なら、デザートの私が倒してやるよ!」

 

 皆の重い雰囲気を吹き飛ばすためか、はたまた自分の不安を振り払うためか、クレープは大声でそう宣言した。

 

「ともかく、シャンパンとの合流を優先しましょう。この場所からエウロパ大陸方面に向かえば、途中でシャンパンの一向とすれ違えるはずです」

 

 カフェモカのその方針に、異論を唱えるものはいなかった。

 

 

 

 人気のないコーンウォールの市街地を出て、自分たちはエウロパ大陸に繋がる広大な草原に足を踏み入れた。

 

「エゲレス島には普通のキュイは住んでいないのか?」

 

 自分はそんな疑問を投げかける。

 

「いなくはない。でも、ダークキュイの多いこの地であえて暮らそうとするキュイはあまりいないかな。この地が故郷のイギリス料理のキュイくらいだと思う」

 

「故郷……」

 

 その単語には聞き覚えがあった。そう、言葉を話すダークキュイは、故郷のエゲレスに向かうと言っていたそうだ。

 

 それはつまり、言葉を話すダークキュイはイギリス料理のキュイだと言うことにならないだろうか?

 

 イギリス料理……空を見上げる……。

 

「皆さんっ! 下がってくださいっ!」

 

 突然白ご飯が大きく顔を上げた。

 

 顔を上げると、自分たちの前に一体のダークキュイが立っている。普通のダークキュイの姿形ではあるが、普通のダークキュイよりもひと回りサイズが大きい。

 

「玉子焼きっ! バリアを!」

 

 カフェモカがそう指示するとほぼ同時に、ダークキュイは自身の頭から生えている、髪のような触手を素早く動かした。

 

「ぐっ……」

 

 その触手の先端は目では追えない速度で、白ご飯の腹部にぶつけられた。その一撃で、白ご飯はその場に倒れ込む。

 

「『夢境』っ!」

 

 玉子焼きのバリアが自分たちの周囲を包む。そのバリアが張られた直後、追撃の触手が白ご飯に向かって飛んできた。

 

 バリアが間に合い、次の触手は白ご飯の身体に当たる前に、バリアに阻まれた。

 

「このやろうっ!」

 

 クレープは激昂して、厨力を溜め始める。敵のダークキュイに攻撃するつもりなのだろう。

 

「クレープ! 止めろっ!」

 

 思わず自分はそう叫んでいた。

 

 クレープの必殺技はもう何回もこの目で見てきた。玉子焼きのバリアもだ。

 

 今のままではクレープの必殺技の溜めが終わるより先に、玉子焼きのバリアが消えてしまう。

 

 そうなった時、バリアなしで敵の触手攻撃に耐えられるキュイがこちらにはいなかった。一番耐久力のある、白ご飯が倒れてしまったのだから。

 

「シェフ様の言うとおりです! クレープ、白ご飯を連れて下がりましょう!」

 

 カフェモカも自分の言葉に賛同してクレープに指示する。

 

「分かった!」

 

 クレープは溜めていた厨力を開放する。そして倒れている白ご飯に近寄り、抱え起こした。

 

「す、すいません……大丈夫です……」

 

 白ご飯はゆっくりと立ち上がる。かなりのダメージを受けているようだが、一人で立つことはできるようだった。

 

「バリアがそろそろ限界ですぅ!」

 

 玉子焼きの悲痛な叫びが聞こえる。

 

「距離を取りましょう! 後方に!」

 

 カフェモカが交代を指示する。まずはクレープが白ご飯を支えながら後ろに下がっていった。

 

「玉子焼きっ! 今から3数えます! 数え終わると同時にバリアを解いて後方に下がってください!」

 

「は、はいぃ!」

 

「3! 2! 1! 今です!」

 

 カフェモカのカウントダウンが終わると同時にバリアが解ける。

 

「目くらまし程度にしかならないでしょうがね……『モカアサルト』っ」

 

 カフェモカはダークキュイに向けてコーヒーを撒き散らす。そのコーヒーはダークキュイに当たると同時に、爆発を引き起こした。

 

「シェフ様、ウィッチ。下がりますよっ」

 

「あ、ああ!」

 

 カフェモカに合わせ、自分たちもダークキュイに背を向け走り出した。

 

 走りつつ、後方の様子を確認する。カフェモカの言葉どおり、カフェモカの攻撃はダークキュイの足を多少止めることはできたが、それ以上ではない。

 

 少しの間を空けて、ダークキュイは何事も無かったかのようにこちらを追いかけてきた。

 

「巨体であれば足は遅いかと思いましたがね……!」

 

 カフェモカは顔をしかめた。こちらも全力で走っているが、敵のダークキュイとの差は開かない。走る速度はほぼ同じに見える。

 

 同じであれば逃げ切ることもできるが……それは全員が全力で走れる場合だけだ。

 

 心配したとおり、数分走ると先に逃げたクレープと白ご飯、玉子焼きの姿が確認できてしまう。

 

「敵はっ!?」

 

「追ってきている!」

 

 クレープの問いに自分は答える。

 

「逃げることはできません! クレープ、スキルの準備を!」

 

「わ、分かった!」

 

 クレープは不安な表情を浮かべたまま、再び厨力を集め始める。

 

 多少距離を取ったが、敵のダークキュイがこちらに向かって来るまで1分もないだろう。

 

 そこまでにクレープの溜めが終わるのか。また、終わったとしてもそのクレープの攻撃で相手が倒せるのか。

 

 不安はあったが、かと言ってそれ以外の方法は考えつかない。

 

「来た……!」

 

 敵のダークキュイの姿が見える。触手を振り回し、明らかに臨戦態勢といった雰囲気だ。

 

「私のバリアはまだ使えません〜!」

 

 玉子焼きが怯えた声を上げる。今までの戦闘を見ている限り、玉子焼きのバリアは2〜3分に一度しか使えない。

 

 再びバリアを張れるようになる前に敵の攻撃がこちらに届いてしまうだろう。

 

 敵の姿が目前に迫ったその時、クレープが声を上げる。

 

「いけるっ! 『糖分の代価』っ!」

 

 クレープの声と同時に、ダークキュイの周囲にいくつものフルーツが浮かび上がった。そしてそのフルーツは光に転じ、ダークキュイの身体を次々に貫いていく。

 

「やったか……!?」

 

 自分を含めた全員がその攻撃の行く末を見守った。

 

 クレープの攻撃によりダークキュイの身体からは大量の黒い霧が放出される。ダークキュイの身体を構成している歪んだ厨力が崩れている証拠だ。

 

 攻撃が終わる。ダークキュイの身体にはいくつもの穴が開き、左腕は完全に消失していた。

 

 倒した。そう思った瞬間、ダークキュイの触手が突然動き出した。

 

「『夢境』っ!」

 

 玉子焼きは咄嗟にバリアを張る。それは玉子焼きの好判断だった。敵の触手がクレープの身体を貫く寸前で、バリアがクレープの身体を包んだ。

 

「そ、そんな……」

 

 クレープはその場にぺたりと座り込む。

 

「ギュイイイイ!」

 

 ダークキュイは叫び声を上げつつ、見境なくこちらを触手で攻撃してくる。

 

 ダメージが大きいことに間違いはないだろうが、明らかに敵はまだ戦意を失ってはいなかった。

 

「ど、どうしましょう〜!」

 

 玉子焼きはこの日何回目になるか分からない悲痛な声を上げた。

 

「クレープ! もう一度スキルを!」

 

 カフェモカはそう叫ぶ。しかし、今からクレープが厨力を溜めても、玉子焼きのバリアが切れる前に攻撃することはできない。

 

 そもそも、クレープ自身が敵を倒せなかったショックからか、半分放心状態になっていた。

 

 敵もダメージを受けている。白ご飯の状態次第ではどうにか逃げ切れるかもしれなかった。

 

 クレープの傍らに座り込んでいた白ご飯の様子を伺うと、白ご飯はゆっくりと立ち上がった。

 

「私が……もう一度敵の攻撃を受けます……!」

 

「な、なにを……!」

 

 自分は思わず白ご飯に駆け寄っていた。

 

「立つのがやっとじゃないか!」

 

「敵の攻撃を受け止めるのが……私の役割です……!」

 

 白ご飯は自分が止めても全く引く気は無いようだった。

 

 しかし、クレープがまだ攻撃体制に入っていない以上、敵の攻撃を受け止めても何にもならない。

 

 無理矢理にでも止めるしかない。自分が白ご飯の肩に手を伸ばすと……自分より先に、何者かの手が白ご飯の肩に触れた。

 

「大丈夫。後は私に任せなさい」

 

 気付くと白ご飯の前に一人の女性が立っていた。

 

 赤ぶちの眼鏡と頭にまとった白いベールが印象的な女性だった。

 

 ハムのような赤い布地、野菜のような緑の布地を服の上に巻いていることから、何かのキュイであることは自分にも想像はつく。

 

「あっ……危ないですぅ!」

 

 玉子焼きのバリアは、仲間ではないその女性を守ってはいない。

 

 ダークキュイはそれを知ってか知らずか、二本の触手を両方ともメガネの女性に向ける。

 

 触手は二本とも眼鏡の女性の腹部にぶつけられた。

 

 ドンッと強い衝撃音が響く。しかし、眼鏡の女性は微動だにしなかった。

 

「この程度の攻撃で……私は引かん!」

 

 眼鏡の女性は触手を振り払い、ダークキュイを睨みつける。

 

「ギュ……」

 

 ダークキュイは小さく声を上げる。

 

 ダークキュイには顔はあるが表情はない。しかし、攻撃を防がれたことについて、少なからず動揺している様子は見て取れた。

 

「クレープ! 今の内に攻撃を!」

 

 新しい状況にいち早く対応したカフェモカがそう告げる。

 

「必要ない。……ハム!」

 

 眼鏡の女性はカフェモカの指示を止めると、ハム、と声を上げた。

 

「いっくよ〜!」

 

 大きな声がダークキュイの方向から聞こえる。気付くと、ダークキュイの後ろにいつの間にかもう一人の女性が走り寄っていた。

 

「『ハムコンボ』!」

 

 ニットの上にエプロンを付けているその女性は、手に持っている何か……おそらくはハムの塊で、ダークキュイに殴りかかった。

 

 1回、2回。一撃を加えるごとにダークキュイの身体は黒い霧へと姿を変えていく。

 

「ラストっ」

 

 ハムを持った女性が5回目の攻撃をダークキュイに加えると、ダークキュイはその身体の全てを黒い霧に変え、その場から消失した。

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