「パニーニ、パルマハム。助かりました」
自分たちの危機を救ってくれた2人のキュイに、カフェモカは声をかけた。
ハムを持っているキュイがパルマハムなのだろう。そうなると、眼鏡をかけたキュイがパニーニと言うことになる。
確かに眼鏡のキュイの服装は、パンに野菜やハムを挟んでいるような雰囲気があった。
「構わない。それより、怪我はない?」
「あっ……」
パニーニにそう言われるまで、自分は白ご飯のことを失念していた。
「白ご飯……大丈夫か」
自分は座り込んでいる白ご飯に駆け寄る。
「は、はいぃ……」
白ご飯は頷いて見せるが、明らかにダメージは大きそうだ。
「厨力の大半が失われてる……早くご飯を食べさせた方がいいよ〜」
ウィッチがそう提案する。
「ここから街に戻るまで1時間はかかるが……」
「街ならここから歩いて数分のところにもあるよ」
遠目でこちらの様子を見ていたパルマハムがそう告げる。
「そうか。じゃあ申し訳ないけれど……案内してくれるか、パニーニさん、パルマハムさん」
「もちろん」
こちらのお願いにパルマハムは快く返事を返してくれる。
「ほら、じゃあ白ご飯、背中に乗って」
自分はその場に屈むと白ご飯に背中を向ける。
「え、わ、悪いです……」
「皆を守って怪我をしたんだ。遠慮する必要なんてない。ほら」
「は、はい……」
白ご飯は遠慮がちに自分の背中に乗った。
見た目どおり、白ご飯の身体は軽い。この小さな身体で皆を守ったのだから、本当に遠慮する必要はなかった。
「シェフさんの背中……あったかいです……」
白ご飯がそう小さく呟く。それと同時に、少し背中の重みが増した。少しはリラックスしてくれたようだ。
「それでは、出発しましょう」
パニーニとパルマハムを先頭にして、自分たちは歩き出した。
「ここに来る前にシャンパーニュに寄って、シーザーサラダから大体の事情は聞きました」
前を歩くパニーニたちにカフェモカは声をかける。
「シャンパンはどうしたのですか?」
「今向かっている街で休息を取っている。その街には想像を絶する量のダークキュイがいたのよ」
「想像を絶する……?」
「……数百くらいだったかしら。幸い先程のような大型のダークキュイは少なかったから、シャンパンのスキルで一網打尽にしたけれど、シャンパンはかなりの厨力を使ったはず」
パニーニはそう説明する。
「それでシャンパンの厨力が回復するまで、私たちが周囲を偵察していたってわけ」
パルマハムがパニーニの説明にそう付け加えた。
「それで、あなたたちはなんでこんな所にいるの?」
パルマハムは質問に答えると、今度は逆に質問を返してきた。
「あなた方と同じ理由ですよ。自分の街を襲った不可思議なダークキュイを追いかけているだけです」
「そっか……シャンパーニュ以外も襲われたんだ……」
カフェモカの説明を聞いて、パルマハムの表情は曇った。
「あなたたちは今回現れたダークキュイについて、どの程度の情報を得ている?」
続いてパニーニが質問してくる。
「言葉を話すこと、エゲレス島が目的地らしいことしか知りませんね。あなた方と似た情報しかありません」
カフェモカはそう答えると、お手上げと言った仕草を見せた。
少し間を置いて、パニーニはこちらを振り向く。
「ところで後ろの方々は、ウィッチと……シェフ。そしてシェフが生み出した新たなキュイ……で良いかしら?」
「あ、ああ。そのとおりだ」
全てを見透かしたようなパニーニの質問に自分は狼狽える。
「ウィッチが人間界からシェフを召喚して、新たなキュイを生み出そうと計画していたことは知っている。そして今、ウィッチの傍らに人間と見知らぬキュイがいる。そこから想像しただけよ」
パニーニはこちらの表情を伺って、そう説明してくれる。
「パニーニだ。よろしく」
そして改めて、自分たちに向けて名を名乗った。
「た、玉子焼きですぅ。よろしくお願いしますっ」
「……クレープです。よろしく」
玉子焼きは普段どおり少し慌てた様子で、クレープはいつもとは裏腹に元気のない声で、それぞれ名乗り返した。
「白ご飯です……さ、先程はありがとうございました……」
最後に背中の上の白ご飯が、かすれた声でお礼を言う。
「白ご飯。あなたは主食としての役割を立派に果たした。名誉の負傷です。しばらくはゆっくり休みなさい」
「は、はい……」
意図せずねぎらいの言葉をかけられて、白ご飯は少し戸惑ったような返事を返す。
「白ご飯はよく頑張ったよ」
本来ねぎらうべき立場なのはこちら側だ。それを思い出して、自分もまた白ご飯にそう声をかけた。
「……頑張って、少し疲れちゃいました」
白ご飯はそう言うと自分の背中に顔を押しつける。
「硬い背中で申し訳ないが、ゆっくり休んでくれ」
自分は白ご飯にそう伝える。それから少しすると、小さな寝息が聞こえ始めた。
パニーニたちに案内されて到着した港町。
この街の酒場で、自分はついにシャンパンに対面した。
人づての話を聞く限りでは屈強な戦士に思えたシャンパンは、しかし実際に対面してみると、背は高いが華奢な女性だった。
つばの広い帽子や腰に巻いた白いマントは、騎士と言うよりもむしろ貴族を連想させる。
しかし、雰囲気と言うか、上手く言葉にできないが強者が持っている凄みのようなものは自分にも感じられた。
「シェフ殿たちと私たちの目的が同じであるなら……カフェモカの言うとおり、手を組むべきだな」
シャンパンはこちらの状況を聞いて、そう答えた。
「パニーニ、パルマハム。異論はないか?」
そして傍らに控える自分の仲間にそう尋ねる。
「私はシャンパンの決定に従います」
「仲間は大いに越したことはないね」
パニーニもパルマハムも、シャンパンの判断に同意した。
「助かります。これだけの戦力が揃えば、言葉を話すダークキュイがどれほどの力を持っていようと、勝利は固いでしょう」
カフェモカがそう告げると、シャンパンの顔が少し曇った。
「そうであればいいがな……」
「何か問題が?」
「私は件のダークキュイと対面し、攻撃を受けている。……あのダークキュイは、少なくとも私よりは強い。対面してそれだけは分かった」
「……なんと」
カフェモカは絶句する。パニーニもパルマハムもその話は初めて聞いたのだろう、目を見開いて驚いていた。
「幸い、敵意は強くないように見えた。戦って、倒せれば問題はないが……勝てない場合は、引くことも考えるべきだ」
「……肝に銘じておきましょう」
シャンパンの言葉に、カフェモカはそう答える。そしてしばらく沈黙が続いた。
「真剣な話の中申し訳ないが」
空気を変えようと、自分は口を開いた。
「仲間のキュイが一人怪我をしている。今から彼女のために料理を作りたいが、構わないか?」
「ああ、もちろん、構わない」
シャンパンは自分の問いに頷いてくれる。
「……あなた方の分も一緒に作ってもいいだろうか」
「それは願ってもないことだ。こちらからお願いする」
そう言うと、シャンパンは頭を下げた。
キュイは自分と同じ料理を作ると喜ぶ。
とは言え肉の塊からハムを作っている時間的余裕はない。シャンパンに至っては尚更不可能だ。
少し考えて、自分はロゼのシャンパンを使った牛肉煮込みを作ることにした。要するに、シャンパンを使ったブフ・ブルギニヨンだ。
そして付け合わせにハムとパンのクルトンを乗せたシーザーサラダ。
シャンパンの仲間で、今この場にいないキュイたち。
それを今ここにいるキュイの食材で再現するというテーマだ。
その試みは想像以上に上手く行ったようだ。
シャンパンもパニーニもパルマハムも、まるで自分の料理を食べたときのキュイと同じように、喜びを隠しきれない表情をしていたからだ。
自分は胸を撫で下ろす。しかし、それとは別に新たな問題が起こっていた。
「どこに行ったんだ……」
食事中のキュイたちを尻目に、自分は酒場の扉を開け外に出る。
夕食の時間なのに、クレープの姿が見当たらないのだ。
ウィッチの話によると、自分が料理をしている間にふらりと酒場の外に出ていったらしい。
この街に来る前からクレープの様子は少しおかしかった。様子がおかしくなったのはあの巨大なダークキュイとの戦いからだ。
おそらく、ダークキュイを一撃で倒せなかったことにショックを受けてしまったのだろう。
そのことは自分も感づいてはいたが、怪我をした白ご飯にかかりきりでクレープのことまで気にしてやれなかった。
本来は白ご飯をねぎらうと同時に、クレープのフォローもしてやらなければいけなかったのだ。
「下手糞だなっ……」
自分の生み出したキュイたちの面倒を上手く見てやれない自分自身への苛立ちが募る。
数分ほど周囲を探すと、小さな噴水の傍らのベンチに腰掛けているクレープの姿が目に入った。
「クレープ……」
自分が声をかけても、クレープは顔を上げない。
それ以上の言葉が出て来ず、自分もひとまずクレープの隣に座った。
「やっぱり……私はだめなんだ」
クレープは顔を下げたまま、呟いた。
「あれは、敵が強かっただけだ……クレープの責任じゃ、ない」
自分がそう伝えるとクレープは首を振った。
「違う、そうじゃない……私が、だめなだけなんだ……」
クレープから鼻をすする音が聞こえる。
「クレープって元々は庶民のおやつだったんだ。でもある日お姫さまの目に止まって、優雅で気品のある宮廷料理に生まれ変わったんだ」
クレープは自身の料理の成り立ちを話し始める。
「でも、やっぱりクレープは優雅な高級デザートにはなれなかったんだよ。シェフも日本の人だから知ってるでしょ? 今のクレープはまるでファストフードみたいに売られて、庶民のおやつに戻っちゃった」
「ああ……」
屋台形式のクレープ屋は街のあちこちで見かける。それが高級料理かと言われたら、間違いなくそうではない。
「立派な料理から生まれた優雅で強いデザート。そうなれるように振る舞ってきたけど、やっぱりうまくいかなかった。所詮私はクレープ……力のない、庶民のおやつなんだよ……」
クレープの話は途中から涙声になっていた。
「……クレープ。顔を上げろ」
自分に何が言えるのかは分からない。しかし今のクレープの言葉は、料理人として見過ごせる内容ではなかった。
「庶民のおやつで何が悪いんだ」
「え……」
「確かに、一流の料理人が手間ひまかけて作る高級料理と比べると、庶民料理は出来の悪いものが多いだろう。でも、高級料理と同じように、愛を込めて作られる庶民料理だってあるはずだ」
そこまで話して、自分はひと呼吸置く。
「自分は高級料理を作るときと何ら変わらない気持ちを込めてお前を……クレープを作った。それは断言できる」
「……わかってる。わかってるよ。シェフが大切にクレープを作ってくれたから、私は生まれたんだ。……だからシェフのクレープの名に恥じないように、立派なキュイになりたかったんだ」
クレープはうつむいたまま、そう答える。
「クレープは高級料理のように美しく振る舞うこともできる。それでいて、庶民にとっても親しみのあるデザートだ。高級料理にも庶民料理にもなれる。それは欠点なんかじゃない。それがクレープの魅力なんだよ」
「シェフ……」
「だから……あまり自分のことを悪く言わないでくれ。クレープを好きなみんなが悲しむ」
最後のその言葉が、一番クレープに伝えたいことだった。
料理人は自分の作った料理を否定してはいけない。それは材料となった食材にも、料理を食べてくれる人にも失礼だからだ。
それが自分の持論だった。だからこそ、自分の生み出したキュイにも同じ気持ちを持ってほしかった。
「……うん。ごめん、もう言わない」
クレープは少し間を置いて、小さな声でつぶやく。そしてゆっくり顔を上げた。
自分の今の話がクレープの心をどの程度楽にしたかは分からない。ただ、クレープの表情は先程よりは落ち着きを取り戻していた。
と、その横顔が段々とこちらに傾いてくる。
「少しだけ、こうしていていいかな?」
自分の肩にクレープは頭を乗せてくる。ほとんど重みは感じられない。
「……ああ」
それでクレープの心が落ち着くのであれば、自分に断る理由はなかった。