料理次元−キュイジーヌディメンション−   作:濡れせんべい

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エウロパ06区−D・スターゲイジーパイ−

 クレープとの会話の後、数十分は過ぎただろうか。周囲はすっかり暗くなり、クレープは隣で微かな寝息を立てている。

 

 何の気なしに空を見上げると、いくつもの星が瞬いていた。

 

(星を見上げる……か)

 

 星空を見上げて、自分は言葉を話すダークキュイのことを思い出す。

 

 キュイディメに来て何度かダークキュイと遭遇しているが、彼らは言葉が話せない以前に、まともな感情を持ち合わせていないように思えた。

 

 例えば動物は言葉を話せないが動きから感情を推し量ることはできる。しかしダークキュイの動きからは、全く感情を見い出せないのだ。

 

 だからこそ、ダークキュイをキュイたちが倒し、消滅させている光景を見ても、自分の心はさほど傷まなかった。

 

 しかし、感情を持ち、それを言葉で表現できるダークキュイがいたら。そしてそのダークキュイとキュイたちが戦ったら。それはもはや人間同士の殺し合いと大差ないのではないか。

 

 自分は星空から視線を外し、横で寝息を立てているクレープの顔を見る。

 

(そんな戦いをさせたくはないんだが……)

 

 自分は小さくため息をついた。自分に戦える力がないのが何とももどかしい。

 

「……シェフ」

 

 その時、突然クレープが目を開けた。

 

「どうした?」

 

 クレープの表情は強張っていた。普段と違うその表情を

見て、自分にも嫌な予感が走る。

 

「負の厨力を感じた。あっちの方に……ダークキュイがいるかもしれない」

 

 クレープは右手に伸びている大通りの先を指し示した。

 

「……分かるのか?」

 

「ダークキュイから漏れ出る厨力はわずかだから、普通は分からないよ。それなのに……感じられる」

 

 クレープは不安そうな表情でそう呟いた。

 

「行ってみましょう」

 

 十数秒ほど間を開けて、クレープは立ち上がった。

 

「いや、待てクレープ。先にみんなと合流しよう」

 

 自分はそう言うと、他のキュイたちが休んでいる酒場の方向に目をやった。

 

 するとこちらから呼びに行くまでもなく、こちらに向けて走ってくる皆の姿が見える。

 

「シェフ様、クレープ。無事ですか?」

 

「ああ」

 

 カフェモカの問いに自分は頷いてみせる。

 

「こんなに強い厨力は……感じたことがないよ〜」

 

 ウィッチの声も珍しく震えていた。

 

「言葉を話すダークキュイが現れたのか?」

 

「……シャンパーニュに現れた時はここまでの厨力は発していなかった。しかし、これほどの厨力を生み出せる存在に、他に心当たりがないのも確かだ」

 

 自分の質問に、シャンパンはそう答える。

 

「ともかく、様子を見に行くしかないでしょ」

 

「……そうね。細心の注意を払って、向かいましょう」

 

 パルマハムの提案にパニーニは頷くと、先頭を切って歩き出す。

 

 

 

 右手の大通りを進むと、その先は大きく開けた広場だった。正面には波止場、さらにその先には何隻もの船が見える。

 

 そして、その広場の中央に、一人のキュイの姿が見えた。

 

「奴だ……!」

 

 その姿を見てシャンパンは声を上げる。

 

「あれが……言葉を話すダークキュイ、か」

 

 自分も始めてそのダークキュイに邂逅する。

 

 長いグレーの髪、セーラー服、周囲に浮かぶ魚の骨。その姿はシーザーサラダが話してくれた外見の特徴と一致していた。

 

 そしてその姿を見て、自分の心に浮かんでいたいくつものピースがかちりと嵌まる。

 

「スターゲイジーパイ……?」

 

 自分はその料理名を思わず口に出していた。

 

「……なんだって?」

 

 シャンパンたちが声を上げた自分の方に振り向く。

 

 それが決定的な隙となってしまった。皆が振り向いた瞬間、ダークキュイから紫色の光がこちらに向けて発せられたからだ。

 

 紫色の光はいくつかの塊になって、まるで弾丸のように高速でこちらに飛んでくる。

 

「……!」

 

 声を上げる間もなく、自分たちはその光にぶつかる。そして、自分以外の全員が、強い衝撃音とともに後ろに吹き飛んだ。

 

「えっ……」

 

 突然の出来事に自分の頭は真っ白になる。

 

 少しして、人間である自分はキュイの攻撃の影響を受けないことを思い出し、そして自分以外の皆はあのダークキュイの攻撃を受けたことに気付いた。

 

「みんな……」

 

 自分は皆が吹き飛ばされた方を向こうとして、しかし思い留まった。攻撃を仕掛けてきたダークキュイが、こちらに歩いてきたからだ。

 

「私の……名前を……呼んだ……?」

 

 そのダークキュイは、辿々しい声でそう話しかけてくる。

 

「……スターゲイジーパイ。じゃないのか?」

 

 改めて先程の料理名を告げると、ダークキュイの瞳が輝く。

 

「すごい……!」

 

 その反応を見るに、自分の想像は正しかったようだ。

 

 スターゲイジーパイはここ、コーンウォール地方の郷土料理で、魚……ニシンを入れたパイだ。星を見上げるかのように、ニシンの頭を空に向けて飾り付けるのが特徴である。

 

 イギリス料理、魚、空を見上げる。そのキーワードから答えを導き出すことは、この料理を知っていれば難しくはなかった。

 

「あなたは……シェフ?」

 

 ダークキュイ……いや、スターゲイジーパイは自分にそう尋ねてくる。

 

「……そうだ」

 

「運命的……! 一緒に星空を見上げましょう……!」

 

 スターゲイジーパイはそう言うと、自分の腕を引っ張る。

 

「ちょ、ちょっと待て……!」

 

 自分は抵抗するが、スターゲイジーパイの力はかなり強い。段々と彼女の方に引きずられていく。

 

 その時、スターゲイジーパイの周囲にいくつものフルーツが現れた。

 

「シェフから離れろっ……! このクソ野郎っ!」

 

 その声と同時にフルーツは色とりどりの光に姿を変え、スターゲイジーパイの身体を貫いていく。

 

「……痛い」

 

 スターゲイジーパイはそう声を上げたが、身体にはあまりダメージを受けていないようだった。

 

 彼女は自分から手を離すと両手を胸のあたりに持っていく。そして身体全体から紫色の光が溢れ出した。

 

「玉子焼きっ!」

 

 カフェモカの声が飛ぶ。

 

「はいっ!」

 

 紫色の光が周囲に放たれると同時に、玉子焼きの黄色いバリアの膜が自分を包み込んだ。

 

 自分は元よりダークキュイの攻撃を受けない。他の皆の様子を確認しようと後ろを振り向くと、どうやら今回の攻撃は玉子焼きのバリアで防げたようだ。

 

「邪魔……」

 

 自分の攻撃が防がれたのを見て、スターゲイジーパイは何かを指し示すかのようにこちらに向けて指をさす。

 

 すると周囲を飛び交っていた骨の魚が向きを揃え、一斉にこちらへと向かってきた。

 

「今度は私の出番かなっ」

 

 パルマハムはその言葉と同時に自分の横をすり抜け、先頭に立った。

 

 パルマハムと魚の一群がすれ違う。 

 

「『ハムコンボ』っと!」

 

 パルマハムは右手に持ったハムを振り回す。それは適当なようでいて、的確に魚を撃ち落としていった。

 

 ハムを振るごと、魚を落とすごとにパルマハムの動きは加速していく。

 

 そして魚を全て落としたパルマハムは、そのままの勢いでスターゲイジーパイに向かっていった。

 

「最後の全力スイングっ!」

 

 パルマハムはハムを両手で持ち、全身を使ってそれを振り回す。そしてスターゲイジーパイの腹部にそれを激突させた。

 

「……っ!」

 

 直撃を受けたスターゲイジーパイの身体は吹っ飛ぶ。比喩表現ではなく、本当に5メートルほどは吹っ飛んだだろう。

 

「パルマハム! 深追いするな!」

 

 吹っ飛んだスターゲイジーパイにさらなる追撃を加えようとしていたパルマハムを、シャンパンが止める。

 

「りょーかい」

 

 あっさりとパルマハムは歩みを止める。

 

 吹き飛んだスターゲイジーパイは、しかしさしたるダメージもないようですぐに立ち上がった。

 

 すると、スターゲイジーパイの身体から黒い霧のようなものが立ち昇っていく。

 

 その黒い霧はこちらには向かってこない。スターゲイジーパイの周囲に段々と広がっていく。

 

 その黒い霧はまるで人型を作るように集まっていった。

 

 そして、霧が消えた後、その場には数十匹のダークキュイの姿が現れた。

 

「ダークキュイを生み出しただと……!?」

 

 シャンパンは信じられないと言った表情で叫ぶ。

 

「……全く、全てにおいて常識外れのダークキュイですねえ」

 

 カフェモカは両手を上げる仕草をしたあと、手に持ったパイプをくるりと回す。

 

「前向きに考えましょう。相手の膨大な厨力が分散してくれて、私やシャンパンは戦いやすくなりました」

 

「……そうだな!」

 

 シャンパンは手に持っていた瓶を激しく何回かに振る。そして瓶の口を敵の一団に向けた。

 

「『勝利の酒』っ!」

 

 シャンパンが叫ぶと同時に、瓶の口から薄い黄色の光が放たれた。

 

 その、まさにシャンパンゴールドのようなきらめきを持った光は放射状に広がり、敵の一団を丸ごと飲み込む。

 

 そして敵に当たったその光は、炭酸の気泡が弾けるように次々と破裂していく。

 

 破裂音が静まったとき、数十匹いたダークキュイは、スターゲイジーパイを除いて全て消滅していた。

 

「すごい……」

 

 玉子焼きが感嘆の声を漏らす。

 

 今のシャンパンの攻撃はスターゲイジーパイの攻撃と比較しても遜色はないように見えた。圧倒的な強さだ。

 

 しかし、やはりスターゲイジーパイはあまりダメージを受けた様子はない。

 

 スターゲイジーパイの身体が再び紫色の光に包まれていく。

 

「玉子焼きっ!」

 

「はいっ!」

 

 カフェモカの指示を待つまでもなく、玉子焼きは身構えていた。

 

「……『夢境』!」

 

 スターゲイジーパイが前方に紫色の塊をばら撒くと同時に、玉子焼きはバリアを張る。

 

 紫色の塊はバリアに衝突し、次々に消えていった。

 

「2回目行くよっ! 『糖分の対価』!」

 

 バリアが消えると同時に、クレープは溜めた厨力をいっきに放出する。その厨力はスターゲイジーパイの身体を何回も貫いた。

 

「くぅ……」

 

 クレープの攻撃を受け、スターゲイジーパイはよろめく。表情は苦痛に歪んでいた。

 

「効いているな……!」

 

 シャンパンはそう声を上げた。彼女の言うとおり、クレープの攻撃であればスターゲイジーパイも無傷ではいられないようだ。

 

「……怒った」

 

 スターゲイジーパイはそう呟くと、右手を正面につき出す。それは先程骨の魚を飛ばしたときと同じ動きだった。

 

 パルマハムは腰を落として相手の出方を伺う。

 

 スターゲイジーパイの周囲を飛び交っていた骨の魚は、一団となりこちらに向かってきた。

 

 パルマハムは魚の一団目がけて走り出す。先程と同様に全て撃ち落とすつもりなのだろう。

 

 しかし、パルマハムの目前で、魚の一団はまるでパルマハムを避けるように左右に分かれた。

 

「しまった……!」

 

 魚は2つの集団に分かれ、左右からこちらに向かってくる。

 

「狙いはクレープと玉子焼きですっ!」

 

 相手の攻撃の意図に気付いたのはカフェモカだった。

 

 カフェモカの言葉どおり、骨の魚はパニーニの後ろで力を溜めているクレープと、最後方の玉子焼きに向かって飛んでくる。

 

 パニーニは魚の動きを見て、クレープの身体を庇うように後ろに下がった。

 

「……パニーニ!」

 

 パニーニに骨の魚が直撃する。しかしパニーニの身体はその場から一歩も下がることはなかった。

 

「後方は!?」

 

 パニーニの声に釣られて、自分は後ろを見る。

 

「玉子焼きっ……!」

 

 玉子焼きは地面にうつ伏せに倒れ込んでいた。自分は慌てて玉子焼きに駆け寄る。

 

 仲間から離れた最後方にいた玉子焼きは、それ故に骨の魚の突撃を全て自分の身体で受けてしまっていた。

 

「だ、だい……まだ、たたかえ……」

 

 息も絶え絶えに玉子焼きはそう答え、立ち上がろうとする。しかしそう話したところで意識が途切れたのか、それ以上言葉を発することはなかった。

 

 玉子焼きの戦闘力は高くない。もうこの戦いを続けることはできないだろう。

 

 玉子焼きのバリアが使えなくなった以上、逃げるべきだ。……そう考えて声を発しようとした瞬間、自分の視界は紫色一色に染まった。

 

 あえて玉子焼きを狙ったスターゲイジーパイが、相手が倒れた隙を狙わないはずがなかったのだ。

 

 スターゲイジーパイの攻撃を止めるバリアはもう無かった。パニーニの影に隠れていたクレープを除き、全員が紫色の塊の直撃を受け、吹っ飛ぶ。

 

「カフェモカ! パルマハムっ!」

 

 その場から動かなかったパニーニ、膝をついたシャンパンと異なり、カフェモカとパルマハムは倒れたまま、起き上がろうとしない。

 

「い、いや……」

 

 ダメージを受けていないクレープが、その場に膝をついた。遠くから見ていても分かるくらい、身体が震えている。

 

「クレープ、立ちなさい。もう一度攻撃するのよ」

 

 パニーニが振り向かずにそう告げる。

 

「無理……無理だよ! あんな奴に勝てるわけない!」

 

 クレープは座り込んだまま、大きく首を振る。

 

「もう、引ける状況では、ない……戦うしかないんだっ」

 

 シャンパンは自分を奮い立たせるように声を上げた。

 

 仲間がこれだけ倒れてしまった状況では、シャンパンの言うとおりもう逃げることはできない。……倒れた仲間を見捨てるのであれば、話は別だが。

 

「次の攻撃でみんなやられちゃうだけだよ……」

 

 クレープは泣き言を言いつつも、立ち上がった。戦うしかないことを彼女も理解したようだった。

 

「私は何があってもあなたの前から動かない。クレープ、あなたは敵の攻撃のことは気にせず、全力で攻撃し続けなさい」

 

「……分かったよ」

 

 クレープは頷くと、再び厨力を溜め始めた。

 

「……この」

 

 スターゲイジーパイはクレープが厨力を溜め始めたのを見て、骨の魚をクレープに向けて突撃させる。 

 

「『勝利の酒』……!」

 

 シャンパンはその骨の魚に向けて先程の攻撃を再び放った。シャンパンの厨力を浴び、骨の魚は全てかき消える。

 

 しかし、その直後スターゲイジーパイは、もう一度骨の魚の集団を飛ばしてきた。

 

「くっ……」

 

 その攻撃を止める術はもうこちらにはない。全ての魚はパニーニの身体に衝突する。しかし、パニーニは宣言どおり一歩もその場から動かなかった。

 

「いくよっ……! 『糖分の対価』!」

 

 クレープの3回目の攻撃が発動する。

 

 この攻撃で敵が倒れてくれないか。仲間の誰しもがそう願ったに違いない。……しかし、実際は倒せないだろうと誰もが想定していたことも間違いない。

 

 今までのクレープの攻撃は確かにスターゲイジーパイにダメージは与えているようだったが、かと言ってあと一撃で倒せるようにはとても見えなかったからだ。

 

「うう……」

 

 クレープの厨力の直撃を受け、スターゲイジーパイの身体から黒い霧が漏れ出す。

 

「厨力が消え始めた……!」

 

 ウィッチが声を上げた。

 

 ダークキュイの身体はあの黒い霧……負の厨力で作られている。つまり身体を保てないほど深刻なダメージを受けたという証拠だ。

 

「……負けない……!」

 

 始めて、スターゲイジーパイが声を張り上げた。そして彼女の身体を紫色の光が包んでいく。

 

「ううう……」

 

 クレープは再びを厨力を溜め始めたが、スターゲイジーパイの攻撃よりも先に次の攻撃をすることはできそうにない。

 

「私は! 何度攻撃を受けようが、戦闘が終わるまでお前を守る!」

 

 パニーニが声を張り上げる。

 

「……信じろ。クレープ」

 

「……うん!」

 

 クレープは深く頷くと、目を閉じた。周囲の状況を無視して、より集中を深めたのだろう。

 

 程なく、スターゲイジーパイから紫色の塊が射出される。

 

「……!」

 

 それは今までのように、四方八方に散らばる攻撃ではなかった。全ての塊が、一直線にクレープを、そしてその前に立ちはだかるパニーニに向けて飛んでくる。

 

 あの塊は一発だけでもキュイの身体が吹き飛ぶほどの威力だ。それが10、20とパニーニの身体に衝突していく。

 

 自分はその先の悲惨な光景を想像し、思わず目を逸らしてしまっていた。

 

 衝突音が次々に響き、そして衝突音が止まったあと、周囲は不気味なくらい静かになった。

 

 自分はパニーニの様子を確認しようと、顔を上げる。

 

 ……パニーニは宣言どおり、その場から一歩も動いていなかった。

 

「何度だって! やってやんよ!」

 

 クレープはそう叫びながら、溜め込んだ厨力を爆発させる。

 

 そしてクレープの厨力がスターゲイジーパイの身体を貫いた。スターゲイジーパイの身体から漏れ出す黒い霧が、さらに激しくなる。

 

 スターゲイジーパイはその攻撃を受けて、まるで戦闘意欲を失ったかのようにこちらから視線を外した。

 

「……諦めた。またね……シェフ」

 

 その最後の言葉とともに、スターゲイジーパイの姿はその場から消える。

 

 倒したのであれば、もっと大量の黒い霧を放出していてもおかしくない。逃げた、という方が正しいのだろう。

 

 とは言え、どちらにせよ戦闘が終わったことに間違いはなかった。

 

「パニーニっ……!」

 

 そして、戦闘が終わると同時に、パニーニの身体はその場に崩れ落ちた。

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