料理次元−キュイジーヌディメンション−   作:濡れせんべい

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エウロパ07区−パニーニ−

 言葉を話すダークキュイ……スターゲイジーパイとの戦いは終わった。しかし、その戦いの結末は、まだ明らかになってはいない。

 

 スターゲイジーパイの姿が消えたときに、その場に残った負の厨力は僅かなものだった。それは彼女が消失したわけではなく、転送、つまり逃げただけであることを示していた。

 

 とは言え、相当のダメージを与えたことも間違いない。

 

 あのダークキュイに一般の常識が通じるかはさておき、あそこまで厨力にダメージを受けたキュイは、最低でも数週間は回復に務める必要があるそうだ。

 

 少なくとも数週間はエウロパ大陸が再度襲われることはないだろう。

 

 ……しかし、その代償はあまりにも大きかった。

 

 スターゲイジーパイとの戦闘の後、パニーニは二度と起き上がることはなかった。

 

 側にいたクレープが慌てて駆け寄った時点で、パニーニの身体からは既に大量の白い霧……正の厨力が吹き出していた。

 

 それはキュイの生態が分からない自分が見ても、一目で致命傷と分かるものだった。

 

 シャンパンに身体を抱え起こされ、パニーニは最後にわずかに口を開いて……しかし、声を発することは無く、身体全体が白い霧となって、消失した。

 

 消失したキュイは、長い時間、とても長い時間をかけて厨力を回復させ、再びキュイとして生まれ変わる。

 

 しかし、人間界から流れ込む厨力が減ってしまった現在では、新しくキュイが生まれることは無い。

 

 だからこそシェフである自分が呼ばれた。キュイディメに来たときウィッチから説明を受けたとおりだ。

 

 それはつまり、シェフである自分ならば。キュイを生み出せる自分なら、消失したパニーニを復活させることもできるのではないか。

 

 自分はそのことを皆に提案して、次元ハウスに戻ってきた。

 

 

 

 パニーニを作った経験はある。と言うより、パニーニは本来、具材をパンで挟んだものの総称だ。サンドイッチと違いはない。

 

 しかし近年のパニーニはホットサンド、即ち具材を挟んでから焼いたパンを指すことが多い。

 

 パニーニ……彼女の服にも焦げた網目の模様があった。

 

 今回の目的はあのパニーニを復活させることだ。つまり、彼女の印象と寸分違わぬパニーニを作る必要がある。

 

 具材はハム、チーズ、レタス、ゆで玉子だけにして、調味料は加えない。彼女の高潔な雰囲気とケチャップやマヨネーズは合わない気がしたからだ。

 

 パンについても小麦粉、イースト、食塩だけを材料にして、余計なものは加えないことにする。

 

 パン作りには時間がかかる。特に今回はイーストの量を抑えたため、発酵だけで数時間はかかるだろう。

 

 自分の料理を……パニーニの復活を待っているシャンパンたちには申し訳ないが、だからと言って手を抜くことはしない。

 

 パンを発酵させ、オーブンで焼き上げた頃にはもう日が昇っていた。結局夜通し作業していたことになる。

 

 常温で冷ましたパンにナイフを入れ、その間に用意された具材を挟んでいく。後はこのパンの表面を改めて焼き上げれば、パニーニの完成だ。

 

「…………」

 

 自分の力でパニーニを復活させられるのかどうか。

 

 不安はあったが、しかし自分が彼女に相応しいパニーニを作ることができれば、復活させられるだろうという確信はなぜかあった。

 

 具材を挟んだパンを2枚の焼き網で挟み、オーブンに入れて上に重しを乗せる。

 

 中の具材まで火を通す必要はない。表面に焼き目が付き、香ばしい香りが漂ってきたらそれで完成だ。

 

 オーブンからパンを引き上げ、焼き網を外し、ナイフで斜めにパンを切り分ける。

 

「……完成だ」

 

 具材として入れたチーズは熱を持ってとろけているが、形は崩れていない。レタスも芯を失ってはいない。自分の意図したとおりの火加減だ。

 

 その時、完成したパニーニからキラキラと光が漏れ出した。それがキュイの生まれる兆しであることは、もう自分にも分かっている。

 

「パニーニ……」

 

 自分はまだキュイの形になっていない、白い光にそう呼びかける。

 

 光は人の形を作り、そして消える。光の消えた後には、見知った顔のキュイが立っていた。

 

「……半日ぶりね、シェフ。……まずは礼を述べておくわ。ありがとう」

 

 そのキュイはよく知った声、よく知った口調でそう告げる。

 

「……礼なんていらないさ」

 

 自分は感無量で、ただそう返事を返すことしかできなかった。

 

 

 

 こうして、エウロパ大陸での冒険は無事に幕を閉じた。

 

 シャンパンやパルマハムは復活したパニーニの姿を見て、涙を流して喜んだ。いや、最も喜んでいたのはクレープだった気がする。

 

 復活したパニーニを囲んで、皆で自分が作ったパニーニを食す。やっと平和な時間が戻ってきたことを、自分は実感した。

 

「……さて、これからのことについて話しましょうか」

 

 和やかな空気が落ち着いたところで、カフェモカが声を上げる。

 

「言葉を話すダークキュイと遭遇し、私たちはどうにか敵を追い払うことに成功しました。しかし、消滅させることまではできませんでした」

 

 カフェモカは残念そうに首を振る。

 

「あのダークキュイが次にいつ襲いかかってくるかは分かりません。私たちは情報収集と戦力増強に努め、次の襲来に備えるべきです」

 

 カフェモカのその言葉に、シャンパンは大き頷く。

 

「シェフ殿の生み出したキュイの力は素晴らしい。このまま仲間のキュイを増やしてもらえれば、あのダークキュイが再び襲ってきても、優勢に戦えるはずだ」

 

 シャンパンの言うとおり、スターゲイジーパイとの戦いでは玉子焼きやクレープの力が大きく役に立った。

 

 そしてまた、あの戦いは戦力不足を痛感する戦いでもあった。新しいキュイを生み出すのは、急務だろう。

 

「情報収集は私たちに任せてくれ。エウロパ大陸を回って、言葉を話すダークキュイの情報を集めてみよう」

 

 シャンパンはそう提案する。もちろん、こちらにも異論はなかった。

 

「……シャンパン」

 

 その時、パニーニが神妙な表情で口を開いた。シャンパンはパニーニの方を向いて、笑みをこぼす。

 

「分かっている。シェフの元に残りたいのだろう?」

 

「ええ。……申し訳ないけれど」

 

「謝ることはない。新しい主ができたのは喜ばしいことだ。……正直、羨ましいよ」

 

 シャンパンの言葉は、最後の部分だけ小声になった。

 

 シャンパンの了解を得てから、パニーニはこちらに向きを変える。

 

「シェフ。玉子焼き。白ご飯。カフェモカ。クレープ。あなたたちが良いのなら、私を仲間に入れてほしい」

 

「パニーニっ……!」

 

 クレープが喜びを隠しきれない表情で声を上げる。

 

「もちろんですぅ!」

 

 玉子焼きも大きな声でパニーニの言葉に賛同した。

 

「……パニーニは、それでいいのか?」

 

 自分はパニーニの心境が掴めず、そう尋ねる。パニーニのことを詳しく知っているわけではないが、彼女とシャンパンの間には深い絆があったように見えたからだ。

 

「今の私はシェフの料理から生み出されたキュイ。シェフに忠誠を誓うのが当然のことよ」

 

 パニーニは自分の疑問にそう答える。

 

「あの〜」

 

 ウィッチがおずおずと手を上げる。

 

「私の名前が呼ばれなかったんだけど〜」

 

 ウィッチがそう尋ねると、パニーニは目を閉じて首を横に振る。

 

「あなたはシェフでも、シェフが生み出したキュイでもないでしょう?」

 

「シェフを呼んだのはわ〜た〜し〜!」

 

 ウィッチは頬をふくらませる。しかしパニーニはそれ以上ウィッチを相手にしなかった。

 

「シェフが生み出したキュイではない私には、いささかコメントに困る話題ですが……私も引き続きシェフ様にお供したいと考えています」

 

 カフェモカは改めてそう告げる。

 

「私たちの役割は戦力増強。シェフ様にキュイを生み出してもらうことはもちろん、今の私たちもより成長する必要があります」

 

「クレープ、玉子焼き、白ご飯。あなたたちは強い厨力を持っているけれど、実戦経験に乏しいからうまく力を使えていないわ。次の戦いまでに戦闘経験を積みましょう」

 

 カフェモカの言葉に続けて、パニーニはそう提案する。

 

「戦闘経験……具体的に何をするんだ?」

 

 疑問に思って自分はそう尋ねる。

 

「仲間を2チームに分けてチーム同士で戦うのが一番有効でしょうね。普段の仲間を敵として見ることで学ぶことも多いわ」

 

 パニーニはそう答える。いわゆる武道の稽古のようなことをするのだろうか。

 

 しかしカフェモカやクレープのように厨力を爆発させる攻撃は、稽古だからといって手加減することはできるのだろうか?

 

「……危なくないのか?」

 

「ああ。私たちキュイはダークキュイの攻撃以外ではダメージを受けません。正の厨力に正の厨力をぶつけても、見た目こそ怪我はしますが数分で元通りになります」

 

 自分の不安にカフェモカがそう答えてくれる。やはりキュイの生態にはまだまだ謎が多い。

 

「さて、それでは方針も固まったようだ。私たちは一旦シャンパーニュに戻る。何か情報が手に入ったらすぐに連絡しよう」

 

 シャンパンはそう告げて立ち上がる。それに合わせてパルマハムも腰を上げた。

 

「それじゃまたね。……パニーニ! たまには遊びに来てよ!」

 

「……ええ。もちろん」

 

 パルマハムの言葉に、パニーニは少し寂しげに頷いた。

 

 

 

 シャンパンとパルマハムがエウロパ大陸に戻り、次元ハウスは静けさを取り戻した。

 

 時刻としては昼下がりだが、夜通しパニーニを作っていた自分としては、既に眠気が限界だ。

 

 他の皆も寝ずに自分の料理を待っていたのだろう、今は次元ハウスのあちこちで寝息を立てている。

 

 唯一、生まれたばかりのパニーニは疲労がないのだろう、次元ハウスの片隅で本を広げていた。

 

「パニーニ。少しいいか?」

 

 眠気はあったが、それよりも今はパニーニと話すべきだった。

 

「何か用?」

 

 パニーニは本を閉じて、こちらを見る。

 

「……シャンパーニュに戻らなくて、本当に良かったのか?」

 

 自分のその問いかけに、パニーニは少しの間沈黙する。そして大きくため息を吐いた。

 

「今でこそダークキュイは珍しい存在ではなくなったけど、ダークキュイが現れた直後はキュイディメ中が大混乱に陥ったわ」

 

 パニーニは自分の問には答えず、昔のことを話し始める。

 

「キュイには人間のように寿命がない。ダークキュイの襲来によって、キュイは初めて消滅……死の概念を知ったの。怖かった……誰もが底知れない恐怖を覚えた」

 

 パニーニの話す混乱、恐怖は自分にもよく実感できた。

 

 生まれたときから死がつきまとっている人間であっても、初めて死に対面したときは大きな恐怖を感じるものだ。

 

 その恐怖を世界中の全員が同時に感じたら……それはパニックになるだろう。

 

「そんな最中、ダークキュイと戦うことを提唱して、実際にダークキュイを打ち破っていったキュイがいたわ。彼女は全てのキュイに希望を与えた」

 

「……シャンパンのことか?」

 

 自分がそう尋ねると、パニーニは頷いた。

 

「私もシャンパンに救われた一人よ。シャンパンがいなかったら、ダークキュイと戦うなんて考えることもできなかった。……そして私はシャンパンに忠誠を誓い、彼女と共に戦うことにした」

 

 そこまで話すと、パニーニはもう一度ため息をつく。

 

「今の話を聞いて、シェフはシャンパンに忠誠を誓える?」

 

「え?」

 

 予想外の質問に、自分は返答に困る。

 

「素晴らしい行動だとは思うし、協力したいとも思うが……」

 

「シャンパンのために自分の人生を捧げられるかと言えば、捧げられないでしょう?」

 

 自分の答えを最後まで聞かず、パニーニはそう続ける。しかし、自分の答えもパニーニの言葉とずれてはいなかった。

 

「……私も同じ気持ちなのよ」

 

 パニーニはそう呟くと、苦々しく笑った。

 

「私は前のパニーニの記憶を受け継いでいるけれど……新しく生まれた、別のパニーニなの。同じ情報を持っていても、感情まで同じにすることはできないわ」

 

「……そうなのか」

 

 パニーニのその言葉は、自分にとって少なからずショックだった。

 

 パニーニを復活させたと喜んでいたが、結局あのパニーニを助けることはできなかったことになる。

 

「シャンパンもパルマハムも多くのキュイの消滅に触れてきた……今の私が前のパニーニではないことも、察していたはずよ」

 

 そう言うとパニーニは、寂しそうな目で空を見つめる。

 

 その表情はパニーニの説明とは裏腹に、まだシャンパンへの感情が残っているのではないかと想像させるものだった。

 

「……完全に同じパニーニではなくとも。新しいパニーニとして、シャンパンたちと改めて関係を作っていく道もあるんじゃないか?」

 

「そうね。シャンパンやパルマハムとの記憶は残っている。楽しかったことも思い出せる……。シャンパーニュに戻っても、うまくやっていけたとは思うわ」

 

 パニーニは目を閉じて、情景を想像するようにして呟く。そして目を開けて、さらに告げた。

 

「でも、私はシェフに生み出されたキュイ。これからはシェフに忠誠を誓います」

 

 パニーニは自分の目を見て、はっきりとそう告げる。

 

「その……確かに今のパニーニを生み出したのは自分かもしれない。でも、だからといって生みの親に従わなければならないって決まりは、ないんじゃないか?」

 

 自分がそう答えると、パニーニは沈黙し、その後に今日一番の大きなため息をついた。

 

「シェフ……。あなたは自分に懐いている玉子焼きや白ご飯の姿を見て、自分が生みの親だから仕方なく付き従っているんだ、とでも考えているんですか?」

 

「い、いや、そんなことは……」

 

「……私も同じ気持ちなのよ」

 

 パニーニは小さな声でそう言うと、立ち上がった。

 

「お疲れでしょう、シェフ。私は少し外を散歩しますから、ゆっくり休んでください」

 

 そしてパニーニは、こちらの返答を待たずに次元ハウスの外に出ていった。

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