Komeiji's Diary《完結》   作:ptagoon

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初めに ―日記に導入を入れるセンスのなさは尊敬できます—

 嫌われ者。この言葉を聞いて、あなたはどう思うだろうか。もしかすると、具体的にある人物を思い浮かべていたり、自虐的に自分のことだと偏屈な笑みを浮かべているかもしれない。

 

 だが、確実に言えることは、この言葉に良い印象を浮かべる者はほとんどいない、ということだ。私、実は運動ができないの、という人はいるかもしれないが、私、実は嫌われ者なの、という人はいないだろう。運動ができないことに価値を見出すことはできるが、嫌われていることに価値を見出すことはできない。そもそも、本当に嫌われ者だった場合は、そんなこと言われなくても分かっている、と突っぱねられてしまう。

 

 では、管理者と言われたらどうか。組織の長、リーダーと言い換えてもいい。こうすると、逆に好意的に考える人が多いはずだ。すごい。格好いい。憧れる。頭を垂れて忠誠を示し、靴に頬ずりをして崇め奉りたくなる。大抵の者はそう思う。一部の者、例えば、知り合いの橋姫は嫉妬心を青く燃やすだろうし、これまた知り合いの胡散臭い妖怪は、だったら変わって欲しいものね、と思ってもいないことを言い放つだろう。だが、そんな例外はさておいて、なれるものならなってみたい、そう思わせるほどの魅力を、“リーダー”という言葉は秘めている。

 

 ならば、私は聞きたい。嫌われ者たちのリーダー。この言葉を聞いたとき、どのような反応をするのが一般的だろうか。悪い印象を抱くのか、いい印象を抱くのか。正解は私には分からない。例の胡散臭い妖怪は、喜ぶべき、といっていたが、私にはそれが正しいとは思わなかった。“嫌われ者たちのリーダー”という言葉を聞いたとき、私が抱いた感想は、ふざけんなクソババア、ただそれだけだ。

 

 その日に何があったかを示す日記という物の役割とは少し外れるが、過去のことを初めに記しておく。これは、あの忌まわしきスキマ妖怪に対する正確な分析結果であり、後世に彼女の残酷さを残すため、必要だと思ったからだ。決してストレス解消ではない。断じて。

 

 

 明治17年9月18日

 

 今でも忘れないあの日。幻想郷なるものが出来て間もない頃、度重なる混乱も収まり、小康状態に陥っていた妖怪の楽園で、いつものように姉妹で食べ物を取りに行こうとしたあの日。私たちの目の前に、見知った妖怪が現れた。意気揚々と歩いていたところに、突然現れたものだから、驚きのあまりつい全力で顔面を殴ってしまったが、あれは私は悪くない。

 

 だって、考えてもみてほしい。いきなり目の前の空間が裂け、ぎょろぎょろとした目が無数に蠢く空間の裂け目が現れたのだ。普通の妖怪だったら、きっとショック死してしまう。しかも、それに加えて、そこから金髪を靡かせた艶めかしい女性が飛び出してくるわけだ。咄嗟に手が出てしまうのは、仕方がない。むしろ、正当防衛だ。

 

 だが、悲しいかな。きれいに鼻をへし折ったかと思ったのに、彼女の高い鼻は一切の傷もなかった。腰を利かせた私の全力の拳は、彼女にとってそよ風と同じようなものだったのだろう。だとすれば、ますます私は悪くない。相手に傷を負わせていないのだから。むしろ、傷ついたのは私の自尊心の方で、被害者は間違いなく私の方だった。

 

「随分と、ご挨拶ですわね」

 

 口元を隠す様に扇子を広げた彼女、八雲紫は、怒りを隠そうともしなかった。そう。文字通り、その気になれば隠すことも出来る癖に、私たちの能力を遮ることが出来る癖に、そうはしなかった。心を読む程度の能力を持つ、私たちさとり妖怪の前なのに、堂々と心を丸裸にしている。不気味だ。鳥肌が立ち、吐き気がした。

 

「急に出てくるもんだから、びっくりしちゃいました」申し訳なさそうな顔を作り、頭を下げる。

「びっくりで殴られたら、たまったもんじゃありませんわ」

「その割には元気だね」

 

 およよ、と泣きまねをする八雲紫に、我が愛しの姉妹が囁いた。大妖怪あいてに物怖じせずに口撃するさまは、正しく勇者そのものだ。いいぞ、もっとやれ、と心の中で囃し立てる。だが、心を読まれてしまったみたいで、三つの目で睨まれた。

 

「あらぁ、そんなこと言っていいのかしら。折角おいしい話を持ってきたというのに」

「おいしい話?」

「え、何ですか? 向こうで餡蜜の特売でもやってるんですか?」

 

 期待に胸を躍らせて三つの目を使い辺りを見渡すも、それらしいものは見当たらなかった。これだからこの妖怪は信用ならない。そう思い、隣で大きな帽子をいじっている可愛らしい少女に同意を求めるも、ふるふると首を振られた。

 

「もしかして、今のは嫌味ではなく素だったの?」目を丸くした八雲紫が訊いた。

「恥ずかしながら。まだまだ子供なんだなーって思うよ」

「あなたも苦労しているのね」

「全くだよ」

 

 はぁ、とため息を吐いた二人の会話についていけなかった私だが、それでも彼女たちが私を馬鹿にしているのは分かった。“私がいないと本当に駄目なんだから”という心の声が聞こえたからだ。これは口癖のようなものらしく、私は耳にたこができるほど、第三の目の角膜が擦り切れるほど、聞いてきた。そして、大抵この言葉が聞こえる時、私は馬鹿にされているのだ。

 

 何故だか分からないが、生温かい目で見られていることに耐えられず、「それで、本当は何しに来たんですか」と話を戻す。ああ、そうだったわね、と近所のお婆ちゃんのような反応を見せた八雲紫は、手に持った扇子をぱちりと閉じ、怪しげに微笑んだ。結局あおがないなら、広げなければいいのに、と思ったが、“格好つけたかったんだよ”と心を読まれたのか、隣から返事が返ってくる。なるほど、年甲斐もない。

 

「あなた、管理者って興味がない?」

「管理者、ですか」

「そう。組織の長、外来語でいえばリーダーといっても良いわね」

「リーダー」

 

 いつ聞いても魅力的な言葉だ。名は体を表す、とはよく言ったもので、リーダーという響きは、それだけで聞くものを虜にする。酒池肉林、豪華絢爛、満漢全席。多大な妄想が頭をよぎった。

 

「あなたさえ良ければ、リーダーを任せたいのだけど」

「是非やらせてください」

 

 二つ返事、とはこのことだろう。考えるまでもなく、反射的に答えてしまった。今でもこのことは後悔している。私の数少ない失敗談の一つだ。“熟考という言葉を知らないの?”と心で嫌味をぶつけてきた可愛らしい少女に、自信満々に言い返した自分が今では恥ずかしい。

 

「大丈夫ですよ。だって、考えてもみてください。リーダーですよ、リーダー。誰もが、すごい、格好いい、と憧れて、頭を垂れて忠誠を示し、靴に頬ずりをして崇め奉りたくなる。そんなリーダーになれるんですよ! 考えるまでもありません」

 

 返事はなかった。彼女の心の中は、呆れと哀れみで充満していた。すでに心を閉ざした八雲紫の心からも、僅かに同情の感情が溢れ出ているくらいだった。その時には、なぜ彼女が私に同情しているのか分からなかったが、今ならわかる。というより、同情する気持ちがあるのなら、こんな騙すような真似はしてほしくなかった。

 

「そう、ならついて来て」

 

 短くそう言った八雲紫は、手をゆっくりと虚空に掲げた。すると、真っ青だった空に不自然に亀裂が走り、境界が生まれる。その境界はみるみる広がっていき、いつの間にか、人ひとり分の大きさとなっていた。中を覗き込むと、全方位にまばらに目が蠢いていて、全てがこちらに視線を向けている。嫌悪感が体に走った。趣味が悪いことこの上ない。

 

「行かない方がいいよ」

 

 一足早く“スキマ”の奥に飛び込んだ八雲紫を見て、珍しく真剣な顔でそう言った。

 

「どうせ碌なことにならない」

 

 彼女の心は、不安と恐怖、そして猜疑心に包まれていた。人間や動物、妖怪や怨霊ですら心を読むことができる私たちにとって、相手を疑うということは不慣れなはずだ。だって、相手が何をしようとしているか、何を企んでいるのかが、一目瞭然なのだから。ただ、そんなさとり妖怪には珍しく、彼女は疑う心を持っていた。ただ、よくよく考えれば、心を読ませてくれない八雲紫を疑うのは当然のことであって、何も彼女が珍しいわけでもなく、正当な判断といえるのだが、その時の私は、どうしてこんなにも捻くれて育ってしまったのかしら、としか思っていなかった。本当にごめんなさい。

 

 そして賢明な我が同胞を愚者と決めつけた私は、鼻で笑い、馬鹿にして、勢いよくスキマに飛び込んだ。空を飛んでいるときのような浮遊感が体を襲うが、実際に飛んでいるときのような、風の心地よさや、太陽の暖かみがないからか、非常に不快だ。出来ればもうスキマには入りたくないな、と思っていたが、その後幾度となく使う羽目になるとは、もちろん私は思っていなかった。

 

 スキマから出たときの感動は今も鮮明に頭に焼き付いている。自慢げに鼻を鳴らしていた八雲紫はうざかったが、それを許してしまうほど、私は衝撃を受けていた。

 

 スキマを抜けた先にあったのは豪邸だった。それも、本やおとぎ話でしか見たことがないくらいの、外来風のものだ。黒に、赤色または紫色の市松模様に彩られた床、虹色に輝く窓、森くらいあるんじゃないかと思えるほどの中庭、すべてがすべて、魅力的に映った。

 

「これは……すごいですね」

「そうでしょう。今日からここ、地霊殿があなたの家よ」

「本当ですか!?」

「私は嘘はつかないわ。はぐらかすことはあるけどね。だから、あなたも嘘はつかないように。きっと、ここでは嘘吐きは嫌われるわよ」

 

 今まで、私たちが暮らしていたのは、家というには酷すぎるものだった。小さな洞穴にそこら辺から拾ってきた枝を敷き詰めた、鳥の巣のような場所だ。心が読めるという性質上、人間からも妖怪からも嫌われるので、隠れるようにして雨風を過ごすしかなかった。そう考えると、この大豪邸、つまり今私がこうして日記を書いている場所だが、ここは段違いに過ごしやすい。だが、やっぱり私は愚かだったといえる。普通に考えて、無償でこんなことをしてくれるお人好しなどいないし、目の前の八雲紫という妖怪は、お人好しとは縁遠い妖怪だったからだ。

 

「すごい家だね。私たち二人じゃ広すぎる」

「でも、あの洞穴よりはよっぽどいいじゃないですか」

「まあ、ね」

 

 どこか腑に落ちなそうに首をかしげながら、彼女は八雲紫を睨みつけていた。

 

「それで、ここはどこなの? なんか溶岩とか流れてるんだけど」

「溶岩?」

「ほら、足元」

 

 指さされた通りの場所を見ると、確かに赤く、どろどろした何かが溢れるように飛び出している。それは、豪邸の下から噴き出しているように見えた。驚き、狼狽える。

 

「あなた達、地獄って知ってる?」突拍子もないことを八雲紫は訊いてきた。

「地獄?」

 

 それは、あなたが将来行く場所じゃないですかね、と口の中で唱える。

 

「そう。あの閻魔が仕切ってるとこよ。その地獄がね、結構前に範囲を縮小したのよ。スリム化ってやつね」

「はあ」

 

 一体なんの話をしているのか、てんで見当がつかなかった。

 

「それで、地獄の跡地、旧地獄が出来たわけだけど、そこの建物とかは結構きれいに残っていたのよ。それで、とある事情により地上に愛想を尽かした鬼たちが住み着いて」

 

 おに! あの強力な妖怪の! そんなのがいるところには絶対に行きたくないですね、と適当に相槌を打ったが無視される。

 

「鬼たちが地上にはいられない妖怪、嫌われて追放された妖怪を積極的に招き入れ始めたのよ。まあ、それはそれで都合がよかったわ。こちらも何かしでかした妖怪は地底に封印すればいいわけだし。ただ、問題が一つあって」

「問題?」

 

 そもそも、そのようなやばい奴らを一か所に集めること自体が問題だとは思ったが、口にはしないでおいた。また、馬鹿にされてはたまらない。

 

「統率が取れていないのよ。もともと自由奔放な妖怪に統率を取らせる方が難しいけど、あまりにも酷すぎる。このままだと、地上にも影響が出るかもしれない。だったら、その前に、何か手を打たなければならないでしょ。例えば、管理者の配置とか」

 

 嫌な汗が背中を濡らした。焦りと、困惑で目がチカチカする。悪い予感しかしない。いつの間にか隣にいた賢明な同胞に背中を強く叩かれた。ほれ見たことか、と言わんばかりだ。

 

「さて、そういう訳で、幻想郷を管理する者として、あなたを旧地獄、嫌われ者の巣窟、地獄よりも恐ろしい地底の管理者に認定します」

 

 いやだ、とは言えなかった。もうここまで連れて来られた以上、反抗することは出来ない。そもそも、私の能力は読心に頼っているので、それが通じない相手に対しては、そこら辺の人間と大差ないのだ。逆らって、殺されるわけにはいかない。だが、言いなりになるのも気に入らない。だから。

 

「ふざけんな、クソババア!」

 

 普段の敬語も忘れて、精一杯に吠えた。

 

 

 

 これが、私が今の地位に立っている理由であり、八雲紫の暴虐さを表す典型的なエピソードだ。あれ以来、時々負け犬の遠吠えと馬鹿にされるが、決して気にしてはいない。それよりも、管理者として、暴れまわる鬼や、嫉妬を止めない橋姫、内気で凶暴なつるべ落とし、血の池地獄にはまった船幽霊、入道使い、鵺などの方がよっぽど頭を悩ませることになるのだが、それを書いてしまうと、もはや日記ではなくなってしまうので、割愛する。

 

 ただ確かに言えることは、八雲紫は酷い、家族とペットは最高、ということくらいだ。

 これから書く日記には、もっと楽しい思い出を書けることを願い、切実に願い、結びとする。はやく食卓にむかって、唯一の家族と共にご飯を食べよう。よい明日でありますように。




リーダーに対する思いが強すぎるような気がしますね。いずれにせよ、八雲紫の提案にほいほいのってしまう時点で自業自得かもしれません。

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